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「婚姻の儀式」 - (2007/04/12 (木) 05:47:30) の最新版との変更点

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 それは今とは異なる はるか昔の物語  朱砂の王(すさのおう)は蜑乙女(あまのおとめ)に恋をした  二人は互いに惹かれあい、一つになろうとした  ところが彼らが交われば、世界は災厄に見舞われた  かくして彼らは引き離されることとなった  一人は山に、一人は海に ******                            ****** 「えー、本日はお日柄もよく二人を祝福しているかのようです。 結婚というものは……(長いので省略)……しかして褌こそ……え?ずれてる?」 ある藩国民の祝辞より ******                            ******  その日は朝から国を挙げてのお祭だった。  宝厳須磨神社にはたくさんの客が詰めより、神社周辺に軒を連ねた出店からは威勢のよい客引きの声が響き渡る。普段の祭よりも三倍は人で賑わっていた。 「きゃああ~! りんごあめですう~♪ 金魚救いですう~♪」  子供のように……、否、子供以上にはしゃぎまわる女官と、その後を追いかける巫女達。まるで園児と保母さんのようだ。 「みぽりんさまぁ、そろそろ戻ってお支度をなさらないと……」 「大丈夫、どうせ摂政さまは遅刻するんだから~」  摂政の遅刻とみぽりんの支度は別問題であり、けして大丈夫な事ではない。だがみぽりんは、焼きうどんはっけ~ん、と大声を出しながら人ごみの中へ飛び込んでいった。 「ちょ、ちょっと、みぽりん様? お、お待ちくださいっ!」  それは前日の事である。 町の一角にあるみたらし団子茶房「巫」。普段であれば消えているはずの店の明かりがまだついたままとなっている。普段とは異なる様子の店の中には二人の男と二人の女。1組の男女が机にさまざまな用紙を広げて話をしている。それを見守っている和風メイド服に身を包んだ……あ、男1人除いて同じ格好だ。メイド服を着たもう一人の女性は店の片隅で男女の様子を伺っている。時々二人から注文を受けるとすぐに厨房に向かい、お茶や団子などを運んでくる。そして残りの1人は……壁を背もたれにして、椅子に腰掛けたまま目を閉じている。もっと分かりやすく言えば、寝ているだけである。  店の店主である柊 久音は二人の客人--七比良鸚哥とみぽりんが店に来たとき、最後まで残っていた店員に「後はやっておきますので、帰ってもいいですよ」と伝えた。しかし店員はそれを断り、最後までいると言ったのである。それを聞いた久音は「じゃぁ、任せますね」といったきり店の隅で居眠りを始めた。残っているならせめて起きていてくれても良いじゃないかと思うものの、口にはせずに店員は最後の客人のために職務をこなしている、というわけである。  夜もふけた頃のみたらし団子茶房「巫」。店内はがらんとしており、店員としてはもう店じまいの看板を掲げたいところだったが、たった二人の客のためにいつもより営業時間を延ばしてして、二人がはやく帰ることを、ただ一心に神に祈っていた。もちろん彼らが普通の客であったなら、蹴り飛ばしてでも終業時間に追い出すのだが、相手が相手だけにそのような真似を軽々しくはできない。 「摂政さま~。みぽりん、これ着てみたいです~」  彼女は洋書を取り出して一枚の写真を指さした。そこに写っているのは、一枚つなぎの着物を纏い、胸の前に両手で花束を抱えた女性。頭に冠のようなものを被り、そこから半透明の布が垂れ下がっている。当然のことながらこの国では見ることもない衣装だ。 「たしかにみぽりんにはその色のほうが似合うとは思うけどね……。ただこれは決まりごとだから、この中の衣装で我慢してくれないかな」苦笑いを浮かべながら、彼は古い和漢書の絵を何点か指し示した。「一応この国での、大事な儀式だかね」 「むぅ……、こっちがいいですう」 「そんな顔しないで。これは神様への奉納なんだから」  いよいよ彼は困った顔をして彼女をなだめるが、今度ざっはとるてを作るから、等と必死の交渉の末にようやく納得をさせたようだ。