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違和の音

 翌日。目を覚ました俺は、ウスワイヤの施設内を歩いていた。
向かう先は研究棟。先導してくれているのは、レーシングスーツのような服の上から白衣を羽織るというちょっと変わった格好をした女性。歩く度に、一つに束ねた茶色の髪の毛が左右に揺れている。

 「歩く大図書館」、「未完成のアカシックレコード」、「人工白澤」。アースセイバー一の天才と呼ばれる能力者、シノさんだ。

 彼女はかなり初期の段階で発見されたナイトメアアナボライザーの一人で、そして能力に直接攻撃能力を持たない珍しいタイプのアナボライザーでもある。

 死因に対する耐性を得るのがナイトメアナボライザーなのだが、彼女が得たのは「脳内記憶力に対する耐性」。

 シノさんは「記憶」と言う行為で脳がオーバーワークを起こす事は絶対に在り得ない。彼女の頭脳は自分で見、聞き、感じ、体験したありとあらゆる事象・行為を吸収し、蓄積する。正に「空っぽのアカシックレコード」そのものである。

 「無限に知識を記憶する」。言葉にすれば単純であるが、実に恐ろしい事実だ。人間の記憶には限界がある。なぜなら、脳にしか人間は記憶手段を持っていないからだ。記憶を収める容器が脳に限られている以上、それに収まりきらない知識は入らない。

 シノさんの存在は、その大前提を覆してしまう。「脳に入る要領」が決まっていながら、彼女は万象を記憶する。脳から溢れ出た記憶はどこへ収めている? 「記憶行為による死亡が起きない」という耐性を手に入れるために、彼女は人体の法則さえも無視してしまっているのだ。

 もっとも、彼女はそんな疑問に対してそれ程深く考えていなくて、

「さぁ、心にでも刻んでいるんじゃないの?」

 と、言ってのける。その答えがあまりにもシノさんらしくなくて、俺は目が点になったのを覚えている。
でも、今ならあの言葉の真意が、俺には分かるような気がした。

 シノさんはきっと、自分の能力の原理についてあまり考えたくないのだろう。もし自分の能力について解明してしまったら、その時はきっと自分は人間であると言う自信が無くなってしまうから。彼女は、自分の能力について全てを知るのが怖いんだろう。

 「人工白澤」。とある人物がシノさんを比喩した言葉だ。
「人の手で生み出されし知識の獣」。胸糞悪いが、端的にシノさんを表していると言える。
もっとも事実がどうあれ、シノさんはシノさんに違いはないけど。

「なーにー、シスイ? さっきからじっと黙り込んで、考え事すか?」

 シノさんがこっちを振り返り、そう聞いてきた。俺は慌てて何でもないように振る舞い、「い、いえ、傷がちょっと響くだけです」と適当な理由を口にする。幸い彼女は俺の事を疑う様子もなく、それで納得してくれた。

 ……おかしいな。こんな事を考えるなんて俺らしくもない。

 そうこうしている内に、俺達は研究棟のとある一室の前にいた。部屋を示す表札には、「解剖室」と書かれている。
ここには、昨日俺が戦った相手。あの怪物トカゲが保管されている。俺がここに来たのは、自分が戦った相手について知る必要があるからだ。

 シノさんが電子ロックにカードキーを通す。それで部屋の扉が開き、俺は彼女に続いて中に入った。

 部屋の中心に解剖台が置かれているが、その上にあの怪物の姿は無い。何せあの巨体だ、「人間用」の解剖台で間に合う筈がない。果たしてそれは、部屋の隅に敷かれたブルーシートの上に寝かされていた。

 ガサ、とシノさんがシートを剥がす。目を閉じている事を覗けば、それはスザクが止めを刺した時と全く同じ姿で存在していた。胸から頭部にかけて切り裂かれた致命傷も、はっきりと残っている。

「ねぇ。これ見てどう思うっすか?」

 シノさんが横目で俺に問いかけてくる。少しの間考えてから、俺はこう答えた。

「爬虫類をベースにした生物兵器、ですかね。大きさと形態から考えて、コモドドラゴンの変異体だと思うんですけど……」

 なるほど、と呟くと、彼女はシートを怪物の上に被せ直した。それから今度は、部屋にあるパソコンの方へと歩いて行く。

「これから見せるのは、シスイにとってちょっと厳しい現実かもしれないっす。それでも、見る気あるっすか?」
「え?」

 パソコンに座ると、それを操作する前にシノさんはそう俺に前置きした。一体どう言う意味だ? シノさんの言葉の意味を完全に汲み取れなかったが、俺は頷いた。
例えどんな現実であれ、俺は知るべきだろう。結果的にあれの命を奪ったのはスザクだが、俺だって怪物を殺そうとした事に違いない。自分にとって辛いからと言って、知る機会を与えられていながら見てみぬ振りはムシが良すぎる。

