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籠われた朱鷺

バイオレンス表現注意。





 その日の夕方、トキコはいつものように家路につきながら、今日一日のことを振り返っていた。
 朝はいつものように火波スザクに飛び付くところから始まり、授業の途中、たまたま保健室に向かったところ、
家に篭りっきりのはずである氏型環と出会い(その際ののかと一緒にちょっとした茶会のようなことをした)、
お昼にはスザクの妹である火波アオイと初めてまともに言葉を交わすことが出来た。それまではあの時のせいか、
遠慮したい何かがトキコの中にあり、いつもの調子で話すことが出来ず、少し敬遠していたのだ。
普通に話す分はとても丁寧で優しい人であった。うっかり「殺し合う約束をしている」などと言うことはなかったのだが、
スザクを話題に出すと嬉しそうにその話を聞いていた。好きな人間の話を共に共有することはとても喜ばしいことで、
火波アオイと、スザクについての話題でお昼を終えてしまうほど、夢中になって喋っていたと思う。その話題の人物が近くにいることも忘れて、だ。
また、帰り際にマナと楽しそうに話し込むケイイチを邪魔することも出来た。ちなみにこの行為は敵だから、という陰湿な思いはまったくなく、
ただ単純に弄り甲斐があり面白いから致したまでである。
 兎にも角にも、今日はいつも以上に学校は楽しかったのだった。
そして、また明日学校があると考えれば、待ち切れないぐらいワクワクしてくる。
こんなに学校を待ち望む思いをしたのは、初めて小学校に入学する時以来だと彼女は思った。
一重にこれもホウオウ様のおかげである。そう、疑わなかった。
 そういえば、今日は帰ったら貴子が料理を教えてくれるんだった、とトキコは約束を思い出しながら、
自分の住むマンションの前へと辿り着いてみると、見慣れない黒の車が止まっていた。
その時のトキコにとっては、それが邪魔である程度しか認知しなかったので、特に気にも留めず、三階へと上がっていたのだった。

「・・・?」

 三階へと上がり、廊下の途中まで来た時点である違和感を覚え立ち止まった。
廊下の奥で、何かが揺れている。よくよく眼を凝らしてそれを見てみると、鍵をかけた筈の自分の部屋の扉が中途半端に開けられたまま、
キィ、キィ、と音を立てて揺れていたのであった。
人一人寄せ付けない、不気味な雰囲気を放つあの扉を、誰かが開けたのだ。
 ___それはトキコにとって、「警告」のサインだった。

「・・・っ・・・!」

 トキコが血相を変えると、突然走り出し、今登ってきた階段を駆け下りようとした。
しかし、それはあっけなく阻止されてしまったのであった。

「おぉ?トキコちゃんじゃねぇかぁ?ひっさしぶりだねぇ~?」
「・・・ぁ・・・」

 トキコのすぐ後ろに、男が立っていた。
スーツのような、軍服のような、若干ゴシック調の制服。
少しだけ見える白いシャツと手袋、に映える紅い華、血。
むせ返る、煙草の匂い。
そして自分を見下ろす、獰猛な獣の眼。

「あがっ!?」

 ニヤニヤと笑う男に首を握られると、トキコはそのままずるずると『家』まで連行されてしまった。
首を絞められる苦しさとこれから起こる恐怖に涙が零れ、足をバタバタさせ抵抗を試みたが、それは無駄に終わった。
男はブーツで転がる物を踏み潰しながら部屋の中央までくると、辺りを見回して、愉しそうにトキコへと問い掛けたのであった。

「おめぇー、まだこんな辛気臭ェとこに住んでんのか?」
「あ、ぅぐ・・・!」
「あの女と変なとこだけ似てんなぁ・・・物に執着するというか、未練がましいっつーの?
なぁーんかそういうの見てっとさ・・・吐き気がすんだよ、なぁ!!」

 男はトキコの首を掴んだまま、今にも倒れてきそうな食器棚へとその身体を投げつけた。
華奢な身体は床へと落ち、割れたガラスがパラパラと彼女の上へと降ってきたが、軋んだ家具自体は意外に丈夫であった為最悪のケースは避けられたのであった。
しかし、男は床に倒れ、げほ、と咳き込むトキコの脇腹へと、容赦なくブーツを叩き込んだ。





「が・・・!!」

 激痛。

「ほら、ほらほら!ほーらほらほらほらほら!!!」

 男は何度も何度も、穴を開けさせると言わんばかりに靴先を抉り込む。
先が尖ってはいないものの、男の蹴りはその小さな身体に相当なダメージを与えるだけ十分であった。
一方的な暴力、しかしトキコは抵抗を見せず、攻撃を耐え忍いでいるだけだった。
否、耐えることしか、今の彼女には出来なかった。
悲鳴を上げないトキコに飽いた男は、腰のホルスターから何かを取り出してきた。
警官が暴漢を押さえ込む際などに使う警棒であるが、
使用用途によっては相手を殺傷しかねない、十分な凶器と成り得る道具だ。
 それを、そのまま蹲るトキコの背へと叩き付けた。
「やめろ、その反応萎えるっつーの。」

「っあぁぁあ!!!」

 激痛。
 まるで鞭で打ち付けられたかのような焼ける痛みが走った。しかし、男は止めようとしなかった。
何度も、何度も、男の気が済むまで暴力は続けられて、その度にトキコは叫んだ。
その声を聞いて助けに来るものは、誰もいなかったが。
やがて、カラン、と警棒を投げ捨てる音がすると、男はその口に犬歯を見せながら笑い、
しゃがんでトキコへと声をかけた。

