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カザンの 兄想いの妹の兄×兄想いの妹。
正史とは違うもう一つのエンディングをイメージしてますが、ネタバレはないはず。
個人的にはハッピーエンドのつもりですけど、
見方によっては普通に鬱かもしれませんので注意してください。 

いっそ世界なんて、なくなっちゃえばいい――


私はかつて、そう思ったことがある。
――と言ってもそれは遥か昔、まだ幼き日のことだ。
母親に叱られた。父親にげんこつを落とされた。
そんな他愛もない理由で、世界の終わりなんて大それたものを望んだあの日。
泣きながら家を飛び出しては途方に暮れ、夕方になると探しにきた兄に手をひかれて家路についた。
やがて少しずつ成長していくにつれて、私は当たり前のことを学んだ。
私がいくら自分勝手に望もうと、世界は終わりなんてしない。
それ以前に、「世界の終わり」を望むこと自体がなくなっていた。
厳しくも心の奥底では優しかった両親、いつも私を大切にしてくれる兄、
沢山の友達、楽しい毎日。
時々イヤなことはあったけれど――
それでもやっぱり、私にとって世界は輝いていたから。

なのに――
私は、窓の外に視線を向けた。
視界に飛び込んでくるのは一面の花、花、花。
醜いかと言われるとそうではない。
むしろ、カラフルな原色に彩られたその花は、綺麗だと言ってもいいだろう。
だけど、すべてを飲み込むかのようにそこら一面に咲き誇るその姿は、今となってはどこまでも禍々しかった。
”フロワロ”。
そう名づけられた、怪しい色彩を放つ破滅の花は、
一昨日よりも、昨日よりも、着実にその密度を増してきてるかのようだった。
もはやそれは、遠い国の御伽噺でも、遥か未来の話でも、一年後の話ですらなかった。

「世界の終わり」は、もはや目の前に迫っているのだ。
私は溜息をひとつつくと、カーテンをそっと閉めた。



この国、いや、この星のいたるところに、フロワロが咲き始めてもう三年以上が経つ。

街中でも時折見かけらるようになったその花は初めのうちこそ、
遠慮深げにひっそりと咲いているように私の目には映った。
次の日には大抵、誰かに駆除されてなくなってしまっていたけれど。
だから当時の私は、その花がそんなに悪いものだとは思えなかった。
それはきっと、私だけじゃない。
周囲の友達も、大人たちですらもみんなそうだったのだ。
結局のところ、何年後の破滅よりも明日の食事を心配しなくては、人は生きていけない。

この花が地上を覆い尽くす時、世界は滅びる――
なんてことを言われても、現実感がまるでなかった。
誰もが、うすぼんやりとしたぬるま湯のような淡い恐怖に侵されつつも、
心のどこかでは、「『誰か』が『なんとか』してくれるだろう」そう考えていたに違いない。
そして、その「誰か」は確かに現れた。
今は亡き大統領に見初められたというそのギルドは、三年間の沈黙ののち、
――なんでも、フロワロの毒に侵され、眠っていたという話だ――
世界各地のドラゴンを次々と倒し、フロワロを散らしていった。
かく言う私も、彼らにおおいに世話になった人間の一人だ。
彼らは、旅先で記憶を失い、音信不通になっていた私の兄を連れ戻してくれたのだ。
(この人たちならきっと、この世界も救ってくれる!)
私はそう信じた。
言葉にすると陳腐かもしれないけれど――彼らはまさしく、希望の光だったのだ。

やがて彼らは、決戦の地へと赴いた。
恐らくは、私のように平凡に生きてきた人間には知る余地もなく、
想像もつかないような、強大な相手の元へ。
私のかけた、「絶対に生きて帰ってきてね!」との言葉に
大きく頷いてくれた彼らの笑顔が、今でもこの目に焼きついて離れない。
そして彼らは――二度と戻ってこなかった。
彼らだけではない。
彼らの遅すぎる帰還を待てず、私でも名前を聞いたことのあるような有名ギルド、
「王者の剣」をはじめとして、無数のハントマンたちが彼の地に赴き、そのまま消息をたった。

