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R-TYPE Λ29話」(2015/10/26 (月) 07:45:24) の最新版変更点

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広大な空間に響き渡る、不気味な轟音。 頭上を覆う合金製構造物の破片を除け、ギンガは周囲を見回す。 機械的強化の施された眼には、暗闇など僅かたりとも障害とはなり得ない。 非常灯の明かりすら消え、完全な闇に閉ざされたトラムチューブ内には、落下した構造物の破片以外には何も存在しなかった。 数十秒前に彼女達を襲った衝撃、それとほぼ同時に飛び込んだメンテナンス・ハッチから抜け出し、油断なく周辺の様子を窺う。 そうして、これといった脅威が存在しない事を確かめると、ギンガは背後のハッチへと声を飛ばした。 「周囲クリア・・・大丈夫よ」 その言葉を受け、ハッチ内部より這い出す5つの影。 スバル達だ。 影の1つ、ウェンディが周囲を見回しつつ、呟く。 「何だったんスか、さっきの・・・」 「あの化け物、もう此処まで来やがったのか?」 続いて発せられたノーヴェの言葉に、ギンガは微かに表情を顰めた。 ノーヴェの言葉が不快だったという訳ではない。 666と交戦中である筈のR戦闘機群はどうしたのかと、最悪の予想が脳裏を過ぎったのだ。 だがその思考は、続くランツクネヒト隊員の言葉によって否定される。 『放射能除去用ナノマシンが散布されている。どうやら外殻で核爆発が発生したらしい』 「核爆発!?」 スバルの上げた声に、ギンガもまた驚きを隠そうともせず隊員を見やった。 彼は床面に片膝を突いて周囲を見回しているが、同時にインターフェースを通じて膨大な量の情報を取得しているのだろう。 やがて銃口でトラムチューブの奥を指すと、無感動に状況を告げた。 『Aエリア外殻近辺でアイギスのミサイルが起爆したらしい。それ以上の事は分からない』 「アイギスって・・・まさか、汚染?」 『だろうな』 「冗談じゃない、Aエリアには生存者が集結しているんだぞ。彼等はどうなっている?」 『大多数は無事だろう。爆発の最大効果域は外殻に達していない。コロニーからの迎撃を感知した12発の弾頭が、回避不可能と判断して起爆したんだ。被害は受けたが、外殻の崩壊には至っていない』 「内部の人間は?」 スバルの問いに対し、隊員は口を噤む。 その沈黙こそが、彼女の懸念が的を射たものである事を雄弁に語っていた。 スバルは、更に問い掛ける。 「外殻が無事だとしても、あの衝撃は尋常じゃなかった。Aエリアの人員に被害が無いとは思えない」 『まあ、そうだろう。多少の犠牲者は出ている筈だ』 「・・・輸送艦の安否は?」 『不明だ。既にシステムの80%が沈黙している。こちらから港湾施設に行くしかない』 言いつつ、彼は強襲艇より持ち出した、自動小銃よりも2回り以上に大きな銃器の弾倉をチェックする。 見る者に威圧感を与える重厚な外観は質量兵器全般に共通するものだが、目前のそれは通常火器にしては幾分だが禍々しさに過ぎる印象が在った。 自動小銃に酷似してはいるが明らかに異なり、かといって散弾銃でもない。 未知の質量兵器に対する警戒心が、自己の意識へと反映されているのだろうか。 取り敢えず、ギンガはその銃器について尋ねてみる事にした。 「その銃、何か特別な機能でも?」 『唯のガウスライフルだ。バイド相手には気休めにもならないが、アサルトライフルよりかはマシだ』 「コイルガンの一種か」 『正確には炸薬との複合式だが』 グリップ後方に位置する弾倉を外して内部をチェックし、再度装着して初弾を装填する。 金属音、そして小さな電子音。 隊員は更に、同じく強襲艇より持ち出したバックパックから幾つかの部品を取り出し、見事な手際でそれを組み立てる。 完成したそれは、長さ40cm程の銃身下部に弾倉のみを備えた、奇妙な銃器だった。 彼はそれを、ガウスライフルの銃身下部へと固定する。 最後に、展開したウィンドウ上で幾つかの操作を終えると、彼は再度バックパックを装甲服に固定して立ち上がった。 其処で漸く、ギンガ達の視線が自身へと集中している事に気付いたらしい。 数秒ほど沈黙した後、何処か白々しく言葉を紡ぐ。 『唯の銃だ』 「初速は?」 『2930m毎秒』 呆れの混じった溜息を吐く者、沈黙のままに隊員を見据える者。 周囲の反応に、彼は些か戸惑っているらしい。 そんな彼へと、次々に浴びせられる言葉。 「それの何処を見れば「唯の銃」なんて言えるッスか」 「歩兵に持たせるなよ、そんな物」 「それはコロニーの中で発砲して問題は無いのか?」 「どう見たって魔法よりヤバいじゃない・・・」 『分かった、俺が悪かった・・・頼むよ、勘弁してくれ・・・』 周囲から相次いで放たれる野次に、彼はとうとう音を上げた。 微かに肩を落とし、スバル達から顔を背ける。 これまでになく人間味を感じさせるその素振りに、ギンガは微かな笑みを零す反面、何処か釈然としない感情を覚えていた。 これまでギンガを始めとする攻撃隊の面々が目にしてきた、地球軍による数々の非人道的な言動。 一方でランツクネヒトの構成員については、少なくとも非戦闘員および敵意の無い者に対しては友好的な態度を示している。 だが、その根幹は地球軍と何ら変わりない事も、ギンガは理解していた。 民営武装警察という肩書が在るが故か、被災者に対し惜しみない人道的支援を行う彼等は、しかし同時にスバルとノーヴェを兵器として扱った一面をも併せ持っている。 彼女達のオリジナルの体組織から制御ユニットを作成し、R戦闘機へと搭載する事さえしたのだ。 被災者に手を差し伸べる彼等と、平然と非人道的な行いを為す彼等。 目前でスバル等にからかわれる姿と、嘗て自身の眼前に銃口を突き付けた姿。 どちらが真の姿なのか、等という問いが無意味なものである事は重々に承知しているが、思考せずにはいられない。 少なくともギンガにとっては、目前の光景はそれだけの違和感を孕むものだった。 「大体それ、どう見たって生身で振り回せるサイズじゃないッスよ。筋力増強が在ること前提じゃないッスか」 『魔導師だって似た様なものだろう。あんなにデカいデバイスを棒切れみたいに振り回しているじゃないか』 「秒速3kmの弾を放つ銃器など、歩兵には明らかに過剰火力だと思うが」 「小銃で十分じゃないかなあ」 『爆弾魔や拳で機動兵器の装甲に穴開ける連中が言っても説得力は無いぞ』 「おいテメエ、それ以上チンク姉を侮辱すると・・・」 じゃれ合っているとしか見えない5人を前に、ギンガは諦めと共に息を吐く。 これ以上は考えるだけ無駄だろう。 そんな結論に達した時、微かな機械音と共にトラムチューブ内の非常灯が点灯した。 一瞬だが眼が眩み、しかしすぐに光量調節機能により正常な視界が確保される。 「明かりが・・・」 『電力供給経路が第2核分裂炉にシフトした。第1は既に機能を停止しているらしい』 「輸送艦はどうなっているの」 『其処までは・・・』 途切れる言葉。 何事か、と訝しむギンガ等の前で、彼はウィンドウを展開する。 表示された情報は、トラム運行状況。 「・・・トラムがどうかした?」 『A-00エリア、管制区・第3トラムステーションに車両が停車している。妙だな、もうとっくに退避したものと思っていたんだが』 「自動運行で着いた可能性は」 『有り得るが、どうにも・・・待て』 更にウィンドウを操作し、彼は何らかの情報を読み取っている様だ。 数秒後、彼はウィンドウを拡大すると、其処に管制区ステーションの立体構造図を表示する。 ステーションの一角には、赤く表示された4つの人影が横たわっていた。 「これ・・・」 『死亡している。管制区内の状況までは分からないが、検出された体温からして死亡後にそれほど時間は経過していない』 ウィンドウが閉じられる頃には、既に全員がトラムチューブの奥へと向き直っている。 展開したテンプレート上に立つノーヴェが、隊員へと問い掛けた。 「管制区までの距離は?」 『このまま2km、その後に垂直方向へと1.5kmだ。車両かエレベーターを使おう』 「そんな悠長な事してる暇は無いッスよ。こっちの方が早いッス」 そんな事を言いつつ、自身のライディングボードを叩くウェンディ。 その言葉の真意を正確に受け取ったのだろう、隊員は助けを求めるかの様にスバルの方を見やる。 だが、返された言葉は非情なもの。 「また、だっこします?」 『・・・人生最悪の日だ』 恨み事を呟きつつ、彼はウェンディとライディングボードへと歩み寄る。 ぎこちなくボード上へと乗る彼の姿を確認すると、ギンガは鋭く指示を発した。 「私が先頭、スバルは後方を警戒。速度はノーヴェとウェンディに合わせるわ」 重なる了解との声を背に、ギンガはウイングロード上を駆ける。 数分で管制区へと続くシャフトへと到達、今度は螺旋軌道を描きつつ上昇。 途中、重力作用方向が変化し始め、5分程でステーションへと到達した。 先程の衝撃の為か、破損し火花を散らす車両を避け、ステーション内部へと滑り込むと同時に周囲の安全を確認。 待合所には4つの死体が散乱しており、床面もまた赤く染め上げられている。 壁面や天井面に血痕が付着している事から推察するに、やはり核爆発の衝撃で周囲へと叩き付けられた事が原因で死亡したらしい。 遺体の潰れた顔から思わず目を逸らし、ギンガは後続の皆へと念話を飛ばす。 『ステーション、クリア』 ローラーが床面を削る音。 振り返れば、丁度ノーヴェの背からチンクが、ライディングボードから隊員が降りたところだった。 チンクはこれといって問題は無いが、隊員の方は何事か不満らしき言葉を呟いている。 そんなに嫌だったのかと、ギンガは場にそぐわないとは思いつつも、微かに苦笑の表情を浮かべた。 だがそれも、続く隊員の言葉によって掻き消える。 『前方500m、管制室付近に複数の動体を感知。接近中』 ガウスライフルを構えつつ、隊員は4つの遺体が散乱する待合所の陰へと身を隠した。 ギンガとノーヴェは通路傍の壁面に、スバルとチンクは反対側の壁面へと走り寄る。 ウェンディは隊員の傍で砲撃態勢に入り、目標の接近に備えていた。 『400m』 『人間、それとも敵?』 