エンディング後の世界を扱っていますので【ネタバレあり】です。
固有名詞一覧
・ケビン 眼鏡ヒーラー♂
・モル 金髪ロリヒーラー♀
(名前は公式ちびキャラトークより)
エロは微エロ、グロ表現あり(治療風景)
前述どおりエンディング以降のネタバレあり
午後『お客さん』が一体搬入されてきた。
薬品の刺激臭と、肉の生臭さ、血の鉄臭さが混ざり合った空間。
ここはヒーラーのもう一つの戦場、治療院。
それにしても、今日の『お客さん』は実に酷い。
ヒトの屍体と言うより、コレはもう単なる一山の肉塊だ。
施術台の上よりは、肉屋の軒先で量り売りされている方がよっぽどお似合いだろう。
屍体は十分見慣れたつもりだったけど、ここまでヒデェのを見ると流石にくらくら来る。
このバラバラの肉片を、組み立てて一個の人間の形に仕上げ、なおかつ蘇生させる。
それが今日の僕たちの――師匠と、僕の仕事だった。
モル治療院。
ウチの師匠のモル様は他のヒーラーがさじを投げた患者(っていうか大抵は屍体だ)さえも治癒してのける凄腕なのだ。
……ただし、超ボッタクリの。
「あー、こりゃデスシザースに殺られたか?」
師匠はそのちいさく白い手で、施術台に乗っけられた肉塊の一つを掴み、検分していた。
「ええ、お連れさんが、ゼンダ竹林でやられたみたいな事言ってましたけど……何で分かるんです?」
急な『来客』に、ぐうたら寝こけていた師匠をたたき起こしたのがついさっき。
『お客さん』の死亡状況はまだ僕しか聞いていないはずなのに。
「ここの切断面見てみな。アイツのハサミにやられたら、こんな感じにスパっといく」
「なるほど。だけど、蟲の類にやられたにしちゃ、屍体に喰われた跡がない様な……」
「アイツぁな、ああ見えて草食なんだよ。だからこそ、てめえのエサのゼンダ竹に手ェ出すやつは許さねえ」
「へぇ……」
充満する血と肉の匂いに包まれながら、僕は師匠の言葉に耳を傾けていた。
言葉使いこそ少々荒っぽいものの、声そのものは少女のそれ。
スプラッタな状況に少々参りかけていた僕は、ついついそのソプラノに安らぎを求めてしまっていた。
「曲かけろ」
師匠の端的な指示。こういうときにはすっごい頼もしい。
「了解。なんにします?」
「灼熱――いや、やっぱ風と木」
ふむ、僕たち自身の手を早めるよりも『お客さん』の体力を優先する判断か。
僕の手指がプレロマ特製『音の出る機材』のボタンをあれこれ弄ると楽曲が流れはじめた。
生身のプリンセスの歌謡には及ぶべくもないが、この『機材』からの聖歌でも気休め程度の効果はある。
とは言え、間違いなく大施術になる。その気休めが成否を分けるかもしれないわけで。
風と木の詩。
聞くものの生命力を高め、その優しくも力強い調べは死者の肉体すら賦活する……って……
……あの、動き始めたんですけど。バラバラ屍体が。
いやいやいやいやいや。
コレはない。
無しにしてください。
賦活化された肉片がそれぞれビクビク動き出すとか、それどこの怪談ですか。
「ケビン。なぁにボサっとしてんだ。『お客さん』眺めてる暇あったらとっとと手ェ動かせ」
「すみません師匠僕コレ絶対無理です」
「ンなモン単純な反射で動いてるだけだろうが! ヒーラーが屍体相手にビビってんじゃねえよ!」
呆然としていたところを、師匠ににらまれた。
にらまれるままに、彼女の翠緑の瞳を眺め続けていたいと言う欲求に駆られたが、
どうにかそれを振り切って作業に取り掛かる。
ウチの施術室の機材や台は師匠の背丈にあわせて、ちいさなサイズのもので統一されてるもんで、
師匠よか頭二個分大きい僕が作業するには少々しんどい。
「とりあえず……パーツごとにミルロメディス注射しときましょうか?」
「それと破損部にヒュプノ結晶粉末塗って賦活を促進させとけ。ついでに動くと邪魔だし麻酔も微量な」
なるほど、既に作業をはじめていた師匠の傍らにはおとなしくなった身体部位がいくつか転がっている。
蠢く肉塊に触るのは正直おっそろしいが、どうにか薬品を注入し、肉片の痙攣をおさめていく。
「それ……と、それ。接合するから肉切開して骨を露出しとけ」
