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一旦の終了編。以下人名対象一覧
カエラ:第一人称。デコログ。
姉御:女サムライ。カエラの師匠?名前はサクハ。
彼:眼鏡平。名前はアルフレッド。
リーダー:ファイター。
副長:緑ナイト。
ギルマス:帽子メイジ。
姫ちゃん:偽鬱姫。
・エロなし
・ヤマなし
・下らないおまけつき

「はー、きれいになった」
さわやかな風の吹き込む部屋を満足げに見渡し、掃除用具を片付ける。
あたしはギルドホームの自分の部屋でたった今掃除を終えたところだった。
まあね、ほんとは決戦の前に身の回りを片付けるってのがお約束だと思い出して
遅ればせながらもお掃除しますかみたいな気分で始めた訳だけど。
「新しい毎日の始まりだと思えばまあいっか」
あたしは雑巾の入ったバケツを取り階下へ下りた。

……まあ、そんなわけで人類とドラゴンとの戦いは終わりを告げた。
第何次なんとか大戦……とかあの戦いを呼ぶ動きもあるらしいけど、そんなのはあたしに関係ないことだ。
結局、あたしも無事に生き延びることが出来たわけだから。……カザン防衛作戦でサクリファイスを使おうと
していたのがバレて大目玉を食らった上スキルリセットさせられたのはこのあたしですがそれが何か?
……結局あのあとあたしはどてっぱらに空いた傷のせいで一ヶ月の間安静を強いられた。
まあ一歩間違えれば内臓でろりの上半身と下半身がさよならした惨殺死体になっていたと思えば軽いもんだけど、
とはいえ内臓の詰まった腹をあの巨大な爪に貫通されたわけで、それはもう大変なことになっていたとか。
マナによる治癒でふさがっていた傷を開くや否や大出血、てんやわんやの大騒ぎだ。
あんちきしょう、子供が産めない体になっていたらどうしてくれる。
こっちも右目を抉ったからおあいこだけどね。
そうそう、あれをやったのがあたしだと知れると王者の剣には微妙に感心された。
なんでもあたしは『大統領と同じ、二番目にキングの右目を潰した女』らしい。
よく分かんないけど大統領と同ってのが気分がいい。もしあたしに子供が出来たら自慢しよう。
そんなわけで治療のあともしばらくはまともなものを食べさせてもらえず毎日のように
もう治ったでしょと泣きついてたけど、あまりの退屈さに姉御とバカ話をやって
大笑いした拍子にお腹がズキズキと痛み始めたときはどうしようかと思ったね。
ま、でも、そんな傷を受けたにもかかわらず腹部の表面には傷跡一つ残ってないんだから
……ファンタジーってすごい。

さて、台所に入るとそこにはなにやら麺棒で生地を伸ばす姉御の後ろ姿があった。
鼻歌なんて歌っちゃってご機嫌だ。
「るっるーるるっるるっるっ、るっるっるーるるっるるっるっ、
 るっるーるるっるるっるっ、るっるっるるーるるー、
 雪がチラチラクリスマス、町にキラキラ灯がともりゃ、
 酒っに浮かれた愚か者ぉーーっ、ワンサカ!ワンサカ!繰ーり出しっますわ!」

……あ、本気歌いになった。
ともあれそのまま突っ立っている訳にもいかないので保冷庫を開けつつ声を掛ける。
「心にっ決めたあの方は、そんな不埒じゃ……」
「ご機嫌だね姉御」
「わひゃっ!?……おおおおおまいつから!?」
「ついさっき。ってかそんなに驚かなくても」
「ーっ!、オホン!ゴホン!……まあなんだ、腹はもういいのか」
「バッチリだよ。姉御こそ腕は?ちゃんと動く?」
「見ての通りだ」
そういって姉御はひらひら左腕を振ってみせる。

あの化け物に食い千切られた腕は、いい具合に傷口が鋭利だったことと
処置、治療がよかったおかげでどうにか元通り動くようになっていた。
「……こっちはさすがに痕が残っちゃったけどね」
「ん?」
「あ、ううんなんでもない。ところで姉御なに作ってんの?ソバ?うどん?」
「いいや、ピザだ」
「……さいですか」

