身体中から血を垂れ流しているルシェの男がそこに居る。
完全に破壊し尽くされた家『だった』場所の壁に寄りかかり、もはや満足に見えない目を、真っ直ぐ南の方向へと向けている。
右手には折れてずいぶんと軽くなったグラディウス。
左手は無い。
つい一時間ほど前に竜に食い千切られたためだ。
男は、ネバンプレスの勇敢な兵士だった。
男は、この破壊し尽くされフロワロに覆い尽くされた街の生まれだった。
男は、もうすぐ死を迎えようとしていた。
しかし男の心の中は、これ以上ないほど安らいでいた。
自らの意志を受け継いだ人間が現れたからである。
――おいあんたっ! しっかりしろ!!!
――お……おまえたち……は……?
つい数分前の出来事だった。
四人の若いハントマン達が男の目の前に現れた。
すぐに彼らは自分を見つけ、血相を変えて無事を確認しようとし、もはや手の施しようがないことを知り絶望の表情を見せた。
ショックのあまり涙を零す者まで出るが、男はそんな彼らを優しく慰めた。
――もう、何度も全滅させたんだが……フロワロは消えない……。辺りの竜は全て、倒しているはずなんだが……消えないんだ……。
――そんな……!!!
――今ここの竜を相手にするのは止めるんだ……。俺のように、なるぞ……。
そして、彼らに最期の頼み事をする。
――俺の代わりに……この街を救ってくれ……。
彼らは、力の籠もった視線を自分に向けて、何度も頷いた。
男もその反応に満足し、笑みを浮かべてゆっくりと頷く。
最後に、彼らの名前だけでも聞いておこうと男が質問し、彼らは答えた。
そして男は、彼らの名前が、英雄と同じ名前であることを知った。
何という幸運だろうと男は驚いた。
東大陸の帝竜を一掃した英雄達に、自分の意志を託せるとは。
そして彼らはこの街を去っていった。悔しげな表情を隠そうともせず、何度も自分の方を振り返りながら、徐々に徐々に――。
男は、最後の力を振り絞って、足を引き摺りながら大通りへと出た。
中央広場に向かって、しっかりと立つ。
我が物顔で行く、竜達の姿はもはや彼の視界に映らない。
彼の目には、フロワロが、竜が一掃され、再び元の美しい街並みを取り戻したバ=ホが見えていた。
竜が男の存在に気づき、近づいてくる。
そしてゆっくりと牙を剥き、男の身体を――。
西大陸から帝竜が一掃され、フロワロが払われたここバ=ホで、地道に復興作業を行う一人のルシェの女が居た。
建物を修復するほどの力仕事はできないため、砂漠化している地面に花を植える程度の復興作業だ。
女はこの街の生まれだった。
だから、無残にも破壊し尽くされてしまった街の姿を見ても決して絶望せず、在りし日のバ=ホを夢見て今日も黙々と土を耕し、種を蒔き、肥料や水を与える。
そんな女に、最近二人の協力者ができた。
一人は同じルシェの女性で、彼女は少しでも人の流れができるようにと宿屋を開いた。
もう一人はミロスからやってきたという人間の女性だった。
自分に何かできれば、と遠路遙々ここにやってきたらしい。
女は、この二人の協力者の出現を心から喜び、歓迎した。
一人から三人に増えたとはいえ、やれることは酷く少ない。
だが、お互いが励ましあうことで、ずっと希望を持ち続けることができた。
女には宝物があった。
フロワロが消えて、初めてここに帰ったときに見つけた、一つの品物。
まだ女が一人で復興作業をしている時、寂しさに挫けそうになったときは必ずその品物を眺めて、勇気をもらった。
たった一人でこの街を守ろうとした、勇敢な仲間を傍に感じることができたのだ。
――あら、その剣……折れてるね。
――ん、これか? 私の宝物だ。
折れたグラディウスが、彼女の手の中に収まっている。
名も無きルシェの男の意志は、英雄に受け継がれた。
しかし男の知らぬ場で、名もなきルシェの女にも、受け継がれていた。
最終更新:2013年04月19日 20:35