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≪Dead End≫

『はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 バイオレンスドラゴンが右の拳を振り上げ、目の前のムカイ目掛けて拳を叩き付ける。向かって来る拳を前に、ムカイは両手を組んだまま動かない。

 拳は、ムカイのいた所に命中した。だが、手ごたえは全く無い。

『なるほど、パワーはなかなかですが……遅いですね』

 声は、すぐ横から聞こえてきた。ムカイはまるで、公園のベンチに腰掛けるような気楽さで、ドラゴンの左肩に乗っていた。

『く――っ』
『遅い』

 花丸が振り返る時には、もうムカイの姿はそこに無い。彼の姿は、花丸から十メートル程離れた場所にあった。

(速い……全然見えない……!)

 超音速。あのミツですらその動きを捉えられず、成す術も無く倒された技を前に、花丸は冷や汗を浮かべた。バイオレンスドラゴンを装着しても、その動きの端すら感じ取る事もままならない。

 生身の花丸だったら、何が起きたのか分からず死んでいただろう。バイオレンスドラゴンの装甲なら、いくらムカイのバイオアーマーとは言え――

『おっと? 痛覚の反応まで鈍いのか?』
『え?』

 一体何の事か、花丸には分からなかった。だが次の瞬間、嫌でも理解させられた。

『あ――がっ!?!?!?!?!?!?』

 左肩に激痛が走る。何本もの血管がナタで一振りにブツ切りされたような痛みが、一気に花丸を襲ってきた。それと共に、ドラゴンの左腕が肩から丸ごと地面に落ちる。機体と一体化する構造であるが故に、機体が負った痛みがそのまま搭乗者にもフィードバックされる。

『GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』
『ド、ドラゴンの装甲を、こうも容易く……!?』

 魔蟲の大鎌ですらまともなダメージにならなかったと言うのに、切られた瞬間を知覚すらさせない鋭さと、龍の装甲を切り裂く切れ味に戦慄する。魔蟲よりもずっと小さい筈なのに、花丸が抱いた恐怖感はそれ以上だった。

『超振動と言うやつだ。チェーンソーの強化版とでも言えば、君にも分かりやすいかな?』

 そう言いながら、ムカイは自分の右腕を掲げる。よく見なければ分からない程であるが、細かく、そして高速で振動しているのが分かる。原理としては、ロイドの大爪の機械腕と同じだ。だが、破壊力がそれとはケタ違い過ぎる。

(接近されたら勝ち目が無い……!)

 距離を置いての遠距離戦闘。それが得策と感じた花丸は、素早く使用する武装を選択した。

『くらえ!』

 ドラゴンの口から、帯状の火炎が吐き出される。圧縮された熱量の塊であるそれは、もはや光線と言っても差し支えないだろう。大気を焼きながら、ムカイ目掛けて炎が迫る。

『……ふん』

 だが、ムカイは背中から生えた羽を少し羽ばたかせるだけで、一瞬の内にその場から移動する。やはり花丸は、それを目で追う事は出来ない。

『まだまだ!』

 それでも花丸は、ムカイを追いかけるように火炎を放ち続ける。ムカイが逃げても逃げても、彼は諦める事無くそれを追い続けた。

『しつこいですよ』
『うぐっ!?』

 何かが通り抜けて行った直後、右肩に鋭い痛みが走った。おそらくは、ムカイが切りつけていったのだろう。それでも花丸は、止まらない。ただがむしゃらに、周囲に火炎を撒き散らす。

 そうやっている内に、炎は周囲に燃え広がり、辺りを包み込む火の海と化した。

『はぁ……はぁ……』
『これでもう終わりですか?』

 ムカイの声が聞こえる。だが、辺り一面が炎に包まれている為に、その姿はどこにあるのか分からない。右から聞こえて来るようでもあるし、すぐ後ろから聞こえて来るようでもある。

『まさか、周囲を炎で包み込めば、私を焼き殺せるとでも思っているのですか?』
『はぁ……はぁ……』
『残念ですが、私のバイオアーマーに隙はありません。この程度の炎なら十分に耐えられる』
『はぁっ………………』
『出し物は終わりですか? それなら、この一撃で仕留めてあげましょう!!』

 ムカイが動いた。発生した衝撃波が炎の壁を吹き飛ばし、弾丸の様なスピードで向かって来る。

 右手は手刀の形を造っている。それは真実、刃と化し、バイオレンスドラゴンの身体ごと花丸の身体を貫く――

 ――筈、であった。

『……何?』

 突き出された手刀。しかしそれは空を切り、虚空に向かって伸ばされるのみ。すぐ傍にドラゴンの身体があるが、後数センチ、紙一重の差で命中していない。

『外した……だと?』

 再び炎の中に身を飛び込ませながら、ムカイは首を傾げる。狙いが甘かったのだろうか。

『……ふむ。ですが、次は当てます』

 揺らめく炎のせいで視界は悪いが、しかしムカイの目、と言うより、バイオアーマーに備わった複眼が対象を捉える。無数の眼を用いた多重照準。加えて、バイオレンスドラゴンの巨体は、この炎の中でも見落としようがない。

