【4】戦域攻勢作戦計画4101号 JUGGERNAUT 後半
コスナー作戦
《艦隊が運河に進入する。無事通過できるよう連合艦隊を護衛しろ ミスは許されないぞ!》
AWACSの激を受けて、周辺空域で制空任務に当たっていた各隊の緊張は更に高まった。
確かに狭い水路で行動の制約される水上部隊など、トロいわデカいわでいい的でしかない。
《艦長ウィーカー 全乗組員 聞け ただし手は止めるな。制空権は上空の戦闘機が確保する 我々は前を見て突破するぞ!》
出来る限り艦隊から遠くでベルカの攻撃隊を撃退するために、はやて達マジシャン隊は編隊を維持していた。
ロングレンジのXLAAとSAAMを主体とした遠距離攻撃は、効率的に迫ってくるベルカ機を撃墜し、
マジシャン隊は所定の目標を達成しつつあった。
だが、実戦経験の浅い部隊がベルカ軍の陽動に乗せられ、まんまと防衛ラインを突破されており、
いまにも防空エリア全体がドッグファイトに移行しそうな状況に陥っていた。
「ちょっとまずい感じよね」
F-20タイガーシャークのコクピットでフェイトは知らずと独り言を漏らしていた。
さきほどまでのような距離をとったBVR(視程外)戦闘なら、
はやてちゃんもシャマルもそれなりに戦果を挙げることができるけど、ドッグファイトとなると、どこか不安が拭えない。
シグナムは単機で戦闘するぶんには信頼できるけど、これだけの集団戦になると、求められる能力がまた違ってくる。
今回はグリューン隊対マジシャン隊のような単純な状況とはまた異なる。
乱戦になる。間違いなく・・・。
「さて、ベルカの皆さんにミッドチルダの戦いを見せてあげなきゃね」
フェイトは独り言をその顔に似合わず不敵な内容で締めくくった。
さて、ベルカという単語には管理局の仲間達を指していたのか、この世界のベルカ空軍を指していたのか?
それは独り言なので知りようもない。
すくなくとも同僚達がフェイトから聞かされた念話にはそうしたニュアンスは含まれていなかった。
<はやてちゃん?ドッグファイトになりそうだけど、どうする?>
<ん~ 誰か反応つかんだか?>
はやての問いにシャマルがいち早く答えた。
<いえ、特に何も>
<そう、シグナムはどないや?>
<こちらも反応ありません>
<じゃ、今回は普通に戦争ということで。みんな無理せんときや>
<了解>
思念通話を終えると、はやては深呼吸して無線の通話ボタンを押した。
現場の判断として、イーグルアイには連絡しておく。
敢えてわざとらしくお堅い軍人口調で宣言して、心理的にも制止されにくいようにする。
《マジシャン隊、2手にわかれて敵攻撃機を排除。ネメシスはタリズマンと組む。ブレイズはモビウスに続け。ドッグファイトに移る!》
フィンガーチップの編隊から、フェイトのF-20が俊敏なロールをうって離脱し、シャマルがそれに続いた。
《んじゃいくで、シグナム!》
《いつでもどうぞ 》
ミサイルの安全装置を解除したはやてがいち早く魔法の衣を纏ったXLAAミサイルを発射する。
《メビウス FOX3!》
F-16らしきベルカの2機は急激な回避運動を行い懸命にミサイルをかわそうとしていたが、
はやてとリィンが誘導するミサイルの前には無力だった。
相次いで直撃をうけた2機のF-16は爆発と同時に脱出シートを作動させ、パイロットを空に打ち出した。
<お見事です>
一瞬影がさし、上空からF-15がパワーダイブ降下して突っ込んできた。
すれ違いざまに被ってきた影と一瞬交差し、互いに縦に大きなループをとり、今度は正面から渡り合い、両機の機銃が吠える。
クイックロールでかわすはやてのフォックスハウンドの側面をF-15から放たれた曳光弾が流れ去り、
次の瞬間にはコクピットを覆うようにベルカ機の陰が通過する。
F-15ははやての機のはるか後方で不自然に姿勢を崩し、やがて勢いを失って落下していく。これで撃墜スコアに更に付け加える。
その後ろには敵の2番機のF-15が控えていた。
咄嗟にフットバーを蹴り飛ばし、機体を右ロールさせたと同時に敵2番機が閃光に覆われた。
<シグナム、ありがとうな>
安堵の吐息と同時に冷や汗が吹き出す。
<いえ、我等の務めです。ですが主はやて、質量兵器を使う戦い。もう少し慎重に>
<そやな、気つけるわ>
<!?・・・あれは?>
<ん?どないしたんや?>
<対艦ミサイルをぶら下げた・・・攻撃隊の本命?>
さっと再び隊形を組みなおし、新たな敵 トーネード攻撃機の予想針路へ機首を向ける。
シグナムのフルクラムでは限界一杯の全開でも離されそうな勢いではやてのフォックスハウンドが攻撃隊に急迫する。
トーネード編隊は意外なほどあっさりと散開し、はやて達の攻撃を回避しようと一見、無秩序な行動を取りだした。
《艦隊の直援機がやっかいだ 艦隊に近づけない》
《慌てるな。頼りになる増援を要請してある。それまで持たせろ》
2
はやて達と別行動を取ることになったフェイトとシャマルも混乱する空の真っ只中にいた。
《まさに蜂の巣をつついたって感じだね》
フェイトの前を機影が2つ横切り、咄嗟に回避するが、目前を通り過ぎた機体は味方のオーシア海軍のホーネットだと気が付く。
ベルカ軍は意図的に長射程ミサイルを封じて近接戦闘を仕掛けていた。
お陰でAWACSの指示による統制された戦場どころか、数が多いだけに混乱の収集に精一杯である。
