「ハァ、ハァ、ハァ…」
 HELLSING本部地下階。ルークが必死の形相で逃げている。
ジャッカルで撃たれ、左足を失いながらも、死にたくないという一心で逃げ続ける。
そして階段前まで逃げることには成功したが…再びジャッカルで撃たれ、無事な右足も失ってしまう。
足が無くては立つことは不可能。そのまま転倒し、階段に激突した。
足を失い、座り込むルーク。その顔は恐怖で引きつっていた。
「一体…いっ一体…お前は…お前は一体何なんだ!」
 アーカードに対し、その言葉を投げかける。もはや元が人型だったとは到底わからないような形状になってしまっているが…

 第四話『DEAD ZONE』(4)

 アーカードだったものが寄り集まり、再び人型に戻る。
アーカードの上半身に、胸部の大きな目。そして下半身は無数のムカデ…いや、たった今人の下半身になった。
「さあどうした?まだ足が二本ちぎれただけだぞ。かかって来い!」
 そう言うと、銃で撃ってちぎったルークの両足を見せ付ける。
…無くなった自分の足を笑顔で見せびらかすものを見て、恐怖を感じないものはいない。ルークもまた然り。
だが、アーカードはそんな事は無視し、立ち上がって再びかかってくるよう言う。
「使い魔達を出せ!体を変化させろ!足を再構築して立ち上がれ!銃を拾って反撃しろ!
さあ夜はこれからだ!お楽しみはこれからだ!HURRY! HURRY HURRY!! HURRY HURRY HURRY!!!」
 アーカードは笑顔で戦いを促す。先ほどまでの戦いがよほど楽しかったのだろう。
一方のルークはもはや戦意は無く、ただ死にたくないという感情のみだ。
「ばッ…ば、ばッ化け物め!」
 さすがに戦意が無いことを感じ取ったのか、ひどく失望した表情となるアーカード。そしてルークに罵声を浴びせる。
「そうか、貴様もそうなのか、小僧。出来損ないのくだらない生きものめ」
「ほざくな!HELLSINGのオモチャめ!英国国教会の犬に成り下がった貴様に吸血鬼としての「やかましい!」
 失望の次は怒り声。アーカードを見ると、右腕が巨大な犬…いや、無数の目が付いた犬型の異形へと姿を変えていた。
「おまえは犬の肉(エサ)だ」
 そう言って、右腕の犬を切り離し、ルークへと飛ばす。
ルークは死を感じ取り、とっさに拾った銃で撃つ、撃つ、撃つ。
「う、あい、う、うお、う、あ、お、お、ああ、あああ」
 もはや呂律すら回らない。さらに銃を撃っても犬には効かない。
そんなことをしている間に、犬がルークへと近づき…喰らいついた。
そしてルークはそのまま断末魔を上げ、犬に捕食された。骨ひとつ残さずに。
「所詮こんなものか小僧。おまえはまるでくそのような男だ。犬のくそになってしまえ。
この調子では上の奴も程が知れるが…存外に苦戦しているようじゃあないか」
 そう言うとアーカードは、自分の棺へと戻っていった。

 一方、3階。こちらはこちらで大変なことになっていた。
足を掴まれ転倒したティアナが、元HELLSING局員のグールの群れにもみくちゃにされているという状態である。
何とか脱出すべくもがくが、いかんせん数が数だ。そう簡単に逃れることはできない…はずだった。
『Set up. Dagger Mode.』
 その声とともに、腕の無くなったグールが一体宙を舞う。
それからさらに数秒、ティアナは未だグールの群れからの脱出できず…いや、脱出する気が無いのだろう。
片っ端から体術とダガーモードの刃でグールを粉砕している。しかも赤い瞳で、狂気じみた笑顔をして。
暴走か、はたまた闘争の狂喜に取りつかれたのか。そんな親友を見て、スバルは唖然とするしかない。
 一方のインテグラは、この惨状に固まってしまっている。
「そんな…なんて事…部下達が…うちの職員たちまでもが…グールに…ッ!!」
 そうこうしている間にも、ティアナは未だ大暴れしている。
あるものは肘で頭を砕き、あるものはダガーモード(もはやダガーとは名ばかりの長剣だが、それは置いておく)で両断し、そしてあるものは踵で脳天を割る。
そしてグールを踏み砕こうとしたとき、誰かがティアナを止めた。
「ティアナ!もういい、もう十分だ!」
 その誰かとは、インテグラである。さすがに職員をこれ以上手酷く殺させるわけにはいかないとでも思ったのだろうか。
「もう…もうやめてくれ…」
 インテグラの真意はわからない。ただ、ひどく悲しそうな…それこそ今にも泣きそうな目をしている。
インテグラの静止により、ティアナが正気に戻る。瞳も元の色に戻り、そして周囲の惨劇に絶句した。

