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R-TYPE Λ19話」(2015/10/26 (月) 07:35:28) の最新版変更点

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『前方、ゲート閉鎖! 行き止まりです!』 『コンテナ、来ます! 機数、約30!』 『左へ!』 彼等は追い詰められていた。 迫り来る鋼鉄の壁、宙を翔ける鉄塊の群れ。 管理世界の人間ではなく、第97管理外世界の人間達によって宇宙空間へと築かれた、異質な巨大建造物。 その内部を縦横無尽に走る、重金属回廊。 LV-220資源採掘コロニー、輸送システム。 巨大な循環器系にも似たその内部、生体内にて免疫機構に追われる異物の様に、彼等は逃げ惑う。 そして事実、彼等の存在はこの回廊内に於いて、異物以外の何物でもなかった。 『また行き止まりだ!』 『下! シャフトへ!』 高速で迫り来る反重力駆動式コンテナを、時に砲撃が、緑光の線が、雷光と赤光の刃が迎え撃つ。 その度に衝撃と轟音、爆炎が回廊を埋め尽くすが、それらは瞬く間に後方の闇へと消えた。 彼等もまた、高速で飛翔しているのだ。 しかしその速度は、コンテナ群のそれと比して僅かばかり劣っていた。 『また・・・!』 程なくして、無数の巨大な影がすぐ背後まで迫り来る。 鋼鉄の巨体が空気を切り裂き迫る、その異音に言い知れぬ圧迫感を覚えつつも、ディードはオットーを気遣いつつ必死に飛び続けた。 双子の姉が持つISは、どちらかといえば後方支援を主とする能力であり、ディードほど高速飛行に特化している訳ではない。 故にオットーは、この場の7人の中では、比較的に飛翔速度が遅い部類に入ってしまう。 30分にも亘る高速での飛行、そして瞬間的な反転迎撃を続けている為、流石に戦闘機人である彼女達といえども疲労の色は隠せない。 他の隊員達も同様で、既に限界が近い事は明らかだ。 それはSランクの空戦魔導師である、フェイトですら例外ではない。 だからこそディードは常に、姉の様子を気に掛けていた。 慣れない継続高速戦闘、反転迎撃の連続。 傍目から見ても、オットーの疲労は限界に達していた。 肉体的なものではない。 巨大な敵性体に追走される事による重圧と、飛翔を止めてはならないという強迫観念から来る精神的な疲労だ。 戦闘機人としての概念的な呪縛より解き放たれ、漸く新たな人生を歩み始めたばかりの彼女。 ディード自身と同じく、嘗てない程の実感を伴って迫り来る死の具現を前に、彼女は明らかに恐怖していた。 嘗ての様に、戦いの中で敵意を向けられるでもなく、かといって災害の様に偶発的なものでもない。 明らかにこちらを害する現象でありながら、殺気も敵意も一切が感じられない、不気味な鋼鉄の行進曲。 それはオートメーション機構の一部、巨大なシステムに於ける通常稼働態勢に過ぎない。 回廊内に存在する無数のコンテナを、所定の施設へと輸送するシステム。 本来ならば戦闘とは無縁である筈のそれが、現状では何物にも勝る脅威となってディード等に迫り来る、その異常性。 動作する機械群に紛れた蟲は、忽ちの内に無数の歯車に巻き込まれ、その命を散らす事となる。 それは現状でのディード達も同様だ。 巨大なひとつの「機械」内部に紛れ込んだ、僅かに7つの「異物」。 今でこそ危機を凌いではいるが、いずれ遠からぬ内に圧殺される事は目に見えている。 とある目的の下に完成された大規模システム内に於いては、如何に強力な単独戦闘能力を有しようとも、余りに無力な魔導師と戦闘機人の存在。 逃げ惑う事しかできない現状と、打開の糸口さえ見出す事のできない理不尽さ、そして何より意識の根底より精神を蝕む恐怖に、ディードの呼吸は徐々に荒く変化していた。 『シャフト、下へ!』 『そんな・・・これで8回目ですよ!? 何処まで潜るんです!?』 悲鳴の様な念話の遣り取りが交わされた後、攻撃隊は回廊の突き当たり、下方へと垂直に延びる縦穴へと飛び込む。 反重力駆動式コンテナの運行路だけあって水平方向のみならず、こういった縦穴が点在しているのもこの施設の特徴らしい。 そして隊員の言葉通り、ディード達がその中に飛び込むのは、これで8回目。 当初の転移地点から見て、少なくとも1200mから1300mは降下している。 闇に覆われ、その先を覗く事の叶わぬ深淵。 何処へ続くとも知れぬ縦穴の底へと向かい飛翔しながらも、ディードは自身の身に纏わり付く強烈な圧迫感と滲む焦燥を、確かに感じ取っていた。 終わりの見えない深淵へと続く穴を、際限なく降下してゆく自身。 無限の概念にも通ずるそれに対し、意識の根底より本能的な恐怖が沸き起こる。 だがそれでも、降下を止める事はできないのだ。 後方より響く鋼鉄の行進曲が、止める事を許さない。 足を止めれば、待つのは輸送システムによる「異物」としての死だ。 止まらない、止まれる訳がない。 『下方、ゲートが!』 『急いで!』 遥か下方、薄闇の中で回廊が狭まる。 ゲート封鎖。 それが完全に閉じられるまで、あと幾許もない。 フェイトから攻撃隊員に、焦燥混じりの指示が飛ぶ。 『後方は無視して! 閉じ切る前に、早く!』 その言葉も終わり切らぬ内、攻撃隊は可能な限りの加速を以ってゲートを目指していた。 言われずとも、誰もが理解していたのだ。 此処で往く手を塞がれれば、もはや生存は絶望的であると。 「AC-47β」により増幅された魔力のほぼ全てを飛行へと注ぎ込み、肉体が許す限りの速度で以って閉じゆくゲートを潜る。 『やった!』 歓声が上がった。 間に合ったのだ。 ディードはふと振り返り、閉じゆくゲートへと視線を投じる。 そして、その違和感に気付いた。 「え・・・」 閉じゆく巨大なゲート、その向こうに広がるシャフトの壁面は、鈍いながらも光を照り返すだけの光沢がある。 ところがゲートの内側は、ゲートそのものから壁面に至るまで、全てが濃褐色に色褪せ、その表面の殆どが得体の知れない油膜に覆われていた。 非常灯の黄色の光に照らし出された構造物は、機械油と様々な化学物質により侵食され、この施設が如何に劣悪な環境を内包しているかを窺わせる。 唯1つのゲートを挿んでの、余りに異常な差異。 幾許かの損傷はあれど、明らかにメンテナンスシステムによる機能・状態維持が為されていた回廊。 経年劣化、化学物質による汚染、罅と油膜に覆われた壁面。 だが何よりもディードの意識を引き付けたのは周囲の変容ではなく、閉じゆくゲートの向こうに浮かぶ、無数の反重力駆動式コンテナ群の姿だった。 それらは一様に追跡を中断し、反転離脱を開始。 赤い光を放つコアをこちらへと向け、ゲートより離れ行く。 役目は終わったとでも云わんばかりのその機動に、ディードは薄ら寒い感覚を覚えた。 