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・以前投下した『ある主従』の続き(仮保管庫様に保管中?)
・ナイト♀×プリンセス『♂』
・つまり女装(notショタ)
・最大注意事項、ドラゴン擬人化

姫(紫):お家の事情でマレアイアに逃れ、性別を偽って育てられた青年。
ナイト(ツインテ):姫の家に仕える一家の娘。姫に対する感情は複雑。

――その日、その場所で、それはするりと生まれ落ちた。

見渡す限りの紅い景色、一面に咲き誇るフロワロの草原。
燐光の中、結晶質のゆりかごから解き放たれた、形を持たないそれは思考する。
……覚えているのは、温もりだった。
自分が何なのか、何故生まれたのかは魂に刻まれた記憶が知っていた。
自分がどんな生き物なのかも、姿を定め、環境に合わせて適合することも。
やがてそれは、覚えている自らの望みのために、それに相応しい姿を求めて形を変え始めた。

――――――――――――――――――――


ナイトは鏡を覗き込んだ。
「……」
バスタブに寄りかかるように、それとともに裸の足に揺らされた湯がちゃぷんと音を立てる。
すぐに鏡が湯気で曇っていることにナイトは気付き、
彼女は手でその表面を拭って、水滴の伝うそれをもう一度覗き込んだ。
「……………」
黙り込み、注意深く鏡を見ることしばし。
じっくりと観察した結果、ナイトはそこに映る顔を生意気そうな顔だと評価した。
わがままで、傲慢で、何かあるとすぐに口答えをしそうな顔だ。
もちろんそれはそんな印象を受けるというだけで、実際の人格とは関係ないとナイトは思った。
自分はわがままでもなければ傲慢でもないし、どちらかといえば真面目で公序良俗に厚い人間だ。
口答えだって……するけどあれはむしろ自分の主が悪いのだ。
しない、と思いかけてさすがに無理があると思ったナイトはそう思いなおした。
「そうよね、無茶なことを言うのは大体姫のほうだし」
「私がなんだって?」
「っ」
ぎくりと身を竦ませる後ろで、カーテンの間から流れるような長髪を備えた男が顔を出す。
肩越しに振り返るナイトにその人物はうん?と首を傾げると、軽く微笑んでカーテンの内側へ入ってきた。
「お邪魔するわよ」
そう言ってバスタブに足を踏み入れた彼に、ナイトは躊躇いがちに声を返す。
「あの……なんでしょうか。私まだ……」
「んー、たまにはナイトの背中を流してみようと思って」
「わぷ……いいです、自分でやりますから!」
先程『姫』と呼ばれた、丁寧な女性のような言葉を紡ぐ彼はまったく気にせずにかけてある桶を取った。
すくったお湯をゆっくりとナイトの頭にかけながら、彼は石鹸に手を伸ばす。
ナイトは頭を洗うのが嫌いな子供がやるように頭を振り、先んじてそれを奪った。
「あら、目上の人間の親切は素直に受け取っておく物だと思うけど」
「結構です、余計なお世話ですから。というか出て行ってください!」
「そういうつれないことは言わないの」
彼の左手がナイトの胴を抱き、右手でそっと石鹸を奪い取る。
そのまま手で石鹸を泡立て始めた彼に、ナイトは眉を曇らせ慌てて自らの胸を抱いた。
「さて」
「う……」
泡だらけになった手がナイトの背中に触れる。
「~……♪」
「……」
泡を塗りたくられる感触に、ナイトはうつむいたまま無言で耐える。
沈黙したままじっと耐える様子を背中越しに感じ、彼は悪戯げに笑った。
その指がおもむろに背筋に添えられる。
「ひゃあっ!?」
彼にしか分からない線を、彼にしか分からない力加減で指がなぞる。
悲鳴を上げて後ろを睨むナイトに彼は悪気なく笑った。
「なっ、何を……!」
「冗談、そんなに怒らないの。……もっとも」
「わ」
「そんなに冗談でもないのだけど」
抱きすくめるように両腕がナイトの腰に回り、押された彼女は慌てて浴室の壁に両手をついた。
しまった、と思ったときにはもう遅く、ガードの解けた身体の前面へと彼の手が伸びる。
「きゃ……!」
「むう、なかなか育たないわよね……」
「なにが、ですか……やめ」
不躾な手を払おうとしても、まるで気にしないようにそれは柔らかな肌を弄んだ。
身体の前面にも泡を塗りたくるようにしながら、滑る手が控えめな胸を覆って柔らかく指を食い込ませる。
乱暴に振り払うことも出来ず、ナイトは声を押し殺して耐えるしかなかった。

「ところで……」
「……は、はい……?」
「ねえ……最近ご無沙汰だと思わない?」
「何……ちょ、いやだから待って!」
ようやく手の侵攻が一旦停止し、ナイトは息をつきながら振り返る。
「わ……分かりましたから!その、今晩にでもお相手します。だから今は……」
「それとね……」
「ひゃ……だから、手を回さないで……」
「思ったんだけど、ナイトとするときはいつもこれは義理だといわんばかりよね?」
「それは……義務上ですから」
「あら」
彼はちょっと首を傾げると、ナイトの身体を包むようにもう一度深く抱きしめなおして
耳元に口を寄せた。
「前にも言わなかったかしら。私は貴女が思ってるよりずっと貴女が好きなのよ」
「っ……どうして欲しい、と言うんですか」
「別に?ただたまには少し違う刺激も欲しいと思って……たとえば」
「?」
「そうね、たまには後ろからしてもいい?」
「なっ……!」
彼が思っていたよりも、大分激しくナイトは反応した。
「いっ……嫌です!恥ずかしいじゃないですか、そんな……!!」
「……今冷静に考え直してみたけど、そこまで嫌がられるような要素が今提案した
 ことの中に含まれていたという事実が認識できないわ……」
彼は若干勢いを削がれた様子で真剣に頭を抑えた。
そんな彼に構わず、ナイトは全身で嫌否を訴えながら拒絶を表明する。
「と……とにかく!嫌です、それだけは嫌ですからね」
「今時正常位以外嫌とか、化石扱いだと思うのだけど」
「何でも、です!」
「はぁ……」
ため息が一つ。
「仕方ないわ」
「……?」
様子の変わった彼に、ナイトは首をかしげてその顔を見た。
「身体に説得するしかないわね」
「なっ、ちょっ!」
バスルームに再び二人が揉み合ってお湯の跳ねる音が響く。
ただし、今度はすぐにそれは止んだ。
足の間に彼の男性にしては細く長い指が滑り込む感触を受け、ナイトは硬直して暴れるのを止める。
「っ……」
「ナイトの弱いところはここと」
「ぁ」
「ここと」
「ぁあっ」
「ここ」
「ふぁ……!」
「それにやったことないけどこんなこともしちゃおうかしら」
「ひゃあっああっ!」
普段ならやすやすとさせないことさえ、石鹸のぬめりによってあっさりと許してしまう。
心と身体の準備が出来ていない状態でのそれは刺激が強すぎ、
されるがまま、彼が弄ぶまま面白いようにナイトの身体は跳ね踊った。
「さて……どうせだし、ナイトには少し男の生理を知ってもらったほうがいいかしら」
「は……は……」
手を離せばすぐにでもへたり込んでしまいそうなナイトに、
その頭を覆いこみながら彼が低くささやく。
「何、です」
「こういうときも、男は止まれなくなるものよ」
「な……!?」