連合軍は数の多さを活かしきれず、辛辣な見方をすればベルカ軍機に標的を大量に与えているともいえた。
《撃てば当たるという状況だ》
ヴァレーの他の傭兵組も混乱に陥っていた。
《所定の空域には敵の影も形もない。情報は確かなのか?》
《何処見て撃ってやがる! アレは味方の攻撃隊! ミ・カ・タ・だ!味方。馬っ鹿野郎!》
《識別信号を見分けるだけでも大変だ》
《ヴァイパー隊 迎撃任務中止は撤回。直ちにポイントA23C7へ向かえ》
混乱の渦の中でベルカ軍機は数の少なさを逆手にとって善戦していた。
あちこちでドッグファイトに長けたベルカパイロットが剽悍な動きに自信と戦意を漲らせて襲い掛かっている。
「っ!」
フェイトの斜め上から敵機が被さってきた。考えるより先に、相棒ヴァルディッシュが警告する間も無く、
条件反射のように目一杯エアブレーキを立て急減速する。
同時に右へ機体をひねりつつ旋回し、突っ込んできたベルカ軍機を確認する。
スナップアップで失った高度を稼ぐが、低空から急上昇してきた新たな敵機からレーダー照射警告を受けて、
フェイトは機体をスライドさせながら軸線を外した。一面に広がる蒼に大地の茶色が混じったタイミングに併せて、スロットルを絞る。
速度を殺してくるりとコンパクトに旋回する。襲い掛かってきた敵は親友と同じ機種、F-4ファントムだった。
HUDに照準が重なるまえにミサイルを放つ。
<バルディッシュ?任せるよ>
ミサイルの誘導は信頼する相棒に任せ、フェイトは視界を右に外した。
そこではシャマルがレーダー照射する位置につこうとフェイトの後ろを追いかけてくるF-16の更に後ろへ迫っていた。
淡い緑の光が浴びせられ、薄茶色に塗装されたベルカのF-16の尾翼と右主翼が砕け散る。
《マジシャン2、マジシャン4がそれぞれ1機撃墜》
「もう!・・・・何これ? ぐちゃぐちゃじゃない!」
シャマルは連合軍側はベルカの攻撃隊を全て撃退するか、撃墜するかしなくてはならないのに、
攻めるベルカ側は対艦ミサイルを抱えた何機かが、連合軍の防御網を潜り抜ければ、事実上の勝ちだと看破していた。
とにかくシャマルは忙しかった。
戦闘が激しいという意味ではなく、クラールヴィントで収集し、
洪水のように流れ込んでくる情報の真贋を咄嗟に切り分け、取捨選択するという作業に忙しい。
更にイーグルアイからの情報と自機のレーダー情報にも気を配る必要がある。
この手の煩雑な作業はヴォルケンリッターの面々の中でも参謀役たるシャマルの能力が圧倒的だった。
ヴィータ・シグナムあたりなら「めんどくせぇ」・「手間だ」で投げ出しかねない。
直接的な戦闘能力はヴィータやシグナムの足元には及ばないが、勝てるだけの環境を整え、
不確定要素をできるだけ排除することでシャマルはこれまで幾つもの戦いを重ねてきた。
<フェイトちゃん? 方位3-1-0に攻撃機。2-1-5にいる敵は脅威じゃないので無視、あと方位0―9―0の低空に何か>
<何かって?>
<少なくともいい感じがしないわね>
高速性能は無視できないが、格闘戦に持ち込んだ攻撃機ミラージュ2000Dはそれほど恐れる敵でもない。
何度かもつれ合った後に機動力で勝るフェイトのF-20タイガーシャークがミラージュのバックを取る。
慎重に、しかし素早くミサイルのシーカーを活性化させると、コクピット内に独特のオーラルトーンが流れた。
《ネメシス FOX2》
ミサイルが迫っていくのを確認したが、フェイトはミラージュ2000Dの最期を見届けることはなかった。
相棒バルディッシュの能力を疑う事などない。
既に新たな敵、砂漠の砂を巻き上げるかのような超低空を舐めるように飛ぶ攻撃機を視界に捉えていた。
《シャマル? 低空にいる奴って・・・》
《大当たりよ!》
シャマルが思わず叫び、機体を全速パワーダイブさせて、フェイトと共にベルカ軍機に迫る。
<こちらシャマル。クラールヴィントに反応あり、敵の新手からです>
<え? この状況でかいな?>
イーグルアイの報告に先んじてシャマルは咄嗟に仲間へ思念通話を送った。
対する返答には、はやてが困った時にするイントネーションが出ていた。語尾が延びて軽くビブラートする独特の訛り。
イーグルアイからも追認の形で報告が入る。
《新たな敵部隊を確認、方位0-8-0に4機》
大規模攻勢を食い止めるためにエース部隊を一気に投入してフトューロ運河を護りきるというベルカの決意がひしひしと感じられた。
<できるだけ敵増援部隊の相手をしなきゃ>
といっても容易なことではなかった。
急遽編成された混成部隊の弱点としてウスティオ機とオーシア機の連携がちぐはぐなものになっている。
<フェイトちゃん?>
シャマルの問いかけは質問ではなく、行動を促す為のものだった。
<うん。全力で阻止するよ>
イタチザメが軽快なロールで針路を変え、それにシャマルが続く。
《敵連合軍には傭兵も混じっているようです》
《それなりに腕は立つようだな》
《インディゴ1より各機、目標を確認 攻撃を開始する》
3
攻勢計画4101は大規模作戦であり、参加している航空機もかなりの数にのぼった。
バレー基地からだけでもガルム・マジシャン・ルーガルー・ベーオウルフ・フェンリル・スコル・リカントロープの各隊が参加している。
