――――4年前。それは、僕にとって3度目のターニング・ポイントだった。
僕を助けてくれたランカの父親が消え、大悟……今は「ゲンブ」と名乗る彼がアースセイバーに入り、「私」が「僕」に、「綾音」が「スザク」になった日。
僕の目的は、二つ。
一つは、僕から全てを奪った、
ホウオウグループの壊滅。
一つは、ランカを置いて姿を消した、彼女の父親を見つけ出し、ランカに謝らせること。
それが、僕のやるべきことの、全て。
それこそが、僕の存在意義だ。
―――本当に?
ああ、そうさ。
ランカが見つけてくれなかったら、僕もゲンブも今頃死んでいた。
彼女が、僕達の道を繋いでくれたんだ。だから、僕はランカのために、あの子の父親を見つけ出す。
そして、僕達から全てを奪ったホウオウグループを倒す。
―――それは、本当にキミの望み?
僕の望みだ。それ以外に、何がある。
―――それは違うよ。それは、「私」の望み。キミの望みは、別にある。
何だ。何が言いたいんだ。
―――もう、気付いているんじゃない?
それで初めて、僕は自分が、街の中に立っている事に気付いた。ただ、そこは記憶にない街。
そして、色のない、モノトーンの世界。人がいない。明らかに現実ではないのに、僕はなぜか、その場所にいることに、違和感を全く覚えなかった。
僕の前には、同じ顔で、赤い髪をした少女が一人。
「誰、だ……?」
「誰だ、はないんじゃない? 私は、キミだよ」
僕と同じ顔の「彼女」が、言う。
「僕?」
「そう。いや、正確に言えば……私は『火波 綾音』。4年前にキミが心の底に封じ込めた、弱さそのもの」
「綾音……弱さ……?」
そう、と頷く「彼女」――――火波 綾音。
「キミは『スザク』。キミが『斯く在りたい』と願った、強さの具現たる、仮初の人格」
「な……!」
「もっとも、それを望んだのは私でありキミ自身。長く分かれていたせいで、こうやって半ば独立しちゃったわけだけど、ね」
肩をすくめる綾音。弱さそのものだという彼女は、髪が赤いことを除けば僕とそっくりだった。斯く言う僕も、昨日までしばらく髪が赤く染まってたんだけど。
思えば彼女は、僕と比べて言葉遣いが若干女らしい。
「キミのその髪は、弱かった自分に決別するための、無意識の防衛反応」
「え?」
「赤という色は、キミにとっては近しいと同時に忌むべき色。血の色。弱さの色だから」
言われてみれば、そんな気がする。能力を使って戦う時は、いつも僕の髪は赤く染まる。だけどその都度、忘れたはずの弱さが顔を出していた。その後は、決まって悪夢にうなされるか、殺戮衝動に蝕まれるかだった。
「弱さの色……」
「そう。だからキミは、弱さと一緒に、赤を封じ込めた。それまでの自分を捨てて、生まれ変わった。だからこそ、こうして私がいるわけだけど」
「……どういうことだ?」
よく、意味が分からない。綾音は、苛立つでもなく言う。
「私はさっきも言った通り、キミが封じ込めた弱さそのもの。
言って見れば、キミの『弱さ』に該当する記憶を存在の核とする、己を得た意志。近い言葉で言えば、『ドリーマー』って奴かな? ホントはそれとも違うんだけどね」
「………」
「ランカの父親を見つけたい。全てを奪ったホウオウグループを倒したい。
それは、『綾音』が……私と一緒だった頃のキミが、望んだこと。だけどキミは、弱さと一緒に、その願いをも封じ込めてしまった」
「え――――」
「気付いてない?」
そして、綾音は言う。モノクロームの街を背景に、ただ静かに。
「最近キミは、ランカの父親を探していない。ホウオウグループに自分から関わってもいない。はぐれ能力者と戦ってもいない」
「!!!」
「キミは、『私』だった頃の願いに縋っているだけ。そうしなければ、自分を保てないから」
言い返せない。あまりにも、それが真実だったから。
綾音は言う。責めるでもなく、怒るでもなく、ただ諭すように。
「アオイにしてもそう。あの子が求めているのは、『綾音』。でも、あの子が知っているのは『スザク』。
