屋上のドアを開けると、綺麗な緋色に染まった空が私の目に飛び込んできました。
「わぁ、やっぱり綺麗…」
「そうですね」
え?
今、声が…
「ここですよ」
と、また声がしました。
私は声が聞こえた方を見ます。
屋上の出入口である建物の上に、白っぽいグレーの髪、光のないくすんだ金色の瞳をした男の子が座っていたのです。
その男の子には不思議で―――それでいでどこか、儚い雰囲気がありました。
その雰囲気からか、私は男の子に見惚れてしまいました。
「…何ですか?」
「あ、いえ!見かけない顔だなーって!!」
私ったら、一体何をやってるんでしょう。
もう穴があったら入りたい気分です…。
そんな私の様子に気づいてないかの様に、その男の子が口を開きました。
「…そう思いますよね、でも僕はここの生徒じゃありませんよ」
「え?」
じゃあどうやってここに―――と思ったその瞬間、私の頭に一つの結論が浮かびました。
―――
ホウオウグループ。
「あなたは…」
「ええ、ホウオウグループですよ」
私よりも先に、男の子が言いました。
そして何をしに来たのかと聞く前に、また男の子が先に言います。
「別に襲いに来たとかじゃありませんけど」
…じゃあ何しに来たんでしょうか。
私がそれを聞くと、男の子は答えました。
「僕、高い所が好きですから」
「高い所?」
「ええ、高い所から街を見下ろすのが好きなんです。僕にとっては夢世界ですから」
顔には微少が浮かんでいるのに、声にはどこか寂しさが入り交じっている様に聞こえました。
「あ、そう言えば名前言ってませんよね。僕は
ウツロと言います」
「え…あ!ごめんなさい!私も名前言ってませんでした!」
焦る私。
それを不思議そうに見る男の子―――ウツロ君。
「私はカナミって言います!因みに2年2組です!」
「2年…?」
「はい!」
するとウツロ君が建物から飛び下り、私の前に来ました。
…どこかで見たような展開な気がするのですが。
「…本当に2年ですか?」
「そ、そうですけど…」
少し沈黙が流れます。
それを破ったのはウツロ君。
「どう見ても中学生ぐらいにしか見えませんね」
「な…」
ホウオウグループの人にまで…ッ!
「本当に高校生の2年です!身長は150センチですけど、これでもれっきとした16歳です!!」
「…150センチ?」
「あ」
しまった…思わず本当の身長をバラしてしまいました…。
いつもなら154センチって嘘ついてますけど、本当はそれぐらいしか無いんです…。
「どうしてそんなに身長、気にするんですか?」
「だって、ウツロ君が今言ったみたいに、低いと高校生ぽくないですし…」
実際、初めて2年1組に遊びに行った時、
マサカズ君を始めとして皆さんに1年(中には中学生)と間違われた事がありましたからね…。
そんなに高校生ぽくないのかと、思わず泣いちゃいました。
「別に無理して、高校生ぽく振る舞わなくてもいいと思いますよ?」
「そうかもしれませんけど…只でさえ皆さんに普段から子供っぽいって、言われますから…」
しかもトキコちゃんよりある意味子供っぽいって…。
その時も泣いてしまいました。
「そうですか」
さも興味なさそうに、ウツロ君は私の前から離れ、フェンスにもたれました。
「…見ないんですか?」
「え?」
「夕焼け。こっちからの方がよく見えますよ」
「あ、はい」
私はウツロ君の隣に駆け寄り、同じ様にフェンスにもたれました。
「…綺麗ですね」
「ええ、でもストラウルの方がもっと綺麗ですよ」
「そうなんですか?」
「ここより見晴らしが良いですから」
「そう言えばそうですね」
そこから会話が無くなる。
ふと、私は疑問に思っていた事を、ウツロ君に聞いてみました。
「あの…どうして高い所から街を見下ろすのが、好きなんですか?」
「……」
沈黙。
答える気が無いんでしょうか…。
と思いきや。
「…僕、出来損ないなんですよ」
「出来損ない…?」
「ええ」
私の目にウツロ君の横顔が映る。
その表情はどこか悲しそうで儚く見えました。
「僕はフラスコの中で生まれた、兵器のなり損ないで…人間のなり損ないでもあるんです」
「そんな、なり損ないだなんて」
私は思わず反論しました。
だって、ウツロ君の事そんな風に思えませんから。
「人殺しの為に生まれて、欲しいと言ってないのに不死身もどきの身体を与えられて」
ウツロ君は私の言葉を尻目に続けます。
「生きていたって、何にもならないのに」
「そんな事言っちゃ駄目です!」
