「うぃーっす」
楠原の姉さんの
レストランに入ると、いつもの如く「いらっしゃいませ」の声が出迎えて来た。
能力者なんてのはバグみたいなもんだと思っちゃいるが、こうして店の連中を見ると、普通の人間と変わらなく見えるから不思議だ。
いや、見かけとしても生物的にも同じなんだが。
席につきつつ、さっき飛び出して行った変な男の事を考える。
(誰だっけな、あいつ……どっかで見たような……)
あまりに一瞬だったので顔が見えなかったが、全体的な雰囲気に覚えがある。それとも単なるデジャヴか?
(ま、いいか)
どっかと椅子に座り、コーヒーを注文する。無論ブラックだ。程なく運ばれて来たそいつに口をつけ、独特の苦みを存分に味わう。
と、
「ん? あいつは……」
窓際の席に、赤い髪の女が座っていた。ありゃスザクだったな、確か。髪は白かったはずだが……染めたか?
手に持った紙を見て、何やら呟いている。聞き耳を済ませて見ると、
「……アルト、とか言ったよな……あいつの言ってたことが本当なら……それに……」
(……アルトだ?)
その名は聞いた覚えがある。アースセイバーに所属する前、いかせのごれに来る前の「職場」の同僚の名前。
しかし、
(本当にあいつだったらヤベぇな……あのボケまで来てるんじゃねぇだろうな)
とにかくソリの合わなかったボケ看守長まで来てる可能性がある。
正直、今鉢合わせるのは御免蒙りたい。奴の能力は、ただ武器を呼びだすだけの俺の力と相性が悪い。が、生身での戦力は奴が上。
今トラブル起こしたら、隊長にも啓介にも迷惑がかかる。それは避けたい。
(何にしても、ここはさっさと本部に帰――――)
「あれ、聖さん?」
――――見つかった。
「よ、よぉ」
「何でこんな所に?」
「何でって……俺はここの常連なんだが」
目を見開かれた。おい、そんなに意外か。
「いいだろうが別に。この格好じゃ、まともな店には入れねぇんだからよ」
「ちょっと聖さん、それはうちの店がまともじゃないってことか?」
厨房から店長の険悪極まりない声が飛んできた。しくった、さすがに言い過ぎた。
「そうじゃねぇよ、店長。一般の店にこの格好で入ったら通報されてもおかしくねぇって。勝手知ったるこっちのが楽なんだよ」
「……着替えればいいのに」
何だか妙に得意そうな顔のスザクが言う。てめぇのドジと一緒にすんな、理由があるんだ。
「持ってる服が全部これなんだよ。ほぼ年中仕事場にいるからよ、俺はこっちのが楽だからな」
何だよその目は?
「んなことよりよ、てめぇさっき『アルト』とか言ってたな。誰の事だ?」
「……それは」
「カルーアトラズ副看守長の、アルトか?」
スザクが「え?」と返した。俺も頭を抱えたくなった。――――ビンゴかよ。
「………………やっぱりあいつかよ……」
「し、知ってるんですか?」
「……まあな。ここじゃ何だ、ちょっと付き合え」
スザクを伴って訪れたのは、「跡地」の近くにある公園。
「さっきのこと……アルトって奴を、知ってるんですか」
当然だ。なぜならば、
「俺はな。元々、カルーアトラズの看守……つまり、そいつの同僚だったんだよ」
「……え、ッ」
「つっても、俺は大分前に辞職したんだがな」
原因は他でもねぇ、シギ看守長だ。
ただでさえあの刑務所は所員の質が悪いんだが(アルトは数少ない常識人だったな)、シギはずば抜けて壊れてやがった。
すぐに手が出る思慮の足りなさ、俺様至上主義の思考、無駄に高いプライド。俺も人のことが言えた立場じゃねぇんだが、それでもあいつはどうかしてたぜ。
「………っ。そんな、奴が、トキコを……」
「あ?」
飛び出した名前に思わず聞き返すと、スザクがハッとして口を押さえた。
だが遅いな、しっかり聞いたぞ。それに、隠しても無駄だ。
「そうかよ……あのボケ鳥、娘をボロボロにしやがったか。ったく、いくらあの娘が『連中』の一員だからって、そこまでするか」
小さく呟くと、聞き咎めたスザクの顔色が明らかに変わった。
「……なん、で……それ、知って……!?」
「知ってるよ。最近、とある筋から聞いたんでな」
実はマナとか言う女の子とゲンブなんだが。ったく、俺に話してどうする気なんだよ、あいつら。
「ともかく、スザクよ。てめぇ、シギをどうにかするつもりか?」