多分、あの子もうすうす気づいてるよ。キミが、『綾音』じゃないって」
「僕は……」
僕は、僕だ。ただそれだけの言葉が、言えない。音のない世界に、その呟きがひどく反響して聞こえた。
「キミは『スザク』。弱さを切り捨てた、強さだけの仮面。素顔をなくした道化師。仮面なくしては、自分を保てない」
「僕は―――――」
「仮面はひび割れる。支えているのは、素顔の名残である願いの残照。それもやがて消え、仮面は割れる」
「でも……」
「それなら僕は……どうすればいい」
縋るような思いで、呟く。答えは来ないと思っていた。だけど、
「そうだね」
綾音は、笑っていた。
「ランカのお父さんとホウオウグループのことは、私の願い。それを叶えるために、キミは私を切り捨ててキミになった。
だけど、それはキミにとっては『役目』であり、『義務』。だからキミは、キミ自身の願いを見つけなくちゃいけない」
「僕の、願い?」
「そう」
そうして綾音は、笑う。赤い髪をなびかせてくるり、と回り、まるで花のように。
「『
火波 スザク』の願いを。『火波 スザク』の、愛する人を」
「それは……」
あの子の、ことだ。
「そう。キミはその片方を、自分で見つけた。強さの仮面じゃなく、『スザク』って言う一人の人間として」
赤い少女は、微笑む。
「旅行で『約束』した時。キミの中には確かに、弱さがあった」
「それは……!」
否定しようとすると、唇に人差し指が当てられた。
「弱さを持ってるってことは、悪い事じゃないよ。誰かに甘えられる、誰かを信じられる。そんな、絆の源泉でもあるんだから」
「絆……」
「強さだけの人間は、孤独なもの。傷つかない、傷つけられない。自分だけで何とかなる。それじゃ、他人はいらない」
「………」
少し前までの僕は、確かにそうだった。
「誰かを殺したいと、そうしてでも自分のものにしたいと願ったのは、キミが寂しかったから」
「寂し、い?」
「そう。強さはあくまで仮面。封じ込めても、弱さが消えてしまうわけじゃない。
だからキミは、弱さを埋めるために、誰かに傍にいて欲しかった。殺戮衝動の源泉は、それ。心に空いた、埋まらない欠落」
「それは……」
綾音の赤い瞳は、どこまでも真剣で、誠実で。
「『スザク』という強さの仮面を被っているのに、素顔である弱さの『綾音』は封じ込めてる。
そんなアンバランスなことじゃ、自分を保てなくなる。だからキミは、無意識に人との繋がりを、弱い自分を欲した」
「え……」
「『あの子』に惹かれたのも、それがキミの弱さを見せてくれたから。自分が人でいられたから。
ゲンブさんに『弱さを受け入れろ』って言われて、キミは自分なりに考えて結論を出した。けど、気付いた?」
「キミ、弱さは結局封じ込めたままで、『スザク』のままで結論出したでしょ?」
「あ――――」
そういえば、そうだ。
「弱さを受け入れずに結論出したから、こうして『私』が生まれた。キミが、弱さも自分だと受け入れてくれなかったから、私が出て来た」
「う」
そう言われると、返す言葉がない。何だかんだ言っても、僕は今まで逃げ回っていたのか。他ならぬ、自分自身から。
「でも、それじゃ……僕は」
「キミであることをやめろとは言わないよ。ただ、弱さを、『私』を受け入れて。元々、私達は一人だったんだから」
「でも、それじゃ……僕は、お前はどうなるんだ」
綾音は、微笑む。
「私は私じゃなくなるし、キミもキミじゃなくなる。今、こうして話している私達は、なくなるよ」
「……!」
背筋を寒気が走った。それは、存在の消滅への、恐怖。
だけど、綾音は笑ったままだ。恐れる事はないと言うように、手を広げる。
「怖がらないで。私に強さを、キミに弱さを。足りないものを与えあって、私達は元に戻る」
「そして、最後に残るのは……」
す、と手を差し出し。
「それは、キミが決めることだよ。弱さと同居する『スザク』として在るのか。それとも、強さを隠し持つ『綾音』として在るのか」
「スザクか、綾音か……」
「そう。キミが、自分の意志で、決めるんだよ」
