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シノ先生の仕事もとい受難

「能力の使用禁止か。また随分と難儀な事になったな」

 もはや日常的になった、屋上での情報交換。俺の右腕を見て、スザクはそんな事を言った。

「正直大げさって考えが無いでも無いんだけど、特殊能力は未だに未知の領域だからなー。何が起こるか分かったものじゃないし、莉絵さん止める理由も分からなくはないんだけど」

 けれども正直、気が焦る。今すぐ治せるものを遅々とした自然治癒に任せているというのもあるが、この傷が足枷になってろくすっぽ戦闘なんて出来やしない。

 こういうところで、俺はやはりケイイチさんの足元にも及んでいないのだと実感する。あの人は日常と非日常の切り替えが上手だ。いつもはごくごく普通の学生然としているのに、いざ戦いとなればすぐさま気持ちを入れ替える事が出来る。

 今の俺は、メリハリがついていない。日常になりきれていないし、かと言って非日常へ突っ込みきれる程体調が整っているわけでもない。どちらにも属する以上、これも必要な技能の一つなのだろう。要精進だ。

「正直、戦闘能力が無いって事が、こんなにも自分の中で不安になるとは思ってもみなかったよ」
「そりゃそうだろ。今のシスイは、自分の身を守る力が普段より失われているんだ。不安になってもしょうがないだろう」
「いや、自分の身とかどーでもいいんだ」
「……おいおい、物騒な事言うなよ」
「ああ、いや。そういう意味じゃないんだ。俺、実は逃げ足だけにはちょっとした自信があるんだ」

 弱小能力者には二通りの成長が挙げられる。今より強くなるか、それとも強敵から逃げ切るだけの足を鍛えるか、だ。

 アースセイバーに入ったばかりの俺がバク教官から真っ先に教わったのは、「勝てない相手には挑もうとは思わない事だ。身を危険を感じて逃走するのも、生き残りには必要な事だ」と言う事だった。

 幸い、足腰には自信がある。山暮らしで育ったのは伊達じゃないって事だ。それに実のところ、教官の言葉がそっくり爺やと同じだったから、あっさり飲み込めたというのもある。

『ええか、シスイ。金太郎や桃太郎は強い。しかし、ワシらはあんなに強くはない。熊や狼に襲われても戦おうなんて思わん事じゃ』

 ……今思うと熊はともかく、俺の住んでいた山には何で狼がいたのだろう。ニホンオオカミって確か、絶滅したんじゃなかったっけ……

「……ごめん、爺や。今の俺、熊より怖いモノと戦ってるわ」
「なんか言った?」
「いいや、別に……まぁともかく、能力が使えないからと言って、自分の身を守れないって事はない」

 最悪、禁止令を破って能力を使えばいいだけの話なんだけど、それはあくまで最後の手段。
と言うのも、日常に混じって普通に生活しているのでついつい忘れがちなのだが、アースセイバーは規律に関してなかなか厳しい。命令違反者が増えると、国家に対してウスワイヤ並びにアースセイバーの信用が失われてしまうからだ。

 俺に対する能力の使用禁止も、あくまで莉絵さんとの口約束に過ぎないが、アースセイバーという組織から考えれば立派な「命令」だ。それに調査員としてではあるものの、人並みの生活をさせてもらっている手前、アキヒロさん達との信頼にかけて気安くこの「命令」を破るわけにはいかない。

 こういう時、組織に俗していないスザクが羨ましい。彼女の翼を縛る者は誰もいないのだから。

「とっと……危うく聞き忘れるところだった。スザク。ホウオウグループの中に、生物兵器の開発に詳しい人っていなかった?」
「生物兵器の開発? ゼアの事か?」
「いや、もっとこう……人間以外の生体改造に突出していたような」

 ゼアの事は知っている。KEAさんを生み出した張本人だし、いつぞやにはその姿を直接この目で見ている。生体工学面の知識はかなり高い筈だ。でも、何となく、あの生物兵器というか、「人を止めさせるウイルス」を開発したのはあいつじゃない。そんな気がしたんだ。

「ゼア以外で? ……悪い、僕には思いつかないな」
「ああ、そっか……いやいい、ありがとう」
「昨日の怪物の一件か?」
「んまぁ、そんなところ……」

 一瞬「ウイルス」について話そうとも思ったが、彼女を動揺させるだけなのでその言葉は呑み込んだ。

 今頃シノさんは、あの「ウイルス」の特効薬を調べているところだろう。
昨日倒したのは、加害者ではなく被害者だ。ウイルスによって人間である事を止めさせられ、自分の意志ではどうにもならない状態にさせられてしまっていた。そんな哀れな被害者だ。
被害者が別の被害者を襲って悲劇を繰り返していく。そんなの、幾らなんでも残酷すぎる。