師匠の指が、二つのパーツをそれぞれ指差す。
「針は何番です?」
「五番。糸はフロワログラス」
師匠は恐るべき事に骨さえ縫う。
縫って繕いつなぎ合わせる。
師匠の手の中で鋭い真鉄の針がひるがえり、強靭な蝶の繭糸が明かりを照り返してきらきらと光る。
豊富な経験と失敗を恐れないクソ度胸、そして何より施術者の人間離れした握力。
これらが揃って初めてなしうる文句なしの神業だ。同職として正直、見惚れる。
「うわっ……」
僕は僕で作業を進めていたが、何個目かの肉塊を手にしたとき、驚きのあまり取り落としかけた。
他の肉塊に比べてもひときわ大きく重いそれは、ヒトの頭部だった。
「師匠、この人、顔面がヤバイです」
と、いっても、とんでもないブッさいくというわけではない。
「おいおい……かじられてんじゃねえか。脳は無事か? 頭やられてると流石にどうにもならんぞ」
野犬の歯型だろうか。顔面がごっそり削り取られて大変無残な有様になっていた。
「たぶん……兜かぶってたみたいで頭蓋の中身は大丈夫かと。でもどうしましょう、コレ?」
「……ったく、重要器官の損傷と欠損は最初にチェックしとけって、いつも言ってんだろうが」
「う、すみません……」
頭はひねりつつも、師匠の手は流れるように動き、次々に屍体を縫い合わせていく。
「ケビン。おまえがやれ。得意だったろ顔面整復」
「待ってください僕ですか。生体の整復なんてやったことないですよ」
ダンジョンで拾ったしゃれこうべの生前の顔を想像し、そこに粘土で肉付けする訓練はさんざんやった。
自信もある。だけど、生身の顔に文字通り“肉付け”するってのは初めての経験だ。
「見りゃわかんだろ? あたしは“首から下”で手一杯。おまえ以外の誰が手ェ空いてるってんだ?」
「でも……」
「デモもストもない! やれっつったら、や・れ!」
まずい。師匠本気で怒りかけてる。
確かに『お客さん』の状態を考えれば一刻一秒を争う。僕がぐちぐち悩んでる暇なんてない。
「だけど、整復ってことはドラゴン幼体……つかうんでしょう? 良いんですかこんな高い薬剤」
ドラゴン幼体はいわば生体向けの充填剤だ。
筋肉の欠損部分に植え付ければ数分で馴染んで一体化し、文字通り“肉付け”できる。
しかるべき手順で精錬すれば最高級の戦場覚醒剤にもなるのだが、
腕の立つ冒険者が減った昨今では滅多に採取される事がなく、べらぼうに高価な品だ。
「良いも悪いもそれしかねぇだろ。後でコイツらからキッチリふんだくれ」
いいながら師匠は、だいぶヒトの形になってきた『お客さん』を指差す。
「払えますかねえ……」
ゼンダ竹林で死んだってことはそこそこ稼げるパーティなんだろうけど、
それでもかなり厳しい金額になるんじゃないだろうか。
「払わせる」
断言。師匠は絶対金を回収する自信があるみたいだった。
「ま、一応、担保は取っておくか」
「担保って……いつものアレですか?」
「いつものアレだ。つーか、くっちゃべってる暇があったら、いいかげん自分の仕事しろ!」
「はっ、はい!」
おしゃべりが過ぎたようで、叱られた。
自分の仕事に集中する。皮は剥がれ、肉はこそげ、一部、頭骨さえ露出している
グロいお顔とにらめっこし、もともとの筋肉の流れにそって幼体をすり潰したペーストを植え付けていく。
機材から流れる『風と木』のおかげか、僕の心にも妙な高揚が生まれ、それが更なる集中を呼び込んだ。
「よしよし、上手いもんじゃねぇか。折角だから前以上に男前にしてやりな!」
僕の作業を覗き込んだ師匠から激励を受ける。
「はは、了解です」軽く笑って応じれば、
「ふふっ」師匠はにっこり微笑み返してきてくれた。
嗚呼、この人の笑顔と笑い声にだけはホントどうにも逆らえない。
まだまだ作業途中だというのに、師匠に出来栄えを褒められた事が嬉しくてならない。
一見小さなおんなのこにしか見えないこの女性に、本気で惚れこんでしまってる自分を、僕は深く自覚した。
3時間後に施術はつつがなく終了し、更にその38時間後
白銀水の浴槽に漬け込んでおいた『お客さん』は無事に蘇生した。
♂♀