たった一つのギルドの活躍で、一時期はほとんど地上から消滅しかけていたフロワロが、

再び蔓延して街中にまで我が物顔でのさばるようになるまでの間に、長い時間は必要としなかった。
そこでやっと、世界中の誰もがようやく気づいたのだ。



本当に世界は終わる、と。



それから後のことは正直、思い出したくもない。
恐怖と焦燥に狩られた人々は次々と暴徒と化した。
ドラゴンの襲撃を待たずして、人々は人間同士で勝手に奪い合い、犯し合い、殺し合った。
それはまるで、悪夢のようだった。
法も良心も、正義の二文字すらも、たちまちのうちに、まったく意味を成さないものと成り果てた。
今となってはもはや、大統領亡きあと、この国を救うべく奔走していたメナスさんの生死ですらさだかでない有様だ。
記憶を取り戻して家に帰ったあとは、ひたすらに私を護り続けてくれた
ハントマンあがりの頼れる兄がいなければ、私もこうして無事ではいられなかっただろう。
あの凄まじいまでの暴動が起こったのは何日前のことだったか。
いや、何週間――?
絶望に満ちた日々の中で、もはや私の中からは、月日の感覚すらも消失しようとしていた。
記憶を取り戻して家に帰ったあとは、ひたすらに私を護り続けてくれた
ハントマンあがりの頼れる兄がいなければ、私もこうして無事ではいられなかっただろう。
あの凄まじいまでの暴動が起こったのは何日前のことだったか。
いや、何週間――?
絶望に満ちた日々の中で、もはや私の中からは、月日の感覚すらも消失しようとしていた。
両親は既に何年も前に亡くなっていたし、友達と呼べる人もいなくなってしまった。
今の私に残されたのは、兄だけだ。



『コンコンコン』



その時、家のドアがノックされた。

私はハッとしてその方向を見つめる。
一瞬の沈黙、そして再度ドアが叩かれた。


『コンコンコンコンコン』


私は動かない。
まだドアを開けてはいけない。


『コンコンコンコン』


――兄だ。
どうやら、食料の調達から戻ってきたらしい。
「いいか、3回、5回、4回の順にドアをノックするのが僕だ。
 それ以外は絶対にドアを開けるんじゃない」
破滅に向かう世界の中で、私と兄の間に生まれた約束事。
私はほっと一息つくと、ドアに歩み寄り閂を開いた。
「おかえりなさい、おにいちゃん。
 今日は早かったね、もっと遅くなると思って……」
ドアの中に素早く滑り込んできた男の姿を見て、私は凍りついた。
(違う、おにいちゃんじゃ……ない……!)
「やあ、久しぶりだな」
私の目を覗きこむように見据えて口元を歪ませた
その男は、隣の家に住む男だった。
どうやら私に好意、というよりは邪な感情に近いものを抱いていたらしく、
無遠慮な視線を向けてくるようなこともあり、
決して好ましいタイプではなかったが、毛嫌いするほどでもなかったので、
会えば挨拶ぐらいは交わす、そんな普通の隣人だった。――かつては。

だが、今の彼は、例に漏れず、すっかり変貌を遂げていた。
ただ生き延びるだけで、様々なことがあったのだろう。
バサバサの髪、ボロボロの衣服、そしてなにより、焦点の定まらない血走った目。
この人はもうまともじゃない――私の理性はそう判断した。
「どうして……?」
自分でも意識しないまま、呟きが口から漏れる。
様々な意味を内包しての言葉だったが、彼は勝手に独自の解釈をしたようだった。
「ああ。どうして合図を知ってたかって?
 君のお兄さんが、家に帰る時にこうやってドアを叩いてるのいつも確認してたからな。

