「もう……あの子ったらどこへ行っちゃったのかしら……」
時空管理局、ミッドチルダ地上本部の廊下をアイナ・トライトンは駆け回っていた。
折角のなのはの休日、それなのに昨今のスカリエッティ事件のせいで、急遽課長と両隊長は地上本部へと会議に出かけてしまった。
当然ヴィヴィオはかなり泣いてごねたのだが、なんとか宥めて、ようやく泣き止んだと思ったのだが、暫くするとまた泣き喚く。
あれほど楽しみにしていたのだ。なのはとの休日が台無しになってしまい、ヴィヴィオはどうしても泣き止んでくれない。
仕方なくアイナはヴィヴィオを連れて本部で待たせてもらおうと考えたのだ。彼女も本部は珍しいだろうし、終わってすぐなら少しは遊ぶ時間も作れるだろう。
しかし、どうやらその考えは甘かったようだ。許可を取って本部に入ったのはいいものの、ヴィヴィオは少し目を離した隙になのはを探して何処かへ行ってしまった。
「人見知りする子だから、知らない人に付いて行ったりはしないと思うけど……」

その頃、ヴィヴィオは無機質な廊下に飽きて中庭をぶらついていた。アイナと一緒でも、本部に来ても退屈は紛れない。
蹴った小石を探して辺りを見回すと、どこから入ったのか風変わりな人物が歩いていた。背負った箱には、中央に大きな目。
服装もミッドチルダではまずお目に掛かれない、派手な着物。しかしヴィヴィオが最も目を引かれたのは、頭巾の下の顔であった。
――顔に変なお化粧をした男の人。ちょっと怖い顔だけど、なんだか怖くなかった。
目の周りには赤のメイク、と言うよりも歌舞伎の隈取りに近い。整った鼻筋にも沿って縦に走っている。
「お嬢ちゃん、ここの建物の奥まで案内してくれませんか?」
ヴィヴィオが話しかけるよりも早く、男はヴィヴィオに近づいてきた。

そして今、芝生に座り込んだヴィヴィオの前には男の箱が置かれ、様々な珍品が並べられていた。
ヴィヴィオが知らないと答えると男は立ち去ろうとしたのだが、何故かヴィヴィオはそれを引き止めていた。
――遊んで! ってくっついたら、その人は仕方なさそうにいろんなものを見せてくれた。
「これなぁに?」
変な箱、微妙な面、奇妙な像――のような物。見るもの全てが珍しかった。
「それは……」
「これは?」
男の言葉も聴かずにヴィヴィオは次の引き出しを開ける。翼を広げたような人形、両翼の先端には皿が乗っている。下部は尖っているにも関わらず、指先にぴんと立ってちっとも痛くない。
「天秤ですよ」
「てんびん?」
天秤はヴィヴィオに向いて、鈴を鳴らしてぺこりとお辞儀をして見せた。
――お嬢ちゃんが気に入ったようだ、ってその人は言ってた。ちょっと嬉しくなった。

「おっと、この段はお嬢ちゃんにはまだ早い……」
ヴィヴィオが下から三段目の引き出しに手を掛けようとすると、男の手が先んじてそれを遮った。
「え~、見たい見たい見たい~!」
駄目と言われれば余計見たくもなるというもの。だが男はきっぱりと首を振る。
「秘密……」
「けち! ……じゃあこれはいい?」
箱の上部を開くと短剣が一本、収められていた。柄尻には変な顔と房毛が付いている。
「どうぞ」
――"けん"なんて触るんじゃありません、って言われると思ったけど、男の人は簡単に触らせてくれた。だって壊れてるんだもん。
「ぜんぜん抜けない……」

「おじさんも"まどうし"なの?」
――不思議な道具とか、剣みたいなのとか、後はなんとなく……。
"おじさん"に一瞬眉を顰めたようにも見えたが、男は相も変わらず飄々とした様子で答える。
「いえいえ。私はただの……『薬売り』、ですよ」
直後、中庭まで伝わる程の大きな悲鳴が局内に響き渡った。

「あなたは誰? こんな所に薬の用なんてある訳ない……」
「斬りに来たんです……『物の怪』を、ね……」
転がり出たのは無惨な骸。かつてはレジアス中将と呼ばれたそれを前に拘束された男は動じもせず答えた。

「怪しいのは尤もですがね。奥にも札を貼らないと……危ない、ですよ」
「物の怪の『形』と『真』、そして『理』を剣に示さねば、退魔の剣は抜けませぬ。真とは事の有様、理とは心の有様を指す……。よって皆々様の真と理――お聞かせ願いたく候!」
男はヴィヴィオが壊れてると評した剣を掲げる。剣に付いた顔がカタカタと震えた。

「物の怪とは人の情念や怨念に取り憑くもの……。この中の誰かを、或いは全員を帰したくない、そう誰かが思っているのかもしれませんね」
男は会議室内に集められたなのは、フェイト、はやて、カリム、クロノ、ヴェロッサ、オーリス、そしてヴィヴィオとアイナを次々に見回した。
次々に倒れていく人々。一人、また一人と倒れる度に男は真実に近づき、退魔の剣はカチンと歯を鳴らす。そして三度歯が鳴り、形、真、理が揃いし時――哀しき物の怪を前に躊躇せず男は唱える。

「真と理によって、剣を……解き――放つ!!」
その様を目の当たりにして、なのはは思う。ヴィヴィオがこの男を引き込んだのは、この不可思議な事件を解き明かす為だったのではないか、と。

魔法薬売り リリカル・モノノ怪
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最終更新:2008年01月10日 20:18