冷えたお茶をグラスに注ぎ、リビングに向かいながら考える。
人類滅亡だなんだと騒ぎ立てはしたけどこの戦いも終わってしまえばこんなものだ。
第一、あたしは『新たなる英雄』のギルドネームすら知らないのだ。
『新たなる英雄』。
とりあえず実在はする(一緒の作戦にも参加したし)、
いくつかのパーティで構成された大統領府直属の先鋭ギルド。
大活躍の割にはカザン以外での一般人知名度は意外と低く、あたしも詳しくは知らない。
というか会った事はあるかもしれないけどその中にいたか分からない。
とはいえその実力は凄まじいまでにホンモノで、
設立間もなく大統領にその秘めた可能性を見出され、それを証明するかのように
国立ミッションを立て続けにクリア。その後フロワロにやられて三年間昏睡状態に陥るも
目覚めるや否や最初の帝竜を潰してカザンを奪還、その後も世界を駆け巡り
大戦の間に斬ったドラゴンの総数実に666匹というまさに生ける伝説だ。
「……ちなみにウチのスコアは?」
「87匹……」
リビングのテーブルにぐったりと突っ伏したギルマスが答えた。
「まあ……三人で二百匹を超えるドラゴンを倒した王者の剣とは比べ物にならないけど……
 一人当たりのドラゴン討伐数からいってもウチはかなり上位だと思うよ……?」
「はあん……それはいいんだけどね」
ところでギルマス。

「……さすがにだらけすぎじゃない?」

人間とドラゴンとの戦いが終わってからというもの、ギルマスは気が抜けてしまったのか
もう溶けるんじゃないかってくらいぐうたらの限りを尽くしていた。
リビングにあるこのテーブルに突っ伏したままぴくりとも動かず、気付けば寝息、
ときどき目を覚まして差し入れられた食べ物を寝たまま食べ、また寝、
たまにトイレに立ち、戻ってきて寝、何か思いついたことがあるとノートに書き、そして寝る。
……何故自分の部屋で寝ないのかは謎だ。
「んー……分かってはいるんだけどね……気力が出ないんだよね……」
「気力があってそれだったら病気だって。ほら、なんでそんなやる気がないかな?」
「はーー……」
ごろり。
ごろり。
いくらかの間追加でぐうたらし、おもむろにギルマスは顔を上げた。
「……つまりねー……冒険屋は冒険してないと死んじゃうんだよー……」
「はい?」
「きみがウチに入る前にいっぺん話しただけなんで忘れてるかも知れないけど、
 僕達は今こそハントマンとして活動してはいるが本来は冒険屋なんだ」
「そうだっけ……?」


「で、簡単にまとめると。ポータルの使用許可は取り上げられ、船もなく、
 飛空挺なんて夢のまた夢で、しかも大戦中に行ける所はあらかたまわってしまったために
 もはや冒険できる場所がなくなってしまい、それでやる気をなくしていると」
「まあそんなとこ」
「でもさー、しかたないことなんだし我慢して普通にクエスト受ければ?
 いくらなんでもほんとに冒険しないと死ぬわけじゃないでしょ?」
「死ーぬーのー……」

「……(やれやれ)
 ってもねー、実際姉御やリーダーは元気にしてるじゃん?」
「君にはあの二人が元気に見えるのかい……?」
「へ」
「あの二人も僕と同じ生粋の冒険屋だからねー、見た目には分かりにくいけど凄く気力が落ちてきてるよ」
「……マジですか」
「ファイターはテンションが下がって妙に行動が爺臭くなってきたし」
「自分より重傷だった副長が先に復帰したからヘコんでるのかと思ってたよ」
「まあそれもあるけど」
あるんかい。
「サムライなんかおにぎりを作ろうとしてるのかと思いきやパエリアだし」
それは不調なんだろうか?
「とにかく、僕達の存在意義が危機にさらされていることはわかってほしい」
「はぁ……」
とりあえず返事して考えてみる。
最近ギルド内の空気がおかしいなとは思っていたけど、ここのところの
年長組の様子を思い返せば思い当たることはないこともない。
「じゃ……どうすんのさ?参っちゃったのは分かるけど?」
「そうだな……
 ………
 ……………ギルドを畳んで故郷(くに)に帰ろうかなって、ファイターやサムライと話してた」

「………!」

「あそこには僕達の冒険屋としてのルーツがあるし、鍛えなおしながらあそこで
 新たなる冒険への準備をするのもいいかもしれない。なんだかんだ言って
 こっちに来てからというもの仕事としての冒険ばっかりで僕達の腕も鈍ってきてるし」
「……」
「あのころはサポートなんかじゃなかった、僕達ひとりひとりが最前線だったからね。
 わりと不測の事態で命の危機に陥ることも多かったけど切り抜けて……うん?」
「……じゃ、さ。地元に帰るとしたら……このギルドはどうすんの?ギルドホームとか」
「そうだね……約束通り『ルールブレイカー』に引き渡すことになるね」
「そう……
 ……?
 ちょちょちょっと待って。次から次へと話が急すぎて付いていけないんだけど、ルールブレイカーって何?」
「あれ、ああ!そういや話してなかったね!どこから話したもんだか……
 まずは僕達がこっちに来たときの話と、このギルド『ピースメーカー』について話をしないと」

