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◇◇◇


 血のような紅き眼をした彼女は歩く。赤黒く、染まった服を着て彼女は歩く。
 ケタケタ。何が可笑しいのか彼女は笑う。ポタリポタリ。ナイフから滴り落ちる血液と同じリズムで彼女は笑う。
 彼らはそんな狂った彼女を見つめることしかできないでいた。
 助けたかった。今までも、諸国を旅して助けを求める人は数多くいた。しかし、助けることができたのはその内の一握りだろう。
 その多くが、竜に殺された者達だった。目の前で殺された者達もいた。誰にも知られずに死んだ者達もいた。
 その場面に出会う度に、彼らは胸の奥で、悲しみと怒りと悔しさで溢れた。
 死んだ者達の家族や友人、恋人からの糾弾もあった。
『どうして見捨てた』
『どうしてもっと早く来なかった』
『どうして助けなかった』
『どうしてお前達だけが生きている』
『どうして』
 どうして、どうしてと非難されながらも、彼らは戦ってきた。きっと自分達の戦いは誰かを助けるモノだと信じて、戦ってきた。
 その結果が、これである。たった一人の民間人を救えず、一人の人生を狂わした。
 彼らが聖職者なら、神を恨んだろう。だが、彼らは神を信じない。三年前のあの日に信じることを止めたのだから。
 だからこそ、彼らは自身の愚かさを呪う。何も守れない弱さを呪う。
 そんな彼らを嘲笑うかのように、彼女は彼らに近付いてきた。
「皆さん、足が止まっていますよ? 早く彼の元に行きましょう? きっと彼は待っていてくれているんですから」
 彼女はそう、催促の言葉を告げ、先へと進んでいく。
 彼らは、例え彼女がどんな風になっても命だけでも助けよう、と諦めにも似た決意をして、彼女の後を追っていった。


◇◇◇


 洞窟を中程まで進んだろうか。氷の床に手こずりながらも進んだその先には、見覚えのある影があった。
 それは傷つき倒れる、リタ、エミリ、ハリスの三人だった。
 彼らはすぐさま駆けより、息があるのを確認すると、何があったのか尋ねた。
「ご、ごめん……あの……人を見つけ、たんだけど……正気を無くしてて……」
 そこまで言って、リタは気を失った。
 リタの言葉から、彼がこの洞窟にいるのは間違いない。
 何処だ。何処にいる。と、彼らはお互いに周囲を警戒して――、

「……ッ! 上、だっ!」
 ハリスが叫ぶと同時に、彼らは上を見上げる。が、遅かった。
 既に、目前まで迫っていた。
 轟音と共に、彼らは四方に散らばる。その中心には彼がいた。いたが、『彼』ではなかった。
「ミタナ……?」
 それは竜の鱗で覆われていた。赤い鱗は興奮したかのように蠢いていた。
「ワタシヲ、ミタナ……?」
 それは獣の顔をしていた。紅の眼と白い牙が、彼らに向いた。
「――コロス」
 それは人の体だった。あの時会った彼の体によく似ていた。
「コロス。コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスッ!!」
 彼の名前は誰も知らない。それ故この怪物の名は【ロスト】。失った全てを求める者。
 手には此処の修練者のだろう刀が握られ、所々破れた衣服はやはり修練者のだろう血がこびりついていた。
 それが物語るのはただ一つ。
 彼はもう、ヒューロの邪気に呑まれたのだ。
 遅かった。その一言が、彼らの脳に浮かんだ。
 せめて、せめてもう一日でも早く来ていれば……。そう、後悔の念が彼らに押し寄せる。
「あはは……」
 彼らが絶望にも似た悲しみを想っている時、突如彼女は笑い出した。
「あははは、あはははははは! あはははははははははははははははっ!」
 狂喜の笑い声を響かせ、彼女は彼を見て、呟く。
「……貴方の答えはそれなの? 違うでしょ? 私を待っていてくれてたんでしょ? 私はずーっと待っていたんですよ? 違うの? 彼は私の為に、こんな所でも待っていてくれたのよ。そうよ、きっとそうだわ。ふふふ……そうよ……そうよ……ふふふ……」
 彼女は呟くのを止め、ゆっくりと顔をあげると、先程のナイフを構えた。
「皆さん、申し訳ありませんが彼を動けないようにしてくれませんか? 彼ったら、イライラして私の言葉も聞いてくれないみたいですので、ちょっとお灸を据えないといけませんし、ね?」
 彼女は笑って言った。ニコリと優しい笑顔がよく似合う彼女だったが、彼女の紅く染まった瞳は何も移さず、虚空を見つめるのみである。
 異常であると知りながらも、彼らにはどうすることもできずにいた。
 やがて、彼の叫びと共に、戦いは始まった。
 誰も報われない戦いが始まった。始まってしまった。

 彼らに助けを求めた心優しい男は、刀を握る右手を振り下ろしながら、彼らに襲いかかってきた。
 彼らに助けを求めた心優しい女性は、ナイフを握り、笑いながら彼に向かっていった。
 彼らは、最悪のシナリオを思い浮かべながら、しかし戦うことしかできないので、彼へと各々武器を構え、走り出した。
 止める者は、誰もいない。止めれる者も、誰もいない。
 空気を切り裂く刃の音が、どこか悲しんでるように洞窟内に響いた。

 その人は一言で言えば『異質』だった。
 アイゼンの人は皆、私達ルシェを卑下するような奴ばかりだと聞いていた。
 無論、私は冒険者(ハントマン)として各地を旅したので、そんなのは比率の問題か誇大妄想みたいなモノだろうと知っていた。
 しかし、やはり宮殿使いの高官達となると当然、偏見も酷くなり、まさしく話の通りの『アイゼンの人間』になる。