―― つつがなく行かなかったのは、むしろ施術のあとだったわけで。
「だから兄ちゃんよ。払わないとは言ってないだろ? 高すぎるって言ってんだ」
『お客さん』の蘇生直後。
応接室のソファーで向かい合いつつ、顔面整復時にさんざん眺めたあのときの顔と僕は再びにらめっこしていた。
眼輪筋が無駄にぴくぴくしてるのは、僕の施術が未熟だったせいか、このファイター氏が怒ってるせいか。
……やれやれ、元気なものだ。数日前にはバラバラ屍体だったとはとても思えない。
「ですから、先ほどからご説明させて頂いてますけど、薬剤だけで通常蘇生に必要な量の10倍は使用してるんです」
「じゃあ結晶10個分でだいたい3万5千ってトコでしょう? それがどうして12万にもなるのよ」
ファイター氏の肉塊を持ち込んだ、ローグ嬢がぶーたれる。
手間賃、ってモンを考えて欲しいなあ。
「技術料と、言うのもありますが、例えばその顔――」と、僕は鏡を取り出しファイター氏に手渡して、
「――顔の半分ぐらいがうっすらピンク色でしょう? 鼻から下がごっそりなくなってたんですよ。あなたの顔は」
その光景を想像したのだろう、血色の良かったファイター氏の顔が見る見るうちに青ざめる。
「……たいした腕じゃないか兄ちゃん。元通りの男前だぜ」
本人が言うなら、顔の造形はまずまずだったらしい。
「顔だけじゃなく、左の前上腕と側腹部の一部も欠損していました。
それの修復に入手の非常に困難な薬剤を使用してます。今回の施術料の大半はその薬剤だと思っていただければ」
「うーむ、確かにそれなら高いのもなあ……」
「ちょっと待ってよ」
ようやくファイター氏を丸め込めそうだったのに、そこにローグ嬢がわって入ってきた。
「私はそんな高いクスリ使えって、頼んだ? 勝手にそんなの使われても困るんだけど」
生き返ったらすぐコレだ。
“お願い! なんだってするからこの人を助けてあげて!”と、
半狂乱になってウチに駆け込んできた時のことをもう忘れちゃったんだろうか。
たかが数日前のことなのに。
「いえ、貴女は同意してますよ。施術前にこちらの書面に署名いただいたはずです」
僕はぺら紙一枚を彼女の眼前に突きつける。
用紙には専門用語と法律用語がずらずらずらと書き連ねてあるが、要点をまとめると二つ。
- 施術に失敗しても文句言うな。
- 施術にいくらかかっても文句いうな。
そんな内容を、多少オブラートに包んで、なおかつ分かりやすく彼女に伝える僕。
「――と、まあ、こちらに書いてありまして」
「そんな小さな字……いちいち読んでるわけが……」
ないでしょうね。
あんなボロボロ泣きながらでは、まともに書面など目も通せてなかっただろうし。
「だいたい前金だけで2万も払ってんのよ。これ以上ボッタくろうっていうの?」
「まあ、兄ちゃん……いくらなんでも高すぎらァな。ちょっと宿のほう帰って仲間と相談してきていいか? な?」
ファイター氏の目が泳いでるのは、僕たちの施術が不完全だったワケでもないだろう。
まずいなあ、たぶんこのまま逃げる気だ。
「ではせめて、質草がわりに装備一式置いてっていただけます?」
「いやいや兄ちゃん。商売道具取られちまったら稼ぎたくても稼げねえぜ?」
まったく、ああいえばこういう。これだから冒険者って人種は……。
「兄ちゃんよ。だいたいココは闇医者だろう? 書類書類というけれど、出るトコ出たら困るのはそっちだろうが?」
う……痛いところを付くなあ。確かにウチは大統領府未認可の治療院だけど。
こんこん。
頭をひねって悩んでると、ノックの音に思考を中断させられた。
「入るよ」
ノックと共に応接室に入ってきたのは師匠だった。
なにやら生体保存用の保冷箱を抱えてるけど……いつものアレか……。
そのまま、ちょこちょこと部屋を横切って僕の座ってるソファの横に腰掛けると、
箱を机の上に投げ出し、挑発的な笑みをファイター氏に投げかけた。
「話は聞こえてきてたけどさ、あくまで踏み倒すつもりかい?」
「踏み倒すたァ、聞こえが悪いなお嬢チャン。ちょっと帰って考えさせてもらうだけだって」