「僕の、意志で……」
そして、僕は。
「……ああ、決めるよ」
その手を、取った。
「――――ありがとう」
反対の手も、す、と取り合い、絡ませる。どちらからともなく歩み寄り、目を閉じ、
「私には、強さを」
静かに、
「僕には、弱さを」
唇を、重ねる。
急速に遠のく意識。解け、溶けて行く自分の存在。だけど、不思議と怖くはなかった。あったのはただ、安らかな気持ちだけ。
そうだ、覚えてる。記憶の片隅に、残ってる。母さんが優しく抱きしめてくれた、幼かったあの日。
隣で歌ってくれたあの子守歌が、記憶の彼方から響いて来る。
―――ゆりかごの歌を カナリヤが歌うよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ…………
気付けば、モノクロームの世界は消え失せ、一件の家の前に立っていた。そこに待っていたのは、綺麗な山吹色の髪を風に揺らす、一人の女の人。こちらを見つめ、微笑む。
『おかえりなさい』
その人に愛してもらったのは、たったの3年。もう、顔も覚えていないのに、嬉しそうに笑うその人が誰なのか、はっきりとわかった。
あまりにも懐かしいその声に、姿に、知らず、涙が零れていた。
『……ただいま、母さん』
そして、夢は終わる。
「……様、姉様」
「………」
気付くと、アオイが起こしに来てくれていた。雀たちの声が聞こえる……もう朝か。
「姉様、おはようございます」
「………」
「姉様?」
返事がないことに、少し心配そうな表情をするアオイ。だけど、心配いらない。
「……おはよう、アオイ」
僕は、僕だ。
ほっ、とアオイが胸を撫で下ろす。
「おはようございます、姉様」
「ああ」
いつものように挨拶をかわし、ベッドから降りて伸びをする。ああ、気持ちのいい朝だ。
「ん、ん―――――……っ」
体をほぐし、朝食の支度をしようとキッチンへ向かう。と、
「あの、姉様」
「ん?」
アオイが話しかけて来た。何かな。
「何か、ありましたの? どこか、雰囲気が変わったような……」
ああ、そういうことか。アオイの知ってるのは、『スザク』の方だけだったもんな。けど、心配ないよ。
「大丈夫。ただ、整理がついただけさ」
「整理?」
「そう―――」
「自分を、一つに戻せたんだよ」
「???」
疑問符を浮かべるアオイ。よくわかっていないようだ。いや、簡単にわかるとは思えないけど。
「よく、わかりませんけれど……姉様は、姉様ですわよね」
「ああ。僕は、僕。火波 スザクだ」
『スザク』と『綾音』は一つに溶け合い、道を選択した。そして選ばれたのは、弱さと共にあること。
その結果目を覚ましたのが、ここにいる僕ということだ。
(――――と、カッコつけてはみても)
結局の所、弱さを受け入れて、改めて自分の道を進むことを決めた、それだけの話だけどね。
朝食を済ませ、学生服に着替えて登校の準備をする。鞄も持った、靴紐も結んだ、教科書と時間割も確認した、お弁当も持った。準備万端、よし。
「アオイ、そろそ――――」
ふと、
「―――― ! ?」
脳裏を、大好きなあの子の顔が過ぎった。
(トキコ……?)
純粋な狂気、鳳凰の信奉者。それでいて誰かを大切に思うことをやめない、僕の愛しい人。いつものように、昨日のように、元気いっぱいで登校して来るだろう彼女のことが、胸騒ぎになって僕を急かす。
「ごめんアオイ、僕、先に行くから!」
「え、ちょっ、姉様!?」
アオイの慌てた声が聞こえたが、僕は何かに突き動かされるように走った。逢いたい。逢いたい。
一刻も早くトキコに逢いたい。今すぐ逢わないと、今すぐ駆け付けないと、二度と彼女に会えなくなる、そんな予感が僕を支配していた。
「行って来まーす!」
いつもの習慣でそう叫び、僕は一目散に、トキコの姿を求めて疾走していった。
『いってらっしゃい』
夢の終わり、戦いの始まり
(優しい声が見送っていることを)
(彼女たちを見守るひとがいることを)
(彼女たちは、知る由もなかった)
最終更新:2011年03月27日 00:51