 隣に住んでるんだから、それぐらいはわかるさ。
 最近、物騒になったからなあ、怖いよなあ。
 やっぱり、用心はしなきゃだよな、え?」
言いながら、じりじりと私の方へと間合いを詰めてくる。
「お願い……ここから、出て行って……」
私は既に、涙声になっていた。
舐めまわすような目で見られるだけで、体の震えが止まらない。
「やだなあ。どうしてそんなこというのかねえ。
 隣同士じゃないか……俺は、君を守ってあげてもいいって考えてるんだぜ?
 ……なあ、こっちに来いよ、俺を信じてさ」
「結構です! 私には、おにいちゃんがいるんですから!
 あなたの助けなんて……必要としてません!」
「そのお兄ちゃんは、君を一人にして、出かけてるんじゃないか?
 だから君は一人きりでこうして震えてるんだろ?
 可哀想に……遠慮しなくていいんだぜ」
「遠慮なんかじゃありません!
 お願い……私はただ……おにいちゃんと静かに暮らしていたいだけなの……」
「いいからこっち来いってば、俺の家に来いよ」
「………! やっ、離してっ!」
右腕を掴まれた私は、反射的に反対の腕で男の頬を思いっきりはたいていた。
パチンという音が室内に響き渡る。
だが、音こそ派手ではあったものの、そんなか細い一撃は所詮逆効果でしかなかった。

「ってぇ! ンのアマ! 大人しくしてりゃあつけあがりやがって!」
「きゃっ! やめ……て! 放して!」
必死で抵抗するが、大の男の力に抗えるはずもない。
私はたちまち、ベッドの上に押し倒され、押さえ込まれてしまう。
両肩を大きく上下させてる男の荒い息が顔にかかり、あまりの不快さに顔が歪む。
「大人しくついてくれば家で可愛がってやろうと思ってたが……
 そんな態度に出るんじゃしょうがねえな。この場で犯してやる」
「やあ…… 許して……くだ、さい…… おねがい、します……」
「誰がやめるかよ、バカ」
「んっ……んぐぅ………ぅぅぅ……!!!」
無理やり口付けされ、ぬめっとする舌が私の口中まで入ってきた。
そのおぞましさに全身の毛穴がぞわっと開く。
噛み切ってやる、そんなことすら考えられなかった。
「はぁ……はぁ…ははっ! お前はもう、俺のものだ! あはははははひゃはひゃひゃ!」

狂ったように笑いながら、男は乱暴に私の衣服を引きちぎった。
ボタンが弾け飛び、胸があらわになる。
「けっ、思ったとおり貧相な胸だな! それでも相手にしてやるんだからありがたく思え」
男は悪態をつき、私の胸にむしゃぶりついてきた。
乳首を乱暴に舌先で弄くり、品のない音を立てて吸い上げる。
まだ誰にも触れさせたことも――見せたことすらなかったのに。
あまりの羞恥とくやしさと情けなさで、頭の中が真っ白になる。
「さあ、こっちの方はどうだ」
とうとう男の手が、下半身まで伸びてきた。
きつく太股を締め上げようとしても、哀しいほどにあっさりと突破されてしまう。
男の手は、私の一番敏感な部分を直接撫で上げた。
再び走る悪寒。一瞬のうちに全身が総毛立つ。
「案の定、だな。毛も生え揃ってやしねえ。
 まだ濡れてもいないようだが……なに、すぐ気持ちよくなって俺のを欲しがるようになるぜ」
「いい加減に……して!」
これがきっと最後の虚勢だ。今にも折れそうな心をなんとか奮い立たせて私は男を睨み付ける。
「いつまでも意地はっててもしょうがねえだろ?
 どうせ、もうすぐなにもかもおしまいなんだ。世界が終わってしまう前に、最期にいい思い出作ろうぜ」

世界が――終わってしまう前に?
冗談じゃない。
最後に私が望んでいることはのは――こんなんじゃ、ない――
「おにいちゃん……たすけ……て……」
「おいおい、いい加減に諦めろよ。
 そう都合よく助けになんて来るわけねえだろ。案外あいつだって今頃、他の女を襲ってたりして……」


