その男には、倒さなくちゃならない宿敵がいる。
それは本来なら愛すべき存在だった、大切な人……。
いつだって一緒にいたはずの、血を分けた兄弟。
そんな兄弟を……家族を引き裂いたのは、異形の姿をした、悪魔達。

悪魔に引き裂かれてしまった二人の兄弟の過去。
そして、今また牙を剥くかつての仲間……。
知ってしまった事実に、私達は立ち向かわなくちゃならない。
例えそれが、狂った結末へと続く道でも。

宇宙の騎士リリカルなのはBLADE……
始まります。


「ボルテッカァァァーーーーッ!!」
アックスが放った赤い閃光―ボルテッカ―は、アースラ毎、周囲の全てを飲み込んだ。
ボルテッカの反物質粒子は、アースラを中心に爆発し、ドーム状に拡がって行く。
反物質に触れた地形は、どんなに巨大な岩石であろうと瞬く間に消滅して行く。
例えるなら、まるで核爆発でも起こったかのように輝く赤いドーム。いや、核爆よりももっとタチが悪い。
この爆発ならば、アースラは間違いなく消滅しただろう。

「……他愛ない……」

ボルテッカを発射した張本人である緑のテッカマン……『テッカマンアックス』は、赤く輝くドームに背を向けながら言った。
テッカマン同士がここまで接近したのだ。お互いが発する感応派で、相手の正体は解る。
テッカマンアックスがたった今葬った戦艦には、間違いなく裏切り者ブレードが乗っていた。
ブレードは、たった一人でラダムに反旗を翻し、数多のラダム獣を葬って来た。
そして不完全な肉体であるにも関わらず、ブレードはかつて完全な肉体を持った筈のラダムのテッカマンさえも撃破した。
それ故にアックスは心のどこかで期待していたのだ。「ブレードならばこのボルテッカにも反撃してくれるかもしれない」……と。
「……さらばだ。タカヤ坊」
アックスは、赤く光り輝くドームに一瞬だけ視線を送ると、背中のスラスターを噴射し、この場所から立ち去った。

第9話「引き裂かれた過去」

ここは、この世界の荒野にぽつんと佇む洋風の屋敷。薄暗い部屋で、暖炉に灯った炎がパチパチと音を立てて燃えている。
電気は無い為に、小さな窓から差し込む太陽光と、暖炉の火だけがこの部屋を照らす明かりだ。
部屋の雰囲気は、シャマルがよく見るような海外映画に出てくる、一昔前の洋風の部屋といった感じだ。少なくともシグナムは、そんなイメージを抱いた。
真ん中に設置されたテーブルと、それを囲むソファ。そこに、シンヤとシグナム……それからモロトフが腰掛けていた。

モロトフはふと、小さな笑みを浮かべ、言った。
「……残念だったなエビル。」
「何がだ? モロトフ」
「ブレードは、たった今死んだ……!」
「何?」
少しだけ表情を暗くし、モロトフを睨むシンヤ。一方のシグナムは、信じられないとでも言いたげな顔でモロトフを睨む。
「たった今、裏切り者ブレードはアックスによって倒された。お前の出る幕は無かったな」
「……馬鹿な。奴がそう簡単に倒される訳が……」
「無いと言い切れるのか?」
「………………」
モロトフの言葉に、シンヤは言葉を詰まらせる。たしかに、アックスならばブレードを倒せるかも知れない。
不吉な事を考え、俯くシンヤ。そんなシンヤに声をかけたのは、シグナムだった。
「そのアックスという奴は、そんなに強いのか……?」
「……ああ、シグナム。アックスは強い。もしかしたらブレードよりも……」
「ブレードよりも……だと?」
シグナムは怪訝そうな顔で、シンヤを覗き込む。ブレードの強さは、実際に戦ったシグナム自身が良く解っている。
シグナムは以前の戦いで、手も足も出せずにブレードに一撃を入れられてしまったのだから。
「ああ。何せ、アックスは僕の……いや、僕達兄弟の戦いの師匠だからね」
「……師匠……か。」
昔を思い出しながら不敵に微笑むシンヤ。その一人称は、いつの間にか「俺」から「僕」へと変わっていた。
八神家で過ごすようになってから、過去の話をする時等、たまに一人称が変わる事はシグナムも薄々感づいてはいた。
「そうか……お前達の師か。一度会ってみたいものだな……」
だからこそ、シグナムは敢えてそこには言及せずに、うっすらと微笑んだ。
シンヤのみならずあのブレードをも育て、鍛えた人物。きっとかなりの大物なのだろう……と。そう思ったのだ。
「もうすぐ会えるさ……奴が本当にブレードを倒したのなら、ね……。」