「それを踏み倒すっつーんだ。まあいい、担保はとってんだ」
「……担保?」
ワケがわからないと言う顔をするファイター氏。
そして、師匠はちらりとファイター氏の股間に目を向けたかと思うと
「ふふ、アンタ、またぐらの方がスースーするって思わない?」
ファイター氏は大きく目を見開いたかと思うとそのごっつい手の平で
自身の股間をバタバタと叩き、まさぐり、何かの確認をする。
「……ってオイ! ねえよ! 無え!!」
師匠は、脇においていた保冷箱のふたを開け中に納められていた肉片をつまんで
それをファイター氏に見せ付けると、とびっきりの可愛らしい笑顔でこういった。
「これ、な~んだ♪」
師匠の指にぷらんとぶら下げられたそれは、サオ状の器官に、タマ形の器官、ソレを包む袋状の器官。
「てめえ、そりゃ俺の……」
「そ。アンタの『お宝』さ」
早い話が男性器ですね。
施術の最中に男のイチモツを切り取って保管しておく。これが『いつものアレ』の正体だ。
さすがというかなんというか相変わらず、師匠はえげつないことをしやがります。
「返せ! 俺のチンポ返せ!」
「ちょっと、落ち着きなって! 相手は子供だよ?!」
ファイター氏が師匠に向かって飛び掛りそうになるが、ローグ嬢が慌てて抑える。
いやそのなんていうか心の底から同情します。同じ男として。
師匠は何食わぬ顔で、再び肉片を箱に戻したかと思うと
「返してやるさ。金さえ払ってくれりゃあね――」
そこで、くるりと僕のほうを向き
「――って、ウチのお兄ちゃんが言ってましたぁ♪」
僕!? 僕ですか!? そのタイミングで振ってくるとか止めてくださいよっ!
あと、師匠のほうが僕よか5倍は長く生きてるはずなのに(自称)何が『お兄ちゃん』ですかっ!?
「オイコラ兄ちゃんよ……何が面白くって、こんな真似してくれやがんだ、あァ?!」
ファイターさん、凄まないでください怖いので。
「だいたいこんな小さい子に、あんな事させるなんて……最低ね!」
ローグさん、にらまないでください怖いので。うわ僕なんかもう完全に悪者扱いですよ。
助け舟が欲しくて師匠の顔を見ると、すっごいニヤニヤしてます。楽しまないでください。この状況。
つまり『僕一人でどうにかしてみろ』って事ですね。やれやれ……。
「まあ、先ほど彼女が告げたとおりで。しかるべき代金を
お支払いいただければ貴方の息子さんを無事にお返ししますが」
「テメエは人さらいか!」
ウィットにとんだジョークで場を和ませようとしたが、どうやらファイター氏はお気に召さないご様子。
「『お仕事』に関わる身体部位ではないでしょう? 手持ちがないなら頑張って稼いで来てくだされば」
「ションベンとかどうすんだよ!」
「ご心配なく。外陰部に女性のと類似な尿道口を整形してます。
まあ、女性と同じく座って排尿していただく事になりますけど」
「糞が……つーか兄ちゃんよ。このままテメェをぶちのめして力づくで
俺様のチンポ取り返しちまってもいいんだぜ? モノさえもらっちまえば、治療院はココだけじゃねえんでな」
ったく、実力行使のカードを切るのが早すぎるっての。コレだから脳筋は。
そんなん言われたら僕だって取れる手段が限られてくるってのに。
「……そこまでおっしゃるのなら、ご自由にどうぞ」
僕が一言告げると、師匠はそのまま無言で生体保冷箱をファイター氏へと差し出した。
オッケー、師匠が何も言わないって事はこの方向であってる。
「……お、お、お? ンだよ兄ちゃんやけに物分りがいいじゃねえか。ハナっからそうすりゃ良かったんだよ」
口笛さえ吹いて、上機嫌なファイター氏が保冷箱に手を伸ばそうとしたとき――
「ただし、他所でくっつけても、せいぜいションベンの為の蛇口にしかなりませんよ、それ」
――僕はなるたけ『悪徳医師でござい』という顔を作って、ファイター氏に言い放った。
「それって……どういう……」
ポカンとなったファイター氏の代わりにたずね返してきたのはローグ嬢の方だった。
「勃たなくなっちゃう……ってコト?」
「ご理解が早くて助かります。僕の首を賭けてもいいですが、他の治療院では切り落とした
