少年は、能力者だった。
狼と化す、能力を持っていた。
制御が不安定なせいか、はたまた能力の特徴であるのか、「黄色くて丸いもの」を見ると、それがテニスボールであれ目玉焼きであれ否応なしに狼となってしまう。
そのため、常に意識していないと学校でも油断するとまるで御伽噺の獣人のような姿になってしまい、誤魔化すのも一苦労だった。
そんな彼が、どうしても学校を休まねばならない時がある。
満月の日だ。
満月の日だけは、朝から晩まで狼の姿になってしまう。どんな対策を講じても、どんなに努力をしても、月が欠けるまで元に戻ることはない。
だから、その日は。
その日だけは、誰にも会わないでいた。
部屋にこもり、鍵をかけ、一日を過ごしていた。
はずだった、が。
何故、満月の夜なのに自分は人の姿でいるのか。
何故、見知った顔に矢を突きつけられているのか。
「……………」
声を出そうとしても、喉の奥でつっかえてしまったように一向に出てこない。
自分を見つめる顔は、どこか楽しそうな薄笑いを浮かべている。
「……夕重、さ、」
「ノンノン。今の“私”は夕重じゃない。強奪者、さ」
ちちち、と指を振って訂正する。
以前の強奪者は不気味な仮面をかぶっているせいか気味の悪い声だったのに、今はそれがない。
少年の沈黙を納得と取ったのか、強奪者は満足げに笑って手を少年の前に突き出す。
その手には、狼の形をした小さな結晶が握られていた。
「これは、もらっていくよ」
夕重と同じ声でそう言うと、ローブを翻して窓枠に足をかける。
「あ」
思い出したかのように呟くと、くるりと振り返って少年を見た。
「今夜のことは話していいけど、私のことは他言無用ね」
一方的にそう言うと、窓から飛び降りる。
少年が我に返り窓辺に駆け寄ったときには、既に人影はどこにもなかった。
結局、彼には強奪者の動機は分からずじまいだった。
「…………ふあ~~~~~、あ、あぁ…」
「弓道士様、眠そうですね…」
「…最近、やけにね。きちんと寝てるはずなのにな……」
翌日、想は一時限目から盛大に船を漕ぎっぱなしの夕重を心配していた。
夕重は夕重で、普段ならありえない時間に襲ってくる睡魔と格闘していた。
「…駄目だこりゃ。ちょっと寝てくる。……自分のことは適当に誤魔化しといて」
「え?弓道士様?」
有無を言わさぬ勢いで立ち上がると、ふらふらとしながら教室を出て行った。
「………あ」
「…………」
廊下を屋上に向かって歩いていると、弓道部の仲間である同級生と会った。
「…また、寝に行くんでスか」
「うん…眠いから」
「…………」
少年は何か言いたげな表情で夕重を見ていたが、チャイムが鳴ったのを聞くと、結局何も言わず慌てて教室へ走っていってしまった。
「………」
夕重は、自分より背の高い同級生を見上げて痛くなった首をさすりながら、屋上へ向かった。
望月の夜と強奪者
(その後、屋上のお気に入りスポットに陣取った夕重は)
(寝転んで3分も経たぬうちにすやすやと眠り始めた)
最終更新:2013年03月28日 20:26