・「なれそめ」の続き
・セブンスドラゴンの世界。10年後設定。
・眼鏡メイジ(グラスト)×ルシェ侍(ナムナ)
・独自設定、ネタバレあり。エロ無し。エロ無し。
・名前だけはちびキャラ準拠。名前"だけ"。
・相変わらず好き勝手やってる。
グラストは、ナムナが好きであった。正直に言うならば、今すぐにでも求婚したいくらいに好きであった。
それならとっとと落としにかかりなよ、何うだうだと恥ずかしがってナムナを悩ませてるんだよバカなのアホなのヘタレなの? というのはケビンの言葉だ。グラスト自身も心底同感である。我ながら情けないにもほどがある。
分かってはいるのだが、情けないとも思っているのだが、少しばかり言い訳を許してほしい。
普段の姿から誤解されやすいが、グラストは、内向的な性格である。幼いころから、多くの人に囲まれるよりは一人静かに書物の項をめくっている方が好きであった。
人付き合いそのものが嫌いというわけではない。が、人と関わるとなるとどうも尻込みしてしまって、ある程度打ち解けた相手でないとひどく緊張してしまうのだ。
敬語を使うのだって、初対面の相手に不快感を与えることがないよう自分なりに工夫した結果だ。それが習慣として身に付いてしまって、親しい相手にも自然と敬語になってしまうのは予想外の付属結果だったけれども。
それともう一つ。上記した理由とも関係があるだろうが、グラストは、生まれてこのかた恋愛というものから非常に縁遠かった。
学者である親元に居た時も、もっと勉強したいとプレロマに行った時も、多くの書物や先輩方の話に夢中で、いわゆる若者らしい、"イロコイザタ"というヤツを体験したことは一切ないのだ。お前は優秀だけど色気がない、という言葉を貰った回数は、両手両足の指を全部足してもまだ足りない。
初めてナムナに会ったときは、それはもう、驚いた。
こんなに美しい人が存在するのかと、以前アイゼンの書物で読んだ"天女"とはこの人のことを指すのではないかと、本気でそう思った。呼吸すら忘れていた。
凛とした声で自己紹介をされ、快活な笑顔を向けられた時は、もう、なにをどうすればよいのかまったく分からなかった。
それなりに蓄えてきたと自負していたはずの知識など、彼女の微笑み一つにすらなんの対応策も与えてくれなかった。
訳の分からない混乱に呑み込まれたグラストであったが、同時に、ナムナのことをもっと知りたい、とも思った。こんなに強い興味だの執着だのを一人の人間に対して持ったのは初めてだった。
とはいえ、性格上、自分からナムナに関わることなど不可能だと分かりきっていた。
彼女と一緒にいると原因不明の混乱が襲ってきて、頭の中が真っ白になって、妙なことを口走りそうで恐ろしくもあった。
そこで、とりあえず、他の人と接しているのを観察してみた。学問の基本は観ることである、というのが恩師の言葉であり、グラスト自身の座右の銘でもあったためだ。……今考えると、人に対してもそれをするのは、やめた方が良かったような気もするが。
ともかく。一週間ほど観察した結果、ナムナはとても尊敬できる人だということが分かった。
男勝りとかじゃじゃ馬とか。散々なことを言われることが多い彼女は、明るく快活で元気が良いのと同時に、とても繊細で心の優しい人であった。
同じハントマンの連中と豪快なやり取りをする一方で、困った顔をしている人がいたらすぐに声をかけ、彼女に出来ることで協力する。
行軍中は、明るい笑顔でメンバーの士気を高める傍ら、密やかに咲いている小さな花に頬を綻ばせる。
どんなに酷い揶揄だろうと笑顔で受け止めて笑い話にしてしまう――きっと、自覚していようが無自覚だろうがそれを分かっているから、皆遠慮なしに関わるのだろう――ほど懐が深いのに、影では自身の体躯や性格について悩んだり落ち込んだりもしている。
そんな彼女を自然と目で追ってしまうようになるまでにさほど時間はかからず、力になりたいと思うのにさほど時間はかからず、普通に話せるようになるのは――いったいいつになるだろうか。