その声に静かな情欲を感じてナイトは顔を跳ね上げた。
ゆっくりと身体が引き起こされ、支えられたまま足が開かされる。
「こ、こんなところで、やめてください!」
返ってきたのはいっそ優しげさえ感じる笑顔だった。
「やめない」
「っっ―――………!!」



「……………
 ……しまった」
息を呑んで身を竦ませたが、それは来ない。
恐々と見上げると、そこには憮然とした表情の彼がいた。
「今日はお昼からマレアイアの連絡係の人と会うんだった」
「な……」
呆気に取られるナイトの顔が、次第にいつもの表情に戻ってくる。
「そ……それならこんな事をしている場合ではないでしょう!?
 早く準備をして下さい!」
「や……でもまだ時間は少しあるし」
「いいから、早く、出て行ってくださいっ!!」
決然と、容赦なくナイトは彼をバスルームから押し出した。
締め出された彼は苦笑いし、やれやれと肩をすくめて部屋に戻っていく。
バスタブの中で、ナイトは再び一人になった。
「……もう」

ナイトが出て来たとき、彼はすでにほぼ全ての準備を終えていた。
つやめく髪を三つ編みにし、派手さはないが上品なドレスをまとう。
中性的な顔立ちに凛とした雰囲気を漂わせた、『姫』がそこにいた。
「さて、どう?変なところはない?」
「はい……髪型、少しお変えになったんですか」
「いつまでも前髪ぱっつんで勝負できる歳じゃないもの。
 少し両脇の髪を伸ばしてみたの。
 これでもうしばらく女で通せると思うんだけど、どう?」
「前のままでも十分女性で通せましたけど……少し落ち着いて見えるようになりました」
「うん、じゃこれでいくわ。……いつの日かこの格好をしなくても
 いいようになったとき、女言葉が取れなそうで怖いわね」
「たぶん、もう手遅れです」
「たは。まあ、行って来るわ」
「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」

これが、彼女の主だった。


――――――――――――――――――――


「さて、姫が戻ってくる前に終わればいいけど」
鎧を身にまとったナイトは、眼前に広がるフロワロの海を眺めて呟いた。
曲がりなりにもハントマンとして活動する以上、カザンとの連絡もあったほうがいい。
となれば情報などと引き換えに、旅の合間にカザンの推し進める
フロワロ除去活動に参加するのも自然な成り行きというものだった。
「フロワロが広がるのを止めるだけでいい、とか言うけどそれだけで十分大変よね」
とりとめのないことをぼやきながら、ナイトは自らの主に思いを馳せた。
(それにしても、一時期大人しくなったと思ったけど
 最近またわがままが過ぎるようになったのよね……特に夜の方)
「はぁ。もう必要ないと思ったけど、お守り捨てるんじゃなかったかなあ……。
 物騒なものだったけど、私にはまだ相談出来るものが必要なんだ」
ナイトはぼやいた。

ナイトは、自らの主のことが嫌いではなかった。
少なくとも自分の事を大事にしてくれるし、なんだかんだ言って長い付き合いだ。
もちろん、色々と癖があって困ったことのある主人ではあるけれど。
基本的にナイトの意見など聞きやしないし、頻繁に性的な交渉を求めてくる。
……ナイトのことが好きだというが、さすがにそれは冗談だろう。彼女はそう思った。
おとぎ話では主従を越えた愛情は賛美されるが、
もし本当に支配する方が支配されるほうをを愛したとすればそれは愚か者でしかないのだし。
お嫁にしようというのも、きっと家督を継ぐのに失敗して何もかも失ったときには
お互い一人で生きるのも厳しいし結婚相手にしてもいいという程度でしかないだろう。
だから、やたらと好きだとか愛してるだとかいう言葉を口にしないで欲しい。
「……もし、万一姫が本気でそんなことを言っていたんだとしたら」
そのときには彼女ははっきりと姫の勘違いを正してやらなければならない。
彼女は姫の役に立つためにいる。恋人ごっこの相手をするためではないのだ。
(……それに……)
ナイトはこれまでを振り返る。
広く冷たい世に放り出され、ナイトは『騎士』であることだけを心の支えに生きてきた。
味方がいない、姫との間にも心の壁が出来ていて何を考えているか分からない、
そんな状態の時期に、彼女は純潔を心の伴わない体の繋がりに奉じた。
自分は従者で姫は主なのだから好きにすればいいのだ。
そんな自暴自棄のような心のまま結んだ体の関係はずっと続き、
好きだとか嫌いだとか、そんな事を考えるようになる前に
今ではもうなにもかもあけっぴらげになりすぎていて。
「……いまさら、そんなふうになんて考えられないわよ」
知らず知らずのうちに口から言葉がこぼれた。
「そう、考えられない……」
足元へ伏した目は何も見ていない。
ナイトが一人でこぼした言葉は、その内容とは裏腹に小さく、そして沈んでいた。

しばらくそうしていただろうか、不意にナイトは我に返る。

「……さ、はやく片付けなきゃ」
ここにきた理由を思い出した彼女は、それまで考えていたことを
全て忘れ去ろうとするように事務的な仕草でフロワロの中へと踏み込んでいった。

