3人の女と対峙して、これからどうしようと考えた。
飛んできた弾丸に繰り返してきた日を思い出し、
やめろと叫ぶ意識は引きちぎられて身体に染み付いた殺しの技が繰り出される。
白い女を半殺しにしたころ、新たに現れたのは2人の女。
バトー博士が話を進めると、どうやら揃って地球出身。
けれどハンターオフィスを知らないというこの矛盾。
魔法少女リリカルなのはStrikers―砂塵の鎖―始めようか。
第2話 認識のずれ
「シャーリー。ええな。絶対にヴォルケンリッターを通したらあかんで。」
「わかりました。」
「絶対に絶対にヴォルケンリッターを通したらあかんで。」
「だからわかりましたって言ってるじゃないですか。なにがそんなに心配なんですか。」
「もしもぽろっと口滑らしたら六課設立の危機になるかもしれんくらいヤバイことに
なっとるからや。あとシャマルに怪我人が行くけど絶対誰にも話すなって伝えといてな。」
「はいはい。わかりました八神部隊長様。あ、そうそう。短時間だけど物凄く強い次元震
が今日の試験場付近で観測されたけど、なにも異変はなかったかってリンディ・ハラオウ
ン提督から通信ありましたよ。」
返事をせずに通信を切る。
昇級試験を受けた子を責める気はない。
私も今現在物凄く怖いからな。
ここからが本番や。
闇の書事件のときよりも強い不安を覚える。
あのときは皆が傍らにいて、皆で立ち向かったけれど、
今はなのはちゃんもフェイトちゃんもおらん。
ヴォルケンリッターもこないようにした。
私1人で困難に対峙している。
「簡単に自己紹介しておこうか。ボクはバトー、助手のサースデー、はんた、
アルファの4人だよ。関係はトモダチだね。」
「ああ、私は・・・。」
「はやてちゃん、いや、はやてと呼び捨てるのがいいのかな?」
「道中さんざん呼んどったからなぁ。」
「この話し合いの間はお嬢さんで通そうか。さて、今後の話をしよう。」
「こっちから切り出す話やないか?」
「どっちでも変わらないよ。そっちは地球出身で移動手段を持ってる。
こっちは偶然来た無力な人間。早急に送り返すのがそっちとしても問題が少ないと
思うけどね。」
無力ってどの口が言ってんねん。
無力っていうくらいならとりあえず殺しにかかったり
質量兵器を持ってたりすんなや。
顔に出さないように受け答えする。
「無力かどうかは一時保留としてさしがね同意やな。
不幸なすれ違いはあったけど、それさえ目をつぶればなにも問題なくなるわな。」
そう言いながらも気分は悪いというより最低や。
なのはちゃんの件をなかったことにしてしまおうと言っているのだから。
過失がこっちにあったかもしれんが、それでもなのはちゃんをああまでされて
あははと笑って済ませられるほどの度量は残念ながらまだ持ち合わせていない。
「キミも感情と理性が別な人間かい?」
「当たり前やろ。なのはちゃんは・・・。」
「音響手榴弾を無防備で食らったからね。
鼓膜と三半規管が壊れてるだろうし、全身の骨が皹だらけになってるんじゃないかな。
サースデーで振動を与えないように慎重に運んでおいたけど
お嬢さんと一緒にいた金髪のお嬢さんが物凄い勢いでさっき連れてっちゃったからね。
肩か肋骨を触れば固い感触の代わりにブヨブヨになってるって気がつくものだけどね。」
聞いただけで寒気とめまいがしてくる。
リハビリで苦しんだなのはちゃんがなんでそんな目にあわんといかんのや。
そんな状態なら先に言えと。
そんな状態の人間を動かさないでくれと大声で叫びだしたかった。
シャマルの回復魔法を信じるしかない。
どちらも譲らず時間だけが過ぎていく。
堪え切れなくなったからか、それとも駆け引きなのか。
先に口を開いたのはバトー博士のほうだった。
「それじゃ、キミの言うなのはちゃんを元通りに治してあげよう。
代わりにボク達を地球へ帰す。これで全部元通り。どうかな?」
「そんなことできるんか!!」
「地球出身でしょ?よほどの辺境にでも住んでいるのかい?
あの程度の怪我、エナジーカプセルか満タンドリンクですぐに治るじゃないか。」
「なんやその怪しい名前のものは。」
あまりにも突飛で信じられないという本音が大半を占めた。
そんな怪しい薬があったら医者なんていらないやないか。
そんな便利なもんあったらどれだけの人を助けられると思うとるんや。
ふと気がつくと、サングラス越しの鋭い視線がじぃっと観察するみたいに私を見ていた。
はんたという緑の男も光の無い目で私を見つめている。
「本当に知らないの?地球出身なのに?」
「あのなぁ。冗談につきあわせようとするなら他あたってくれんか。
どこの世界にそんなふざけた薬があるって言うんや。」
そう言っているとき、視線の端ではんたが何かを取り出していた。
視線を向けたまさにそのとき、彼が手にしたナイフ、一時期ニュースでよう出とった、で
かけらも躊躇せずに彼自身の腕がざっくり切り裂かれる。
当然のように噴出す血。
「いったいあんたなにやっとるんや。はやく止血せんと・・・。」
動揺して立ち上がった私に向けて、彼は淡々とポケットから
毒々しい色のカプセルを取り出してこれ見よがしに飲み込んでみせた。
まさに直後だった。
まるで時計を逆回しにしているみたいに傷口が目の前で塞がっていく。
見ていて気持ち悪いほど急速に。
シャマルの回復魔法の比ではない。
「反応を見る限り本当に知らないみたいだね。でも本当に無茶をするよね。
躊躇いもせず自分の腕を切り裂くなんてボクにはとてもできないよ。」
「本当にその薬で治るんか?」
「いったいなにをどうすればこうなるの。
フェイトちゃんもこんな状態のなのはちゃんを動かさないで!!」
半狂乱で叫びながら必死に回復魔法をかけていたシャマル。
その目の前で、はんたから差し出された毒々しいカプセルをなのはの口に含ませる。
数秒とせずになのはちゃんは身じろぎしたかと思うとがむくりと起き上がった。
シャマルが絶句しているが無理も無い。
念を入れて徹底的に再検査させたけど、
本当に綺麗さっぱり治っておったのにはやはり目を疑った。
フェイトちゃんがなのはちゃんに飛びついて泣いている。
傍らでバトー博士達は首をかしげている。
なにをいまさら当たり前のことをと言わんばかりの表情で。
それからなにがどうなってティータイムすることになったんやろ?