そのペニスに男性機能を取り戻すことはできませんよ。プレロマの技術を応用しましてね
生体プロテクトを施してあります。ウチ以外じゃまず解けませんよ」
横目で師匠の方をうかがえば、満足そうにニヤリと笑ってた。どうやらコレで正解のようである。
この人こういう嫌がらせが大好きなのだ。
「インポのチンポでよければどうぞ。ウチもこれ以上はお支払いを強制しませんので」
その一言が決め手になったのだろう。
一時間後にはウチのなじみの高利貸しから借金している『お客さん』達の姿があった。
♂♀
そして、ファイター氏のペニスも無事に再接合したその日の深夜。
「寒い。そっち入るぞ」
師匠がノックもなしに僕の寝室に上がりこんできたかと思うと、開口一番そういった。
「どうぞ」
寝ぼけまなこを擦りつつそう答えると、師匠はあっという間にベッドの中に潜り込んでくる。
「おー、ぬくいぬくい」
「もうそんな季節ですか、一年って早いもんですね」
半ば竜である師匠の肉体は体温の維持を苦手とするらしく、寒さの影響をモロに受けて冬には目に見えて動きが鈍くなる。
こうやって、師匠が暖を求めて僕との同衾を強要するのは、個人的には秋の終わりの風物詩みたいなものだった。
「ンなもん序の口だ。ハタチを過ぎれば時間なんて週単位で飛んでくぞ。
三十路になりゃ月単位で吹っ飛ぶし、それよか年食いゃ去年の話も昨日の話みたいなもんだ」
「なるほど……師匠が言うと説得力があります」
「何をしみじみと納得してんだ……ったく」
百年を生きた魔女(自称)だと言うのに、そのむくれた顔は、肉体年齢である少女そのままに愛らしい。
「いや、流石に言うことが違うな、と思いまして」
「ふん…まぁいい。手はずは去年と同じだ。あっち向いてろ」
言われるままに顔をそむけ、背中を差し出すと、師匠はそっと抱きついてきた。
早い話が僕は一晩、彼女の湯たんぽ代わりになるわけだ。
「また無駄にでかくなりやがったな……硬いし、抱きごこちも悪い」
「……えと、なんかその、すみません」
幼い頃はすっぽり抱きかかえられていた僕の身体は、おととしには師匠に並ぶほどにすくすくと育ち、
とうとう去年には背丈は追い抜いた。今年もぐんぐん背は伸びて、最近では師匠を見下ろすほどになってしまった。
師匠にスパルタンに鍛えられたかいもあって、ゴツゴツと筋肉もついてきた僕の身体は、
確かに少女向けの抱き枕としては大きすぎるのかもしれない。
「せめてあたしも、もう頭一つ大きかったらなぁ……身体ちっさいと畜熱が難しくって好かん」
「でもほら、師匠の体って体積のわりに凹凸が少ないから、表面積も小さいし逃げ出す熱も少な、痛っ!」
殴られた。そりゃそうか。
「てめえ誰のカラダが平らだって?! これでもか?!」
あの、その、師匠。そんな思いっきり抱きつかれると、
脂肪分控えめとは言え二つの胸のふくらみがですね、僕の背中にですね、
「当たってます師匠! 当たってます!」
「当ててんだよ!」
僕の好み的には、凹凸がクッキリハッキリしてるのよりも、
むしろこのぐらい慎ましやかなサイズの方がジャストフィットと言うか、
ジャストフィット過ぎて僕の身体の一部がのっぴきならない状態にですね
「ヤバイです……その、勘弁してください」
「ふぅん……? ヤバイって、ココが?」
「あんっ」
師匠の手がするりと伸びて、僕の下着の中に侵入したかと思うと、元気になりつつある肉茎をきゅっと握る。
「気色悪い……野郎がそんな艶っぽい声出してんじゃねえ。しゃあねえ、勘弁してやる」
でも、そこで手ェ止められると生殺しって言うかですね、放置プレイっていうかですね。
「その、師匠……こんなんじゃ興奮して僕が眠れそうにないんですけど」
ここで食い下がっておけば、『じゃあお姉さんが、一本抜いて楽にしてあげる♪』みたいな展開も
ほんのちょっとだけあるかもしれない。ほんのちょっとだけ。
しかし無慈悲にも、師匠は僕に抱きついていた手を離し、密着していた身体を遠ざけた。
「もういい。あたしの胸が気になるってんなら去年までとは逆でいくぞ」
「……逆?」
「お前があたしに抱きつけ。そんだけ身体育ったんなら、その方がきっと温いし」