――――――――――――――――――――


「……何かに、見られてるような気がする」
フロワロの中にきれいに道をつけていくナイトは、何度目かの気配に後ろを振り返った。
目に入るのはひたすら紅くどこまでも広がるフロワロの海。
人の腰より上ほどまでに成長したフロワロが地面を覆い尽くしている。
「……………」
ナイトは顔を戻し再び歩き始めた。
フロワロを踏んでゆきながら、前を見たまま耳に神経を集中させる。
……鎧の擦れ合う音や、足元でフロワロが散る音に混じって聞こえるのは、
追跡者の足音か、それとも風がフロワロを揺らす音だろうか。
ナイトは再び立ち止まった。
立ち止まって、いちいちこんなことで立ち止まってはしかたないと肩をすくめる。
そして、
ナイトは歩き出すと見せかけて止まった。

明らかに風ではない何かが慌てて踏みとどまる音を、彼女は聞き逃さなかった。

(……やっぱり、何かいる!)
振り向かないまま、沈黙すること数秒。
突然、ナイトは勢いよく振り向いて音のした方向に走り出した。
「!」
向こうで何かが驚いて跳ねる。
すぐさま反転して逃げて行くそれを、確かにナイトは見た。

――フロワロの中を疾る黒い影。
それは、人を襲い魂を喰らう忌むべき者達のシンボル。

「……ドラゴン!」
叫びながら剣を抜き放ち、ナイトはそれを追った。
やはり尾けられていたのだ、しかし襲ってこなかったのは何故?
フロワロの中を見え隠れしながら逃げるそれはそれほどの速さではない。
(罠……?だとしたらフロワロの奥のほうへ誘うはず。これは外側に向かってる……)
判断しかねるナイトを知ってかしらずか、何かは一直線に逃げていく。
その前方に、ちょうどフロワロの中にぽっかりと明いた空き地が現われた。
「わぁっ!?」
そのままそれは空き地に突っ込む。
フロワロから飛び出す音、何かが転ぶ音、そして誰かの声。
(声!?こんなところに一体誰が!?)
その誰かが自分の追っていたものに襲われるかもしれないと
いうことに思い当たったナイトは、即座にその空き地に自らも飛び込んだ。
フロワロから飛び出し、周囲を確認する。
空き地の端、まばらに生えた小さなフロワロの上にそれはいた。
「~~っ、――!?」
「…………子供……?」
そこにいたのは子供だった。
男か女か判断はつきかねるが、黒髪に黒い服をまとった子供が尻餅をついている。
「どうし……」
「!!」
剣を納め、とりあえず手を差し伸べようとしたナイトに、
その子は酷く怯えたように身を竦ませた。
「……?」
剣を抜き血相を変えて飛び出してきたのが怖がらせてしまったのだろうか。
安心させようとして笑顔を作り、ふと子供の下の方を見たところで、ナイトは気付いた。
――その子供に踏まれているフロワロが、散っていない。
弾かれるようにその子供の顔をもう一度よく見る。
そこにあったのは、人間にはありえない真っ白な瞳。
「――まさか!」
再び抜刀しながらナイトは飛び退った。
この星に存在する様々な生物の特徴を取り入れてあらゆる場所に生息するドラゴン。
実際に現われたという話は聞いていなかったが、それなら
人間の形をしたドラゴンがいたとしても――!


「ひゃあああぁぁぁ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい殺さないで!」
「へ?」
襲い掛かってくるか、逃げ出すか。
ナイトの予想したそのどちらでもなく、それは頭を抱えて悲鳴を上げた。
「ぅぅぅぅぅぅ……」
「……」
どうしたものか。
危険なのかもしれないし、本当に怯えているのかもしれない。
どう対処すべきかナイトは決めかねた。
「あの」
「ひっ!」
声をかけただけで跳ねる肩に思わず嘆息する。
少し呆れながらも、これだけははっきりさせねばとナイトは言葉を続けた。
「あなた、人間?」
「……………」
その沈黙とこちらを窺うように見上げてくる目が答えを物語っていた。
違う、と答えたらどうなるのか考えていると見ていいだろう。
「……ドラゴン?」
「っ!」
いよいよ怯えるその様子が半ば答えのようなものだったが、確認のために今一度繰り返す。
「そうなの?」
「っ………
 ……はい…………」
「……」
さて、今度こそどうしたものか。ナイトは考えた。
本当なら、人類の敵とわかっている相手をこのままにはしておけない。
それもぱっと見人間と見分けがつかないような危険な相手ならなおさらだ。
しかし……
ナイトはそれをもう一度見下ろした。
腰が抜けたまま立ち上がることすら出来ず、自分を見上げる怯えた目。
(……これが斬れたら、普通の感覚じゃないわ)
「あなた」
ため息をついたナイトは、落ち着いた声を意識しながらドラゴンに話しかけた。
ビクビクしていた肩が一際跳ね上がる。
「人間を襲ったりする?」
「!し、しないよそんなこと、人間を襲うなんて」
心外だといわんばかりの否定。
「……本当に?これからも?」
「本当だよ!……それに……ボクがかかっていっても人間になんて勝てっこないよぅ……」
(確かに)
少し考えた末、やはりナイトの選んだ答えはこれだった。
「……なら、いいわ」
「へ?」
「それならいいって言ったのよ。ほら、手を貸してあげるから立ちなさい」
剣を納め、ナイトが差し出した手を恐る恐る人の形をしたドラゴンが掴む。
引っ張りあげて立たせてやるとそれは戸惑いながらナイトに聞いた。
「あ、あの……見逃して、くれるの?」
「本当に人間を襲ったりしないならね。もし嘘だとわかったら酷いわよ」
「う、嘘じゃないってば!ほんとだよ!」
「そう。ならいいの。じゃ、私はもう行くわ」
見逃してやりはするが、ドラゴンと必要以上に馴れ合うつもりもない。
そう考えたナイトは呆気ないほどにあっさりとその場を後にした。
空き地に背を向け、歩きながら考える。
本当によかったのだろうか。
しかしあれを始末するなんてことは到底出来そうになかったのも事実。
見たところ本当に人間の子供くらいの力しかないようだったし放っておいても……
そこでナイトは足を止めた。