なのはちゃんのほうからはんたのほうへ謝ったことだけが印象強く覚えている。
たしかに監督不行きになるけど、殺されかけた人間から謝るのもどうかと思うたんやけど、
2人とも納得しとるようやし、ええのかなぁ?
ふっと外を見ればしとしとと雨が降り始めていた。
これからだんだん激しくなるのだろう。
そういえば試験を受けた子ってほっぽったまま?
「ここは樹木が豊かだね。ボクの専門外だけど強酸で枯れない植物なんてどれだけいじく
ったのか考えちゃうよ。ああ、でもガソリンを実らせるあれは便利だよね。」
「強酸と言ったら学校の理科で使った希硫酸とか硝酸とかお風呂の洗剤なんかのあれや。」
「はやてちゃん、ガソリンって木に成るの?」
「なのはちゃん。冗談か本気か分からんからキワドイ発言お願いだから勘弁してや。
でもたしかにそうやな。バトー博士、どういうことってなに珍しげに水を眺めとるん?」
気がつけば、はんたが珍しげに水を眺めていた。
一方のバトー博士はサングラスで表情が読めないが、
眉間にしわを寄せて雨の中、行きかう人をじっと見ている。
傍らには暇そうにサースデーとか言ったか、ロボットが控えている。
あれ?
そういえばはんたの抱きかかえている子、一度も動いていない。
触角がついとるけど人間にしか見えない。
人形?
まさか死体とか言いださんでくれるとええんやけど。
「3人とも地球出身で間違いないんだね?」
「フェイトちゃんはちょっと違うけど私とはやてちゃんはそうですね。」
「雨に濡れるとどうなる?」
バトー博士が突然なにを言いだしたか理解できなかった。
アナグラムでもなさそうやし、言葉のままの意味ちゅうことか。
でも、当たり前すぎることをなんでわざわざこんな場所で聞くんやろか?
「服がびしょびしょになるかな。」
「熱を奪われる。」
「2人の言った以外になにかあるんか?」
私達の答えにバトー博士の眉間にしわがさらに深くなる。
いったいなんの意味があるんやろ?
小学生どころか保育園でも答えられるんやないか。
「植物が人に噛みついた。この文章でおかしい部分は?」
「植物?」
「人?」
「噛みつくに決まってるやろ。もっとも、どこを入れ替えれても成り立つ文章やけどな。」
さらに深くなったバトー博士の眉間のしわ。
だが、力を抜くとほうっとバトー博士は肩の力を抜いた。
「ところどころ違和感は感じていたんだ。異世界だからという一言で済ませようとしたん
だけど、やっぱりおかしくて確認させてもらったよ。」
「ええと、どういう意味ですか?
わたし達が手続きをしてあなた達の国へ送るだけだと思うんですけど。」
なのはちゃんがバトー博士に尋ねる。
ついさっきまで半殺しにされたことを感じさせないほどに明快な口調で。
ほんまにあのカプセルってまともなもんなのやろか。
なんかやばいもん入っとるんちゃうか?
疑いだしたらキリがないけど。
視界の端では物珍しげに砂糖を淡々と水に溶かしているはんたがいた。
なにしとんのやろ?
見た目からすると私らより1つか2つ小さいくらいの歳やろうに、やってることがまるで小学生みたいや。
「結論から言おう。お嬢さん方、ボク達は地球へ帰れないようだね。」
「どういうことや?」
「ボク達の地球は硝酸の雨が振り注ぐ。アルカリクリームで中和しないと大火傷するよ。」
なにを言い出すんだと思った。
たしかに酸性雨の問題なら忘れた頃にニュースになることもあるし、
ブロンズ像がぼろぼろになったって写真も教科書に出とった。
でも大火傷っていったいどんな酸性雨や。
バトー博士の言葉は止まらない。
「計測器が振りきれっぱなしの汚染された海と川が流れ、それを浄化装置で無理矢理浄化
して飲み水にしている。植物は人に噛み付くどころか食い殺そうとするし
焼き殺そうとするし絞め殺そうとする。
蟻は生餌にするために人間を攫っていく。大きさはちょうどあそこに停まっている
クルマより少し小さいくらい。
なによりハンターオフィスを知らないはずがない。
ハンターへ報酬を支払うのがハンターオフィスなのだから経済活動が成り立たなくなる。
ぱっと思いつくところを言ってみたけど1つでも共通項はあったかい?」
「ちょ、ちょ、ちょう待ちいや。冗談抜きにそんなのが地球っていうんか?」
まるで理想郷の逆の絶望郷やないか。
道を歩いていて街路樹が頭から噛み付いてくる。
パンジーが群生しているところから一斉に種が人間へ向けてはじけ飛ぶ。
庭の花がある日突然火を振りまいて辺り一面焼け野原になる。
ミッドチルダや鳴海市に広がる綺麗な青い海が黒や赤やピンク色しとったら・・・。
そんな光景を想像し、ぞっとした。
「そんなのがボク達の地球だよ。ボク達の地球が同じものだとするなら
可能性として考えられるものとしてはお嬢さん達の地球の
とんでもなく過去かとんでもなく未来か。
さらに突き抜けた可能性で平行世界もありかもね。」
「さっき、なのはに飲ませた薬。あれは・・・。」
「ボク達の地球では一般的なものだよ。配合はナノマシンとオイホロトキシンと
混ぜ物を少々。ああ、汚染された世界って言われて心配したかもしれないけど、
オイホロトキシン以外は本当にまったく無害だから安心するといい。
オイホロトキシンにしたって大量に摂取するか常用しなければ禁断症状さえ現れない
痛み止めの薬だよ。」
「便利なものがあるんですね。」
フェイトちゃん、そこ素直に感心するところちゃうって。
少しでもなんか聞いて情報を引き出さんとあかんのに。
そうや。
一番肝心の質問をしとらんかった。
「質問させて欲しいんやけど。そもそもハンターってなんや?」
度々出てきた言葉。
『ハンターオフィスに問い合わせてくれれば』とバトー博士は最初に言った。
経済活動が成り立たないとも。
経済活動に関わるちゅうことは造幣局とか銀行を内包しとると思うんやけど。
少なくとも小規模なものじゃなくて、巨大な組織と考えられる。
単純にハンターというものの集まりと考えたとしても、
どうして設立されたものなのか?