おしゃべりしているうちに少し調子が出てきたようで(ウチのギルマスはこういう人だ)
応接間のソファーに場所を変えつつギルマスはカザンに来たばかりの頃のことを語りだした。
「……僕達がこのカザンにやってきたとき、取れる選択肢は二つあった。
 ひとつはどこにも許可の要らない、個人ギルドとしてやっていくこと。
 もうひとつはギルドオフィスに登録してカザン国属ギルドになることだ。
 まあ実際選択肢なんてあってないようなものだったけど……
 ハントマンによって作られたカザンという国は、逆に言えばハントマンが
 お互いに助け合うための組合としての側面が大きい。
 ギルドオフィスに登録すれば理事会……つまり大統領府の意向には逆らえなくなるけど、
 そのかわり仕事を斡旋してもらったりハントマン用の情報提供を利用できたり
 そのメリットは極めて大きいんだ。そもそも他の国ではハントマンという職業が
 社会的に認められていないこともあって、バックを持たないハントマンはすべからく
 カザン大統領府の指揮下に入るより他にないと言える」
「で、ギルマス達もギルドオフィスで登録しようとしたわけだ?」
「そう。だけどここで大きな問題があった。ぶっちゃけお金がなかった。
 ギルドとしての体面をととのえるのはおろかハントマンとしての体裁を繕うことも出来なかった」

ぐっ……なんか心が痛い。
お金がない。そのワードはあたしに嫌でもスリをやって捕まったあのときを思い出させた。
「……なんか昔のあたしを思い出して居心地悪いんですけど」
「そいつは失礼。
 で、そんなとき僕達はとある事情から解散しようとする一つのギルドに出会った。
 彼らの名を『ピースメーカー』という」
「ふえ」
ギルマスの口から出てきた名前は今あたしが属しているこのギルドそのものの名前だった。
さらに話の流れから考えれば、あたしの頭でもその意味は分かろうというものだ。
「じゃ、このギルドは」
「そう、貰ったんだ。彼らはその名の通り平和と善を愛する無駄に熱く爽やかな連中で、
 これからドラゴンに対する反撃が始まろうという時期に解散しなければならないことを
 非常に残念がってた。そんなわけで僕は彼らとお話して、いくつかの条件をつけて
 彼らの名義やらなんやらをそっくり譲り受けたわけだ」
「はー。なるほどね。なぜか頭にアマクダリとかメイギガシとかそんな単語が浮かんでくるけど」
「一緒にしないでくれ。で、その条件の一つは、まず平和を愛しそのために活動する、
 そんなギルドであること」
「抽象的過ぎない?」
「そのとおりなんだが彼らにとっては譲れないところなんだろうね。
 で、さらに一つは、もしギルドの活動を停止するときは、そのギルド財産を
 全て彼らの友軍ギルドである『ルールブレイカー』に譲渡すること」
「名前からして全然友軍でも何でもない気がするんだけど…実は正義の味方とか?
 あたしそっち方面には全然通じてないからどんなギルドかわかんないよ」
「その道では割と有名なギルドだよ。つい最近も大きな仕事をやったらしい。
 えーとたしか……」
ギルマスは眉間に手を当て、最近行われたというそのクエストについて語り始めた。

――――――――――――――――――――

彼ははメガネを探していた。
シュールな光景だが厳然たる事実だ。
外した覚えもないのにいつの間にやらなくなっていたメガネを探して大統領府をさまよう彼は、
前方の廊下の角を執政官たちが慌しく走っていくのに気付く。
「メナス補佐官の様子がおかしいらしいぞ!」
「誰が話しかけても返事をしないらしい!」
それを聞いて彼は首をひねった。
彼らが様子がおかしいと言った自分は、今ここにいるからだ。
角を曲がった彼は、すぐにその先にある人だかりを発見する。
「メナス補佐官!」
「どうされたんですか!」
私はここだぞ?
ますます眉をひそめた彼は、人だかりに近付き、声を掛けようとした。
「おい……」