「おいおい?どぉーしたんだぁー?抵抗しないんですかぁー?おい。」
「・・・・・・・・・」
「シカトすんなや。」
「うぶ、」

 男は手持ちのスキットルを開け、中に入っているアルコールをトキコの顔へとぶちまけた。
擦り切れた傷口に染み渡るそれはかえって痛みを引き起こし、“長らく感じていなかった”痛みに
意識を朦朧とさせていたトキコは、涙を浮かばせた。
男にとってそれは酷く愉しくないもので、立ち上がると腹いせに彼女を踏みつけた。

「っう、ゃだ・・・いやぁ・・・」
「は?」
「やだよぅ・・・許して、お願い・・・だから・・・」
「・・・・・・・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

 顔に手をあて、年相応に泣くトキコ。表情さえ見えないものの、血と涙で顔は酷く汚れ、
ぐちゃぐちゃになっているだろう。
戦意など当の昔から無くなっており、早くこの拷問から逃れたい、ただそれだけが彼女の今の望みであった。
 しかし、男はまたため息をつきしゃがむと、だるそうに頭を掻いて呟いた。

「・・・あのなぁ?俺は別に謝れーっつってんじゃねぇよ。なんだ、お前の耳はただの飾りだったのか?お?」
「・・・っひぐ、・・・ぅ・・・」
「そうかそうか、お前の耳はただの飾りかぁ!じゃーいらねぇよな!」

 男は明るくそう言うと、ポーチからサバイバルナイフを取り出し、振り上げた。
その瞬間にトキコを仰向けにさせ、わざとその眼に凶器を見せ付けた。
襲いくる刃は彼女の耳を狙っているのではなく、額、つまり頭を狙っていたであった。

「っ!!!」

 トキコは反射的に右手を突き出し、振り落とされるナイフを打ち砕いた。
そして息のつく間もなく、無理矢理身体を起こし、男を組み敷くと、

「うわぁぁああぁぁあ!!!!」

 拳を振り上げ、破壊しようと力を込めて殴った。何度も何度も、目の前の男を破壊する、
壊す、殺す、コロス、コロス、それだけを考えて殴り続けた。
しかし男は、かすり傷ひとつもつかず、健在であった。

「・・・え?」

 唖然とするトキコを余所に、男はケラケラと笑いながら言った。

「っはははは!!!すげぇだろ!?対能力者用の無効化装置だってよ!!
まぁ開発途中んとこを俺が無理矢理かっ攫ってきたわけなんだ、が・・・
へぇー、ちゃんと働くんじゃねぇか。ほれ、よく見てみろよ。」

 男はトキコの目前に右手首を突き出す。細いその手首には銀色の腕輪のような物が
つけられており、小さなスイッチがいくつか付いている。
こんな小さな、なんでもないモノに自分は拒絶されたのか、そう思うとトキコは途端に怖気つき、
男の上から退いた。
 しかし、男は逃げるトキコを捕まえると部屋の隅へと投げ付けた。
勢いがあまって壁に頭をぶつけてしまい、ずるずると倒れていく彼女の額から、
また血が流れ落ちていった。

「まぁ、俺は別にこんなもんいらねぇんだけどな・・・ところでトキコ、お前・・・
さっき親の顔を殴ったよな?殴ったよなぁ?」
「ひ・・・や、やぁ・・・!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」

 男は腕輪を取ると、指を鳴らしながら怯えるトキコに迫った。

「親の言う事の聞かない子供には・・・お仕置きだ。」

 その時トキコの眼に映った父親の姿は、獲物を追い詰めた獣にしか見えなかった。













「・・・・・・・・・」

 トキコの耳に、朝を告げる雀達の鳴き声が聞こえてきた。
ゆっくり眼を開いてみると、いつもの散乱した部屋の光景が眼に映る。
どうやら、あの男は自分が気絶している間に退室していたようで、部屋の中には誰もいなかった。

「・・・っ・・・」

 少しでも動こうとすると、身体が悲鳴を上げる。
血は固まり、傷口には瘡蓋が出来て、正直全身から嫌な臭いがする。

「・・・はぁ・・・」

 お風呂に入らなきゃ、貴子に連絡を入れなきゃ、学校にも連絡を入れなきゃ、
やらなければいけないことが頭の中を巡る。
けれども、気力が起きない。

「・・・・・・・・・」

 お水を、飲もう。
トキコはそれだけを考えて、無理に身体を動かして台所まで向かった。
蛇口を捻り、コップに水を注ぐ。水が満たされる、そんな様子をただぼんやりと眺めていた。

「・・・ん」

 冷たい水が喉を通る、まるで生き返るような気分だ。
一息ついて、トキコは呟いた。

「・・・病院、いこう。このままじゃ、学校に行けないし・・・」

 病院に行ってから貴子に連絡を入れよう、こんな風体を見せてしまったら何を言われるか分からない。
そうトキコは考えて、飲み干したコップをテーブルの上に置き、出掛ける支度を始めようと・・・した。

「・・・え?っ?!な、なんで・・・どうして・・・!?」

 コップの下敷きになっている一枚の写真。
それは見に覚えのない写真で、そこに写っていたのは白髪の少女、火波スザクであった。
そしてその写真の右隅には、あの男が帽子につけていたエンブレムが描かれていた。
 それが何を意味しているのかは、彼女のみが知る。










籠われた朱鷺



※加筆修正有り(2013/06/15)

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最終更新:2013年06月15日 10:09