「ねえ」
「っ」
「どうしてついてくるの?」
後ろを振り返ると、フロワロの影からこちらを窺う先程のドラゴンの姿があった。
「さっきも私を尾けていたし……なんのつもり?」
「だ、だって……ボク近くで人間を見たのは初めてだったんだもん」
「人間に興味があるの?」
「う、うん」
(偵察活動かな……考えすぎね)
「いい?人間は私みたいに見逃してくれる人ばかりじゃないの。
 あまり人間に近付きすぎるとそのうちひどい目に遭うわよ」
「うん」
「分かったらついてこないで、人間の目に触れないところにいたほうがいいわよ」
それだけ言ってナイトはまた歩き始める。
やはりこれなら放っておいても大丈夫だろうと思った。
この辺りのフロワロも直に除去作業が始まるだろうが、そのころにはあれも遠くに……
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ねえ、本当に分かってるの?」
三度ナイトは足を止めた。
振り返れば相変わらずあのドラゴンがついてきている。
「うん、分かってるよ?」
「ならどうしてついてくるの。人間は皆私みたいに甘くないって言ったでしょ」
「うん」
「だったら、早く、どこかへ行きなさい。じゃないと私が怒るわ」
「でも……」
「でも、じゃないの。私はこれから人間がたくさんいる町に戻るの。
 そこにはあなたは入れないの。分かる?」
「う、うん」
「そしたら入れないどころか、他の人に怪しまれて捕まっちゃうかもしれないの。
 だから、早く、あなたも帰りなさい」
「…………」
「……はぁ」
なおも寂しそうな目を向けてくるそれにナイトはため息をついた。
「とにかく。もう私はこれ以上忠告しないからね。
 適当なところで満足して帰るのよ。いいわね」
確認ではなく断定の『いいわね』を最後に、ナイトは返事も待たずに踵を返した。
言うだけ言った、あとは無視、とにかく無視だ。
背後からは相変わらずフロワロの間を縫って追いかけてくる音が聞こえるが、そのうち帰るだろう。

そう思って、ナイトは歩き続けた。


――――――――――――――――――――


そして。

(どうして私は、結局町の中にまであれをつれてきてるのかしら……)
人の行きかう商店街。
露天が立ち並びにぎやかなそこで、呆れたことにドラゴンはまだついてきていた。
いや、それどころか人ごみではぐれないようにとでもいうのか、
ドラゴンはその距離を縮めてもはや連れ立って歩いている状態だ。
目を輝かせながらきょろきょろするそれを、ナイトはげんなりとして見つめた。
「?なあに?」
「何でもないわ……」
力なく言って視線を戻す。
(誰もこの子の事を怪しまない……)
もしかして、ドラゴン云々はからかわれたのだろうか。
ナイトはもう一度それの瞳を覗き込む。
ん?と見返してくるその瞳で、
塗りつぶしたように白い虹彩と爬虫類のように細い瞳孔が
不思議そうな視線を返してきた。
(少なくとも、まともな人間じゃないのは確かね)
ますますげんなりとして、ナイトはもう気にしないようにしようと思った。
開き直りに近いが、考えたってどうにもならないのは事実だ。
そう思えば、次に浮かぶのは現実的かつ生理的な欲求だった。
(お腹すいた……たぶん姫は別の場所で食事にしたはずよね)
ドラゴンに関することをさっぱりと思考の片隅に押しやり、
ナイトはふと目に入った露店へとその足を向ける。
「一つ下さい」
数枚の硬貨とひきかえに焼菓子の入った紙袋を受け取る。
『クリーム鯛焼き』なるその珍妙な菓子が、今日のナイトの昼食だった。
その場で袋を開け、焼きたての生地を口に運ぼうとしたところで、
ナイトはじっと見つめる視線に気付く。
「……………」
指をくわえて見つめてくる、というものを実際に見るのは初めてだった。
その羨望に満ちた視線は、ナイトが今まさに手にしている菓子に注がれている。
到底、無視できる視線ではなかった。
「すみません、もう一つお願いします」
何故だか微笑ましげにおまけしてくれた菓子を受け取り、一つをドラゴンに差し出す。

「ほら」
「え、あ」
「いらないならいいけど」
ほんの少しだけ逡巡したドラゴンの喉がごくりと鳴った。
「あ……い、いる」
(何で私はドラゴンに食べ物まで……)
一心不乱にかぶりつくドラゴンを見ながら、ナイトはぼんやりと思った。
どんなに無力でも、一応これは人類の敵のはずだ。
それに食べ物を買い与えるなんて、これではまるで。
そこまで考えて、はたとナイトは気付いた。
いかに人間に近いといえど、フロワロの咲く平原からやってきたドラゴンが
怪しまれずに町には入れたのはナイトと一緒だったからだ。
そしてナイトは、これが人間と見分けのつかないドラゴンだと知っていながら
町を連れ歩いて人に近付け、食べ物まで与えている。
(もしかして私……内通者?)
背中に冷たい汗が流れた。
自分のおかれている状況の危機に気付き、彼女は慌てて周囲を確認する。
幸い、道行く人々に道端の二人を気に留めている様子はない。
「ちょ、ちょっとここにいて」
もう一度あたりを見回したナイトは、ちょうど目に入った衣類の露店に駆け寄った。
「この帽子、下さい」
適当に見繕った黒い帽子をつかんで元の場所に駆け戻り、
何事かと見上げるドラゴンに有無を言わせず被らせる。
「こ、ここは人通りも多いし、もっと落ち着ける場所に行きましょ」
「え、え?」
「ほら早く。……それと、帽子は出来るだけ深く被っててね。……目が隠れるくらい」
「それじゃ前が見えないよ~?」
ドラゴンが戸惑うが、人通りの多いこの場所にこれ以上留まる度胸はない。
その手を掴み、ナイトは足早にその場を立ち去った。


――――――――――――――――――――


「へぇ、じゃあその『姫』さんって男の人なんだ」
「……そう」
(その上どうして私はこれと身の上話をしてるんだろう……)

町を見下ろせる城壁の上で、ドラゴンと話しながらナイトは
どうしてこうなったのか真剣に考えていた。
「ええと、それでナイト、その姫さんは……」
「ねえ」
「何?」
とりあえず、ふと気付いたことをドラゴンに注意する。
「常識的に、特別親しくない相手を呼び捨てにするのはどうかと思うわ」
「え」
呼び捨てにするな、とストレートに受け取ったのであろうドラゴンが突き放された顔をした。
ナイトはやれやれと思いつつフォローをいれる。
「ま、私はいいんだけど。初対面の人にはダメってこと」
「う……うん」
ドラゴンがあいまいに頷いた。
と、そこでナイトは更なる疑問に気付き、ついでに投げかけてみる。
「……呼び方といえば、あなたの名前。なんていうの?
 それと、気になってたんだけどあなた男の子女の子?」
「……ドラゴンに、性別なんてないよ」
「え?」
ナイトは予想しなかった答えに思わず声を出した。
「んとね。帝竜とかくらいになれば精神的に性別とかもあるかもしれないけど、
 ボクたちみたいな花から生まれるしたっぱには、男の子も女の子も無いの」
「あ……そう」
「だから、ボクには名前も無いよ」
「そう……なの」
「そう」
そのことが不幸な事なのかどうなのかも分からず、ナイトはなんとも言えずにいる。
それを知ってか知らずか、ドラゴンは続けた。