所変わって、ボルテッカの爆発地点。
ボルテッカの反物質粒子により生じた赤いドームが消えた場所には、何も残っていなかった。
岩石どころか、ラダム樹さえも。アックスが放った高密度のボルテッカは、草木一本残らず、全てを消滅させてしまった。

……訂正。全てでは無かった。
ボルテッカの影響でクレーターと化した大地。その中心には、巨大な黒い球体が浮かんでいた。
黒い絵の具を使った後、その筆を水に浸ければ、水と黒い絵の具が混ざり合い、渦を描く。誰しもそんな光景をみた事はあるはずだ。
この黒い球体には、その例えが相応しいだろう。銀と黒が混ざり合った球体は、まるで光を吸い込む様に浮かんでいた。
やがて球体はゆっくりと消えて行き、その中身を露呈して行く。
球体が完全に消えた時、そこに浮かんでいたのは、白い戦艦。ボルテッカに撃たれ、消滅したはずの白い戦艦だった。

「お、俺達は……助かったのか?」
「そうみたいだね……Dボゥイ」
驚愕した表情で周囲を見渡すDボゥイに、ユーノが言った。
Dボゥイはボルテッカという兵器が、あらゆる物質を瞬時に消滅させる、最強にして最悪の兵器だと言う事を知っている。
だからこそ、自分達が無事であることが信じられないのだ。
「何故だ……!? 一体何をしたんだ!? ボルテッカを受けて無事であるはずが……」
「それが無事なんだよ……いや、まぁ無事とは言い切れないかな。エイミィ、どうだ?」
「うーん……流石にボルテッカは完全には防ぎ切れなかったみたい。衝撃でサーチャーとかあちこちイカレちゃってるよ……」
冷や汗を流しながら高速でパネルを叩くエイミィ。エイミィがパネルを叩く度に、頭上のモニターは増えて行く。
「おい、クロノ……俺達は一体何故助かったんだ……!?」
「ディストーションフィールドだよ。」
「……なんだそれは?」
さっぱり解らないという様子のDボゥイに、今度はリンディが簡単過ぎる説明を開始した。
「私の魔法、ディストーションシールド……まぁ簡単に説明すれば、凄いバリアよ。結構疲れるんだから……」
「バリアだと? そんなものでボルテッカが防げる訳が無い……」
Dボゥイの脳裏をよぎるのは、対ヴォルケンリッター戦で、管理局員達が張った結界をことごとく破壊したボルテッカの雷。
「ただのバリアとは違うんだよ、Dボゥイ」
「何が違うと言うんだ、エイミィ……?」
「ディストーションフィールドは、まぁ解りやすく言えば空間を歪曲させちゃうんだよ」
「空間を……歪曲……? ……そうか!」
ハッと気付いたDボゥイは、「解ったぞ!」とでも言わんばかりにエイミィを見た。
「流石Dボゥイ、もう解ったみたいだね?」
「つまり、アックスがボルテッカを放つ前に艦長がディストーションシールドを発動。
その効果で、ボルテッカを防ぐ……というよりも、ボルテッカを反らしたのか!」
「んー……ま、ほぼ正解だね! 流石にボルテッカが相手じゃシールドもかなり劣化しちゃったみたいだけどね……
さてはDボゥイ、こういう話好きでしょ?」
Dボゥイの解析に、ニヤつくエイミィ。確かにDボゥイは、父の影響か昔からこういう科学的な話は得意分野だった。
一方で、なのは達も以前見た事があるこの魔法を思い出す。
確か、プレシア・テスタロッサを逮捕しようと乗り込んだ時にもこの魔法を使っていたはずだ。
バーナード一人だけ、まるで話が読めずにぽつんと立ち尽くしているが、他の一同の話から、なんとなくだが状況は掴めたらしい。
そうこうしていると、バーナードの通信端末に連絡が入る。どうやらさっきの仲間達からの様だ。