『不明。もう少し近付かない事には・・・』 『ウェンディ、もし敵であれば砲撃後にフローターマインを配置しろ。通路を塞ぐんだ』 『了解ッス』 ライディングボードの砲口とガウスライフルの銃口が通路奥へと向けられている事を確認し、ギンガは拳を握り締めて接触に備える。 目標が人間であれば良いが、最悪の場合には何らかの汚染体である事も考えられるのだ。 それが行き過ぎた警戒などでない事は、これまでに嫌という程に思い知らされている。 アンヴィルとは別の経路から、666以外のバイドが侵入していないとも限らない。 緊張を高めるギンガ、しかし。 『待て、待て・・・確認した、人間だ。デバイスの所持を確認』 銃口を上へと向け、隊員が待合所の陰から姿を現す。 ウェンディがそれに続き、2人は通路傍のギンガ達へと歩み寄ってきた。 隊員はウィンドウを開き、それを操作しつつ通路へと踏み込んで行く。 その傍らを歩きつつ、ギンガは彼へと問い掛ける。 「目標は管理局員?」 『そうだ。14名、いずれもデバイスを所持している・・・ああ、ランスター一等陸士も居るな』 「ティアナが?」 スバルが驚きの滲む声を上げるが、ギンガも内心は同様だった。 ティアナがこんな所で何をしているのか、見当も付かなかったのだ。 特に666の迎撃に当たっていた様子も無かった為、被災者の誘導に当たっていたものと思っていた。 13名、死体となった者達も同様とするならば、計17名もの局員を引き連れて何をしているのか。 「何処に向かっているの」 『第5トラムステーションらしい。こっちの車両は、もう使い物にならないからな。生存者の捜索に来たのか?』 「管制室には管理局のオペレーターも居ただろ。そいつらを探しに来たんじゃないか」 『こちらのオペレーターが退避したなら、連中も一緒に退避している筈だ。行方不明者でも居るのかもしれない』 言葉を交わしつつ、6人は徐々に足を速める。 ティアナ達までの距離は400mといったところだが、向こうも移動している為にすぐに追い付く訳ではない。 先程までは接近していたのだが、第5トラムステーションまでの経路が横に逸れている上に向こうは飛翔魔法を用いているらしく、今は徐々に遠ざかっている。 念話で呼び掛けてはみたものの、システムの大部分が沈黙している為に繋がらなかった。 こうなっては、ティアナ達に追い付く以外に術は無い。 ギンガとスバルはデバイスを、ノーヴェとウェンディは固有武装を、チンクは慣れない飛翔魔法で通路を翔けるが、魔導師でも戦闘機人でもない隊員はそうもいかなかった。 多少なりとも肉体的強化は為されているのか、重装備にも拘らずかなりの速度で駆けてはいるが、それでもギンガ達と比べれば遅い。 このままでは引き離されるばかりだと、ギンガは新たに指示を飛ばす。 「スバルとノーヴェは私に着いてきて! チンクとウェンディは彼と一緒に後から!」 「了解した!」 チンクの返答を聞き留めると、ギンガは一気に加速した。 主要通路に進行を遮る物は無く、背後の2人と共にローラーブレードから火花を散らしつつ駆ける。 幾度か交差路を直進した後、第5トラムステーションへと続く通路へと床面を削りつつ滑り込む。 ティアナ達までは100mといったところだ。 「畜生、無駄に広いんだよ此処!」 「これだけ大きなコロニーなのよ、管制区が広いのも当たり前・・・」 「居た! ティアナ達だ!」 スバルの声に、ギンガは前方を注視する。 彼女の言葉通り、前方の交差路を曲がる数人の姿が見えた。 更に加速し、後を追って角を曲がるギンガ。 「待って・・・ッ!?」 「おい、何してんだ!」 「ティア!?」 その先に待ち受けていたのは、ティアナのクロスミラージュ、その銃口を始めとする無数のデバイスの矛先。 予想だにしなかった敵意の壁に、ギンガは思わず足を止めてしまう。 だが、予想外であったのは向こうも同様だったらしく、殆どの局員が驚いた様な表情でこちらを見つめていた。 最前部の1人が、呆けた様に声を漏らす。 「ナカジマ陸曹・・・?」 その声とほぼ同時に、突き付けられていたデバイスが次々に下ろされる。 ギンガは張り詰めていた緊張を解く様に息を吐くと、集団の中でクロスミラージュを手に佇むティアナへと視線を移した。 彼女は何をするでもなく、こちらを見つめている。 「ティアナ・・・」 「・・・御無事で何よりです、ギンガさん」 軽く息を吐きつつ、ティアナは言葉を紡ぐ。 言葉は安堵を表していたが、その顔に浮かぶのは仮面じみた無表情。 少々の不自然さを覚えたものの、この状況では無理もないと思い直した。 「搭乗機が撃墜されたと聞きましたが、不時着に成功していたのですね」 そういう事か、とギンガは納得する。 どうやら彼女は、自分達の搭乗していた強襲艇が撃墜された事を知り、安否を気遣っていたらしい。 「何とかね。それより・・・」 「ティアはこんな所で何をしてるの?」 ギンガの言葉を遮る様に、スバルが問い掛ける。 少々の驚きと共に、妹を見やるギンガ。 発言の途中で割り込まれた事にではなく、スバルの声に若干の不審が含まれている様に感じられたのだ。 軽く窘めようかとも考えたが、続くティアナの言葉にその思考は霧散する。 「・・・捜査活動、ってところね」 「え・・・」 再度ティアナへと視線を移すと、彼女は常ならぬ険しい表情でこちらを見やっていた。 何事か、と戸惑うギンガ達に対し、ティアナは幾分潜める様な調子で語り始める。 「ナカジマ陸曹。バイドに関する情報で、可及的速やかにお伝えしなければならない事実が在ります」 バイドに関する情報。 その言葉を聞き止めたギンガの意識に浮かび上がる、微かな疑問。 此処でその様な事を言い出すという事は、その情報はこの管制区で得たという事なのだろうか。 ギンガの疑問を余所に、ティアナは言葉を続ける。 「バイドは、単なる・・・」 「ギン姉ぇ、やっと追いついたッス!」 ウェンディの声。 自身の右側面へと振り返れば、其処にはチンクとウェンディ、そしてランツクネヒト隊員の姿が在った。 チンクとウェンディの後方、隊員は幾分疲労している様に見えた。 「2人とも御苦労さま」 「お守は疲れるッスよ。次からは問答無用でボードに括り付けるか、ノーヴェかスバルがお姫様だっこして運ぶッス」 『だから・・・もういい』 「ティアナ達は?」 「此処に居るわ。今・・・」 言葉を交わし、ティアナ達へと向き直る。 だが其処には、奇妙な光景が在った。 ティアナを含め、全ての局員が再度デバイスを構えているのだ。 絶句するギンガに、ティアナが問い掛ける。 「ナカジマ陸曹」 「・・・何?」 「ウェンディの他に、誰が居るのですか」 この交差路は60度ほどの急角度で形成されており、ウェンディ達の姿は壁面に遮られティアナ達から確認する事はできない。 声からウェンディが居る事は判断できたが、音声出力装置を通した聞き慣れない声と、そしてギンガの言葉から更に1名以上の人物が其処に居る事を推察したのだろう。 ギンガは納得しつつ、チンクと隊員の存在を告げんとした。 「チンクとランツクネヒトの・・・」 『陸曹』 その言葉を遮る、隊員の声。 そちらへと視線を移せば、彼は壁面越しにティアナ達の方向を見やっていた。 もしや見えているのかと訝しんだのも束の間、彼が紡いだ言葉によってギンガの思考は中断する。 先程までの人間味が嘘の様に消え失せた無機質な声で以って紡がれる、予想だにしなかった言葉。 『何故、彼等が「アーカイブ」を所持している』 直後、無数の誘導操作弾がギンガ達の側面を掠め、空間を突き抜けた。 「な・・・!」 愕然とするギンガ。 余りに突然の事に、反応する隙さえ無かった。 クロスミラージュから、周囲の局員達が手にするデバイスから。 数十発もの誘導操作弾が放たれ、それらがギンガ達の側面を掠めて背後へと抜け、交差路の先に佇んでいたランツクネヒト隊員へと襲い掛かったのだ。 壁面越しに異常を察知していたのであろう、隊員は咄嗟にウェンディの背後へと隠れる様に跳躍。 ウェンディはギンガと同様、状況を理解する隙など無かったであろうが、眼前に迫り来る魔導弾幕に対して咄嗟にライディングボードを翳した。 貫通力に関しては直射弾に劣る誘導操作弾は、ボード表層部で小さく炸裂するものの防御を破るには到らない。 だが、数発がウェンディを迂回する軌道を取り、彼女の背後の床面に倒れ込んでいた隊員の胴部へと直撃する。 小さな爆発音と共に炸裂する魔力、強力な力によって十数mもの距離を弾き飛ばされる隊員の身体。 ギンガの背後、叫ぶスバル。 「ティア!?」 ベルカ式の局員が2名、ギンガ達の間を擦り抜けウェンディ達の居る通路へと飛び込む。 男性局員は右手にナックルダスター、左手にジャマダハル型のアームドデバイスを、女性局員は右手にショートソード、左手にマインゴーシュ型のアームドデバイスを携えていた。 動きが鋭すぎる。 明らかに高ランク、それも尋常ではないレベルで完成された近代ベルカ式魔導師。 飛行には適さないバリアジャケットのデザインから推測するに恐らくは陸士、覚えが全く無い事から何処かの管理世界にて治安維持に就いていた陸の人員だろう。 こんな未知の高ランクが居たのかという驚きはしかし、床面に触れるジャマダハルの切っ先から弾け飛ぶ火花、そして床面へと異常なまでに深く刻まれた傷によって掻き消される。 非殺傷設定、解除状態。 「止めてッ!」 咄嗟に叫んだギンガの声に、チンクが応じた。 数十本のスティンガーを展開し、数本を2人の足下を狙って射出。 2人が前進を中断すれば良し、縦しんばそれを回避したとしても残るスティンガーが通路を塞ぐ様に展開している。 如何に高ランクであろうとも、近接戦闘に特化したベルカ式魔導師がスティンガーの壁を突破する事は、決して容易ではない。 自身の経験からギンガはそう判断し、自身もブリッツキャリバーで2人の後を追う。 だが。 「な・・・ッ!」 一瞬だった。 一瞬で、彼等は張り巡らされたスティンガーの壁を突破していた。 あの状況下で、足下へと放たれたスティンガーを無視し、更に加速して自身等が潜り抜ける分だけのスティンガーをナックルダスターとマインゴーシュで破壊し、その開いた空間を通ってチンクの後方へと躍り出たのだ。 