コイツのこんな姿、滅多に見た事が無いな。
ベンチに座った後姿を見て、ウミネコはそう思った。
呼び出した相手はキィ、という車椅子の音に気付いて手を上げる。
「珍しいじゃない、ショウゴのそんな傷だらけ怪我だらけの姿だなんて。」
ショウゴは苦笑しながら、
「今までだって別に怪我くらいしてたさ。」
と嘯く。違う、そうじゃない。そういった苛立ちが顔に出でたのだろうか、ショウゴは続けた。
「今回ばかりはちと重い、ってだけだ。」
「そんだけ重く喰らってるのを見た事が無い、と言ったんだよ私は。
服で隠れてる部分も相当手酷くやられたようじゃないか。」
ショウゴは俯き、スマンと一言呟く。
「話がある、ということだったけど、その事かい?」
「ああ。…何も言わずに、俺の特訓に付き合ってくれないか?」
コイツはいつもこうだ。柔道部の勧誘といい、
いじめられていた後輩を助けようとした時といい、
常に突っ走った男だ。だが、そんなコイツを周りの人間は嫌っていない。
「無論タダとは言わない。何でも1つ言うこと聞いてやるよ。」
「何でもか?」
「俺にできる範囲ならな。」
この問答は卑怯だなぁ。そう思いつつ、返す。
「いいよ。アンタの特訓に付き合ってあげる。」
「ありがてぇ。ミユカを鍛えたアースセイバーの格闘教官様のお手並み拝見、だ。」
あの悪戯っ子のせいでショウゴとウミネコが決闘することになったのは、少し前の事である。結果は…
少し表情が引き攣ったのはウミネコだけではなく、ショウゴもだった。
「言わなきゃ思い出さないのに、わざわざご苦労だね。」
「失言だったよ。」
ゆっくりと立ち上がると、ショウゴはウミネコの車椅子の後ろに回り、押し始めた。
ショウゴがウミネコを連れてきたのは、ショウゴに似合いの特訓場所、といった所だろうか。
がらんとした柔道場だった。
先客がいる。アースセイバーでの顔馴染み、
シスイだった。
シスイが協力者である事は、道すがら聞いている。
「…ウミネコさん、今の怪我でショウゴさん鍛えられるんですか?」
「体が動くなら気合と根性。…ってコイツ言ったんじゃない?」
後ろを指さして微笑む。
「大体そんな感じだな。流石ウミネコ、わかってるじゃないか。」
見なくてもわかる、ショウゴはきっといつものようにニヤリと笑っているのだろう。
「んでもって私も同意見だ。ボロ雑巾になるまで絞ってやるさ。」
シスイは溜息を吐きながら何かを呟く。聞き取れなかったが、どうせ大したことじゃないだろう。
「ついでにシスイも鍛えてあげよう。
なあに遠慮するな、ついでだ。最近新しい能力も身に着いたようだし?」
じわりと脂汗が浮いたのを見て、手帳を開くとウミネコは特訓のメニューを考え始めた。
「とりあえず二人とも準備運動した後に腕立て腹筋背筋スクワット、
ついでに懸垂とロープ昇りとランニングしてもらおうか。回数と順番は任せる。
ああ、勿論シスイは天子麒麟を纏ったままで。怪我人に遅れなんてとったらお仕置きだ。」
この人ホントに怪我人かよ!
