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その痛みから彼は何を学ぶ?

「痛、痛ててててててて!?」
「ほらほら、じっとして!」
「莉絵さん、痛い痛い痛い! せめて麻酔が完全に効いてからに――」
「いっつも無茶して傷だらけになる罰! ほら、男の子なんだから我慢する!」
「あばばばばばばばばば!!!」

 ウスワイヤ施設内にある医務室。そこで絶叫を上げているのは、俺都シスイ。つい先程スザクの助けを得てなんとか相手を倒し、そのまま倒した怪物ごと回収班にここまで運ばれた次第だった。

 いつもだったら、「天子麒麟」の能力を使ってその場で傷を治すんだけど、今日は運が悪かった。何せ三葉莉絵、この人が回収班に同行していたんだもの。

「はい、手当て完了! 傷口が開いちゃうから、しばらく安静ね」

 自分ではそんなに重傷だとは思っていなかったのだが、いざ治療を受けてみるとそんな事何も無かった。全身打撲、頭に二センチの裂傷、右腕に至っては過度の能力行使によって血管と皮膚、筋肉などがもうズタズタになっていた。

「安静なんてそんな。だったら、能力で即効治癒――」
「能力の使用は絶対禁止よ?」

 ギロリ、と効果の付きそうな感じで莉絵さんは睨みつけてくる。それに圧されて、俺は頷くしか出来ない。怒らせると怖い事で定評のあるのは伊達じゃない。

「まったく……ナイトメアアナボリズムもそうだけど、特殊能力って言うのはそれを使う本人でさえ、まだ分かっていない事が多いの。特に、自分の肉体に関わる能力は重要よ。能力を乱用して、一体どんな反動が起きるか……」

 そう言って、莉絵さんはため息をつく。

 莉絵さんが言いたい事は分かる。「訳の分からない力を肉体に行使し続けて、一体どんな反応が起きるのか全く分からない」。そう言う事だ。

 ずっと前の事だ。ウスワイヤで保護しようとした能力者がいて、その時アースセイバーに入ったばかりの俺も駆り出された。
保護対象は、一人の少年だった。俺とそう年齢は変わらないのだろう。自己再生特化型の能力者で、ウスワイヤに保護されるのが嫌でとにかく抵抗しまくっていた。それこそ、能力に任せて「手錠された腕を引き千切ってでも逃げる」くらいに、彼は抵抗していた。

 そんな風に、無茶な能力行使を続けた代償なのだろう。彼の身体に異変が起きた。
まるで、風船が膨らむように彼の身体が膨張を始めた。彼の身体は見る見る大きくなっていき、ついには二階建ての建物と同じ位にまで膨張した。

 そして、彼の身体はぐずぐずに崩れた。後に残ったのは、原型を留めないほどにまで変形した彼の遺体だった。

 自己再生能力のスタンピード。つまり、能力の暴走。彼の死因はそれだった。
本来なら傷を負った時だけに機能していた筈の能力が壊れ、傷が出来ていない正常な状態でも発現し続け、ついには自己崩壊を招いたのだ。

 あの事件の時は、本当に恐ろしいものを見たと思った。
「自分もああなったら……」
おかげでしばらく、俺は「天子麒麟」を自分や他人に向かって使う事が出来なかった。

 莉絵さんが「天子麒麟」の使用を俺に禁じたのは、そういう経緯からだ。玉置先生も、「どんなに小さな怪我でも作ったら保健室に来い。能力は絶対に使うな」と言っている。二人とも、超能力が決して便利なだけの力じゃないんだって事を、それどころか一つ間違えば能力者本人を殺す諸刃の剣である事を理解しているんだ。

「傷口が塞がるまで絶対安静よ! いい?」
「はーい」

 きつい言葉の裏に隠れた莉絵さんの気遣いを想いながら、俺は医務室を後にした。

 

「相変わらずだな、お前は」
「バク教官!」

 廊下を歩いていると、一人の男性に出会った。白髪交じりの黒髪の、三十代の男性。
七篠獏也。かつては偶然ウスワイヤに保護された一能力者に過ぎなかったが、「記憶操作」と呼ばれる単純かつ強力な能力ゆえに、今ではウスワイヤにとって無くてはならない存在だ。

「その様子だと、莉絵にしぼられたみたいだな」
「あ、あはははは……」

 図星なので、苦笑でもって答えるしかない。癖で頭を掻きそうになったが、縫合直後だったのを思い出して慌てて手を引っ込める。

「お前はいつもそうだ。帰ってくるとどこかに傷を作ってくる」
「仕方ないですよ、俺って弱いですから」

 俺の能力は「強化」。地上にあるありとあらゆるものを増幅・強化する事に特化している。口にすれば便利に聞こえるが、実際のところはそうでもない。「強化」するには、強化対象となる媒体が必要だ。火を強化したいなら火が、水を強化したいなら水が、と言った具合に。
つまり徒手空拳が基本である俺には、仲間がいない限り自分の五体以外に強化する術が存在しない。その身体強化にしたって限度がある。その証拠が、今も感覚が戻っていないこの右腕だ。

