・セブンスドラゴン2020-Ⅱ終盤
・エロなし
0,
2021年、東京。人と竜との戦いが続く世界。
人類の拠点たる国会議事堂の地下2階にある、政府の特殊機関『ムラクモ』の居住区。
そこにある、人類の刃たる『ムラクモ13班』のマイルーム。……の、同じ並びにある一室。
通称『左側の部屋』。
そこに、今は失われた種族の2人がいた。
1,
「……」
「……」
室内で、2人は無言だった。
ひとりは女。
少女と言っていい年頃に見える、白いふわふわした獣耳をもつルシェ族の女が、
部屋に備え付けられたベッドに腰掛けて虚空を眺めていた。
もうひとりは男。
少年と言っていい年頃に見える、浅黒い肌と尖った耳を持つルシェ族の男が、
ベッドから見える位置にあるテーブルについて何かの資料を読んでいた。
ルシェの女が口を開いた。
「ねえ、ミツツグ」
ミツツグと呼ばれたルシェの男が応えた。
「なんだ?」
ルシェの女が言った。
「今日のご飯、なにかな」
「……」
ちょっと考えて、ルシェの男は答えた。
「これまでの経験から、缶詰と水の可能性が高いんじゃないかと思う」
「そうだね」
「……」
「……」
ルシェの男が口を開いた。
「なあ、アユム」
アユムと呼ばれたルシェの女が応えた。
「なに?」
ルシェの男が言った。
「今日の夕食は何時って言っていたかな」
「……」
少し記憶を遡って、ルシェの女が答えた。
「17:30だったと思うよ」
「そうか」
「……」
「……」
しばらくして、ルシェの女が口を開いた。
「ねえ、ミツツグ」
ルシェの男が答えた。
「なんだ?」
「わたしたち、13班だよね?」
2,
ルシェの男は答える。
「そうだな」
「なんでわたしたち、やることがないんだろう」
ルシェの女の問いに、ルシェの男はやはりよく考えてから答えた。
「俺たちは、創られた……生まれてからあまり長い時間が経っていない」
「うん」
「同じムラクモの先生に引率してもらわないと、ちゃんと行動できるか自信がない」
「うん」
「13班は予備員を含めて11人いるけど、そのうち9人は作戦行動に出ている」
「うん」
「残り2人である俺たちに引率がつけられない」
「うん」
「だからだと思う」
「あー」
ルシェの女は納得しかけたが、納得はしなかった。
「できるよ? ちゃんと行動」
「できるか?」
「……」
「……」
「できないかも」
ルシェの女は納得した。
「モトコ、また教えてくれないかな」
少し間を置いて、ルシェの女が言った。
モトコとは13班の一員である。
彼女は潜在的な身体能力がまったく普通ではない普通の女子学生だったが、一年前にムラクモ採用試験に呼び出されて以降
数奇な運命に導かれてドラゴンと戦う道へと踏み入り、立ち塞がる竜を斬って斬って斬り続けた挙句
ついには真竜の頭蓋をも貫いて地球から追い払う最後の一手を決めたというエース中のエースである。
さらに言うと一年後の今大戦でも最初から活躍し続け、帝竜を屠り、多くの命を救い、
そして連れ去られかけた最も特別な少女をアメリカの特殊部隊から取り戻し、その特殊部隊と一緒に議事堂に帰還して、
『あの……サクラバ兄妹との戦いでムキになりすぎちゃって何箇所か大事な腱が切れちゃった……』
と報告して彼女に人類の希望を託す関係者一同を未曾有の大パニックに陥れた張本人でもある。
議事堂襲撃の際、13班の同僚達は生存の不安よりも
絶対戦えない体で出撃したがる彼女をなだめるのに苦労しなければならなかった。
そんな彼女は療養中、新しく13班に入った2人の教育係として自分の技術を教え、あるいは一緒に技術の習得に励んだ。
現在では完全には体は元に戻らなかったものの、快復した彼女は戦闘スタイルをアイドルに転向、
丹田法で鍛えた発声と開発班の超技術メガホンを組み合わせ、並みいる敵の脳天をぶち抜く人間音響兵器と化している。
ベッドに体を投げ出し、ベッドの下をごそごそやりながらルシェの女が言った。
「モトコに刀の使い方を教えてもらうの、楽しかった」
鞘に納まった日本刀を引っ張り出し、膝に乗せたルシェの女は
お気に入りのぬいぐるみをそうしたようにリラックスして耳をぴこぴこさせた。
ルシェの男が言う。
「モトコがアユムに教えてる間、俺は一人でさびしかったな」
「モトコがミツツグと研究区に呼ばれて、能力開発してる間はわたしがさびしかったよ?」
「一緒に来てたのに?」
「モトコともミツツグともおしゃべりできないから……」
「そうだな」