「駄目も何も、事実ですから」
自虐の笑み。
それを見た私の『心』に、痛みが走りました。
「そんな僕にとって、この世界は夢の世界であると同時に、拒絶される世界でもあるんです」
「拒絶される?」
「…僕は、人間になれませんから」
その時、私の目に、頭に、『心』に。
何かが浮かび上がりました。
それは―――ウツロ君の『悲しみ』。
「トキコさんやリオトさんの事…知ってますか?」
唐突にウツロ君が聞いてきました。
感じ取った『悲しみ』に気をとられていた私は、あやふやながらも頷きました。
二人がホウオウグループの人間である事を知っているか―――そう、聞いたはずですから。
「あの二人は外であった事を、よく話すんです。それも楽しそうに、キラキラした顔で」
その言葉に、私の脳裏にトキコちゃんとリオト君の顔が浮かびました。
二人の、笑った顔が。
「僕にはあんな表情は出来ない、それどころかそんな心すら、ない」
「……」
「だからいつも狂ってしまえばいいのに、でもやっぱり僕は…死にたいって、思うんです」
「死にたいだなんて―――」
「カナミさんでしたっけ」
私の言葉を遮るように、ウツロ君が私の名前を呼びました。
そう言えば、名前呼ばれたのは初めてでしたっけ。
「ホウオウグループの事をを知ってるって事は、当然能力者で、アースセイバーに所属してるんですよね?」
「は、はい」
「じゃあ…僕を殺してください」
「…今、何て…」
「だから、僕を殺してください」
「な…殺せる訳ないじゃないですか!」
「僕とあなたは敵同士なんですよ?それに生きていたって、良いことなんか―――」
「ありますッ!!!」
私は大声を上げます。
と同時に、私の目から涙が溢れ始めました。
「カナミさん…?」
「そんなっ…風に…自分を否定しな…で…下さい…」
上手く言葉が紡げません。
それでも私は続けます。
「私っ、分かるんです…人の心が」
「心…?」
「はい…私の能力、その人が一番…強く放っ…ている感情を、感じ取れるんです」
どんどん出てくる涙を無理矢理止めるように、私はそれを袖でゴシゴシと拭います。
「今、ウツロ君の心からは、『悲しみ』の感情を感じます」
「…!」
「それって、人間になりたくて、トキコちゃんやリオト君みたいに、本当に楽しい表情を浮かべられる心を持ちたくて…でも出来ないからそんな風に悲しんでるんでしょう?」
「……」
「でも大丈夫ですよ」
「え…」
私はウツロ君の手を取り、それに重ねるように自分の手を合わせる。
「ほら、ちゃんと温もりあるじゃないですか」
「…当たり前ですよ、生きてますし」
「そういう事じゃないですよ。よく手が冷たい人は、心が暖かいって言いますけど、私は逆だと思うんです。だってそうだったら、その温もりを人に与えられませんもの。だから、ウツロ君の心は暖かいです。ちゃんとした心を持つ人間ですよ」
そう言って、私はウツロ君を励ますように満面に笑顔を浮かべました。
「……あの」
「はい?」
「手」
「……きゃあーーッ!!ご、ごご、ごごごごめんなさい~ッ!」
私は何度も頭を下げて謝ります。
「もういいですよ」
ウツロ君が笑いました。
さっきとは違って少しだけ、少しだけですけど、楽しい表情に見えました。
「もう日が沈みますね」
「あ…本当ですね」
さっきよりも緋色が消えかけていました。
早くウスワイアに帰らないと、皆さん心配しますね。
「僕も帰らないと」
「え?」
「カナミさんだって、いつまでもここにいる訳にはいかないでしょう?」
「あ…そうですよね」
私は残念そうに俯きました。
…もうウツロ君とは話せないんでしょうか。
折角友達になれたと思いましたのに…。
「じゃあ」
と、ウツロ君が屋上から飛び降りようとしました。
そこで私は思わず―――。
「あっあの!」
「…何?」
「また会えますか!?」
私だって、ウツロ君と自分が敵同士である事は分かってます。
でも。
「何でそんな事聞くんですか?」
「またウツロ君と話したいんです」
私の言葉に、ウツロ君が少し驚いたような表情をしました。
「…物好きですね。その気になれば会えると思いますよ」
それを聞いた私は、満面に笑みを浮かべます。
「じゃあ、また会えたら一緒にストラウルで夕焼け見ませんか?」
「…会えたら、ですよ」
その言葉を最後に、ウツロ君は屋上から姿を消しました。
「…また早く会いたいなあ」
私はしばらく、その場にいました。
ウツロ君が去った方を見ながら。
最終更新:2011年05月18日 21:03