「カザン共和国、冒険者(ハントマン)を目指すものならば一度はその名を耳にする場所。
各国から冒険者が集い、ドラゴンへの反抗の拠点としての機能を備えつつあるそこに、
一団の旅人達が向かっていた。
「カザンまで……あとどれくらいだ?」
そのうちの一人、前の方を歩く頑強な若者が尋ねる。
「Amazonの調子にもよるけど、たぶん明日にはつくよ」
それに答えたのは後ろを歩くもう一人の青年だった。こちらはやや知的な雰囲気を感じさせる。
「アマ……?何のことだか分からんが明日にはちゃんとした宿で休めると言うことだな」
最後尾を歩く和装の女性が話に参加し、
「ここ最近はフロワロのない場所を捜すだけでも大変でしたね」
前髪をヘアピンで留めた長髪の女性が同調する。そして、
「………おなかすいた」
一番前を歩く仏頂面をした少女が彼らが敢えて口に出さなかったことをストレートに表明した。
そう、彼らは空腹だった。昨日の昼から水しか飲んでいない。
「お前を責めるつもりはないぞ?ないんだが、どうしても言わずにはいられん。
……………あそこで交渉に失敗しなければなあ」
和装の女性が愚痴をこぼす。
その『お前』であるところの青年が泣き笑いのような表情になって肩を落とした。
「勘弁してよ……もうこれ以上槍玉に挙げられる精神力は残ってないよ」
「だからお前を責めるつもりはないといっているだろうが」
「その場に俺達も居たんだし、お前に出来なかったことが俺達にできるわけがないしな。
……とはいえ、この装備じゃ愚痴もこぼしたくなるさ」
「ほとんどの装備を失ってもうハントマンだかただの旅行者だか分かりませんものね……」
どうやら彼らはハントマンであるようだった。
それを前提としてもう一度彼らを見直せば、それぞれの装備の特徴が見えてくる。
安物だが大振りの剣を提げている若者はファイター。
簡単な盾とダガーを腰につけている女性はナイトと思えなくもない。
「私なんぞ刀がないんだぞ。いくらこの両手もまた魂だといってもそれは
剣を提げ、もののふとしての形を完成させてのことであってだな……」
本来なら刀を持っているはずだったという彼女はサムライで間違いないだろう。
「僕もなあ……詩集や童話類は全部置いてきて、あるのは必要最低限の魔導書だけ。
しかも宝珠がないから魔法の勉強の成果さえ確かめられないし」
「………おなかすいた」
リュックに何冊かの本をつめたこの青年はメイジのようだ。
そして先程から空腹を主張し続ける彼女は、……彼女だけはなんの手がかりもなかった。
武器も持たず、カバンも持たず、服装は至って普通の町娘風。ハントマンなのかどうかさえ疑われるだろう。
そんな彼女に、ファイターと思しき青年が声をかける。
「腹が減ったのは分かるけどな、そういう時は口に出すとイライラしてくるもんだ。
とりあえず今はそんなこと忘れて、別のことをしゃべらないか?」
「じゃ、早くカザンに着きたい」
「……えっと、その」
「早く着いて、あの子に会いたい」
そして彼女ははるか遠く、カザンがある方向をまっすぐ見据える。
「あの子に会って言うの。私は、プリンセスになる」
繰り返すが彼らは金がなかった。
もといた国を出てくるときに関税関係でひと悶着あり、装備のほとんどを捨て値で処分することになったのだ。
カザンでギルドを開くために一部を残したわずかな路銀で少しづつ進み、路程の3分の2を歩いた頃のことだった。
「なんだか今聞いてきた話だと、この先でフロワロのために大規模な通行止めがあるみたいだ」
そこはよくある宿場町。久しぶりにベッドで眠れると喜ぶメンバーをには振って湧いた災難だ。
「こんなところで足止めか?路銀もそうないってのに」
「明日からフロワロの除去作業をやるそうだけど、作業員を募集してるみたい。
働きによってお給金が出るからそれで何とかするしかないね。できれば路銀を補給するつもりでやろう」
「フロワロの除去作業ですか……この子はどうします?さすがにこの子を連れてはいけないと思います」
ふと自分の話題を出されて、少女は話し合う仲間達を見上げた。
「体力的にも作業を手伝ってもらうわけにはいかんし、待っていてもらうより仕方なかろう」
「このあたりなら人もたくさんいるし、知らない人についていかなければ大丈夫だろう」
「と、いう訳なんだけど……明日から通行止めが解除されるまで一人で待っててくれるかな?」
少女はこくりとうなずいた。
生来の性質で友達など出来たことはないし(と少女は思っている)、一人はなれている。
「じゃあ頼むよ。人目のあるところにいて、不審者に気をつけるんだよ?」
早速次の日から少女は孤独ライフを満喫していた。
朝起きると誰もいない。一人で食事し、一人で出かける。
言われたとおり人目につくところでしゃがみこみ、地面の何かを見つめてぶつぶつと独り言を呟く。
おなかがすけば何か買って食べ、すかなければ夜まで何も食べない。
朝起きて気分が乗らなければそのまま寝続けることさえあった。
そして四日目、今日も一人で空を見上げる少女の耳にかすかな歌声が届いた。
不思議と興味をそそるその歌声に、引き寄せられるように少女は近付いていった。
そう遠くない公園に、彼女はいた。
青い髪、紫の目、どことなく自分と似た雰囲気。
そして何より特徴的なのはその頭にゆれる獣のような耳だった。
もう一人の少女は、少女に気付くと歌うのをやめて話しかけてきた。
「こんにちは。はじめまして。ボクの歌を聴きに来てくれたの?」
