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この手を離さないで

『いい感じじゃない』
『変じゃないでしょうか…』
『私が見立てたんだもの。変なわけないの。ほら、自信持って行っておいで』
『は、はい…』

カランコロンと可愛らしい音を立てて、
パタンと店のドアがしまった。
恥ずかしそうにスカートの裾を引っ張りながら
駅に向かう少女、スイネの後ろ姿を見つめるのは
店長とシスイだった

『スイネ、出掛けんだ』
『うん。なんか待ち合わせしてるっぽいよ』
『ふーん』
『何。なんか気になることでも?』
『いやなんつーかさ。スイネがあんな女の子みたいなカッコしてんのが珍しくてなぁ』
『ふーん。まぁ普段は制服だろうしね。』
『誰と出掛けるとか聞いてないんスか』
『女は秘密があるから美しいのよ』
『はぁ?』
『(頑張っておいで。スイネ)』




『…ついたー…』
駅ってここでいいんだよね。…いいんだよね?!
駅の前の時計台の前で待つ
時刻は11:00を指している
少し早いかもしれないけれど、遅刻は失礼だものね

『て、いうか…』

さっきからチラチラ見られている気がする
やっぱり、この店長のお下がりの私服がわたしに似合わないんじゃないのかしら…。
ピエロをイメージしたバルーンワンピースは少し短めだし
胸元のリボンは強烈に女の子を主張している

『…制服の方がよかったかもしれないわ…』

とたんに恥ずかしくなってうつむくと
わたしの足元にとても大きな影ができて、顔をあげるとそこには、
ダウンジャケットを羽織ったタカユキ君がいた





『(私服…)』
『おい』
『は、はい!』
『…早すぎじゃね』
『え、あの…遅れたら申し訳ないかと…それで』
『……………』

じっとわたしの足元を見つめ出したタカユキ君の視線
やっぱり似合わなかったかな…
と恥ずかしくなって手で隠そうとすると
バッと手を取られた。
ギョッとしてタカユキ君の顔を見ると
ほんのりと柔らかい笑みを浮かべて歩き出した

『(手…が、ふれて…)』
『そのスカートなら大丈夫そうだけどな』
『はいっ?!…わぶっ』
タカユキ君のダウンジャケットを頭の上に乗せられる。
キョトンとしていると、着てろと言われた
まだ少し肌寒いのに、…いいんだろうか

『バイク乗るからな。ヘルメ』
『えっ!?へ?!』
『後ろ捕まってろよ。落ちんぞ』
『きゃっ…』

タカユキ君は盛大なエンジン音を鳴らして
わたしを乗せたバイクを発進させた
なるほど、冷たい風がジャケットの隙間から入り込んでくる。
…少し、いや、かなり申し訳ない

…それから
抱きついてしまっている。彼の背中に
思っているよりも広い。
完全に腕が回りきらなくてガッチリした背中
恥ずかしくてたまらなくて、このまま振り落とされた方がいくらか気が楽だなと思った





ついたのはマンションだった
小綺麗な分譲みたいなマンションではなく
ひっそりした人気のすくないマンション

まだフラフラしている体を支えられながらエレベーターに乗り
15階建ての内の7階の突き当たりの部屋に招かれた

玄関を開けたとたんに、いつもよりも強く香る彼の匂いに
ドキリとした。
………タカユキ君の部屋?

『入れよ』
『はっ、はい!』

靴を脱いで、きちんと端に寄せて揃えてリビングに入ると
そこは実に彼らしいレイアウトだった

ラックにはたくさんのCD。
立て掛けてあるのは大きなギター
(楽器のことはあまり知らないけれど、たぶん形からしてそうなのだろう)

あまりジロジロ見回すのも失礼かなと思いつつも
なぜか目が離せない

『(…タカユキ君で満ちた空間だ…)』
『まだ飯食ってないよな』
『えっ、はい』
『嫌いなもんとかあるのか』
『特には…』
『じゃあ少し待ってろ』

と言いながら台所に立って何やら調理を始めたタカユキ君に
あわてて駆け寄った

『わ、わたしもなにか手伝わせて!悪いわ!』
『…いや、いい』
『で…でも』
『食わせてやりてーから』
『えっ』
『細すぎんだろ。ちゃんとまともに食ってんのかよ』
『……!!』

実を言うと『食事をする』ことに対して執着をしないわたしは
あまり満足な食事をすることはない
わたしのつくられた本来の目的は『ホウオウの慰め』のためであり
『人間的』な行為には未だなれていない

『あまり、その、えっと』
『ほら』
『え、…おいも』

ふわりと和風の香りが鼻を掠めて
見てみると、よく煮えている肉じゃがのじゃがいもを差し出されていた

『あじみ…?』
『ん』
『……あむ』

タカユキ君から食べさせてもらう形でおいもをいただいて
狂いそうなほど恥ずかしかったけれど
そんな気持ちさえ上回ってしまうほどに
ほくほくとしつつも味のしみたじゃがいもは美味だった

『おいしい…』
『…まぁまぁか』
『あっ』

わたしに食べさせた菜箸でおいもを自分で味見して
納得したように器に入れた
それをリビングの机に置いて
てきぱきと昼食の用意をすませたタカユキ君の姿は
まるで『日本のオカン』のそれだった





『タカユキ君、お料理が上手なのね』
『真似事みたいなもんだけどな』
そう言いながらもチラチラ反応をうかがってくるタカユキ君が
なんだかいつもより可愛らしく見えた

『とってもおいしい』
『……全部食えよ』
『はいっ』

初めての『まんぷく』はとても心地のいいもので
わたしはにっこりと笑って、『ありがとうを』伝えることができた


昼食を食べ終わって、店長から頂いた菓子折りを開くと
かわいらしいヒヨコまんじゅうが入っていた
タカユキ君がいれてくれたお茶はこれまた絶品で
心なしかお互い上機嫌だ

『頭にほこりがついてんぞ』
『えっ、どこ?』
『ちげーよ左…あ、わり』

タカユキくんが身を乗り出したときに
かちゃんと音を立ててわたしの鞄が机から滑り落ちた

そして、あろうことか財布がぶちまけられて、
捨てるに捨てられなかったあのブツが
どどんとその存在をタカユキ君のおうちの床で晒されてしまった

『いっ?!あっ、えっ、これは、その』
『…ゴム』
『ち、違うのよ!わたしのじゃなくて、それはハヤトが…!』
『ハヤト…』

どんどん眉間にシワを寄せていくタカユキ君
どうしよう。引かれたのかもしれない。
それもそうか。クラスメイトの女子の財布からこんなもの出てきちゃったらな…
とりあえずハヤトは千回呪うわ

『スイネ』
『は…えっ?』

いきなりぐいぐいと引っ張られて
別の部屋につれていかれた。
そのままじっとわたしを見つめた化と思うと
苦しくなるほどのちからで抱き締められた

『た、た、タカユキ君』
『……』
『く、くるし…』
『…!』

そっと身体を離されて、タカユキ君は少しだけそっぽを向いた
数秒の沈黙の後
またわたしをしっかりと見つめると
今度は壊れ物を扱うようにそっと抱き締められた

直に感じる体温と彼の匂いに頭がクラクラして
わたしはぎゅっと彼の服の裾を掴んだ


部屋が茜色に染まるまで
わたしは彼に抱き締められていた




この手を離さないで
(何故だかわからないけど)
(このままでいたいと感じたの)

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最終更新:2011年03月22日 01:15