「……おや、スザクさん。奇遇ですね」
「ノルンか……」
放課後、突然背中からそう声をかけられ、振り返った僕の視線の先にそいつはいた。
丁寧に整えられた、青の混じった黒の短髪。
「何か、用なのか」
「いや、たまには屋上で夕涼みでも、と思いましてね」
「そうか」
気のない返事を返し、僕はフェンスに体を預け、沈みゆく夕日に細めた目をやった。
色々と今日は疲れた。王様ゲームとかいう、よくわからない遊びでえらい目にあったし(どうなったかは聞かないでくれ……思い出したくない)、「スイーパー」とかいう奴に鉢合わせて妙なプレッシャーをかけられたり、ジャックに対する部活への勧誘になぜか巻き込まれたり、不本意なことばかり起きてさすがに疲れた。
そんな僕に気を払うでもなく、ノルンは隣にやって来て夕日を見つめた。
「綺麗な夕日ですねぇ」
「ああ」
返事には相変わらず気が入らない。しかし、ノルンには気にした様子もない。ちらりとそちらを見ると、完全に夕日に目を奪われていた。――――眩しくないのだろうか?
益体もないことを考えていると、突然ノルンが口を開いた。
「私はね、スザクさん」
「?」
「かつて、とある施設にいたのですよ」
何を言いたいのかわからず、目線だけそちらに向けたまま話を聞く。
「そこは、まさに地獄でした。兵器となるか、死を迎えるか。どちらにせよ、そこに囚われた者たちには、人としての道は用意されていませんでした」
「…………」
「私もその中の1人でしてね。この身に秘めた力を、狙われたのですよ」
「…………」
こいつは何を言っているんだ。自分が異能の力を持っていると、ばらしたようなものじゃないか。僕がただの人間だったら、どうする気なんだ。
そんな逡巡には気付くはずもなく、ノルンは夕日を見つめたまま続ける。
「厳しいというか、そんなことを感じる余裕もない日々でした。ですが、転機は突然訪れました」
「……転機?」
ええ、とノルンは頷く。
「施設が、誰かに攻撃されたのですよ」
「え?」
「何もかもが壊れ、呑まれ、消えて行く中、私は死を覚悟しました。しかし、炎にまかれる私の手を引き、ゆっくりとその場から連れ出した方がいたのです」
――――思わず絶句していた。それは、まるで…………
「私はその方に連れられ、とある場所に向かいました。そこで、私は別の方にお会いしたのです」
「……誰だ?」
思わず刺のある声音で問いかける。しかし、ノルンの態度はまるで変わらない。
当たり前のことを話すかのように、淡々という。
「さて、ね。ただ一つ言えるとすれば」
「誰もが恐れ拒んだこの力を、唯一受け入れてくれた方。そんなところですね」
「…………」
もはや間違いなかった。ノルンは………。
しかし、その思考を呼んだかのように、短髪の男はこちらに向き直った。変わらぬ笑みを浮かべたまま。
「どうして、それを僕に話す?」
「さあ。何となくですよ。あなたなら、馬鹿にせず聞いてくれそうだと思ったので」
どこを見てそう思ったかは知らないが、少なくとも警戒する材料にはなる。――――が、なぜか敵意は湧かなかった。ノルンの目は、トキコのそれとは明らかに違う、人の目だったからだ。
「スザクさん。この事は、話題にしてくださって結構です」
「……どういうことだ?」
「なに。他愛もない世間話ですから。もしかすると、私の言った事は全てただの作り話かもしれませんよ?」
なにせ私は人が悪いですからねぇ、と締めくくり、ノルンはその場を立ち去った。残された僕は、いつの間にかすっかり日が沈んで星が照らす屋上で、ひとり立ちつくしていた。
「……悪いが、話題にはならない。僕が話さないからだ」
ノルンの去って行った屋上入口の扉を見つめ、ひとり呟く。
「――――しばらくは、よろしく」
余談。
「こんな時間まで学校に残るんじゃないっ!! 下校時間はとうの昔に過ぎてるんだぞっ!!」
「「……すいませんでした」」