どうやらコンテナ群の制御中枢は、これ以上の追撃は不要と判断したらしい。 それ自体は喜ばしいが、裏を返せばこの先に、こちらにとってより脅威となり得る存在が待ち受けているという事か。 否、それならばまだ良い。 コンテナ群の追撃中断は、如何にも唐突なものだった。 ゲートは未だ閉じ切らず、追おうとすれば容易に通過が可能であったにも拘らず。 まるで「こちら側」へと侵入する事態を避けるかの様に、コンテナ群はその進行を停止したのだ。 そんなコンテナ群の機動にディードは、自ら達の向かう先に得体の知れない恐ろしい存在が待ち受けているかの様な、漠然とした、しかし自らの内では既に確固たる形を持った不安を覚えていた。 もはや追撃の必要はない、敵対者の運命は決した。 聞こえる筈もないそんな言葉が、彼女の意識の内へと届いたかの様に。 「何だ、此処・・・」 隊員の呟き。 ディードとほぼ同時に、一同も周囲の異様さに気付いたらしい。 各々が視線を巡らせ、口々に異常を知らせる。 侵食の進んだ重金属回廊は充満する大気すらも澱み、汚れたそれは侵入者たるディード等に重圧感を与えていた。 重々しい感覚が、呼吸器を圧迫する。 気の所為などではない。 複数種の有害化学物質が、待機中に満ち満ちているのだ。 戦闘機人特有の高度無毒化能力、そしてバリアジャケットに組み込まれた対化学・生物汚染防御機能により、致命的な汚染は避けられる。 だがそれでも高濃度汚染域ともなれば、汚染物質を完全に遮断できる訳ではない。 僅かずつながらも汚染は確実に肉体を蝕み、いずれは致命的な段階へと達する事だろう。 「何て事・・・」 呼吸器を侵す有毒物質の存在に戦慄しながらも、ディードは周囲に対する観察を続けた。 回廊を照らし出す照明は、表面を覆う油膜と同じく、汚らわしく黄ばんだ鈍い光を発している。 その為か空間そのものが、褐色のフィルターを通したかの様に、くすんだ色を帯びて見えた。 陰鬱にして末期的な空気。 決して有機的ではない、何処までも無機的に、しかし破滅的な存在感を以って迫り来る何か。 広義的に解釈するならば「死」という概念に対する、無意識の畏れとも取れるそれ。 しかしディードは、有機体である自身の精神を揺さぶる圧倒的な「死」の匂いが、この金属に覆われた回廊の一体何処から発せられているのか、見当も付かなかった。 生命体の死体がある訳でもない、血の臭いがするでもない、この無機質な空間の何処から、自身は「死」という概念を導き出したというのか。 「ディード?」 「・・・大丈夫」 何処か不安げに声を掛けるオットーに、ディードは数瞬の間を置いて声を返す。 そしてフェイトが軽く手を振って促すと、攻撃隊は底の見えない縦穴の奥へと、再び降下を開始した。 絡み付く有害な大気と汚染された壁面に囲まれつつ、遥か下方を目指し降り続ける事、約7分。 800mほど降下したところで、突如として空間が拡がる。 「やっと・・・!?」 「な・・・」 そして、その広大な空間へと躍り出るや否や、攻撃隊は1人の例外もなくその身を凍り付かせた。 彼等の眼前に拡がるは、それまでの回廊と寸分違わず、化学物質により汚染された壁面と汚れて色褪せた大気。 しかし、複数隻もの次元航行艦すら同時に格納できる程に広大な人工空間には、そんな事など問題にもならない、更に衝撃的な光景が拡がっていた。 誰もが声も無く身を竦ませる中、オットーの緊張を孕んだ声が空気を震わせる。 「R・・・戦闘機・・・こんなに・・・!」 彼等の眼前、広大な空間。 その凡そ半分を埋め尽くす様に、数十機のR戦闘機が鎮座していたのだ。 余りの光景に戦慄するディード。 そんな彼女の鼓膜を、驚愕と困惑に満ちた複数の声が叩く。 「執務官!?」 「何を・・・ッ!?」 咄嗟に振り返れば、左手を自身の正面に翳し、今にも砲撃を放たんとするフェイトの姿。 ディードは思わず、悲鳴にも似た声を上げてしまう。 「駄目・・・!」 「トライデント・・・」 数人が、彼女を取り押さえようと動いた。 この状況で先制攻撃など、常軌を逸している。 どれほど好都合に状況を捉えても、高々一度の砲撃で撃破できる敵の数は、10機が良いところだ。 R戦闘機の耐久性を考えれば、撃破数は更に減る。 そうなれば後に待つのは、残る数十機による飽和攻撃だ。 たった7名の魔導師と戦闘機人など、跡形も無く消し飛ぶだろう。 それを理解しているからこそ、ディードを含む全員がフェイトの行動を止めに掛かった。 だが、間に合わない。 金色の光を放つ球体が急激に膨れ上がり、遂に爆発の時を迎えた。 「スマッシャー」 「止めろッ!」 隊員の放った鋭い制止の声も空しく、轟音と共に3条の砲撃が放たれる。 それらは各々が僅かに異なる角度を以って放たれ、数瞬後に飛翔角度を偏向すると、全く同一の地点へと収束した。 即ち、微動だにせず鎮座する、数十機のR戦闘機群の只中へと。 「不味い・・・!」 それは、誰の放った言葉だったか。 その声とほぼ同時、R戦闘機群の中央付近で、膨大な衝撃を伴う金色の光が爆発する。 巨大な力に押されるままに、後方へと弾き飛ばされる攻撃隊。 轟音に麻痺した聴覚が回復し、カメラアイを焼かんばかりの閃光が収まった頃、ディードは漸く着弾地点を確認する事ができた。 「・・・!」 凄絶な光景に、息を呑む各員。 跡形もなく吹き飛ぶか、或いは炎に沈み姿の視認できない数機のR戦闘機。 その数、凡そ7機。 だが、ディードの意識を引き付けたのは、噴き上がる業火でも、散らばるR戦闘機の残骸と思しき鉄塊でもなく。 「何故・・・?」 反撃の素振りすら見せずに鎮座し続ける、着弾地点周辺の数十機のR戦闘機群だった。 衝撃に煽られ、爆炎に焼かれ、機体に損傷を負いつつも、浮遊し戦闘機動へと移行する様子は微塵も見受けられない。 その事実が容易には受け入れられず、ディードは自身の目を疑いつつ、数秒ほど眼下の爆炎を見据え続けていた。 「何で・・・反撃しない?」 「する訳がない」 呆然と呟かれたオットーの言葉に、間髪入れず返される声。 驚きと共に集中する視線の先で、翳していた左手を下ろしたフェイトが冷然と言葉を紡ぐ。 「如何いう事です?」 「彼等が・・・地球軍がバイドの存在する領域に戦力を放置し、あまつさえ警戒態勢を解く事なんて有り得ない。敵を前に無防備な状態を晒すなんて、彼等には・・・「地球人」には有り得ない」 「それは・・・」 「つまりこれは、もう「地球軍」じゃない」 そう言いつつR戦闘機群の一部、最も手前に位置する数機をデバイスで指し示すフェイト。 彼女の誘導に従い視線を投じ、ディードは視界に機体の一部を拡大表示する。 そして、その異常に気付いた。 「・・・破損?」 「違う、これは・・・」 呟かれた言葉に、オットーが補足を加える。 更にデバイスを通して機体を解析していた隊員が、驚愕の声を上げた。 