『――軍曹……バーナード軍曹!』
「なんだ、聞こえてるよ」
『無事でしたか?』
「あぁ……なんとかな。お前らはどうだ?」
『もちろん、逃げましたよ! 皆こんな所で死にたく無いんでね!』
「へへっ……そりゃそうだ」
通信相手も、バーナード自身も、何が嬉しいのか「へへへ」と笑っていた。この男達はまだ出会ったばかりだ。何を考えているのか等誰にも解るまい。

「……さて、Dボゥイ。君の疑問も解決した所で、今度はこっちからも質問があるんだが……」
「……質問?」
突然話を変えたクロノの顔を、怪訝そうに睨むDボゥイ。
「恐らく、この疑問を抱いていたのは僕だけじゃ無いはずだ……そして、今さっきの君の言葉で、僕は確信した」
「……確信? 何をだ?」
「……単刀直入に聞かせて貰う。君は、本当に記憶喪失なのか……?」
クロノは声色を落とし、その核心に迫った。エイミィもリンディも、フェイトもなのはも、じっとDボゥイを見詰めていた。

一方、モロトフの屋敷に、一人の男が帰還した。
かなり体格のいい中年の男で、体もシンヤやDボゥイよりも一回り大きい。この男こそシンヤの師……テッカマンアックスこと、『ゴダード』である。
ゴダードはシンヤを見るなり、接近し、不敵に微笑んだ。
「お久しぶりです、エビル様」
「久しぶりだな、アックス……それより、ブレードは……?」
「儂が放ったボルテッカの塵と消えました」
「……間違い無いのか?」
「はい。あの爆発なら、間違いなく助からないでしょう」
再びニヤっと笑うゴダード。ゴダードは、エビルを守る事を使命としている。
ブレードがエビルに害を成すのならば、アックスは死力を尽くしてエビルを守る為に戦う。
元師匠として、シンヤを守るという使命は接近格闘戦型テッカマンに改造されてしまった後でも生き続けているのだ。
「アックスにやられるなら……ブレードもそこまでだったと言う事か……」
「シンヤ……」
少しだけ表情を曇らせるシンヤを見つめるシグナム。シンヤの複雑な感情は、何となくだが解る。
もしも、好敵手と認めるテスタロッサを他の誰かに倒されてしまえば、どんな気持ちになるだろう?
恐らく頭では解っていても、そう簡単に認めたくは無い筈だ。
「ところでエビル様、そちらの人間は……?」
「彼女の名はシグナム。人間じゃない、今の俺の仲間だ。」
「人間では無い……?」
シグナムの体を頭から足まで、確かめるように見るゴダード。
「何か……?」
「シグナム……と言ったな。アンタ、何かやるな? 武人か……?」
「……まぁな」
既に騎士甲冑は解除し、レヴァンティンも待機状態に戻してしまってはいるが、ゴダードはシグナムを見た途端に、ただならぬ気配に気付いた。
「やっぱりな。アンタはそこらの人間とは動きと、目付きが違う。」
「褒め言葉と受け取っておこう。貴方こそ、シンヤとブレードの師と聞いたが……?」
「いかにも、その通りだ。儂は幼い頃から二人を鍛えて来た」
落ち着き払った態度で、不敵に笑いながら言うゴダード。その言葉に、シグナムはいくつかの疑問を抱いた。
シンヤの兄・タカヤ。そして師匠のゴダード……こんなにも身内ばかりがテッカマンになってしまっているのには、何か理由があるのだろうか?
シグナムが聞いた話では、シンヤはラダムが生み出した地球侵略用生体兵器……のはずだ。
シンヤの話から、彼らも元は地球人であろうことが推測されるが、何故相羽家の身内ばかりがテッカマンなのだろうか?
「シンヤ……少しいいか?」
「ん……なんだい、シグナム?」
シンヤを呼び付け、屋敷の外へと歩を進めるシグナム。シンヤも何も言わずにシグナムの後を追う。
そして二人は、屋敷から数メートル離れた場所で向き合った。
「シンヤ……テッカマンとは……」
「フフ……解ってるよ。何を聞きたいのかはさ」
シグナムの言葉を遮るシンヤ。
「なんでこんなにも俺の身内ばかりがテッカマンなのか……って聞きたかったんじゃないのか?」
「……あぁ。その通りだ」
「いいよ、教えてやるよ……俺達に何が起こったのか……」