長くなってしまったが、つまり、だ。
グラストは、ケビンの言葉を借りるならば
「一目惚れして性格知るにつれてより惹かれちゃって、意識しすぎてまともに目線すら合わせられなくなっちゃったんでしょ?ほんとなんなんだよ君」
という状態にあるのだ。
そんな想い人が、目の前でマッドレオに襲われ、道を踏み外し、夜の闇に覆われていく山の中に落ちていってしまった。なにもできずつっ立ったままのグラストの目の前で。
どうやら自分は、バカでアホでヘタレな上に、最低最悪なクソ野郎だったらしい。何で私を襲ってくれなかったんだマッドレオ。
頭の端の妙に冷静な部分でそんなことを呟きながら呪文を紡ぐ。右手の中心にマナを凝縮し、炎の塊に変換させていく。炎属性の魔法の基本、フレイムだ。
「ナムナ…ナムナっ…!」
「お、おちつけモモメノ! このままじゃオレたちも…!」
「でもっ、ナムナがっ!」
今にも泣きそうなモモメノと彼女を守ろうとするヤックにマッドレオが目線を向けた。刹那。
「――消えろ」
この時のグラストの姿を、後にヤックとモモメノはこう語る。
「死神の方がまだ可愛げがあると思った」「…グラストだけは、怒らせたらダメ、だとおもう…」
掌ほどの大きさの火球はマッドレオに触れた途端に爆発し、一瞬で大きな炎のうねりとなって獣の王者を呑み込んだ。
断末魔を上げる時間すら許されず僅かな燃えカスになったそれには頓着せずに、グラストはナムナが滑り落ちた箇所を覗き込む。深い緑と山肌が見えるばかりで、鮮やかな金色や青色は見つけられなかった。
即座に振りかえり、未だ呆けたままのヤックとモモメノに目を向ける。
「…誠に申し訳ありませんが、今回の依頼、途中放棄という形にしていただけますか」
「へ?……ああ! そりゃもちろんだ! 当たり前だそんなの!」
「グラスト、行こう?」
必死に駆け寄って来る二人に好ましさを感じつつ、今すぐにでも駈け出しそうなところを押し止める。
ついでに、念のためにと持っていたエクスポータを手渡した。
「お二人は、これを使って離脱してください。夜のトドワ山岳はより危険です。日が落ちきる前に、どうか」
「はあっ!? なに言ってんだよグラスト!? じゃあ、ナムナはどうすんだよ!? おまえ一人で助けに行くつもりか!?」
「依頼を受けた者として、依頼主を必要以上の危険に合わせるわけには参りません」
「おまっ…頭いいと思ってたけど、訂正する! おまえはバカだ!筋金入りのバカだ!!」
「グラストっ…!」
思いっきり掴みかかってきたヤックを引きはがし、非難の色を滲ますモモメノの瞳を見つめ返す。
「…その上で、あなた方に、お願いがあります。どうか、我々のギルドのメンバーに、この状況のことを伝えていただけないでしょうか?」
「……え?」
「彼女をこのまま放っておくわけにはいきません。が、私と、ここから落ちた彼女の二人だけでは、自力で脱出することも難しいと思うのです。救助が必要ですが、そのためには、誰かがこの現状を伝えなくてはなりません」
聞きとれる範囲の早口でまくしたてると、二人は同時に目を瞬かせる。こんな時でさえ息ぴったりだ。
「早い話が、あなたたちには救助の人を呼んできてほしいのです。私が手紙を書きますから、それを"クラフター"の誰かに渡してください」
かなりざっくり説明し、過去最速でペンを走らせた羊皮紙をモモメノの手に握らせると、ようやく二人の表情が輝いた。
自然と緩んだ頬はそのままに、二人の頭を数度撫でる。きっと、彼女であれば、こうするはずだ。
「っ、分かった! すぐに呼んできてやるからな!」
「ぜったい、怪我しないでね…? ナムナも、グラストも、死なないでね…?」
手紙をぎゅうと握りしめたモモメノに微笑んで、ヤックには頷きを返す。
グラストとナムナの荷物を肩にかけ、出力を絞ったフレイムを杖の先に起こせば準備は完了だ。
「…では、そちらはお願いします」
もう一度だけ笑ってみせ、中々に急な斜面へと飛び込んだ。