「何だ、こりゃあ・・・」 「どうしたの?」 「此処の機体・・・どいつもこいつもスクラップ同然だぞ」 「何ですって?」 「見ろよ」 隊員のデバイスより投射された空間ウィンドウへと、ディードは視線を投じる。 拡大表示されたR戦闘機の解析結果は、意外な事実を示していた。 「・・・メインノズルが、無い?」 「あの機体はな。こっちはサイドスラスター、あれはミサイルユニット・・・向こうの奴に至ってはキャノピーすら無い」 次々と明らかになる、機体各部位の欠落。 兵器として実戦投入するに当たっては到底、有り得る筈の無い状態。 呆然とキャノピーの無いR戦闘機を見つめるディードは、隊員の1人が上げた声に対し過敏なまでに反応した。 「おい、あれを見ろ!」 ディードは振り返り、その隊員が指差す方向へと視線を移す。 その先、広大な空間を満たす劣悪な大気にぼやける様にして、無数の影が浮かび上がっていた。 目を凝らし、光学処理の精度を上げる。 鮮明となった情景はディードに、とある確信を与えた。 「・・・そうか」 「ディード?」 その呟きに、オットーが訝しげに声を上げる。 ディードは答えず、ゆっくりと前進、降下。 メインノズル付近の内部構造物が剥き出しとなっているR戦闘機の傍らに立つと、その機体下部に据えられたカーゴの表層を見やる。 貼り付いた油膜の一部をツインブレイズの刃で剥ぎ取り、露わとなった電子表示。 第97管理外世界の言語であるそれを解析・翻訳し、ディードは念話としてそれを読み上げた。 『No.5531 解体・廃棄処分』 『廃棄?』 聞き返す念話は隊員のもの。 フェイトは未だ黙して語らず、オットーもまた無言のまま。 ディードは視線を上げ、遥か前方に鎮座する鉄塊の群れを見据えて言い放つ。 『此処は、処分場なんだ』 彼女の視線、その先に鎮座するは無数の残骸。 巨大な水上艦艇、人型機動兵器、元の原形すら判然としないまでに捩じれた巨大な鉄塊。 その全てが酷く破損し、ひと目で起動など不可能と解る状態だった。 ディードは、先ほど感じた「死」の匂い、その根源に気付く。 此処は機能を停止した機械達の、謂わば「墓地」なのだ。 正常な機能を、存在する意義を喪失した機械群が送られる、終焉の地。 それらはこの地で跡形もなく解体・粉砕され、更に無数の工程を経て、最終的には僅かな痕跡すら残さずに葬り去られるのだろう。 無機質でありながら、同時に絶対的な「死」の気配。 生命活動を行う上で決して欠かせない本能からの警告、即ち「死」に対する畏怖を誘発するそれは、根源となる存在が生物か非生物であるかを問わない。 例えば、原形を留めぬまでに破壊された車があるとする。 その完全に潰れ、一枚の金属板となった乗員席を目にした時、人は否応なく「死」を連想するだろう。 其処に明確な「死」を表す存在、即ち乗員の遺体、若しくは血痕などが存在せずとも、人は半ば無意識の内に連想される「死」の概念に恐れを抱くのだ。 この精神作用は奇妙なもので、日常生活に於いては凡そ生命体の「死」とは無縁に思える場面、その随所で人間の意識を苛む。 日常でありながら非日常と隣り合わせの情景、人という存在の入り込む余地の無い空間、常ならばあるべき人の姿の無い空間など、それこそ枚挙に遑がない。 早朝の無人の街角。 工場に蠢く無数の機械群。 打ち捨てられた人形。 昏い水底へと続く階段。 溶鉄を吐き出す転炉。 幾重もの唸りを上げる重化学プラント。 埋立地に積もる塵の山。 煙突より立ち昇る黒煙。 高度文明の負の面が集積する、廃棄物処理場。 『つまり、此処はゴミ処理場って事か』 隊員の念話と共に、攻撃隊は周囲のR戦闘機群を調査すべく、各々が別地点へと散開した。 それほど距離を開けず、しかし過剰に密集する事もない。 この機会を幸いと、誰もが「敵性」軍事技術に対する情報収集を開始する。 デバイスを用いての解析精度など高が知れてはいるが、無駄になる事もあるまいとの考えからだった。 隊員達が各方向へと散り行く中、ディードはオットーを呼ぼうとしたが、彼女が1機のR戦闘機に掛かり切りとなっている事を察するや、別の調査対象を探して歩み出す。 そして数歩ほど足を進め、靴底に糸を引く油膜の存在を思い出すと、顔を顰めて飛翔へと移った。 彼女が目指すは、他とは造形を異にする奇妙なR戦闘機。 その機体の傍らへと降り立ったディードは、その異様な外観を眺めながら、ゆっくりと周囲を回る。 ほぼ漆黒の機体に、試験管にも似た青いキャノピーを備えたその機体は、一見したところ特に重大な損傷を負ってはいないかの様に思えた。 しかし、ほぼ正面へと回った時、ディードはキャノピーに走る無数の罅、そしてそれらのほぼ中央に開いた30cm程の穴の存在に気付く。 彼女は宙へと浮かび上がり、何の気なしにその穴を覗いた。 所詮は単なる残骸、そう思っての行動だったが、キャノピー内部を覗いた瞬間、その思考は後悔に支配される。 「・・・ッ!」 瞬時に青褪め、口元を手で覆うディード。 キャノピー内部は、凄惨としか云い様のない有様だった。 左右のグリップを握る2つの手、固定された脚。 それは良い。 廃棄される筈である機体内に人間の姿がある事、それ自体が異常だが、まだ許容できる。 問題は、その人間の状態だ。 その人物は、左右の手首と両脚とを繋ぐ部位が無かった。 腕も、胴も、その上に鎮座すべき頭部さえも。 あるべき人体の部位が根こそぎ消し飛び、代わりにパイロットシートに穿たれた直径30cm程の穴と、キャノピー内部にこびり付いた大量の黒い染みだけがあった。 グリップを握ったままの手首からは、どす黒く変色した骨格の一部が覗いている。 「ぐ・・・!」 耐え切れず、ディードは素早くキャノピーより飛び退くと、そのまま床面へと崩れ落ち嘔吐した。 胃の中のものを残らず吐き出し、出るものが胃液のみとなっても、嗚咽は止まらない。 余りにも鮮明に襲い来る、明確な「死」のビジョン。 クラナガン西部区画に於いて体感したそれすら凌駕する悪寒が、容赦なくディードの精神を蝕む。 嘗て管理局を相手取り闘っていた頃には意識に上りもしなかった「死」という可能性を眼前に叩き付けられ、彼女は自身が狂気と殺意の渦巻く戦場に居るのだという事実を改めて、しかしそれまでとは明確に異なる意識を以って再確認した。 地球軍の心境が、僅かながら理解できた気がする この戦場に於いて、人間としての尊厳や生命など、何ら価値を持ち得ないのだ。 彼等はこんな無残な死を、バイドによる殺戮を幾度となく目にしているのだろう。 だからこそ、あれ程までにバイドを憎悪し、敵対する者をいとも容易く塵殺し、自らの生命さえ軽視する事ができるのだ。 彼等にしてみれば、実に単純な事。 殺さなければ、殺される。 敵であるとの疑いが生じたならば、他の一切を差し置いても先制攻撃を仕掛け、塵も残さず殺戮し尽くす事だけが、彼等にとっての生き残る術なのだ。 