「……誰が他の女を襲ってるって?」


静かなトーンの、しかし背筋を凍らせるほどの殺意に満ちた声が男の背後から聞こえた。

「え……
 ……………ぐぉぇっ!」
振り向いたその顔面に横殴りの正拳が打ち込まれ、男は派手に吹き飛んだ。
そこに立っていたのは、おにいちゃん。
私と男が気づかないうちに帰宅し、異変に気づいて男の背後まで迫ってきていたのだ。

「貴様……よくも、よくも……ッ!」
「お……にいちゃん!」
「くっ……
 もう大丈夫だ……少し待っててくれ。
 今すぐこいつを、殺してやるから!」
おにいちゃんは言うが早いか、渾身の一撃を受けて起き上がれずにいる男の上に
馬乗りになって、顔面に何度も拳を叩き込んだ。
「この外道がッ! よくも妹にぃぃぃ!」
鬼気迫る表情で、取り憑かれたように拳をふるい続けるおにいちゃん。
不意をつかれて先手を奪われた男はもはや、反撃も、逃げることも出来ずただただ一方的に殴られていた。
一発殴られるごとに血と前歯が飛び散り、顔面がドス黒く腫れ上がっていく。
「おにいちゃん、もうやめてっ!
 死んじゃうよっ!」
「だけどこいつ……お前のことを……!」
「もういい! もういいの!
 私は大丈夫だから……おにいちゃんのそんな姿なんてみたくないの……!」
おにいちゃんはまだ怒りに拳を震わせながら、それでもようやく、
一心不乱に男を殴り続けていた手を止めてくれた。
変わりに男の襟首を掴むと、ぐいと引き寄せて言う。
「おい……妹に感謝するんだな。
 早くここから出て行け! そして二度と僕たちの前に姿を現せるな……!
 もしその薄汚い姿を次に見かけたら、次は妹が何を言っても僕が許さない……わかったな?」
男は鮮血に染まった顔で、弱々しく何度も首を上下させた。
「ふん……さあ、早く消えろ!」
壁に突き飛ばされ、よろよろとおぼつかない足取りで外へ消えていく男。
おにいちゃんは外まで出てその姿を確認すると、しっかりと戸締りをして私のもとまで戻ってきた。
服がボロボロになってしまった私に、そっと自分の上着をかけてくれる。
「……すまない、僕が遅くなったせいでこんな目に……!」
「ううん、ドアを開けちゃった私が悪かったの……
 あはは……なんか合図をこっそり見られてたみたいで……」
「………くそっ」
「……そんな顔しないで、おにいちゃん。
 私、ほんとに大丈夫だよ」
間近に、おにいちゃんの心配そうな顔が近づく。
ああ―― いつもの、慈愛に満ちた目だ。
優しく私を見つめて、いつもどんなときも護ってくれる、
私の知ってる、一番大好きなおにいちゃん。
「一時はもう駄目かと思ったけど……
 その…………最後までされてないから」
「……そ、そっか」
気まずそうに目をそらして頬を掻くおにいちゃん。
こんな場合だというのに、そんなおにいちゃんがなんだか可愛くて
私はほんのちょっとだけ吹き出しそうになった。
「助けてくれてありがと……おにいちゃん」
私は、おにいちゃんのたくましい胸の中にもたれかかる。
おにいちゃんは、ちょっとぎこちない動きで、それでも私をそっと抱きしめてくれた。
「髪、撫でてくれる? おにいちゃんに撫でられるの大好きなの。
 すっごく落ち着くの」
「……ああ。いいよ」
私に乞われるまま、おにいちゃんは、
私の頭を、お気に入りのおっきなリボンごと優しく撫でてくれた。
「……ふふっ。おにいちゃんにこうしてもらうの、結構久しぶりだよね」
「そう言われてみるとそうかもな……」
「覚えてる? 小さいころよく私が家出してさ、いつもおにいちゃんが迎えにきて、
 泣いてる私の頭撫でながら慰めてくれてたの」
「覚えてるよ。お前、ことあるごとに家を飛び出してたよなあ……
 なにがそんなに不満だったんだ?」
「……なにが不満だったんだろね?」
私とおにいちゃんは、顔を見合わせて少しだけ笑いあった。
ようやく、張り詰めた空気が弛緩したようだった。
「……ねえ、おにいちゃん」
「ん?」
「……………もうすぐ終わっちゃうんだよね、世界」
「…………………」
おにいちゃんの手の動きがピタリと止まった。
長い沈黙のあと、結局はポツリと呟く。
「……ああ」
「だよね」
それはもはや、世界中の誰にでもわかりきっていること。
おにいちゃんも、今更否定しても仕方がないと思ったようだ。
(世界が終わってしまう前に、か……)
「なんで急にそんなこと言うんだよ?」
私はその質問には答えなかった。
その代わりに、ありったけの勇気を振り絞って
ずっと言いたかったけど言えなかった質問を口にする。
「……おにいちゃん、私のこと、好き?」
「……また唐突だな」
「答えて」
「……好きに決まってるじゃないか。
 お前はいつだって、一番大切な僕の妹さ」
「違う、そうじゃないの」
「そうじゃない、って……」
怪訝そうな顔をするおにいちゃん。
でも私にはわかってる。この怪訝そうな顔は、それほど真実を示していない。
「……本当はわかってるよね? 私の言ってる意味。
 妹としてじゃなくて……女として、好き?」
「な、なに馬鹿なことを……」
「………私は好きだよ。おにいちゃんのこと。
 もちろん、おにいちゃんとしてもだけど……それ以上に、一人の男の人として」
狼狽するおにいちゃんの目を、私はまっすぐ見つめる。
そうだ。もう、残された時間はほとんどない。
今言わないで、いつ言うんだ。
ぶつけよう。私の本当の気持ち、本当の心を。
「おにいちゃん……好き。愛してるの。」
「……僕たちは……兄妹なんだよ……」
「わかってる……! そんなの、ずっと昔からわかってるよ!
 だからでしょ? だからおにいちゃんも家を出て行ったんでしょ?」
「え……?」
おにいちゃんの目が、驚愕に開かれる。
「私のこと、妹として見れなくて、
 でもやっぱり兄妹だからどうしようもなくて、それでハントマンになって家を出ていった。
 違う?」
「………………………」
「否定しないの?」
「……………僕は……」
「…………わかるの。私も一緒だったから。
 同じ目でおにいちゃんのことずっと見てた。
 毎日、毎日、胸が張り裂けそうだった。
 だからおにいちゃんが旅に出るんだってきいたとき、
 これでやっと、ただの妹に戻れると思った」
「………ああ……そんな……」
「でもね、駄目だったよ。
 不思議だよね。隣にいないと、余計に気づかされちゃうの。
 どれだけおにいちゃんのこと、愛してたのかって……思い知らされちゃった」
「……………」
「おにいちゃんが帰ってきてくれたとき、ほんとに嬉しかったよ。
 ……それでもやっぱり、言っちゃだめだと思った。
 血が繋がってるんだもん、兄妹だもん。そう、自分に必死で言い聞かせて。
 …………でも、さっきやっと決意したんだ。
 どうせ世界が終わっちゃうのなら……私はもう、ためらわない。
 兄妹としてじゃなく………男と女としておにいちゃんと最後の時間を過ごしたいの」