同刻、アースラ。クロノに核心を突かれたDボゥイは、表情を変えずに言った。
「……どういうつもりだ、クロノ?」
「君はさっき、あのテッカマンを『ゴダード』と呼んだな?」
「………………」
「それだけじゃない。奴のボルテッカのチャージ時間についてもだ。」
クロノの的確な指摘に、言葉を詰まらせてしまうDボゥイ。
「もしかして君は、最初から記憶を失ってはいなかったんじゃないのか……?」
「………………」
「確かに……それならエビルとかシンヤとか、相手の名前を知ってた事も納得行くけど……」
「そうね……確かに貴方とエビルの間には、ただならぬ因縁があるみたいだけど……」
エイミィに続いて口を開くリンディ。
今までのエビルとの戦闘でも、二人の間には並々ならぬ因縁が存在している事は容易に想像出来る。
そして、エビルとDボゥイの言葉は明らかに知り合い同士が交わす言葉。
今更だが、考えてみれば不自然な点が多々見受けられる。
「Dボゥイ……まだ隠してる事があるのなら、話してくれないかしら……?」
「Dボゥイ……私達仲間だろう?」
リンディに続いて、今までずっと目立たなかったアルフも一歩前へ出る。
「Dボゥイ……前に、私に妹さんの話してくれたよね……?」
「フェイト……」
「ねぇ、もしまだ何か隠してる事があるのなら、私たちに話してくれないかな……?」
「もしかしたら、Dボゥイさんの力になれるかもしれないよ……?」
「なのは……」
フェイトとなのはの顔を交互に見るDボゥイ。バーナード以外のほぼ全員が自分を見つめている。
「隠し続けるのもそろそろ潮時か……」と、Dボゥイはそう思った。
そして何よりも、これ以上仲間に隠し続ける事は、Dボゥイ自身も耐えられない。
しばらく目を閉じ、考えるような素ぶりを見せたDボゥイは、ややあって、顔を上げ、その重たい口を開いた。

「全てクロノの言う通りだ。俺の名前は、『相羽タカヤ』……
元いた世界で、アルゴス号という宇宙船の乗組員だった」
「相羽タカヤ……さん……?」
「アルゴス号……?」
復唱するリンディとエイミィ。
「俺は……いや、俺の家族と仲間達が乗ったアルゴス号は、長い航海の末に、ようやく土星の周回軌道にまでたどり着いた……」
Dボゥイ……いや、タカヤの言葉を、黙って聞く一同。長い間謎に包まれていたDボゥイの過去がようやく語られる時が来たのだ。

タカヤ達が乗ったアルゴス号は、ようやく土星にまでたどり着いた。しかし、そこで彼らを待ち続けていたのは、
その旺盛な繁殖力から、既に自分達の惑星には納まり切らなくなる程までに繁殖してしまい、他星の侵略を開始したラダムだった。
今でもハッキリと思い出せる。あの日、自分達に何が起こったのかを。

「前方の空間に歪みが発生しています!」
アルゴス号のブリッジで、オペレーターを勤めていたミユキ―そしてタカヤの、たった一人の妹でもあった―が、そう叫んだ。
「馬鹿な!? こんな空域に重力波とは……」
「歪み……さらに増大中!」
「ミユキ、スクリーンに転映してくれ!」
父であり、艦長である『相羽孝三』が席を立ち、ミユキに命令する。
孝三に言われたミユキはすぐに歪みの発信元をスクリーンに映し出す。
そこに映されたのは、宇宙の歪みから突き出た、地球外の技術により造られたであろう巨大戦艦。
「父さん……!?」
「父さん、何なの!? アレは!」
ミユキに続き、シンヤも混乱した様子でスクリーンを凝視する。
あれはまさしく、映画で見る様なエイリアンの戦艦だ。父である孝三は即座にそう判断した。
「コース変更だ! 重力波に巻き込まれるぞ!」
「駄目だよ、父さん! もう間に合わない!」
「何だと……!?」
シンヤの報告を聞いた孝三は、絶句した。次の瞬間、アルゴス号は重力波により生じる眩ゆい光に包まれていた。
そして、謎の戦艦は完全に歪みから抜け出し、アルゴス号の目前に迫っていた。