想定を超える事態とその速度に反応できないチンクの背後、ジャマダハルとショートソードの刃が隊員へと迫る。 だが、チンクの行動は無駄とはならなかった。 彼女が稼いだほんの数瞬で、隊員は状況に対応する機会を得ていたのだ。 吹き飛ばされていた隊員はその姿勢のまま、左手のガウスライフルではなく、右手で抜いたハンドガンの銃口を2人へと向ける。 そして、発砲。 連続して発砲炎の光が瞬く中、2人は怯む事も無く突進、刃を振るった。 「駄目!」 爆発する魔力光。 其々の刀身に纏った魔力を、刃を振ると同時に炸裂させたのだ。 恐らくは2人とも被弾していたのだろう。 刃による直接的な斬撃ではなく、魔力による間接攻撃へと切り替えたらしい。 魔力を感知したに過ぎない筈の自身のリンカーコアを震わせ、肉体的な苦痛すら齎す程に強大な魔力爆発。 それが轟音と共に通路を破壊し、床面と壁面、天井面を十数mに亘って跡形もなく抉り取る。 極近距離に限定された範囲と引き換えに圧倒的な破壊を齎す、拡散型近距離疑似砲撃魔法。 全身が跳ね上がる程の衝撃、脳裏へと浮かび上がる最悪の結果。 ギンガは咄嗟にリボルバーナックルを振り被る。 「貴方達・・・ッ!?」 直後、男性局員の背から血が噴き出した。 驚愕と共に足を止めたギンガの目前で、更にもう1箇所から血が噴き出す。 と、男性局員の陰から側面へと、ハンドガンを握る腕が突き出された。 銃口の先には女性局員。 彼女は咄嗟にショートソードの側面で頭部を庇うも、発射された弾丸はバリアジャケットを貫き大腿部と頸部を撃ち抜く。 だが、その一瞬の隙に男性局員が動いた。 ジャマダハルを構える左腕が振り抜かれ、彼の陰から延びる隊員の腕が跳ね上がる。 腕が陰へと引き込まれ、更に銃声が3度。 局員の背から、同じ数だけ更に血が噴く。 零距離射撃、弾体貫通。 「ギン姉、ノーヴェ!」 「畜生ッ!」 スバル、ノーヴェが突進。 男性局員が、背中から床面へと倒れ込む。 灰色のバリアジャケット前面は、鮮血によって赤く染まっていた。 女性局員は頸部を撃ち抜かれ倒れてから、被弾箇所を両手で押さえつつのた打ち回っている。 そして、露わとなった男性局員の陰に、ランツクネヒト隊員の姿は無かった。 崩壊した構造物だけが、空しくその内面を曝している。 その先に拡がる階下および階上の空間については、立ち込める粉塵によって見渡す事ができない。 崩壊した通路の縁に駆け寄り、ギンガはスバル等と共に呆然とその先の空間を見つめる。 「何て事・・・」 「逃がすな!」 呟くギンガの聴覚に、信じ難いティアナの声が飛び込んだ。 直後に、ギンガ達の左右から突き出す、無数のデバイスの矛先。 忽ち高速直射弾の嵐が眼前へと現出し、粉塵の中で無数の魔力爆発が巻き起こる。 数瞬ほど、ギンガは信じられない思いでその光景を見つめ、やがて視界に移るデバイスの1つを反射的に掴むと、咄嗟にその主へと拳を打ち込んでいた。 周囲ではスバルやノーヴェ、チンクとウェンディも似た様な光景を繰り広げている。 簡易砲撃を放とうとしていた数名にガンシューターを撃ち込みつつ、ノーヴェが叫ぶ。 「イカレてんのか、テメエら! いきなり殺しに掛かりやがって!」 「ティア、ティア! どうして、何でこんな事!」 「ウェンディ、退がれ!」 近接戦闘を不得手とするウェンディを庇う様に、チンクが再度スティンガーを展開せんとする。 だが1発の甲高い銃声と共に、全ての戦闘行為が停止した。 ティアナだ。 「・・・其処までよ。各自、デバイスを下ろしなさい」 その冷え切った声に、ギンガは1人の局員のデバイスを押さえたままそちらを見やり、僅かに躊躇した後にその手を解放した。 追撃を警戒したが、どうやら局員達もティアナの指示に従っているのか、一様にデバイスの矛先を下ろしている。 幾分荒い呼吸もそのままに、ギンガは周囲を見回した。 「それで、どういうつもり? 何故こんな事を」 殺気すら込めてティアナを睨み据え、問い掛ける。 ギンガは、現状を理解する事ができなかった。 ティアナ達は唐突にランツクネヒト隊員の殺害を試み、攻撃を受けた隊員は2名の局員に重傷を負わせて逃亡。 否、2名の治療に当たっている局員の様子から推測するに、致命傷となっている可能性もある。 男性局員は胸部から腹部に掛けて少なくとも5発の銃弾が貫通し、女性隊員は大腿部と頸部に銃弾を受けているのだ。 だが、隊員の行動が過剰な反撃であったかと問われれば、ギンガは否定も肯定もできない。 隊員は疑似拡散砲撃が放たれた際、後方へと距離を取るのではなく、逆に前進して局員の懐に入る事で砲撃の拡散点より内へと逃れた。 その策が功を奏したからこそ無事であったものの、もし失敗すれば完全に砲撃に呑まれていただろう。 如何にランツクネヒトの装甲服を纏っていると云えど、非殺傷設定を解除された上で更にこの破壊規模、跡形もなく消滅していたであろう事は想像に難くない。 つまり、近接攻撃を実行した2名の局員については、その殺意の存在は疑うべくもないのだ。 では、ティアナ達はどうか。 答えは、ウェンディから齎された。 「・・・全弾非殺傷設定解除とは、随分と念入りな事ッスね。下手すりゃチンク姉もアタシも死んでたッスよ」 「貴様ら、正気か」 スバルが、懇願するかの様にティアナを見つめる。 だが、ティアナは感情が抜け落ちたかの様に冷然とした面持ちを崩す事はなかった。 そして意外にも、次に言葉を紡いだのはノーヴェ。 「アイツが言ってた「アーカイブ」ってのは何だ」 その単語には、ギンガも聞き覚えが在った。 彼が言ったのだ。 何故、ティアナ達が「アーカイブ」を持っているのか、と。 攻撃は、その直後に始まった。 ティアナは答えないが、ノーヴェは大方の状況を理解したらしい。 「成程、それを持っている事がランツクネヒトに知られちゃ不味い訳だ。だからアイツを殺そうとしやがったな」 ノーヴェが述べた内容は、ギンガの推測とほぼ同じもの。 そして、恐らくは限りなく正解に近いものの筈だ。 だが、ティアナは沈黙したまま。 言葉も発する事なくクロスミラージュをワンハンドモードへと移行し、床面に転がる男性局員のアームドデバイス、ジャマダハル型のそれへと歩み寄る。 膝を突き、空いた左手を伸ばすティアナ。 デバイスに触れ、無言のままにその刃を見つめている。 「答えろ!」 「少し違うわね。正確には「第97管理外世界の人間」に知られると不味いのよ」 焦れたノーヴェの叫びに、極々自然な声を返すティアナ。 彼女の左手にはジャマダハルが握られている。 今更ながら、その刃が半ばまで赤く染まっている事に気付き、ギンガは自身の血の気が引いてゆく事を自覚した。 「貴方達、本気で・・・」 「御互い様だと思いますが。こちらは2人が死に掛けていますし、被害の度合いとしては向こうの方が小さい位でしょう」 「そんな事を言っているんじゃない!」 「そんな事? この結果を招いたのは貴女達ですよ。はっきり言いましょう。貴女達が邪魔さえしなければ、2人があの男を殺して終わりだった」 ギンガには最早、言葉も無い。 呆然とギンガを見つめるが、しかし問い詰めるべき事はまだ在ると、思考を切り替える。 ティアナ達が所持する物についてだ。 「「アーカイブ」とは、何なの」 「このコロニーのデータベースユニット、その中枢ハードウェアの事です」 言いつつ、ティアナはジャマダハルを傍らの局員へと手渡し、バリアジャケットのポケットから5cm程の正方形、厚さ2cm程のメディアデバイスを取り出した。 それをギンガ等に見せる様に手の中で弄び、再びポケットへと戻す。 「第97管理外世界の民間人4名が快く協力してくれました。アンヴィル暴走の混乱に乗じて、全てのユニットがランツクネヒトによって破壊される前に、1つだけ回収してくれた。本当に良いタイミングだった。 アクセスコードまで手に入ったのは、幸運としか云い様がありません」 快くとの言葉に、ギンガは寒気がした。 そんな筈はない。 第88民間旅客輸送船団の人員は、その殆どが後より合流した管理局員を強く警戒している。 そんな彼等の内4人が、どういった経緯でランツクネヒトと地球軍に対する背信行為に及んだのか、或いはそう誘導されたのか、少なくともギンガとしては考えたくもなかった。 また、アクセスコードの入手は幸運だったとティアナは言うが、実際にはそれすらも予定の内であった事は明らかだ。 そして、協力者の人数は4名と、ティアナは言った。 「あの死体・・・まさか!」 「ああ、死んだのね。あの衝撃で無傷で済むとは思わなかったけど」 何という事だ。 第3トラムステーションの待合所に散乱していた、あの4つの死体。 あれこそが、ティアナの言う協力者達の末路だったのだ。 「気の毒にね」 「抜け抜けと・・・っ! 初めから殺すつもりだったのだろうに!」 「いいえ、違うわ。初めは単に口止めと警告で済ませるつもりだったのだけれど、これの内容が予想以上だったものだから、そうもいかなくなってしまった。だから、眠らせてあそこに置いてきたのよ。 あの衝撃は想定外、本当はこのコロニーごと消える筈だった」 チンクが激昂するも、周囲の局員達は全く動じない。 信じられなかった。 非戦闘員を作戦に巻き込み、挙句の果てに「死なせる」つもりで放置したというのだ。 ギンガにはもう、眼前の人物が自身の知るティアナ・ランスターであるという、その確信が全く持てなかった。 しかしそれでも、彼女は気丈に問い掛ける。 「内容とは?」 「バイドの正体」 息が止まった。 見れば、スバルやノーヴェ等も、瞼を見開いてティアナを見つめている。 そして再度ティアナを見やれば、彼女は変わらず感情の抜け落ちた様な瞳でこちらを捉えていた。 紡がれる言葉。 「バイドは、異層次元生命体なんかじゃない」 意識を抉る根幹を抉る言葉に、ギンガの喉から小さな音が鳴る。 言葉は続く。 「そんな都合の良い存在じゃない。バイドは「質量兵器」だ」 脳裏へと鳴り響く警鐘。 覚悟も無しに、それ以上を聞いてはならない。 戻れなくなる。 もう2度と、同じ価値観には戻れなくなる。 「その「質量兵器」バイドを創造したのが」 駄目だ、聞くな。 戻れなくなる、全てが崩れる。 止めろ、黙れ、それ以上は喋るな。 全てを知るのは、全てが終わった後で良いのに。 なのに、もう。 「第97管理外世界「地球」よ」 もう、戻れない。 