連合軍として指揮系統が統一されているとはいえ、現場レベルではどうしても齟齬や混乱が生じる。
数では劣るものの、ベルカ軍の艦隊迎撃はかなりはげしいものだった
《ベルカの狙いは艦隊だ 取り付かれる前に落とせ》
数では劣るベルカ軍機が縦横に駆け抜け、混乱を収拾させないよう掻き乱していた。
特に4機のJAS39グリペンが鋭く舞っている。
撃墜できなくとも混乱を続けさせることができれば良い事を知っているらしく、
連合軍機を撃墜することに拘らず、戦闘不能に追い込むことで目的を果たそうとしていた。
《雑魚に構うな。我々の飛び方を貫けばいい それが勝利へと導く》
襲い掛かってきたオーシア海軍のF/A-18ホーネットの尾翼と補助翼を機銃で吹き飛ばし、退散させる。
雑魚程度にミサイルを使わずともよい。
《この運河を手放すわけにはいかん》
《艦隊の進入をなんとしても阻止する》
《各機、射ぇ―!》
インディゴ隊のグリペンから放たれた対艦ミサイルが突き進んでゆく。
《ヴァンパイア警報! 各艦 対応急げ!》
《防空システム作動 叩き落せ!》
だがミサイルは意外にも空母を目指して飛翔していなかった。
途中で針路を変え、艦隊の方すら向いていない。
インディゴ隊は第一目標に後方で待機している油槽艦・補給艦を狙っていた。
《敵ミサイル発射確認! 注意 射程距離内》
補給艦から悲鳴に近い報告が上がる。
《ミサイル接近! ファランクス!》
最初にミサイルに喰われたのは油槽船だった。
1発の対艦ミサイルが2重構造になった船体の外殻をつきやぶり、
その0.01秒後には燃料槽に大きな穴を開けていた。穴に突き刺さった0.07秒後に装甲で保護されていた信管が作動し、
高性能炸薬がそのエネルギーで隔壁を吹き飛ばす。1秒後には船体が文字通り薄い紙切れのように裂けていた。
上空を飛ぶ戦闘機も揺るがす大爆発で船体が破裂した油槽船は一瞬のうちに轟沈した。
続いて補給艦がミサイルに捕まった。
《船尾に被弾 第三ブロック閉鎖! 総員直ちに移動!》
《艦首にも直撃弾! ダメだ・・・・沈没する》
《艦が沈むぞ!総員退避!》
それでも油槽船よりは運に恵まれていたようで、乗組員が退艦するぐらいの僅かな時間。
(それでも1分程度ではあった)は海面に姿をとどめることができた。
一介の戦闘機パイロットでありながら、戦争に与える影響を計算するところがハインリッヒを単なるエースではなく名指揮官たらしめていた。
補給なしでは作戦行動は維持できない。敢えて防御の固い空母や戦闘艦艇を狙わずとも支援艦艇を叩けば、艦隊としての機能は失われる。
《僚艦が沈んでいく!》
支援艦艇の護衛についていたフリゲート艦がインディゴ隊を迎撃しようとしていたが、
4機のグリペンは最初から支援艦艇に随伴する護衛艦を無視していた。
《諸君。次はちょっと難しい課題だが、大丈夫かな?》
打ち上げられるSAMをあたかも泳ぐかのように悠然と掻い潜り、駆逐艦を飛び越える。
明らかに余裕を残しながらもハインリッヒは隊の状況確認を行った。
最新鋭空母の初任務を最期の航海にするのがインディゴ隊2番目の任務だったが、その割にはリラックスしている。
《ウスティオ機を行かせるな!インディゴ隊を援護せよ!》
インディゴ隊の前方上空では、混乱を抜け出したベルカ軍のSu-27とF-5Eが2機づつ、
4機が迫ってくる連合軍の2機に襲いかかろうとしていた。
《援護、感謝する》
ハインリッヒは素直に謝意を示した。
双子のエックマン兄弟のポストラー隊と「フトゥーロの風」とも称されるガーベル隊の技量は、
精鋭揃いのベルカ空軍の基準からしてもいい腕である。
《うわぁぁ!》
《っ・・何!・・ザ・ザザザザザザ》
4
インディゴ隊の面々にとっても俄かには信じがたい情景だった。
先ほどまでレーダーに映っていたガーベル隊のタイガーが艦隊の外周空域で警戒している2機に叩き落されていた。
周囲を警戒しながら先ほどのガーベル隊と連合軍機との空戦を頭の中で再生し、嫌な答えがでた。
《・・・・・インディゴ1より各機、攻撃一時中止。対空戦闘に切り替える》
《そんな。獲物はもうすぐ先です!》
《判らんかね?生易しい相手ではないぞ》
《はっ、失礼しました。対空戦闘用意!》
戦いの最中でも部下を怒鳴りつけずに従わせる。
栄えあるベルカ騎士はこの程度のことで大声をあげない。
名門8将家の血を絶やしていない最後のハインリッヒ家にとって、それは戦いの場でも守り抜くルールの一つだった。
《では諸君。槍試合の時間だ》
一斉に散開し、有翼獅子(グリペン)に跨る騎士が鋭く舞う。
タイトなフォーメーションの2機、ウスティオのマークをつけたF-4とF-15とお互いガンアタックを見舞いながらすれ違う。
《やはり、いい腕だ。私の敵となるに相応しい》
艦隊から少しはなれた空から、なのはは最初のヘッドオンで敵の力量を測っていた。
機体も優秀ながら性能に頼ったものではない剽悍な動きは明らかに歴戦のパイロットのものだった。
だが、この部隊からは経験では納まらないものを感じる。
特に編隊長機からはさきほど対峙したようなF-5E部隊とは異質な空気が伝わってくる。
《グリペンでこの動き。さすがに藍鷺、別格だな》
緊張感の中にもどこか弾むような楽しげなピクシーの声が無線越しに響く。相棒も同じような感覚を感じているのだろうか?
