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切り裂き魔のとおりゃんせ

「切り裂き魔のとおりゃんせ」

本当に本当の話だよ
そこの信号のない横断歩道
5時55分になると、聞こえてくるんだって

とおりゃんせ とおりゃんせ

その歌が聞こえてきたら
絶対に横断歩道を渡っちゃ駄目
強い風が急に吹いて
次眼を開けた時
見たこともない山奥に独りぽつんと立たされてるんだって

ここはどこの ほそみちじゃ

獣道に従って進むとね
赤い小さな鳥居があるの
人がいるかもしれないからって
その鳥居は通ったら駄目

いきはよいよい かえりはこわい

ふっと油断すると風が吹いてね
後ろから「切り裂き魔」が襲いかかってくるの
そして気がつかない間に「顔」を切り取って
呪いをかけてしまうんだって

こわいながらも

そうされたらもう
鳥居から外に出られない
「顔」を「切り裂き魔」にとられたまま
ずっと彷徨い続けなきゃいけないんだって

とおりゃんせ とおりゃんせ――


本を閉じると、目の前に広がるのは閑静な本堂。
丁度大人たちは修行の時間だ。
「…つまんないの。」
彼女はそう言い、本堂から外に出た。

広い中庭にも、大人は誰もいない。今は彼女一人の世界だ。
しかし、彼女は遊び相手がいないことを退屈に思っていた。
時刻は昼間。友達の霊や妖怪も出てこない。
かといって100年に1度の逸材ともいうべき陰陽師の卵。外に出ることも許されなかった。
仕方なく、彼女はふらふらと歩きだした。

それから間もなくだった。
ふと顔を上げると、見なれない男が立っているのが見えた。
枯葉色の軍服と灰をかぶったような黒い肌、漆黒の髪と、どれも全てが、白い壁に映えて目立った。
依頼人だろうか。そう思って近づく。
「あのう、誰かお待ちですか?」
そう、声をかけた。

振り返った男。
前髪が長くて顔が隠れてしまっているが、細く赤い目と頬まで裂けた口が僅かに見え、直ぐに彼女は「妖怪だ」と判断した。
しかし、何処の妖怪だろう。この辺では見かけない。恐らく、見たことのある大人もいないだろう。
対応に迷っていると、男が答えた。

「…ええ。少し、人を探しているのでありマス。」
優しく話しかける。悪い妖怪ではなさそうだ。たとえ悪くとも、こちらに危害を加えるつもりはないだろう。
「人…というと、人間のことですか?」
「恐らく。お礼がいいたいのでありマス。」
お礼?誰にだろうと気になったが、とりあえず彼女は、男を客間に通した。

「小生はつい今しがた、この世界降り立ったのでありマス。」
師範である彼女の祖父を呼び、客間には3人(?)が座っていた。
「今しがたですか。なんでまた。」
「霊や妖怪が、「鬼門」を通って現れることは、知っているでありましょう。しかし、開け放ったままにもいかないので、普段は結界が張っているのでありマス。」

鬼門とは、悪しき霊などがやってくるとされる門だ。
節分の日によく聞く言葉だろう。
彼らの陰陽道では、特にその鬼門には警戒をしており、普段は強力な結界を張っている。
そして、必要に応じて特定の妖怪を通すのだ。

「しかしながら、誰に呼ばれたわけでもないのでありマスが、先程、小生に対して結界が解放されたのでありマス。」
「結界が、勝手に?」
「さよう。しかし、勝手というのも理解しがたいので、小生を呼んだ者を探している次第でありマス。」
霊能力に通ずるものは、能力者の多いいかせのごれでも数少ない存在。師範は直ぐにみつかるだろうと判断した。

「分かりました。春美。」
「はい。」
「呼びだした者が見つかるまで、お前がそばについてあげなさい。」
「分かりました。」





師範が立ち去ると、部屋には2人だけとなった。
春美は興味深々と言わんばかりに、妖怪の男を見る。
「…なんでそうも見るでありマスか?」
「私ね、ずっと独りで退屈だったの。だから、こうやって他人と向き合うことなくって。」
すっかりため口である。
「妖怪である小生でも、でありマスか?」
「うん!むしろ、妖怪の方が好きなんだ!」

「…で、お兄さん。」
「お兄さんって…;」
「名前、聞いてなかったから。なんていうの?」
そう聞かれ、男は一瞬たじろいだ。

「そ、それは…。」
「えー?なんで黙ってるの?名前分からないと人の探しようもないよ!」
「そうではありマスが…;」
「私にだけでいいの。ね!教えて!」
しつこく責め立てられ、男は音をあげた。

「わ、分かったでありマス!」
「で!なんていうの?」
男は少し間を置き、すっと息を吸うと言った。

「…『切り裂き魔のとおりゃんせ』…。」
「!」

その名前に聞き覚え…いや、「読み覚え」があった。
先程の怪談話のひとつなのだ。
慌てて男の背中を探ると、ぼとりと、春美の身長と同じ位はあろう、大きくいびつな鋏が落ちた。

「…切り裂き魔さん、だったの…?」
「ご存じで、ありマシたか…。」
切り裂き魔は鋏を拾い上げると、立ち上がった。

「小生は悪しき妖怪。人の世にいてはならない。優しく接してくれた、あなたを傷つけるわけにはいかないのでありマス。」
隠れた顔に、悲しみが見えた。
「小生は他をあたるのでありマス。」
そういい、踵を返そうとした。

「待って。」
羽織った軍服の裾をつかみ、春美は止めた。
「きっと…私なんです。私が、切り裂き魔さんを呼んだんです。」
「お譲さんが…?」
「なんでかは分からないけど、でも、貴方に会いたいって本を読みながら思ったんです!」

鋏があるにもかかわらず後ろから抱きつく。
「だから、お願いです。行かないで…。」
「…。」
やっと見つけた、遊び相手。自分の声に従ってきてくれた理解者。
それを失いたくはないと、必死でしがみついた。
気がつくと、涙があふれていた。

しがみついた手を払い、切り裂き魔は振り返ってしゃがんだ。
そして、春美の頭をなでた。
「初めてなのでありマス、小生を必要としてくれたのは。」
「!」
「小生でよろしければ、ぜひ、貴方のそばに置いておいてほしい。たとえ呼んだ人が違っても、小生はきっと、貴方を選びます。」

「一緒に、居させてください、「主」。」



追記
この後、師範の手によって春美が呼んだと正式に認定。
責任を持って預かるという条件のもと、切り裂き魔との共存が許される。
春美は切り裂き魔を「キリ」とよぶようになった。

そして、春美が能力者だということはすぐ後に判明する。

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最終更新:2011年03月27日 00:38