「それで……どうなったの?」
「……俺達は、自らその戦艦に接触を試みた」
「迂闊な……」
続けるタカヤに、クロノが呟く。

しかし、それは奴らの罠だった。
適度に進化した頭脳と、行動的な肉体……人類の肉体は、皮肉にもラダムにとって理想的な物だった。
俺達は未知の技術に興味を示し、自ら接触を試みた。そして、取り込まれて行ったんだ。
ラダムの侵略システム……『テックセットシステム』に。

「これは……」
「気をつけるんだぞ……!」
戦艦内部の奇妙な物体に触れるシンヤ。
孝三は一同に注意を呼びかけながらも、タカヤやミユキ、フリッツやゴダード、フォンやケンゴ兄さん……他にも何人もの人間を率いて戦艦内部を探索していた。

誰も居ない、何も無い……安心しかけた、その時だった。

戦艦内部の奇妙な球体が、突然乗組員の一人を飲み込んだのだ。
「「うわぁあああああーーーーー!!」」
当然俺達はパニック状態に陥り、とにかくその場から逃げ出そう走り出した。だが、それももう遅かった。
ラダム母艦に足を踏み入れた時点で、俺達家族の運命は狂い始めていたんだ。
とにかく、悲鳴をあげながらも逃げようと走り回る一同。「助かりたい!」その一心で一同は走った。
だが、四方八方から現れ、乗組員達を触手で絡めとるテックセットシステムに、一人……また一人と取り込まれてしまう。

「(あぁ……フリッツ……モロトフ……ゴダード……
ミユキ……フォン……ケンゴ兄さん……!)」
タカヤは、もはや走る事も出来ずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。仲間が、家族が取り込まれて行く光景を黙って見ているしか出来なかったのだ。
そして、ついには……
「父さん……父さぁんッ!!」
「に、逃げろ……シンヤ……タカヤァー!」
いつも俺達を導いてくれた偉大な父、孝三までもが、そのシステムに取り込まれてしまったのだ。
俺達兄弟は父を救う為に、逃げて来た道を引き返した。孝三はそんな二人に逃げろと繰り返す。
「父さん……父さん!!」
だがシンヤは、聞かなかった。ただ立ち尽くすだけで何も出来なかった俺とは違い、シンヤは父に逆らい、たった一人でも父を救おうとした。
そして次の瞬間には、シンヤまでもがテックセットシステムに取り込まれていた。悲痛な叫びと共に。
「あ……あぁ……」
ただ震えながらそんな光景を見ているしか出来ないタカヤ。こうしている間にも、アルゴス号の乗組員は次々と奇妙な球体に飲み込まれて行く。
そして、ついには自分を取り込もうと球体が迫っていた。逃げようにももう遅い。
「う……うわぁああああああああああああああああああああ!!!」
……こうしてタカヤは、ラダムの侵略システムに取り込まれ、後のテッカマンブレードへと改造されてしまうのだ。

テックセットシステムは、人間の体を素体テッカマンに改造し、ラダムの意思を埋め込む事でテッカマンを誕生させるシステム。
取り込まれてしまった人間は、肉体を改造され、完全なラダム人にされてしまう。ラダム人にされてしまった地球人は、もはや地球の敵。
驚異的な戦闘能力を誇るテッカマンは、地球の敵として、地球人類にその牙を剥くのだ。
……だが、そこで一つの問題が発生した。

「「うあぁあああああああ……」」
テックセットシステムに取り込まれた人々は皆、激しい痛みに悲鳴をあげていた。
同時にシンヤやタカヤ達は、体に赤いラインが入り、うっすらとテッカマンの面影が出来上がって行く。
だが全員がそうなる訳では無かった。何人かの人間は、その過程に耐えられずに、激しい痛みと共にミイラ化、テックセットシステムから排出されて行く。
テッカマンになるに相応しく無いと判断された肉体は、フォーマット前に排出されてしまうのだ。
……そしてそれは、ラダムにとって予想外の事態を招く事になった。