そうやって彼等は、バイドとの熾烈な生存競争を生き抜いてきたのだろう。 彼等にとっての闘争とは、敵性体の殲滅こそが全てなのだ。 だが、捕虜となったパイロットの証言を信じるならば、それ程までしてでも第97管理外世界の命運は風前の灯であるという。 地球軍の技術が進化するに合わせ、バイドもまた進化を以って対応する。 それに対し地球軍は更なる技術革新を為し、バイドも更なる進化を以って対抗。 際限なく繰り返されるその破滅的なサイクルは、互いの持つ力を常軌を逸した領域にまで押し上げた。 それでもバイドは常に地球軍の戦力を凌駕し、絶対的優位を保っている。 兵器単体の性能がバイド攻撃体を上回ったとして、全てのバイドを滅ぼすには至らない。 奴等は無数の次元、無数の宇宙に存在し、今この瞬間も尚、その数を増やし続けているのだ。 時空管理局本局に於いて視聴した聴取記録を思い起こし、ディードは背筋に寒気を覚える。 地球軍が倫理や道徳を捨て去ってまでして拮抗し得ない存在を前に、管理局が抵抗などできるものであろうか。 管理局は、この事実をどう捉えているのか。 そんな疑問を抱くと同時に、ディードはフェイトの考えを確信と共に理解する。 心を閉ざしたかの様な彼女の冷徹な態度を、ディードは作戦開始前より気に掛けていた。 それからというもの、戦闘の最中を除けば常にその事について思考を重ねていた彼女であったが、漸くその真意へと思い至ったのだ。 恐らく彼女は、管理局と地球軍の間に存在するこの決定的な差異に、逸早く気付いたのだろう。 この件に対する管理局の認識は、飽くまで「ロストロギア」バイドの暴走と、未開の次元世界による侵略行為としてのものだ。 上層部の思惑はまた違うのかもしれないが、少なくとも大多数の局員はそう捉えている。 クラナガンに於いて30万超もの犠牲者を出して尚、あの惨劇はロストロギアと違法な質量兵器、時空管理局法に無理解な第97管理外世界によって引き起こされた「事件」として認識されているのだ。 だが、地球軍は違う。 彼等にしてみればこの戦いは当初より、自己の生存を賭けた対バイド戦線の延長、即ち「戦争」なのだ。 「事件」に対応しようとする管理局と、「戦争」を行う地球軍との間には、絶対的な隔たりがある。 軍隊と相対するのは、何も管理局にとって初めての事ではない。 過去に幾度となく、彼等は魔法・質量兵器を問わず武装した軍隊と渡り合っている。 しかしそれらは、敵対世界が技術的に劣るケースが殆どであった。 仮に管理局が魔法技術体系の面で劣る事はあっても、絶対的な戦力差と巧妙な政治的交渉を背景に、最善と思われる形で管理世界への加盟を実現させてきたのだ。 だが地球軍は、そのいずれとも違った。 魔法技術体系を全く有さないにも拘らず次元世界へと進出し、しかも純粋科学技術からなるその軍事力は、唯の一個艦隊の戦力にも拘らず、本局及び地上本部を完膚なきまでに追い詰める程。 魔法を圧倒し、戦力差を覆し、強大な力で以って魔導師達の誇りを捻じ伏せた。 何もかもが管理世界の持つ認識、そして経験を逸脱している。 地球軍に対し管理世界の常識は通じず、地球軍の認識もまた管理世界には受け入れられない。 質量兵器にて武装した、強大な軍隊。 これまでと同じく、管理世界はその存在を許しはしないだろう。 そして自らを守る盾であり、敵を屠る剣である質量兵器を放棄する事を、第97管理外世界は頑として拒否するだろう。 その先に待つのは絶対的な決裂、決して重なり合う事の無い平行線だけだ。 恐らくフェイトは、自身を責める中で地球軍に対する分析を繰り返し、誰よりも早くその事実に到達したのだろう。 だからこそ当初より地球軍に対し敵意を剥き出しにし、牙を研ぎ続けてきたのだ。 平和的解決など望むべくもない事を悟り、しかしそれに対し一切の戸惑いも抱く事なく、只管に復讐の為の力を蓄えて。 そしてもう直、その機会は訪れるだろう。 彼女の前に、真に地球軍の運用するR戦闘機が現れる時。 その瞬間こそが、彼女の復讐が幕を開けるのだ。 そして上手く事が運べば、彼女自身の復讐を成すと同時に、管理局と地球軍の間に存在する明確な隔たりを、管理世界の共通認識とする事ができるかもしれない。 地球軍の主力兵器たるR戦闘機が魔導師によって撃破可能であると改めて証明できれば、管理局による第97管理外世界への強制執行の実現にも拍車が掛かるだろう。 となれば、その対象が21世紀の地球であろうが、22世紀の地球であろうが、地球軍は必ず武力抵抗に出ると予想される。 その時、管理世界の認識が「事件」であるか「戦争」であるか、それが状況を決定するだろう。 フェイトの狙いは、この作戦中に全局員の認識を「戦争」へと移行させる事だ。 それこそは被害を最小限に抑える為の最善の策であり、管理局が理念を達成する為の布石でもある。 このままでは、管理局に勝ち目など無い。 だが、此処で管理局全体の認識を変質させる事ができれば、少なくとも総合的に地球軍と対等にはなれるだろう。 自身達の世代では「戦争」が決着する事は無いかもしれないが、数十年、或いは百年といった長期に亘って見れば、十分に拮抗状態を維持する事ができるかもしれない。 最悪、目に見える形で管理局が勝利できずとも、負ける事さえなければ自然と組織は変容する。 地球軍という脅威が存在する事を知りつつ管理局が存続するとなれば、それは組織全体がその脅威に対応できるだけの力を有するものへと変容している事を意味するのだ。 此処で自身達が斃れても、その意思を継ぐ者達は幾らでも存在する。 極論してしまえば、次元航行艦等の戦力は幾らでも補充可能だ。 対峙する時間が長ければ、減少した魔導師の数も回復する。 長期的な視野で状況を捉えれば、状況が長引けば長引くほど管理局が有利なのだ。 無限の次元世界に存在する豊富な資源、そして人材。 地球軍の軍事技術に対する解析が進めば、その手は各世界の深宇宙にも伸びるだろう。 そして何よりも、管理局の持つ信念の強さは、地球軍のそれとは比較にならないものであると断言できる。 精神論ではないが、彼らの熱意は状況を打開する為に大いに役立つ事だろう。 フェイトは、未来に拡がる可能性を信じているのだ。 そんなフェイトの予測を理解しつつ、しかし同時にディードは自身の意識の片隅で、酷く冷ややかな声が響いた事を自覚した。 それは、大義などとは切り離された、一個の生命体としての本能の声。 ディードという個人としての、実に真っ当な思考。 そんな大義の為に、私達は馬鹿げた力を持つ存在に相対するのか? フェイトはまだ良い。 家族の安否は気に掛かるだろうが、それでも彼女は自身の信念に基き、満足して死ねる事だろう。 では、オットーは? 最愛の双子の姉は、その大義を知る事もなく、地球軍に挑んで死ぬ事を良しとするのか? 