昔々あるところに可愛いカリユとイクラクンがいました。
カリユは海へ海老釣りに、イクラクンは台所へ蕎麦打ちに行きました。
天ぷら蕎麦を自ら作り出そうという魂胆のようです。見上げた食欲と言えましょう。
イクラクンは混ぜ合わせた粉を前にマナっぽいポーズを取ると、繋ぎのマナ芋を指先からとろろーっと出しました。
続いて指の又からマナ水を噴射し、全力で生地を捏ねます。
何しろ不自由な二頭身。
体を丸め、生地の上でぽんよぽんよと跳ねるのであります。
粉がまとまっていく実感を得るうち、イクラクンは自分が蕎麦なのか蕎麦が自分なのか分からなくなり、
混乱のバステが付着してしまいました。
眠そうな据わった目で虚空を睨みながら、丸まり姿勢から指ひとつ動かさずにぽんよぽんよ跳ねます。
匠の力加減で生地はうまいこと捏ねられ、イクラクンと同等の球形を為していくのでした。
一方かりゆは近所のフィヨルドで勇ましく竿を構えていました。
勇ましいだけであり、竿はホウキにタコ糸を結わえただけのものです。針すらありません。
ただ、かりゆ的には釣りってそんな感じかなーという認識のため、伊勢海老が糸の先に次々かかっています。
カリユはそれをひょいひょい釣り上げてはクーラーボックスに放り込むだけです。
ビギナーズラックここに極まれりと申しましょうか、とにかく可愛いので仕方がないのでした。
すっかりボックスが満タンになったので、カリユは自宅にふかふかと凱旋しました。
イクラクンが蕎麦を打ち終えているはずです。
招待したマスターに海老を揚げてもらえばもう天ぷら蕎麦は目の前です。
空腹と希望に涙滴型の涎を垂らし、カリユはぴょこーんと直接台所に飛び込みました。
そこではイクラクンと蕎麦の生地が揃ってまな板の上に並んでいました。
ルシェ耳をぴっこり傾げてかりゆが訝ると、イクラクンと生地は口を揃えて「ボクをお切りめされよ」と重々しく告げるのでした。
「ご冗談でしょう」
片足立ちでもう片足と上体を横にひねり、両腕を斜め上方に伸ばした動揺のポーズでカリユは驚きます。
しかし蕎麦の香りのイクラクンは退きません。
「ボクも蕎麦として生まれたからにはそろそろ麺になるべきだと思うんだよね」
イクラクンからは無表情ながらも吹っ切れた爽やかな心意気を感じます。
すっかり蕎麦気取りです。
「あとそのポーズ疲れない?」
「そういえば割と」
姿勢は変えぬままルシェ耳を傾けて安定を得たカリユはむむむと考えます。
イクラクンが血迷うのは今に始まったことではないのですが、急がねばお腹が空いてしまいます。
「さぁ、太く短いボクの麺生を細く長く切って終わらせて!」
「そんなことできないよっ!」
涙を浮かべてカリユは慟哭します。
だってお世辞にもイクラクンが麺として上質だなんて思えませんからね。
カリユは泣きながら蕎麦生地の方をトントンと切り、沸騰させた湯に放ちます。
そしてわくわくと見上げるイクラクンをボウルの中の氷水に落とします。
「ちべたいちべたい」
イクラクンは哀しそうにボウルから這い出ようとしては傾斜に阻まれ、とぷんとぷんと水に落下します。
荒療治ですがカリユは他にイクラクンの頭を冷やす方法を知りません。
「イクラちゃんの本質は?」
「ボク、イクラちゃんじゃなくて誇り高きイクラクンのイクラクンだよ!」
「よし」
まだイクラ蕎麦と抜かすようであればぬるま湯に落としてお蕎麦湯を取るところでした。
「ボク! ちゃんじゃなくて! イクラ!」
「そうがなりなさんな」
ゆったりたしなめるカリユ可愛いです。
ボウルの中でイクラクンがぱちゃぱちゃ暴れるうちにキザなマスターが颯爽と現れ、伊勢海老を次々と天ぷらに仕立てました。
コツは衣水をよく冷やすことだそうで、イクラクン入りのボウルから取った氷水で粉を溶いていました。
もちろんイクラクンも衣水に落ちます。
最後の伊勢海老にしがみついていたイクラクンがつられて油に落ちます。
しかし比重の軽いイクラクン。
煮えたぎる油の上にちょーんと爪先立ちして難を凌ぎました。
「揚がるかと思ったよ」
「おお、可哀想にね」
泣くラクンをふんわり抱きしめながら蕎麦に揚げたての海老天を乗せ、かりゆは天ぷら蕎麦を貪り食いました。
かりゆだけで貪り食いました。
全部ね。
愛でたし愛でたし。
かりゆぅぅぅぅぅぅぅぅぅ
最終更新:2013年05月05日 00:09