岩や木の根、時には斜面に生えている木の幹そのものを足場にしながら、出来る限りの速度で斜面を駆け降りる。念のため周囲に視線を走らせながら進んでいるが、見えるのは緑と茶色と灰色だけだ。
グラストが見た時にはもうナムナの姿は見えなかったのだから、おそらく、受け身を使いながらも一直線に落ちていったのだろう。
斜面がなだらかになれば、見つけられるはずだ。合流して、安全な寝床を確保できさえすれば、なんの問題もない。……もっとも、彼女が生きていればの話だが。
「っ……!」
最悪の可能性が頭をよぎって思わず奥歯を噛みしめた。
今は彼女を見つけるだけを考えろ、と自分に言い聞かせ、足元の岩を蹴って加速する。
体感は数十分、実際は数十秒程度の急斜面下りを終え、ひとまずたどり着いたなだらかな場所で辺りを見回すも、ナムナの姿は見当たらない。
耳を澄ませてみたが、聞こえるのは、グラスト自身の荒い呼吸音と、アナサキやナイトホークの鳴き声、それから水が流れる音だけだ。近くに川があるのかもしれない。
「っ…ナムナさーん!」
大声で叫んでみても答える声はない。空を見上げると、木々の隙間から見える夕焼けはいよいよ濃紺に染まってきて、否が応でも焦りが増した。
「ナムナさん、グラストです! 聞こえますか!?」
ひとまず水音のする方向に向かって進みながら、もう一度声を張り上げる。
モンスターの居る場所で大声を上げるなど自殺行為に等しいが、そんなことを気にしている余裕は今のグラストにはない。
「くそっ…ナムナさーん!!」
再三名を呼んでみても、帰って来るのは自然が起こす物音だけだ。
いったいどこにいるのか、生きているのか、無事なのか、怪我をしているのか。
もしかしたら、聞こえていても返事が出来ない状態なのか。
考えれば考えるほどに堪えきれなくなって、地面を蹴って駈け出した。
周りを見回しても、目に入るのは、緑、茶、灰色。鮮やかな金色は、見つけられない。
急に視界が開けて思わずたたらを踏んだ。ゆるやかに流れ行く川が行く手をふさいでいる。
反対側だったのか、もしくはあの場では止まりきれず――
「くそっ!」
即座に踵を返したグラストだったが、
「あれ、グラスト?」
探し求めていた人の声が聞こえて、つんのめりつつも再び振り返る。
彼の目に、片足を川に差し込んだまま、きょとんとしてこちらを見るナムナの姿が飛び込んできた。
「ナムナさんっ!」
「ど、どうしたんだい? そんなに慌てて」
らしくないねぇ、なんてのほほんと笑う彼女に、色々と言いたかったはずのことは全部飛んで行ってしまう。
こんな状況だっていうのに、どうしてここまで呑気というか、おおらかというか、胆が据わっているというか……。
張り詰めていた緊張の糸が優しく解されていって、グラストは知らぬうちに柔らかい苦笑を浮かべていた。よたよたと彼女の隣に座り込む。
「…なんでもないです。お怪我はありませんか?」
「あー…実は、ちょっと足首ひねっちゃってさ。まぁ、そんなに大したことは…」
「失礼します」
ナムナの"ちょっと"や"大したことない"は信用できない。
言い終える前に水の中に入れられていた足を覗き込む。右足首は酷く腫れ、青紫どころか黒に近い色に変色していた。これのどこが"ちょっと"なのか小一時間ほど問い詰めたい。
「…とりあえず、食べてください。僅かでしょうが、痛みが引くと思います」
「え? い、いいよそんなの。あたいなら大丈夫さ。怪我にも慣れてるし…」
「お願いですから」
半ば強引にパロの実を口の中に押し込んだ。もっと良い物を使いたいのだが、主な回復薬はヤックとモモメノの荷物に入れられたままなのだ。そんなことすらも確認する余裕が無かったあの時の自分に、呆れると同時に最大火力のフレイムをぶつけてやりたくなる。
足首の色は、微妙に青紫に近付いたような気もしなくもないが、それでもまだ酷い傷のままだ。かといって、今ここで全てのパロの実を消費しては、万が一の時に取り返しのつかないことになるかもしれない。