「メナス補佐官!しっかりしてください!」
「医者はまだか!?」
「メナス、お願いだから返事をして!」
口々に叫ぶ彼の同僚、部下、その中心にあったのは――

――彼が探していた、彼のメガネ、そのものだった。

「…………」
彼は何も言わずにその場を後にした。

「この件でルールブレイカーは大統領府への出入り禁止を喰らったらしい」
「どんなクエストなのさ!?」
「『メナスを笑わせろ』。あの人の一日二十時間勤務は有名な話だろう?
 やっと大戦も終わったことだしこのままじゃ過労で倒れるってんで有志の依頼で
 ドッキリを仕掛けたんだ。ただ予定では『お前達は私をどこで識別しているんだ!』
 となるはずが予想以上にキキ過ぎて見事に滑った上、後で事情を知った
 メナス補佐官が烈火のごとく怒って出入りできなくなったらしい」
「はぁ……なんというか……そんな馬鹿げた出来事が大統領府で起こったってのが信じられない」
「それがルールブレイカーというギルドだ。
 他にもギルドの名前を決める用紙を見ただけでエラン執政官があまりのセクハラに泣き出したとか
 ギルドネームは勝手に略したりしてはいけないって決まりを楯にメナス補佐官にそのここではとても言えないような名前を
 何回も言わせたとか『王者の剣』に『嫉妬神のテーマ』って曲を贈りつけてあそこのリーダーを
 マジギレさせたとかその手の伝説には事欠かないギルドだよ」
「ことごとくロクでもないことばっかしてると思うのはあたしがおかしいのかなぁ!?」

ふう……いけないいけない、落ち着こう。
今あたしにとって大事なことは?そう、それだ。

「つまり……後には何も残らないって事?」
「え?あ、うーん……そうだね。ギルドとしての財産全て、だから『ピースメーカー』として
 の活動記録以外は全部なくなるかな」
「そう」
「……?」
「こっちで……これから巻き返そうとは思わないんだ?」
「まあね。出遅れてきた時点で僕達は脇役に決定だもの。
 もう世界は大丈夫だ、僕達の出番はないよ」
大丈夫。出番はない。
これまでにも何度か聞いた、ギルマスの口癖だった。
「……いいんだけどさ、なんていうかギルマスって、楽天家というか傍観者的というか」
「ああ……僕は性善説というか、『人間って素晴らしい』論者だからね。
 世の中ってのは色々な人間が思うままをぶつけ合って、最終的に調和が取れる。
 だから自分は口を出す必要がない。そんなふうに思っちゃうんだ」
「ふぅん……どうせ調和が取れるなら、あたし達がちょっと位動いてもいいと思うんだけどな。
 世界の動く方向に逆らわないようにっていうか、それなら少しくらいわがまましてみようとか思わない?」
「!」
「……まぁいいや。それじゃギルマス、あたしやること思い出したから」
そうだ。今の話を聞いて、その未来を思い描いて、あたしにはやらなければいけないことが出来た。
ギルマスを残し、あたしはその場を後にした。



「……どうせ調和が取れるなら少しくらい、か」

――――――――――――――――――――

「そっか。もしかしたらギルドを解散するかもしれないんだ」
「うん。そしたらアルフレッドはどうする?」
あたしは彼の部屋に向かい、今聞いてきた話を聞かせていた。
彼は少し考え、自分の考えを話す。
「僕は……少なくともギルマス達と一緒には行けない。ヒーラーとしてやることがあるからね」
「あたしも、ここを離れられない。アルフレッドも居るしね。
 ……だから、姉御とお別れする前にやりたいことがあるの」
「うん」
「姉御をデートに誘ってくる。止めないで」
「止めないよ」
「ありがと」
「あまり無茶はしないでね。いってらっしゃい」
彼の言葉を背に受けて、あたしは慌しく部屋を出た。

台所へ向かうと姉御はまだ調理中だ。
あたしはその背後へそっと近寄った。
「……ん?なんだ?」
気配に気付いた姉御が声を掛けてくる。
あたしは黙って料理を続ける姉御に歩み寄り、そして後ろからそっと腕を回した。
「ん……な、なんだ……どうしたんだ?」
首をかしげ、くすぐったげな表情で姉御は困ったように声を掛けてくる。
「……姉御」
「ん?」
「包丁、置いて?」
「もう……なんなんだ……?」
傍から見ると恋人同士のように見えるかもしれない。
仕方ない、といったように包丁を置き、姉御はん?とあたしに目で問うた。
あたしはいっそうぴたりと寄り添い、強く姉御の身体を抱きしめた。
そして、