小柄なクロースカップルデルタの機体がヒラリと舞い、なのはの斜め後方の位置に出た。
ドッグファイトでは最新鋭のグリペンに古い大柄なファントムが敵うはずもない。
「やるねっ!」
なのははスプリットSで機体を捻りこみつつ、急速降下した。だが、当然グリペンもミサイル発射の好位置を取ろうと追いすがってくる。
ファントムのコクピット内でレーダー照射警告のアラームが鳴り響くのを意識の片隅に留めながら、高度計と速度計に意識を集めていた。
くすんでいた砂漠の景色が鮮明になり、
崩れた建物や焼け残ったコンテナーが確認できるようになったタイミングでスロットルを絞り、操縦桿を引き起こす。
「ここっ!」
地上10メートルにまで降下したなのはは、砂塵を巻き上げながらもそのまま超低空を維持してグリペンを振り切ろうとした。
ちょっとでもタイミングを誤ると地面に激突する低高度でファントムが逃げを打つ。
「ふん・・・超低空だと逃げ切れると思ってるのか」
なのはを後ろから追い掛け回していたインディゴ4、フランツ=ブライトナーは戦争マニアと呼ばれるほど攻撃的で容赦ない戦い方で、
伝統的ベルカ主義者の軍人からの受けは今一つ良くなかったが、ハインリッヒがわざわざ指名してインディゴ隊に抜擢するほどの技量だった。
ファントムが巻き起こす乱気流で小柄なグリペンを揺らしながらも、ほぼ同じ高度を保っている。好機はすぐに訪れた。
《旧い亡霊はあの世に帰りな!》
「My Master. Incoming Missso Missssssso!」
「判ってる!」
レイジングハートの警告には感謝しながらも無視し、なのははぎりぎりまでひきつけてから一気にスロットルを全開に叩き込んだ。
2基のジェットエンジンが搾り出す衝撃波が大地で跳ね返る。
グリペンが放ったAAMは衝撃波に襲われ、一瞬バランスを崩しそのまま砂漠に突っ込んで無駄な爆発をした。
「ふぅ!危なかった・・・」
《今日は無茶苦茶だな 相棒?》
《コイツらだけはには負けたくないの!》
全開のまま一気に急上昇し、高度をとっていたピクシーの斜め後ろにつく。
サイファー=なのはの妙に高い戦意に若干辟易しながらもピクシーが釘を刺す。
《俺が援護する。その代わり、あまり無茶するな いいな?》
《了解!任せたよ》
これでは、一体どちらがガルム編隊長なんだか、わかったものではない。
一旦距離をとったブライトナーの4番機との戦闘は一旦中断となった。
なのはもブライトナーも戦場が今はお互い二人の対決を求めていないと感じ取っていた。
戦場は今度は右上方からガルム隊の後方へ回り込もうとする2機編隊との戦闘を用立てていた。
その2機編隊こそインディゴ1・2のディミトリ=ハインリッヒとベルティ=ベッケンバウアーのコンビだった。
そしてハインリッヒは期せずしてなのはとまったく似たような感想をウスティオの2機から感じとっていた。
赤い片羽根のイーグルは機体性能を活かしきっている。実戦経験の豊富な戦闘機乗りにしかない抜け目無いしたたかさ。
もう1機の長機らしきファントムは旧式にも関わらず鋭く強い飛び方だが、どこかに飛び方に躊躇を残している。
「甘いな」
生死を賭けた戦いに甘さは禁物だ。だが、さっきのブライトナーの攻撃をかわしたようにどこか常識では測れない雰囲気もある。
《慣れない相手で勝手が違う 引き締めていけ》
当たり前の事を当たり前に注意する。
部下のベッケンバウアーを引き連れたまま、一瞬だけ雲を曳く高速ループでガルム隊の後ろに迫ろうとする。
極平凡な飛び方のように見えて、インディゴ隊の2機は雲を発生させないぎりぎりの速度で旋回し
ガルム隊から発見されるリスクを最小限に留めていた。
並のパイロットなら翼の端から雲を曳いたままの旋回を行って、その位置をすぐにバラしてしまうところだ。
ガルム隊の2人もその意図にやすやすとのってやるお人良しではなく、更にグリペンの背後に回りこもうとする。
こうなると旋回効率の高い機体のほうが有利で、普通ならファントム乗りのなのはに勝ち目は薄い。
お互いが直接目視できない位置で後ろの奪い合いが始まる。見えない相手と命がけの3次元の場所取りゲームだった。
「機体制御に集中して!」
「All Right My Master」
なのはは自身の能力を空力重力制御に注ぎこみ、旧式のF-4ファントムでは考えられない旋回を引き出した。
機体をスライドさせながらも最新鋭のグリペンに負けない旋回をするファントムの存在というのはインディゴ隊の誤算だった。
開戦以来F-4ファントムとは各地で戦い、全て打ち勝ってきた経験から格闘戦状態のファントムが取れる機動は予測できる。
そうした実戦の中でしか得られない貴重な教訓を活かして、ウスティオのファントムを落とす計算ができていた。
インディゴ2=ベッケンバウアーは愛機が大きく揺さぶられるのを感じた。
「くそ・・・誰だ!」
直感的に別の連合軍機から不意打ちを受けたと思ったが、白青の塗装の大柄な逆ガルウィング・・・
「何っ!?」
被弾したショックよりも、実戦経験に裏付けられた空戦方程式が崩されたショックのほうが大きかった。
急速にRM12ターボファンが勢いを失い始める。
《インディゴ2、直ちに戦域を離脱せよ。幸運を・・》
ベッケンバウアーには苦しい時間が始まった。
《2が喰われた。 各機、甘さを見せるな やられるぞ》
後ろで高度を落としていく僚機、インディゴ2に離脱許可を出しつつ、さらに2機目を仕留めようとするウスティオ編隊から一旦距離をとる。
今まで出合った中で最高の敵パイロットではないか?
「但し、F-4ファントム使いとしては最高という意味だが・・・」
自分だけしか聞こえない不敵な独り言を呟き、ハインリッヒは正面にF-15を捕らえた。
むこうもこちらを狙っていたらしく、ヘッドオン。
F-15が放ったAAMを視覚以外の感覚で捉えるが、慌てない。
一瞬にしてミサイルとの距離が詰まるが、落ち着いた動作で一気にバレルロール。
ミサイルは急激な位置変化に追随できず、後方に飛び去ったことを確認してから正面に迫るF-15にガンアタックを見舞う。
華麗に機体を翻し、ぶさまに黒煙を吐くF-15は印象的な赤い片羽の機体ではなかった。
「ふむ。別の隊の機だったか」
《こちらインディゴ3、別の敵編隊と交戦中。連合軍のエース部隊らしい》
《インディゴ3、自分の戦い方を忘れぬようにな》