それを知るためにもまずはハンターとはなにか知らなければならない。
私の質問にバトー博士は軽く眉間にしわを寄せてから口を開き始める。
「んー。どう説明するとお嬢さん達に分かってもらえるかな。
まず、大前提として人類とそれ以外が生存競争をしている。
そして、それ以外陣営は全部が同盟を組んで人類を殺そうとしてくる。
ここまでは大丈夫かな?」
「大丈夫や。」
そう答えたけれど顔色は蒼白やったと思う。
隣のなのはちゃんとフェイトちゃんも蒼白やし。
思い浮かぶ範囲で植物、魚、動物、虫がそれ以外側に入るだろう。
それだけでどれほどの数がいるだろう。
さっきの植物の話を聞く限り、絶対に全部がどこかしら狂ってると思うて間違いあらへん。
それらが一斉に協力して人間を殺しにかかってくるなんて。
バトー博士が言葉を続ける。
「それ以外陣営を狩る人をモンスターハンター。略してハンターって呼ぶのさ。」
「じゃあ、なんでなのはちゃんは攻撃されたんや。
たしかに誤射があったのはなのはちゃんも気がついとったし、認めもするし、謝りもした。
けど、それならどうして同じ人類に殺されかける必要があるんや。」
そこが腑におちないことだった。
まったく躊躇することなく人を殺そうと動けるなんて正直信じられない。
私達側からすればまともじゃない。
闇の書事件を思い出して思わず自分の身体を抱きしめた。
「それ以外陣営において人類の生存に著しく害を及ぼすもの、あるいは脅威となるものを
特に賞金首と呼んで賞金がかけられる。ハンター達に狩ることを奨励するわけだ。
まぁ、飛びぬけて強いやつとでも思ってくれればいいよ。
姿形を言っても理解できないだろうからさ。
同時に賞金首として定義される者に多くの悪事を重ねたものというものがある。
つまり人類で敵の側にまわるのもいるわけさ。
共通の敵ができても殺し合いをやめないんだから本当に救いようが無いよね。」
うん?気のせいか?
バトー博士の表現がなんちゅうか、気持ち程度やけど乱暴になり始めたような。
今はそんなことは横においておこう。
まだ確信に至ってないのだから。
「でもそれじゃ、なのはを殺しかけた理由にならない。」
フェイトちゃんからの鋭い指摘が飛ぶ。
せや、どうして誤射だと薄々分かっていて、あそこまで徹底的に殺そうとしたのか。
それこそが一番の問題や。
人間の側にも悪いやつがおって、人間が敵に回ることがあるってところまでは
納得しといたるが、それなら誤射に対してどうしてあそこまで過敏に反応するのか。
状況理解ができていなくて混乱していて半狂乱だったからかもしれんけど、
はんたの様子を見る限り、正気やしな・・・たぶん。
「賞金首を狩ることはハンターとして名誉であるのだから当然名声が付きまとう。
この建物の中で一番強い人間にだって称号くらいあるでしょ?
その人がある日襲われて殺されたとして、私が殺した人間だぞーって広告したら
この建物で一番強い人間を殺した者として誰もが認識しはじめる。
つまり、『この建物で一番強い人間を殺した者』って称号が産まれるわけだ。
悪名であっても名声に変わりはないからね。
んー?どうしたのかな?奇妙な顔でなのはちゃんを2人して見つめて。」
2人を庇っていたとはいえ、管理局のエース・オブ・エースであることに代わりはない。
私達も当然なのはちゃんが負けるなんてこれっぽちも思うとらんかった。
だが、現実に殺されかけた。
なのはちゃんに課せられたハンデが大きすぎたのか、それともはんたのほうが・・・。
いや、そんなことあるはずあらへんな。
なのはちゃんが努力家ってこと、私らはよく知っとるしな。
視線の先でなのはちゃんが口を開く。
「・・・管理局のエース・オブ・エースって呼ばれてるんです。わたしは・・・。」
「んー。んんんー。もしかしてなのはちゃんがこの建物で一番強いとか言うのかい?
そんでもってはんたに負けたことにへこんでるとでも言うのかい?
ハハハ、ハハハハハ。身の程知らずっていう言葉を知ったほうがいいんじゃないかな?
はんたは無敵の男って呼ばれるほど賞金首を狩りつくした男だよ。
毎日が殺し合いの世界で飛びぬけて強いのを片っ端から屠ってきた、
素手で戦車を叩き壊すような人間なんだよ。
それに勝てると思うほうがどうかしてるんじゃないかな。」
なのはちゃんもフェイトちゃんも絶句した。
かくいう私も開いた口が塞がらんかった。
なんか途中で酷い言葉があった気がしたが、それ以上の強烈な言葉に驚くしかなかった。
でたらめにもほどがある。
デバイスも武器もなしに素手で戦車を壊す?
私達と同じか一回り小さいかどうかの手が戦車を叩き壊すイメージ。
あかん、想像できん。
もっと想像しやすいところから考えよ。
ヴィータがグラーフアイゼンで戦車を壊す。
大きくなったアイゼンが戦車をもぐらたたきのようにぐしゃっと・・・。
うん。イメージできる。
私らもデバイスがあれば案外できそうやもんな。
さて、ヴィータが素手で戦車を壊す・・・・・・・・・・・・・・・・・うん、無理やな。
悪態つきながら戦車をガンガン蹴っているイメージなら思いつくけど。
しかし、このはんたって男・・・って水に砂糖を何杯いれとるんや。
シュガーポットが空やないか。
はんたってリンディさんの同類かいな。
って今入れようとしてるその瓶は塩・・・全部いれよった。
んなもん飲んだら死ぬってって躊躇わないんかい。
止める間もなく飲みよった。
ほんま大丈夫かいな。
頭のネジが2つ3つ外れとるんちゃうか。
そんな私の様子を気にしないかのようにバトー博士が言葉を続ける。
「一撃目が不意打ちだったからこそ、手間取ったんじゃないかな。
いつものはんたなら逃げ場が無いくらい火の海にするとか爆風で埋め尽くすとか
周辺一帯焦土にするくらい序の口だもんね。」
あかん。
この子、怒ったときのなのはちゃん以上に普段からキレとるっぽい。
ほんまにネジがやっぱり2つ3つ外れとるんやないか?