自分の手首を掴み、姉御のウエストをきっちりとホールドした。

「へ?」
疑問の声を上げる姉御を強く絞り上げ、
身体を密着させながら重心を後ろにずらし、
全力を込めて姉御の体重を後ろに引っこ抜いて、
「え、うわぁぁぁぁああああーーー!?!」
あたしは自分でも惚れ惚れするほど完璧にジャーマンスープレックスをきめた。

「……初めて自分の意思で姉御から一本取った」
「……言いたいことはそれだけか……」
こいつは痛みじゃねえ、屈辱だ!といわんばかりの怒気が姉御の声に滲む。
そ知らぬ顔で流しつつ、ホールドを解いてあたしは姉御に言った。
「故郷に帰るんだって?」
「何……ああ。そう……しようかとも思っていた」
「あたしはいけないからさ。……ねえ姉御、あたしと原っぱまでデートしない?」
「なんだと……?」
「あたし、いっぺん姉御と本気で戦ってみたかったんだ」

――――――――――――――――――――

古いお話やなんかでは、サムライの決闘は風の吹きすさぶ草原と相場が決まっているらしい。
今あたしが立っているこの場所もまあ、決闘にふさわしくないポカポカ陽気を除けば
おあつらえむきなロケーションだといえないこともなかった。
「……で、また、なんでいきなり決闘だ?」
七メートルほど離れた向こうで姉御が至極真面目な様子で立っている。
真っ直ぐにこちらを見てくるその様子にはどうにも納得のいかない色が見え隠れする。
「ん?よく漫画とかであるじゃん。師匠が修行を終えた弟子に、『これが最後の試練だ』
 とか言って勝負を挑むの」
「そういうのは師匠の方から言うと思うんだがな……」
「それにね、絆が欲しいんだ」
「絆?」
「そう。絆って言うのは恥ずかしいから、肩書きかな?『弟子』よりもうちょっと重みのある肩書き」
「……お前が何を言っているのか分からないよ……」
「姉御が帰っちゃったらさ、当分会えないわけじゃん。そうやって何年も音信不通でいるうち、
 次に会ったとき姉御はあたしに気付かないで通り過ぎちゃうってこともありえると思わない?」
「そんな……ことは……」
「そうじゃなくても向こうで作った新しい弟子が可愛くて、あたしとは完全に他人になってたりさ」
「……」
「なんか……なんか、悔しいんだ。姉御はあたしが初めて本当に尊敬できて、
 ついて行きたいと思えた人だからさ。そうなると、なんか嫌なわけ。
 だから、弟子以上になりたいんだ。忘れられないくらいの、姉御にとっての肩書きが欲しい」

正直な気持ちを言葉に乗せ終え、あたしは反応を待つ。
姉御は遠くから見つめるような目で、どこか儚げな声であたしに聞いた。
「じゃあ……どんな肩書きが欲しい?お前の望むものは」
あたしは短剣を抜いた。
逆手に握った短剣の、刃を水平に姉御に向けて持ち上げる。
……知らず、不敵な笑いが浮かんだのが分かった。

「……姉御のライバルになりたい!」

刃の向こう側に見える姉御の顔がぽかんとして、それから徐々に下を向いた。
その肩がふるふると震える。

「ふ……くくっ………ふふふ……ふはっ、はははっ!
 ははははははははははっ!!あーっはっはっはっはっ!!!
 言うじゃないか……言うじゃないか!」

ぞろり。

歯をむき出し、凄絶な笑みを浮かべて姉御は顔を上げた。
しゃべるために笑うのをやめてもなお、くつくつと声がくぐもる。
「お前の口からそんな言葉が聞けるとは思わなかった……
 こうやって本気でお前が挑んで来るともだ!
 嬉しい、嬉しいよカエラ。
 ただしだ、言っておくぞ………」
姉御の右手が、カザン防衛作戦でドラゴンに噛み砕かれた刀の代わりに新調した
新しい愛刀『マタムネ2号』の柄を掴む。