仕方ないと溜め息をついて、もう一つだけナムナの口に押し込んでから残りを手渡す。
「痛みがひどくなったら食べてください」
「だ、だけどさ…」
「それと、ひとまずの応急処置をしておきたいので少しよろしいですか?」
「……うん」
少々強引だとは思ったものの、空はもう月と星の時間が始まっている。とにかく急いで安全に休める場所を探さなければならないのだ。
薬草と太めの枝と臨時の包帯で足首を固定する。グラストが自身のハンカチを引き裂いた時は物言いたげになったナムナも、痛み故か大人しくしていたためすぐに終えることが出来た。
それから、二つの革袋に水を汲み、やたら遠慮するナムナにマントを着せ半ば強引に背負って歩き回ること数分。
幸いなことに、数人程度ならゆったりと休めそうなほら穴を見つけることが出来た。マモノの気配もないし、ここなら雨が降っても安心だ。
ナムナが休めるスペースを確保してから枝を集めて火を起こし、その上に金網と水を入れた金属鍋を置いてお湯を沸かす。
大分遅くなってしまったけれど、一応は安全な場所で夕食にありつけるのは有り難い。
「ヤックさんとモモメノさんのお二人ですが」
「うんっ!」
一番気にしているであろう二人の名を出すと、予想通り、ぴんと耳を立てて身を乗り出してきた。
「エクスポータを渡して、ギルドに手紙を届けてもらうよう頼みました。平原の敵程度なら危険はないでしょうから、おそらく、ここよりも安全な場所で休めていると思います」
「…そうかい。…よかった…」
心底安堵した様子のナムナに笑みをこぼしつつ、ラビの燻製肉を一口大の大きさに切り取って鍋の中に入れる。
「手紙には、私たちがいるであろうおおまかな場所も書いておきました。手紙を受け取り次第こちらへ向かってくれるでしょうし、万が一があったとしても、イグジットを使えば脱出することは出来ます。もちろん、怪我が良くなったらの話ですが」
「分かった。あたいは大人しく治療に専念するよ」
「お願いします」
ある程度煮立ったところで、穀物を油だの芋だのなんだので固めたものも鍋の中に入れる。
そのまま食べることもできなくはないが、こうしてスープに入れてふやかした方が美味しいのだ。単品だと、ハルカラ曰く「お肉の味がついてない骨をかじってるみたいな味」がするのである。
香ばしい良い香りが漂って来たところで塩を入れて味を整える。もう少し火を通せば完成、というところで、
「……グラスト、本当にすまない」
不意に、ナムナが頭を下げた。
それはこちらの台詞だ、と言おうとしたグラストだが、顔を上げた彼女の瞳が存外弱々しく揺れていて思わず口を閉じてしまう。
「あたいが油断したばっかりに、仕事も失敗して、あんたまで危険なことに巻き込んでしまった。おまけに足なんて怪我して…お荷物以外のなんでもないじゃないか。迷惑ばかりかけて……本当に、どうやって詫びればいいか……」
唇を噛んで俯くナムナに、なんと返事をしたものかと眉根を下げてしまう。
迷惑などではないし、そもそも、こんな状況になってしまった責任はグラストにもある。だが、それを言ったとしても、責任感の強い彼女は自分だけを責めてしまうだろう。そんなことは望んでいない。
どうしたものかとぐるぐる頭を回していると、ふと、中々卑怯な手を思いついた。一瞬躊躇するが、下手に慰めるよりは幾分かマシだろうと自分を納得させる。
「…実を言うと、私もあなたに謝りたいことがあります」
「……へ?」
そんな返事は予想していなかったのだろう。きょとんと首を傾げるナムナを見つめ返す。
「あなたに、今まで、大変失礼な態度を取ってきてしまいました。本当に申し訳ありません」
ぺこりと頭を下げるとナムナは目に見えて動揺した。このタイミングでそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。グラストも、こんな、自分が絶対的に優位な状況で言いたくはなかったが。
「待った待った、なんであんたが謝るのさ。頭を上げておくれよ!