横でなのはちゃんが聞き返す。
「つまり私、手加減されたってことですか?」
「んー。ちょっと違うなー。はんたのパートナーのダッ・・・ごほごほ、アルファが壊れちゃ
ってるし、なによりボクが作ってあげたマブダチ戦車がなかったからね。
あれがはんたのあの時点の全力だったと思うよ。」
気のせいかバトー博士の口がさらに一段と悪くなり始めたような・・・。
ダッで始まるパートナーを呼ぶ言葉ってなんかあったやろか。
ダーリンじゃ『ッ』が入らんし、女が男よぶときやしなぁ。
ダッキは女やけど中国の妖怪なってしまうし・・・。
名前かと思えばアルファ言うとるしなぁ。
「さて、本題に戻ろうか。お嬢さんはやめてはやてちゃんと呼ばせてもらうよ。
はやてちゃん、可及的速やかにボク達を雇うことだね。」
「は!?」
「帰る手段は無くなって、はんたは戦うしか能がないし、ボクも戦車を作るしか能がない。
地球へ返すって約束がだめになった以上、代案を受け入れるものじゃないかな。」
「ちょ、ちょっと待ってな。いくらなんでも無茶苦茶や。」
さらに口が悪くなったことよりも、内容の突飛さに慌てる。
機動六課を作るからと言って魔力総量の縛りがある以上簡単に入れられるもんやないし、
管理局で雇うには身元が保障できん以上、無理にも程がある。
たしかにそっちがなのはちゃんを全快させてくれたことには感謝してる。
もっとも殺しかけたのもそっちやけどな。
それでもただでさえリミッターで無理矢理ごまかしていることを問題視されてるのに
これ以上の爆弾を抱え込むのはさすがにまずい。
「保護じゃだめなんですか?管理局に保護してもらえばミッドで適当な住居と
身柄の保証ぐらいはできると思うんですけど。あ、もちろん私も手伝います。」
助け舟のつもりだったのだろう。
フェイトちゃんがそう言った。
ある意味当然で一番妥当な考えやもんな。
しかし、分かってないなとばかりにバトー博士が首をすくめながら、
見覚えのある本をひょいと傍らから取り出した。
「ああ、勝手に机の上においてあったこれを読ませてもらったよ、はやてちゃん。
キミが勉強家でよかった。おかげで大まかな認識を作ることができたよ。」
それ、六課設立時に散々読み漁ったマニュアルやないか。
いつのまに・・・。
いやそれ以上に、結構難しい内容なのに普通に読めてるというか読み終わってる?
「設立されるのは古代遺物管理部、機動六課。活動目的はロストロギアの保護。
さて、ボクが問題にしたいのはゴキ・・・ごほごほ、はんたの抱えているダッチ・・・ごほごほ、
アルファの扱いなんだ。その本を信じるなら時空管理局が強すぎるとか理解できないと
だけ言えばロストロギアになるって解釈できるんだけどボクの解釈は間違ってるかな?」
「たしかに意訳すればそうなるかもしれへんな。でも管理局は・・・。」
「はやてちゃん。大砲の射程が長くなったから領土をよこせとか人妻を奪ったから戦争を
始めるのが人類だよ?そんなちっぽけな理由ですら命令をだす原因になるのに、
ボク達の世界で旧文明の遺産とさえ呼ばれるダッチワ・・・じゃなくてアルファは
どれだけの価値があるだろうね。」
「リンディさんも騎士カリムもそんなことする人じゃあらへん!!
言いがかりつけるのもええ加減やめてもらおうか!!」
さすがに怒った
身近な人が私情で殺し合いをする人間だと言われたみたいで。
けれどバトー博士はやはりわかってないとばかりに首を振る。
「んー。んんんー。分からないかな。今はやて部隊長が言った人は下ッ・・・じゃなくて
1番上の偉い人じゃないでしょ。一番上の人の名前とか性格とか知ってるのかな?
絶対に欲望に負けない聖人君主様なのかな?
もっとも聖人君主様なら時空を維持管理しようなんて考えさえ起こさないだろうけどね。」
言われてみて気がついた。
いや、まさかそんなはず・・・。
あれ?いや、度忘れしとるだけや。
でも・・・時空管理局の一番上って誰や?
私の動揺をよそに、バトー博士が話を続ける。
「ゴキ・・・ごほごほ、はんたはかろうじてダッ・・・ごほごほ、アルファが治る可能性に
すがり付いて正気でいるんだ。はんたからアルファを奪ったら、
どんなバケモノが産まれるんだろうね。
特に奪ってったやつは当然皆殺しだよね。家族兄妹の区別なんてしないよね。
金がなければ人質もろとも吹き飛ばすなんて序の口なのがボクらの世界のルールだもの。」
「強迫しとるんか?」
「強迫?んー、んんんー。なんで分からないかなぁ。はやてちゃんはボクらを雇い入れる。
はんたははやてちゃんの命令で殺しをやって、ボクははやてちゃんの命令で戦車を作る。
とても分かりやすい関係じゃないか。」
「悪いけど私は殺せなんて命令せんし、設立する機動六課に戦車は1台も無いし、
必要ないんや。」
バトー博士の動きがピタリと動きが止まった。
初めてかもしれない。
この博士が動揺している姿を見るのは。
必死に冷静でいようとしているのだろうが、指先が痙攣するみたいに震えている。
「も、もう一度言ってくれないかい?」
「何度でも言ったる。機動六課に戦車は1台もないし、必要ないんや。」
「ハ?ハハハ、ハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ。
なにを言ってるんだい?人をだまそうとするにはあまりにも稚拙じゃないかな。
世界中を馬鹿みたいに探し回って掘り起こすか、冗談みたいなお金を払って買うか、
殺して奪うのが戦車なんだよ?
それにボクは集めた鉄屑から作るんだから元手はいらないしとても強いんだよ?
