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シスイ、奮戦

放課後、俺は調査を開始していた。
噂の発信源である目撃者の元へ行って直接話を聞いたり、ネットを検索して情報を掻き集めたり、そんな感じだ。
もっとも、これは既に調べた事がほとんどなので、実際は夜までの時間潰しというのが大きい。
向こうが動くのは、間違いなく日が落ちてからだ。

「かと言って、一人で過ごすのも癪だなぁ……」

 ネット検索を一通りやり尽くしたが、日が落ちきるまでまだ少しある。てもちぶさになった俺は、あてもなく町を歩いていた。仕事中なのに不真面目だと思われるかもしれないが、こう中途半端に時間が余ると消化手段に困る。

「お。誰かと思えばシスイじゃない」

 聞きなれた声が後ろから聞こえたので振り返る。

「あ、ユウイとリオトか」

 そこにいたのは榛名有依と高嶺利央兎だった。

 ユウイは気が強いが気さくで、明るい性格の女の子だ。その性格のおかげで友達が多い。
まぁ、どこにでもいる普通の女の子だ……一年前までは。とある出来事でアナボライザー化してしまったと言う話を聞いている。何でも、親友に殺されてしまったそうだ。
本来なら、先天的であれ後天的にであれ、アースセイバー本部に報告する義務がある。だが、俺は彼女の事を見逃していた。と言うのも、彼女の死因は「シャープペンによる刺殺」であり、手に入れた能力はシャープペンへの耐性(刺殺と言う死因を考えると、もしかしたら刺突行為全般への耐性も持っているかもしれない)と、「シャープペンを出現させる事が出来る」と言う事。到底大きな悪用には使えないような能力だし、そんな能力を手に入れたが為にそれまでの平穏な暮らしを捨てさせられるというのは、少々理不尽と言うものだ。

 それに、他にも彼女を見逃している。隣にいるリオトの存在だ。
リオトは俺と同じ二組の生徒だ。真面目でクールな性格の持ち主な上に、誰にでも優しいと言う絵に書いたような「良い奴」。クラスでの人気も結構ある男だ。
なんでも二人は幼馴染だとかで仲が良い。休み時間にリオトが隣のクラスにいるユウイの所まで遊びに行く事はしょっちゅうだし、たまに一緒に町に出ているところを見かける。そんな仲の良い二人を引き離すのは、俺には躊躇われた。

「シスイ、お前は一人?」
「ああ。のんびり散歩、ってところかな」
「なんか爺むさいぞ? どうせ散歩するなら誰か誘えばいいじゃない」
「んー、まぁ、そうだよな……」

 これから怪物退治に洒落込むのだ、友達と一緒に暢気に散歩なんか出来ない。が、そんな事この二人に言うわけにもいかない。俺はユウイの言葉に、苦笑を持って答える事しか出来なかった。

「そう言う二人はデート?」
「まぁ、そんな感――」
「デートって言うか、まぁ二人で遊んでただけだけど」
「……え?」
「え? 男女で遊ぶ。これ、立派なデートでしょ?」
「え? デートって普通、彼氏と彼女でやるものじゃないの?」

 どうやら、ユウイと俺とではデートの概念が異なるらしい。俺にとってみれば男女で遊べばそれは立派なデートなのだが、ユウイの頭の中では「恋人同士でやるもの」という考えのようだ……あ、リオト。そんなに目に見えて落ち込むなよ……

「ほんじゃまぁ、熱々の二人に水差すのも何なんで、出歯亀は退散する事にしやす」
「ちょっとシスイー、そんなからかわないでよー」

 そんなやり取りを交わして、俺達は別れる。
正直ホッとした。ユウイはそうでもないが、実を言えば、俺はリオトの奴があんまり好きではないのだ。

 初めてあいつと出会ったのは、高校二年生になって同じクラスになった時だ。
前述したように、あいつは本当に「良い奴」だ。生真面目でクールな性格に加えて優しい。俺も最初から嫌っていたわけではなく、むしろ好印象をもって接していた。
けれども、ある日俺はあいつの傍にいた時、思わず吐き気を覚えかけた。
濃密な鉛の臭い。生臭い血の香り。
実際に臭いを放っていたわけじゃない。けれども、リオトが纏っていたのはまるで死の象徴するものだった。その時は、俺がそれを感じ取った事を悟らせまいとするのに大分苦労したのを覚えている。