「今の私は……」

すらり、と引き抜かれた刃が陽光を反射して真っ直ぐにあたしに向けられた。
あたしの短剣と姉御の刀、二つの刀身の向こうに見える姉御の目が一直線にあたしを射抜く。

「……かつてないほど全開でいくぞ!
 来るがいい!お前が本気で私に勝つと思っているなら、私も全力で相手をしてやるッ!!」

裂帛の気合ががあたしに叩きつけられた。
それをぶち破り、あたしは叫ぶ。
「上等っ!いざ、勝負!!」

そしてあたしは走った。
一直線に向かい、あたしと姉御の間合いが詰まる。
迎え撃つ姉御の間合いに入る瞬間にあたしは地面を蹴りだした。
懐に入った瞬間に加速する一種の奇襲戦法とともに、切っ先に体重を乗せる、
殴りおろすような斬りつけを見舞う。
加速した剣筋をも読みきり、姉御は一歩後ろに下がってかわすとともに返しの刃を振りぬいた。
身体をひねって今度はあたしが避ける。と、同時に直感にしたがってもう一度かわす。
今かわしたはずの刀がすでにあたしに向けて振られていたのを左手の短剣で止め、
あたしは右半身をねじ込んで姉御を狙うと同時に姉御は後ろに下がって
その手に握られた刀が薄くあたしの左手を切った。
それでも間合いを詰めようとすれば、姉御がその刀身を鞘に納めた。
触れるものを絶つ気迫が居合いの構えに宿る。
その中へ、あたしは躊躇なく踏み込んだ。
抜き放たれる一閃があたしを目掛けて走る。
そしてあたしは――

「……に゛っ!!」

――振り払う一撃でその刀を弾き飛ばし、姉御と息のかかる間合いへ接近した。

――――――――――――――――――――

「いいか、刀というものは気合いでは斬れない」

あたしが姉御に剣の手ほどきを受け始めた頃だ。
実践訓練の休憩中に、姉御は刀についてのウンチクを語ってくれた。

「へえ?」
「何故か刀の使い手というと精神集中して気合で斬るんだとか
 そういう誤解を受けていることがあるが、実際にはそんなのは無理だ。
 刀というものは刀より長いものは斬れないし、刃が通らないものも斬れない」
「言われてみりゃ当たり前だよね。で?」
「ではどうすれば斬れるのかというと、まず物が切れる仕組みを理解することだ。
 さらにその物が斬れる状態に持っていくための刀の当て方動かし方、
 それを実現するための身体の運び方、姿勢。
 対象のどこに、刀のどの部分をどう当てどう動かしどう力を伝えるか、
 そのためにはどのような姿勢から身体の各部分をどう連動させなければならないのか。
 こういったことを理解して、初めて刀というものは斬れるようになる」
「ふむふむ」
「……さて、では」
「うん?」
「斬れないものを斬りたいときはどうすればいいと思う?」
「へ……」
「刀の全長より長いものや、継ぎ目のない強固な鋼。これを斬るためには」
「うーん……?斬れないものは斬れないから斬れない訳でそれを斬るには斬れるものを斬り」
あたしはしばらく無い知恵を振り絞って考えてみた。
斬れないものを斬る?当然答えなどでるはずもなく、あたしはすぐに降参する。
「だー、分かんない。そもそも『斬れないもの』なんでしょ?……どうやって斬んの?」
「何、簡単なことだ」
姉御は得意そうに腰に手を当て、はっきりきっぱり言い切った。

「気合いで斬るんだ」

バックステップを踏もうとする姉御にねじ込むような蹴りを入れる。
下がれるだけ下がりきったところを蹴り押され、体勢を崩した姉御におまけのもう片足が飛んだ。
「ぐっ……!」

勝った!姉御の居合いに気合いで勝った!
戦う前に考えてみた結果、まずあたしにはまともに斬り合って勝てる要素など無いことが分かった。
ではどうすればいいのか?更に考えてみた結果、出た結論がこれだ。
姉御の刀を弾いて飛ばしてそれから姉御を殴ればいいのだ。
そう、あたしは姉御の教えを忠実に守った。
剣筋の自分へ向かうただ一点に自分の剣筋をぶつけ、そして気合いで上回って弾く。
もちろん姉御の斬撃にもありったけの気合いが、剣気といえばいいのか、
サムライの全てを絶たんとする鋭い気合いがこもっていて弾くのは容易じゃない。
だけどサムライにはサムライの気合いがあるように、ローグにはローグの気合いがあるのだ。
その上あたしのテンションは最高潮、とどめにあたしには行住坐臥の構えがある。
行住坐臥の構えは心の構え、姉御に対するあたしの心が入った心理武装なのだ。
ここまで来て負けるわけがない。あたしは姉御の気迫を上回り、そして打ち勝った。

弾き飛ばされた刀がくるくると飛んで地面に刺さる。
皮肉にも基本を怠らずにしっかりと握った姉御の右手は刀と一緒に弾かれて空を掴む。
後ろに飛ばされ、左手を受身に回さざるを得ない姉御を追う様にあたしも飛んだ。
空中で身動きのとれない姉御を抑えるように、そのままあたしは姉御の上に落下する。
どさっ。
その衝撃で舞い上がった草葉が落ちたときにはあたしは姉御の両腕を膝で封じ、
両手で握った短剣を姉御の喉下に突きつけていた。

