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いつか「私」であるために

過去を一通り語り終えた後、シスイは空を見上げていた。表情は見えないけど、きっと笑っているだろう。
眩しい思いでその姿を見つめていると、シスイが空を見たまま言って来た。

「そういえば、スザク。そっちはどうなんだ? よければ聞かせてくれないか?」
「え……」

僕は答えに窮した。シスイのあの過去を聞いた後で僕の話をするのは、さすがに間が悪すぎる。あんな日々のことを語るのは、正直今でも気分的に厳しい。ましてや、この間ゲンブに例の衝動が再発したのを自覚させられたばかりだ。

「……え、と。もしかして、話しにくいことだったりするの、か?」
「…………」

答えられない。しかし、この場で沈黙するのは肯定と同じだ。実際、シスイは目に見えて狼狽えた。

「ごめん、無神経だったかな」
「……いや、いいんだ。その内、誰かには言わなきゃならなかったし」

僕の過去は、そして現在は、ホウオウグループと密接に関係する。あの「絶対者」のおかげで、僕は「私」でいられなくなった。……だけど、このまま黙っているわけにもいかない。それはわかっていた。
誰か、信頼できる人に知っておいてもらわないと、精神的に持たなかった。その点、シスイは無条件に信頼できる稀有な人物だ。いざと言う時は、非常に頼りになる。

「……何が、あったんだ?」
「……そうだな。何から話そうか……」



「僕には両親がいない。今どうしているかも知らないんだ」
「……もしかして……」

シスイの言葉を先取りし、僕は街並みを見つめたまま続ける。

「いや、捨てられたわけじゃない。……攫われたんだ」
「攫われたって……ホウオウグループに?」
「ああ」

目をそむけたくても、それが事実だ。強いて感情を殺し、僕は淡々と語る。

「僕の『偽』は生まれつきの力だ。どこから知ったかわからないが、連中は僕が3歳の時、僕から日常を奪い去った」

幼い頃のことなので、さすがに細かくは覚えていない。でも、一つだけ覚えていたことがある。
庭で遊んでいた僕の手を引いて車に引きずり込み、どこかに連れ去った男。あの特徴的な髪型は忘れようがない。

「気付いた時、僕はどこかの施設に入れられていた。僕と同じような子供たちが大勢捕まっていて、みんな一様に怯えた表情をしていた」
「………」

アースセイバーに所属する以上、シスイもこの手の情報は既知のはずだ。ちらりと横を見ると、怒りとも悲しみともつかない、何かを堪えるような表情で、口を引き結んで俯いていた。

「後になって知ったんだけど、そこは異能の力を持つ子供たちを、グループの戦闘兵器として教育するための施設だったんだ。だから僕は、ホウオウ自身を見たことはない」
「………それで、どうしたんだ?」
「……僕が受けたのは、純粋な殺戮兵器としての精神改造だった。殺戮の衝動を心に植え付けられ、目に入った全てを壊して殺す、生きた兵器にされたんだな」

語っている内に衝動がざわめくのを感じたが、無理矢理押し殺す。意志と無関係に湧きあがる正人への想いをあえて閉じ込め、意識して無機質に語る。

「ケージに閉じ込められ、出たり入ったり……その都度、実験や訓練を受けさせられて、時間の感覚すらなくなって来ていたようだ」
「……酷い、な……」
「ああ。実際そうなんだろう」

どこか他人事のように語っている事に、僕は気付いていた。さすがに、正面から過去と向き合うには、まだ時間が必要だった。
 

「そんな日々がどれくらい続いたかな。ある時、施設が何者かの攻撃を受けた。混乱する中、僕の手を引いてどこかに連れだした人がいた」
「え……誰、だ?」
「水波 ゲンブ。一応アースセイバーの所属なんだけど、知らないか?」
「名前くらいは……」

歯切れの悪い答えだが無理もない。ゲンブはアースセイバーの中でもかなり特殊な立ち位置で、外から情報を集める永続調査員としての役割が与えられている。そのため、基本的に誰かと組んで行動することはない。
本部にもほとんど顔を出さないらしいから、シスイが知らなくても無理はないだろう。