それで感じた。あいつには、何かがある。

より疑念を強めたのは、ユウイがアナボライザーになったきっかけについて情報収集をしていた時だった。

『ユウイの友達なー、本当に仲良かったんだ。親友って言って間違いない位にね……だけどリオトの奴、ユウイの親友死んだってのに、あいつ悲しむどころかずっとニコニコしてやがった。あれにはビビッたぜ』

 そんな話を聞いた。驚きこそしたが、信じられないわけではなかった。俺にはどうしても、リオトが纏っていた血の臭いを忘れられなかったんだ。

 長く戦いに身を置きすぎた人間から、ごくたまにああ言う気配を感じる事がある。きっとリオトも、そう言う類なのだろうと俺は信じたい。信じたいのだが……あの時生理的に感じた嫌悪感がなかなか拭えず、俺は今でもあいつを好きになれないでいるのだ。

「……考えすぎだろう」

 悪い奴じゃないんだ、多分。そう、俺は信じたかった。

 

「よぉ、シスイじゃん。何やってんのー?」
「え?」

そう声をかけてきたのはハヤトだった。彼だけじゃなく、コロネや真二、浩美に正輝、コウスケにタカヒロ、B子さんにコヨリまでいる。

「よ。誰かと思えば、ケイイチを尊敬してる変わり者じゃねーか」

 それほど面識が無いはずなのだが、そんな事気にしないようにコウスケが気さくに話しかけてくる。こう言うところが、彼の「モテる」所以なのだろう、きっと。

「珍しい面子で、えらい大所帯じゃないか」
「これからみんなでカラオケ行くのー。浩美ちゃんや正輝君の歌をみんなで独り占めだよー」
「おいおい、コロちゃんそりゃないよ。俺達だけに歌わせるつもりか、君は」
「けどコウスケ。女の子少なくてちょっと残念じゃないの?」
「はっはっはー、何その俺についたイメージ? だけど問題無いぜ、既に集合かけてるから」
「手が早いな、おい!?」

 正輝が突っ込むと、ドッとその場で笑い声が上がった。俺も釣られて笑ってしまう。

 ……平和だ。探せばどこにでもある、ありふれた日常。学び舎の仲間達と共に町へ繰り出して遊ぶ、ささやかな幸福。けれども、学生である一定の時期にしか味わえない、かけがえのない幸福。

「シスイ君も一緒に来るー? 綺麗どころ、いっぱい揃えましたぜ、旦那?」
「何、そのキャバクラの客引きみたいな勧誘は」
「深く気にする事は無い。真二は突っ込み待ちなんだ、きっと」

 あははは、と真二らしいのんびりとした笑い声が響く。それに釣れられる形で、また笑い声が上がる。

「うん、そいつは魅力的だ」

 きっと行けば楽しいのだろう。みんなでわいわいがやがや、歌って騒いで。
そんな一時を過ごしたのは、一体いつ振りだろう。
ああ、懐かしい。そう言えば春に、進級記念のパーティーに呼ばれてからそれっきりだっけ。
あの時は、本当に楽しかった。アースセイバーの一員でも、超能力者である自分でもない。その時の俺は、間違いなく「ただの人間・都シスイ」でいられた。

 この平和と幸福は、絶対に失わせてはいけない。これは宝だ。

「……だけど、ごめん。俺、今やらなきゃいけない事あるんだ」
「ええー。シスイ君いてくれると、なんかみんなの調子が上がるからいいのに~」

 コロネが不満げな声を上げるので、俺は苦笑する。よくもまぁ、春初めの出来事をこの子は覚えていたもんだ。

「ごめん。また今度、誘ってくれたら絶対に行くから」
「絶対だよー!」

 みんなに背を向けて、俺はその場から離れる。

「……いいもの見せてくれて、ありがとう」

 絶対に守らなければいけない。その意思が、俺の心に火をつけてくれた。
頑張れる。昨日みたいな苦境に陥っても、俺は絶対に負けない。
そんな自信が満ちていた。

 

 日が落ちた。辺りに夜の帳が下り、地上を照らすのは星の光ではなく人工の光。
古来、人は闇を恐れた。それは闇の向こうに天敵が潜んでいるかもしれない恐怖から来るものであった。人の生活に明かりが絶えないのはきっと、そんな昔の本能が自分達から「怖いモノ」を遠ざけようとしているのだろう。