必要ないなんてどの口が言うのかな。」
「あのなぁ、そっちの地球ではそこらに鉄屑が転がっとるんかもしれないけど
こっちでは鉄屑も材料になるから買わないといけないんや。」
「で、でも、とてもかっこいいし強いんだよ。主砲を撃てばどんなやつでもバラバラ・・・。」
「だからバラバラにしたらあかんて。それに質量兵器もこのミッドチルダでは禁止や。
なのはちゃんの件もばれたら質量兵器を持ち込んだのはだれだーって大騒ぎになる。
それに機動六課は人手が足らん。だから戦車は必要ないんや。」
さっきまでの勢いはどこへいったのか。
バトー博士が物凄い勢いで生気がぬけおちたように、くたっとなった。
さすがにちょっと言いすぎたかなぁ・・・。
なのはちゃん達の視線が痛い。
ふっとバトー博士の首だけがはんたのほうに向く。
「ごめん、はんた。戦車を作るしか能のないおじいちゃんから戦車さえ作れない能無しお
じいちゃんになっちゃったよ。トモダチが辛いときに力になれないなんてトモダチ失格だ
よね。失格。能無しになったボクにピッタリの言葉だよ。」
まずい。
さすがに言い過ぎたかもしれん。
ここまで落胆されるなんて思いもせぇへんかった。
で、でもちょうどいい機会やし、こっちのルール教えとかんとな。
うん。びしっと言って正解やった。
だからお願いやからなのはちゃん、そんな目で見んといて。
「バトー博士。どうしてトモダチにこだわるんですか?
トモダチっていう言葉をとてもたくさん使われているように思ったのですが。」
ふとフェイトちゃんが不思議そうに尋ねる。
たしかに言われてみればたしかに奇妙なものやな。
殺し合いが日常の世界言うとったのに、祖父と孫くらいの年齢差でトモダチいうなら、
いったいどないして知りあったんやろ?
漫画だったらバトー博士のピンチをはんたが飛び込んで助けるところやろうけど。
肩を落としたまま、バトー博士が口を開く。
「ボクはね。この歳になるまでトモダチが1人もいなかったんだ。
世界中の人にメールしてトモダチになってってお願いしたこともあったけど、
皆は嫌だって帰っちゃうんだ。でも初めてトモダチができたんだ。
戦車を作るしか能のないおじいちゃんなんだよ?
実は戦車をあげたらもう来てくれないって思ってたんだ。
でも、何日か置きにボクのところにきて、ろくでもないこの顔を見て、
なんでもないって言って帰ってくれるんだよ?
ずっと1人で寂しかったボクに初めてできた人間のトモダチなんだ。」
「バトー博士・・・。」
フェイトちゃんは目が潤み始めている。
なんやしんみりした雰囲気になってしまった。
いや、絶対なんかある。
勘がそう言っとる。
それにその歳まで友達おらんって隔離でもされとったんか。
いろいろ考えてみるがどれもしっくりこない。
考えに夢中になってるとき、なのはちゃんが口を開いた。
「それなら、バトー博士。わたしとトモダチになればいいんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだって?」
「だから、わたしとトモダチになればいいんだよ。」
「トモダチが困っているのに力になれず、戦車さえ作れないこのボクの
トモダチになるだって?本気なの?」
「うん。そうすればバトー博士のトモダチは2人になる。
皆で力を合わせれば助けられるかもしれないでしょ?」
「Yeah. master. That's good idea.」
なのはちゃんの横でレイジングハートが明滅しながら賛同の声を上げていた。
やっぱり優しいなぁ。なのはちゃんは・・・。
悪いこと言ったし、力になりたいんは本当のことやから私も友達になるべきやろか。
「バトー博士、私とトモダチになってくれるかな?・・・バトー博士?」
「もちろんだよ。なのはちゃん。ところで横のガラ・・・綺麗な赤いものはなんなのかな?
ずっと不思議に思ってたんだ。はんたと戦ったときステッキの先にくっついてたのに
とてもそっくりなんだけど。」
「はやてちゃん、デバイスのこと話しちゃってもいいよね。」
「ああ、かまへんよ。ここで雇わんにしてもたぶんミッドで生きていく以上
魔法に関わらんほうが難しいやろうし。」
「私のレイジングハートはインテリジェントデバイスって言って魔法を使うお手伝いをしてくれるAIなんだ。」
「Yeah. Mr.Bato. I’m Raging Heart. How are you?」
「魔法・・インテリジェントデバイス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・AI?」
なのはちゃん、物凄く端折った説明やな。
分かりやすく説明したつもりなんやろうけど。
でも、バトー博士どないしたんや。
なんやAIっちゅう部分を聞いた途端に固まっとるが。
「ここミッドチルダではデバ・・・。」
「なのはちゃん、AIって言った?AIって言った?AIって言ったよね?」
なのはちゃんの説明をさえぎるかのように尋ねている。
魔法でもデバイスでもなくAIの部分を念入りに。
なんでそんなにこだわるんや?
詰め寄られているなのはちゃんは驚きながらも返事を返す。
「・・・う、うん。言ったけど・・・。」
「デバイスってもしかして作れちゃったりなんかするのかな?かな?」
「うん、デバイスマイスターっていうとっても難しい・・・。」
「ヒャッホー。」
物凄い勢いでイスを蹴り飛ばし歓声を上げるバトー博士。
いったいどないしたちゅうんや。
まるで子供が初めてなにかを見たときのようにはしゃいでいる。
なんやAIとデバイスが作れるっちゅうことがそんなに大喜びすることなんか?
戦車作る言うてたから案外似たようなものがあって安心したってとこやろか。
「ゴキブリーーーーーーーーーーーー!!!!!なのはちゃんの言葉を聞いたかい。
ゴキブリが激しく使いすぎて壊れちゃったダッチワイフのAIをデバイスに組み込んで
ゴキブリのためのゴキブリデバイスとしてダッチワイフを蘇らせられるんだって。」
「え?え?え?」
「ご、ごき?」
「だっちわいふ?」
「・・・Are you crazy?」
私も含めて3人と1機が本気で戸惑ってることから考えると、
聞き間違えじゃなかったっぽいなぁ。
ゴキブリとかダッチワイフとか、あっちの地球じゃ普通に使う言葉なんやろか?