他の隊員達は? バイド制圧を目的として作戦に参加した彼等は、突発的に始まるであろう地球軍との戦いを受け入れられるのか? 自分は? 姉が死に、周囲の者が死に、知覚せぬ場で姉妹達が死んでも、果たして納得できるのか? 他人が勝手に始めた戦争で、私達は殺されるのか。 変わったな、とディードは自嘲する。 自身は、確かに変わった。 戦う事に意味を求めるなど、以前は無かった事だ。 だが今は、死にたくない、周囲の人々を失いたくはないと考えている。 それが自身の納得できない事象によるならば尚の事だ。 実際のところ、現在の管理局はほぼ2つの派閥に分裂し掛けている。 共にバイドを制圧するという認識は同一だが、その後の展望がまるで違うのだ。 第97管理外世界に対する強制執行を断行すべし、との主張を繰り返す強硬派。 バイド制圧後に交渉のテーブルを設け、叶うならば相互不干渉条約を結ばんとする穏健派。 其々の派閥が火花を散らし、互いに睨み合っているのが現状だ。 現在のところ、穏健派が主流ではある。 クラナガンの惨状を目にした各管理世界は、圧倒的な軍事技術を有する地球軍との衝突を望んではいない。 望んで業火に飛び込む者は居ない。 余計な被害を避ける為にも、互いに不干渉を貫くべきだ。 恐らくは地球軍も、バイド以外に余計な外患を抱えたくはないだろう。 彼等は、そう主張した。 対して強硬派は、飽くまで第97管理外世界に対する管理局法の適用に拘る。 余りに多くの犠牲を生んだ首都クラナガンを有するミッドチルダ全域の支持を受けた彼等は、質量兵器にて武装した巨大軍事組織の存在など、断固として許容しないと声高に叫んだ。 地球軍が道義を解しない無法者の集団である事は、クラナガンの惨状を見れば明らか。 ならば即刻、21世紀の第97管理外世界に対し強制執行を敢行し、その技術発展を防ぐべきだ。 地球という惑星を制圧する事で地球軍の動きを牽制できる上、同一時間軸上の存在であれば地球軍の存在自体に変容が生じ、可能であれば抹消すらできるかもしれない。 たとえそうでなかったとしても、今現在に於いても危険極まりない質量兵器を大量に生産し続けている第97管理外世界は既に、管理世界にとって重大な脅威である。 当該世界の住人達が質量兵器の廃絶に賛同する可能性は極めて低く、ならば武力を背景として実質的な管理下に置く事によって、その生産能力を奪うしかない。 そして、縦しんば22世紀の第97管理外世界との本格的な交戦状態に移行したとしても、次元航行部隊が戦略魔導砲アルカンシェルを有している以上、破滅的な戦略攻撃は抑止できる。 その上で敵性技術を解析し、地球軍を末端から切り崩せば良い。 彼等は、そう嘯く。 ディードとしては、穏健派に同調していた。 管理局が如何に巨大な組織であろうと、関わるべきでない事象というものは存在するのだ。 組織の許容範囲を超える事象に手を出す事は、それ即ち破滅を意味する。 管理局が崩壊すれば次元世界は未曽有の混乱に陥るであろう事は容易に想像が付く上、その中で姉妹や知人達が無事でいられる保証もない。 況してや、万が一にでも再びバイドの様な敵が現れた際、今回のような大規模制圧作戦の実現など望むべくもないだろう。 それ以前に今作戦の成否さえ未だ不透明であるというのに、地球軍への対応を考えるなど時期尚早だ。 少なくとも、彼女はそう判断していた。 対してフェイトは、明らかに強硬派寄りだ。 地球軍の存在を許さず、飽くまで管理局の理念に則り裁こうと考えている。 無論、其処にはスクライア無限書庫司書長及びシグナムの負傷、そしてクラナガン31万の犠牲者存在が影響している事は間違いない。 だがそれでも、ディードは考えてしまう。 フェイトは、本当に冷静であるのか。 復讐心に突き動かされるまま、勝ち目の無い戦端を開こうとしているのではないのか。 穏健派の動きを封じる事に気を取られ、自身ですら意識し得ない無謀を行おうとしているのではないのか。 どうしても、その危惧が脳裏から離れないのだ。 口元を拭い立ち上がると、ディードは軽く首を振りつつ余計な考えを打ち消す。 今はこの施設からの脱出、そしてバイド制圧こそが急務だ。 将来に不安を抱くのは、作戦終了後でも問題は無い。 もう一度、キャノピーに穴の開いたR戦闘機を見やるディード。 何故、廃棄される機体内部に死体があるのか、不審な点が多々残るそれ。 一刻も早くオットー達と合流し、この機体に対する調査を行わねば。 そう考え、背後へと振り返るディード。 そして彼女は、そのまま動きを止めた。 「・・・オットー?」 呟かれた声に、答える者は存在しない。 更に念話を発してはみたものの、こちらも何らかの要因により返答は無かった。 だが、それも当然の事だ。 彼女の視界に、双子の姉の姿は無かった。 金色の刃を振るう、執務官の姿も無かった。 共に戦っていた4名の攻撃隊員、その誰1人の姿も無かった。 彼女の眼前に拡がるのは、唯一つ。 「何で・・・」 僅か数m先に聳え立つ、巨大な鉄製の壁だけだった。 「オットー!?」 堪らず壁面へと走り寄り、拳を叩き付けて叫ぶ。 しかし、返事は無い。 数分前までは、確かに存在などしなかった筈の鉄壁だけが、無情にもディードの拳を弾き返す。 「オットー! ハラオウン執務官! 誰か!」 壁面を叩きつつ、更に叫ぶ。 だがそれでも、答えが返される事は無い。 沸き起こる悪寒に押される様にして、ディードは更に激しく壁面を打った。 その時、拳の当たっていた面が、微かな音と共に崩れ落ちる。 ディードは尚も壁面を叩こうとしていた腕を止め、その崩れ落ちた部位を見やった。 「・・・これは?」 そして、暫し呆然とそれを見詰め、数秒して手を伸ばす。 崩れた壁面の中から覗く、酷く傷んだ配線。 その束を握り締め、渾身の力で以って引く。 更に広い範囲で壁面が崩れ、細かな錆びた金属片と比較的大きな鉄塊、元が何であったかも判然とせぬ小さな部品が床面へと散らばった。 それらへと視線を走らせ、ディードは呟く。 「何、これ・・・?」 配線、鋲、メーター類。 嘗ては何らかの機械類を形成していたであろう、多種多様の金属塊。 タイヤのホイール、シャフト、スクリュー、ファン。 明らかに車両、若しくは小型水上船舶を構築していたであろう部品群。 イヤリング、ブローチ、腕時計。 顔も知らぬ誰かが身に着けていたであろう、数々の装飾品。 そして、何よりディードの目を引いたものは。 人工歯、人工骨、人工関節、ペースメーカー、機械式の義眼。 黒ずんだ液体の跡がこびり付いた、嘗ては誰かの体内に存在したであろう、人工の生体組織。 「ひ・・・!」 思わず声を漏らし、後ずさるディード。 だが彼女は、それに気付いた。 気付いてしまった。 突如として出現した巨大な壁面、その至る箇所から覗く無数の破片に。 「あ・・・」 明らかに車のヘッドライトと分かるもの。 