 かくて町に光は灯り、闇は何処へと追いやられた。だが、人の英知を持ってしても、町という空間からすべての暗闇を追い出せるわけではない。

 町の外を流れる水路。そこへ流れ込む下水溝の入り口の一つ。
ズルズルと、何かが這う音が聞こえる。それは下水溝の奥から響いてくる。
やがて音が大きくなるにつれて、それは外へと近付いて来る。ズルズル、ズルズル。それは外へと迫ってくる。

 ようやく姿を現したそれは、ワニのようであった。と言うよりも、全長八メートルを超えるような爬虫類は、おおよそワニしか想像がつかない。そうでなければ、コモド島に住むコモドドラゴンがいいところだろう。何にせよ、凡人の感覚であるならば、それを一目見て浮かぶのはワニの姿である筈だ。

 しかしそれは、ワニなどではなかった。狭い下水溝から出て気分が高揚したのか――あろう事か、そのワニは後ろ足二本で立ち上がった。よくテレビなどで、木を支えにまるで立っているようなワニの姿が紹介される事がある。しかし、そうではない。下水溝から這い出てきた「それ」は、前傾気味ではあるものの、自力だけで立ち上がったのだ。

 前傾気味、と表現したが、立ち上がると元々その姿勢になるのであろう。ふらついたりはせず、全身でがっしりと大地を踏みしめている。

 「それ」は頭を振ると、川の中から明かりの灯る町の方を向いた。きゅう、と瞳が小さく細められる。その様子はまるで、獲物を前にして喜び、笑っているかのようであった。

 姿勢を四足歩行へと戻すと、「それ」は川から岸へと上がっていく。

 「それ」の名は「キュウエル」。ホウオウグループが生み出した、生物兵器の一つだった。

 

「見つけたぞ」

 俺の声に反応して、馬鹿でかいワニかトカゲのような生き物がこちらに顔を向けた。

 俺は川と岸との境界である柵の上に立っていた。数メートル先の川の中から、巨大なトカゲがこちらを見ていた。

「…………」

 ホウオウグループのエンブレムが入っているわけではない。それでも俺の「感覚」は、あれが真っ当な生まれ方をした生物ではない事を感じ取っていた。

ホウオウグループによって玩ばれ、イビツに歪んだ命。

「……行くぞ」

 相手に行ったところで、向こうに理解出来る筈がない。それでも口に出したのは、自分に言い聞かせるためだ。

 全身を金色のオーラが包み込む。身体強化が指先から頭のてっぺんまで施される。

 それは「変身」。それは「武装」。それは「抜刀」。それは「装填」。

 変える――戦える姿へ。
纏う――戦える力を。
抜く――戦う為の勇気を。
込める―-戦い抜く意志を。

 儀式完了。俺は怪物トカゲ目掛けて身を躍らせた。

 

 トカゲが顎斗を開き、俺を威嚇する。だけど関係無い、俺の体は既に重力に捉まっている。俺の蹴りは勢いに任せるまま、奴の背中に決まった。

「う……」

 足裏に、生き物を打つ嫌な感触が伝わる。ミシ、と骨の軋む感触があり、痛みからトカゲが悲鳴染みた声を上げて暴れる。俺はその場を離れ、岸辺に足をついた。

「……何度やっても慣れないな」

 生き物との、命を持っている相手とのやり取りは嫌いだ。場合によっては相手の命を奪わなければいけないし、今がまさにその「場合」だ。そうでなくても、俺は何か生き物を傷付ける事が嫌いだ。もっともそんなんだから、いつまで経ってもKEAさんに半人前呼ばわりされるのだろう。

「歯ァ、食いしばれ……!」

 ここに来る前に、みんなの姿を見て覚悟を決めたんじゃないのか!? あそこを、あのかけがえのない日溜りを守るんだって。その為になら、この手がどんなに血に染まっても構わないって、そう意志を込めたんじゃないのか!?