ていうか、失礼な態度って、いったい何のことだい?」
「せっかく話しかけていただいたのに、目も合わせずまともな返事もせず、挙句、あなたのことを避けてしまいました」
「ぁ…。…で、でも、その…だって、そんなの、仕方ないだろ? 嫌いな相手にまで良い顔すること、ないじゃないか」
「嫌いなわけではありませんっ!」
ああやっぱりそう思いますよね、でも勘違いなんだごめんなさい! と頭を上げるのと、火にかけたままの鍋がぐらぐらと溢れかかったのはほぼ同時であった。
「しまっ、うわ熱っ!?
な、ナムナさん、ちょっと待ってくだ、わああ待て待てこぼれるなぁ!?」
「……え、あっ、ご、ごめんっ! ほんとにごめんグラス、痛っ…!」
「動いたらいけませんって! ちょ、ちょっと待ってて下さい!」
「あ、ああ!」
辛うじて夕飯が台無しになるのを防ぐものの、温めすぎたスープは火からおろした後もぐらぐらと煮立っているので暫く冷ますことにして、もう一度ナムナに向き直る。
「…ええと。私の言動では、そう思われてしまうのも無理はないと思いますが、誤解です。私は、ナムナさんのことが嫌いなわけではありません」
「ほ、本当かい?」
「本当です。大体、嫌いな相手のためにここまでしたりはしません」
「で、でも、あんた優しいじゃないか」
「光栄ですが、買い被りすぎです。私はそこまでできた人間ではありません」
「親切にしておいて裏切るほうが、相手のショックは大きいって聞いたことあるぞ?」
「…そこまで鬼畜な人間でもないつもりです。というか、誰に聞いたんですかそんなこと」
「ケビン」
「……そうですか……」
あの鬼畜メガネ…と思わず額を押さえるも、ナムナは未だ不安そうだ。
それだけのことをしたのだ、と自分に強く言い聞かせて、せめてヘタレくらいは汚名返上すべく口元を引き締める。
「ナムナさん。私は、あなたのことを、心から…尊敬、しています」
「え?」
……嘘は言っていない嘘は。
「いつも皆のことを励ます明るさも、剣術の巧みさも、人のことを心から思いやる優しさも…。他にもたくさんありますが、どれも、私が持っていないものばかりで憧れましたし、素晴らしい人なのだと尊敬いたしました。…もちろん、今も」
「い、いや、そんな…あたいなんて、人様から尊敬してもらえるようなヤツじゃないよ。グラストの方がよっぽどすごい人じゃないか」
「ありがとうございます。ですが、私にとって、ナムナさんはすてきな人です。それは、なにを言われようと変えられません」
「っ……そ、そこまで言ってもらえるのは…うれしいよ……ありがとう」
頬を染め耳をへにゃりと伏せ、はにかんだ様子で微笑むナムナは、それはもう可愛らしい。
見惚れかける自身を叱咤して、もう少しだけ踏ん張ってくれと羞恥心を押しのけた。
「実は、あなたに無礼な態度をとったのも、緊張してしまうからなんです」
「緊張? どうしてさ?」
「その…憧れて、尊敬している人相手の前で、なにか粗相をしたらどうしたものかと」
「粗相って…あたい、べつにそんなこと気にしないぞ?」
「知っています。ですが、頭では分かっていても、中々…。…結果として、あなたに無礼を働いてしまって…何と言ってお詫びをすれば良いのか…」
我慢できずに視線を落とすと、しばしの沈黙の後、小さく噴き出す声が聞こえてくる。
「…ナムナさん?」
「ふっ…くくっ…あ、ああ、すまない。なんだか、一気にバカバカしくなってきちゃってさ」
「ええと…?」
「あたいたち、上手い具合にすれ違ったもんだと思ってね。ここまで見事なのも中々ないんじゃないかい?」
「…それは、そうかもしれませんね」