「その人に?」
「ああ。逃げて、逃げて……それからしばらくは路上生活だったけど、それよりまず、僕は衝動から逃れないとならなかった。ゲンブに何度も叩きのめされながら、少しずつ兵器としての自分から脱却していったんだ」

逃げ出した当初は、人の姿を見かける度に殺そうとしていた。ゲンブも例外ではなかったけど、彼は幸い強かった。僕は誰も手にかけることはなく、少しずつ、少しずつ衝動から解放されていった。

「そうして、今に至るということだ」
「そうか……それじゃ、元に戻れたんだな」

安心したようにシスイが言う。さすがにこれ以上語るとウスワイヤへ連れて行かれかねないため、ここで話を打ち切る。

「ああ。そうだな」
「よかった……よかったな、スザク」

心底嬉しそうなシスイに笑い返しつつ、僕は内心で自分を押さえつけていた。
衝動は、完全に消えたわけではない。僕がより強く意識する――――大抵の場合、恋に落ちた相手に対して、その衝動が復活するのだ。植え付けられた衝動は、既に僕の心を侵食し、今や一つの性癖と化している。下手をすると、僕自身の判断力さえ呑み込まれてしまう。こうしてシスイと話している間は、「天子麒麟」の作用で精神力が強まるため、衝動に呑まれずにいられる。だけど、正人やトキコと顔を合わせてしまうと、もう持たない。

(いつまでもこのままってわけには……いかないよな)

正直、もう限界が近かった。このままではまともに恋愛が出来ない。1人の時に「私」に戻ることで逃避し続けるわけにもいかない。幸いにして、今までにはゲンブが制止してくれたおかげで誰も殺していない。
だけど、それは今までそうだった、というだけの話だ。このままの状態が続けば、精神的に完全に参ってしまう。そうなった時に衝動が目を覚ましたら――――僕は、本当に殺戮機械になってしまう。

(どうすれば、いいんだろう)

僕がこの衝動にかられるのは昔の名残だが、強く意識した相手に対してのみ、というのは何か理由があるはずだ。ゲンブやランカは感づいている風だったが、教えてくれない。僕が自分で気付け、ということなのか。

(…………)

ふと、隣のシスイを見る。家族に思いを馳せているのか、寂しげで、それ以上に嬉しそうだった。
僕も彼も家族がいない……違うのは、シスイは家族の愛情に包まれて過ごした日々があって、僕は誰かの思惑に踊らされた日々があるということ。
シスイがうらやましいとは思うが、弱音を吐いてはいられない。「奴」を見つけ出すため、僕は今「私」に戻るわけにはいかない。強い自分である「スザク」でいなければならない。

(………?)

ふと、何かが心を過ぎった。僕は――――。



「……寂しい、のかな」



ぽつりと、呟いていた。そこに、答えがある気がした。

(…………)

多分、この衝動との戦いは当分続くだろう。「スザク」として恋した相手には殺意を抱いてしまうが、今の僕にはその顔が必要だ。たとえ、この間のような、歪んだ自分になってしまうとしても。もしかすると、僕は長くは持たないかもしれないけど、

「? 何、スザク? どうかしたのか?」
「……いや。何でもないよ、シスイ」

シスイがいる。そして、コロネが、ネイロが、ハヤトがいる。みんなの輪の中にいれば、僕はまだ、人でいられる。
だから、もう少しだけ頑張ってみよう。いつか、「私」として、「綾音」として誰かに想いを伝えられる、その時まで。いつか、「僕」と「私」がひとつになる、その日まで。
 

もう一度、空を見上げる。

「……あぁ……なんて、綺麗………」

――――突き抜けるように青い空は、僕の全てを包みこんでくれていた。
 


 

作者 登場人物
スゴロク 火波 スザク都シスイ


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最終更新:2013年06月19日 22:12