アットウィキロゴ

大脱走とその後の話

ウスワイヤ、ロビー。

「……あれから、9年か」

水波 ゲンブは過去に思いを馳せる。




――――そこは、まさに地獄……いや、違う。そこはあくまでも、結果を追い求める一つの場所でしかなかった。ただ、そのための手段を選ばなかったと言うだけ。そして、結果に至らないものは、破棄された。そういう、場所だった。



『があああああっ!!』

叫び。呻き。刷り込まれた方向性に従い、力が荒れ狂う。強固なガラスに閉じ込められた被検体を、感情のこもらない目で見つめながら、「彼ら」は言葉をかわす。

「……予想よりも発現率が低くなっていますね」
「やはり、これは紛い物というべきなのか。とはいえ、規定レベルは遥かに越えている」

彼らが見る先にいるのは、赤い髪を振り乱して暴れる、幼い少女。その右拳の先には、口を開いた龍が光の刃を吐き出しているような、赤い剣。ただ、輪郭がぶれ、安定していない。血走った瞳は、ただ周囲から襲う「敵」だけを映し、その思考は破壊することのみに凝り固まる。
彼らが、そうしたのだ。

「ですが、現時点では制御が著しく困難です。実験終了後にアームで拘束、その後大量の鎮静剤投与と精神操作を行わねば停止しません」
「ふむ。リスクにリターンが見合っていない、か……廃棄も検討すべきかもしれんな」
「そうは言うが、これほどの素材は貴重だ。むざむざ捨てるのは惜しい」
「……そうだな。では、引き続き調査とデータ収集を続行するとしよう」

真剣な目で言い交わす彼らの考える事は一つ。究極の生体兵器の、開発。そこに、人の情などは欠片も存在しない。

『う、ぅうぅう……ぐあああああっ!!』
「もう全滅か……機械兵器が相手とはいえ、これ程とはな」
「ターゲット装填完了しました。射出まで6秒」
「必要ない。ただちに射出、データ収集を続行する」
「わかりました。ターゲット、射出します」

手元のパネルが操作されると共に、ガラスを隔てたその部屋の中に何匹かの生物が放りこまれる。およそこの世のものとは思えない姿のそれらは、ここで作られた実験物の一つ。成果が上がらず、廃棄されるだけの存在だった。どうせ捨てるなら、ということだ。

『ぐぅぅぅおおあおおおぉぉああぁぁっ!!!』

膨れ上がる破壊衝動に呑まれるままに、少女は赤い剣を縦横無尽に振るう。異形の獣達は赤い猛威にさらされ、瞬く間に切り刻まれていく。それは、まさに地獄絵図。獣の断末魔と、少女の咆哮が重なり、阿鼻叫喚そのままの光景が現出していた。
それを探るような目で見つつ、彼らは言う。

「撃破時間、トータルで18秒23です」
「以前よりも下がっているな……原因は」
「はい、精神改造の後遺症と思われます。破壊に至るまでの判断能力に若干のブレが観測されました」
「上手くいかんものだな。とはいえ、打ち切るわけにもいかん」

ため息をつき、続ける。

「データ収集は」
「完了しました。現在、統合ステップに入っています」
「では、ここまでだ。R-903を停止させろ」
「了解しました」

再び電子音が響く。すると、ガラスの向こうに5つのアームが伸ばされ、未だ荒れ狂う少女の四肢を拘束する。

『!? うぅっ、ぐあ、うおああぁぁああぁぁっ!!』

拘束から逃れようと暴れる少女に引きずられ、アームがぎしぎしと悲鳴を上げる。しかし、アームに仕込まれた針が四肢に打ちこまれてしばらくすると、先ほどまでの恐慌が嘘のように、動きが止まり、かくり、と頭が落ちた。意識を失ったのだ。

「意識レベル、0。停止しました」
「移送しろ」

無機質に命じると、アームが少女を解放する。入れ替わりに白衣を着た者たちが走り込み、その体を抱えて何処かに運び去った。それを見届けると、彼らは興味を失ったかのように、その場を去っていった。




(……あれから、どれくらいだろう)