「うぅ……」
テックセットシステムから排出され、床に落下してしまった父、孝三。
周囲を見渡せば、アルゴス号の乗組員達が球体の中で体を作り替えられているのが見える。
「タカヤ……!」
孝三は、フォーマットの途中で排出された為に、今のタカヤ達が何をされているのかは、良く解っていた。
「(タカヤだけでも……)」
孝三はフラフラと、覚束ない足取りで、近くに落ちていた銃を掴む。
銃を握った孝三は、狙いをタカヤのテックセットシステムへと定める。
狙うはテックセットシステムに繋がった数本の触手。あれを狙い撃てばタカヤはテックセットシステムから開放される。
「(タカヤ……!)」
そして、孝三はタカヤをテックシステムから解き放つ為に、数発の弾丸を発射した。

「……そして、父さんは俺よりもタカヤを救おうとしたんだ……」
「……それで……どうなったんだ……?」
タカヤがクロノ達に説明をしている中、シンヤもシグナムに同じ話をしていた。
「それにより、不完全なテッカマン……則ち、裏切り者……テッカマンブレードが誕生した……!」
「裏切り者、ブレード……」
「そうだ。奴は俺達ラダムに牙を剥き、そこからラダムの侵略計画は大きく躓いた……こともあろうに、父・孝三の手によってな……!」

一方で、タカヤの話を聞いていたクロノやなのは達は、まさに絶句といった感じの表情を浮かべていた。
「……そして父さんは、最後の力を振り絞って、俺を逃がしてくれたんだ……」

「タカヤ……大丈夫か……!」
「父さん……」
まだ不完全とは言え、孝三はテッカマンになってしまったタカヤに肩を貸し、なんとか脱出ポッドまで逃げ延びた。
ブレードをポッドに収容した孝三は、共にポッドには乗らず、ブレードに背を向ける。
孝三は、最後にタカヤにとある使命を託したのだ。自分では叶える事は不可能な、重大な使命を。

「(父さん……)」
俺―相羽タカヤ―は、ポッドに横たわりながら父の背中を見つめた。大きな背中。今まで、いつだって俺達を守って来た父の背中を。


――お前にはやらねばならぬ使命がある! 辛い事だが、私も出来るだけの事はする!

タカヤの耳に蘇る、偉大な父の最期の言葉。

――時間が無い……奴らは私を排除しに来たんだ!

「排除……?」
奴ら……排除……?
何を言ってるんだ、父さん!?

――タカヤ……お前の使命とは、奴らに肉体を乗っとられた、シンヤやミユキを、お前の手で倒す事だ!

「そんな……!」
酷すぎる、そんな事……
家族を、兄弟を自分の手で殺せと言うのか……!?

――辛いのは解る。だがお前には解っているはずだ……
お前がやらなければ、全人類は滅亡する! ラダムの目的は地球の侵略なんだ!

「父さん……父さん!!」
閉ざされるポッドのシャッター。途端に、タカヤの視界は暗闇に包まれる。

――さらばだタカヤ! この名前も今日から忘れるんだ……!
お前が倒す相手は兄でも弟でも無い……侵略者、ラダムなのだ!

それが、タカヤが聞いた父の最期の言葉であった。
ポッドはアルゴス号から離脱し、地球へと帰還する。こうして、タカヤの地球帰還の、長い旅が始まった。
「父さぁーーーーーんッ!!!」
タカヤは叫んだ。力の限り。もうこの声が父に届く事は無い。それでも、嫌だった。
家族や仲間……何よりも大好きだった父さんと別れるのが。