「……出来る事なら」
「やめとけ。それは無駄だ」
「どうして!?」
「確かにあいつは人間としては最低だが、それだけだ。今下手に手ぇ出してみろ、パクられちまうぞ」
「………!」
ようやく気付いたか。ったく、ゲンブの愚痴もよくわかるぜ。恋は盲目とはよく言ったもんだ。
(
夜波 マナとか言ったか? あいつの話が正しけりゃ、形の上だと家宅不法侵入・殺人未遂・脅迫……ってところか。しかし、そう簡単には行かねぇんだよなぁ)
確かに奴はれっきとした公的機関の職員だが、やった事は紛れもない、犯罪だ。しかしそれが通るかと言えば、悲しいかなそれは難しい。
(現行犯だったら、俺がアースセイバーとして何とでもしたんだが……)
下らんことには頭が回ったからな、あいつ。
「ともあれ、スザク。シギをどうにかするのは諦めろ。リスクばっかでリターンが欠片もねぇ。そもそも能力の相性が最悪だ、てめぇじゃどうあっても勝てやしねぇよ」
「でも……でも! それじゃ、僕はどうすれば……」
……らしからぬ『弱さ』だな。その割に、自然な感じがあるが……。
「―――ひとつあるぜ」
「え……?」
無力感に苛まれるのも、落ち込むのも勝手だ。けどな、それで出来る事を見失っちゃ本末転倒だろうが。
無力ってことは、何もできないってことは、何もしない理由にゃならねぇんだからよ。
「トキコを、守ってやれ。本当に、あいつが好きならな。それが、今お前のすべき、唯一のことだ」
「……守、る」
「そうだ。だが、どうするかは、お前が決めろ。決めるのは、お前だ。自分で決めた道を、進め」
かつて、俺がそうしたように、な。
「………………………」
長い沈黙、そして。
「……守る。トキコを、守る」
「いい答えだ。安心しな、素性の事は黙ってるよ」
下手に話してもデメリットのがでけぇし、ゲンブを怒らすのもあれだ。何より、最終的には俺が消されるしな。
「じゃあ、俺はこれで行くぜ。てめぇも今日は帰りな、遅くならねぇうちに、よ」
「……はいっ」
踵を返して公園を後にし、俺は密かに決意を固める。
(夜波 マナとか言ったか、あいつの言ってたことが本当なら、危険なのは二人とも……)
ったく、俺はいつからこんなにお人好しになった。だが、看守長の好きにばかりさせるのもなんだ。ことに、俺達の護る、このいかせのごれではな。
ならば俺のすべきことは、
「スザク。てめぇがトキコを守るなら、俺は看守長を何とかするさ。少しでも、な」
看守長の能力は能力そのものによる攻撃に対応する。ならば、武器を呼びだすだけの俺の力や、自分自身に作用するタイプの能力が通じるはず。
「まずは様子見だな……」
「……そうか。そんなことがな」
某所の喫茶店。
いつもの如くエイトから話を聞いていたシドウは、マナがエイトを通じて伝えたシギの暴挙を聞き、ゆっくりとそう言って、目を伏せた。
エイトの知る限り、この仕草は怒りを押し殺す時のものだ。全てを捨て、妻の仇を追う「異能殺し」。だが、娘のことを忘れた事は、一日たりとてない。
そんな彼だからこそ、親にあるまじき所業を行ったシギが許せないのだろう。
ややあって、彼はゆっくりと顔を上げる。
「礼を言うぞ、エイト。おかげで、俺のすべきことは決まった」
「え?」
唐突な切り出し方に当惑するエイト。シドウは続ける。
「マナの言う事が正しければ、綾音、いやスザクも、彼女が愛する者も、同様に危険と言う事になる」
(女の子同士なんですが……そこはスルーなんですね)
「ならば、俺がすべきことはひとつ」
「ブランカのもとに帰る。そして、全てを話そう。俺が消えた理由も、この力の由来も」
「!!」
「ブランカだけではない。スザクにも、大悟、いやゲンブにも、このことを伝えよう。そして、守ろう。この力を尽くして」
決意に満ちた声で言う、シドウ。
「たとえ憎まれようとも、俺にとって」
「子供達、なのだからな」
「それが、無責任な親としての、せめてもの償いだ」
「シドウさん……」
その瞳に宿る光は、紛れもない、見かけの年齢とはそぐわない「親」としての感情だった。
なすべきこと、できること
(異能嫌いは捨てた過去に牙を剥き)
(異能殺しは捨てた過去を取り戻す)
(その先に待つのが、希望である事を)
最終更新:2011年04月01日 15:48