はしゃいで大声で叫び続けるバトー博士。
「はやてちゃん、賭けをしようよ。明日の朝にデバイスマイスターが絶句するような
ビューティフォーでワンダフォーでスペシャルかつアルティメットなゴキブリデバイスの設計図を作ってくるよ。デバイスマイスターが『嘘!?』って絶句したらボクとゴキブリ
をここで雇ってくれるだけでいいからさ。はやてちゃんは使える手駒が増える。ゴキブリ
はダッチワイフが蘇る。そしてボクは能無しからデバイスをつくるしか能のないおじいち
ゃんにレベルアップする。完璧だろ?」
「あー、わかったわかった。シャーリーがそう言ったらなんとかしたる。
1日でデバイスの設計図引くなんてどうせ無理やろうけどな。」
それですっぱり諦めてくれるなら。
地球へ帰せないという部分の代替案としてちょうどいいかとか考えるようになっとる
自分に少し自己嫌悪。
ハイテンションのままバトー博士が絶叫するように大声で喋る。
「やったー。それでデバイスの資料はどこにあるんだい?フェイトちゃん。」
「それはシャーリーと無限書庫・・・。」
「わかった。シャーリートムゲンショコだね。道案内に・・・おっといけないいけない。
大切なことを忘れていたよ。なのはちゃん、ボクとキミはトモダチだ。
トモダチ同士いつまでも他人行儀じゃいけないよね。
だからキミにぴったりのステキなアダナで呼ぼうと思うんだ。
トモダチだもん、当然だよね。」
「う、うん。どんなアダナ・・・なのかな?」
詰め寄られながらもにこっと微笑み返したなのはちゃん。
たしかに他人行儀なのはトモダチらしくあらへんな。
しかし、アダナか。
私らずっと名前で呼び合ってて考えたこともなかったなぁ。
「んー、んんんー。うん。キミのアダナはバカチンだね。どうだい。ステキなアダナだろ?」
「「えっ?」」
フェイトちゃんと私がむしろ聞き返す。
耳を疑った。
聞き間違いかと、むしろ聞き間違いであってくれと思った。
もしも私の耳が壊れてなければなのはちゃんのアダナが・・・。
「え?え?え?」
「うん。話を聞いてくれない子を縛り付けて戦車砲をバカスカ撃ち込むことを説得って当たり前に考えていたり、話さえ聞いてくれるなら悪魔でもいいなんてバカみたいに開き直
ってバカの1つ覚えみたいに戦車砲をバカスカ撃ちこんで、全力全開ってバカみたいに叫んでそうな顔してるもんね。バカチンにピッタリのアダナだよ。
バカチンーーーーーーーーーーーーーー。トモダチをアダナで呼ぶのっていいよね。
それじゃぁ、バカチン、シャーリートムゲンショコへ案内してよ。
トモダチだもん。当然だよね。おっといけないいけない。」
立ち上がったバトー博士がはんたに抱きつく。
「待っててねゴキブリ、戦車さえ作れない能無しおじいちゃんからデバイスをつくるしか
能のないおじいちゃんにレベルアップしてきっとキミのダッチワイフを蘇らせてあげるか
らね。そのためにはまず勉強をしないとね。明日の朝にはちゃんと設計図を書いておくよ。
戦うしか能のないゴキブリでも使えるくらいタンジュンでゴキブリのムチャクチャな要求
に応えられるビューティフォーでワンダフォーでアルティメットでクソッタレなデバイス
を作ってあげるから。結果は明日までオアズケさ。オ・ア・ズ・ケ。ゴキブリにぴったりの言葉だよね。
いくよ。サースデー。バカチンを抱き上げろ!!」
「ワカリマシタ。ばとー博士。」
「え?え?え?」
嵐のようなバトー博士とサースデーになのはちゃんが拉致?されていった。
周囲のざわめきはバトー博士に向けられたものか、
サースデーというロボットに向けられたものか、
それともロボットに拉致されるエース・オブ・エースに向けられたものか。
「バトー博士・・・。実は物凄く口が悪かったんですね。」
「たしかにあれじゃ、並大抵の神経じゃ怒らずにおれんわなぁ。
ヴィータに万が一出会ったらぶつかりそうで今から気が重いわー。」
なのはちゃんに釣られてトモダチになっていたらいったいなんて呼ばれたのだろう。
知らんはずなのになんや身に覚えがあるようなことまで普通に言うとったし。
顔だけで分かるもんなのかなぁ?
しかし、ゴキブリとはまたすごいアダナをつけられたもんやな。
そう呼ばれたはんたに視線を向けるとじゃりじゃりとシュガーポットから
直接砂糖を食べるはんたの姿。
ちょ、ケーキ頼んだるから砂糖直接食べんといて。
周りの皆、これを見とったんかなぁ。
「あ、あの、だっちわいふって・・・。」
「戦闘用アンドロイド、アルファX02Dが正式名称だ。
ミスで彼女を大破させてしまったから直す方法をここに来る直前まで探していた。
女性型だからと勘違いしないでもらおうか。」
「す、すみません。」
フェイトちゃんが謝っとる。
でも顔赤くするくらいなら聞かんでおけばええのに。
しかし、ナイスや、私の勘。
直す方法を探しとった人間に、フェイトちゃんの言葉通り攻撃しとったら
シャレにならんことになっとったわ。
なにを想像していたのか顔が真っ赤に染まったままのフェイトちゃんは、
自分がアルファを攻撃しようと言ったこと自体忘れとるっぽいけど。
しかし、はんたのほうはまったく表情が変わらへんなぁ。
殺し合いやっとったときも変わらんかったし、まるでお面被ってるみたいや。
あ、ええこと考え付いた。
少し意地悪な質問と酷い言葉をわざと言ってみるとしよう。
武器さえ向けなければ殺し合いにはならんやろうし。
「なぁ、どうしてバトー博士のトモダチになったんや。バトー博士が言ってたみたいに
本当は戦車だけ貰って別れよう思ったんちゃうか?」
あ、まずい。
言ってみたらなのはちゃんを殺しかけた件が頭に思い浮かびはじめた。
一度思い浮かんだら、頭から離れへん。
どんどん悪い方向に思考が偏る。
でも、女の首を踏みつけるとかありえへんもんな・・・って正当化しちゃあかん。
誤解から生じた不幸な事故だったんや。
交通事故みたいなもんや。
リインとユニゾンして遠距離からディアボ・・・あかん、物凄く物騒なこと考え始めとる。
「戦車をくれるじいさんという点は認める。」
「ほら。やっぱりな。ゴキブリ呼ばわりされるだけあるわ。」
「ちょっと、はやてちゃん。」
ちゃう、ちゃうんや。
こんなこと言うつもり無いんや。
けれど一度気になりだすと忘れられへん。
さらに酷いことを言いそうだったそのとき、はんたが口を開いた。
「まぎれもなくバトー博士は天才だし、ありのままに言葉を吐き出す。
なにより一番重要なのはバトー博士は絶対に嘘をつかない。
どんなに酷いことを言ったとしても嘘だけはつかない。
トモダチなんて利用してゴミのように捨てさえする人間が大半の世界で
他人のために必死になれる人がバトー博士だ。
だから俺はバトー博士のトモダチだし、戦車なんて作れなくても
バトー博士は紛れも無く俺のトモダチだ。」
「なんや。世界を隔てても通じそうな価値観も持ち合わせとったんやな。」
必死に溢れ出しそうな言葉を抑えて、それだけ口にした。
冷静になるんや、私。
フェイトちゃんもほっとしたような顔に戻る。
「そういえば、さっきから表情変えんで砂糖とか塩とか食べとるけど・・・って、
それはタバスコで一気飲みするもんやない・・・って止めとるんやから
少しくらい躊躇わんかい。本当に体おかしくないんか?どうにかなると思うんやけど。」
「別に。」
ここで気がついとったらなにか変わったんやろうか。
なのはちゃんもフェイトちゃんも、リンディさんで似たような光景を見ていたのもあるし、
はんたがあまりに自然にやりすぎてて見落としたらしい。
上に立とうとする人間だった以上、表情一つ変えないで塩や砂糖を単体で
体がおかしくなるはずの量を摂取できるという異常に気がつくべきやった。
「それよりもいいのか?こっちは書類がいるんじゃないのか?