「他のドラゴンはね?同じところで生まれたら大体皆同じ姿になるから
 まとめて狼竜とか、鳥竜とか呼ばれるんだけど、ボクはなんか変な生まれ方しちゃったし……」
「あ、やっぱりあなたは普通とは違うの?」
「うん。普通は生まれたら、たとえばここなら魚の形になれば泳げるなとか、
 飛べたら暮らしやすいなとか考えるみたいなんだけど、ボクは人間のことばっか考えてたから」
「だからそんな姿に?……なんていうか、つくづく変わり者ね」
「うん」
「ふうん。でも、そうね、狼竜とか鳥竜とか……
 それじゃあなたは、人間の形をしてるから人竜ね」
「人竜?」
「そう。何か変?」
「ううん。そっか……じゃ、ボクは人竜だね」
「え」
話が思わぬ方向に飛んでナイトは思わず聞き返した。
「え、人竜って、名前が?」
「うん」
「そ……そんなのでいいの?」
「何か、ダメなの?」
「あなたがいいならいいけど……」
「うんっ。えへへ、人竜、人竜。ボクの名前……」
何故かとてつもなく悪いことをしたような気分になり、ナイトは目を逸らした。
前を向けば、目の前に広がる町が夕日に照らされてオレンジに染まっていく。
「もう日が沈む……そういえば、あなたはどこで寝てるの?食べ物とかも」
「どこって、フロワロの中だよ?」
「野ざらしよね?」
「そうだけど……ボク、ドラゴンだもの。フロワロの茂みにいさえすれば
 雨が降っても風が吹いても平気だし、というか寝なくても食べなくても平気だよ」
「……便利な身体ね……
 ってちょっと待って。じゃああの焼き菓子はどういうこと?」
「え……だ、だって……おいしそうだったから……」
「あ、そ」
もはや怒る気もしない。
夕日を眺めてため息をつくナイトに、人竜はそれでそれで、と話しかけた。
「でね、その姫さんのことなんだけど」
「何、まだ聞きたいの?」
「うん!それでね、ナイトと姫さんは……」


――――――――――――――――――――


予想外だった。

「男の人と女の人って、色々あるんだね」
「……」
(本当に、冗談抜きで、どうして私はこんなことまで話しているんだろう……?)

この時点で、ナイトはすでに驚愕さえ覚えていた。
とりとめのないことから始まって細かいところまで根掘り葉掘り聞き出される。
ここまではまだ覚えているのだが、一体どんな手管を使われたやらふと気付いたときには、
出自から姫と自分の今までの関係に至るまで、半生の何もかもを人竜に話してしまっていたのだ。
狐につままれたどころではない。悪魔にとんかちでぶん殴られた気分だ。
それに、そう、『何もかも』だ。
性的な事柄に関しても、若い娘同士の内緒話でさえ話せないようなことさえナイトは聞き出されていた。
一体何を言っているのか分からないと思う。実は自分でも分からない。
その上さすがに直接的な言い方はせず、抽象表現をフルに駆使した話だったにもかかわらず
何故か人竜は全て正確に理解して詳細を迫ってくる。
見た目子供の人竜に理解され、ナイトは思わず死にたくなった。
顔を赤らめたりするなどの反応があればまだいいものを、
性別がないせいか淡々と続きを促してくるところがさらに自殺衝動を駆り立てる。
「……どうして……」
「?」
「どうして……そんなことまで知ってるの?子供なんじゃ……」
「うーん、確かについこないだ生まれたばっかだけど、ボクドラゴンだから」
「それ……関係あるの?」
「だって、ボクたちお父さんもお母さんもいないでフロワロから生まれるんだよ?
 難しいこともえっちなことも、一通りのことは知って生まれてくるもの」
「そう……」
もはやなにをいえばいいか分からない。
尋常じゃないことまで話してしまったナイトは、許されるなら膝を抱えて泣きたかった。
「ふーん、でも、そっか」
そんなナイトのことなどどこ吹く風、人竜は一人で納得したように頷いている。
そして。
人竜は何の前触れもなく、ナイトにとって最大級の衝撃を持つ一言を口にしてのけた。

「ナイトは、姫さんのことが凄く好きなんだね」

なんと言ったか理解するのに数秒。
何を言われたか理解するのに更に数秒。そして、
「――なっっ――――――!!?」
絶叫レベルの勢いを持つ、声にならない驚愕の声をナイトは上げた。
「……?どうしたの?」
そんなナイトを、不思議そうに人竜が覗き込む。
あまりの衝撃に絶句するナイトは、辛うじて立ち直るやすぐさま人竜に対する疑義を叫んだ。
「な、ど、……どこをどう聞いたらそんな話になるのよっ!!」
「違うの?」
「全然違うでしょ!?大体、私は姫が嫌いだったことすらあるって……」
「好きだったから、嫌いだったんじゃないの?」
「な、何を言ってるのか……」
瞬時に気力を消耗したナイトは再びへたり込んだ。
手をついたナイトは、もはや哀れささえ感じる声音で人竜に諭そうとする。
「あのね、好きな子に意地悪とかじゃないのよ?あの頃、本気で姫が嫌いだったもの」
「あの頃ってことは今はそんなに嫌いじゃないんでしょ」
「それは、そう……だけど」
「じゃ、やっぱりそうだよ。
 好きだけど、自分の事を見てくれないし考えてくれないから嫌いだったってことじゃない」
「う……な」
「いっつも、もっとこうだったらいいのに、って思ってるんでしょ。
 不満なのは今より幸せになりたいからだよ。
 好きだから、そうして欲しいから無意識にいらつくんだよ」
「わ……私……」