「……あたしの勝ち、だよね」
「……ああ……そうだな……」

短剣をしまい、膝をずらす。
見下ろした姉御はどこかぼうっととしていた。
「正直、負けるとは思わなかった」
「まあ……わか、じゃなかった、情熱の差かな」
「若さって言おうとしたな」
「はは……」
「ちょっとショックだったぞ。『今なら誰にも負けない』みたいな気分だったからな」
「あ、あたしもそんな気分だったから」
「まあいい、私の負けだ。……そろそろどいてくれ……」

あたしは姉御に馬乗りになった状態で姉御の顔を見下ろした。
……そのときだった。ふとあたしは、どうにも妙なことを思いついてしまったのだ。
断じて言うけど、そのときまでは決してそんなつもりじゃなかった。
けどそれを思いついたあたしは、何も考えることなく気付いたらそれを口に出していた。

「ねえ、姉御」
「なんだ」
「……キスしてもいい?」
「はぁっ!?」

姉御が素っ頓狂な声を上げた。
当たり前だろう、けどそれでもあたしは動じない。
「お前は何を言ってるんだ、この期に及んでトチ狂わなくたっていいだろう……!?」
「本気だって……思い出ってことで」
「思い出なら十分心の中にあるだろ?大体なんでキスなんだ」
「なんか、世界があたしにやれって」
「それは電波だ、戻って来い。な、いいから帰ろう、離してくれ」
「やだよ……ね、いいでしょ……?」
身を屈め、顔を近づける。
本気が伝わったらしく、姉御はますます目を泳がせてしどろもどろし始めた。

「な、なぁ……やめないか、そっちにいったら戻れなくなりそうで怖いんだが」
「べつにいいじゃない」
「それにほら、アルフレッドのこともあるだろう?これって浮気だと思うな、だから」
「許可取った。これくらいなら許してくれるよ」
「……マジなのか」
「うん……」
見上げてくる視線をじっと見返す。
「「……」」
姉御のほうが先にぷい、と視線を逸らした。
「……」
「……」
「……」
「……」


「……歯、磨いてきたんだろうな……」

――――――――――――――――――――

ギルドホームに帰るとなにやら雰囲気が一変していた。
あのふやけたキクラゲのようだったギルマスに生気がみなぎり、皆をリビングに集めている。
「ああ、お帰り!これから今後の活動方針について話し合うから席に着いてくれる?」
あたしと姉御は顔を見合わせた。
解散について話すにしてはあのギルマスのみなぎりよう。
首をひねるあたし達に彼が声を掛けてくる。
「お帰り。うまく話せたみたいだね。怪我もしてないようで何より」
「あ、うん」
「ああ、その……本当によかったのか?」
「……?なにがです?」
どたばたしながらも全員が席に着くと、ギルマスが一つ咳払いして口火を切った。
「さて、今後の方針について僕から一つ提案があるんだが……」
「提案?と、いうことは」
「そう、解散じゃない。活動継続に関する提案だ」
思わずあたしはギルマスの顔を見上げた。
他のメンバーも、なにを言い出すのかと怪訝な顔を見合わせている。
「……考えが変わったんだな」
「そうだ、昨日の僕は死んだ。今言いたいことは、人間やっぱり野心が大事だよねということだ!」
「ずいぶん変わりましたね!」
「今日の昼聞いたのとは正反対だよ」
「まあね!とある助言のおかげで僕はいっそのこと歴史に残らず歴史を動かし、
 人々の平和の陰には彼らの働きがあった、そんな影役者になろうという野望を持ったわけだ」
「……よかったな……」
「僕達は本来冒険屋だ、冒険しなければ生きていけない。
 それなのに大戦が終わってポータル使用許可を取り上げられ、
 実績を上げて移動手段を手に入れようにも大戦が終わっているのだから躍如の機会もなく、
 仕方ないから解散しようかというのがこのところの方針ではあった。
 が、よく考えてみればそんなことはない。むしろ今からがチャンスだと僕は思う」
「チャンス……これからが?」
「敵との戦いが終われば仲間同士の戦いが始まるのが歴史の教訓というものだ。
 争いがあれば損害を受ける人がいる、そして得をする者もまた必ずいるんだ」
「ちょっと……ちょっと待ってください。たしかにそれは歴史の教訓かもしれませんが
 でも、それで私たちがどうこうなるような規模の争いはそう起きないでしょう?
 それに……争いを利用するようなことはあまり……」
手を挙げたのは副長だった。
生真面目で道徳心の厚い副長は困惑しながらギルマスに異議を唱える。
「そうでもないんだ……とある事情から、あちこちの国で問題が噴出してる。
 例えばカザン。ドラゴン襲来の折メナス補佐官はドラゴンに対抗できる共同戦線を
 作るためにそれまであってないようなものだった戦力徴発を駆使して
 抗戦体勢を敷いたことで多くの反発を買った。そのおかげで早くから
 ドラゴンに抵抗できるようになったとはいえ、今でもその禍根は残っている。

