この間、不思議な少女に会った。夜に溶け込むような、不可思議な少女だった。とくに何か、意図があって会話をしたわけではない。ただ、儀礼的に、記号としての言葉を交わしたに過ぎない。
――――ああ、だが。その少女の「仲間」とやらには興味があった。
あの少女は、どこか俺と似た、しかし決定的に違う空気を纏っていた。輪の中にいながら心なしか浮いた俺とは違い、信頼と言う一本の糸で繋がっていた。無機質なあの受け答えに、それだけのものが込められていた。
そしてだからこそ、興味を抱いた。それだけの「信頼」を持ち得る仲間とは、どのような者たちなのか。
すぐにでも行ってみようかと思ったが、ゼアから連絡があった。ジングウが生きていて、しかも何らかのデータを手土産に組織に戻って来たというのだ。
(話にならんな)
当然突っぱねたと思っていたら、条件つきで許可されたらしい。総帥が直々に命令を下すというケースは、実のところ意外に少ない。基本的な方針が既に固まっており、幹部それぞれの判断でそれを遂行するために動く、というのがグループのやり方の典型例だ。もっとも、アイのように指令がなくてはグループとして動けない例もあるにはある。
ともかく、ジングウの復帰はゼアによって許可されたとのことだった。今は、失敗作の擬人兵を監視につけているらしいが、そんなことでは意味がない。事と次第によっては、即刻放り出してくれる。そうでなくても俺は奴が気に食わなかったが、今回の件でますます不信感が増した。出戻りが大きな顔をされては困る。
某所の施設に入ると、見知った顔とすれ違った。確か――――トキコと言ったか。
総帥への狂信者というべきその少女が、今日は能面のような無表情だった。記憶が正しければ、これは機嫌が悪い時だ。しかも、心底腹を立てている時の。
一言も喋らず、俺には一瞥もくれず、さっさとどこかに歩き去ってしまった。気のせいか、その背中に殺意が浮かんでいたような?
「まあ、いい」
今の用は別にある。それに、トキコがああまで不機嫌だった理由は想像がつく。ここにジングウがいるからだ。総帥を裏切り、あまつさえ越えるとまで宣言したあの男を、彼女が受け入れるはずもない。彼女は確かいかせのごれ高校に潜入している、と聞いた気がする。彼女のクラスメイト達に少し同情しつつ、俺はジングウがいる部屋に向かった。
と、
「ん?」
問題の部屋を二つの人影が覗きこんで首を傾げていた。長髪の男と、頭から血を流している男。ゼアと、ウツロ……だった、確か。
何を見ているのか、と横に立って部屋を覗き、
「……む?」
違和感を覚えた。ジングウがメイド服を着せられているのは知っている。道中でやや呆れ気味のゼアから追加連絡があったからだ。それはいいとして、監視についている擬人兵―――形式番号はCYR-X002だったか―――まで同じ服装をしているのはどういうことだ? しかも、挙動が妙に人間らしい。これはまさか……。
「……おい、ジングウ。これは何の真似だ」
パソコンに向かっている彼奴にそう話しかけると、あからさまに不機嫌な顔がこちらを向いた。あいにくだな、こちらとてお前は気に食わん。
「何の真似とは何の事です、クロウ?」
何でもないように言うその態度に、なおさら苛立った。
「見たとおりの事を言ったまでだ」
「ちょっとしたお茶目じゃありませんか。私としては、お仲間が増えた気がして心地良いですよ」
「そうではない――CYR-X002!」
怒りにまかせて擬人兵を一喝すると、
「は、はいぃぃぃ!」
―――ある種予想通りの反応が返って来た。やはりか……。
記憶にあるCYR-X002―――む、言いづらい―――は、機械的な反応しか返さない、まさに機械だったはず。今の返事は、明確な自我と感情を持った「誰か」のものだった。仕掛け人は、こいつしかありえない。
その仕掛け人が、いけしゃあしゃあと言う。
「止めてくださいよ、クロウ。CYR-X002なんて温かみの欠片も無い呼び方は。今の彼女は、サヨリさんと呼んであげて下さい」
「そんな事はどうでもいい……元々自我の無かった擬人兵に自我を与えたのは、お前の仕業か?」
「イエス、オフコース」
……………………ふざけた受け答えだ。俺の能力が直接攻撃系なら、今すぐにでも消し飛ばしてやったところなのに。そうしたところで、グループに対する損害など何一つないのだから。
まあ、出来ない事を言っても仕方がない。表情が苛立ちで歪むのを感じつつ、さらに問う。
「なぜ、勝手な真似をする」
「そう固い事を言うんじゃありませんよ。私は本職が研究者だと言うのに、今はラボに入る事さえ許されていないのですよ? 無聊の慰みに、ミス・クリエイションを改良して何が悪いって言うんです」
聞き覚えのない単語に一瞬思考が停滞したが、ややあって気付いた。なるほど、「失敗」と「女性」のダブルミーニングか。相も変わらず、下らん事には頭が回る。
それに、改良というより好き勝手に改造しただけではないのか? 思ったが、これ以上問うのはやめた。どうせ、まともな答えが返って来ないのはわかっている。
「……この前の出来事はホウオウグループへの謀反に値する行為だったが、これまでの貢献とお前の能力を買って再び組織に身を置かせてやっているに過ぎない。組織の一員となったからには、勝手な行動は謹んでもらいたいものだな」
言い捨て、俺はその場を歩き去った。
「……ちっ、狸が」
舌打ちをしつつ、俺は施設の廊下を歩く。ジングウめ、俺の聴力をなめるなよ。聞こえたぞ、「人形もどき」と。否定はしないが、お前にだけは言われたくはない。組織に属しながらその一員たる本分を忘れ、己の欲望のままに動く。それを「人である」ことだと勘違いしている、馬鹿な奴。
俺には、奉ずべき「大切なもの」がない。他のメンバーがそうであるように、総帥やその命令が大切だとは、どうしても思えない。元々1人で生きて来た身だ、ホウオウグループも他の組織も、俺には同じに見える。ここにいるのも、流れに過ぎない。周りに流されて生きている俺は、確かに人形かそれに近い何かだろう。しかし、俺はそれしか知らない。仲間も友人も、俺にはいない。あるのはただ、他人と命令のみ。―――なるほど、確かに俺は人形もどきと言えよう。
「…………」
ジングウ……奴は、いわば野心の塊だ。ホウオウグループをも踏み台に、世界の全てを掴もうとしている。歯車たる俺とは、真反対の男。だが知れよ、それは決して掴めないものだと。それを成しうる可能性がわずかでもあるとすれば、それはやはり総帥だろう。実際、総帥には実績がある。それでも、人を超えたという総帥でさえここまでの時間をかけているのに、1人で何が出来ると?
「まあ、いい。今は、な」
あれこれと考えたが、結論は一つ。奴が大人しくしていればそれでいい。だが、再び牙を向くなら、俺の手で縊り殺してくれる。組織の一員として、ホウオウグループに害をもたらすものは、排除する。
――――まあ、今はそれよりも興味のあることが一つだけ、あるのだが。
「……」
いかせのごれ高校を訪うとしようか。潜入メンバーに近況を聞くのも悪くはない。―――――どの道、俺には滅多に指令が来ない。組織のために、少しでも働いておくとしよう。例の少女の「仲間」とやらにも興味がある。
「行くか」
来た道を戻り、俺は再び外の世界に踏み出す。果たして、この先に何が待つのか――――ジングウのような奴に出会わない事を祈りつつ、施設を後にした。
余談。
「………昼前に来たのに、出て見ると朝? 何時間いたんだ、俺は」