アットウィキロゴ

「諦めを見た口裂け女」

「諦めを見た口裂け女」

本当に本当の話だよ
彼女はどこにでもいる普通の女性だったの
その日も日常は日常だと思っていたのに
事件は突然起こったの

信号無視のトラックによって
彼女は大怪我を負ってしまったの
朦朧とする意識の中
彼女は近づいてくるサイレンを耳にしていたんだって――


無機質な音が手術室に響く。
彼女が眼を覚ましたのは、手術の真っただ中だった。
麻酔を打っているはずなのに全身が痛い。
少しずつはっきりしてくる意識は、数人の医師を捕えた。

(ああ、そうだ、私…。)
思いだしてきた。
私は竹ケ原 美咲。
新任教師で、この春から百済小学校に勤めるはずだった。
自転車で通勤していたところに、信号無視のトラックが突っ込んできたのだ。

(…そうよ。アースセイバーに入って初めて日常に戻る許可を得られたのよ。)
彼女は能力者。ウスワイヤに保護され、アースセイバーに入ったのだ。
彼女の能力は『欲視力(パラサイトシーイング)』。他人の視界を自分の視界のように見る力。
主に援護に回り、能力を使って敵の視界を見ながら指示を出していた。

何もない時は勉学に励んでいた。
将来は医師か教師になる。そんな希望をかかえて陰ながらに努力していた。
その努力は報われ、教員免許を取得したのだ。
そして、それを見ていたアキヒロは、彼女に日常に戻る許可を与えた。

そう、あの時は希望に満ちていたのだ。

体に覚える違和感は、消える予兆すら見せない。
医師たちはちゃんとメスを動かしているのか気になった。
だから使ってしまった、『欲視力』。
使わなければよかったと、深く後悔することになる。


指揮を執る医師の視界を自分のものにする。
医師と同じ世界が見えた時、彼女は純粋にこの感想を持った。
(…!?何、この視界…!)

長期間の手術だったのだろうか。視界がぼやけ、焦点が合わない。
人の命がかかる大事な出来事で、医師の眼は「あきらめ」を見ていた。
(嘘でしょ、冗談止めて!私をここで…殺すつもり!?)
焦りと裏腹に頭痛が走り、再び意識が遠のいていく。

(お願い!最後まで頑張ってよ!投げやりにならないで!!)
叫びたいが口を動かすこともままならない。
深い闇に再び囚われる瞬間、彼女は医師の視界を通して見た。

助かるはずだった命を眼の前に、メスをおく瞬間を。





灰色に染まった住宅地の電信柱の陰に、そっと彼女は座り込んでいた。
マスク越しに吐かれたため息が、人の耳に届くわけがない。
輪廻から外された命は新たな「存在」を手に入れ、この地に降り立っていた。

そう、彼女は「口裂け女」。
人に忌み嫌われる「存在」。
死の瞬間を忘れられぬまま、当てもなく彷徨い続けていた。
「彼女」に巡り合うまでは。

「…ねぇ。」
幼い女の子の声がした。
顔を上げると、紫色の髪の少女が、こちらを見ている。
「元気なさそうだね。どうしたの?」
「…。」

彼女は少女から眼をそらした。
無邪気な子供を怖がらせるわけにはいかない。
しかし少女は、彼女に寄り添う。

「何かあったの?」
「いいじゃない。何でも。貴方には関係ないわ。」
「関係あるよ。私、貴方を捜しに来たんだから。」
「…え?」

顔を上げる。少女は笑顔を向けていた。
「何言ってるの?私、貴方に面識ないわ。それに…。」
「『妖怪に用のある人間なんているわけない』…でしょ?」
「!!」

「大丈夫だよ。私、この近くの寺に住んでる陰陽師なんだ。」
「陰陽師…?」
「といっても、まだ卵なんだけどね。」
陰陽師が未だに活動していることにも驚いたが、眼の前の少女がその陰陽師だとは信じられなかった。

「私は現世に降りてきた妖怪とお友達になって、住みやすいようにしてあげるのを役目にしているの。」
少女は手を差し伸べる。
しかし彼女は、その手を素直に握ることができなかった。
「死の瞬間」の記憶が、人を信用することを拒んでいたのだ。

「…ごめんなさいね。気持ちは嬉しいけど、私はお断りするわ。」
「え…?」
「人間に迷惑かけたくないのよ。それじゃ。」
立ち上がって去ろうとする。
しかし少女はその足をつかんで引き留めた。

「迷惑なんかじゃないよ。それが私の生きがいだから。」
彼女はため息を吐き、マスクをとった。
「…私がこんな顔でも?」

マスクの下に合ったのは、頬まで裂けた赤い口。
そう、この顔立ちにおびえる人間を何人も見てきた。
さあ、逃げなさい。軽い口をたたいたことを後悔しなさい。
そう思いながら、彼女は使った。

――『欲視力』――。

「うん。見た目なんて関係ないよ。」
笑顔で答えた少女の眼は、「口裂け女」を微塵も偏見していなかった。
寧ろその異形を、親しい友を見るように映していたのだ。
「…!?」

「それに、私にとっては妖怪が友達なの。」
「妖怪が?」
「私ね、陰陽師の逸材とかいうので、滅多に外に出られないの。だから人間の友達が少ないから、幽霊とか妖怪と遊ぶしかないんだ。」
「…。」

傷つくことを知らないわけじゃない。
その現実に「慣れて」しまい、残酷な現実に笑うことしかできない、少女の顔。
彼女は思い出した。自分は何故教師を目指したのか。
偏見や性格のせいで傷つく子供を救いたい。守りたい。
その一心で、今まで積み上げてきたのだ。

「だから、無理に来てなんて言わない。でも、私と友達になって。」
見上げる少女の視線を受け止めた彼女は、安心させようと頬笑みを浮かべた。
そして目線を合わせるようにしゃがみ、言った。
「分かったわ。優しくしてくれた人間は、貴方が初めてだもの。私にできることは何でもするわ。」

「今日からよろしくね、「主」。」





ストラウルの風を浴びながら、一人、屋上に立っていた。
持ち合わせていたパスケースから取り出したのは、「生前」の写真。
アースセイバーの面々に囲まれ、笑顔の自分が写っていた。

かつての笑顔は、とうの昔に奪われてしまった。
理由は知っている。知ってしまったのだから。
妖怪になってからも引き継がれた『欲視力』が、憎くて仕方がない。
でも、これを使わないとろくに戦えないのも事実だった。

「…『患者を救う(クランケ・ヘルパー)』ねぇ…。」
彼女は、主の頼みでついている男の名を口にした。
優しい笑顔が印象的な彼は、本当に元ホウオウだったのかと疑わしくなる。

しかし、彼の肩書は彼女にとって最も忌み嫌うべき存在だった。
「…おかしいわよね。肩書だけで偏見してしまうなんて…。これじゃ、私を忌み嫌った人間と同じじゃない…。」
写真を握りしめ、彼女は俯いた。
マスク越しに漏れ出す嗚咽。疑い深くなってしまった、自分への嫌悪だった。
「分かってる。千郷はそんな人じゃないことくらい…。分かってるはずなのに…。」

夢も希望も

メス一つで奪われた女は

悪いと分かっていながら

千の郷を進むのをためらう

細い指を引き導くは

101番目の――…?

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年05月14日 23:41