窓も何もない、鉄造りの無機質な部屋の中で、少年はただ考えていた。自分が日常から切り離されてから、どれくらいの時間が経過したのかを。
だが、思い出せない。太陽の光を最後に見たのは、いったいいつだっただろう。それすらもう覚えていない。自分が今どんな姿をしているのかさえ、ろくに知らない。
昨日の事すらよくわからない。いや、そもそも時間という概念すら、彼の中からは消えようとしていた。
と、

ガコォン、

とどこかで音がした。また、「実験」の対象になった誰かが戻されたのだろう。ここは牢獄ではない。ただの、倉庫だ。実験のための素材を仕舞っておく、倉庫。
だが、少年にはそれすらもう、興味のないことだった。明日廃棄されるかも知れなかったが、生死すらもはやどうでもよかった。
感情も、生への執着も、個我すらも消えかけていた。あるのはただ、答えの出ない問いかけ。そして、今ではない、「いつか」の記憶のみ。

(……あいつは、あれから、どうしたかな)

答えは出ない。いくら問うても、答えは返って来ない。
ただ――――「その時」が近いということは、確かだった。もっとも、ここにいる誰も、その事を知ることは出来なかったのだが。




「ここがそうか……」

その少年は、目的の建物を前にして足を止めた。どのように「任務」を遂行すべきか、それを確認するために。

「確認するが、完全に破壊して構わないんだな」
『その施設は、我々にとっては無用。何より、行われている事はあまりにも非合理的だ。貴重な能力者を使い捨てにしているのだからな』
「了解。では、これより任務を遂行する。終了は1時間後を予定」
『滞りなく進めろ、クロウ

ああ、と一言答えて通信を切り、少年――――クロウは、目標に向けて足を踏み出した。




それは、突然のことだった。データを検証していた彼らのもとに、前触れもなく轟音が響いたのは。

「!?」
「な、なんだ!? 脱走か!?」

泡を食って状況確認に走る彼らの前に、人影が立ち塞がった。濁った血の様な赤い髪を持つ、少年。

「誰だ、貴様は!」
「あんたらの後輩だ。……もっとも、この場でお別れになるがな」

不穏な台詞に、帯同していた者たちが動く。即座に銃を構え、発砲する。避けようともしない少年に、銃弾は突き刺さ――――らなかった。

「……フ」

少年が冷たい笑みを浮かべたかと思うと、銃弾の全てがくくっ、と軌道を曲げ、発砲した彼ら自身に向けて襲い掛かった。悲鳴を上げる間もなく、速度をそのままに戻って来た銃弾を受け、彼らは1人残らず命を失った。それに気を払うでもなく、少年は彼らが先ほどまでいた部屋に足を踏み入れる。

「……捕まった連中については聞いてなかったな。とりあえず、使えそうな奴は引っ張るか」

機械に関しては疎かったが、「CROSE」と書かれている青い部分が目についた。ついでだ、とそれを押すと、表示が「OPEN」に切り変わり、赤く変色した。それを見届けると、少年はさっさとその場から姿を消した。ついでとばかり、拾い上げた銃で重要そうな機械を破壊し、火花を散らさせてから。





「……何ですか、この騒ぎは」

その少年は、轟音を聞いてまどろみから覚めた。外がやけに騒がしい。多くの被検体がそうであるように、彼もまた、自身の生死に関しては興味を失っていた。日々の流れにも、明日の事にも。だからこそ、いつもと違うこの状況に興味を抱いた。外を何とか見ようとドアによじ登ろうとして、

「うわっ!」

突然開いたドアにつんのめり、転倒した。身を起こすと、そこは部屋の外だった。ただ、

「な、何ですか、これは」

辺り一面が、炎と煙に包まれていた。漏電に加え、施設を統括するシステムが誤作動したことが原因なのだが、彼にそんなことはわからない。
とにかく状況を確認しようと、走る。生きようとか、死にたくないとかは思っていなかった。そう言う風に、なっていた。ただ、今はいつもと違うこの状況が興味深かった。
道も分からぬ施設の中を、ひとり走る。
と、