ルシェの男は頷いた。
「俺もアユムとモトコが練習してる間さびしかった」
「でしょ?」
「そうだった」
「……」
「……」
ルシェの女が言った。
「今は2人でいるけど」
「ああ」
「誰にも呼ばれないと、まだちょっとさびしいね」
「俺もそう思う」
3,
「スキルの練習、しようかな」
ルシェの女が言った。
「……」
アイドルのスキル開発の資料に目を戻していたルシェの男は、
日本刀を持ってベッドからぴょんと降りたルシェの女の方を見た。
「スキルの練習をしておけば、呼ばれたらすぐみんなの役に立てるよね?」
「そうだな」
ルシェの女の言葉に、ルシェの男も少し乗り気になってメガホンを手に取った。
「こうやって……」
「……」
「……」
ルシェの女は日本刀を持った手を腰に当て、構えを取り、そして室内では
武器の抜刀が厳禁であることを思い出した。
ルシェの女は練習するのをやめた。
「………………」
ルシェの女の耳が力なくうなだれた。
ルシェの男は構えるのをやめたルシェの女を不思議そうに見たが、
すぐにその理由に気付いた。
「……」
気まずかったのでルシェの男は自分も練習するのをやめにしようと思った。
思ったが、ルシェの男の目にふと部屋においてある観葉植物の植木鉢が目に入った。
「……」
なんとなく、ただなんとなく、ルシェの男は
腕をぐるぐると回してその観葉植物に人差し指を向けた。
次の瞬間、突撃グルーヴに操られたルシェの女が観葉植物を真っ二つに斬り飛ばした。
4,
「なにかして、みんなの役に立ちたいね」
飛んできた研究員にしばらくの間日本刀を没収されることになったルシェの女が言った。
「そうだな」
頭にたんこぶを作ったルシェの男が応えた。
ルシェの2人は少しの間考えた。
ルシェの男が言った。
「お弁当を作るのはどうだろう」
「お弁当?」
「働いたあと、おいしいものが食べられると嬉しい」
「そうだね」
「きっと喜んでもらえる」
「うん、役に立てるね」
控えめに表情を輝かせたルシェの女が、ルシェの男に聞いた。
「料理の材料、ある?」
「……」
ルシェの男は少し考えて、言った。
「無い。アユムはあるか?」
「……」
聞き返されてルシェの女は少し考えた。
「これ、できるかな……」
そう言ってルシェの女は『手作り弁当』を出した。
何かのために研究員がルシェの女に持たせていたものだった。
「……」
ルシェの男は差し出されたそれを見た。
それは料理の材料にするのではなく、そのまま仲間に差し入れすべきものだった。
ルシェの男は言った。
「食べ物だから、たぶんできるとおもう」
『普通、料理として完成しているものは更に調理したりはしない』
という知識を、ルシェの2人は持ち合わせていなかった。
ルシェの2人は『弁当』を調理して弁当を作ることにした。
調理台の前に並んで、そしてルシェの男は言った。
「お弁当はおいしい」
「おいしいね」
「そして回復する」
「回復?」
ルシェの女が聞き返した。
「戦闘中に使うと、3人の体力が回復するらしい」
「どうして?」
「……」
ルシェの男は少し考えて、言った。
「おいしいと力がわく」
「そうだね」
「だから回復する」
「そうだね」
「……」
「……」
「どうしてお弁当は1つなのに3人の体力が回復するのかな」
「……」
「あと戦いながらご飯食べられるかな」
「……」
ルシェの男は煙が出そうになるほどよく考えて、言った。
「1人でお弁当を食べる嬉しさを1とする」
「うん」
「アユムと2人で食べると、2倍くらい嬉しいから2になる」
「うん」
「1つのお弁当を2人で食べると、半分しか食べられないから嬉しさが半分になる」
「うん」
「2倍の半分だから1になる。1つのお弁当を2人で食べると2人とも1嬉しい」
「うん」
「3人で食べると3人とも1嬉しい。3人とも回復する」
「そっか」
ルシェの女は納得した。
「あと」
「うん」
「人がお弁当を食べているのを邪魔するのは、いけないと思う」
「怖かった」
「怖かったな……」
ルシェの2人は何かを思い出して同意しあった。
「だから、お弁当を食べているときは攻撃されないと思う」
「戦いが止まるね」
ルシェの女は納得した。
ルシェの女が言った。
「じゃあ、料理しよう」
「うん」
「……」
「……」
「料理のしかた、わかる?」
「……」
ルシェの男は少し考えた。
「『しおやき』は知ってる」
「そっか」
「アユムは?」
ルシェの女は少し思い出した。