ギンガの中で砕け散る、1つの世界、それに対する全て。 印象も、情報も、侮蔑も、憧憬も。 全てが塵と消え、新たに再構築されてゆく。 そして、全てが変質した。 *  *  * 「異層次元から現れた未知の侵略性生命体なんて、何処にも居なかったのよ。初めから、居たのはたった1つだけ。彼等が・・・彼等の子孫が作り上げた最悪の質量兵器、唯1つだけ」 理解できない。 スバルの脳裏には、そんな事しか思い浮かばなかった。 ティアナの言葉は続いているものの、何を言っているのかすらおぼろげにしか解らない。 「26世紀の第97管理外世界は、外宇宙の「敵」と戦う為に強大な戦略級質量兵器を生み出した」 バイドは、第97管理外世界が創造した質量兵器だった? 馬鹿げている。 質量兵器が全次元世界を呑み込み、数億人を虐殺し、更に全てを喰らわんとしている? 有り得ない。 「自然天体に匹敵する大きさのフレームに内蔵された、星系内生態系破壊用兵器。一度発動すれば、効果範囲内に存在するあらゆる生命、意識体、情報集約体を喰らい尽くすまで、決して活動を止めない絶対生物。 局地限定破壊型質量兵器の到達点、それがバイドだった」 振動。 戦闘の余波が此処にまで届いている。 666とR戦闘機群の戦闘によるものか、それとも汚染されたアイギスと防衛艦隊の戦闘によるものか。 「26世紀の第97管理外世界は、これを敵勢力の中枢が存在する星系へと転移させて発動、敵勢力を殲滅する事を画策した。ところが、どんなミスか知らないけれど、間抜けな事にその質量兵器は彼等自身の星系で発動してしまったのよ」 全く理解できない。 26世紀だと? 地球軍は22世紀の第97管理外世界から現れた。 其処から更に400年もの未来に建造された質量兵器が、何故此処で出てくる? 「自らが創造した兵器の癖に、彼等は暴走したそれを滅ぼす術を持たなかった。彼等は自分達にさえ手の負えない化け物を、自らの手で創り上げてしまった」 信じられない。 現在から100年後の時点でさえ想像を絶する科学力を有しているというのに、更に遥か未来に創造された質量兵器。 その創造主達でさえ、自らが創り出した兵器を制御できなかった? 「それで・・・それで、どうなったんだ・・・ソイツらは?」 「捨てたのよ」 思わずといった様子で問うノーヴェ。 返すティアナの言葉は、またも想像を超えていた。 スバルも、呆然と声を吐き出す。 「捨てた、って・・・」 「そのままの意味。暴走開始から150時間後、彼等はその兵器の周辺空間を崩壊させて、異層次元の彼方へと葬り去った。少なくとも26世紀では、それで事態が決着したと考えたんでしょう」 「それが何で・・・」 4世紀も前の時代に。 その問いが放たれる前に、ティアナは答えを齎す。 「異層次元がどんな所かは知らないけれど、少なくとも単一存在が自らの存在確率を維持する事すら困難な環境らしい。そんな空間へと墜とされてなお、その兵器は機能を失わなかった。 課せられた目的を失い、手駒となる戦力を失い、機能中枢に刻まれた情報以外の一切を失ってもなお、それは発動時に攻撃目標として設定された星系および文明に対する殲滅を諦めはしなかった。 当然よね。自我なんか在りもしない、単なる戦略兵器だもの。創造主に施されたプログラム通り、作戦目標の達成かシステムの破壊、それ以外の理由で活動を停止する事は有り得ない」 「だから・・・何だというんだ? そいつが何故、22世紀に関係する」 チンクが問う。 ティアナは未だ、その疑問に答えていない。 「数十年、或いは数百年か。もしかすると数秒かもしれないし、数億年かもしれない。そもそも、私達の知る時間の概念と同一の現象が存在していたかすら怪しい。そんな中で、兵器は進化を繰り返した。 詳細なんて私には知る由もないけれど、少なくとも人間の脳で理解できる様な生易しい変貌ではないでしょうね」 ティアナの傍らに立つ局員が、指先でリストウォッチを軽く叩く。 彼女はそれを横目に見やり、軽く腕を振って移動を促した。 周囲の局員が歩きだす中、ティアナの言葉は続く。 「あらゆる存在を無へと帰す空間の中にあって、その兵器は逆に存在を創造し、空間を支配するまでに進化した。そして、遂には時間という概念すらも引き裂いて、既知の異層次元へと帰還を果たす。その先に存在したのが」 「まさか・・・!」 思わず、声が零れる。 それを聞き止めたか、ティアナは軽くスバルを見やった。 そして視線を戻し、告げる。 「22世紀・・・4世紀前の第97管理外世界よ」 誰も、言葉を返さない。 返すべき言葉が見付からない。 ティアナから齎された真実は、それ程までに衝撃的なものだった。 バイドは、正体不明の侵略性生命体などではない。 バイドとは紛う事なき人造生命体であり、それとの絶望的な戦いに明け暮れる第97管理外世界の未来に於いて建造された、戦略級質量兵器である。 創造主たる第97管理外世界の人間達により異層次元へと投棄されてなお、活動を停止する事なく異常な進化を遂げ、4世紀もの時を遡り過去の第97管理外世界へと現れた、悪魔の兵器。 完結している。 完結すべきである。 全てが第97管理外世界より始まり、そして第97管理外世界へと収束している。 バイドを創造したのも、バイドと交戦状態にあるのも第97管理外世界「地球」だ。 其処に他者を、他の世界を巻き込む事など在ってはならない。 その理由も無い筈だ。 だが、現実には次元世界全域がバイドと地球軍、2者間の戦争へと巻き込まれている。 其処には、選択の余地など無い。 一方的に、そして極めて理不尽に。 バイドと地球軍との闘争へと巻き込まれ、逃れる事のできない絶望の縁へと立たされているのだ。 「嗤えるでしょう? この戦いは全て「地球」の自業自得、因果応報よ。彼等は、遥かな未来に自らの子孫達が創り上げた兵器から、余りにも唐突で滑稽で絶望的な戦いを仕掛けられた。 未来からよ・・・過去の遺産っていうならいざ知らず、400年も先の未来から。こんな馬鹿げた話って無いわ。自分達が後世に残した負の遺産から兵器が生まれ、それがそのまま今の自分達に返ってきたのだもの。 今までに滅びた世界の記録は嫌というほど見てきたけれど、此処まで愚かで救い様の無い世界なんて見た事ないわ」 再び、振動が一帯を揺さ振る。 先程よりも衝撃が大きい。 戦域が近付いているのか。 「自分達の犯した失態の癖に、それへの対応の余波に次元世界まで巻き込んでいる。その事実を隠し、同じ被害者面を装って協調体制なんて嘯いていたのよ」 「それは、バイドが・・・」 「どっちから仕掛けたとしても同じ事よ。バイドを創ったのはあの世界なんだもの。それに・・・」 三度、振動。 ティアナは言葉を区切り、手振りでスバル達を促して歩き出す。 数瞬ほど遅れ、その後に続く5人。 すぐに飛翔魔法を使用しての移動に移り、通路を加速してゆく。 飛び込む念話。 現状では距離が離れると念話は使用できないが、ごく近距離ならば問題は無い。 『バイドは既に、無数の文明を滅ぼしている。第97管理外世界の存在する恒星系を内包したものに限らず、無数の銀河系や異層次元に存在していたあらゆる形態の文明、或いはそれに酷似した情報集約系を片端から汚染し、喰らい、同化してきたのよ』 『何でそんな事・・・目標は第97管理外世界なのでしょう?』 『ええ、ですからその下準備です。22世紀の第97管理外世界を確実に滅ぼす、唯それだけの為にバイドは、接触したあらゆる文明の全てを喰らってきたんです』 『じゃあ、まさか』 スバルの思考へと浮かんだのは、余りにもおぞましい推理。 この事態が引き起こされた理由、バイドの目的。 続くティアナの念話が、それが的を射たものである事を証明する。 『ランツクネヒトがアーカイブへと追加していた情報を解析した結果、西暦2169年に発動された第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」はバイドの物理的戦力を大きく削ぐ事には成功したけれど、作戦そのものは失敗に終わった事が判明しています。 バイド中枢の破壊は成らず、制御統括体として機能していたマザーバイド・セントラルボディの深々度異層次元投棄のみに止まったと。その際、バイドはR-9/0 RAGNAROK-ORIGINALの攻撃により、機能中枢部に重大な損傷を受けたと予測されている。 其処からランツクネヒトや地球軍が推測した、バイドによる次元世界侵攻の目的は・・・』 『新たな戦力の確保と中枢の修復・・・!』 『地球軍に邪魔されずに失われた戦力を再生産できる空間、それと更なる自己進化の為の新しい「餌」を求めて、ってところでしょうね。聖王のゆりかごや巨大なレリック、他にはアタシ達が遭遇した化け物も、バイドが次元世界で魔導技術を取り込んだ結果、より強化した上で複製されたものでしょう』 『ロストロギアまでか・・・』 前方、第5トラムステーションの表示が視界へと映り込む。 車両に乗り込む局員達の中には、先程の戦闘で銃撃を受けた2人の姿も在った。 他の局員に身体を支えられている事から推測するに、一命は取り留めたものの戦闘への復帰は絶望的だろう。 『まだ肝心の質問に答えてないッスよ』 唐突に割り込むウェンディの念話。 彼女の方を見やれば、未だ猜疑と敵意の滲む目がティアナを見据えていた。 念話は続く。 『それがどうして、協力者やアイツを殺さなきゃならない理由に繋がるんスか』 『解らないの?』 問い掛けに返されるティアナの念話は、接触後に初めて若干の感情を滲ませるものだった。 微かだが、苛立った様な感情の波。 念話から伝わるそれは、スバルを動揺させた。 ステーションの床面へと降り立ち、ティアナは口頭で以って言葉を繋げる。 「ランツクネヒトも地球軍も、バイドが第97管理外世界で建造された兵器であるという情報だけは取り分け厳重に隠匿していた。それだけ私達に知られたくなかったという事よ。何故だか解る?」 「・・・それを知った管理局・・・違うな、次元世界全てが第97管理外世界を危険視する。それを危惧していたって事か」 「次元世界に無数に存在する多種多様な文明の多くが敵に回るとなれば、如何に地球軍とはいえ唯では済まない。バイド建造の真実が私達に漏れたと彼等が知れば、それこそ生存者を抹殺してすら天体外部への情報漏洩を防ごうとするだろう。 