「そんな……酷い……」
「これは……想像以上に重いな……」
涙目で口を塞ぐフェイト。流石のクロノも、他の一同も完全に暗いムードになってしまっている。
それも当然だろう。自分の家族が、仲間が侵略者の手先となってしまった。
そして、自分は一人で助かってしまったばっかりに、たった一人で大好きだった筈の兄や弟を殺さなければならないのだから。
「じゃ、じゃあ……Dボゥイが今まで戦って来た相手は、自分の家族だってのかい……!?」
「そうだ……例え俺が戦いを拒んでも……奴らは俺を殺しに来る……」
「そんな……じゃあ、タカヤさんは……」
「なのは……!」
Dボゥイに、言葉を途中で遮られるなのは。あまりの剣幕に、ビクッと固まり、言葉を止める。
「頼む……その名前で呼ばないでくれ……」
「……タカ……Dボゥイさん……」
なのはも、Dボゥイの悲痛な面持ちに、涙が堪えられなくなって来る。
彼はもう自分の名前を捨てたのだ。
家族を……いや、テッカマンを一人残らず滅ぼすと誓ったあの日から。
「エビルは……奴は相羽シンヤ。俺の双子の弟だ……」
「双子……!?」
復唱するフェイト。フェイトとなのはには、心辺りがあった。以前出会った、Dボゥイと同じ、優しい顔をした青年。
その青年は優しい顔だちではあったが、目は獣の様に光っていた。彼がそのシンヤだとすれば全てに合点が行く。
「Dボゥイ……じゃあ、貴方はもう……」
「……ああ、艦長。俺は既に……テッカマンを……一人殺している。」
「「……ッ!?」」
再び絶句する一同。これはあまりにも話が重過ぎる。
たった一人の青年に、こんなにも辛い運命を背負わせる。神はあまりにも無慈悲過ぎる……リンディは、そう思った。

「……そしてラダムの侵略計画の大きな障害となったブレードは、俺達の仲間であるテッカマンダガーを殺した……」
「テッカマン……ダガー……?」
シンヤの説明に、シグナムの表情も暗くなっている。予想以上に話が重い。泣くまでには至らないが、流石に明るい表情は出来ない。
「ああ……元はアルゴス号の乗組員……フリッツという男だった」
「……そうか。」
だが何よりも、シグナムはシンヤを可哀相だと思った。八神家で過ごす様になってから、家族の温かさはシグナムもよく理解している。
それ故に、仲の良かったはずの一つの家族をこんな泥沼の戦いへと導いたラダムに、心のどこかで怒りを感じたのだ。
だが、自分にはどうすることも出来ない。そんな無力さに、また怒りを募らせる。
そんなシグナムの態度に気付いたシンヤは、軽い笑みを作り、言った。
「シグナムは何も気にしなくていいんだ。実際、僕ははやて達と暮らすようになってからラダムの事を忘れそうになる事もあったからね……」
「シンヤ……」
「だから……ブレードを倒して、闇の書を完成させれば……僕達はまた元の生活に戻れるんだ……」
「そうだな、シンヤ……。」