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ワニの顎は約一トンもの力を持つと言われる。目の前にいる相手はどちらかと言うとトカゲと言った風体だが、それにしたってあの巨大な顎に食らいつかれたらと思うとゾッとする。けれども、俺にはケイイチさんみたいな飛び道具は無い。幻龍剣みたいな、リーチの長い武器だって持ってない。

 零距離近接のステゴロ。それが、俺にある唯一の武器だ。

 食らいつこうとする奴の顎の下に潜り込み、思いっきりアッパーカットを食らわせる。後ろに向かって弾かれる頭部。しかし、見た目程有効打ではない。鱗とゴムみたいな皮膚がまるで重装甲だ。

 すぐさま距離を取る。あのまま連続攻撃を仕掛けたところで、向こうの膂力に押されてジリ貧であるからだ。

「ハァ……ハァ……」

 相手に対する警戒を怠らず、それでいて奴の弱点を探る。

 考えろ。全身を分厚い装甲で覆う事なんて出来やしない。それでが爬虫類をモデルにした生き物なら尚更だ。どこか、構造的な弱点がある筈だ。

 しばらくの間、睨み合いが続く。向こうが間合いに入りたいが、動きが遅いのでそううまくはいかない。かと言って俺の方は、いくら間合いに入っても決定打が打てない。

 どちらも、今は手詰まりだ。そう、思っていた。

 しかし――

「ん?」

 ヒュン、ヒュン、と。何かを振り回すような音が聞こえる。一体どこから? そう思い、前方に注意を払いながら辺りに音源になりそうなものを探す。しかし、音の発信源は特定出来ない。

 一体、この音の正体は何なんだ? そう思った、次の瞬間、

「――が、はっ!?」

 横殴りの衝撃が、俺の体を襲う。完全に不意を突かれた形であり、防御する暇も無く俺の体は吹っ飛ばされる。

(何が、起きた!?)

 訳が分からないが、今のが奴の攻撃なのは間違いない。俺は受けた衝撃に成すすべもなく、その体は冷たい水中へと没していた。

「ぷはっ!」

 濁った水の中を、必死に手や足をかいて水上へと上がる。相手を見失うまいと、慌てて奴の姿を探すがどこにも見当たらない。

「まずい……!」

 陸は俺の領域だが、水中は向こうの支配下だ。場所が悪過ぎる。

 こう暗がりで、しかも川の水は濁っている。これでは、一体どこから仕掛けてくるのか分からない……!

 そう考えると、俺はすぐさま岸を目指して泳ぎ始めた。

「まだか、まだか……!」

 なかなか岸に辿り着けないのがもどかしく、同時に焦りを覚える。奴がこの水中のどこかに潜んでいて、いつ俺に仕掛けてくるか分かったものではない。そう思ってしまうと、心臓を鷲掴みにされるかのようだ。

 後もう少しで岸だ。そう思ったのも束の間、目の前の水面に無数の泡が浮かぶのが見えた。

 まさか――

 全身の血の気が引いていくと同時に、奴が巨大な口を開きながら水中から飛び出してきた。

(野郎、俺が岸に戻る事を計算して待ち伏せを……!?)

 どうする。水中では踏ん張りが利かない。こんな場所では蹴りにも拳にも威力が無い。だが、何かしなければ俺は奴に食い殺される。

「……待てよ、「水」中?」

 俺はある事を思い出し、自分の周りを見る。
ここは川だ。そして俺の周りにあるのは膨大な量の「水」。

「……試して、みるか」

 俺は一か八か、「天子麒麟」のオーラを自分の体だけでなく、周囲の水に溶け込ませるように放出し始めた。すると、オーラの溶け込んだ水が僅かに金色の光を放ち始める。

 まだだ、まだ足りない。相手はもう目の前にまで迫っている。けれども、これではまだ足りないんだ。

「ぬ、うぅぅぅぅぅぅぅ……」

 力を込め過ぎて、全身がブルブルと震える。そんな俺の動きに合わせるように、水が放つ金色の光が強さを増していく。

 ギリギリ間に合った。前を見ると、全開まで開かれた奴の口の中が見えた。ここなら、奴の牙の数を数える事さえ出来そうだ。

 奴が水中から飛び上がり、俺を飲み込もうとする。それに合わせて、俺は水中を両手で思いっきり叩いていた。

「食らえ!」

 さっきまで放出していた金色の光が消えうせ、代わりに、俺の真下からまるで水が吹き出すかのように溢れ出た。それは俺を避けるようにして上方に向かって流れ、巨大な水柱となる。

「!?」

 突然の事態に奴が驚くのが分かった。しかしそれは一瞬の事であり、水柱が直撃して奴の体は空高く吹き飛ばされる。そしてある程度の高さにまで昇りきると、今度は奴の体を重力が捉え、大地に向かって引き戻し始める。