流されかけて、そこではっとしたナイトはぶんぶんと頭を振った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!
 勝手なことばかり、肝心なことが抜けてるじゃない!
 どうして私があんな、わがままだし」
「でも、なんだかんだいって大切にしてくれてる」
「人の意見なんてこれっぽっちも聞いてくれないし」
「あの人にとって一番大事なのはナイトだもんね」
「私を困らせてばかり、事あるごとにちょっかいを出して喜んで」
「ナイトが好きなんだもの、仕方ないよ」
「ずっと、何も言わずに私を抱き続けて……」
「どう接すればいいのか分からなかったんだよ」
立て続けにまくし立て、次第に必死になっていくナイトに淡々と人竜は返していく。
言うことがなくなって黙り込むナイトの顔を、もう一度人竜は下から覗き込んだ。
「姫なりに、ずっとナイトの事を大切にしようとしてたんだよ」
「……だとしても……」
歯を食いしばり、喉の奥から搾り出すような声がナイトから出た。
「今更……そういうふうには考えられないのよ。
 これまでずっとこんな主従関係を結んでて……今更恋人同士なんて想像できないのよ……!
 敬語以外で話せないわ。どうしても間に線を引いてしまうの。
 上下関係だからと思えばこそ逆に何でも許してこれたの、恋の幻想なんて壊れちゃったわ。
 だから、これは……そんなんじゃないのよ……」
「……」
先程までとは違う、暗い表情に人竜も圧されざるを得なかった。
しかし、それでも一言だけ、人竜は言う。
「……なら、どうしてそんなに迷うの?」
「……」
「難しいことはほんとはよく分からないけど……ごめんね。
 でも、でもね。ずっと一緒にいて、助け合って、お互いを大事にしてきたなら、
 少なくともそれは、好きになっても当たり前だってボクは思うよ。
 ううん、ならなきゃ変だよ。それじゃ、だめなのかな」
「……………」

長い沈黙の後、ナイトがふ、と息を吐き出した。

「あなた……自信満々よね。一度も姫にあったことなんてないのに」
「だってドラゴンだもの」
「答えになってないわ」
「なってるよ。ドラゴンはね、魂の匂いに敏感なんだよ。
 ナイトの魂の匂いや、その姫さんの移り香で、なんとなく分かるもの」
「……」
町を照らす夕日はさらに沈み、やがて西の地平線に茜色の帯だけが残る。
それを眺める人竜がぽつりと言った。
「もう、暗くなるね」
「そうね。戻らないと」
「帰るの?」
「そう」
「じゃあボクも今日は帰るね」
「きっと、もう会うこともないわ。明日出発だもの」
「えぇ~~……」
「えぇ、じゃないの。これが最後だからね。人間とドラゴンは敵同士なんだから、
 これ以上人間の近くにいちゃだめ。じゃないと本当に捕まるわよ。
 違うところで、静かに、幸せに暮らしなさい。分かった?」
「……うん……」
「じゃあね、元気で」
言い聞かせるように注意すると、ナイトはそのまま人竜に背を向けた。
そのまま振り返ることなくナイトは去っていく。
その背中を、人竜はただ一人で見えなくなるまで見送っていた。


――――――――――――――――――――


「戻りました」
「お帰りなさい。貴女にしては珍しく遅かったのね」
「少し……色々と」
「そ」
マレアイアに送るのであろう手紙を綴りながら、姫は簡単にナイトと言葉を交わした。
そしてふと顔を上げ、少し首を傾げてみせる。
「なあに?聞いて欲しいの?」
「いえ……別に」
「聞かないで欲しいの?」
「……別に」
姫は肩をすくめてふっと笑うしぐさをすると、ペンを置いて立ち上がった。
「そ。じゃ、一応聞かないでおくわ。もし話したいことがあったら
 横に座って最後までしっかり聞いてあげるからね」
「……」
ナイトは是とも否とも言わずにあいまいな沈黙を返した。
「さて。じゃあ、お夕飯はどうする?」
「お昼が遅かったので、私は」
「そう、実は私もなの。じゃあ後にしようか」
「はい」
うーんと背伸びをして姫は書きあがった手紙を手に取る。
首と肩を回しながら自分のかいた文面を確認する姿を見て、ナイトはベッドに腰掛けた。
「……………
 ……昼前、フロワロ踏みに出かけたときに」
「ん」
ナイトが呟くと同時に姫は意外そうな顔で振り向く。
しばしぱちぱちと瞬きした彼は、手紙を置くとすすすとナイトの隣へ移った。
「うん、うん。それで?」
「一人でやろうと思って」
「うん」
「フロワロを踏んでいたら」
「うん」
「人に会いました」
「……男の人?」
「子供ですよ」
凄く真剣な顔で聞く姫にナイトは少し呆れた顔で返した。
「まあ……うん。それで?」
「それでといわれても……奇妙な子で。少し、話をしただけです」
「うん」
「子供らしく好奇心旺盛でしたけど……」
「うん」
「不思議な子で……心が見透かされるようでした。
 いつの間にか、なんか人生相談でもさせられてるみたいになって」
「見ず知らずの子供に人生相談を受ける貴女って一体……」
「だっ、だから『みたいに』って言ったでしょう!?
 向こうが勝手にお節介に人のプライベートに踏み込んだだけです!」
「ふーん……そう。それで?」
「それだけです」
「……はい?」
「それで帰ってきました」
膝に置いた腕をずるっと滑らせた姫が腕を組んで真面目に考え始めた。
「そんなに印象に残るほど人生相談のうまい子供だったのかしら……」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて……
 とにかく、これまで会った事のない未知との遭遇だったんです。
 たぶんこれからももう会うことのないくらい……でも」
「でも?」
「でも……なんだか、近しいものを感じたんです。
 なんというか……仲良くなれるかもしれない、そんな感じで」
そこで姫がくすりと笑った。
怪訝な顔をするナイトに彼は嬉しげな表情を見せる。