「?」

曲がり角で、1人の少年と鉢合わせた。濁った赤の髪を持った、どこか虚ろな雰囲気の少年だった。その少年は、自分を見て言った。

「……この状況で動くか。どいつもこいつも壊れてばっかりだったが、少しは使えるか……?」
「……?」
「まあいい。来い」

言うと、少年は手を掴み、ずかずかとどこかに向かって行った。つんのめりそうになりながらついていき、辿りついた先は、

「うっ!?」

太陽の光差し込む、外の世界だった。あまりの眩しさに目を閉じ、空いた手で目を庇う。そんな自分に、少年は言った。

「総帥に会ってもらう。上手くすれば、お前の力を役立てられるかも知れんぞ」




「くっ、どうなっている!!」

少年は、炎にまかれる施設の中を奔走していた。降って湧いた災難に、とにかく混乱していた。久しく忘れていた生への渇望が蘇り、同時に自分の姿を一瞬だが確認できた。後に彼が得る知識に照らし合わせれば、患者服が一番近かった。とにかく外に出ようと、炎や煙、瓦礫をかいくぐって走る。
しばらく走って辿りついたのは、扉の開け放たれた別の部屋の前だった。自分がいた場所とは違い、完全に牢獄そのものだった。

「ここは……うわっ!?」
「ああぁぁあぁぁっ!!!」

突然、中から赤い髪の少女が飛び出し、襲い掛かって来た。拳にくっつくようにして、赤い剣が見える。このままではやられる――――そう直感した少年は、反射的に蹴りを繰り出し、少女を部屋の中に押し戻した。その反動で後ろに跳び、距離を置く。入口から再び跳びかかって来た少女に再び一撃を入れて戻し、またカウンターで一撃……と繰り返すうち、やがて少女が飛び出して来なくなった。気絶したらしい。

「やれやれ……」

慎重に息をつき、部屋の中から少女を担ぎ出す。このまま放っておいて死なれては、あまりにも寝覚めが悪い。
そのまま別の道へ入ると、しばらく行った所で扉が見えた。出口だ。

「よし!」

そのまま少年は、外の世界へと飛び出していった。白に変わりかけた赤い髪の少女を、連れて。



逃げ出したはよかったが、そこからは地獄だった。何しろ、奇妙な格好の子供二人だ。時に無視され、時に虐げられ、時に邪な視線にさらされ、それでも二人は必死で生き延びた。その中で、少女の方は原因不明の殺戮衝動に襲われていた。理性の様なものはほとんど見られなかったが、一度打ち負かしたせいか少年にだけは従った。時に暴走すると、殴り倒して止めた。そうして、2年程経っただろうか。

「う、うう……」

その日はあいにくの雨だった。寒さに耐えながら路地裏を歩いていると、同道していた少女の方が倒れてしまった。疲労が限界を超えたらしい。何しろここ数日、ろくに眠っていないのだから。

「ま、ずい……ぐッ……」

少年も状況は同じだった。意識こそ何とか保ったが、身体がもう言う事を聞かない。このまま死ぬのか――――そう思った、まさにその瞬間だ。


「あれ……ちょっと、大丈夫!?」


女の子の声がしたのに続いて、水たまりを踏む足音が響いた。

「しっかりして、お願い! ……お父さん、早く、こっち来て!!」
「なんだ、どうしたブランカ。……む、何だと!? どうした、お前たち!」

意識がブラックアウトする寸前、上を向いた視線が捉えたのは、墨のような真っ黒な髪と瞳の少女。そして、その隣に現れた男の姿だった。




(……あれが、ランカとの出会いだったな)

ロビーの壁によりかかり、ゲンブはその日―――ランカに救われた7年前のあの日に意識を飛ばしていた。あの時、ランカとその父親が手を差し伸べてくれなければ、自分も綾音もあのまま死んでいた。見ず知らずの自分たちを、二人は家に迎え入れ、手当てをしてくれた。そして父親は言った。行き場がなければ、ここにいればいい、と。ランカは体が弱く、一日のほとんどをベッドの中で過ごしていた。そんな彼女との触れ合いの中で、綾音――そう名乗った――は少しずつ衝動に打ち勝ち、自分を取り戻していった。後遺症なのか、赤から変色した白の髪は戻らなかったが。しかし、それから3年ほどして、父親が突如姿を消した。理由はわからない。ランカはそのショックで体調を大きく崩し、入院を余儀なくされた。