壁面に取り込まれる様に、ボンネットの先端だけを覗かせている。 エア・コンディショナーの室外機。 良く見れば、ファンがまだ回転している。 圧縮されたヘリコプターの残骸。 潰れたコックピットの隙間より伝う幾筋もの黒い液体の跡が、内部の様相を物語っている。 そして、大量の「デバイス」。 ストレージ、アームド、ブースト。 多種多様、形態を問わず大量のデバイスが、壁面に埋め込まれていた。 それらの点灯部が微かに、しかし一斉に明滅を始める。 ディードの意識へと、強制的に介入する念話。 魂なき無数の声が、ディードの意識へと響き渡る。 『Help』 「あ・・・あ・・・」 『Help my Master』 『Please help our Masters』 「嫌・・・」 『Help』 『Destroy』 『Please hurry』 「嫌・・・!」 『Destroy us』 『Please』 『Kill us』 『Now』 「嫌ぁ・・・!」 主の救出、そして自らの破壊、即ち「死」を望む、何十、何百というデバイス達の声。 ディードは両の掌で耳を覆い隠し、小刻みに首を振る。 とても理解などできない「死」への渇望に満ちた無機質な声に、彼女は心底より恐怖していた。 後退さるディード。 と、彼女のブーツが何かを踏み付けた。 奇妙な感覚に恐る恐る下を向けば、細い鎖に通された2枚の金属板、そして幾つかのリング。 彼女のカメラアイは、それらの表面、そして裏面に刻まれた文面を、正確に読み取っていた。 『時空管理局 第75管理世界駐留部隊 第4航空隊 イリス・バーンクライト空曹長 Age19』 『C to I 永遠の愛を誓って』 『U and M パパとママへ 結婚40年目のお祝いに』 『リースへ パパとママから 10歳の誕生日おめでとう』 黒い染みに侵食されたそれらの有り様は、持ち主の辿った末路を連想させるには十分に過ぎた。 更に表情を凍り付かせたディードの意識に、更なる声が響く。 『Please eliminate us』 『Hurry・・・now』 『Please』 「嫌あああぁぁぁぁッッ!?」 ディードは最早、間欠泉の様に湧き上がる恐怖を抑える事ができなかった。 彼女の意識を構築するありとあらゆる精神構造が恐怖に塗り潰され、その肉体を強制的に突き動かし、迫り来る「死」の予感からの逃避へと駆り立てる。 尚も呼び掛けるデバイス達の声を振り切る様にして身を翻し、ディードは無数の残骸から成る鉄壁に背を向けて駆け出した。 だが直後、突如として響きだした高音に、思わず足を止める。 そして、その音の発生源へと視線を向けた時、彼女は悟った。 これは、復讐なのだ。 利用され、打ち捨てられ、勝手な都合によって破棄された機械群による、人間への復讐。 自身も、そう思っていたではないか。 他人の勝手な都合で殺されるのか、自身はその事実に納得できるのか。 できる筈がない。 未だ余命を残しつつ、他人の都合によって「死」を強要されるなど、真に耐えられる人間など存在する訳がない。 では、彼等は。 機械はどうなのか。 創造主の勝手な都合によって造り出され、勝手な都合によって廃棄される彼等は。 自らの運命を、真に受け入れているのか? 機械に自由意志など無い。 そんなものを機械に持たせる事は、余りにもリスクが大き過ぎる。 揺らぐ事の無いその事実を理解しつつもディードは、復讐という言葉を連想せずにはいられなかった。 何より、彼女の眼前に展開する光景は、雄弁にその思考を肯定している様に思えたのだ。 「ごめんなさい・・・」 知らず、そんな言葉が零れる。 ディードは、その機械群を知っていた。 知らない筈がない。 彼女達は、正確には彼女達の創造者は使い捨てを前提として、それらを大量に前線へと投入していたのだから。 湯水の如く使い捨てられるそれらの末路を、姉妹の誰もが知ろうともしなかった。 だからこそ、彼女は恐怖する。 彼等の怨嗟に満ちた言葉が、怨恨の視線が、自身を射抜いているかの様な感覚。 もはや彼女は、逃げようとする意思すら挫かれていた。 「ごめ・・・なさい・・・!」 溢れ返る絶望と共に紡がれる、謝罪の言葉。 だがそれらは、答えを返す事をしない。 震え、腰を抜かし、ツインブレイズを取り落とす彼女の眼前で。 キャノピーに穴の開いたR戦闘機と数十機の「ガジェット」群が、その砲口に光を宿していた。 数瞬後。 ディードの華奢な身体を、膨大な光の奔流が呑み込んだ。 *  *  * 鼓膜を劈く様な悲鳴が、広大な空間に響き渡る。 だがそれは、連続した爆発音と金属の衝突音によって掻き消され、忽ちの内に意識の外へと追いやられた。 「オットー、上!」 フェイトが叫ぶや否や、ISレイストームの緑の光条が、上方より迫り来る巨大な影を貫く。 爆発。 飛び散る金属片を異に解する事もなく、フェイトはプラズマランサー6発を斉射。 それらは各々に異なる目標へと飛翔し、6体の異形を消し飛ばす。 爆炎が視界を覆い、しかし後方からの風によりすぐさま晴れた。 その後に残る光景に、フェイトの頬を一筋の脂汗が伝う。 「遅かった・・・!」 「不味いですね。このままでは退路を断たれます」 隊員の言葉に、フェイトは頷いた。 晴れた爆炎の向こう、異形の撃破地点。 其処には巨大な鉄製のブロックが、巨大な鉄柱を形成していた。 様々な鉄製品のスクラップが、巨大なブロックとして構造物を成している。 それは、一瞬の事だった。 各員がR戦闘機の残骸を調査していた最中、オットーが異常に気付く。 ディードとの念話が繋がらず、彼女の向かった方向を見やれば、巨大な鉄製の壁が空間を隔てていたのだ。 すぐさま壁へと駆け寄り、その壁面を叩きディードの名を叫び始めるオットー。 更に1人の隊員がデバイスの解析モードを起動したまま壁面へと接近し、その表層を調査しようとする。 それが、間違いだった。 空を切る音。 巨大な影が隊員の傍を掠め飛んだ直後、彼の絶叫が上がった。 誰もが驚きその方向を見やれば、空中に1本の太い「線」が描かれているではないか。 それが鉄製の構造物であると理解した瞬間、またも「線」が、今度は床面から上部構造物へと垂直に描かれた。 誰もが呆然とその現象を見守る中、悲鳴の様な念話が発せられる。 『脚が・・・脚が! 挟まれた! 動けない!』 即座に2名が救助に向かうも、その瞬間から無数の鉄柱が攻撃隊を目掛け伸長を始めた。 その速度たるや、空戦魔導師の飛行速度を完全に凌駕している。 すぐさま鉄柱の迎撃が開始され、その過程で「線」を描く存在の正体を知り得たのだ。 それは、巨大な蟲としか云い様が無かった。 機械ではあるが、その造形たるや醜悪な昆虫を思わせる。 幅8mはあろうかというそれが、廃棄物で構成された鉄製のブロックにより鉄柱を構築しつつ、凄まじい速度で突進を行っていたのだ。 