ハインリッヒはインディゴ隊の中で最も信頼しているオベラート大尉に忠告し、直ちに部下のフォローに向かった。
ハインリッヒは自身をエースだ撃墜王だと評価を高めるよりも先に戦隊指揮官として部下を統率する必要があった。
マティアス=インディゴ3=オベラートが激しくやり合っている相手はいい動きを見せる黒っぽいF-20タイガーシャークと、
薄い森林迷彩を施されたトーネードIDSの2機編隊だった。
トーネードIDSも見た目よりも侮れない相手だが、小柄な機体に比較的余裕のあるエンジンで俊敏な運動性能を活かした戦闘を得意とする
F-20タイガーシャークはグリペンと設計思想的にかなり近いものがある。
それだけに長くドッグファイトを続けたい相手ではない。自身の腕を疑う訳ではないが戦いの中のリスクは少ないほうが良い。
《1より3。俺がトーネードを殺る。鮫退治は任せるぞ》
《感謝します!隊長》
藍鷺が翼を翻し、翼を広げたトーネードの正面を塞ぐ。
《私が相手だ。ウスティオのパイロットよ》
ハインリッヒと1対1で対峙することになったシャマルは意外なことに慌ててもいなければ動揺もしていなかった。
だがさすがに緊張はしている。
医務官の今では活躍する場も無いが、身体的能力と修練に頼らない媒体を介した戦闘をシャマルは苦手としていない。
というよりも得意としていた。
守護騎士、ヴォルケンリッターの一員として何人もの主人に仕えてきており、中には質量兵器による戦いもあったものだ。
可変翼を畳み、一気にトーネードを加速させたシャマルは、直線的なヒットエンドランでハインリッヒに挑もうとしていた。
図らずもハインリッヒもミサイルの射程圏外から急速接近で一撃離脱を狙っていた。
お互いが暗黙の了解のうちに戦いのルールを定める。
最初の交錯には正面からのヘッドオンでガンキルのみ。ミサイルは無し。
それは、まさしく一騎打ちの馬上槍試合、ジョストそのもの。
趣味でフェンシングを嗜むハインリッヒは正面攻撃には絶大な自信を抱いていた。(最も自信家でない戦闘機パイロットなど皆無なのだが)
この一撃を外したら、一気にドッグファイトを展開するという万が一の可能性に備えて、ミサイルの安全装置を確認を行う。
《覚悟はいいかね?》
アフターバーナーを吹かし、小柄な機体に似合わぬ獰猛さを見せつけながら、有翼獅子が大竜巻に飛び込もうとする。
ハインリッヒのグリペンが加速したタイミングに併せて無線でシャマルが応じる。
《悪いけど、落ちてもらいますね》
ハインリッヒは動揺を隠せなかった。
「女?」
ベルカ軍にも女性の戦闘機パイロットはいる。オーシア・ウスティオにも当然いるだろう。
敵パイロットが女性である可能性は低いにしてもありえない話ではない。
同時に「ありえない話ではない」を逆に解釈をすれば、
「可能性としてはかなり低いもの」と言い換えることもできた。
ハインリッヒは正面からの一撃でトーネードを屠るつもりでいた。一瞬の、ごく微量な掌の筋肉の動きが操作スティックに伝わり、
シャマルを必殺の一撃から救った。わずかな余計な反応がガンアタックのタイミングをずらし、
それは音速で飛ぶ空戦では大きな違いとなって表れた。
2機が互いに致命傷を与えられずにすれ違う。
まったく無傷だったトーネードに対し、
グリペンは主翼に3つの風穴を開けられ、左カナードに機関砲弾の衝撃波による亀裂を作っていた。
《やるなっ!》
素早い身のこなしでグリペンがインメルマンターンでトーネードの後ろを取ろうとする。
意外なことにシャマルは逃げの一手で一気に遁走しようと図っていた。
ヘッドオンで交差した瞬間、ハインリッヒの力量と魔力レベルを探っていた。
ハインリッヒは無意識で自身の体内で育ちつつある魔力を僅かではあるが使えるようになっていた。
身体を機械と融合させるというエイセスデバイスの機能を何処で学んだのか?あるいは自然と身に付けたものか?
「勝てる相手じゃないわ」
シャマルは守護騎士らしく自身と敵の力量を冷静に評価したが、珍しくも諦めの悪そうな癖のある笑顔を浮かべていた。
管理局の面々でも普段のシャマルからは想像もできないだろう。
「でも、負けない戦いなら十分できるしね・・・」
グリペンはその損傷の影響を全く感じさせない鋭い飛び方でトーネードの後を狡猾な針路予測で追いかけ、すぐにその距離を詰めた。
こればかりはどうしようもない、シャマルとハインリッヒとの経験の違いであった。
《戦場外で会えれば良かったんだが!》
ハインリッヒがAAMを放つ。
トーネードの可変翼が開き、急激な減速と攻撃機ならではの安定性を活かしたナイフエッジターンでミサイルの追尾を振り切る。
攻撃回避に専念し、隙をみせた瞬間に逆撃にでるという戦い方を選んだシャマルは長期戦を覚悟した。
管理局のエースがデバイス所有者を確実に撃墜できるように足止めする。
それがシャマルがこのフトゥーロ運河の空で果たす役割だった。
シャマルが言う「管理局のエース」の一人でもあるフェイトはタイガーシャークのコクピットの中で
敵機グリペンが合流して2対2の戦いになりそうなことに一瞬緊張したが、その合流した機こそが魔力反応源と知ると、
先ほどまでのオベラートとの戦いを中止してハインリッヒを追おうとした。
管理局の面々は戦争をする為にこの世界にわざわざやってきたのではなく、
戦争は「エイセスデバイスの回収に伴う不可避な付随作業」なのだ。
精神的にも肉体的にも消耗と疲労の激しい任務の連続で目的意識を見失いそうになる。
その穏やかな表情と声に騙されるのか、知る者は少ないが、実戦であれ、訓練であれ、フェイトは気質的に闘争を厭わない。
ついつい異世界での空戦に引き込まれている自分自身に反省を促し、声にだして叫ぶ。
《あの隊長機。あれさえ落とせれば!》
フェイトの叫びにオベラートが返す。
《うちの隊長だけは落とさせない!》
斜め左方向から交錯するラインでグリペンがタイガーシャークに向かってロールしながらおおいかぶさって来る。
バレルロールで攻撃軸線をずらしてフェイトは針路をナイフエッジターンで左旋回をとり、間合いを取り直そうとした。
だが、既にグリペンはフェイトの機の斜め後ろのポジションを占めようとしていた。
「何て速い!」
思わず驚嘆する。軽く舌打ちしながら後ろに迫るオベラートのグリペンをひきつける。
後方警戒レーダーが耳障りなアラームを響かせるが、ぐっと我慢。
「バルディッシュ!」
「Harden the defense」.