「そうすか……」

 一瞬、シノさんは何やら諦めたような、悲しそうな表情を浮かべた。しかしその後真剣な表情に戻り、パソコンを起動して操作を始める。
カタカタと、キーボードを叩く軽快な音が室内に響く。
やがて出てきたのは、二重螺旋の図形。どうやら、遺伝子構造らしかった。画面を中心から二つに割り、二つの図形が表示されている。

「これは、シスイが戦ったの怪物のDNAと、既存の生物の中で一番それに近いものとの比較図っすね。これらを二つ掛け合わせると……」
「……全然、合ってないですね」
「そう見えるっしょ? でも、これはあの生物の遺伝子が正常な状態から変異して新生物になってしまった結果なんす。これを変異する前の形にシュミレートして変形させると……」

 シノさんがキーボードを叩くと、それに合わせてグネグネと画面上にある図形の形も変形した。そうして変形が落ち着き、再び二つの図を合わせると完全に一致していた。

「あ、一緒ですね」
「でしょ? ……でね、シスイ。このDNA、一体なんの生き物か分かるっすか?」

 ぞくり。

 何だろう。シノさんはただ俺に聞いてきただけなのに、嫌な悪寒が背筋を這う。

「……爬虫類の、ですか」

 平均的な高校生の学力しか持たない俺には、シノさんの質問に対する答えとしてそれしか持っていなかった。見た目が爬虫類だから爬虫類の遺伝子。単純な答えだ。

 それに対して、シノさんは首を横に振る。やっぱり、そんな単純な訳がないか。

「このDNAはね……ヒトのDNAなんすよ」

 …………は?

 一瞬、俺はシノさんが一体何を言っているのか分からなかった。

 ヒトの……遺伝子だって? そんな馬鹿な。俺は思わず、シートが被せられている怪物と、目の前にいるシノさんを見比べる。あれとシノさん、ひいては俺が同じ生き物?

 そんな馬鹿な。

「シスイは、ヒトがどうやって猿から人類へと進化したか分かるっすか?」
「……え?」

 困惑する俺に向かって、シノさんはいきなりそう言ってきた。

「突然何を……」
「キリンはね、ああ、ここで言うキリンはシスイの麒麟じゃなくて動物のキリンの事なんすけど。その化石を調べると、キリンがまだ首の短かった化石は見つかるんだけど、現在に至る中間の長さの化石は見つからないんすよね。最初、この事実に動物学者達は首を捻った……でもね、ある科学者がこういう答えを出したんすよ。キリンの首は自然の流れによって伸びたのではなく、ウイルスによる突然変異によって伸びたのだ、と」

 ウイルス。生き物を様々な病気にする、あのウイルスの事だ。
ウイルスの中には、遺伝子を書き換えてしまうウイルスが存在し、それらはプロ・ウイルスと呼ばれている。シノさんが言ったキリンの突然変異とは、このプロ・ウィルスの存在から考えられた説だ。

 突然変異。その単語が頭に浮かんで、再びぞくりと嫌な悪寒が背筋を這った。
まさか、シノさんの言いたい事は、

「人間の進化の説には、キリンの進化の説と同じものがあるっす。プロ・ウイルス、つまり〝突然変異を促すウイルス〟に感染した結果、猿から人間に進化したって説が」

 だから、つまり、あの怪物は、

「死因に対する耐性を施す事がナイトメアアナボリズムで言うところの進化であるなら、あれは〝突然変異を促すウイルス〟よって進化した人間なんすよ」

 ぐらっと、眩暈がした。吐き気がする。胃の内容物がせり上がってきて、俺は無理矢理それを押し込む。

 あれが、人間? あんなものに変わる事が進化だって? 
そんな馬鹿な事があるか!

 気持ち悪さのあまり立っていられなくなった俺は、思わず壁に手をついて下を向いた。依然として吐き気はあり、気を抜いたら何もかも嘔吐してしまいそうだ。

「ホウオウグループ……なんて、なんて非道いものを……!」

 人間である事をやめさせるウイルス。そんな狂ったものを作るなんて、奴らなんて恐ろしい事を考えるんだ。
スザクの過去を聞いた時も酷いと思ったが、今回のはそれ以上だ。奴らの頭の中は、とっくに人間である事を止めてしまっているのか。