「『からあげ』ならしってるよ」
「そうか」
「この材料をからあげとしおやきにすればいいんだね」
「そうだな」
ルシェの2人は料理をした。
ダークマターが出来た。
5,
「なにかして、みんなの役に立ちたいね」
食べ物を粗末にした罰として頭にたんこぶを作ったルシェの女が言った。
「そうだな」
普通食べてはいけないものを食べたことによる腹痛からようやく復帰したルシェの男が言った。
目を伏し、頭を傾げ、ルシェの女が言った。
「じりじりする……」
「……」
「どうして、こんなにみんなの役に立ちたいんだろう」
手を組み、深く物思いに沈んで、ルシェの男が呟いた。
「血……」
「え?」
「誰かが、何かしろと言ってる気がする」
「誰か……」
「体の、中で」
ルシェの男が続ける。
「頭の、中で……」
目を閉じ、耳を伏せて、ルシェの女が言った。
「……わたしにも、感じる」
「感じる?」
「体の中を、めぐってる。頭の中にも」
「ああ」
「これが、ルシェの血?」
今は失われた種族の遺伝子を受け継いだ女が、言った。
「そうかもしれないと、思った」
今は失われた民の血を引き継いだ男が、応えた。
「モトコが言ってた。ルシェという種族のこと。俺たちを創った人が……エメルが言っていたって」
「わたしもマリナから聞いた。マリナは、エメルと会ったことがあるって」
ルシェ族。
かつて存在した海洋帝国にルーツを発する、今は失われた民。
その最大の特徴は、鉱物の声を聞くことが出来る耳でも、優れた頭脳と身体能力を併せ持つことでもない。
その最大の特徴は、地球に存在する命を繋ぐために種の未来を捨てた、その精神性。
他の命を繋ぐために自らの犠牲をいとわない。
その精神性を、ルシェ族は遺伝子に刻み込まれた特性として持っていた。
マリナ。
ルシェの女王の記憶を引き継ぐ、もう一人のルシェの少女。
実のところ13班の2人は、マリナに会う機会はあまりない。
それでも13班の2人にとって姉のような、守ってあげなければならないような、
不思議な血の繋がりを感じる相手でもある。そして、創られた命であると言うことも共通している。
そして、エメル。
アメリカで、そして日本で、ドラゴンを滅するために全ての智恵と技術を振るった科学者。
彼女の憎悪は、竜の力を持って竜を破壊する人類がドラゴンに打ち勝つための牙を生み出した。
また彼女の憎悪は、生命の禁忌に触れる研究で命を『創った』。
しかしその結果としてマリナや2人はこの世に存在し、また憎悪で出来ているはずの彼女が遺した
憎悪以外の何かは、マリナに、そして13班に受け継がれている。
そしてエメルがいなくなった後に、2人は目覚めた。
「ルシェの血が言ってるんだ」
ルシェの男は呟いた。
「自分の近くに居る命を守れって」
「わたしにも、聞こえる」
ルシェの男は続けた。
「この血の声を……そして、エメルの意思を引き継ぐ。それが、俺の生まれた意味」
「……」
「そのために、生きているんだと思う。この気持ちは、生きる理由を教えているんだと思う」
「そうかな?」
ルシェの女が言った。
「それは、きっと、ちがう」
「そうか」
「そう。だって、マリナも、ミロクも、ミイナも、何かのために生きているわけじゃない」
ルシェの男の脳裏に、よく笑い、よく喋り、よく熱を出し、自分達より
背が小さいのにお兄さん、お姉さんのように自分達に接する2人の姿が浮かんだ。
ルシェの女が続けた。
「オリハルコンを作るため。ナビをするため。そのために、生まれた。そのための力がある」
「うん」
「その力を使って助けたい仲間がいるから、使ってるんだと思う」
「うん」
「そのために生きてるから、って、その力を使ってるんじゃないと思う」
「うん」
ルシェの男が言った。
「そうだな」
ルシェの女が言った。
「生きてることに、理由なんてない。生まれたから生きてるだけ。それだけで、すごく嬉しい」
「そうか……」
「うまく言えないけど」
「いや、わかる」
ルシェの男が言った。
「何かしたいと思うのは、生きてるからなんだ。せっかく生きている、この気持ちを、未来に繋ぎたいんだ」
「……そっか」
ルシェの女は言った。
「やっと、言葉になった。わたしにもわかった」
「うん」
「ねえ、ミツツグ」
「なんだ?」
「わたし、ルシェの血の声を、大切にしてあげたい」
「……うん」
「ルシェは、命を残すために、一回は消えちゃった。でも、もう一度この星に戻ってこれた」
「ああ」