だがコロニーのシステムが停止している以上、ランツクネヒトへの情報の伝達は直接的に接触しなくてはならない。それを避ける為に、お前達は彼等を始末しようと考えた訳か」 「半分正解、半分外れね」 車両へと乗り込む一同。 ドアが閉じられ、車両が発車する。 車両内に表示された行き先はA-14エリア第1トラムステーション。 「彼等は次元世界の敵対を懼れてなどいない。彼等がこの情報を隠匿する理由は2つ。現状での次元世界被災者による叛乱の防止と、後の手間を省く為」 「手間?」 車両を揺さ振る衝撃。 特に機能へと異状は生じていないが、小刻みな振動が途切れる事なく続く。 局員がウィンドウを開き、何事かを確認。 「彼等にとって地球文明圏以外の文明に対する認識とは、バイドに新たな戦力を与える「餌」というものでしかない。第97管理外世界と他文明圏の接触は、その全てがバイドによって汚染された敵性体群の地球文明圏侵攻、或いは遭遇戦という形でしか実現していない」 「・・・地球文明が他文明と接触する前に、その全てがバイドによって滅ぼされていたというの?」 「ええ、これまでは。ところが今回に限り、彼等は未だ健常な文明と接触してしまった。バイドにより完全に汚染される前の、文明圏としての機能を保ったままの世界と。 そしてランツクネヒトの連中は、合流した地球軍パイロット達から第17異層次元航行艦隊内部に於ける、今後の戦略概要を聞かされていました」 「内容は」 言葉を区切り、ティアナは息を吸う。 そして、沸き起こる何らかの感情を抑えているかの様な僅かに歪んだ表情で、その言葉を紡ぎ出した。 「当該異層次元に於ける汚染拡大は既に致命的な段階へと達しており、更に当該異層次元の規模と2165年の事例を鑑みるに、短期間の内に地球に対する重大な脅威と化す事は想像に難くない。 第88民間旅客輸送船団および資源採掘コロニーLV-220の捜索・救助完了、ヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦アロス・コン・レチェの発見・破壊を以って、即時当該異層次元の脱出作戦へと移行。 その後、司令部との通信が回復すれば増援と各種解析・研究機関の派遣を要請。通信回復失敗時は地球圏を含む通常3次元空間を除き、当該異層次元の破壊へと移行」 「破壊!?」 次元世界の破壊。 その言葉に、ギンガが声を上げる。 スバルは、声を出す事もできなかった。 それでもウェンディが、どうにか問い掛ける。 「破壊って・・・どうやって!」 「次元消去弾頭という兵器だそうよ。当然、これも質量兵器。数千発も使用すれば、ひとつの異層次元を完全に消滅させる事ができる。尤もバイドや地球軍の兵器みたいに、異層次元航行能力を有する存在に対しては全くの無力との事だけど」 「消滅・・・」 気が狂いそうだ。 想像すら付かない規模、概念での破壊。 地球軍は、そんな常軌を逸した破壊すらも可能なのか。 それでも、バイドを滅するには到らないのか。 「連中は地球というたった1つの文明圏を護る、唯それだけの為に次元世界を破壊するつもりよ。其処に存在する無数の文明の事、況してや其処に暮らす人々の事なんか考えもしない。自分達が全ての元凶の癖に、保身の為に他の全てを滅ぼそうとする」 スバルは気付いた。 ティアナの手、固く握られたその拳が震えている。 爪が肉に食い込んでいるのか、指の間には紅いものが滲んでいた。 「数億人・・・数億人も殺されている。まだまだ増えるでしょう。もしかすると外ではもう、その十倍以上も殺されているかもしれない。でもこのままでは、数十億どころか次元世界そのものが消されてしまう。それもバイドではなく、地球軍の手によって」 拳だけではない。 既にティアナの声は、先程までの無感情なものではなかった。 微かに震え、明らかな負の感情を滲ませる声。 「ねえ、信じられる? 文明なんて、無限に広がる宇宙や次元世界には、それこそ無数に存在しているのよ。万か、億か、それ以上か。なのにアイツ等は、その全てを一方的に自分達の戦いへと巻き込んで、しかも一方的に消し去る事ができる。 唐突に、理不尽によ。これまでに幾度もそれを実行してきた。それも全て、ただ自分達を護る為だけに。ふざけてる。許せるもんか。自分達で生み出して、自分達が戦って、自分達だけが死ねば良いものを。 何の関係も無い文明を片端から巻き込んでは滅ぼし、挙句の果てに生き残ろうと戦い続けている世界まで、自分達の都合だけで滅ぼそうとしている」 誰も、言葉を挟まない。 否、言葉を発する事ができない。 レールと車両間の摩擦音と怨念じみた言葉だけが、スバルの意識を埋め尽くす。 「アイツ等は人間なんかじゃない、ケダモノよ。自分達が生き残る為なら他の生命体、全てを殺し尽くす事も躊躇わない。そもそも躊躇う様な精神構造を持っていない。悪魔というのなら、アイツ等こそがそれだわ。 バイドなんかじゃない。アイツ等こそが最悪の悪魔よ」 悪魔とは、最悪の存在とは、バイドではない。 それを創り出し、それと戦い、自らをも含め悉くを破壊し、殺し尽くす存在。 最も非力な存在でありながら、最もおぞましい狂気を内包した存在。 あらゆる神秘と奇跡に見放されながら、あらゆる神秘と奇跡を科学で以って否定し蹂躙した存在。 尊われるべき概念を凌辱し、尊われるべき生命を喰らい、尊われるべき世界をも破壊する存在。 それが、それこそが。 「アイツ等・・・「地球人」こそが!」 警報。 瞬間的に我へと返り、車両内を見回す。 ウィンドウを開いていた局員が、焦燥した様子で忙しなく指を走らせていた。 同じく我へと返ったらしきティアナが、鋭く声を飛ばす。 「どうしたの!」 「解りません、車両のコントロールが急に・・・!」 『Error. Illegal override to the service program was done』 響き渡る人工音声のアナウンス。 その内容に、スバルは愕然とする。 そしてそれは、他の局員達も同様だったらしい。 「オーバーライド!? 何処から!」 「不明です! システムが回復していない上に、干渉は迂回に次ぐ迂回の上で行われています! ルート変更、A-00に戻っている!」 「アイツだ」 叫びにも似た声が次々に上がる中、スバルの意識へと飛び込む静かな声。 ノーヴェだ。 彼女は座席へと腰を下ろしたまま、鋭い視線で中空を見つめていた。 「アイツだよ。まだ生きてるんだ。アタシ達を逃がさないつもりだ」 「馬鹿げてる! 腹を貫かれているんだぞ、もう失血死していたっておかしくない!」 「そんな簡単に死ぬかよ。アイツ等、医療用のナノマシンを投与されてるんだろ? 治り切る事はなくても、止血位はすぐに済んでる筈さ」 「それに、向こうもこっち並みに必死な筈ッスからね」 ノーヴェの発言に、ウェンディが続く。 ティアナが視線も鋭く2人を見据え、ウェンディに続く言葉を促した。 「何が言いたいの」 「ちょっと訊くッスけど、さっきの地球軍の戦略、あれ知ってるのはランツクネヒトの全隊員なんスか?」 「・・・いいえ。指揮官のアフマド中佐を始めとした、数人といったところね。下部構成員はバイド建造に関する情報の隠匿を厳命されている程度よ」 「ならアイツは多分、今頃こう考えている筈ッスね。管理局の一部局員がバイドに関する情報を得て、その上で反乱を企てている。どうにかしてその事実を仲間達に伝えて、アーカイブが他の局員の手に渡る前に叛乱部隊を殲滅しなきゃならない。そりゃ必死にもなる訳ッス」 やがて、車両が減速を始める。 A-00エリア、管制区・第1トラムステーション、到着。 ティアナはウェンディの発言に対し言葉も返さぬまま、クロスミラージュを手にドアの傍へと立つ。 「サーチャーは?」 「駄目です、ジャミングが張られている。このエリアのシステムを限定的に回復、乗っ取られた様です」 「周囲警戒を怠らないで。生存者はA-05から12までのエリアに集結しているから、此処に居るのはあの男だけよ。確認の必要はない、目標と思しきものは全て撃って」 ドアが開き、局員達が車両外へと展開する。 ステーションに人影は無い。 変わらず響き続ける振動だけが、降車するスバルの聴覚に鈍い轟音となって届く。 「誰も居ない」 「サーチャーを接触式に変更、通路を索敵して。反応があれば・・・」 その時、ステーション内に警告音が流れた。 何時か耳にした音、緊急ではなく平時に聴いたそれ。 一体、何処で? 「ノーヴェ・・・この音って、確か・・・」 「・・・ヤバイ!」 咄嗟に振り返り、車両内に残る局員へと向かって叫ぶノーヴェ。 負傷者2名と、その治療に当たる1名の局員、計3名。 時間が無い。 あの警告音は、そして徐々に大きくなる鉄の擦れる異音は。 「トラムだ、逃げろッ!」 直後、減速すらせずにステーションへと侵入してきた車両が、停車中の車両へと激突した。 3人を乗せた車両は一瞬にして拉げ、その破片と火花が車両外の局員をも襲う。 反射的に頭部を庇った腕を引き裂いてゆく、無数の鉄片。 数秒ほど、全身を襲う衝撃と鼓膜を破らんばかりの轟音に耐え抜いた後、漸く腕を下ろし見開いた眼の先には、どちらの車両もレールさえも存在しなかった。 視界に映るのは破片と火花、そして天井面から噴き出す消火剤だけ。 車両及びレール、崩落。 『The accident occurred at the first tram station. The rescue team was called into action』 「・・・クソッ、やられた! 被害は!?」 「車両内の3人はバイタルが途絶えた! 受信距離が短くなっているんで断言はできないが、この・・・」 ティアナの問いに答える局員の言葉は、最後まで言い切られる事なく途切れた。 突然、彼の胸部が消し飛び、肩部より上が床面へと落ちたのだ。 腹部より下は未だバランスを保っており、一拍遅れて鮮血を噴き出しながら2・3歩よろめき、やがて倒れる。 そして、呆然とその様を見つめるスバルの眼前で、今度は別の局員の頭部が弾け飛んだ。 「銃撃だ!」 局員の叫び。 直後に、ステーション内部は再び弾け飛ぶ火花と鉄片に埋め尽くされ、金属を引き裂く耳障りな異音が何重にも響き渡る。 