「……今度、新しいウイルスの被害者に会ったとして」

 俺は、全力でその人と戦えるのか。

 正直、戦えるとは言い切れなかった。

 

「うぅぅぅぅぅ……」

 アースセイバー施設内、研究室。シノが頭を抱えていた。
アースセイバー一の天才。本人は「あくまで記憶していた事を口にしているだけ」と言うが、彼女に勝る知識人が他にいない以上、その言葉は事実だ。
しかしそんな天才の頭脳を持ってしても、今彼女が取り掛かっている仕事は無理難題に近かった。

「うぅ、出任せであんな事言うんじゃなかったっすよ……」

 今更ながら、シノはシスイに向かって言った己の発言を悔いていた。

「物知りなのと天才なのでは、似ているようで全然違うんすよ……物知りは知識を詰めただけの頭でっかち、天才はそれを応用出来るから天才なんすー……」

 弱音を吐いても、それでも仕事に挑む辺り真面目だ。しかしすぐに頭を抱え、「うぅぅぅぅぅ……」と聞いているこっちまで悩みごとに苛まれそうな唸り声を上げる。

「しつれいしまー……うわ。シノ、大丈夫?」

 研究室の扉が開き、入ってきたのは莉絵だった。机の上に突っ伏しているシノの姿を見て彼女は驚く。

「うぅ……莉絵、っすか?」
「どうしたのよ? 貴方が悩むなんて珍しいじゃない」
「悩みを持たない人間なんて、この世にはいないっす」

 「それもそうね」、と莉絵は苦笑を浮かべる。

「それで? アースセイバー一の大天才を悩ませる問題って、一体何なの? 参考にならないかもしれないけど、詳しく聞かせて」
「莉絵って、元々看護師だったっすよね?」
「元々、と言うか、今でもそうだけど」
「だったら、この一言で問題の難しさが分かるっす。莉絵は、『HIVの特効薬の作り方を知っている』っすか?」

 シノの言葉に納得したのか、「あぁ……」と莉絵は難しそうな表情を浮かべる。彼女は無理無理、と手を振った。

「昨日回収された、あの怪物絡み?」
「そうっす。詳しい事は隊長から止められているので言えないんすけど、この事件の解決の為にとあるワクチンを作らなきゃいけないんす。でも、そのワクチンを作るのが、HIVの特効薬を作る位難しいんすよ……」

 HIV。ヒト免疫不全ウイルス。エイズの名称で知られている、あの病気の原因だ。
HIVの特効薬が未だに作られていないのは、HIVのウイルスが極めて変異性が高いという特徴を持っている点が挙げられる。苦心して何とか特効薬を作っても、特効薬が効いてからウイルスの性質が変化してしまい、やがて特効薬が効かなくなってウイルスが生き残ってしまう。この特徴のせいで、完全に病原体を患者の体内から除去する事が出来ないのだ。

 昨日回収された感染者の遺体から発見された、新種のプロ・ウイルス。それは、人間の体内に寄生するだけのただのウイルスではない。遺伝子を書き換え、人間を怪物に変えてしまうウイルスだ。ウイルス自体を体内から除去したとしても、書き換えられた遺伝子はそのままだ。シノに求められているのは、ウイルスを除去すると同時に、書き換えられた遺伝子を元の状態に戻す性質を持った特効薬の製造なのだ。

「つまり……シノ大先生に出された問題って言うのは、出来たらノーベル賞取れちゃうくらい大変な問題、って事ね」
「他人事だと思って……」

 泣き言を言っても、いずれ特効薬は必要になる。そしてその特効薬を作れる可能性があるのは、アースセイバーの中では現在シノ一人しかいないのだ。彼女に頑張って貰う以外に、道はない。

「まぁ……頑張って」
「のおぉぉぉぉぉぉ」

 悲痛な悲鳴が、地下に木霊する。
 


 

作者 登場人物
akiyakan 都シスイ火波 スザクシノ三葉 莉絵


投下順
爪ス;-◇-ス(・言・ハ← 81話~120話 →スザクとお見舞い(仮)

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最終更新:2013年06月19日 23:19