 『新たなる英雄』を事実上自由に動かせるのもやっかみの種のようだ」
「世界を救った英雄の名はとてつもないネームバリューだからな」
「ミロスでは長年の圧政で蓄積した反政府感情をどうにか宥めていかなければならないし、
 アイゼンはアイゼンで貴族と平民両方を相手にしながら改革を進めなきゃいけない。
 ネバンプレスは千人砲を使用したことに対して国内外から波紋が広がっている。
 プレロマもしかりだ。どちらもそのときの首脳はもういないってのにね!
 とまあ世界は今なお揉め事の種が絶えない、問題だらけといってもいい」
「……」
「この混乱に乗じて自分の目的を果たそうとする輩は五万といるはずだ。
 そして彼らが自分を利そうとするならそこには僕達が利を得るチャンスもある……」
「!」
副長が顔を上げた。
リーダーもまたギルマスの顔を見上げ、つまり、と前置きして問いかける。
「そういう連中に敵対するほうに……政府を利するほうになるんだな」
「無論だ!」
ギルマスはきっぱりと言い切った。
「そもそも問題が噴出するに至った事情というのは他でもない『新たなる英雄』のことだ。
 彼らが軒並み立ち並ぶ国の内側を片っ端から引っ掻き回して風通しをよくしてくれたせいで、
 国を司る立場の人たちは悩み、葛藤し、その末に自分の理想を見つけて動き出した。
 これを成功させずになんになる?一介の冒険屋たる僕達が味方をするなら、
 同じ人間でありながら国の重圧を背負わされ、それでも答えを出した者達以外にない!」
熱のこもった口調でまくし立てるギルマスは、ここまできて少し照れ臭そうに声を落とした。
「……ま、国の管理するダンジョンに入るためには国を味方にするしかないってのもあるけど」
でも今言ったこともほんとだよ?と念を押すギルマスにあたし達も声を交し合う。
「争いを止める側……なんでしょうか」
「むしろ対抗馬だな。羊の中に紛れ込ませておく山羊かもしれん」
「かもしれんが、だけど国に協力するのが一番道理にかなっていると俺は思う」
「国に住むみんなのために働いてる人たちだもんねー……」
「私どうでもいい」
もう一度視線を前に戻す。
また咳払いを一つ、ギルマスは話を締めにかかった。
「さて。以上を踏まえ、積極的にミッションをこなすことで信頼を得、それによって
 ダンジョン探索の手段を手に入れるというのが僕の提案だ。
 もし君達が協力してくれるのならこの僕の知識、交渉能力、情報、そしてわずかなコネを
 駆使してどうにかカザンに取り入る手がかりをつくって見せるが……どうだろうか?」
「はいはーい!あたしやる!」
「僕もやります」
「……こいつらがこう言うなら、私もやるぞ」
あたしと彼と姉御が手を挙げる。
リーダーは沈黙を守り、膠着するかと思った矢先に副長が手を挙げた。
「私もやります。……世のため人のためになりそうですから」
副長にそう出られてはリーダーにも選択肢はなかった。
「……分かった、分かってる。最初から反対する気なんてないよ」
「……そういうことで」
全員の賛成を得て、ギルマスはぐっ!とガッツポーズを決めた。
「よっし!そうと決まれば明日からさっそく行動開始だ!
 一介の冒険者には若干ハードルが高いがなんとかねじこんでみせるよ……
 というわけで僕は明日に備えてもう寝る!各自解散!」

ウチのギルド会議はいつも唐突に始まり唐突に終わる。
今日も例に漏れずガタガタと皆がリビングから出て行く中、彼があたしに声を掛けた。
「……よかったね」
「うん」
「まったく、とんだ肩透かしだ」
振り向けば姉御が肩をすくめて軽くため息をついた。
「……ま、もうしばらくはよろしくな」
「うん。これからも当分お世話になるね」

「馬鹿。……お前は私のライバルになるんだろう」
そう言って姉御はあたしの頭をぽんぽんと撫でた。

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最終更新:2013年05月05日 00:10