シスイがそう思うのも無理は無かった。なにせショウゴの3倍はこなそうと思っていたのに…
「う…っし、マラソン5キロ、腕立て腹筋背筋スクワット100ずつ、懸垂30にロープ昇降3本終わったな、
あークソ、キツイ」
脂汗を流しながら、シスイに遅れながらも、無理矢理目標をこなそうとしてくる。
「先輩、傷口は大丈夫ですか?」
心配だけではない。シスイは若干の悔しさも込め、聞く。
「おかげさまでな。」
天子麒麟はショウゴに対して順調に効いているようだった。
本来の目的…戦闘のための強化とは掛け離れた能力の使い方だが、邪道であろうが有効な事には変わりがない。
加えて感情の起伏によって増減する効果も、ショウゴと張り合うことで否応なしに増えている。
このままいけば…
「今日中には、かなり戦えるようになりそうですね。」
「ああ、もうだいぶ良いぜ。だが、今まで通りになるだけじゃな。」
「私に訓練頼んどいて今まで通りなんて有り得ないから。明日以降覚悟するんだね。
そんじゃ模擬戦、ショウゴとシスイで3本先取のサバイバルデスマッチ。」
「武器の使用は?」
「シスイが天子麒麟を纏っている以上、ハンデは有りかな。けど勿論非殺傷だよ。」
ショウゴの取り出した銃に顔をしかめながら言う。
「当たり前だよ。こんな所でこんな面子で殺し合いをする意味がない。」
シスイの動きは近接格闘として常識の範囲内の動きをしている。
自らの反応が良くない事は闘いながら気付いていた。
繰り出される掌底をいなして袖を掴むつもりが、弾いてしまい次に繋がらない。
蹴りを堪えて足を抱えるつもりが堪えきれずによろける。
ようやく相手を掴んで、いざ投げようと引き付けた所で鳩尾に肘を食らう。
銃は構えた時点で腕を蹴られ当たらない。
発砲の反動を使った打撃も見切られ躱される。
正面からの技の出し合いに、全く対応できない。
正面からの技の出し合いに全く対応できないという事は、
戦術戦略を組まれるまでもなくやられているという事だ。
ショウゴは歯を食いしばりながらも、なおシスイに向かっていく。
結果は燦燦たるものだった。
「3対0、ね。ショウゴ、やる気あるのかい?」
厳しい声に何も言えない。
「シスイも手を抜くんじゃない。同情はショウゴの為になんかならないよ。」
「けど…。」
「やめろシスイ、それは俺にとってキツイ。」
汗を拭くショウゴの目は疲れを見せていたが、それでもまだ死んでいない。
「ま、今日は様子見のようなもんだからね。明日からの方がもっとつらくなる、今日はもう上がろう。」
車椅子を動かし背を向け、、帰ろうとしたウミネコをショウゴが引き留めた。
「待ってくれ、ウミネコ。一本だけ手合せ願えないか?」
シスイが目を剥く。
「死ぬ気ですかショウゴさん!?」
「様子見なら、一本くらい闘ってみてくれてもいいと思うんだがね。」
何秒間かの沈黙があり、ウミネコは一気に車輪を動かしてバックでショウゴの前まで戻ると、
「休んどけっつってんでしょうがこのバカが!」
その場で車椅子ごとジャンプし、後ろの手押しをショウゴの顎にぶつける。
シスイはショウゴが浮いたのを見逃さなかった。しかし、反応できない。
先に着地したウミネコは、今度は器用に手押しをショウゴの体に引っ掛ける。
車輪を一気に回転させると、凄まじい勢いでウミネコが半回転し、
ドッ、ドスン
弾き飛ばされたショウゴが壁にぶつかって倒れた。
「この程度反応できないなんてね。」
「いや、今のは僕でも無理ですよ。助けにすら入れなかった…。今の何秒でした?」
シスイが冷や汗をかきながら答える。
「8秒くらいかなー。無理でもないのよ、あいつは。この程度も反応できなくなってるから、
今日はここまでなワケ。体調万全になるようにしといてあげて。難しいだろうけど、頼んだわ。」
そう言い残すとウミネコは今度こそ出口に向かった。
ミズチと戦った日から数えて3日。
ミヅチの指定した日まで残り4日。
こうしてシスイ達を巻き込んだショウゴの特訓は始まった。
<ショウゴの申し出と特訓の始まり>
最終更新:2013年06月03日 08:55