「弱いなんて事は無いと思うぞ。俺の教え子の中で、一度として能力に呑まれなかったのはお前くらいだ」
「〝あんなもの〟見ておいて、一体誰が能力に呑まれるって言うんですか」

 バク教官の賛辞はありがたいが、正直自嘲しか浮かんでこない。

 「天子麒麟」。仰々しい名前の能力を背負っていながら、俺の戦闘能力はアースセイバーでは決して高い方ではない。むしろ、仲間がいなければ勝てない非力な能力者だ。

 歯痒い。本当に歯痒い。爺やが立派な名前を付けてくれたってのに、俺はその力を完全に使いこなせてない……!

「おい、気を付けろよ」
「え?」
「力み過ぎだ。傷口が開いてる」

 見れば、右腕の包帯が赤く滲んでいた。感覚が無いせいで気付かなかったが、思った以上に俺は力を入れていたらしい。

「うわ、うわ……」
「全く……自分が弱いと思っているのなら、なぜ武器を使わない? お前の能力なら、手に取った武器をそれ以上の性能に引き上げる事だって可能だろう」
「……それじゃ、駄目なんですよ」
「ん?」
「それだと、手に相手を傷付けた感触が残らない。相手の命を残った感触が、手に残らないじゃないですか……それが嫌なんですよ」
「……ああ、そうだったな」

 バク教官は俺の様子に呆れたようなため息をつく。

 常人なら、今の俺の発言がまるでシリアルキラーの一言に思えただろう。
生き物を傷付けるって言うのは、本当に気持ちが悪い。命を奪うのは尚の事だ。
でも、だからこそ、俺は自分が何かを傷付けた感触が、何かの命を奪った感触が、一番よく伝わる素手で戦う事に拘る。

 命と言うのは、そこにあるだけで美しい。行動はどうあれ、ホウオウグループに所属している者達にだって言える事だ。命に貴賎はない。獣であろうが、人であろうが、人間であろうが、能力者であろうが、悪人であろうが、善人であろうが、命の価値は平等だ。

 「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」。正にそうだ。

 命のやり取りさえありうるこの職場では、命と言うものに対して真摯に向き合う必要がある。命を奪うからには、それがどれだけ大切であるのかを理解しておかなければいけない。
「悪人だから殺してよかった」。そんな言い訳は絶対通ってはいけないんだ。

「今日はもう遅い。ここに泊まっていけ」
「はい……ありがとうございます」

 俺はそこで、バク教官と別れた。

 

「……駄目だな、あいつは。この仕事に向いていない」

 シスイの姿が見えなくなると、獏也はそうポツリと呟いた。

 都シスイは優しすぎる。そして何より、命というものに対して誰よりも真っ直ぐに向き合い過ぎている。そういう人間は、時に誰かの傷付け、時には誰かの命を奪う事を強いられるこの職場には向いていない。

 特に、素手で戦う事に拘る彼の精神性は問題だ。あれは自らに無理を強いている。彼が生き物を殺す感触を覚えていたいと思うのは、何かを殺すという事に慣れたくないためだ。本当は何も傷付けたくない、何も殺したくはないのに、そうしなければいけないから自分に無理矢理言い聞かせている。

 すべては、「自分の力を必要としている誰かの為に」、だ。

 都シスイは潔癖過ぎる。
獏也は、シスイがアースセイバーに入る事を最初は反対していた。悪人の命をも尊重し、虫を殺す事も嫌うシスイの心では、いずれ限界が来てしまう事が目に見えていたからだ。
正直、今まで持っているのが不思議な位だ。それでもいつか、シスイの心は壊れてしまう。

 しかしそう思う一方で、獏也は彼がこの仕事を続けている事に意義を感じていた。

『仕方ないですよ、俺って弱いですから』

 何気なくシスイの口から零れた言葉が、獏也の脳裏をよぎる。

「そんな事はないぞ、シスイ。もしかしたら、お前はある意味最強の能力者なのかもしれないぞ」

 穢れを知らない心が穢れを知り、それでも前へと目指すその先に一体何があるのか。

 もしかしたら。そんな希望を、獏也は思わず考えてしまうのだった。
 


 

作者 登場人物
akiyakan 都シスイ三葉 莉絵七篠 獏也


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最終更新:2013年06月19日 22:25