ざっはとるてが何のことかはわからない店員だが、よほど美味しいお菓子なのだろう。彼女の顔が一瞬にして満面の笑みに変わったことがそれを表している。  そこから二人の会話は一変した。彼の長く微に細を入った丁寧な説明に対し、鼻歌交じりの二つ返事。というよりは、右の耳から左の耳へ抜けているのでは、と思わせるような笑顔で、彼は何度も念を押すように、一つの事に、二度三度と同じ説明を繰り返した。 「さて、と……」ようやく彼が重い腰をあげた。「打ち合わせはこのくらいにして、そろそろ帰るとしようかね。みぽりん、もう一度言っておくけど、明日は、か・な・ら・ず、遅刻しないように気をつけるんだよ?」 「はいは~い。もちろんですよ~。ざあっはとるて~♪ ざっはとるて~♪」  本当に大丈夫だろうか、と心配する彼を置き去りにして、彼女は陽気な歌声を上げ、軽やかな足取りで店から出て行った。代金を机の上に置き、「遅くまで申し訳ありませんでした」と謝った彼は、急ぎ足で彼女の後を追いかけていく。  やっと開放される……。  店員が開放感から安堵の息を漏らし、少しだけ間を置いてから、店頭ののれんを片付けに外へ出たとき、東の空はまぶしく輝いていた。 「やっと終わった……店主、店を閉めますね……」 眠い目をこすりつつ、のれんを仕舞おうとする店員を横目に、柊 久音は苦笑いしながら一言。 「せやから、あの時点で帰って良いと言ったんやけどねぇ……」 外に出て呆然としている店員の目には、夜明けを告げる朝日が写っていた。 「おはようござい……あれ、どうしたの?」 そして、他の店員が店に来たことを知ると彼女はそのまま倒れ込むように寝てしまった。 「あぁ……ね。しゃーないから彼女は今日休み、やね。あ、今日はうちも休むんで、後は頼んどくわ」 そういいながら、寝てしまった店員を背負って店を出て行く店主だった。素である関西弁が出ている上、小さなあくびをしながら少し頼りなく歩いているところを見ると、寝ているふりをして色々心配はしていたのかもしれないようではある。その様子を見守りながら、店を開く支度を始めようとした店員は、店主の背中に一言声をかけた。 「店主の性格からありえないとは思いますけど、そのまま変なところに連れ込まないでくださいね」 あ、こけた  海のように真っ青な空。雲ひとつない快晴。鳥居にもたれかかって信乃は空を眺めていた。この日のために、陰陽師、有馬信乃はここ数日不眠不休で吉日の選定や、吉方の算出などに追われていた。しかし、これほどの晴天を前にすれば、その苦労も報われたというものである。 「お疲れのようですね」  上に向けていた視線を普段の位置に戻すと、男が口から紫煙を吐き出しながら、こちらへ向かって近づいてきた。 「ここより先は禁煙なんで……」信乃はわずかに手をあげ彼の歩みを制した。「他の場所へ行きましょう。それと……、僕にも一本いただけます?」  どうぞ、と言って彼の差し出した紙巻煙草を一本頂戴し、信乃は火を点けた。この国で煙草と言えばキセルで呑むもの。数ヶ月ぶりの紙巻煙草に、一口目こそむせはしたが、二口目からはにゃんにゃんでの煙草の味を思い出す。 「予想以上に盛大で、少々驚きですよ」口から煙草をはずして男は言った。 「まあ、そうそうお目にかかれるものではないですからね。そんな時に来られた貴方はとても運が良い」  男はこの国の民ではない。名をボロマール。たけきのこ藩国民らしく、信乃とは、昨晩みたらし団子茶房「巫」で知り合っただけの間柄であったが、互いに愛煙家であることもあって、すぐに気の合う仲となった。本日の主役、七比良鸚哥とみぽりんとは旧知の仲のようで、今日の祭りの話をしたら、ぜひ見たい、とのことで、今日もこの国に滞在している。 「これからが本番ですから、どうぞ我が藩国の文化をお楽しみください」 「ええ、そうさせてもらいますよ」  二人はしばらく煙草を吸いながら雑談を交わした。 「あぁ、そうだ。祝辞はお書きになられましたか?」何かを思い出したように信乃が言った。 「祝辞、ですか?」 「ええ。もし差し支えがなければ、ぜひ。多い方が良いですから」  ボロマールは腕を組んでしばらく考えた挙句、 「そうですねぇ……、せっかくですから、何か書かせてもらいますよ」  と返事を返す。 