オベラート機から放たれたAAMが迫る。
ラダーペダルを蹴り飛ばし、スロットルを同時に絞りながら操縦スティックを倒し込むと
後ろから不愉快な衝撃がフェイトをタイガーシャークごと揺さぶる。
「喰らった!?」
「Barely prevented」
「そっか・・・」
こういう時、そっけないバルディッシュの答え方はかえって頼もしく感じる。
フェイトはオベラートの攻撃に対抗するように左にロールし、天地を入れ替えて、スプリットSで急速降下させる。
コクピットから視界の片隅でグリペンを捉えると、相互の位置関係を計算しながら、今度は強引に逆宙返りのループで高度を稼ぐ。
グリペンの位置を確認しながらループしようとしても正ループでは見失うため仕方が無い。
バルディッシュの重力制御の補助があるとはいえ、頭部に全身の血液が集中し、
視界も血流の集中で赤くなる。
「くっ・・・っ・・」
歯軋りしながらマイナスGを耐え抜いたフェイトは、眼球の毛細血管の内出血で鬼気迫る眼をさらに開いてエンジンスロットルを一気に絞った。
タイガーシャークが強引な逆ループで上昇するとは予想外だったらしく、グリペンの動きに遅れが出ていた。
咄嗟に勝負どころと感じたフェイトは失速寸前のタイトな旋回でグリペンの後ろを取ることに成功した。
ミサイルのシーカーがロックを示す緑のランプが点り、空戦の集大成としてミサイルに想いを込めて放つ。
《ネメシス、 FOX2》
ミサイルの赤外線シーカーを補助するように高度な誘導魔法がグリペンのテールを追いかける。
フレアとチャフを撒いて必死に回避を試みるオベラートの機動の鋭さはミサイルで追うだけでもフェイトに精神的な消耗を強いた。
《Goddam!インディゴ3 イジェークト》
尾翼と排気ノズルを吹き飛ばされ、主翼にも大穴をあけられたオベラートは罵り言葉を吐き捨てながら、エジェクトバーを引き抜いた。
ハインリッヒは頼りにしている部下が立て続けに2機落とされたことに正直ショックだった。
《この運河でウスティオも なかなかやるじゃないか・》
ハインリッヒは小癪な回避運動で決定的な攻撃のチャンスをつかませないトーネードを牽制しながら、戦況と部隊配置を再確認した。
《面白い。危機こそチャンスとはよく言ったものだ・・・》
複雑な表情を浮かべ、シャマルのトーネードを急激な旋回とロールで追いかけながらも、
ハインリッヒは冷静さをたもっている頭の一部で戦術判断を下した。
《ブライトナー? 状況知らせ》
《4より1へ、現在、敵2機編隊と交戦中。 1機はあの片羽だ!》
ブライトナーはガルム隊の2機とドッグファイトを再開していた。
《空戦にのめり込むな。隙を見て、北西に向かうんだ!》
ブライトナーはハインリッヒの突然で抽象的すぎる指示にも関わらず、その意図を理解した。
一時的に艦隊の護衛機のカバーが失われている。このタイミングで対艦ミサイルを叩き込めば、
連合軍はフトゥーロ運河を奪取する戦略的意義を失ってしまう。
今しかない。
ブライトナーは巧みにドッグファイトの場を徐々に高空へと誘いこんだ。
ピクシーとなのはが更に優位な高空を取ろうとした時に、タイミングを図ってアフターバーナー全開のパワーダイブで距離をとる。
《えっ!?》
《何だ いきなり?》
咄嗟の出来事に訝るガルム隊の2人を尻目に遁走するようなグリペンをみせられて、急に戦意を削がれた二人を叱咤した人物がいた。
《一体、何をぼけっと!? 艦隊の傘がガラ空きだ!》
ベルカ海軍を吹っ飛ばして帰ってきたルー・ガルー隊の隊長、ナタリー=ヴェステス大尉の一喝だった。
お世辞にも空戦性能に優れているとはいえないこのF-1部隊は、
反復攻撃に備え、オーシアの空軍基地へ補給に戻る途中だった。
ナタリーは攻撃機乗りらしく、対空戦闘ではなく、対地対艦戦闘の視点から戦場を眺めていた。
ガルムもマジシャンもどちらかといえば制空・要撃任務に重点をおいていることもあり、空にしか目が行き届いていなかった。
やはり餅は餅屋ということらしい。
《!! あっ・・》
なのはが叫ぶよりも速く、既にピクシーのF-15Cイーグルがアフターバーナー全開で急速降下を始めていた。
《イーグルアイ、艦隊に警報を!》
《既に連絡済み。だが、貴隊が一番近いぞガルム2》
《糞っ!間に合えっ・・・》
強力なF-15のF100ターボファンエンジンにアフターバーナーの力が加わり、
一気にピクシーがグリペンとの間合いを詰める。
だが、ブライトナーのグリペンも出力を最大限に搾り出して対艦ミサイル発射位置を目指そうとしていた。
「有翼獅子」と「鷲」の競争は追いかける鷲に目があった。
《ピクシーFOX3!》
F15から必殺のAMRAAMが放たれ、グリペンとの距離を詰める。
《これは・・・さすがにどうかな?》
後方警戒レーダーが鳴り響く中、ブライトナーは咄嗟に対艦ミサイル発射予定地点と後ろから迫るミサイルとの相対的な位置関係を考えた。
回避行動を取る時間はなさそうだ。
今ここでケツに喰いつくミサイルを回避する訳にはいかない。
俺を信じてくれたハインリッヒ隊長の期待、インディゴ隊メンバーとしての誇り、ベルカの威信に賭けて!