咄嗟にマッハキャリバーを用いて後退し、チンク、ノーヴェと共に待合所の陰へと身を隠したスバルは、この状況が何によって引き起こされているかを理解していた。 壁面の向こうより構造物を容易く貫き飛来する無数の銃弾、バリアジャケットを容易く貫く程の高速で破壊された構造物の破片を飛散させるそれ。 「ガウスライフルだ!」 「遮蔽物諸共に撃ち抜くか! やはり過剰火力ではないか!」 スバルに続き叫ぶチンク。 余りの攻撃の激しさに、まるで身動きが取れない。 弾体のみならば隙を突いて移動する事もできたかもしれないが、其処に飛散する構造物の破片が加わっただけで全ての動きが封じられてしまう。 壁面構造物は然程に強度が無く、弾体通過時に撒き散らされる衝撃波によって粉砕され、銃弾さながらに飛散するのだ。 こうなると、もはや弾幕と何ら変わりない。 破片は防御の薄い箇所を抜くには十分な速度を有しており、更に弾体そのものに到っては構造物越しにも拘らず易々とバリアジャケットを貫く程。 しかも突撃小銃なみの発射速度で継続射撃されている為、待合所の陰から顔を出す事もできない。 それでも何とかギンガやウェンディ、ティアナ達の安否を確認しようと僅かに顔の右半分を覗かせると、忽ち額の皮膚が引き裂かれ、更に右耳が半ばから縦に切断された。 「ぅあぁぁッ!」 「畜生、引っ込めッ!」 反射的に顔を背け、額と耳を押さえつつ再度に身を隠す。 襲い来る激痛に声を漏らし、歯を食い縛るスバル。 蹲り足下へと向けられた視線の先、切断された右耳の一部が鮮血に濡れて落ちていた。 「スバル・・・!」 「・・・大丈夫」 息を呑むチンクとノーヴェへと無理矢理に声を返し、何とか痛みを堪えつつ耳を澄ませる。 何時の間にか破壊音は止み、周囲には構造物の破片が落ちた際の微かな金属音のみが響いていた。 銃撃、停止。 「・・・おい、止んだぞ」 「分かってる。ギン姉達は何処?」 先程以上に警戒しつつ再度、顔を覗かせる。 こんな時にセインが居れば良いのだが、彼女のISは直接戦闘に向かない上、彼女自身も戦闘能力に秀でている訳ではないので、今は生存者の誘導に当たっていた。 無い物強請りである事を自覚しつつも、スバルは舌打ちせずにはいられない。 あのガウスライフルに狙われている事を知りつつ、それでも射界に身体を曝す事は御世辞にも良い気分とは云えないのだ。 そうして、スバルは破壊され尽くしたステーション内の光景を、余す処なく視界へと捉える。 「どうだ?」 「・・・酷い」 ノーヴェの問いに対し、スバルはそう答える以外に言葉が浮かばなかった。 ステーションは最早、元の様相を留めてはいない。 壁面には拳大の穴が無数に穿たれ、周囲の壁面構造物は根こそぎ剥がれてステーションの其処彼処に散乱している。 そして、散乱する無数の赤い塊。 「・・・何人やられた?」 「分からない・・・みんなバラバラに・・・待って」 構造物の破片に混ざり散乱する、人間にしては小さ過ぎる幾つもの肉塊。 その向こう、トラムチューブ内メンテナンス通路へと降りる為の階段が設置されている箇所に、ギンガとウェンディ、その他数名の姿が在った。 向こうもこちらに気付いたのか、ギンガが手振りで人数を伝えてくる。 「トラムチューブに8人、ギン姉にウェンディ、ティアナも居るって」 スバルは視線を動かし、次いで其処彼処に散乱する肉塊へと視線を移した。 思わず逸らされそうになる視線を無理やりに固定し、肉塊に付着する衣服の残滓、或いはそれらの間に転がるデバイスを探す。 漸く見付けた幾つかのデバイスは、そのどれもが酷く破損していた。 「・・・今のところ、私達も含めて生存者は11名」 「という事は8名が死亡、若しくは生死不明か」 チンクと言葉を交わす間にノーヴェが待機所の陰から顔を出し、すぐに手で口許を覆って頭を引き戻す。 その顔は見る間に酷く青ざめ、手は小刻みに震えていた。 苛烈な性格とは裏腹に、彼女の精神は繊細だ。 スバルもそれは良く解っていた為、チンクと軽く視線を交わすと再度、彼女自身が陰から顔を覗かせる。 丁度その瞬間、スバルの足下から響く鈍い金属音。 「え?」 戦闘機人特有の反射速度にて、足下へと視線を落としたスバルの目に、奇妙な物が映り込む。 それは床面にて反射し、後方へと弾んで行く小さな円筒形の物体、総数3。 かなりの勢いで弾んだそれらは、更にその先の壁面へと衝突して跳ね返り、まるで意思が在るかの如く宙を舞ってスバル達の頭上へと落下してくる。 スバルの脳裏を過ぎるのは、訓練校での座学で学んだ質量兵器の歴史。 「グレネード!」 叫び、待合所の陰から飛び出す。 視界の端には同じく飛び出したノーヴェと、彼女に抱えられたチンクの姿も在る。 直後、背後から膨大な熱量と、脊椎を粉砕せんばかりの衝撃が襲い掛かった。 「がぁッ!」 一瞬にして身体が制御を失い、マッハキャリバーによる加速を遥かに超えた速度で壁面が迫り来る。 スバルはそのまま、真正面から壁面へと衝突した。 咄嗟に顔を庇った腕を中心に衝撃が全身を打ちのめし、そのまま仰向けに床面へと倒れ込む。 ぼやける視界の中、鉄の臭いが嗅覚を侵し始めた。 打ち付けた鼻から、そして頭部から血が出ているのだ。 「う・・・」 呻き、身を起こそうと試みるスバル。 だが、身体が動かない。 全身が軋みを上げ、力を込める事ができないのだ。 そんなスバルの視界へと、ガウスライフルの銃撃によって壁面に穿たれた穴から飛び出す、数発のグレネード弾が映り込む。 弾体の軌跡を目で追えば、榴弾は次々に床面で兆弾、その勢いを保ったまま天井面から壁面へと、縦横無尽に空間を跳ね回るではないか。 唖然とするスバルの眼前で、榴弾は複数の角度からトラムチューブの方向へと跳ね、全弾が狙ったかの様にメンテナンス通路へと向けて落下してゆく。 其処で漸く、彼女は気付いた。 インテリジェント砲弾。 状況に応じて誘導方式を能動的に選択し、自己を正確に目標へと到達させる機能を持つ砲爆弾。 まさか魔法でもない質量兵器、それも個人携行火器の弾薬にその機能が備わっていようとは、夢にも思わなかった。 グレネード弾の反射は受動的なものではなく、榴弾自体の制御下に置かれた運動だったのだ。 「逃げ・・・」 辛うじて振り絞った声が発し切られる前に、メンテナンス通路から複数の叫び声が響く。 次いで、爆発。 爆発の瞬間に撒き散らされる無数の小さな破片と、それによって引き裂かれてゆく周囲の構造物。 恐るべき威力だ。 ギンガやティアナの無事を祈りつつも、スバルはあれを受けた自身の背中がどうなっているのかを想像し、其処で全身の感覚が薄れてきている事に気付いた。 不味い。 どうやら自身が思っていた以上に、負傷の度合いは酷い様だ。 四肢の末端が冷えてゆく感覚は、大量の出血によるものか。 可能な限り早く治療を受けねば、このまま失血死してしまうだろう。 「・・・誰か・・・手を貸してくれ! 誰か!」 そんなスバルの思考は、突如として意識へ飛び込んできた叫びによって中断された。 朦朧とする思考のまま、声の方向へと首を巡らせる。 どうにか動かした視線の先には、倒れ伏すノーヴェを引き摺るチンクの姿。 だが、どうにも様子がおかしい。 「誰か・・・誰か居ないか! 返事をしてくれ!」 チンクに引き摺られるノーヴェの両脚は、膝から先が無かった。 傷口から零れ出る血液が、床面に血溜まりを作っている。 更に全身を破片に切り刻まれたのか、スーツの其処彼処が破れ、その下から覗く皮膚は深く抉られていた。 スバルと同様、彼女も重大な傷を負っているのだ。 チンクはそんな彼女の左手を右手で掴んでいるが、何故かその身体を背負う事はしていない。 良く見れば、彼女には左腕が無かった。 それだけではない。 両脚の脹脛は引き裂かれて筋組織が剥き出しとなっており、やっとの事で立っている状態だ。 そして何よりも、チンクはその唯一残されていた左眼の位置から、夥しい量の血を溢し続けていた。 更に良く凝視すれば、何と左眼周辺からその下部に掛けての皮膚組織、そして骨格が根こそぎ失われているではないか。 頬骨が抉られ、内部組織が零れ出しているのだ。 どうやら榴弾が炸裂した際、スバルより僅かに退避の遅れた2人は、至近距離から破片を浴びてしまったらしい。 恐らくは、聴覚も機能を破壊されているのだろう。 何事かを呟くノーヴェに気付かないまま、掠れる声で周囲の返事を求めつつ、チンクは覚束ない足取りで歩き続ける。 彼女の向かう先には、破壊された壁面以外には何も無い。 だが彼女には、それを知る術が無いのだ。 「チンク姉・・・も・・・良い、から・・・逃げ・・・」 「誰も居ないのか!? ノーヴェが、ノーヴェが負傷しているんだ!」 溢れ返る血液が気道に流れ込むのか、チンクの声には無数の泡が弾ける様な音が混じっていた。 余りにも凄惨な光景に、スバルは自身の負傷さえも忘れて立ち上がろうとする。 何とかうつ伏せになり、背中の感覚が一切無い事に冷たいものを覚えながらも、床面に手を突いて力を込めた。 四肢が震え、ただ立つだけの事であるにも拘らず、内臓を締め付けられるかの様な感覚が彼女を襲う。 それでも、ノーヴェを救わんと歩き続けるチンクの姿を視界へと捉えながら、遂にスバルは立ち上がる事に成功した。 ふらつく身体を何とか支えながら、チンクに手を貸すべく歩み出す。 その時、引き摺られつつも周囲を見やっていたノーヴェの顔が、丁度スバルの方向へと向いた。 「スバル・・・!」 「ノーヴェ・・・待ってて・・・すぐに・・・」 「頼む・・・チンク姉を・・・このままじゃ・・・」 言われずとも解っている。 今のチンクは、視覚も聴覚も奪われているのだ。 恐らくはすぐ其処に居るにも拘らず、反応の無い事からノーヴェの状態を推測したのだろう。 事実、ノーヴェは動ける様な状態ではない。 だがチンクとて到底、無事とは云えない状態だ。 念話を用いている様子もない事から、肉体的な負傷だけでなく意識の保持すらも危ういのだろう。 スバルは遅々とした、しかし僅かにチンクを上回る歩行速度で、徐々に距離を詰めていった。 「チンク」 「誰か・・・」 そうして傍らへと辿り着き、名を呼びつつ左手を伸ばしてその肩を掴もうとする。 指先が触れた瞬間、チンクは目に見えて身体を震わせた。 スバルも一瞬、反射的に手を引いたものの、再度すぐに腕を伸ばす。 