メモリーセンターみたいにキーボードを3回押して終わる処理じゃないんだろう?」
「なにがや?」
「俺達の受け入れ書類を作ることだ。バトー博士のことだから半日も掛からずに
構造と原理を理解して設計図を書き上げた上でさらに個人用にカスタマイズして、
もう半日使って推敲を終えて暇つぶしするくらいやってのけるぞ。」
そして次の日、哄笑と共に現れたバトー博士と
サースデーに拉致されてきたシャーリーが私の目の前にいる。
あー、髪がものすごいことになっとるな。
なのはちゃんは昨日の試験の子達に引き抜き話を持ちかけにいっとる最中。
フェイトちゃんに報告している最中に拉致してきたのか、
フェイトちゃんが慌てて駆け込んできた。
「あー、シャーリー。本当に悪いと思うんやけど、そこのバトー博士が持っている
デバイスの設計図を見てくれんかって、もう話は知ってるみたいやな。
まったく知識がない状態で1日で書いたその設計図を見て正直な感想を頼むわ。」
デバイスと聞いて目の色が変わったシャーリーがバトー博士から設計図を受け取る。
1分もたたないうちに口を開いた。
あー、なんや、昨日のうちに書類やっとくんやったなぁ。
嫌な予感がバシバシしとるんやけど。
「嘘!?冗談でしょ!まったく知識がない状態から24時間でこれを書いた!?」
「ハハ、ハハハ、ハハハハハハ。正しくは14時間と31分だね。
ほんのちょっとしか本を読み漁れなかったせいで、こんなものしか書けなかったけれど、
どうやら絶句してくれたようで本当によかったよ。」
「でもこんなセッティングにこのコンセプトって無理があるんじゃ。
それにこんな重量って・・・。」
「んー。分かってないなぁ。これはゴキブリのためのゴキブリ専用セッティングだからね。
そこらへんの人間が使いこなせたら専用じゃなくなっちゃうじゃないか。
殺すしか能のないゴキブリだからこそのゴキブリセッティングだよ。
それで、問題が無いならデバイス製作に移りたいんだけどいいかな?」
「私は構わないと思うけれど・・・。」
「あー。私の負けや。ちゃちゃっと作ったってや。」
シャーリーの伺うような目に私はOKを出すしかなかった。
私の言葉にバトー博士の口がつりあがる。
今、この瞬間、誰よりも紙一重という言葉の意味を思い知っていた。
「ゴキブリーーーーーーーーーーーーーーーーー。戦うしか能のないゴキブリでも使えるくらいタンジュンでゴキブリのムチャクチャな要求に応えられるビューティフォーでワン
ダフォーでウルトラウジムシでアルティメットかつエクストリームにクソッタレなデバイスを作ってもいいんだって。これでゴキブリのダッチワイフを蘇らせることができるよ。
いくらでも感謝していいんだよ。」
「バトー博士。ありがとう。」
たった一言なのにそこに全てが込められているよう。
同じ部屋にいる私の胸まで温かくなる。
なのはがこの場にいたら物凄く嬉しそうな顔をしたかな?
それとも複雑な顔をしたかな?
「そ、そんなに素直にお礼を言われると照れるじゃないか。まったくゴキブリは恥ずかし
いヤツだよね。あまりにも恥ずかしすぎてボクは泣けてきちゃうよ。でもボクは気にしな
いさ。なんてったってボク達トモダチだろ?トモダチが困っていたら助けてあげるのは当然のことじゃないか。それじゃあ糠喜びさせ続けるのは悪いからさっそくデバイスを作り
始めたいんだけど、デバイスを作るにはデバイスマイスターの資格っていうのが必要なん
だ。何日か後に試験があるからさくっとクリアして、ゴキブリデバイスの製作に取り掛かるよ。分かってると思うけど戦車と同じでデバイスもすぐにはできないんだ。できたら届
けにいってあげるよ。それまでデバイスはオアズケさ。オ・ア・ズ・ケ。物欲しそうな目
をして這いずり回るゴキブリにぴったりの言葉だよね。」
物凄い照れ隠しだ。
全身で嬉しさを表現していては照れ隠しにならないのに。
素敵な関係だなと思いながら私の顔は自然と微笑を浮べていた。
スキップしながらサースデーを連れてどこかへ行ってしまったバトー博士。
『新たなデバイスタイプの名づけ親になれたかもしれないのにー』と泣きながら
がっくりと膝を折るシャーリー。
はんたの言葉を信じるなら本当にとんでもないものをさらっと作ったんやろうか。
いったいどんなものが出てくるか。
思った以上に楽しみやなぁ。
しかし、本当にどうしたものか。
とりあえずリンディさんに話通さないとあかんし、どうやって反対派を抑えよう。
そんなことを考えていた矢先、突然目の前で通信ウィンドが開く。
「はやてさん、なんだかとても愉快な人達がいるってレティから聞いたんだけど、
私に報告きてないのはどうしてかな?クロノも知らなかったみたいだし・・・。」
通信ウィンドに移ったリンディさんを淡々と眺められるはんたが恨めしい。
私とフェイトちゃんの顔はとても引き攣っていたやろうから。
これってもしかして物凄くやばいんとちゃうやろか。
なのはちゃん、こうなることに気がついて朝から引き抜き話しに行ったんやろか。
「つまり、昨日の次元震で偶然ミッドチルダへとやってきて、
世界の構造からぜんぜん違うし、まったく帰る宛がない。
そしてやってきた直後に誤解からなのはちゃんと戦って、
あなたはハンデ付きとはいえデバイスも使わずになのはちゃんを一方的に叩きのめして、
一緒に来た老人は元々戦車作りしていたけれどミッドで1日過ごしただけで
デバイスに革命を起こしそうな設計図を書く人ってことでいいのかしら?