《沈め!》
グリペンから2発の対艦ミサイルが放たれた。
戦術教範で定める射程距離には満たないが、設計値どおりの性能ならこの距離からでも届く筈だ。
これ以上の我慢すれば後ろのミサイルの餌食だ・・・・。
ブライトナーはミサイル発射とチャフ射出を同時に行うという複雑極まる作業をこなしながら、更にミサイル回避行動に移った。
後ろからミサイルが迫る中で一気にスロットルを絞って急減速するのは極めて勇気がいる。
だが、その勇敢な決断はほんの少しだけ、1秒ほど遅かった。
AMRAAMが爆発し、無数の破片がグリペンの複合素材の機体を切り裂き、クリップドデルタのコンパクトな機体を吹き飛ばした。
無意識の内に射出シートで空中に放り出されたブライトナーは、怒りに燃えながらも冷静だった。
オーシアの新鋭空母一隻TOPエース部隊、天秤にかければインディゴ隊といえども磨り潰すだけの価値はある・・・・
ハインリッヒ隊長も判っている筈だ。
あとは2発のミサイルがきちんと仕事をしてくれれば良い。
2発のミサイルはデータリンクで結ばれており、慣性誘導飛行を行った後、目標と定めた赤外線イメージ情報をミサイル間で交換した。
複数の熱源の中でも最大の規模の熱源に2発とも集中させるようにアルゴリズムが判断する。
《武器使用自由 武器使用自由》
僅かな間隙を見逃さない完璧な奇襲で、ケストレルの防空は直衛のフリゲート艦が頼りだった。
イージス駆逐艦は混乱する空戦に対処するために分散配置されすぎた。
明らかな戦術判断ミスか・・・否、敵がこちらより一枚上手だったということか。
フリゲート艦の艦長は苦い表情を浮かべていた。迎撃SAMが4発を費やしてどうにか1発の対艦ミサイルを迎撃した。
だが、もう一発はミサイルでは対処しきれない近距離に迫っていた。
「副長、取り舵20度 機関全速120%。 ケストレルの横へ回せ」
「取り舵20度、機関120%アイ、艦長。 盾の役目を果たしますか」
「レディを護るのはいつの時代も騎士の役目さ」
艦長は覚悟を決め、鋼鉄の女王ケストレルに一瞥をくれると制帽を目深にかぶりなおした。
4000トンのフリゲート艦が対艦ミサイルを喰らえば、ひとたまりも無い。
20ミリバルカン砲を備えたCIWSが唸りを上げ、最後の迎撃を試みようとしていた。
「来ます!」
「ショック警報を出せ!」
そういい残して艦長はCICから艦橋に戻ると自分の艦にミサイルが突き刺さろうとするのを凝視した。
睨みつけることでミサイルが迎撃できるかのように・・・。
舷側からわずか30メートルの所でCIWSのU238劣化ウラン砲弾がようやくミサイルを捉え、
ブライトナーの放った2発の対艦ミサイルはケストレルの護衛艦に阻止された。
だが爆発しながらもミサイルは勢いを保ったままフリゲート艦の上部構造物にぶち当たり、
艦の乗組員を肉片に切り刻み、フリゲート艦に大火災を発生させた。
《フリゲート艦、「エグレット」大破!》
《ケストレルは?》
《無事だ。エグレットが盾になった》
《一級殊勲章ものだな!》
艦を犠牲にしてでも空母を護った艦長はこれから賞賛と同時に十字架を背負っていくが、当事者以外にはわかるはずもない。
連合軍の電子戦機の機内でも空母がきわどいところで助かったことで安堵の空気が流れていた。
「空母は護れたようだな?」
「そんな事より聞いてくれよ。管制主任よ」
ベルカ軍の圧縮された通信波をキャッチしていた。
「何だ?」
《展開中の全部隊へ、発令コードSGR42、発令コードSGR42・・・》
「ベルカ軍の戦域司令部の通信らしいな」
但し、平文とはいえ、肝心の発令コードの意味が解読できなければ、意味を成さない。
「大きな動きがあるかもしれん。」
《ベルカ軍の上級司令部より展開中の部隊への通信を傍受。内容の意図は不明。全面的な戦局の変化を警戒せよ》
こちらの通信はベルカ軍とは違い、そのままの内容をデジタル暗号化されて発信された。
はやてとシグナムにはインディゴ隊と空戦の機会はなかった。
戦場全体の混乱を収拾させてからでなければ、魔力反応のあるパイロットと接触する機会を逃してしまう。
魔力反応がある戦闘機が何処にいるのか、見逃さないように監視しながら空を戦っていた。
《イーグルアイよりマジシャン隊、さらに敵の増援を2機確認 方位1―1―0》
《イーグルアイ、メビウスとブレイズで迎撃する》
《了解した。たった2機の増援とは妙だ。十分注意しろ》
フォックスハウンドとファルクラムの種類の異なる2機のMiGが迎撃に向かう。
<あ、この反応って?>
<りぃん?>
<はやてちゃん、 魔力反応が急速接近します。 2つ>
<ちょい待ち! 今なのはちゃん達が相手してるのとはまた別なんやな?>
<はい。さっきの物とは波の形が全く別物です>
<いずれにせよ。一戦交える必要がありそうです。力量を測る為にも>
思念通話でシグナムが割り込んできた。
<そやな・・・、じゃ、確かめてみよか? この反応が何者か・・・>
まず、はやてがフォックスハウンドのXLAAで長距離攻撃を仕掛けた。
レーダーに映る2機は正面から迫るミサイルをかわしたのも驚きだが、
リィンの魔法誘導で更に進路変更して追いすがるミサイルを強烈な機動であっさりと振り切ってしまったことは更にショックだった。
《強い!今までとはまるで格が違う。》
シグナムが呆れたような口調で呟く。
戦闘空域に突入したベルカ軍の2機は制空権を確保しようと立ち塞がる連合軍の攻撃を無視するかのように、
縦横無尽に飛び回り、オーシアのF-16の背後をとると瞬く間に撃墜した。
その近くにいた連合軍機、ヴァレー基地所属のサラマンダー隊のF/A-18だった・・・は、F-16が空中で四散したときには
既にミサイルにロックオンされており、必死で回避行動をとろうとしていたが、
糸で結ばれたかのように背後に迫るベルカ軍機を振り切れず、こちらもあっさりと落とされた。
《SGR42とはな。連合軍を混乱させつづけなければならん》
《空母にはインディゴ隊が向かったそうです》
《そちらの後始末はディミトリに任せ、我々の仕事に取り掛かろう》
大柄な機体にも関わらず華麗とも言うべき連携のとれた鋭い機動で更に3機を葬りながら、
その増援部隊は戦場をもう一度にかき回そうとしていた。
ブライトナーの奇襲は護衛艦を大破させるという戦果となったが、空母への攻撃を食い止められたことには変わりはなかった。
そのブライトナーも片羽に落とされた。
エースとしての誇り、編隊長としての誇り、ベルカ騎士としての誇り、
ディミトリ=ハインリッヒはベルカ大貴族の跡取り息子でもあり、常に誇りと高貴な義務を考えて行動しているが、