「ありがとうございます。あちらの社務所のほうに祝辞用の紙と筆が用意してありますので、よろしくお願いします」  信乃は煙草を消して吸殻を袖の下へと入れ、太陽を見た。南の空、最も高いところへとさしかかろうとしていた。 「さて、と。僕はこれから仕事がありますのでこれにて失礼を。婚礼の儀が終われば僕の役目もなくなりますので、その後でよければご案内しますが、どうでしょう?」 「そうですね、では、お願いさせていただきます」 「では、後ほどここで」  一礼した信乃は、くるりと身を翻して、本殿へ向け足を進めた。 「遅刻、ですか……」  控えの間にやってきた七比良鸚哥は、昨晩の危惧した通りの結果にうな垂れて、大きなため息をこぼした。 「いえ、一度はおいでになられたのですが……、まだ時間があるならちょっと出店で遊んでくる、と言われまして……」  摂政の様子に手伝いの巫女たちも何とかしてみぽりん不在を取り繕おうとするが、同行していた巫女とはぐれてしまったらしく、現在神社の巫女総動員で捜索中だと言う。 迂闊だったなぁ……。  屋敷を出た瞬間、ほんの少しだけ頭をよぎったのだ、彼女を迎えに行くべきではないか、と。だが彼女を信じて迎えに行くことはやめた。今日が大事な日であることくらい承知しているだろうし、きちんとできるだろう、と考えたのだ。  額に手を当て天を仰ぐ鸚哥だが、彼が後悔すると言うのもおかしな話である。昨夜さんざんに今日という日がどれほど大事なことであるかを言い聞かせ、それでなおみぽりんは行方をくらませているのだから、言わんや誰が彼を責めようか。ただ不幸な事は鸚哥が他人より責任感を多めに持っていただけのことである。 「ああ~、やっと摂政さまが来たあ。おはようございますです~」新婦の失踪に慌てふためく控え室に、能天気な声がこだました。「摂政さま遅いですよ~。そうそう、これお土産です」  屈託のない笑顔で、みぽりんはりんご飴を差し出した。 「あ、ありがとう。みぽりん、早く着替えて準備してくださいね?」 「は~い!」  保育園児のように元気の良い返事。空を飛んでいるのではないかと思わせるようなふわふわした足どりで、更衣室へと向かっていく。  鸚哥はつるりと光るりんご飴を口に入れ、バリバリと噛み砕いた。 後半へ続く 作・信乃
 それは今とは異なる はるか昔の物語  朱砂の王(すさのおう)は蜑乙女(あまのおとめ)に恋をした  二人は互いに惹かれあい、一つになろうとした  ところが彼らが交われば、世界は災厄に見舞われた  かくして彼らは引き離されることとなった  一人は山に、一人は海に ※※※※※※                      ※※※※※※ 「えー、本日はお日柄もよく二人を祝福しているかのようです。 結婚というものは……(長いので省略)……しかして褌こそ……え?ずれてる?」 ある藩国民の祝辞より ※※※※※※                      ※※※※※※  その日は朝から国を挙げてのお祭だった。  宝厳須磨神社にはたくさんの客が詰めより、神社周辺に軒を連ねた出店からは威勢のよい客引きの声が響き渡る。普段の祭よりも三倍は人で賑わっていた。 「きゃああ~! りんごあめですう~♪ 金魚救いですう~♪」  子供のように……、否、子供以上にはしゃぎまわる女官と、その後を追いかける巫女達。まるで園児と保母さんのようだ。 「みぽりんさまぁ、そろそろ戻ってお支度をなさらないと……」 「大丈夫、どうせ摂政さまは遅刻するんだから~」  摂政の遅刻とみぽりんの支度は別問題であり、けして大丈夫な事ではない。だがみぽりんは、焼きうどんはっけ~ん、と大声を出しながら人ごみの中へ飛び込んでいった。 「ちょ、ちょっと、みぽりん様? お、お待ちくださいっ!」  それは前日の事である。 町の一角にあるみたらし団子茶房「巫」。普段であれば消えているはずの店の明かりがまだついたままとなっている。普段とは異なる様子の店の中には二人の男と二人の女。1組の男女が机にさまざまな用紙を広げて話をしている。それを見守っている和風メイド服に身を包んだ……あ、男1人除いて同じ格好だ。メイド服を着たもう一人の女性は店の片隅で男女の様子を伺っている。時々二人から注文を受けるとすぐに厨房に向かい、お茶や団子などを運んでくる。