チンクの身体を支え、そのまま3人で物陰へと退避する為だ。 そして左手が、チンクの右肩へと置かれる。 次の瞬間、スバルの視界の中から、彼女の左腕が消え去った。 「あ・・・え・・・?」 呆然と、スバルは自身の左腕が在った空間を見つめる。 今はもう、其処には何も無い。 解れた筋組織と僅かな機械部品の残骸だけが、残る肩部から垂れ下がっている。 そして一拍遅れて、大量の血液が噴き出した。 スバルは悲鳴も上げない。 否、上げられない。 自身の腕が吹き飛んだという事実よりも、その先にある光景こそがスバルの意識を捉えて離さなかった。 「チンク姉・・・?」 呆然と放たれた、ノーヴェの声。 恐らくは、目前の光景が信じられないのだろう。 スバルにとっても、それは同様だ。 今は失われた腕、その先に佇んでいたチンク。 彼女の一部もまた、スバルの左腕同様に消し飛んでいた。 呆然とその姿を見やるスバルの眼前で、チンクの小柄な身体がバランスを失い倒れ込んでゆく。 数秒前よりも、明らかに小さくなった身体。 在るべきものが無い、不格好な身体。 「嘘・・・」 「頭部」と「右半身」の無い「チンクだったもの」。 「チンク・・・」 「チンク姉ぇッ!」 余りにも軽い音と共に、その肉塊は床面へと叩き付けられた。 断面から血液が溢れ出し、周囲を赤く染めてゆく。 絶叫と共に、ノーヴェが激しく身を捩りながら、残されたチンクの肉体へと縋り付いた。 半狂乱にチンクの名を呼び続ける彼女の身体は、脚のみならず腰部までもが大きく抉られている。 チンクの身体とスバルの左腕を粉砕した数発の銃弾が、そのまま倒れ伏すノーヴェの身体をも穿ったのだろう。 叫びつつチンクの身体を揺さ振る度に、ノーヴェの腰部からも大量の血が溢れ出す。 既に彼女の上半身と下半身は、僅かに残った左側面の体組織によって辛うじて繋がっている状態だ。 「やだよ・・・やだよチンク姉ぇっ! 死んじゃやだ・・・死んじゃやだよう・・・」 チンクだった肉塊を腕の中に抱き止め、泣き叫ぶノーヴェ。 そんな彼女を前にスバルは、無くなった左腕を掻き抱く様にして、微かに震えていた。 恐怖による震えではない。 抑え切れぬ感情の波、彼女を内側より突き破らんとする激情からの震え。 何故、どうしてこんな事になった。 こんな事、余りに残酷すぎる。 何故、チンクは死ななければならなかった。 車両内に残った3人は、壁面ごと撃ち抜かれた7人は。 彼等は何故、同じ人間に殺されなければならなかったのだ。 共通の敵、絶対的な力を有する悪夢が其処に在るというのに、何故。 「あ・・・ああ・・・!」 震えは秒を追う毎に強まり、遂にスバルは膝から崩れ落ちる。 追い詰められた身体、追い詰められた精神。 もう、立っている事すらできなかった。 「誰か・・・!」 未だ泣き叫ぶノーヴェへと覆い被さる様にして、スバルは震える声を絞り出す。 今の彼女には、地球軍やランツクネヒト、次元世界全体の事を思考する余裕など無かった。 残酷な現実に折れた心の中、残されたのはたったひとつの強迫観念。 救わねばならない。 目の前の彼女、同じ遺伝子を持つ姉妹を救わねばならない。 それを為そうとし、しかし叶わずに逝ってしまった彼女の姉に代わり、自身が彼女を護らねばならない。 でも、不可能。 左腕が無い。 脚も動かない。 圧倒的に血が足りない。 心臓の鼓動さえも、何時止まるとも知れない。 だから、叫ぶのだ。 「助けて・・・ギン姉・・・ティア、ウェンディ! ノーヴェが・・・ノーヴェが死んじゃう! 死んじゃうよおっ!」 血を吐きつつ、スバルは叫ぶ。 様子見か、新たに壁面を貫通してくるガウスライフルの銃弾。 それが残る右腕を吹き飛ばしてもなお、その叫びは破壊されたステーション内に響き続けていた。 *  *  * 「どけ」 「いいえ、断るわ」 短い問答の後、ウェンディは躊躇う事なく、ライディングボードの砲口をティアナの眼前へと突き付けた。 だが、ティアナは動じない。 変わらぬ無表情のまま、クロスミラージュを持つ手を動かす事もなく佇んでいる。 「これで最後。どけ」 「もう一度言うわ。チンクは死んだ。戻っても意味は無い」 途端、ボードの砲口に魔力が宿った。 脅しではない。 ウェンディは本気で、眼前に立つティアナを殺すつもりだった。 だが直後、砲口とティアナの間に影が割り込む。 ギンガだ。 「止めなさい、ウェンディ! ティアナ、貴女どうしてしまったの? スバルとノーヴェは、まだ生きているのよ!?」 言いつつ、彼女はティアナへと詰め寄る。 そう、チンクがランツクネヒト隊員により殺害された事は、先程まで聞こえていた助けを求める声とバイタルが途絶えた事で判った。 だがスバルとノーヴェについては、未だそのバイタルは健在なのだ。 2人は、まだ生きている。 にも拘らずティアナは、2人の救出、それ自体が無駄な行為であると言い切ったのだ。 その言葉に、ウェンディは激昂した。 ふざけるなと一喝、ボードを手に立ち上がる。 そんな彼女の前に、ティアナが立ち塞がった。 その結果が先の問答である。 「無駄ッスよ、ギン姉。ソイツはもう、アンタやアタシの知ってるティアナじゃないッス」 いつもの口調で吐き捨てると、ウェンディは2人の傍らを擦り抜けてボードを浮かべた。 ボードの上へと飛び乗り、推力を引き上げんとする。 そんな彼女の背後から、思わぬ言葉が投げ掛けられた。 「あの2人はもう、私達の知ってるスバルとノーヴェじゃない」 瞬間、ウェンディはボード制御に関する、全ての情報をキャンセルした。 床面から50cmほど浮かび上がったボードの上に立ったまま、背後のティアナへと振り返る。 視界にはティアナの後姿、そして彼女を見やる驚愕の表情を浮かべたギンガが映り込んだ。 「ランツクネヒトが用意した新しい身体に、2人の脳髄が移植された事は知っているでしょう」 「・・・勿論」 知っている。 知らない筈がない。 それを聞いた時の衝撃は、今でも鮮明に思い出せる。 2人は誕生から慣れ親しんだ身体を、永遠に失ったのだ。 「2人の体組織から培養された生体ユニットが、無人のR戦闘機に搭載されている事は」 「知っているわ。それが?」 「それですよ、ギンガさん」 途端、全身が冷え切ってゆく様な感覚が、ウェンディを襲う。 脳裏に浮かぶ、最悪の予想。 そんな事はない、と否定しながらも、それで辻褄が合うと冷静に指摘する理性。 そして遂に、ウェンディが最も望まなかった答えが、ティアナから齎される。 「あの2体の身体に移植されたのは、オリジナルの脳内情報を転写された培養体。オリジナルの2人の脳髄は、あの身体に移植されていない」 周囲の全てが冷え切ってゆく。 そんな錯覚が、ウェンディを侵食していた。 ボードの高度が徐々に下がり、床面に接触する。 ウェンディは覚束ない足取りでボードを降り、ゆっくりとティアナへと歩み寄った。 「なら・・・それなら・・・」 震える両の腕を伸ばし、ティアナの肩を掴む。 力加減など考えもしなかったが、ティアナは特に反応を見せない。 冷たい瞳だけが、ウェンディを真正面から見据えている。 「2人は、何処に・・・?」 答えはすぐに齎された。 同じく、最も望まなかった、最悪の真実。 スバルを、ノーヴェを。 そして、最後まで2人を護ろうとして命を落としたチンク。 3人の命と尊厳を踏み躙り、徹底的に侮辱する事実。 「「TL-2B2 HYLLOS」「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」・・・それが、スバルとノーヴェの「移植先」よ」 トラムチューブ内に響く、泣き叫ぶ声と助けを求める声。 それらの声を聞き留めながらも、ウェンディは動く事ができなかった。 ギンガを、ティアナを、そして自分を呼ぶ声に、応える事ができない。 「初めから、2人を返すつもりなんて無かったのよ。オリジナルを生体ユニットに加工し、私達にはオリジナルを模したコピーを返す。本当の事は、ランツクネヒトの上層部だけが知っていた。あの2体は情報収集ユニットとしての機能を担っていたのよ。 念入りにも、通信を用いて情報を転送するのではなく、回収して情報を吸い出すタイプのね。こうして逸れる事ができたのは幸運だったわ。さっきは2体が居たから、この事を貴女達に伝える事もできなかった」 そう言うとティアナはウェンディの手を払い、トラムチューブの奥へと向かうべく歩を進める。 その左肩は、鮮血に塗れていた。 先程トラムチューブに落下してきた、榴弾の炸裂による負傷だ。 彼女だけではない。 ウェンディもギンガも、そして他の5人も。 皆が皆、少なからず傷を負っていた。 「とにかく一旦、此処を離れましょう。向こうは私達を此処から逃がす訳にはいかないけれど、それは私達も同じ。体勢を立て直して砲撃戦を仕掛ける。壁ごと撃ち抜くのは、何も奴らだけの・・・」 「ティアナ」 と、ティアナの言葉を遮る、ギンガの声。 見れば彼女は、左腕のリボルバーナックルに右手を添え、ステーションの方向を見据えていた。 チューブ内には未だ2つの声が響いており、次いで悲鳴の様な叫びが上がる。 「私は、あの2人を助けに行く」 毅然と放たれたその言葉に、ウェンディは自身の心が揺さ振られた事を感じ取った。 決然としたギンガの声には、懼れなど微塵として滲んでいない。 その目には、迷いなど欠片も浮かんではいない。 「正気ですか、ナカジマ陸曹」 感情のまるで感じられない、冷たく無機質な声。 ティアナだ。 そちらを見やれば、彼女は足を止め、しかし振り返る事なく佇んでいた。 「あれはスバルでもノーヴェでもない、単なるランツクネヒトと地球軍の情報収集ユニットですよ。それを理解した上で言っているんですか」 「本物かどうか、なんてのは問題じゃないわ。あの2人は、自分の事をスバル、そしてノーヴェだと信じ切っている。ある意味、間違ってはいないと思わない?」 「あれを救い出すつもりですか? 馬鹿げてる。人間でも、戦闘機人でもないのに」 「彼女達は私達と同じ遺伝子を基に生み出された、言うなれば姉妹よ。どんな目的があって生み出されたのかなんて、どうでも良い。助け出して、ランツクネヒトの呪縛から解放する。スバルもきっと同じ事を望むわ」 そう言い切ると、ギンガはステーションへと向かい歩み始める。 