「タガリせーんぱいっ」
放課後の柔道場。ショウゴが一人自主練に勤しんでいると、不意に少女の声が聞こえた。
まったく知らない声でもなかった。数日前ぐらいに自分の足を掴んで振り回し床にたたきつけた張本人であり、
時々ケイイチを連れてくる仮部員であったからだ。
「・・・トキコちゃんか、何か用かい?」
「・・・・・・・・・」
潜んでいたかのように夕闇の中から朱色の少女、トキコが現れた。
問い掛けられた彼の問いには答えず、ただクスクスと笑うだけ。
その様子にショウゴは変な悪寒を覚えたのであった。
楽しそうにケイイチを投げて笑っていたあの時の笑顔とはまた別の笑顔・・・
それは何故か、自分を殺したあのチンピラの笑みと似たような感じがした。
「タガリ先輩は偉いですねー、活動日じゃなくても練習ですか?」
「ああ、日々の鍛錬を怠ってはいけないからな。」
「ふーん・・・」
「・・・それだけか?悪いけど、練習に集中したいんだ、だから・・・」
「先輩、私と勝負しましょう。」
「何?」
「だから、勝負です。」
「・・・それはこの前したじゃないか。」
「違います、今度は能力を使って、の勝負です。」
「・・・!?」
いよいよ悪寒が確信へと変わった。
自分がこの子は能力者ではないかと薄々考えていたが、
相手はこっちが能力者であることはすでに把握していたと言わんばかりに堂々と言い放ったのだ。
それに、先程から自分の身の周りを支配する空気・・・いや、殺気がトキコから放たれている。
嫌な考えばかりが頭を過ぎる。
それでもその空気に呑まれないよう、ショウゴは言葉を発した。
「・・・何故俺が能力者だと?」
「タガリショウゴさん、貴方は一度死にましたよね?ストラウル跡地にて行われたサバイバルゲーム参加、
坂下商会の卑劣な手段に陥り、仲間諸共射殺される。しかしその後、タガリショウゴのみナイトメアアナボリズムが発症。
『射弾の悪夢』・・・ですかねぇ。ちなみにその根拠は、はからずとも非常に友好的に協力してくれた、
生存していた坂下商会のメンバーによる発言からです。」
「!あいつらの中に生存者がいたのか!?」
「その発言から、今の事実は肯定とみなします。」
「く・・・」
しまった、迂闊に反応するんじゃなかった、とショウゴは後悔した。
そんな彼の様子には気をかけず、トキコは言葉を続けたのであった。
「でも、とても残念なことに彼は死んじゃったんです。
たまたま起きた火事に巻き込まれて、ね。」
「・・・・・・・・・」
残念だと言いながら笑うトキコを見て、ショウゴは確信した。
あの日、異臭を漂わせ横を通り過ぎた少女は紛れてもなくこのトキコであると。
そして、ニュースで見たあの火事は今の言動から察すると、証拠隠滅の為の火災であったのだろう。
そんなことを平気でやってのけてしまう少女が、同じ学生であること自体が信じられなかった。
・・・しかし、元より思い当たる節はいくつかあったのかもしれない。
「それでタガリ先輩、戦いますか?戦いませんか?」
「断る。」
「何故?」
「戦ったところで何のメリットもないからだ。」
「そうですか~、それは残念。」
トキコは笑いながら、さも残念そうにそう言った。
そして、無造作に投げられている竹刀に手をつけた。・・・竹刀?
その柄を持つと、いきなりショウゴに向けて投げてきた。
間一髪、で避けたもののその先の壁には竹刀が半分以上埋め込まれた状態で、
かつ垂直に刺さっていた。
「おい!危ねーじゃねーか、っいぃ!?」
間髪いれず、トキコは続けて竹刀を投げてきた。
強靭な力で投げられるそれは最早竹刀というより槍に近い、しかも刺さったら致命傷は避けられないだろう。
竹刀がある限り、この猛攻を避けるに限る、のだが・・・
「受けてるだけじゃ、現状を打開出来ないんだよ!!」
ショウゴはそう叫ぶと、柔道着の中に忍ばせていたハンドガンを手に取った。
その銃口を飛んでくる竹刀向けて、発砲した。空気の弾で弾かれた竹刀はトキコとショウゴの距離半分の辺りで弾かれ、
ショウゴは直撃を免れた。続けて投げられてくる竹刀を打ち壊し、徐々にトキコまで追い詰める。
「・・・ふぅん。」
手元の竹刀がなくなり、攻撃手段がなくなっても尚余裕の笑みを浮かべるトキコ。
見えない弾を交わしながら、ショウゴとの間を詰めてくる。
(接近戦か!だとしたら・・・)
ハンドガンを仕舞い、構えを作る。接近戦であれば柔道で攻めるのが彼の手法だ。
ある程度、この間の試合で彼女の動きを把握しているので彼には余裕があった。
しかし、トキコは接近してくるとそのまま掴みかからず、有り得ない動きをしたのであった。
「っは、ぶ!!?」
つま先で床を蹴ったかと思えば、そのまま畳を蹴り飛ばしてきたのだ。
それも、自分の足元にあった畳を、だ。有り得ない、どこにそんな脚力が・・・しかしそんな考えをする暇さえトキコは許さず、
そのまま蹴り上げた畳の上に飛び乗ろうとした。
嫌な感じが、ゾクリ、と背筋を走った。
「っ・・・・・・!!」
ズドォォォォン!!!!