幸いな事にそれらの耐久性は、外観に反し然程でもなく、容易に撃破が可能であった。 しかしその速度と数に押され、攻撃隊は徐々に迫り来る廃棄物の壁に追い詰められてゆく。 既にR戦闘機群は鉄塊によって押し潰され、広大であった筈の空間はその6割近くが構造物に覆われていた。 逃げ場もなく、かといって迎撃速度が上がる訳でもなく、攻撃隊は迫り来る壁に対し間断ない斉射を行う以外に、現状を切り抜ける術を持ち合わせてはいなかったのだ。 「この・・・!」 攻撃を続けるフェイトの背後、一際大きな悲鳴が上がる。 隊員からの念話、救助を完了したとの報告。 僅かに視線を背後へと投げ掛ければ、膝下を切断され呻く隊員の姿。 フェイトはすぐさま正面へと向き直り、ライオットブレードを振るう。 接近中の蟲が魔力の刃によって切り裂かれ、後方構造物までもが切断されて崩れ落ちた。 だが、足らない。 迫り来る壁を破壊する間に、その倍近い構造物が生成されるのだ。 このままでは攻撃隊は、あと数分と保たずに押し潰されるだろう。 「く・・・!」 「どうするんです、執務官!? このままでは全員潰される!」 「分かってる!」 更にプラズマランサーを放ちつつ、フェイトは苛立たしげに声を返した。 余りにも苛烈な突進攻撃に、大規模砲撃魔法の準備に移行する事ができない。 カバーする人員も足らず、フェイトが迎撃陣を抜ける猶予など、僅かたりともありはしないのだ。 「どうすれば・・・!」 呟きつつも、迎撃の手が緩む事はない。 だがそれでも、壁は徐々に距離を詰めてくる。 こんなところで終わりなのかと、フェイトの意識に焦燥と憤りが湧き上がった、その時。 背後より、オットーと隊員の声が上がった。 「みんな、こっちへ!」 「床にダクトが! 早く中へ!」 その言葉に、フェイトは傍らの隊員へと念話を送る。 先に行けと促し、自身は更に迎撃の弾幕密度を上げた。 そして十数秒後、彼女の脳裏へと声が飛び込む。 『全員、ダクト内に移りました!執務官も早く!』 『私は良いから先に! 数を減らしてから行く!』 最寄りの敵を8体ほど撃破すると、フェイトは身を翻し雷光の如くダクトを目指した。 一辺が2m程の正方形のそれへと、フェイトは減速する事もなく飛び込む。 変化した大気圧の壁にぶつかり、一瞬ながら視界が眩むもすぐさま回復。 下方へと垂直に延びるダクト内部を高速で翔けながら、先行する隊員達へと念話を送る。 『そちらの様子は?』 『200m下方、通路に出ました。先程の回廊とほぼ同じ広さです。敵影なし、負傷者の治療を・・・』 其処で唐突に、隊員の念話が途絶えた。 途端、フェイトの意識が更に研ぎ澄まされ、彼女は再度念話を放つ。 『こちらハラオウン、応答せよ。何があったの』 『・・・こちらオットー。聞こえますか?』 『聞こえる。状況を知らせて』 そして返ってきた言葉は、フェイトに歓喜と焦燥とを齎した。 待ちに待った瞬間、復讐の時。 『接敵した・・・R戦闘機、急速接近!』 その念話を受け取るや否や、フェイトは身体の上下を入れ替え、ライオットブレードを上段へと振り被った。 背後で刃先がダクト内部を削り、壮絶な火花を散らす。 だがフェイトは、それを気に留める素振りすら見せない。 唯一言、念話を発しただけだ。 『総員、壁際へ』 次の瞬間、フェイトは全力でブレードを振り下ろす。 狭いダクト内部、その刃先は振り切られる前に壁を削って止まる筈だった。 だが、刃がダクト内にて垂直となった、その瞬間。 バルディッシュは、一瞬にしてライオットザンバー・カラミティへと変貌していた。 雷光を纏う二又の大剣が、轟音と共に目前の壁を容易く切り裂く。 そして、フェイトの視界がダクト内部から通路へと移行すると同時。 振り抜かれたカラミティの巨大な刃が、上部構造物を突き破ってR戦闘機へと襲い掛かった。 「ッ・・・!」 大量の金属構造物を散弾の如く撒き散らしつつ、R戦闘機へと襲い掛かる二又の刃。 必殺と思われた一撃はしかし、接触直前にR戦闘機がサイドスラスターを作動させ数十mを平行移動した事により、通路を破壊するに留まった。 刃が床面を粉砕すると同時、想像を絶する轟音と衝撃が、攻撃隊とR戦闘機、そして攻撃の実行者たるフェイトをも襲う。 音速を優に超えた鉄片が肌を切り裂き、バリアジャケットをも貫かんとする中、フェイトはカラミティを振り抜いた体制のまま床面へと着地し、微動だにせず敵機を見据えていた。 そして、徐に口を開く。 「・・・流石に、この程度じゃ墜とせないか」 そうして彼女は、ゆっくりと立ち上がると、右手一本でカラミティを横薙ぎに振り抜いた。 隊員からは退がれとの警告が届くが、フェイトはそれらを無視。 こちらの様子を窺っているらしきR戦闘機に切っ先を向け、言葉を紡ぐ。 「こちらは時空管理局」 R戦闘機は動かない。 漆黒の機体、漆黒のキャノピー。 そのまま闇に溶け込みそうな配色だが、上部の僅かな白い装甲が光を反射していた。 フェイトは敵機を観察しつつ、更に言葉を繋げる。 警告ではなく、既に決定された事項を伝える為に。 「地球軍に告ぐ。これより我々は時空管理局法に則り、質量兵器の排除を開始する。以上」 それだけを伝えると、フェイトは一切の前触れ無くR戦闘機との距離を詰め、カラミティを振るう。 横薙ぎの一撃を、敵機は垂直上昇とフロントスラスターによる急速後退を以って回避。 そのままフェイトへと背を向け、通路の奥へと向け加速する。 舌打ちをひとつ、フェイトは念話を発した。 『追撃!』 『了解!』 即座に、攻撃隊はR戦闘機の後を追い、通路の奥を目指し飛翔を開始する。 しかし、曲がりなりにも相手は戦闘機。 速度の問題から、追い付くなど到底不可能である事は解り切っている。 何より、幾ら広大とはいえ、限定空間である通路。 真正面より波動砲を撃ち込まれれば、回避する術もなく全滅するだろう。 だが、フェイトは確信していた。 R戦闘機は、すぐにこちらを抹殺する事はない。 殺すのは「観察」が終了してからだ。 あの機体は今、より「観察」に適した場所を探している。 自身の安全を確保しつつ、こちらの「性能」を見極められる場所。 即ち、機体の機動性を確保できる空間だ。 そして、その予想は違う事なく的中する。 600mほど前進した地点、薄闇に包まれた空間。 R戦闘機は其処で、こちらに機体後部を向けたまま静止していた。 フェイトはバルディッシュを握り直すと、更に速度を上げる。 空間はかなりの広さを誇り、上下左右いかなる方向へと飛んでも接触の心配は無い様に思えた。 フェイトは、ノズルの近辺より発せられる微かな光を頼りに、一機に接近して袈裟掛けに斬り下ろそうと試みる。 そして、R戦闘機まであと100mと迫った、その瞬間。 『退がって!』 オットーからの念話に、フェイトは咄嗟に前進を中断した。 