「………………………………………僕、は……」
「……もういっかい言うね。
 好きです。……愛してます。
 最後に私のこと…………一人の女として、愛してくれませんか?」
「………………………」
おにいちゃんは、すぐにはなにも言葉を返してくれなかった。
唇をきゅっと硬く結び、苦悶の表情を浮かべている。
私も、催促の言葉などかけず、その瞳だけを見つめ続ける。
伝えたいことは全部伝えた。
あとはただ待とう。おにいちゃんが答えを出してくれるのを。
「…………………………
 ……………………………………
 ………………………………………………
 ああ、わかったよ、言うよ!
 僕は……いや、僕もお前のこと、愛してるよッ!」
「……………おにい……ちゃん」
「そうだよ、何もかもその通りだよ!
 怖かった……いつか襲い掛かってしまいそうなぐらい……
 それぐらい愛してた……!
 だから、家を出たんだ……!
 なにもかも……お前と一緒だよ………!」
「……ああ………」
人は、喜びのあまり言葉がでなくなることもあるのだと、その時私は初めて知った。
「お前になにもかも言わせちゃって、駄目な兄、いや、駄目な男だよな……
 遅くなったけど……僕にももう一度言わせて欲しい……愛してる……」
「うん…………私も…! 好き! 世界で一番愛してるの!」
もう、私たちの間に壁になるものはなにもなかった。
背骨が砕けそうなほどに強く抱き締められた。
無我夢中で口付けを交わし、互いの舌を、唾液を交換する。
おにいちゃんの舌は凄く柔らかくて、暖かくて、やっぱり優しかった。
「ねえ……ほら、触ってみて」
長いキスを終えたあと、私はおにいちゃんの手をとって、
自分の胸へとあてがった。
「私、こんなにドキドキしてるんだよ。わかる?」
「ああ、わかるよ。凄い早さでとくとくいってる」
「なんだか、まだ夢を見てるみたい……」
「……夢なんかじゃないさ」
私の鼓動を確かめるためだけに胸に触れていたおにいちゃんの手の動きに、
今度ははっきりとした意思が宿る。
「あっ……やん………」
手のひらで胸全体を撫でさすられたあとは、先端をそっと摘まれ、刺激を与えられる。