数秒ほどその姿を見つめていたウェンディだったが、すぐにボードへと飛び乗り、その後を追い始めた。 その背後から掛けられる、ティアナの声。 「その選択がどれだけの危険を孕んでいるか、本当に理解しているんですか!? あれはランツクネヒトが送り込んだ生物兵器なんですよ!」 ギンガは答えない。 ウェンディはその背を視界へと捉えつつ、同じく振り向かずに歩を進める。 再度、掛けられる声。 「勝手にすれば良いわ! スバルとノーヴェは私が救い出す! 偽物なんかじゃない、本物を救ってみせる!」 そんな声を背に受けつつ、ウェンディは加速し前方を行くギンガへと追い付き、その僅か前方へと位置する。 ギンガの瞳は既に、戦闘機人の証である金色の光を帯びていた。 彼女は微かにウェンディへと視線を向けると、静かに語り掛けてくる。 「貴女は、これで良かったの?」 「水臭いッスよ、アタシ達はみんな姉妹みたいなモンじゃないッスか。其処に新しい妹が2人ばかり増えるだけッス。それに」 前方、薄らとステーションの明かりが見えてきた。 2つの声は未だ響き続けていたが、その勢いは随分と弱まってきている。 急がなければ、危ない。 「チンク姉だって、そう言うに決まってるッス。お姉ちゃんの意思も酌めない妹じゃ、くたばった時に合わせる顔が無いッスよ」 震えそうになる声を、明るい声で無理矢理に誤魔化す。 滲む視界。 拳を瞼に当て、乱暴に水分を拭い去る。 チンクは、あの小さな身体の、しかし何時だって姉妹達の事を考えていてくれた姉は、もう何処にも居ないのだ。 「ウェンディ!」 ギンガが、鋭く声を発した。 もう一度、瞼の上を拭い、ウェンディは瞠目する。 前方のステーション下、トラムチューブの中央に、潰れて落下した車両の残骸が燃え盛っていた。 その少し先、ステーションから零れ落ちる大量の火花に照らし出され、見慣れたデバイスが転がっている。 「・・・ッ! 急ぐッスよ!」 リボルバーナックルだ。 それを装着した腕部そのものが、血塗れとなって転がっていた。 先程の悲鳴はこれか。 ボードの角度を吊り上げ、上昇に移る。 一息にステーションへと到達すると見せ掛け、直前で反転し降下。 直後、眼前に火花と鉄片の壁が出現する。 ガウスライフルによる銃撃、陽動による回避成功。 その隙を突いて展開されたウイングロードの上を、ギンガが一瞬にして駆け抜ける。 銃撃の火線が後を追うも、最高速度にまで達したギンガを捉えるには至らず、飛散する壁面構造物の破片が背の一部を切り裂くに留まっていた。 だからといってこのままでは、遠からず直撃弾が出る事は明らかだ。 しかし、既に策は成っていた。 「アタシを忘れてたのが・・・」 ウェンディ、空中でボードに手を添え上下を反転、そのままの勢いで着地しつつ砲撃態勢へ。 戦闘機人の有する強靭な耐久力で以って衝撃を耐え抜き、既に魔力集束を開始したボードの砲口を頭上のトラムチューブ壁面へと向ける。 ガウスライフルの射撃点は既に、ギンガを追う火線の射角変化から割り出されていた。 視界へと表示される目標に照準を合わせ、集束値が臨界を迎えた事を知らせる表示の点滅と同時。 「運の尽きッスよ!」 ウェンディは一切の躊躇い無く、集束砲撃を放った。 砲撃が壁面へと突き立ち、次いで壁面内部で起こった魔力爆発が周囲の構造物を消し飛ばす。 それを最後まで見届ける事なく、ウェンディは更に6回の簡易砲撃を放ち、ボードへと飛び乗り加速、スバルの右腕を回収しつつステーションへの上昇に移った。 この砲撃でランツクネヒト隊員を無力化できたとは考えていないが、しかし少なくとも同じ地点からの射撃継続は不可能だろう。 そうしてステーションへと到ったウェンディの視界に、余りに凄惨な姿となったスバルとノーヴェ、その2人を庇う様に抱え込むギンガの姿が映り込んだ。 3人の傍らには、自身のそれと同様のスーツを纏った小さな、頭部と右半身の無い死体。 それが誰のものであるかを理解し、ウェンディの胸中へと言葉にならない感情が込み上げるが、それを無理矢理に押し込める。 そんな彼女へと、ギンガは焦燥を隠そうともせずに言い放った。 「出血が激しすぎる! すぐに医療施設へ運ばないと!」 その言葉に、既に意識を失ったらしきスバルとノーヴェの全身を見やれば、2人は全身を切り裂かれた上、スバルは両腕、ノーヴェは両脚が吹き飛んでいるではないか。 更に、無数の鉄片が背面へと食い込んでおり、深く抉れている箇所も10箇所以上あった。 戦闘機人でなければ、疾うに死亡していただろう。 「A-04だ! あそこなら医療ポッドが在る!」 口調を取り繕う余裕すら無く、ウェンディは叫ぶ。 ギンガがスバルとその右腕を、ウェンディがノーヴェを抱え上げると、数瞬ほどチンクの遺体を前に躊躇し、しかし軽く目を伏せて別れの言葉を呟くと、A-04エリアへと向かう為に視線を引き剥がした。 その、直後。 「な、あッ!?」 巨大な衝撃が、周囲の全てを揺るがした。 立つ事はおろか、その場に留まる事すらできない程の衝撃。 まるで至近距離で爆発が起きたかの様なそれに、ウェンディ達は為す術もなく弾き飛ばされ、幾度となく壁面へ床面へと身体を打ち付けられた。 そんな中でもウェンディは、腕の中のノーヴェを必死に庇い続ける。 発動した防音障壁越しにも届く、鼓膜を引き裂かんばかりの轟音。 それが響き続ける中、辛うじて数瞬ほど見開かれた眼。 その視界には大量の火花と、巨大な黒々とした何かが眼前の構造物を引き裂いてゆく光景が映り込む。 直後、全身を襲う浮遊感。 落下している。 数秒ほどそれが続いた後、ノーヴェを抱えたまま衝撃に身構えていたウェンディの身体を、誰かが抱き止めた。 落下速度が減速している。 見開いた瞼の先には、こちらを見下ろす血に塗れたギンガの顔。 「ウェンディ・・・無事?」 「・・・助かったッス、ギン姉」 漸く、構造物に足が着いた。 腕の中にノーヴェの姿が在る事を確かめ、ウェンディは周囲を見回す。 振動が絶え間なく続いており、何処かで爆発が連続的に発生している事が窺えた。 傍らには、スバルを抱えたギンガの姿も在る。 どうやら右腕1本で、落下するウェンディを受け止めたらしい。 近くに落下していたのか、少々破損したライディングボードも見付かった。 だが、それらよりも、ウェンディの意識を引き付けたもの。 「何スか、これ・・・」 高さ数百mにも亘って構造物が崩落した、広大な空間。 粉塵に埋め尽くされているものの、僅か20秒程度で出現したとは信じられない程に広大な其処は、其処彼処に燃え盛る炎の光が粉塵に反射し、不気味に薄く照らし出されていた。 何もかもが崩壊した、元が技術の粋を集めて建造された施設とは到底信じられぬ、破壊の痕跡のみに支配された空間。 その中、ウェンディ達の前方100m程の地点に、壁が在った。 禍々しい、黒々とした壁。 周囲の全てが凄絶なまでに破壊されている中、その壁だけは損傷といった損傷も無く、この空間に於いては明らかな異常として存在していた。 呆然とその壁を見つめるウェンディに、ギンガから声が掛けられる。 「ねぇ、あれ・・・」 その声に振り返れば、ギンガは正体不明の壁、その一部を指し示していた。 指の先を辿るも、それ以外に注目すべきものは見付からない。 どうにも解らず、もう一度ギンガを見やると、彼女は何処か呆然と告げた。 「あれ・・・戦艦じゃ・・・」 ノーヴェをそっと足下に横たえ、ウェンディはライディングボードの許へ走る。 ボードを手に取り、数発の直射弾を頭上へと発射。 弾速を落とし、多少に過剰なまでの魔力を供給されたそれは、桜色の光で辺りを照らしつつ上昇してゆく。 余りに巨大過ぎて気付かなかったが、数十mもの大きさを持つミサイル格納部らしきハッチが直線上に並び、遥か頭上にまで連なっていた。 光源である直射弾の周囲を拡大表示すると、100m近い長大な砲身が2つ連なった砲塔が2基、闇の中に轟然と浮かび上がる。 艦体は更に続いている様だが、その先はコロニーの構造物に埋もれて確認できなかった。 間違いない、これは戦艦だ。 だが何故、そんなものがコロニーに突っ込んできたのだ。 この戦艦は、何処の勢力に属するものなのか? 「ギン姉、この戦艦って・・・」 「入りましょう、ウェンディ」 こちらの問い掛けを遮る様に放たれた言葉に、ウェンディは暫し呆然とした。 だが、その間にもギンガは、スバルとノーヴェを抱えて戦艦へと歩み寄る。 スバルの右腕から回収したのか、ギンガのそれには右手用のリボルバーナックルが装着されていた。 そんなギンガの行動に戸惑いつつも、ウェンディは再度に問いを発する。 「何の為に?」 「これを迂回してA-04まで行くのは無理よ。だけど、これだけ巨大な艦なら医療施設も有している筈。私達が目指すのはそれよ」 「・・・けど! 突っ込んできたって事は、間違いなくコイツも汚染されてるッスよ!?」 「だから?」 立ち止まり、不敵に声を返すギンガ。 こちらへと振り返った彼女の眼は、試す様にウェンディを見据えていた。 思わず息を呑むと、彼女は決意に満ちた声で続ける。 「この娘達を救う為なら、その程度の危険なんかどうでも良いわ。此処で何もしなければ、2人が死んでゆく様を見ている事しかできない。そんなのは御免よ。それに・・・」 ギンガ、ウイングロード展開。 紫の魔力光を放つ道が、緩やかなループを描きつつ遥か上空へと続いている。 2・3度、ブリッツキャリバーの調子を確かめる様にローラーを鳴らし、ギンガは言い放った。 「人間と殺し合うより、バイドと殴り合う方が余程やり易いわ」 途端、彼女はブリッツキャリバーから火花を散らしつつ、空中へと駆け出す。 ウェンディは数瞬ほど躊躇い、次いで息を吐くと頭上を仰ぎ見た。 そして額に手を当て、握り拳を作ると少々強めに頭を小突く。 ボードを倒し、その上へと飛び乗って加速、上昇角を吊り上げてギンガの後を追い始めた。 推力を上げ、更に加速を掛ける前に一言。 「ああもう、畜生! 今日は人生最悪の日ッスよ!」 紫と桜色の光が、破壊に彩られた闇を切り裂く。 絡み合う様に上昇してゆく2条の光に焦燥はあれど、絶望の色は微塵も存在しなかった。

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