彼女とR戦闘機の間を、下方から上方へと突き抜ける、巨大な鉄塊。 そして次の瞬間、空間全体が照明によって照らし出される。 眩さに目を庇い、しかしすぐに光度慣れしたフェイトは、改めて目前のR戦闘機を見据え。 「え・・・?」 その機体が、先程のR戦闘機とは異なる事に気付いた。 「これは・・・!?」 機体の配色はほぼ同じながら、造形の細部が違う。 全体が一回りほど小さく、機体後部のエッジは先程のそれよりも短い上に本数も少ない。 左右のエンジンユニットの造形も大きく異なり、全体を覆う装甲板が存在していなかった。 そして、何より。 「ッ・・・!」 試験管にも似た、青いキャノピー。 その中央には30cm程の穴が開き、中からはグリップを握り締めたままの左右の手首、そして固定された人間の腰部以下の脚部が覗く。 胴部は無い。 パイロットシートに穿たれている黒々とした穴だけが、対峙する者にパイロットの末路を伝えていた。 そして機体下部の砲身、その砲口に青い光を放つ粒子が集束を始める。 「波動砲!」 攻撃隊、散開。 しかし、突如として頭上より降り注いだ大量の鉄塊により、彼等は迎撃の為に足を止めざるを得なかった。 見れば、頭上に3つの巨大な影が浮遊している。 「あれは・・・?」 それは、互いに酷似した造形を持つ、3機の大型機械だった。 其々が側面、または下方にエネルギーコアらしき部位を持ち、常にユニットの一部が重なる様にして機動している。 その異形は上部より大量の鉄塊、即ち廃棄物を放出し、有毒物質と重金属の雪崩を以って攻撃隊を押し潰さんとしていた。 降り注ぐ巨大な鉄塊の雨を躱し、小型のものは迎撃し、攻撃隊は必死の回避運動を続ける。 無論、フェイトも例外ではない。 膨大な魔力保有量に裏打ちされた大火力を生かし、頭上より落下してくる大型の鉄塊を迎撃。 しかし、重力により加速されたそれらは、破壊されてなお細かな破片となり、高速にて彼女の身体を貫かんと迫る。 フェイトは皮膚の其処彼処を切り裂かれつつもそれらを回避するも、更に執拗に降り注ぐ鉄塊によって、満足に攻撃行動へと移行する事ができない。 視界の端で集束する青い光に、彼女の内で幾重もの警告の声が響いた。 『このままじゃ・・・攻撃可能な者は!?』 『駄目です! 皆、回避で精一杯だ! 攻撃なんてとても・・・!』 回避行動を継続しつつ念話を交わす間にも、耳障りな高音と共に波動砲の充填が加速する。 死体を乗せたR戦闘機は位置を微調整し、その機首を真っ直ぐにこちらへと向けていた。 間に合わない。 フェイトは理解した。 一瞬後にはその機首より膨大なエネルギーの奔流が放たれ、自身等は跡形もなく消し飛ぶだろう。 その予想に違わず、R戦闘機の機体後部より光が洩れた。 反動制御の為か、機体後部のメインノズルに点火したのだろう。 敵機、砲撃態勢。 『散開・・・散開して!』 『無理です、動けない!』 『上方、更に落下物!』 隊員達は各々に砲撃の射界外へと逃れようと試みるが、しかしその動きは砲撃の充填速度と比して余りにも遅い。 誰の目にも、結末は明らかだった。 もう、間に合わない。 そして、遂にその瞬間が訪れる。 集束する青い光が、唐突に黄金色へと変貌。 光は一瞬にして膨張し、爆発的な解放へと向かう。 轟音と共に発射された砲撃が、落下する無数の鉄塊により形成される壁を貫き、フェイトの視界を埋め尽くして。 瞬間、その砲撃軌道があらぬ方向へとねじ曲がった。 「え?」 呆然と零れた声は一瞬。 フェイトの視界の中、金色の砲撃は急激に軌道を変更し、壁面へと着弾。 巨大な鉄製の壁面が一瞬にして消し飛び、同時に粉塵と爆炎の向こうから2基のミサイルが高速にて飛来する。 内1基は、波動砲を放ったR戦闘機から飛来した質量兵器の弾幕により撃墜されるも、残る1基はその機体左側面へと着弾、凄まじい爆発と共に装甲を跡形もなく破壊し、機体そのものをも数十mに亘って弾き飛ばした。 被弾したR戦闘機は業火を噴きつつも態勢を立て直し、こちらもまた2基のミサイルを放つ。 破壊された壁面へと向かって突進するそれらは、しかし次の瞬間、視界を塗り潰す閃光と轟音、そして衝撃と共に消滅していた。 だが、フェイトの意識を引き付けたのは、その事実ではなく。 「魔・・・力・・・?」 2基のミサイルを打ち砕いた雷光、そして全身を押し潰さんばかりに圧し掛かる「魔力」による重圧だった。 「まさか・・・!?」 粉塵の向こうより現れる、漆黒の機体。 空間すら歪めんばかりの魔力を纏ったその機体は、先程フェイト等の追撃を振り切ったそれ。 青い光の粒子を集束しつつ、交戦域へと侵入してくる。 フェイトの脳裏を過るは、本局にて確認した交戦記録、クラナガンにて確認された魔力を制御する機体。 冷静に思考すれば、目前の機体も、そして背後の機体も、クラナガンでの機体との明確な共通点があるではないか。 そして、クラナガンでの砲撃時に記録された、奇妙な幻影。 ロストロギア「闇の書」。 若かりし日の義母「リンディ・ハラオウン」、そして義兄「クロノ・ハラオウン」の幼き日の姿。 浮かび上がる複数の疑問。 地球軍パイロットの証言から浮かび上がった、1つの可能性。 それら全てが、フェイトの意識内を駆け巡る。 何故、嘗ての闇の書が投影されたのか。 何故、義母と義兄の幻影が現れたのか。 何故、あの機体は魔力を制御できるのか。 何故、この機体もまた魔力を纏うのか。 この機体と「クライド・ハラオウン」との関連性は? 「こちら時空管理局、執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウン! 応答を! 応答してください!」 咄嗟に叫ぶフェイト。 反応は無い。 攻撃隊から発言の真意を問い質さんとする念話が入り、目前のR戦闘機、「試験管」にも似た漆黒のキャノピーを持つそれが纏う魔力、その密度が更に高まっただけだ。 「お願い! 応答してッ!」 そして遂に、力は解き放たれた。 R戦闘機を中心に突風が吹き荒れ、フェイトは木の葉の如く吹き飛ばされる。 それでも何とか態勢を立て直し、驚愕と共に見上げた視線の先に、無数の稲妻が網目状に走った。 機体より炎を吹き上げるR戦闘機、そして頭上の大型機械が明らかな戦闘機動を開始すると同時。 魔力を纏うR戦闘機を中心に「広域天候操作魔法」が発動、数十条もの雷撃が周囲へと降り注ぐ。 身体を掠めんばかりの至近距離を貫く雷光に悲鳴が上がる中、フェイトは血を吐き出さんばかりに悲痛な声を上げ続ける。 彼の人を呼び戻す為に。 彼を待ち続けるたった1人の伴侶、たった1人の息子の許へと連れ帰る為に。 「クライド・ハラオウン提督! ・・・義父さんっ!」 無数の雷撃が、空間を埋め尽くした。

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