やがては、胸だけでなく、おへそのあたりにも、その下の方にも――
触れるか触れないかぐらいのところで撫ぜられるだけでも、いちいち体がビクンと小さく刎ねてしまう。
私は今、おにいちゃんに愛されてる。
そう思うだけで、体の奥底から熱くて鋭い何かがこみ上げてくる。
おにいちゃんはそれからも、たっぷりと時間をかけながら、
私の衣服をすべて脱がせ、丹念に私の全身を愛撫してくれた。
このままだと、一人だけで恥ずかしい姿を晒してしまいそうだった。
「おにいちゃん……今度は私にもやらせて」
私は、おにいちゃんを制すると、私と同じように服を脱いでもらった。
「わ……凄い……」
最後の布切れの奥から勢いよく飛び出したそれを見た私は、
端から見ると、きっと滑稽なほどに目を丸くしていだろう。
「昔は全然こんなじゃなかったのに……」
「昔って何年前だよ」
「10年ぐらい前、かな……」
今、私の前にあるそれは、幼き日の記憶の中にあったものとは
形状も大きさも、あまりにかけはなれていた。
硬くて太くて、先端は奇妙な形に膨らんでいる。、
「男の人っのて、こんなになるんだね。
 ………触っても、いい?」
「うん。あらたまって言われると照れるけど……」
私はおずおずと手を伸ばして、その部位に触れた。
それは、見た目通り――というよりも見た目以上に硬く、がっちりとしていた。
手のひらを通して、ドクンドクンという震えが伝わってくる。
「わあ、すっごく硬い……
 熱くて、ごつごつしてて、それになんだか……脈うってる」
「い、いちいち言わなくていいよ……恥ずかしいじゃないか」
「それにしても、変な形……」
間近でまじまじと見つめる。
初めはグロテスクに見えていたそれだったが、
よく見るとなんとなく愛嬌があって可愛い――ような気もする。
ほんの少しだけ躊躇したが、私はそれに口付けをした。
蒸れた汗のような匂いが鼻をくすぐる。
「お、お前……どこでそんなことを覚えたんだ……!」
素っ頓狂な声をあげるおにいちゃん。
「こうしたら男の人って喜んでくれるんだよね?
 友達がよくそんな話してたから知ってるよ」
「マジかよ……まったく、最近の若いやつらときたら」
「……いくつも年なんて離れてないくせに。
 でも変な誤解しないでね……こんなこと実際にするのは初めてだよ」
「そんなのわかってるさ。でも、そんなことしなくていいよ、
 最近ほら、清潔とかとは程遠い毎日おくってたし……汚いよ」
「ううん、汚くなんてないよ。
 ……おにいちゃんの味がする」
「…………バカだな、お前」
「バカでいいもん……んっ…ちゅぱ…」
「……………くぅっ……」
どこをどうすればいいのかもわからず、ただただ無我夢中で舌を這わせただけだったけど、
おにいちゃんは気持ち良さそうな声を幾度もあげてくれたのが心底嬉しかった。
(あ……なんか先っちょの方から……染み出てきた)
すっぱいような苦いような、不思議な味がするこの液体は、
おにいちゃんがちゃんと気持ちよくなってくれている証なんだろうか。
「……なあ」
「………なあに?」
おにいちゃんが、私の顔を自身から引き離して言った。
「もう、これ以上我慢できないよ。……お前が、欲しい」
「………うん。私も、おにいちゃんの……欲しい」
そして、おにいちゃんは、私を仰向けに横たわらせると、
自らの先端を私の入り口へとあてがった。
自分でも恥ずかしくなってしまうぐらいにそこは潤っていて、
既におにいちゃんを受け入れる準備は出来ていた。
「いい? いくよ」
「うん。来て……」
私の返事を受けて、おにいちゃんは少しずつ私の中へと体を進めた。
「…………あぁぁっ!!」
先端がほんの少し入っただけで思わず、悲鳴をあげてしまった。
――痛いなんてものじゃなかった。
例えるならば、体が引き裂かれているかのような、そんな痛みが下半身に響いている。