その原因を作ったのはグラスト自身であるのだが、楽しそうにくつくつと笑うナムナを見ていると一々蒸し返すのも野暮な気がして曖昧な笑みを浮かべた。
思い切り罵られたとしても文句は言えないのに、あっさりと笑い話にしてしまうのだ。なんというか、敵わない。
「…そういうわけなので、あなたを嫌っているわけではありません。今回のことも、私がやりたくて勝手にやっていることですから、迷惑だなんて思いません。そもそも、私にだってこうなった責任はあります。だから、あまり気に病まないでください」
一息で言いきってようやく冷めてきたスープをよそい、渡す。受け取ったナムナはずいぶんと晴れやかな顔をしていた。
「分かった。その言葉に甘えさせてもらうよ。その代わり、あんたもこれ以上は気にしないでおくれ。尊敬のあまり緊張してしまったなんて、可愛い話だ」
「…そう言っていただけますか」
可愛いと言われるのは複雑だが、にこにこ笑っている姿を見ると、まぁこれはこれでという気分になってきて我ながら現金だと笑ってしまう。
自分の分もよそって手を合わせ、温かいスープに口をつけると体全体が解れていく感じがした。
「それにしてもあんた、意外と人見知りするっていうか、緊張しいなんだねぇ。全然分からなかったよ」
「はは、うまいこと隠せているようでなによりです」
「もうばれちまったけどいいのかい?」
「それはそれで」
少しおどけて笑ってみせると、つられたのかナムナも笑顔を零す。
彼女の中での"すごい人"の印象は音を立てて崩れていってしまっただろうが、今の表情を見ていると、そんなことは吹けば飛ぶほど些細な問題だとグラストは思った。
短所を隠そうとして彼女の笑顔を曇らせるよりも、馬鹿みたいな姿でも何でも見せて、情けないヤツだと笑われる方が万倍も良い。
なんといったって、ナムナの笑顔はいっとう大切なものなのだから。
「ところでさ、グラスト。一つ言いたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「…あたいのことも呼び捨てにしてくれないか?」
「……呼び捨て、ですか?」
「嫌ならいいんだけどさ。ほら、ギルドのメンバーで呼び捨てじゃないの、あたいだけだろ?」
「その…ええと、ですね…」
「……なんか、あたい一人だけ仲間外れみたいで、寂しいんだよ」
「承知しました、ナムナ」
「よし!」
救助隊がやって来たのは、二人が遭難して三日目の朝だった。
あまりの速さに驚く二人に、珍しく肩で息をしているケイトは不敵な笑顔で言い放った。
「仲間の危機だ。空を飛んででも駆けつけるさ」
この人って不思議なところで乙女なんだよなぁ、とグラストは思った。思うだけで言わないでおいた。
ケビンの迅速な治療のおかげでナムナの傷はすっかり良くなって、半泣きで飛びつくヤックとモモメノの二人をしっかりと受け止めていた。
そこにハルカラが加わったときは流石に耐えきれず潰れていたが。三人分の体重と武器重と防具重は辛い。
この仕事を言い渡された時は困ったし、ナムナが落ちた時は死んだ方がマシだとも考えたけれど。グラストは思う。
結果的に見れば、ナムナは無事だし、ギルドの面々は頼りになると改めて確認できたし、新しいメンバーを二人も迎えることが出来たしで、良いことの方が多かった、のかもしれない。ナムナとのすれ違いも解消できたし。……いや、でも、やはり。
「グラスト? なにやってるんだい、ほら、行くよ」
「あ、はい。すぐに行きます、ナムナ」
目の前でこの人を失うなんてこと、もう、二度とごめんだ。
「…うん。もっと頑張ろう」
大きく頷いて、雄大にそびえたつトドワ山岳を後にした。