その一言で少女は、ああ、この人は自分と違って誰とでもしゃべれるんだ、と思った。
仲間と出なければ一言も口をきかず、仲間にさえ滅多に話しかけない彼女にとって、
そのもう一人の少女は見た目が似ていても自分とは対極に位置する存在だった。
「……別に」
普段の彼女ならそう答えていただろう。
だが、今日は違った。
どうしてだか、本当にどうしてだか、彼女はいつの間にかうなずいていた。
「わあ、うれしいな、ありがとう。
君の名前はなんていうの?ボクはね……」
次の日から少女は、朝起きて食事をするとまっすぐこの人気のない公園に向かうようになった。
少女はもう一人の少女と、いろいろな話をして過ごした。
彼女はマレアイア出身のプリンセス見習いであること、彼女もまたカザンに向かう途中であること。
自分のこと、これまでいた場所のこと、これからカザンでハントマンのギルドを作ること。
他人と話すことなど必要がなければしない、むしろ必要があってもしない少女にとって
もう一人の少女との交流は初めての連続だった。
自分が今まで知らなかった暖かい嬉しさが確かにそこにはある。
「歌を歌うのは楽しいよ。それにボクの歌で皆が元気になってくれると思うと、なんだかボクまで嬉しくなるんだ」
「……そうなの?知らない人でも?」
「知らない人でも。だって、その知らないってもしかしたら友達になれるかもしれないってことじゃないか」
「友達に……なれるかな」
「きっとなれるよ。君とボクだって友達になれたじゃないか」
「………!!……友達?これが……友達」
「そうだよ、変なの。そうだ、友達の歌を教えてあげる。一緒に歌おう?」
「…………………うん」
そして少女はいつの間にか笑うようになっている自分に気付いたとき、
生まれて初めて他人のことを本当に友達だと、一緒にいたいと思った。
そしてその晩、
「フロワロは大体片付いたよ」
大切な時間の終わりは唐突にやってくる。
「明日……出発するんだって」
「……ボクは今夜にも出なきゃいけないみたい」
「そう」
「うん」
少女は言葉を捜していた。
生まれて初めて出来た友達との別れに、何を言えばいいのかが分からない。
ただこのままではいけないという漠然とした思いが胸の中で渦巻いていた。
「ありがとう」
結局出た言葉はそれだった。
「え……ありがとうって……なにが?」
「……なんとなく。
……
……そう。友達になってくれて、嬉しかった。だから」
「そんなの……ボクだって嬉しかったよ。ボク、ほんとは友達いなかったんだ。君が始めての友達」
「そうなの?私も……始めて……」
「なんだ、そうだったんだ……あのね?ボク、君が友達になってくれてすっごく嬉しかったよ」
「うん」
「本当に、本当に嬉しかった」
「うん」
「今まで生きてきた中で一番嬉しかった。
……
……………だから、ね」
「ボクの大切なもの、あげる」
そして、
差し出される耳。
「……これ」
それは青く、ふわふわの耳毛が可愛らしい付け耳だった。
「ボクの耳と同じなんだけど……イヤ?」
少女は答えずにそれを頭に載せた。
するとその耳は、まるでもとから少女の一部であるかのようにぴったりと自然に落ち着いた。
「……これで、おそろいだね」
「……うん」
「ね、いつかまた会おう?カザンか、マレアイアで」
「うん。約束だよ」
「約束」
人気のない公園で二人の少女が微笑みあう。
それは十数年来の親友のように自然で、暖かい笑みだった。
「話を聞くに、その子はルシェ族だったんだね」
話は現在、カザンへ続く街道に戻る。
「ルシェ」
少女がその言葉を反復しながら頭の耳を撫でる。
あの耳飾りは今も少女の頭の上にあった。
「向こうではルシェ族っていう種族の人間がたくさんいるらしい。
特にその耳は良くも悪しくもアイデンティティーみたいだから、妙な誤解を受けないようにしないとね。
いってる意味、わかるよね?」
「わかる。大丈夫、これは友達がくれた大切なものだから」
「誤解を受けたときはそのままにしないでちゃんとそういわなきゃ駄目だぞ」
「うん」
もう一度耳を撫でて、少女は先を見やる。あの子は今どこにいるだろうか。
ふと、翼を持つ影が少女達の前を横切っていった。
「あ、鳥ですね」
「大きい鳥だったな、この近くに巣か水辺でもあるんだろうか」
「……ちょっと待った、鳥?」
メイジ見習いの青年が影の向かっていった方向の上空に目を凝らす。
遥か向こうで、大きな影が旋回するのが見えた。
「鳥にしては、翼と身体の比率が……」
そういっている間にも、翼を持つ影はこちらへ近付いてくる。
……青年の視界で、その影が鱗に光を反射させながら大きく羽ばたいた。
「―――っ」
青年が息を呑む。
そして振り返り、ひとつ息を吐いて、言った。
「……来た!ドラゴンだ!」
ナイトが少女を引っつかみ、同時に全員が全力で走り出す。
すでにドラゴンは目を凝らさなくてもそれと分かる距離にまで近付いていた。
「畜生、なんだってこんなときに!!」
「おなかがすいて力が出ません……!」
「無駄口叩いてる暇があったら足を動かせ!追いつかれるぞ!!」
抱きかかえられて地上を疾走しつつ、少女はもう一度カザンの方角を見た。
いつかまた、絶対にあの子と会う。
そのときには自分も立派なプリンセスになって、二人で聞く人全員を虜にしてみせる。
そんな決意を胸に秘め、とりあえず彼女は自分を抱えて走るナイトを励まし始めた。
最終更新:2013年04月19日 20:36