「大丈夫か? そんなに辛いんだったら、無理しなくても……」
「続けて…………
 おにいちゃんのだから……大丈夫」
「……わかった」
確かに痛かった。
だけど、決して辛くはなかった。
私はずっと、この瞬間を夢見ていたのだから。
おにいちゃんが、ゆっくりと私の中へと入ってくる。
痛みは私の奥底で、少しずつ別の感覚に摩り替わっていく。
ついに―― ついに私は、幼き日からずっと愛していたおにいちゃんとひとつになれたのだ。
「ずっと……ずっと一緒にいてね……おにいちゃん……」
「ああ……もう、絶対にはなさない……」
私はいつしか、とめどなくこみ上げる歓喜に両頬を濡らしていた。
うすぼんやりとした視界の中におにいちゃんの姿だけが映り、やがて――他の何も見えなくなった。





そして――嵐のように情熱的だった時間は過ぎ去った。
今は、そよ風のように柔らかい時間だけがゆったりと流れている。
おにいちゃんは、ずっと私の頭を優しく撫でてくれている。
私は、その温かい胸の中に抱かれたまま、ベッドの脇の窓に手を伸ばし、
少しだけカーテンを開いて、外に目を向けた。
花、花、花、花、花、花、花、花、花、
花、花、花、花、花、花、花、花、花、
花、花、花、花、花、花、花、花、花、
花、花、花、花、花、花、花、花、花、
花、花、花、花、花、花、花、花、花、
花、花、花、花、花、花、花、花、花
花、花、花、花、花、花、花、花、花、
花、花、花、花、花、花、花、花、花
花、花、花、花、花、花、花、花、花。
気のせいじゃない。フロワロは、確実に増殖している。
破滅の足音は、一秒たりとも待ってくれない。
たぶん、私たちに残された時間はもうほとんどないのだろう。
最期の時が訪れるのは一週間後? 明日? それとも、一分後?
――それでも、構わない。もう、怖くない。
最後にあと10秒―― もう一言だけ伝えることが出来れば、それで十分だ。
最愛の人の耳元でその言葉を囁く。
「おにいちゃん……私、おにいちゃんの側にいれて本当に幸せだったよ」
おにいちゃんは、何も言わずに、ただ私の手をとり、ギュッと力を込めてきた。
私もまた、その手を強く、強く握り返した。



(了)

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最終更新:2013年05月04日 21:35