それで保護になると面倒なことになるから、
言うこと聞く代わりに雇うという形にして欲しいし、なおかつ不干渉を願いたいと。」
「そういうことだ。」
叩きのめすどころか殺しかけたやろうが。
あの怪しげな薬の話がでるとまずいから(ロストロギアに認定せんでも取り上げて解析にまわされるわな。)黙っているけど私達としては気が気ではない。
目の前にいる人がどういう人か分かっとるんやろうか。
平然とムチャクチャなこと言わんといて。
「帰らせるという話の代替案でのんだ賭けで負けちゃったはやてちゃん側としては、
魔力総量のせいで入隊させるのに弱ってるということでいいのね?
入れること事態に反対はないって解釈で。」
「はい。そうですー。」
「そう。緑のあなた、お名前は?」
「はんた。」
「セカンドネームは?」
「セカンドネーム?」
物凄く不思議そうに聞き返されたリンディさんはきょとんとした顔をしている。
私達も同様だ。
はんたって名前さえ分かればいいとか通称とかじゃなかったん?
「本名よね?」
「親から貰った名前を本名というのなら。」
「次元によってセカンドネームがないところもあるのね。
とりあえずセカンドネームの件は置いておいて、どのぐらい強いの?」
「共通の価値観がない以上表現に困る。素手で戦車を壊す程度としか表現しようがない。」
「戦車の重さは?」
「大きいもので70t弱かそれ以上。単位は大丈夫か?」
「戦闘経験は?」
「脊髄反射で殺し合いができる程度。」
「もしも今、目の前に戦車が現れたらどうするかしら?」
「あっちのルールなら叩き壊すまでだ。」
「それが5台なら?10台なら?」
「どちらでも変わらない。叩き壊すだけだ。」
「魔法使いは倒せそうかしら?」
「Dead No Aliveでいいのならいくらでも。」
「装備もなしに?」
「高度17000mや地中深くにいない限り。」
「生身の戦闘のスペシャリストってところかしら。
革命を起こしそうな新型デバイスも興味もあるわね。
魔力適正・・・条項・・・レジア・・・ごまかす・・・。ちょっと待っててくれるかしら。」
そう言って通信ウィンドが消えた。
横で聞いていてはらはらする。
高度17000mっていったいどんな高さや。
もっと穏便な表現使ってや。
Dead or Alive やなくてDead No Aliveってなんや。
目の前におるのが誰かお願いやから察してや。
あー、突っ込みどころと不安で素面でいるのが辛い。
落ち着かない時間が過ぎていく。
2時間ほどして、再び通信ウィンドが開いた。
「許可が下りたわよ。」
「早っ!!なんでや!?本当なんですか!?ってすいません。横から口いれてしまって。」
「いいわよ。はやてさん。レジアス・ゲイズ中将も快く許可してくれたもの。」
思わずツッこんでしもうたけど、ちょっと異常過ぎやないか。
六課設立に一番反対しとるというより、
むしろ潰そうとしているレジアス・ゲイズ中将が快く許可?
いったいなにがあったと言うんや。
にこりと微笑んだまま、リンディさんが口を開く。
「ところで、これからすぐにでも戦えるのかしら?1人で生身で装備もなしだけど。」
「いつでも戦えなくてどうする。さっき言ったようなやつで無い限りどうとでもできる。」
「あ、あの、いったいなにと戦わせるんですか?」
「地上本部外周部隊よ。そうそう。
はやてさん、はんた君が負けたら六課の話が流れちゃうから。」
「なんやて!?なんでそないな話に・・・。」
「負けなければいいのよ。はやてさん。それじゃ、はんた君。
『(貴様らの魔力頼みのご大層なデバイスなしに素手で壊せるものなら)
遠慮なくいくらでも壊してみせろ!!』ってレジアス中将から許可がでてるから。
そろそろそっちに連絡があるはずだけど・・・。」
「覚えておく。ところであなたの名前はなんて言う?」
レジアス中将の地上本部を私物化してるような気がせんでもない返事の中で
物凄く大事な言葉をはしょったようなリンディさんとの通信と、
話が全部終わってから名前を聞くとかするはんたがどうなったか、
簡単に経過だけ言わせてもらうなら、
はんたにとにかくすごく偉い人とリンディさんは認識されて、
地上本部で戦車が空き缶みたいに宙を飛んでは地面を転がって、
反撃するより先に逃げだす相手に感心しながら妙に脆いなとはんたが不思議がって、
何台目かが宙を飛んだ時点でレジアス中将が止めてくれと悲鳴を上げて、
地上本部が1日麻痺して、レジアス中将には非難轟々で、
その煽りで泣き出したくなるくらい、というか泣いた、書類を私は書く羽目になって、
なのはを見るなり幽霊呼ばわりした(らしい)スバルとティアナの引き抜きに成功して、
キャロの迎えも終わって、
スターズとライトニングのメンバーが揃って、
シャマル以外のヴォルケンリッターが奇跡的に天文学的な確立ではんた達に出会わないで、
毎日のようにレジアス中将からはんたに六課なんかより是非地上本部へと引抜き話が
持ちかけられて、デバイスマイスターの資格を手に入れたバトー博士は引きこもって
嬉々としてデバイスを作り始めて、はんた達の所属が正式に書面で通達された。
はんたが誰かを血だるまにしたという話も無く、バトー博士が問題を起こすわけでも無く。
会うたびに大声でバトー博士にバカチンと呼ばれたなのはちゃんが、
溜めに溜めたものをぶちまけるように訓練所を全壊してくれた以外、
怖いほどに問題なく時間が過ぎていった。
そして本日、ついに機動六課が稼動を始める。