それはそれで興奮モノでとっても困るって言うか嬉しいって言うか。
「ごちゃごちゃ抜かすな! お前の都合とか知ったことか!」
ええ、まあ、どの道僕には師匠の言うことに拒否権ってないんですけどね。
そして布団の中でごそりと寝返りをうった師匠の背中を、今度は僕の身体が包み込んでいく。
ちいさく、やわらかく、そしてちょっとつめたい。
ざっと体感で僕の体温より5℃ほど低いというところだろうか。
「おい、こら……変なモン当てんな」
当然というかなんと言うか、この状態で僕の剛直がおとなしくなってる筈もなく、
身体と身体が密着すると寝巻きごしとは言え、師匠のお尻を元気に突付いていた。
「すみませんでもコレ健全な成年男子のまっとうな生理現象――」
「健全な成年男子があたしのカラダで勃ててんじゃねえよ! このロリコン!」
「……いや、だって、この状況じゃ」
「言い訳はもういい。眠いし寝る。言っとくが変なところ触ったら殺す、
その変なモンそれ以上擦り付けたら殺す。とにかくあたしの安眠を妨害したら殺す」
自分のいいたいことだけ言い捨てると、師匠の身体はくてっと力を失い、愛らしい寝息を立て始めた。
どうやら生殺し確定のようです。今夜は。
だけどそのまま抱き続けているうちに、ちょっぴり冷たかった師匠の身体は僕の体温を吸い込んで温かくなり、
僕自身へと熱を反射するまでになってきた。これはこれで、いやらしくない意味で気持ちがいい。
なるほど。去年までの師匠の気持ちが良く分かる。
人肌の存在をその手に抱きかかえているというのは妙な安心感があるのだ。
その腕に抱きかかえた肉体の柔らかさと、肌に感じるヒトの熱と、
鼻腔に流れ込む少女特有の香りを味わううちに僕もいつの間にやら眠りについてて――
――そして翌朝、目が覚めるとベッドの中でいきなり師匠と目が合った。
なんだ? 朝っぱらから様子がおかしい。
「オハヨウゴザイマス、師匠」
「おう、おはよう。大変ぐっすりお眠りあそばしたみたいだな、ええ、おい?」
森林の色をそのまま溶かし込んだような翠緑の瞳が怒りに燃えている。
しまった、寝ぼけて胸の一つも揉んでしまったとかだろうか?
ちくしょう。どうせシバかれるんだったら、もっと意識がハッキリしてる時に揉みたかった。
「あの……何かやらかしちゃいました、僕?」
「何もなかった。何もなかったから睨んでんだ、わかるな?」
わかんないです。
「何もなかったんなら……良いことなのでは?」
「よかねえよ馬鹿。こんだけ分かりやすい据え膳出されといて、普通に寝る野郎がいるか?」
「でもその……昨晩は変な事したら殺す、って」
「だったらソレをちゃんと萎えさせとけ。一晩押し当てられてたこっちの身にもなれッてんだ」
言いながら僕の股間を師匠は膝でぐりぐり突付く……あ、確かにまだ硬いままですね、はい。
「使う気が無いならそもそも勃たせてんじゃねえ。襲われないってのも、それはそれでムカつくんだよ!」
「そんな、理不尽な……」
「ごちゃごちゃ言うならそれ以上勃たないように、素手での去勢を決行してやろうか、あァ?!」
「ごっ……ごめんなさいっ!!」
何が悪いんだかサッパリわからないけど、とりあえずこういうときにはあやまっておく。
師匠は布団をがばっと跳ね飛ばすとベッドから飛び降りる。
「あー、ちくしょう。そんなそこまで魅力ないか。あたしは……」
ウェーブのかかった金髪をカリカリと引っかきながらそうぼやく。
「大丈夫です師匠。僕的には、ばっちりストライクです」
たとえば寝巻きが少しはだけた薄い胸元が、そこはかとなくラブリーです。
言ったら殺されそうだから言いませんけど。
「お前にそんな事言われたって、嬉しくなんかねえよこのロリコン!」
どうしろと。どういえと。
その後、師匠はひとしきり怒鳴り終わると、ドスドス足音を踏み鳴らしながら僕の寝室から出て行った。
ああ、毎日が綱渡りだけど、とりあえず今朝も死なずにすんだらしい。
神様、ありがとうございます、今日も僕の命をつないでいただいて。
♂♀
最終更新:2013年05月04日 21:17