「せっかく戻ってこれた、この、ルシェの心……ルシェの誇りを、わたしは受け継いであげたい」
「……俺も、そう思う」
ルシェの男は同意した。
「ルシェの思いと、俺の思いは、同じだ」
「うん」
「自分の思いを未来に繋ぎたい。自分が大事に思うことができた大切なものを、未来に残したい」
「わたしの思いも、ルシェの思いと同じ」
ルシェの女も続けた。
「わたしは、戦う力をもらって生まれてきた。戦えないみんなのかわりに、戦える力」
「ああ」
「だから、戦いたい。戦えないみんなに、わたし達は負けないってつたえたい」
「ああ」
「……できるよね」
「できる、絶対に」
確かめ合うように、2人は声を合わせる。
「みんなの命と、思いを守る。この名前にかけて、きっと『希望を繋いで』みせる」
光継という名を自分につけた男が言った。
「わたしも……みんなの願いを形にしてみせる。みんながくれたこの名前にかけて、『絶対にくじけない』」
歩という名を仲間に貰った女が言った。
ルシェの2人はお互いをまっすぐに見て、言った。
「これが、『わたし達の意志』なんだね」
「これが、『俺たちの意志』なんだな」
6,
「……なあ、アユム」
ルシェの男が口を開いた。
「なに?」
「13班は、仲間だよな?」
「仲間だよ」
「……」
少し沈黙して、ルシェの男がまた言った。
「ムラクモのみんなも、議事堂のみんなも、日本もアメリカも……みんな、仲間だよな?」
「仲間だよ?」
「みんなを守って、みんなの未来を繋ぐことができれば、『俺の意志』は貫けたことになるよな……?」
「……」
ルシェの女は、ルシェの男を見て、柔らかな声で言った。
「どうしたの」
「……」
「どうしたの、ミツツグ」
ルシェの男は静かに語り始めた。
「ドラゴンを追い払えば、この星は未来へ残る」
「うん、そうだね」
「マリナも、モトコも、ミロクとミイナも、人間の希望と歴史を、繋ぐことができる」
「うん」
「だけど」
ルシェの男は言った。
「ルシェは、繋がらない」
ルシェの女は言った。
「どうして?」
「数が少なすぎる」
現在、地球に3人しかいない種族の男が続けた。
「生き物には、種を存続させるために必要な絶対数がある」
「うん」
「俺たちは、3人しかいない」
「うん」
「どうしても、足りない」
ルシェの女は、小刻みに相槌を打ちながら、ルシェの男の話に耳を傾けていた。
「ルシェは、人間との間に子供を作れない」
「……うん」
「ルシェは、人間に混じって、一緒に命を繋ぐことができない」
「…………うん」
「ルシェは、俺たちと一緒に、もう一度消える」
「………………」
未来の閉ざされた種族の男が、そう言って黙った。
「……」
「……」
「……じゃあ」
未来を閉ざされているはずの種族の女が、口を開いた。
「わたしと作る? ……子供」
「……」
ルシェの男は、ぽかんとしてルシェの女を見つめ、しばしの間沈黙した。
「ええと……」
ルシェの男は言葉を選びながら、説明しようとして口を開いた。
「存続に必要な数とかは、そういう問題じゃなくて」
「うん」
「ええと」
「でも」
ルシェの女は、言った。
「子供ができたら、その子がいる間、ルシェは続くよ」
「……」
「子供を作らなかったら、それで終わり」
「……そうかもしれない」
ルシェの男は考えながら言った。
「『ルシェを残す意志』がなければ、ルシェは残らない」
「うん」
「『ルシェを残す意志』があれば、なにか、いい方法が見つかるかも……」
「そうだよ」
「そうか」
「そんなかんじのこと、言いたかったんだよ」
「そうか」
テーブルを挟んで向かい合うルシェの2人は、お互いを見た。
「それで……」
「ああ」
「どうする?」
「……」
ルシェの男は、よく考えて、言った。
「……今、戦わないといけない俺たちは、子供を作るのが難しいと思う」
「あ」
ルシェの女は今気付いたように声を上げた。
「そっか」
「ああ」
「そっか……」
「ああ」
二度同じやり取りが繰り返された。
「じゃあ」
「うん」
「ドラゴンを追い払ったら、どうする?」
「……」
「……」
ルシェの2人は向かい合ってしばらく考え、やがて同時に首を傾げた。
「どうしようか」
「どうしようか」
7,
『左側の部屋』のドアの前で、アメリカの特殊部隊の現リーダーの女が言った。
「あいつらなんて話を……っていうかなんでここに? 部屋に入れない……」
〈終〉
最終更新:2013年07月31日 05:40