 ドスン、と鈍い音が聞こえた。奴が岸辺に叩きつけられた音だ。仰向けにもがく奴の姿が目に入った。

「……流石に、今のは効いたらしいな」

 岸に上がりながら、俺は再び構えを取っていた。向こうも丁度起き上がったところで、俺の姿を見つけて威嚇の姿勢を取る。

 俺の能力は、理論上は「地上にあるものなら何でも強化出来る」ものらしい。今のだったら、水の量を増幅して巨大な水柱を作り上げたわけだ。もっとも、未熟者の俺では出来る事に限度があるし、強化は永続的なものではなくて効果が無くなればそれによって強化・増幅された分は消失してしまう。その証拠に、飛び散る水滴に混じって、金色のオーラに変わっては消えていく水粒がいくつかある。それらはすべて、今俺の能力によって増幅されたものたちだ。

 向こうは威嚇の姿勢を取り続けている。しかしその一方で、再びあの、ヒュン、ヒュン、という音が聞こえてくる。もう一度あの、正体の掴めない攻撃で俺を川に落とすつもりか。

「だけど――その攻撃の正体は見切った」

 空気を切り裂きながら、左から何かが迫ってくる。しかし俺はそれを冷静に、手刀の形にした左手で薙いだ。奴が苦悶に満ちた悲鳴を上げ、何かが地面に落ちてくる。

 それは、尻尾の切れ端だった。本体から切り離されても尚も動き続け、ぴくんぴくんと地面の上を跳ねている。

 攻撃の正体は何て事のない。奴の体の長さの半分以上を占める尻尾によるスイープだった。ヒュン、ヒュンというのは、奴が尻尾を振って勢いを付ける音であり、それを鞭のようにしならせて俺の体を吹き飛ばしたんだ。暗がりである事と凄まじいスピードで放たれた攻撃なので最初は気付けなかったが、思考を回せばこれ以外に奴の攻撃は残っていない。眼球に集中的な強化を施せば、見切れない程の速さでもない。

 ぐおぅ、と奴が唸る。見れば、切れた尻尾の先からブクブクと泡が立ち、やがて切り落とされたものと全く同じ部位がそこから生えてきた。

「再生能力か……」

 機械の兵器では、こうはいかないだろう。生物が持つ特徴である再生。それを遺伝子改造で強化してやれば、普通の生き物なら致命傷になる傷でもあっという間に復元してしまう。もしかしたら地面に叩きつけられたダメージも、既に回復してしまっているかもしれない。

 やるなら一撃。頭部、もしくは心臓を打ち砕くしかない。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 全身に強化を施しつつ、右腕に集中強化。肉体の限界を超えた強化が、右腕の血管を破裂させ、骨を、筋肉を軋ませる。一歩進むごとにジリジリとした痛みが右腕全体に広がり、血管が破裂して手が赤く染まる。

「まだだ! 持ちこたえろ、俺の身体!」

 玉置先生には、よくよく「無茶をするな」と言われる。けれども、俺はケイイチさん程強くはない。強敵を相手に圧勝できるような力が、俺にはない。だから俺は望んで無茶をする。身体を削り、身を削る。それは代償だ。

 その結果得るのが、強敵を打ち倒すための力だ。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 奴の目の前まで踏み込み、相手が俺を食らい付こうと飛び出してきたところを跳躍。眼下には、俺が突っ込んだその時から狙っている、奴の弱点。

 自らの血で真っ赤に染まった右腕を振り上げる。重力落下速度も攻撃力に加え、俺の拳は奴の脳天に突き刺さった。

 拳から伝わる感触が、頭蓋を、そしてそれに守られている脳を砕いたのを伝えてくる。俺が奴の頭の上から降りると、それに合わせる様に、どっと巨大な身体が倒れる。

「……ごめんな」

 ギルギガントを倒した時のような充足感は無い。今、俺の心にあるのは痛みだった。

 

「……はい……はい、そうです。すぐに回収班を寄越してください」

 アースセイバーに連絡し終わると、ようやく俺は一息つく事が出来た。

 視線を、目の前に横たわる巨大なトカゲに向ける。大きさで言えば、ギルギガントの方がずっと大きかった。けれども、あれには人間の弱点と機械の弱点の両方があり、それを突く事で勝てた。今回の場合は、完全な力押しによる勝利だった。

「痛ッ……」

 安心して気が緩んだせいだろうか。今の今まで気にならなかった痛みが、俺の右腕を侵食する。思わずその場で蹲ってしまいたい程の痛みが、俺の右腕を焼く。
体温を感じない、感覚も無い。痙攣でもしているように手の震えが止まらない。無茶な肉体行使の結果だった。