…ショウゴの読みは当たった。トキコはあの時、畳ごと自分を踏み潰そうとしたのだ。
だから自分は畳に与えられた衝撃に耐えながらも横へと回避した。
たった今自分がいた箇所には、トキコによって綺麗に穴が開いていた。
痛みに気をとられていたら文字通り、踏み潰されていたかもしれない。
「・・・流石、経験者は違いますね。」
クスクス、とトキコが笑う。
嘲笑いながら自分を殺そうとする目の前の人物にショウゴは怒鳴った。
「っいきなり何するんだ!?」
「何って、先輩を試したんですよ?」
「はぁ!?」
「先輩のその能力が使えるかどうか。いいですねぇ、見えない弾であれば2,3発当たったりしないと弾の感覚を掴むことは出来ませんし、
正体の分からない内はほぼ無敵に近いかもしれませんね。それって、実弾とか込めたらどうなるんでしょう。」
淡々と、淡々と。まるで実験動物を見ながら結果を考察する科学者のように、トキコは感想を述べた。
本当にこの少女は、この前自分が接触した無邪気な女の子なのだろうか、と無性にショウゴは疑いたくなった。
すると、トキコはショウゴの足元に何かを投げてきた。…実弾だ。
「…な…」
「タガリ先輩、能力を使って撃ってみてください。」
トキコはそう言って、無防備に立ち尽くす。
はたしてこれは挑発なのか、それともただの死にたがりなのか。
どちらにせよ、すぐ弾を込めて撃つ、そんな真似は正義感の強い彼には到底出来ないことであった。
いつまでもそれを手に取ろうとしない彼にトキコは言った。
「大丈夫ですよ、私は死にません。それに…これは『実験』なのですから。
先輩がはたして、我々に値する人間であるかどうか。」
「………」
「早く動かないと、また先輩襲っちゃいますよ?」
クスクス、とまた無邪気に彼女は笑う。
自分を撃つか、死の瀬戸際を味わうか。
「…(わざと、はずせばいい。)」
自分は確かに銃を撃つことに躊躇いがあるわけではない。
だが、人を撃つ・・・いや、殺す為に自分は銃を握っているのではない。
例え、今目の前に立っている後輩が自分を殺そうとしていても、だ。
ショウゴは足元の実弾を手元のモデルガンにふたつ込めると、トキコへ銃口を向けた。
狙われた少女は、尚も笑っていた。
「…先輩、はずさないでくださいね?」
撃つ直前、ショウゴの考えを見透かしたかのように、トキコは呟いた。
____パァンッ!!
「…な…!?」
「せんぱーい、駄目じゃないですかぁ。学校の備品壊そうとしちゃ。」
それはお前も同じだろう、と突っ込みを入れたかったが、それ以前にショウゴは目の前の光景に驚いた。
確かにショウゴはトキコの横を狙って撃った。しかしトキコはそれを逃さず、自ら当たりにいったのだ。
当たりにいった、というよりは掴みにいったという表現の方が正しいのかもしれない。
掴まれた弾丸は、今彼女の手中にある。その手の間から空洞はおろか、血さえ見られなかった。
この光景を、並みはずれた運動神経、では済まされるのであろうか。
当たりに行く意味もわからないし、何故弾丸を握り潰すことが出来たのかも説明がつかない。
トキコが手を開けば、中には砕かれた弾丸があった。
「それにしても凄いですね、常人なら手に穴が開くところでしたよ?幸い私も能力者でしたから、
手がぶっとばずに済みましたけど…」
「…お前も能力者、か。」
「はい、でもどんな能力かは秘密です。」
指先を自分の口元に当てて、秘密、とまた無邪気に笑った。
「まぁ、先輩がどんな人かはよくわかりましたので今日は退散しますね。」
「っおい!」
「それでは先輩、『テスト』までどうぞ鍛錬を怠らずにがんばってくださいねー。」
用が済めば、トキコはさっさと退散してしまった。
残されたのはひっくり返った畳と散らばった竹刀の残骸、そしてショウゴであった。
「『テスト』…?」
謎の単語も、ひとつ残して。
渉ノ章_タガリショウゴ編
| 作者 | 登場人物 |
| しらにゅい | トキコ、汰狩省吾 |
投下順
歪みと共に、弱さを友に← 81話~120話 →能力者が集うレストラン(仮)