そして残りの1人は……壁を背もたれにして、椅子に腰掛けたまま目を閉じている。もっと分かりやすく言えば、寝ているだけである。  店の店主である柊 久音は二人の客人--七比良鸚哥とみぽりんが店に来たとき、最後まで残っていた店員に「後はやっておきますので、帰ってもいいですよ」と伝えた。しかし店員はそれを断り、最後までいると言ったのである。それを聞いた久音は「じゃぁ、任せますね」といったきり店の隅で居眠りを始めた。残っているならせめて起きていてくれても良いじゃないかと思うものの、口にはせずに店員は最後の客人のために職務をこなしている、というわけである。  夜もふけた頃のみたらし団子茶房「巫」。店内はがらんとしており、店員としてはもう店じまいの看板を掲げたいところだったが、たった二人の客のためにいつもより営業時間を延ばしてして、二人がはやく帰ることを、ただ一心に神に祈っていた。もちろん彼らが普通の客であったなら、蹴り飛ばしてでも終業時間に追い出すのだが、相手が相手だけにそのような真似を軽々しくはできない。 「摂政さま~。みぽりん、これ着てみたいです~」  彼女は洋書を取り出して一枚の写真を指さした。そこに写っているのは、一枚つなぎの着物を纏い、胸の前に両手で花束を抱えた女性。頭に冠のようなものを被り、そこから半透明の布が垂れ下がっている。当然のことながらこの国では見ることもない衣装だ。 「たしかにみぽりんにはその色のほうが似合うとは思うけどね……。ただこれは決まりごとだから、この中の衣装で我慢してくれないかな」苦笑いを浮かべながら、彼は古い和漢書の絵を何点か指し示した。「一応この国での、大事な儀式だかね」 「むぅ……、こっちがいいですう」 「そんな顔しないで。これは神様への奉納なんだから」  いよいよ彼は困った顔をして彼女をなだめるが、今度ざっはとるてを作るから、等と必死の交渉の末にようやく納得をさせたようだ。ざっはとるてが何のことかはわからない店員だが、よほど美味しいお菓子なのだろう。彼女の顔が一瞬にして満面の笑みに変わったことがそれを表している。  そこから二人の会話は一変した。彼の長く微に細を入った丁寧な説明に対し、鼻歌交じりの二つ返事。というよりは、右の耳から左の耳へ抜けているのでは、と思わせるような笑顔で、彼は何度も念を押すように、一つの事に、二度三度と同じ説明を繰り返した。 「さて、と……」ようやく彼が重い腰をあげた。「打ち合わせはこのくらいにして、そろそろ帰るとしようかね。みぽりん、もう一度言っておくけど、明日は、か・な・ら・ず、遅刻しないように気をつけるんだよ?」 「はいは~い。もちろんですよ~。ざあっはとるて~♪ ざっはとるて~♪」  本当に大丈夫だろうか、と心配する彼を置き去りにして、彼女は陽気な歌声を上げ、軽やかな足取りで店から出て行った。代金を机の上に置き、「遅くまで申し訳ありませんでした」と謝った彼は、急ぎ足で彼女の後を追いかけていく。  やっと開放される……。  店員が開放感から安堵の息を漏らし、少しだけ間を置いてから、店頭ののれんを片付けに外へ出たとき、東の空はまぶしく輝いていた。 「やっと終わった……店主、店を閉めますね……」 眠い目をこすりつつ、のれんを仕舞おうとする店員を横目に、柊 久音は苦笑いしながら一言。 「せやから、あの時点で帰って良いと言ったんやけどねぇ……」 外に出て呆然としている店員の目には、夜明けを告げる朝日が写っていた。 「おはようござい……あれ、どうしたの?」 そして、他の店員が店に来たことを知ると彼女はそのまま倒れ込むように寝てしまった。 「あぁ……ね。しゃーないから彼女は今日休み、やね。あ、今日はうちも休むんで、後は頼んどくわ」 そういいながら、寝てしまった店員を背負って店を出て行く店主だった。素である関西弁が出ている上、小さなあくびをしながら少し頼りなく歩いているところを見ると、寝ているふりをして色々心配はしていたのかもしれないようではある。その様子を見守りながら、店を開く支度を始めようとした店員は、店主の背中に一言声をかけた。 「店主の性格からありえないとは思いますけど、そのまま変なところに連れ込まないでくださいね」 あ、こけた  海のように真っ青な空。雲ひとつない快晴。鳥居にもたれかかって信乃は空を眺めていた。