「……こんなだから、何時まで経ってもKEAさんに半人前呼ばわりされるんだろうな」

 ケイイチさんと同じ顔できつい一言を放つあの人の姿が目に浮かぶようで、思わず苦笑を浮かべてしまう。

 その時俺は、完全に相手を倒したものだと思っていた。
それは半分正解で、半分間違い。
俺は甘く見ていたのだ。ホウオウグループが一体、どんな化け物を生み出したのか。

「――え?」

 何かが、俺の足首に巻きついた。何が、と確認する間も無く俺の身体は宙を舞い、硬いコンクリートに叩きつけられていた。

「がッ、ごほッ!?」

 咄嗟の事で、能力を使うのが送れた無防備な身体が、容赦無く地面に打ちのめされる。

「な、何、がッ……」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。
しかしすぐに分かった。視界の先で、俺が倒した筈のあの巨体が、ゆっくりと起き上がっていたのだ。

「そん、な……」

 倒した。間違いなく俺は脳を砕いた。なぜ脳を砕かれて奴は動いている!?

 訳が分からない。何で奴が。頭が混乱する。思考がうまく出来ない。
そうしている内に、奴はこちらへと近付いて来る。ズルズルと、芋虫が這うような動きだが、それは俺にとって死神の足音も同然だった。
その時になって、俺は正気に返った。恐怖という感情が、俺を冷静にさせていた。

「ま、まずい……」

 もはや、俺は戦えるような状態じゃなかった。右腕は使えず、無防備な状態で受けたダメージが全身に響いている。その場から逃げようにも、身体がうまく動いてくれない。

「く、くそ……」

 そうこうしている内に、奴がすぐそこまで迫ってきた。
のそりと上体を持ち上げ、がぱりと口を開ける。恐怖のあまり、俺は自分の表情が引きつっているのが分かった。

(やられる――!)

 そう思って、思わず目を閉じた。直後に、奴の顎斗が俺を捉え――

 ブゥン、ザシュ。

「……?」

 この場に似合わない音が聞こえた。俺は恐る恐る目を開く。

 すると目の前にいる怪物トカゲは、俺に向かって口を開けた状態で固まっていた。いや、よく見ると目を閉じる前と状況が微妙に違う。奴の胸から、赤い光の刃が伸びていたのだ。

 ザン。刃が垂直に真っ直ぐ上へと動いた。たったそれだけの動作で、俺は奴の心臓と脳の両方が潰された事を理解した。

 一体何が起きたのか。放心したまま動けない俺に、手を差し伸べる者がいた。一体誰だと思って顔を上げると――

「あ……」

「全く、格好悪い有様だな」

 俺の姿が可笑しいのか、それとも何か別のところで笑っているのか。そこには、赤い髪の毛の少女が立っていた。
その姿を俺は知っている。普段の彼女は真っ白な髪の毛なのだが、能力を発動する炎のような赤色に変わるのだ。

「す、スザク……」
「また無茶をしたみたいだな……立てるか?」
「あ、ああ……」

 スザクは俺の右腕に気付いていたらしく、差し出された手は左だった。俺はその手を取り、よろけながらも何とか立ち上がる。

「ありがとう、助かった」
「何、お前は今まで何度も僕を手伝ってくれただろ? その借りを少し返しただけだ」

 そう言ってから、何かに気付いたように彼女は空を見上げた。見れば、回収班を載せたラーがこちらに近付いて来る。

「あんまり、無茶するなよ」

 そう言われて、俺は彼女の方を見た。スザクはこちらを見ておらず、飛んで来るラーの方を向いたままだ。

「君だって、僕にとっちゃ日常の一部なんだ。いなくなられると困る」
「……あ、うん」

 彼女の言葉に、俺は知らず驚かされていた。
忘れていた。こんな俺でも、学校では日常の一部なんだっていう事を。

「……ありがとう」
「ん? 礼ならもう言われたけど?」

 スザクが不思議そうにこちらを見るが、俺は続けて、

「ううん、そっちのありがとうとは違うんだ」

 そう返す。

 ありがとう、スザク。俺は危うく、大切な事を忘れるところだった。
気付かせてくれて、ありがとう。
 


 

作者 登場人物
akiyakan 都シスイ榛名 有依高嶺 利央兎遠藤 正輝景山 浩美ハヤト貝塚真二コウスケタカユキ、B子、コヨリ


投下順
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最終更新:2013年06月19日 21:08