『母を奪われた獣』
「ミユカー!」
「おっ、シグたんおはよ」
土曜日のウスワイア、談話室。
朝早くから起きた
シグマは、ミユカがいる談話室にやって来た。
「朝から元気だねー」
「おう!」
「あはは」
ついこの間まで、明日死ぬか死なないか、ギリギリの生活を過ごしてきたシグマ。
そんな苦境もあり、こうして仲間と呼べる者とのんびり話せる時間は、シグマにとってかけがえのない物だった。
「あのさあのさ!俺、ちゃんと歯磨き出来るようになったぞ!」
「へえー!すごいじゃんシグたん」
「へへへっ」
獣同然に生きていたシグマ。
それ故に『人間として』の生活を知らずにいた。
周りの者、特にシノや莉絵からその術を教えてもらっていたが、中々上手く身に付けられなかった。
特に歯磨きは、歯磨き粉の味が気に入らないらしく、度々「ちゃんと歯を磨きなさい!」と怒る莉絵から逃げ回っていたぐらいである。
「でも歯磨き粉の味、嫌じゃなかったっけ?」
「莉絵がりんごの味に変えてくれた!」
「ああ、なるほどね」
林檎はシグマがウスワイアに来て、初めて食べた物である。
その時からシグマの好きな食べ物になっていた。
その事を思い出しながらふと、ミユカは前から疑問に感じていた事を聞いてみた。
「……ねえ、シグたん」
「何だ?」
「シグたんって…『お母さん』がいたの?」
「え?」
「私見たの。シグたんがお母さんって言いながら泣いてるのを」
「……」
シグマは押し黙る。
だがしばらくして口を開いた。
「…俺、昔の事あんま覚えてない。でも、『お母さん』の事だけは覚えてる」
「そうなんだ…」
自分よりも幼い時に、家族と生き別れになった少年。
もしかしたら、その温もりすら得られなかったかもしれない。
ミユカはそう思い、ある事を考え付いた。
「…お母さんに会いたい?」
「うん」
「じゃあ、私と捜そう?」
「え?」
ミユカの口から出た突然の言葉に、シグマは素っ頓狂な声を上げる。
「お母さんに会いたいんでしょ?」
「…でも、今どこにいるのか知らないし、無理だよ」
「そんなの問題ないよ! ここには、捜索に長けた能力者が結構いるし! ね、捜そう?」
「……うん、ありがとう
ミユカ」
「別にいいって」
ニンマリと笑うミユカ。
シグマもつられて笑う。
「とりあえず、助っ人集めから開始ーっ!」
「おう!」
「え? 手伝ってほしい事がある?」
シグマの母親捜しの為、ミユカとシグマは捜索に有利な能力者を集め始める。
そこでまず、二人は冬也の元へ訪れた。
「お願い冬くんっ!」
「別にいいですけど…その手伝ってほしい事って何なんですか?」
「俺のお母さんを、捜してほしいんだ」
「シグマ君の?」
「冬くんにばっかり負担はかけさせないからさ! 私もやるし、他の人にも手伝ってもらうからお願い!」
「…分かりました。手伝います」
「ありがとぉ~!我が後輩よ!」
「うわっ、抱き着こうとしないで下さいよ! …いいのは凪姉だけだし」
「え、何か言った?」
「いえ何も。で、シグマ君、どんな人?」
「えっと…俺と同じ巻き毛。あ、でも俺と違って長かった!」
「長い巻き毛、と。他は?」
「目の色が葉っぱと同じ!」
「葉っぱ…緑色って事か…」
「後、白いひらひらしたやつがついてる、『わんぴーす』着てた」
「白いひらひら?」
シグマなりの解釈の言葉を理解していた冬也だが、今度はそれが出来なかった。
「ひらひら…」
そこでミユカが閃いたような表情をする。
「レースの事かも!」
「あ、なるほど」
「それぐらいしか…覚えてない」
「いや、これだけでも充分だよ」
「さっすが冬くん!」
「別にミユカさんに褒められても嬉しくないです」
「むう、可愛いくないなあ~」
「別にいいです。今から捜すので、出てくれません?」
「はいはい。じゃあシグたん次行こうか」
「うん」
「その子の母親を捜して欲しい、ねえ」
「うん」
次に二人が訪れたのは特殊能力を持つ探偵、天河 星の探偵事務所。
捜索に長けた能力者ではないが、彼女は探偵の肩書きを持っている。
「特徴は?」
「えっと…長くて茶色い巻き毛に緑色の目、白いレースがついたワンピースを着た人」
「巻き毛…緑色の目…ワンピース…と」
「急に頼んでごめん」
「いいよ、暇過ぎて退屈していたとこだし」
「…依頼、全然来てないんだね」
苦笑混じりの表情で言ったミユカに対し、星は「うるさい」と反論した。
「これ、私の携帯の番号ね。何か分かったらここに電話して」
「はいよ」
「シグたん、最後行こうか」
「うん」
「? どこに行くつもり?」
星の疑問に、ミユカは悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。
「極道一家!」
最終更新:2011年05月31日 21:02