この日のために、陰陽師、有馬信乃はここ数日不眠不休で吉日の選定や、吉方の算出などに追われていた。しかし、これほどの晴天を前にすれば、その苦労も報われたというものである。 「お疲れのようですね」  上に向けていた視線を普段の位置に戻すと、男が口から紫煙を吐き出しながら、こちらへ向かって近づいてきた。 「ここより先は禁煙なんで……」信乃はわずかに手をあげ彼の歩みを制した。「他の場所へ行きましょう。それと……、僕にも一本いただけます?」  どうぞ、と言って彼の差し出した紙巻煙草を一本頂戴し、信乃は火を点けた。この国で煙草と言えばキセルで呑むもの。数ヶ月ぶりの紙巻煙草に、一口目こそむせはしたが、二口目からはにゃんにゃんでの煙草の味を思い出す。 「予想以上に盛大で、少々驚きですよ」口から煙草をはずして男は言った。 「まあ、そうそうお目にかかれるものではないですからね。そんな時に来られた貴方はとても運が良い」  男はこの国の民ではない。名をボロマール。たけきのこ藩国民らしく、信乃とは、昨晩みたらし団子茶房「巫」で知り合っただけの間柄であったが、互いに愛煙家であることもあって、すぐに気の合う仲となった。本日の主役、七比良鸚哥とみぽりんとは旧知の仲のようで、今日の祭りの話をしたら、ぜひ見たい、とのことで、今日もこの国に滞在している。 「これからが本番ですから、どうぞ我が藩国の文化をお楽しみください」 「ええ、そうさせてもらいますよ」  二人はしばらく煙草を吸いながら雑談を交わした。 「あぁ、そうだ。祝辞はお書きになられましたか?」何かを思い出したように信乃が言った。 「祝辞、ですか?」 「ええ。もし差し支えがなければ、ぜひ。多い方が良いですから」  ボロマールは腕を組んでしばらく考えた挙句、 「そうですねぇ……、せっかくですから、何か書かせてもらいますよ」  と返事を返す。 「ありがとうございます。あちらの社務所のほうに祝辞用の紙と筆が用意してありますので、よろしくお願いします」  信乃は煙草を消して吸殻を袖の下へと入れ、太陽を見た。南の空、最も高いところへとさしかかろうとしていた。 「さて、と。僕はこれから仕事がありますのでこれにて失礼を。婚礼の儀が終われば僕の役目もなくなりますので、その後でよければご案内しますが、どうでしょう?」 「そうですね、では、お願いさせていただきます」 「では、後ほどここで」  一礼した信乃は、くるりと身を翻して、本殿へ向け足を進めた。 「遅刻、ですか……」  控えの間にやってきた七比良鸚哥は、昨晩の危惧した通りの結果にうな垂れて、大きなため息をこぼした。 「いえ、一度はおいでになられたのですが……、まだ時間があるならちょっと出店で遊んでくる、と言われまして……」  摂政の様子に手伝いの巫女たちも何とかしてみぽりん不在を取り繕おうとするが、同行していた巫女とはぐれてしまったらしく、現在神社の巫女総動員で捜索中だと言う。 迂闊だったなぁ……。  屋敷を出た瞬間、ほんの少しだけ頭をよぎったのだ、彼女を迎えに行くべきではないか、と。だが彼女を信じて迎えに行くことはやめた。今日が大事な日であることくらい承知しているだろうし、きちんとできるだろう、と考えたのだ。  額に手を当て天を仰ぐ鸚哥だが、彼が後悔すると言うのもおかしな話である。昨夜さんざんに今日という日がどれほど大事なことであるかを言い聞かせ、それでなおみぽりんは行方をくらませているのだから、言わんや誰が彼を責めようか。ただ不幸な事は鸚哥が他人より責任感を多めに持っていただけのことである。 「ああ~、やっと摂政さまが来たあ。おはようございますです~」新婦の失踪に慌てふためく控え室に、能天気な声がこだました。「摂政さま遅いですよ~。そうそう、これお土産です」  屈託のない笑顔で、みぽりんはりんご飴を差し出した。 「あ、ありがとう。みぽりん、早く着替えて準備してくださいね?」 「は~い!」  保育園児のように元気の良い返事。空を飛んでいるのではないかと思わせるようなふわふわした足どりで、更衣室へと向かっていく。  鸚哥はつるりと光るりんご飴を口に入れ、バリバリと噛み砕いた。 後半へ続く 作・信乃

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