 ――ダガ待テ、ソレハ少シオカシイ。

「……え?」

 そこまで考えたところで、場違いにも俺の頭の冷静な部分は、ある違和感に気が付いた。そう思った瞬間、感情に支配されかけていた頭の中がスッとクリアになっていく。

「…………」
「? どうしたんすか、シスイ?」

 黙りこくった俺を心配したのか、シノさんが声をかけてくる。けれども俺は、頭に浮かんだ疑問に俺は気を奪われていた。

「……こら!」
「痛!?」

 バシ、と頭を叩かれ、思考から意識が抜けた。振り返ると、シノさんが不満げな表情を浮かべていた。

「落ち込むのも分かるけど、人が声かけたら返事するっす! 心配になるじゃないすか」
「す、すみません……」

 俺はシノさんに頭を下げる。すると彼女は、ポンポンと肩を叩いた。

「取り合えず、ストラウル跡地にはアタシからの進言で一般人の立ち入りは禁止するっす。また何か分かったら追って連絡するんで、シスイは傷が治るまで安静にしてるっす」
「あ、はい……」
「仕事の事は他のアースセイバーに任せるっす。なーに、大丈夫っす。シスイは今まで、働き過ぎな位頑張ってくれてたっすから、仕事の事は忘れて気楽に休むっすよ」
「……はい」

 

「……とは言われても、気にしちゃうよなぁ……」

 シノさんと別れて一人施設の中を歩きながら、俺はぽつりと呟いた。

 人間を止めさせるウイルス。そんな物をホウオウグループが開発し、そもそもストラウル跡地に今まで眠っていたと思うとゾッとする。もし都市部に拡散でもしたら、それこそ空想の産物だった「バイオハザード」が現実のものになりかねない。

 でも、冷静になって考えるといくつかおかしいところがある。

 まずウイルスであるが、それはおそらく跡地にあったカプセルの中にあったと見て間違いないだろう。
だがしかし、カプセルは内側から思いっきり破られていた。ウイルスが漏れ出したとして、あんなにも激しいカプセルの破損が起きるだろうか。

 第二に感染だ。
カプセルの発見は一昨日の事で、そして詳しく調べたところ、カプセルが破れたのは約一ヶ月前と言う事が分かっている。それだけの時間があれば、ウイルスが空気中にバラ撒かれ、多くの感染者が出ていても珍しくはない。しかし実際はどうか。噂通りなら、今回回収した怪物トカゲを含めて全部で三人いる。逆に言えば、一ヶ月かかってたった三人しか感染していないという事だ。もっとも、これはウイルスの感染力が初めから低かった、と考える事も出来るのだが。

 第三に、このウイルスの性能はホウオウグループの主義に反する。
ホウオウ、ひいてはホウオウグループの目的は、「非合理的な現行世界を合理的に再構築する」と言う事だ。これはケイイチさんがホウオウ本人から直接聞いているらしいので、おそらく間違いは無い。

 ホウオウグループは、言うなればホウオウの手足であり、グループの意志は即ちその総帥たるホウオウの意志だ。ホウオウグループが百人以下の小規模組織であるというのも頷ける。奴らは少数精鋭であると同時に、非合理な異物の存在をグループ内に認めていないのだろう。

 だからこそ、あのウイルスの存在はそんなホウオウグループには似合わない。
あのウイルスは使い方次第なのであろうが、それでも生み出すのは「混沌」であって「秩序」ではない。「秩序」は「合理化」に適しているが、「混沌」は「合理化」を妨げる。つまり、合理化を目指すホウオウグループには適さないものなのだ。
だからこそ破棄されたとも考えられるが、それにしたってウイルスを処分せずにそれも容器ごと、果たして放置するだろうか。自分達の障害になるものは何人であれ排除するホウオウグループには、いささか一致していないように思える。

 カプセルにあのエンブレムがあったのだ。今回の一件にホウオウグループは無関係であるとは言わない。しかし、こうして違和感を辿っていくと、浮かび上がるのは「これはホウオウグループのやる事ではない」という結論だ。

「まさか、ホウオウの意志に関係無く動いている人間がいる?」

 ホウオウグループに所属していながら、ホウオウの意志に従わない人間。
我ながら突拍子もない考えだと言える。しかし考えれば考える程、答えがそれなら納得がいくのだ。

「スザクに……聞いてみるか」

 良くも悪くも、スザクの身の上話を聞けたのは正解だった。幼い頃とは言え、ホウオウグループの施設にいた彼女ならきっと、そう言う人間に心当たりがあるかもしれない。

 予想では、ウイルス感染者はまだ二人残っている。事態はまだ収束していない。
善は急げと、俺は一先ず学校へ向かう事にした。
 


 

作者 登場人物
akiyakan 都シスイシノ

 
投下順
ノルンの過去話(仮)← 41話~80話 →─彼はピンク玉の生き物なのか?─

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最終更新:2013年06月19日 22:39