今は国の為に果たすベルカ軍人としての義務と誇りを掲げて戦う時だと理解していた。
プライドに生きるとは、固執することと同じではない。
コード「SGR42」の発令、
増援部隊による援護を受けながら戦線を後退させる。
これが、発令された今となっては、可能な限り味方を撤退させることが要求される。
《こちらインディゴ1、生き残りたい者は私に従え》
ベルカ軍でも名声が鳴り響いているエース、インディゴ1の指示で連合軍の隙をついてベルカ機が空域の離脱していった。
《逃すかよ!》
いち早くオーシア軍のドラケンとF-16が追撃をかけようとしたところに、ハインリッヒの容赦ない一撃が襲い、2機とも叩き落される。
《相変わらずいい腕だな。騎士達はどうした?》
この年長の僚友の声を聞くのは久しぶりだった。
《みんな落とされたよ。俺の指揮ミスだ》
ハインリッヒの声もさすがに渋い。
《そうか。だが責任を取るにためにも無事に撤退するぞ》
《判っている。コルモラン1》
増援のSu-37編隊は翼にぶら下げた電子ポッドで強力な電波妨害を行いながら味方機が安全圏まで離脱するまで踏みとどまった。
そこに機動性に飛んだグリペンが加わる。
たった3機で連合軍の戦闘機をかく乱し、隙をみては逆襲する戦いぶりは多くのパイロット達に恐怖を与え、士気が著しく衰えた。
《何て奴らだ!》
《敵の撤退に併せてこちらも戦線を納めるぞ》
魔力反応のある戦闘機が3機、管理局の面々としてはデバイスをまとめて回収する絶好の機会だった。
<みんな。まだ戦える?>
全く退く気のないなのはの問いかけに対し、
<この機会を逃すわけにはいかないよ> これまた、やる気のフェイトと
<見逃して後悔するような事はしたくない> 常に見敵必殺なシグナムである。
<残弾が厳しいけど、 まだいけるわ> さらに勝ち目の薄い相手でも妙に強気なシャマルだった。
<こっちはXLAAもうあらへん。ドッグファイトでは分が悪い相手やな>唯一はやてだけが、トーンを落としていた。
管理局魔導師のリーダーという立場では、ここは積極的交戦あるのみ!と言いたいが、
偽装の身分でもあるウスティオ空軍編隊長としての立場もあり、妥協点を探す。
《マジシャンリードからイーグルアイ。ベルカの殿が踏ん張っているようだけど?》
《マジシャン隊、ガルム隊、あの3機を排除できるか?》
《他の味方機を後退させてくれれば。》
イーグルアイは少し考え、エース部隊の地位を確立しつつある両部隊が存分に戦える環境を整えてやることにした。
《ガルムとマジシャンが掃討戦に出る。他の部隊は撤収せよ》
はやては希望通りの指示がイーグルアイから引き出せたことにほくそ笑んだ。
こうした駆け引きは管理局の指揮官訓練では教えてくれなかった。
《マジシャン了解》
《ガルム、了解!》
《連合軍も精鋭を向けてきたか》
この戦場でなのは達とやりあっていたハインリッヒはグリペンのレーダーに頼らず、直感でマジシャンとガルムの登場を感じとった。
《なるほど、この周囲を圧するような空気。只者じゃないな》
Su-37の2番機が応じる。
《では。この辺で失礼するか?》
上位司令部からは撤退命令がでており、あくまでも殿軍として踏ん張っていたにすぎない。
《決着をつけたい気持ちもあるだろうが・・・・ハインリッヒ?》
《そうだな。だが、騎士は耐えることを知る勇者でなくてはな》
ベルカ軍が撤退した今、この空で戦うことはできるが、それはハインリッヒ個人の私的な戦闘でしかない。
決闘だ。
私的な欲求の為に戦おうとするものは傭兵となんら変わりがない。騎士道とは名誉と誇りを護ることがだけの単純なものではない。
雪辱は別の戦場で果たすべきだ。
《よし、後退する》
だが、そのまま容易に後退させてくれるほど甘い相手ではない事はハインリッヒが良く知っていた。
2機のSu-37を率いる編隊を組み、オーシアの追撃部隊と後ろを取り合う動きを始めた。互いに後ろを取りに動くタイミングを狙っていた。
同じパターンの一瞬の揺さぶりに即座に反応する。いいリアクションだが、それが失敗だ。
これまでのゆさぶりと全く別の機動を行おうと見せ付けると、ウスティオ軍機も慌てて対応している様が感じ取れた。
なのは達は視界に入るベルカ軍機の機動に身体が条件反射のように動こうとするが、頭はフェイントだと理解しており、行動を抑制していた。
《別の動きがあった時だ》
《揺さぶりに惑わされては駄目よ》
シグナムとフェイトの警告どおり、なのはは突然別の動きをみせたベルカ軍編隊に咄嗟に対応しようとした。
「かかったな!」
実は最後に見せた機動こそが陽動だった。流れるように再びもとの揺さぶりと同じ動きにはいり、機体を鋭く旋回させる。
タイミングは完璧に決まった。揺さぶりに見えた機動こそがハインリッヒが狙っていたものだった。
優秀な敵なら最初数回にわたって見せつけた動きを、フェイントだと判断するだろう。それこそがハインリッヒのねらいだった。
同じ動きを繰り返すことで思い込むという心理を利用し、
生じた隙につけこんでJAS39グリペンとSu-37ターミネーターがガルム隊マジシャン隊の後ろに迫ろうとする。
《しまった!》
ピクシーが毒づくが管理局の面々も同じ想いだった。
《インディゴ1 FOX2、FOX2》
《コルモラン1 FOX3》
《コルモラン2 FOX3》
ガルム隊、マジシャン隊各機のコクピットでミサイル警報が鳴り響いていた。
《マジシャン隊、散開!》
《ガルム隊、フレア放出!分散行動》
はやてとなのはが咄嗟に回避指示を出す。
一気に編隊を崩した6機が全速力で回避行動を行っている最中に
異なる種類のミサイルを放ったベルカ軍機は、回避行動に入ったウスティオ機を無視して
全速力で北の方向へ向かっていった。
Su-37とグリペンは共に綺麗なフォーメーションを維持したまま戦線を離脱していく。
後ろにはりついたミサイルを回避し、周囲の状況を確認したなのは
空が平穏なことに気が付いた。
「あ・・・・そういうことか・・・・」
ファントムのコクピットパネルに拳を叩きつけながら、なのはは呻いた。
「くぅぅぅ・・・・一杯喰わされた!」
《当該空域の敵性戦力は撤退した。こちらも引くぞ》
《了解》
どこまでも冷静なイーグルアイの無線が虚しく響いた。
地上からケストレル艦長から謝辞の無線が入っていた。
連合軍としては勝利だろう。
だが、なのは達、管理局のお仕事という点では完全な失敗だった。
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