「なんだ。つまり、友達が出来て嬉しかったのね」
「え……」
「そうね。私達、小さな頃からお互い以外同年代の知り合いなんていなかったもの」
「……そう、ですね。でもあれは友達というより」
「弟か妹みたいで放っておけない感じ?」
そうかもしれない、とナイトは思った。
あれは危なっかしくて放って置けなくて、少し情が移ったのかもしれない。
「でも……もう、会うこともありませんよ」
明日には出発なのだから。
そう言うと、姫は笑って目を瞑りながらナイトの肩を抱いた。
「大丈夫、私達は旅の空なんだから。また会えるわ」
「……そうでしょうか」
「そうよ」
確証も何もないのに、姫は自信満々にそう言った。
ナイトも肩の力を抜く。会えても会えなくても、まあなるようになると。
「ところで」
と、その肩の力を抜いたところで姫が、好奇心に満ちた顔を向けてくる。
「結局、具体的にはどんな子だったの?
 漠然としたことばかり言ってよく分からないんだもの。
 次会ったら、よければ私にも紹介してよ」
「え」
ナイトは返答に窮した。
さすがに人間の形をしたドラゴンだとは言えない。
「……それはちょっと」
「そうなの?じゃあ、どんなことを話したのかだけ」
「……」
ナイトは再び返答に窮した。
あなたとの関係のことを深いところまで聞かれましたとは言えない。
「……それもちょっと」
「むぅ」
姫が面白くなさそうな、疑念と嫉妬の混じった顔になった。
「ねえ、ちょっと」
「はい」
「その子……男の子?」
「違いますよ」
「本当に?」
「本当に」
少なくとも嘘は言っていない。
「むぅ~~……」
追求を諦めた姫が渋い顔で唸った。
口達者な彼のこんな表情を見るのは随分久しぶりで、
思わずナイトは彼女には珍しいくすりとした笑いを浮かべてしまった。
「……」
やはり面白くなさそうな姫が、ずい、と突然顔を寄せた。
さすがに面食らってナイトも至近距離のその顔を見返す。
「ねえ」
「は、はい」
「お腹がすくこと、しようか」
その意味を、理解するまで考えること数秒。
ナイトの頬にゆっくりと朱が上る。
「は、はい……かまいませんけど……」


――――――――――――――――――――


(こういうとき、何か話したほうがいいのかな)
ベッドの上でごそごそされながらナイトは思った。
服を脱がされるのに合わせ、体を浮かしてあげながら考える。
(正直、前戯の間が一番気恥ずかしい……こっちからも何かしたほうがいいかも)
そう思いついてあがったナイトの手は、しかし彼の背中に回るだけで止まった。
(何をしていいか分からない……)
「ん、どうしたの?」
「いえ、その、なんでも……」
上から不思議そうに聞いてくる姫にナイトは慌てて答える。
(いつもしたいようにさせて早く終わればいいって思ってたから)
姫の背中に回った手が、その身体を抱き寄せるように交差した。
(仕事だと思ってたから)

『ずっと一緒にいて、助け合って、お互いを大事にしてきたなら、
 少なくともそれは、好きになっても当たり前だってボクは思うよ』

(そうかな?)
「あ……んむ……」
自分からは見えない場所に姫の手が触れ、それに声を上げようとしたとたんに口を塞がれた。
ぼんやりと口付けを受けながら、ナイトはさらに思った。
(もっと、この状況を好意的に考えてもいいのかな)
ナイトの手がまさぐるように動いた。
どうしていいのか分からないなりに背中を撫で、裸の胸を押し付ける。
(こんなふうに大事にしてもらって、女としても……)
姫が唇を離し、体を起こした。
もう一度だけ見上げるナイトの唇にキスを落とし、
続けて首、鎖骨、胸、腹へと口付けを落としていく。
「ああっ」
意識せず身体の芯がぞくりと震えた。
(もう少し、この人が喜ぶことを私も喜んでいいのかな)
下に目をやれば、姫がそっと自分の足を開かせようとしていた。
「あの……」
「うん……?なあに?」
「その……後ろから、しますか?」
ナイトの足の間で膝立ちになった姫が、目を丸くしてナイトを見下ろした。
「……いいの?」
「は、はい……あ、じゃこっち向きます……ね」
そう言うとナイトはその場でうつぶせになり、それから体を起こす。
両手と膝をつくとやはりこの体勢への恥ずかしさは消えるものでもなく、
ナイトは項垂れて改めて羞恥に赤くなった。
「……」
しばらくぼうっとその背中を眺めていた姫が、両手をナイトのそれの近くに置いて耳元でささやく。
「ありがと」
ナイトはぎゅっと目をつむって、声にならない声を小さく喉の奥で出した。
「……入れるね」
「っ……」
優しく入り口を押し広げて姫が入ってきた。
ゆっくりとそれが奥へ届き、その感覚がナイトの背筋を抜けた。
「……うん」
いつもと違う感覚を確かめるようにナイトの中に自分自身を納めた姫は、
それがしっかりとそこに落ち着いたのを確認するとゆっくりと動き始めた。

「ぁ……」
「うん……いい感じ」
「あ、あ」
緩いリズムで濡れた音が響く。
姫がかすかに上気した顔でナイトの背中に指を這わせる一方で、
ナイトは想像以上のいつもとの違いに混迷しながら喘いでいた。
(何か……変、いつもと違う)
身体の奥から押し上げてくる感覚に歯止めがきかない。
「っふ、ぅ……あぁ……!」
いつもなら、正面から姫を受け止められて、心の準備が出来て、快楽に抗うことが出来た。
最初はそれでも性交の感覚をどこに逃がせばいいのか分からなくて泣き声をあげたものだったが、
やがて回数を重ねるうちに、そうやって翻弄されず自分を保つことが出来るようになったのだ。
今はそれができなかった。
(感じる、恥ずかしい……!)
背後から犯される感覚にどう対応していいか分からない。
抱きしめあい、口付けを交わしながらではないより直接的な性の動き。
それなのに呼吸や心音、体温はいつものように密に背中越しに伝わってくる。
深く、姫がナイトの中を貫いた。
「あ、あー!」
戸惑いに押し流され、ついにナイトが声を上げた。
その声に引かれ、もう一度姫が覆い被さるようにナイトの手に自らのそれを重ねた。
「……感じる?」
「ひぃん、あ……」
姫が腰を使うたびに、ナイトの口から断続的な喘ぎが漏れる。
ナイトは快楽に押し流され始めていた。
「……嬉しい。ね、こっち向いて……」
「ふ、ふぁ……?」
姫が、そっとその顔をナイトの顔に寄せた。
振り向いてぼうっとしたナイトは、少ししてその意図を理解する。
「……」
考えるより前に身体が動いていた。
目を閉じ、自分からも顔を寄せる。
ちゅ、と音を立てて唇同士が触れ合った。
お互いの唇と舌先が戯れるように求め合う。
随分と長い間そうしてから、姫はかすかな笑いを浮かべながら顔を離した。
その手がナイトの頭に伸びる。
「……」
「あ」
その髪を結んでいたリボンが、すっと姫の手で引き抜かれた。
続けてもう片方のリボンもほどかれ、さらりと音を立てて髪がベッドに落ちる。
無造作な長く伸ばしただけの髪型になったナイトは、半ば呆然として姫を見ていた。
「あ、あ……」
「……じゃ、続けるね」
再び姫が動き始めた。
「ああぁっ…………!」
打ち込まれる快楽と一緒に、それまでにない痺れが背筋を貫く。
髪を下ろされたナイトは、同時に心の鎧まではがされてしまったような喪失感を感じていた。
二つに分けて髪を留める大きなリボン。
自分のお気に入りのスタイルであるとともに、自分を勝気そうに見せるアイデンティティー。
それを取り払ってまっすぐに髪を下ろしたナイトはおとなしい少女にしか見えなかった。
ナイトは自分が何の力も無いただの娘になったような錯覚を覚えていた。

