お兄ちゃんは結局、飛び出してそのまま戻って来なかった。近所の人たちが数日してから駆け付けて来たけど、その時私にはもう行く当てはなかった。
『……』
しばらくして孤児院に送られたけれど、そこも私にとっての家とはならなかった。
私には、人とは違う能力が備わっていたから。空間に波を起こす、そんな力が。制御が出来なかった私は、気味悪がられ、貶められ、傷つけられた。
『なんだよ、お前』
『く、来るな、こっち来るな!』
『気味が悪いのよ、あっち行って!』
死にかけたことも、もう数え切れない。一番ひどかったのは、入浴中に突然後ろから殴りつけられ、外に放り出されたことか。
あの時は、本当に死ぬと思った。意識がみるみる遠くなり……だけど、私は死ななかった。気が付いた時は異様に寒くて、だけどそれ以上にはならなくて。管理人の先生が見つけてくれたけど、その時はただ眠かった。
(………)
『……?』
入所してから3年。8歳の時、私はある事に気付いた。
(……全然、疲れてない?)
体力づくりの時間があったのだが、それを全て終えた後も私は息一つ切らしていなかった。ただその時は、
(体、強くなったのかな)
くらいにしか考えていなかった。それに、やけに体が軽い気がした。特に痩せたような覚えはなかったし、気にしていなかった。
―――異変が起きたのは、9歳の誕生日。
「?」
なぜか、あまり空腹を感じなかった。喉が渇いたとも、思わなかった。その日は、一口、二口食べたくらいで終わったけれど、苦しくはなかった。調子が悪いのかと思って相談してみたりもしたが、異常はなかった。
――それこそ異変に他ならないことを、この時はまだ知らず。
そして、翌日は最悪の日だった。
孤児院で、捨てタバコが原因の大火事が起きたのだ。
私の部屋は一番奥まった場所にあった上、出火場所が入口と裏口近くだったために逃げ遅れ、取り残された。
炎が迫って来た時は、今度こそ死を覚悟した。
(お母さん)
怖くはなかった。大好きだったお母さんのところに行けると思えば、熱いのなんて少しも苦ではなかった。
(また、会えるね)
―――だけど。私には、それすら許されることはなかった。
「!」
突然、視界が一気に高くなり、広がった。死んだのだと、その時は本気でそう思った。意識を少し巡らせれば、孤児院が、街が、すっぽりと視界に入り、遠くなのにその隅々までが頭の中に入って来た。
(なに、これ)
当惑する視界の中に、避難していた友達が入る。
そこに意識を向けると、今度は視界が急降下を始めた。
(!?)
気が付いた時、私はみんなの目の前に立っていた。だけど、様子が明らかにおかしいのに気づいた。
みんな、明らかに怯えた目線で、私を見ていた。
『ねえ、みんな』
一歩を踏み出す、
その瞬間に悲鳴が上がった。みんな、散り散りになって逃げ出し、後には私がひとり、残された。
『みん、な……?』
先生達でさえ、私を恐れ、そのまま逃げだし、あるいは攻撃して来た。
何も知らない9歳の私は、ただその場から走り去るしか出来なかった。拒絶された悲しみを、涙に変えて零しながら。
『なんで……なんで……!?』
林を抜け、道路を渡り、街を横切り……明らかに子供の足では不可能な距離を駆け抜け、海岸線に出た時にようやく足が止まった。白み始めた空を茫洋と見つめ、知らず、胸に手を当てる。お母さんから教わった、自分を落ちつかせる方法。鼓動を感じることで、自分をリラックスさせるのだと言っていた。
だから、この時もそうして、
『!! ッ、!?』
心臓が止まりそうになった。いや、違う。
『私の、心臓……動いて、ない……!!』
「私」が死んだ日
(仮初の居場所も)
(僅かな絆さえも)
(自分自身さえもなくした少女は、泣いた)
最終更新:2011年04月16日 16:57