 再び全身を鋭利な弾丸と化し、ムカイは炎の中から飛び出す。そして照準を定めた事もあり、今度は外す事無くその右腕は確かに貫いた。
 バイオレンスドラゴンの、「右の掌を」、だ。

『な――!?』

 驚愕に、ムカイは目を見開いた。

 有り得ない。こんな事が起きる事など、有り得ない。

 狙いは正確であり、自分の攻撃は超音速。向こうはこちらの姿が見えておらず、仮に居場所がバレていたとしても、マッハで向かって来る攻撃に対応出来る筈が無い。

 なのに――

『捕まえ――たッ!!』

 右手に突き刺さった腕ごと、花丸はムカイの身体を鷲掴みにした。ムカイは逃げようともがくが、いかんせん膂力が違う。速度で勝っていても、パワーにおいてはバイオレンスドラゴンの方が上である。

 花丸が一体何のために周囲を火の海にしたのか。それは、高速で動くムカイを捉える為だ。

 助走無しからのトップギア。音さえ置き去りにする超音速。確かにムカイのバイオアーマーの能力は脅威だ。しかし、どれだけ高速で移動出来たとしても、その身体が物質で構成されている以上――地球上の物理法則からは逃れられない。

 音速を突破する時に発生する、空気の壁を破る事で生じるソニックブーム。それはどうしたって発生する。花丸が作りだした炎のフィールドは、ムカイを焼く事が目的なのではない。ムカイが彼の命を狙って向かって来る、その瞬間に発生する空気や炎の揺らぎ。それによってムカイの行動を感知する為の網であり、レーダーだったのだ。

 だがこれは、理論上可能なだけであり、実際に行うのは不可能だ。相手の予備動作が見えるとはいえ、それでも向かって来る攻撃は超音速。死ぬ確率が100%から95%程度にまで減っただけに過ぎない。

 それでも花丸は、生き残る5%をもぎ取った。まぐれでは決してない。ある意味でそれは、確率こそ5%でしかないが、当然の結果であると言えた。バイオドレスを扱う為に鍛えて来た花丸だからこそ、これまで懸命に積み重ねて来た彼だからこそ、僅かな勝機を手にする事に成功したのだ!

『GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!』

 ドラゴンが雄叫びを上げながら、ムカイの身体を地面に叩き付けた。地面が砕けて隆起し、拳が地面にめり込む。

『が――はっ!?』
『まだまだッ!!』

 何度も何度も、花丸はムカイの身体を地面に叩き付けた。衝撃でドラゴンの腕の骨や軋み、皮や肉が抉れるのも構わない。痛みで拳が焼け付くが、それも気にしない。ただひたすらに、彼はムカイを地面に打ち付ける。

『図に乗るなよ……!』
『ぐっ!?』

 掌に激痛が走り、花丸は思わずドラゴンの手を放してしまう。右手で掴んでいたムカイの姿はそこには無く、それを握り締めていた指はバラバラに切り落とされていた。

『ぜぇ……ぜぇ……』

 クレーターの外側に立っている、まだ無事な木の上にムカイは姿を現した。花丸の攻撃は確実に効いており、装甲の所々がえぐれて黄色い体液を滴らせている。

 魔蟲とは違う。当たれば倒す事が出来る。花丸の攻撃が効いているのが、その証明だ。

 だが一歩。後一歩足りない。

『残念だったな』

 苦しげな、しかし余裕のあるムカイの声。口端を歪めて笑っている姿すら思い浮かびそうだ。バイオレンスドラゴンの圧倒的な暴力を受けても、彼は無事だった。

『く……』
『君は頑張った。実に頑張ったよ……だが届かない。届かなかった。それが何故か分かるか?』
『…………』
『実にシンプルな答えだよ、花丸……君よりも! 君達よりも! 私の方が優れているからだ!』

 ムカイが両腕を広げる。その直後に、彼が纏うバイオアーマーの前面装甲が開いていく。無数の光球がその下から覗き、次々に青白い光を放ちだす。

 忘れもしない。ミツごと花丸を消し去ろうとした、エネルギー砲だ。

『消え去るが良い! これが私の力だ――!!!!』

 バイオアーマーから放たれた、強烈な熱線。

 土を蒸発させ、鉄すら融解し、その熱源たる炎さえその形を維持できず、プラズマへと変貌してしまう超高熱。

 その時、周囲は真昼の様な明るさに包まれた。

 例え人工とは言え、ツヨヨミの闇では、アマテラスの輝きには勝てない。

 あらゆる生命体の存在を否定する光が、

 バイオレンスドラゴンを、

 花丸を、

 呑み込んだ――

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最終更新:2013年09月20日 15:53