 その頃、ウォルターがついにヤンを止めた。
渾身の蹴りで壁にたたきつけ、さすがの吸血鬼も動けないほどのダメージである。
だが、ヤンはそれでもゲラゲラと笑っている。死ぬのも覚悟していたかのように。
「もうチェックメイトだ、小僧」
 一方のウォルターは、怒りを隠そうともしない。表情は怒りに満ちており、鋼線を歯に銜えている。
「殺りなよ、ご老体」
「殺さんよ。これだけの事をしたのだ。誰の差し金か吐いてもらってからたっぷりと殺してやる」
「甘いよねェ、あんたらつくづく」
 そういったやり取りの最中、インテグラが近づいてくる。怒りを面には出していないが、雰囲気が怒りを表している。
そしてヤンの目の前まで歩き、止まった。そのインテグラをヤンが挑発する。
「よう、ビッチ」
 刹那、インテグラが弾丸を叩き込む。その数5発。心臓や頭には当てていないが、相当痛いだろう。
…その証拠に、ヤンが銃創を抑えながらうずくまっている。
「軽口を叩くな。私は怒っている」
「くっくふくふふはひはははははは」
 うずくまったまま高笑いをあげるヤン。もうすぐ拷問の末に死ぬというのに、どういうつもりか。
「おまえらは一体何なんだ?一体何の真似でこんなことを?後ろで誰が糸を引いている?答えろ!」
 銃を向けたままインテグラが問う。だがヤンは相変わらず高笑いをあげ続けていた。
「笑うな!答えろ!」
 インテグラの怒声が響き、ようやくヤンが高笑いをやめた。
そしてインテグラに対して話し始める…が、彼女らの意図したものとは全く別の答えだった。
「あんたらももう知ってんだろうが、俺の内に埋め込まれた機械類は、今こうしている時も連中に情報を送り続けているんだぜ。
作戦が失敗した事だって…この会話も筒抜けなのさ!
連中が作戦に失敗して、今全部ゲロしようとしてるこの俺を…生かしておくと思うのかい?」
 そう言い終わらないうちに。ヤンの首から炎が吹き上がる。
その炎はどんどん燃え広がり、あっという間にヤンの全身を覆った。
「な…ッ!?」
「はぁはははぁ!やっぱなあッ!ひはははははァ!
ひひひははバカ共、教えてやる。一ッコだけ教えてやるヒヒヒヒ。せいぜい頑張るコトだな、ビッチ!」
 そう言うと燃え残った左手の中指を立て、最後の一言を残す。
「ミレニ…アム…」
 そしてヤンは真っ白な灰になり、この世から姿を消した。
死に際にひとつの手がかり…『ミレニアム』という言葉を残して。
「ミ…ミレ…ミレニアム?」
 ミレニアム。普通に考えれば『1000年』とか『十世紀間』とか、そういう意味だろう。
だが、実際には違うはず。そうでもなければヒントとは到底いえないだろう。
…それはさておき、この一件で憔悴しきったインテグラをウォルターが気遣う。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「ああ、私は…それより彼らを楽に…させてくれ…」
 彼らとは、言うまでもなくグールにされたHELLSING局員の事である。
先ほどのティアナの暴走で大半は死…いや、楽になったが、まだそうなっていない者も結構いる。
「は…」「いや、それはダメだ。ウォルター」
 突然の声に振り向くウォルター。今まできれいさっぱり忘れられていたアイランズがいた。
銃身を持ち、インテグラに渡そうとするアイランズ。安全装置は外してある。
「指揮官の仕事だ…インテグラ、君がやるべきだ。その義務がある」
「アイランズ卿、それはあまりにも…」
「否、『仕方が無かった』は通用しない。何か準備や方法があったはずなのだ」
 ウォルターがアイランズをたしなめるも、そのアイランズは聞く耳を持たず。逆にインテグラを追い詰める。
「すべての責任はおまえにある。おまえが指揮者なのだから。違うかね?
彼らが死んだのも、死にぞこなっているのも、全ておまえのせいだ」
 そう言われたインテグラはアイランズから銃を受け取り、グールへと近づき、銃を突きつけた。
「…許してくれとは言わない。全部…私のせいだ」
 そしてグールの頭に発砲し、楽にした。
「ウォルター、ミレニアムとやらを調べろ。速やかに、徹底的にだ」
「はっ、無論です」
「この落とし前は兆倍にして返すぞ」

 その頃、某国某所。幾人もの人間が集まり、何かの相談をしている。
何の相談かはわからないが、時折『吸血鬼』や『軍事』、『グール』という単語が聞こえる。
おそらくは、バレンタイン兄弟を送り込み、HELLSING機関を壊滅寸前にまで追いやった張本人達だろう。
…と、眼鏡の男性がこの相談を止めた。
「まあいい、諸君。研究を再開しよう」

TO BE CONTINUED

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最終更新:2007年08月14日 11:14