 だが彼は違った。

 私と彼が初めて会った日。彼にクエストを頼まれた。
 内容は彼の仕事の補佐。そんなの、ルシェである私がやれば使用人もとい奴隷のようなものだ。一発殴って、断ろうかと考えたが、お金が乏しい当時は仕方なく引き受けた。
 結果として、それは良かった。
 彼は真面目に仕事をして、その合間に休憩と称して私とたわいもない談笑をする。
 その顔に私を見下すような感じはなく、本当に喋るのが好きな人なんだな。と分かるぐらいに彼はお喋りだった。
 気付くと、クエストの約束時刻は上回っていて、他のメンバーを待たせていた私は慌てていて、ロクに挨拶もせずに帰ってしまった。
 それなのに後日謝罪をすると笑って許してくれる彼がいた。
 私はこの時から彼に惹かれていたのだろう。
 それからアイゼンに寄る時は必ず彼に話しかけた。彼も私の冒険譚を気に入ってくれたようで、少し渋めのお茶と甘いお団子を出しながら聞いてくれた。
 何時しかそれを楽しみに日々を生きていた自分に驚いた。
 同時に気付いた。あぁ私は恋をしているんだって。
 そんな日々が続いたある日。私は彼にプロポーズをされた。
 真っ赤な顔をしながら必死に叫んだ彼に、私は何だか可笑しくて、抱き締めながらお願いします。と囁いた。
 するとみるみる内に赤かった顔が更に赤くなって、強く抱き締めてきながら今日は人生最高の日だ! と彼は叫んだ。
 五月蠅かったから足を踏んで落ち着かせたのはここだけの話。
 それからは本当に大変だった。
 ハントマンとしての後処理。貴族の妻としての振る舞い。周囲の静かなイジメ。それでも、彼の側にいたかった私は、必死に耐えた。
 そんなある日、私と彼(と言っても今は夫である)はある高官に呼び出された。
 私達は覚悟した。おそらく、別れよとの命令だろう。下手したら斬首。良くて左遷か。後ろ向きな考えを胸にして、それでも私達は手を取り合って赴いた。

 辛辣な表情で向かった私達を待っていたのは高官ではなかった。なんと、皇帝陛下本人であられた。
 私達は何事かと恐怖にも似た不安を感じた。
 皇帝陛下はそんな私達にこう仰られただけでした。
「夫婦円満こそ、老いる人間の幸福の秘訣。何時までも末永くいたまえ」と。
 そう仰ると皇帝陛下はお連れになったのであろう第三王妃様と供にゆっくりとお部屋を後にしました。
 残された私達は暫くポカンと呆けた後、やっとの事で理解しました。
 私達の仲は許されるモノなのだと。それが嬉しくて嬉しくて、その日は子供みたいに二人涙を流して喜びました。


◇◇◇ 


 以上で、私の短い物語は終わりです。
 それからの私達を皆さんは見ることはできません。だってコレはあなた達から見たら未来の事なんですもの。
 だけど私の夫の姿なら見ることが出来ます。今より少しばかり若いですけど、見た目だけは妙に年老いていて。ふふふ……。
 会ったなら挨拶ぐらいはして下さいね? 彼、本当はお喋なくせに、あまり喋れなくてイライラしていますから。私みたいなハントマンとの会話が一番楽しかったそうですよ?
 え? 何処にいるか分からない?
 いつも同じ所にいますよ。アイゼンの宮殿の入って左奥。仕事場のその階段側の……そう、その人! あ、だからって狙わないで下さいね? 私の大切な夫なんですから!
 それでは皆さん、お別れの時間となってしまいましたので、またお会いするその時までは夫によろしくお願いしますね。
 さようなら。


◇◇◇


 ――暗転の後、どこからともなく声が聞こえる。
『君達はこの映像を見た後、その人に会っても良い。但し、決してこの映像の中身を言ってはいけない』

 彼らは、不思議な体験をした後にとある場所を訪れた。

『何故なら、彼らがこの未来を知らないことは必然であるからである』

 そこはアイゼン皇国の宮殿。入ってから左奥にある仕事場。

『未来をかえてはいけない。と、いうわけではない。未来は不変な物などではないからだ』

 そこには、真面目に仕事をこなす髭を生やした若者という不釣り合いな人間がいた。

『しかし、もし君達が彼らの幸せを望むなら、私の言うとおりにして欲しい』

 その男は君達に気が付くとやぁ。と軽めの挨拶をする。区切りがついたのだろう。愛用の湯飲みに渋めのお茶を入れ、手招きしている。何か良いことがあったのだろう。
 彼らは苦笑いしながら彼へと向かう。

『そして、もし。もし君達が彼らの物語をその目で見たく、また、その物語を少しでも協力したいならば――』

 彼らは彼の近くに腰掛け、話を聞く体勢になる。
 彼もまた、話をする体勢になる。

『――彼の話を最後まで聞いてあげてくれ。そうすれば、きっと君らにクエストを出すだろう。後は――』

 彼はゆっくりと口を開く。

『――ハントマンである君達の番だ』

「聞いてくれ! 何と、ようやくこの僕にケモミミ少女の知り合いが出来たんだ! あぁ最高だよ! 時間が空いてるなら僕の話を聞いてくれると嬉しいんだが……聞くかい?」

【聞く】【聞かない】

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最終更新:2013年04月28日 22:08