―第11話、人間に惚れた妖怪―
静葉に家、つまり巴邸には静葉以外の家人は『存在しない』
その理由は基本誰も知らず、シリウス団のメンバーも教えられていない。
その上、家賃や生活費は一体どこから出ているのか?いつも小奇麗過ぎるのはなぜか?
と言った具合に、ある種の不気味さを孕んでいる。
しかし、静葉はこの無駄に広い屋敷を団の為の施設として開放しており、静葉の言う『集会場』
とはこの屋敷のことで、団員全員が合鍵を持っており自由に活用している。
そして、静葉の家に静葉の他に家人が誰もいない理由を知らされていない団員でも、知っている
ある秘密が、この屋敷には存在する。
「…太陽は、苦手だ。」
それは巴邸の二階、南側の大きな個室にいる。
中世風の装飾と調度品に囲まれ、天蓋付のベッドで目を擦りながら呟く少年。
金色に輝く髪は軽くウェーブがかりながら背中あたりまで伸びており、その顔つきと相まって
むしろお姫様のような印象を与える。
唯一現代風のパジャマから見える肌は白磁のように血の気が無く、死人にも見える。
そして、一番目を惹くのはその両目で、深紅に輝くそれはまるで極上のルビーで成見のそれ…つまり
アルビノとは違う実在感のある紅だった。
口元からは特に見せようとしていないにも関わらず長い犬歯が見えており、どこか普通ではない印象を与える。
「おはよう、ニコ。相変わらず朝早いんだな。」
少年がベッドの上で伸びをした時、静葉が扉を開けて部屋に入ってきた。
その手には淹れたての紅茶がある。
「おはよう静葉、ありがと。まぁ、本来まかりなりにも吸血鬼…しかも真祖の末裔の僕が
朝日と共に起きるのも、どうかとおもうのだけど。」
「いいじゃないか、早起きは得をするぞ?」
紅茶を受け取りながら言う少年ニコに静葉はそんなことを言う。
そう、この少年が団の秘密だった。
ニコラス=アルケロス・ノワールド・マキュロ
この長い名前が少年の本名で、ニコとは愛称だ。
その正体は人間では無くヴァンパイアと言う存在…昔から人間の恐怖の的であり、長い間その存在は
幻想だと思われていた化け物だ。
しかもニコはヴァンパイアの中でも「マキュロ氏族」と言う真祖の血脈、つまり開祖に連なる一族の末裔である。
先程から太陽を浴び続けているにも関わらず伝承のように灰にならないのは、これが要因であり
ニコも含めたマキュロの真祖には聖水と心臓への銀杭以外は通用しない。
もっともニコが最後のマキュロ氏族の生き残りである為、実質ニコだけの特徴であるが。
この社会で吸血鬼と正体をばらすわけにもいかずニコはその正体を伏せており、その真実を
知る者はシリウスの団員だけだった。
「今日で9日目になるが、身体は大丈夫か?」
「うん、14日間くらいまでなら大丈夫かな。
それ以降は、僕の理性がもつかどうかはわからないけど。」
「すまない…最近医療機関の警備がいきなり厳しくなってな。
亮や影士がいま侵入ルートを構築しているのだが。」
「気にしないで、静葉やあいつらは悪くない。」
今、ニコには危機が迫っていた。
ヴァンパイアである以上、彼も血を飲まねば生きていけない。
不死者ヴァンパイアの中でも特に異常な不死性を持つ真祖のニコでも克服できていない弱点だ。
今までは影士や亮がその力を使って輸血パックを医療機関から盗んでいたのだが、最近それらの警備が
いきなり厳重になり、盗めない状況にある。
建物自体のセキュリテイはおろか、保管されている棚に電子ロックと錠前の二つが付けられ、
さらに三方向から監視カメラで監視されている。
亮ではカメラを回避できるが棚のロックを外せず、影士は輸血パックを取り出せてもカメラに映ってしまうのだ。
そして、もう今日で9日間彼は血を飲んでいない。
最悪、静葉たちが提供することも考えられるが、それでは一時しのぎにしからならず、素人の静葉たちが
採血するのはリスクが高い。
しかも、ニコは基本的に人間から直接血を吸わないことにしている。
例外は凶悪犯のような人間だけであり、それ以外からは絶対血を吸わないと静葉に言っているのだ。
彼は普通に振る舞っているつもりだが、外出もせず寝ていることも多くなってきた為、あまり余裕が無い。
最悪理性を失い暴走することも考えられ、そうなればおしまいだろう。
「ああ、早く人間になりたいなぁ…僕も、静葉と一緒に普通の人間として生きたい。」
「ああ、それが俺たちの目的だからな。
超能力を捨てて、普通の人間になる、と。」
ニコにとっては普通になることの先に目的があった。
ニコは静葉が大好きだったからだ。
偶然のある出会いからひそかな好意を寄せるものの、現状二人の種族の壁は高すぎる。
これではその先に待つのは寿命差や体質の違いからの悲恋だけだろう。
人間になり、胸に秘めた思いを伝えることこそ、ニコの望みだった。
「(でも、あなたはそんな僕の思いを知らない。)」
少年は削りゆく己の命より、そのもどかしさでいっぱいだった。
<To be continued>
最終更新:2013年08月23日 19:58