「気持ちいい?」
「ひあ、あ」
「もっと感じて」
「んあ、あああっ」
「ほら、もっと!」
「や、あ、あ、ああっ、あああああああっ!!」
姫が昂ぶり始めた情欲をナイトに叩きつけ始めた。
虚勢を剥がされて、自分さえ見失いかけた心に暗示のようにその情欲が刻み込まれていく。
スポンジが水を吸うようにナイトの心はそれを受け入れ始めていた。
歪んだ主従関係も、自分を保つための虚勢も、今は全てどうでもいい。
ただ今は、女として愛される悦んびを感じていたい。
「あ……」

(きもち、いい……………)

「ああぁーーーーーっっ!!」
涙を流しながらナイトは絶頂した。
背筋が強く反り返り、仰け反った喉が悲鳴のような叫びを搾り出す。
断末魔のような絶頂に合わせて体内が締まり、姫が小さく呻いて愛液にまみれた自分自身を引き抜いた。
「ひんっ」
引き抜かれる刺激でもう一度軽く痙攣したナイトが、糸が切れたようにがくりと俯く。
その身体に覆いかぶさって姫が放つ精液の熱さを背中に感じながら、ナイトはゆっくりと崩れ落ちた。
「……う……」
枕に顔を埋めるように前のめりに突っ伏して小さな声を出す。
頭の芯が鈍く痺れ、強力な倦怠感が全身を包み込んだ。
虚脱感に浸るナイトの耳元に、屈みこんだ姫が口を寄せる。
「……素敵だった」
そう囁くと側頭部に軽い口付けをして、姫はナイトの顔が向いてるのと反対側に倒れこんだ。
気怠げな腕が頭と腰に回り、ナイトを自分のほうへゆっくりと引き倒す。
そのまま抱き寄せられると虚ろな幸福感がナイトを包んだ。
(あ……)
つ、と背中を精液がつたった。
思考の全てが熱に侵され、ぐずぐずに溶けきった理性で、ナイトはぼんやりと思った。
(今聞かれたら……何を聞かれても本当の気持ちを答えてしまいそう……)
抱きしめたまま、姫が囁いた。
「……ねえ、ナイト」
(あ……)
「あのね……」
どうしよう、という、何を聞かれるのか、という、恐れにも期待にも似た感情が駆け巡る。
「姫……」
そして、ヒビの入った器から水が流れるように、
ナイトの口からある言葉が勝手に零れ落ちようとした。
「私……」

「次は、目隠しを使いたいのだけど」

嬉しげに、楽しげに、姫が言った。
力の入らない首をゆっくりと巡らせ、ナイトが後ろの姫を見る。
……正直、従者を辞めようかと一瞬本気で思った。


――――――――――――――――――――


「さ、ミロスに戻らなくちゃ」

翌日、カザンの城門前で旅支度をした姫が言った。
鎧を着込み荷物を背負ったナイトが、歩み寄りながら姫に言う。
「言われたとおりギルドオフィスにも連絡はしておきました。
 向こうに着いても、しばらくはミロス支部の指示に従うようにとのことです」
「うん。セティス様からは危険なミッションには参加しないように言われてるけどどうかしらね」
「一応マレアイアから公式に連絡は行っていますし、あまり危険なミッションへの
 参加要請は来ないでしょう。カザンとしてはそうも言ってられないかもしれませんが」
「そのとき考えるとしましょうか」
「そうですね」
ふふっと笑うと、姫は改めて隣に立つナイトに顔を向ける。
「さ、行きましょう」
「はい」
そして、歩き出す姫の後を着いてナイトは歩き出した。
「……」
「……」
「……」
「……あ」
「どうしたの?」
しばらく行った所で、ふとナイトは立ち止まった。
「あ、いえ……ええと、すみませんが先に行ってもらえませんか」
「忘れ物?それなら一緒に戻るけど」
振り返って尋ねる姫にナイトは首を振った。
「いえ。とにかく……すぐに追いつきますから」
「そう……分かったわ、すぐにね」
少し考えた末、姫はナイトの言うとおりに先へ歩いていった。
しばらくその背中を見送り、後ろ姿が小さくなったのを確認すると
ナイトは背後のフロワロ畑に向かって声をかけた。

「……そこにいるんでしょ」

フロワロの中からひょこん、と人竜が頭を出した。
ナイトは深くため息をつく。
「はぁ……」
「えと、あの、だって……」
人竜がごにょごにょと困ったような申し訳なさそうな顔をして何か言う。
「……いいわ、好きにしなさい」
「え」
もう一度ため息をついて、ナイトは一言だけ呟いた。
人竜が意外そうに顔を見上げてくる。
「ただし。絶対他の人の前に出ないこと、私に迷惑をかけないこと。
 もし破ったら、もう絶対に口を利かないからね。分かった?」
「う、うんっ!」
人竜の顔にぱあっと笑顔が広がった。
やれやれ、と肩をすくめてナイトは踵を返す。
再び人竜がフロワロに引っ込んだのを感じつつ、ナイトは向こうを見た。
まだ姫の姿は小さく見えている。
そして、ナイトは走り出した。
後ろからは人竜がフロワロの中を着いてくるのが気配で分かる。
ふと足音に気付き振り返った姫のもとへ、ナイトは足取りも軽く駆けていった。

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最終更新:2013年05月05日 00:03