(今思えば、それがランカの入院生活の始まりだったか)

行き場をなくした綾音と自分だったが、程なくして一つの組織が彼らを連れて行った。―――ウスワイヤ。特殊能力者を収容し、世間から守ると同時に世間を守る、そんな場所だった。彼らは自分たちに能力があることを、調査によって知っていた。検査を受け、能力の使い方を学んだ。
そして、アースセイバー―――能力者として戦う組織―――への勧誘を受けた。日常に戻る事と引き換えだったが、自分たちには戻るべき日常がなかった。それに、自分だけならそれでもよかったが、綾音はそうはいかなかった。なぜなら―――――。

「珍しいな、ゲンブ。来ていたのか」
「……七篠さん」

物思いにふけるゲンブに話しかけたのは、能力者達の訓練と教育を管轄する七篠 獏也だった。

「ちょうどよかった、一つ聞きたいのだが」
「何ですか」
「お前とあの少女―――火波 スザクは、かつて連中の施設の被検体だったらしいが」
「そうですが」
「……聞きたいのだが、なぜお前だけがここにいる? 上がスザクを引っ張らなかったのには理由でもあるのか」

そうですね、と前置きし、ゲンブは語る。




「彼女は、潜入型の殺戮兵器としての調整を受けました。そのため、精神の根幹には『己を縛るもの=破壊対象』という認識があります。これは物心つく前に施されたものですから、解除しようとすれば彼女の自我が崩壊します」
「……理性でどうにかなるレベルではないのか」
「それは、無理矢理に押さえているだけのこと。いつまでもつかわかりませんし、その間は酷く情緒不安定になります。万が一、暴発すれば……」

そう。スザクがアースセイバーの一員となれば、その行動の多くに制限がつく。だが、それは彼女の精神の根幹を本人も気づかぬ内に少しずつ刺激する。理性で抑えていればそれでいいのだが、いつまでもは持たない。そして、万が一それが街中で暴発してしまったら……。

「……規則に拘って危険を増やしては本末転倒。ならばいっそのこと、監視をつけて自由にさせておこうと、こういうことか」
「そうです。かなり特殊な措置でしたが、一般人に被害を及ぼすような選択は出来ません」

心の中に、全てを破壊しかねない爆弾を抱えた綾音。精神検査でそれが判明し、綾音の「保護」及びアースセイバーへの所属は見送られた。代わりに自分はそこに所属し、戦う事を決めた。ここにしか、もう居場所がなかった。そして、綾音と自分は誓った。自分たちから日常を奪った「彼ら」を倒すことを。そして、姿を消したランカの父親を見つけ出すことを。

そのために、自分たちは、弱さを表していた元の名を捨てた。綾音は、全てを奪った者達の元締めに対するアンチテーゼを意図し、「スザク」と。自分は、そんな彼女を守る存在であろうと、「ゲンブ」に。それから、4年。今の自分たちが、いる。

「わかった。スザクの件については、以後触れまい」
「そうしてもらえると助かります。あいつ自身のためにも」
「応。ではな」

立ち去る獏也を見送り、ゲンブは天井を見上げる。

「……スザクに本当に必要なのは、心の隙間を埋められる『誰か』。孤独から逃れなければ、衝動からも逃れられん」

このことは、本人には言っていない。自分で気付いて乗り越えねば、本当には衝動を乗り越えられないからだ。
スザクの衝動が再発するのは、より強く意識した―――恋した相手に対して。それは、彼女の今までに端を発する、「寂しさ」のせいだ。隙間を埋められる相手を見つけると、それを失う事を恐れ、自分だけのものにしようと殺意を抱くのだ。それが現在は、命を奪いあう約束をしたトキコに向いている状態だ。果たしていいのか悪いのか。

「……所詮は、一時しのぎに過ぎん。だが、あるいは……」

その想いが、その約束の実現が、もしかすると何らかの結果を呼ぶかも知れない。そして、可能性はもう一つある。それは、



「灯台もと暗し……。スザク、お前の孤独を受け止めてくれる相手は、案外身近にいるかも知れんぞ」



果たして誰の事なのか……真相は、彼のみぞ知る。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年02月17日 21:02