「俺はもう、一人のテッカマンを殺した。後戻りは出来ないんだ……!」
「……Dボゥイ……」
「ダメだよ……そんなの……酷すぎるよ!」
涙を流しながらも叫ぶなのは。
「だって、シンヤさんは家族なんでしょ!? 家族なのに殺し合うなんて……」
「違うッ!!」
「……え……?」
またもびくつき、Dボゥイの顔を見据えるなのは。
「シンヤはもう死んだ。奴はラダムの、テッカマンエビルだ……!」
「そんな……そんなの……」
「奴らを倒す事が、俺がシンヤ達にしてやれる最期の手向けなんだ……!
これ以上、シンヤ達に人殺しをさせたくないんだ!」
「……Dボゥイさん…………」
なのはは、これ以上Dボゥイに返す言葉を持たなかった。家族は本来仲良くあるべきだ。
だが、それもケースバイケースだ。Dボゥイは、余りにも例外過ぎる。
「だから俺は……全てのテッカマンを滅ぼすまで戦わなければならないんだ!」
「残念だけど……それは駄目だ、Dボゥイ……」
突然割り込みをかけるユーノ。一同の視線も、一気にユーノに集まる。
「駄目……だと……?」
「さっき君も言った様に、君は複雑なフォーマットの途中でテックシステムから脱出した……言わば、不完全なテッカマンだ」
「………………」
「無限書庫に、かつて不完全な状態で戦ったテッカマンが記録されていたんだ」
「何だと……!?」
「そのテッカマンは、とある世界……多分、この世界に、死にかけの状態で現れた」
「……まさか……」
ユーノの説明に、目を見開くDボゥイ。一人だけ、思い当たるテッカマンがいる。
孝三と同じく、テックシステムから排出された者。不完全なテッカマン。たった一人の妹。
「彼女は……死ぬ直前に、自分の持てる情報を人類に伝えた。その事実が、無限書庫には封印されていたんだ」
「あぁ俺もそんなテッカマンの話を聞いた事があるぜ。なんでも、その時のデータを元に軍は最新兵器を開発したらしいからな」
壁にもたれたまま、口を開いたバーナード。Dボゥイは、一瞬バーナードを見た後、視線をユーノに戻した。
「……君は今まで、目眩とか、体調不良を訴えていたらしいけど……それも気のせいなんかじゃない。」
「……何……?」
「君がこのまま戦い続ければ……君の命は、間違いなく……近い内に燃え尽きる……!」
「な……そん、な……!」
今度は流石のDボゥイも驚いたらしく、開いた口を塞げずにいた。
なのはも、フェイトも、あまりの急展開に、そしてあまりにも辛い過去に、涙を止められずにいた。
家族の話だけでも充分辛いと言うのに、このまま戦えば、近い内に死ぬ……なんて、まだ10歳にも満たないなのはには、過酷過ぎるのだ。
それに、それだけでは無い。Dボゥイには、30分以上戦えばラダムと化してしまうという哀れなリミットも存在するのだ。
まさかこれ以上にまだ何かあるなんて、思いもよらないだろう。
まさか……目の前で、唯一人の心を持った家族―ミユキ―が、エビル達になぶり殺しにされたなんて。
だが、この話はまたの機会だ。何やら、Dボゥイが見たミユキの最期と、ユーノやバーナードが話す不完全なテッカマンの最期には食い違いが生じるているからだ。

「俺は……もう……戦えないというのか……?」
「ああ……残念だけど……」
「そんな……うぅ……」
フラフラと後ずさるDボゥイ。数歩下がった所で再び激しい目眩に襲われる。
立っているのもままならなくなったDボゥイは、低く唸りながらブリッジの床に立て膝をついてしまう。
「ほら、君の体はもうそんな状態じゃないか……」
「嫌だ……俺は戦う……! 例え明日死ぬとしても、俺は一人でも多くのテッカマンを倒さなければならない!!」
「Dボゥイ……」
悲痛な叫びを響かせるDボゥイを、ユーノはただ哀れみの目で見るしか出来なかった。
壁にもたれたバーナードは、腕を組みながらDボゥイを見つめている。心なしか、さっきまでのDボゥイを見る目とは違っている。

「アレックス……Dボゥイを、医務室へ運んで」
「り、了解しました」
リンディの言葉に、ほとんど空気同然だったアレックスは、Dボゥイの肩を、自分の肩に回した。
「僕も行きます……」
「ああ。」
そんな二人に、ユーノも付き添う。アレックスも、静かに返事を返す。
だが。
「離せ……離せ!俺はまだ戦える……!
ラダムを滅ぼすまで……この体がバラバラになるその日まで……俺は戦い続けなければならないんだ……!」
「少し落ち着け、Dボゥイ……!」
「嫌だ……! 頼む、離してくれ……! 俺は……俺は……!」
三人はブリッジから出て行った。ブリッジにはだんだんと遠ざかるDボゥイの悲しい叫びが、虚しく響き渡っていた。
「Dボゥイ……辛くてもう……見てられないよ……」
Dボゥイが去った後を見つめていたアルフは、涙を拭いながら呟いた。

「……エイミィ、アースラはどうだ?」
「……駄目だよ、艦自体は無事だけど、さすがにボルテッカの衝撃でサーチャーも、次元間航行機能も完全にイカレちゃってるよ……」
「……まずいわね……」
困り果てた顔で説明するエイミィ。リンディも、顎に手を当てて真剣に悩んでいる様子だ。
フェイトは、涙を拭いながらクロノに近寄る。
「何がまずいんですか……?」
「……要するに、僕たちは元の世界に帰れなくなったって事だよ」
「「……なッ!?」」
その一言に、なのはも、フェイトも、完全に固まった。

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最終更新:2008年01月07日 22:30