――レム、僕たちは生まれて来てはいけなかったのかもしれない……
自らの右腕が放つ光に包まれながら男はそう思った。
厄災とも言える程の力を持ってしまった自分。
そしてその力を用い人類に破滅をもたらそうとする兄弟。
自分―-そして兄弟の罪深さを噛み締めながら、男は悔いる。
自分の右腕は異形となり極光を放っている。
視界は真っ白。他には何も見えない。
それと同化していくかのように頭の中も真っ白に染まっていく。
ふと、男はある事に気付いた。
白の中に何かが生まれた。
――青……いや蒼色の光?
白の世界の中に蒼い光が灯っている。
まるで米粒のような微小な大きさだが確かに輝きを放っている。
それは男の目の前で段々と大きくなっていく。
それはまるで自分の罪を優しく包んでくれるかのような光。
その光を見て、男の頭に一人の女性の姿が思い浮かぶ。
レム。
幼い自分を優しく導いてくれた女性。
人間に絶望した自分をあきらめずに支えてくれた女性。
そして、自分の命を顧みず、人類を救った女性。
――レム、僕は間違ってるのか?
――レム、僕たちはどうすればいい?
――もう一度会いたい。自分は間違っていないのかを聞いてみたい。
願いが、疑問が、溢れ出してくる。
――レム、僕たちは……
先まで白に覆われていた視界が今では蒼色に染まっている。
――あぁ、綺麗だ。
そして、男の視界の全てが蒼に染まる。
その瞬間、男は世界から姿を消した。
――星にまたひとつ伝説が穿たれた。
人々はただ寄り添う。
そうしていなければ圧し潰されそうな『跡』だった。
誰かがつぶやいた。
「悪魔は実在した」と。その言葉は小さな波になり、しかし確実に星中に届くだろう。
その体に災害を宿した優しい死神。
手に持つ大鎌はいつしか我々を薙ぎ払うのだろうか。
男の行方はようとして知れず、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの足跡はこのあと2年の間、歴史から掻き消える事となる――
■□■□■□
時刻は朝の4時。まだ陽は昇っておらず、辺りは薄暗い。
そんな朝早くからある森の中に、一人の男がいた。
金色の髪の毛を逆立てるというド派手な髪型をした男は、その優しそうな顔を苦痛に歪めながら歩いていた。
足取りはどこかおぼつかなく、一歩歩くごとに体がフラリと揺れている。
だが、それでも男は立ち止まらずに歩き続ける。
休息の場を求めて。
(ここはどこなんだ?)
男は霞がかった頭の中で考える。
確か自分はジェネオラ・ロックにいたはずだ。
そこで因縁の兄弟と決着をつけるべく銃を突きつけた。そこまではハッキリと覚えている。
だが、ここから記憶が途切れ途切れになる。
ぼんやりと思い出せることは三つ。
迫ってくる手。
真っ白な極光。
優しい蒼色の光。
それ以外は思い出せない。
そして、気がついたらここにいた。
男は立ち止まり辺りを見回す。
潤いのある空気。
木々や雑草。
あの砂の星からは考えられない程に低い気温。
――明らかに自分がいた世界と違う。
あの星では、空気は常に乾燥していたし、木々や雑草なんてプラント周りにしか存在しないものだった。
だが、ここは自分の視界を埋め尽くす程の木々がある。
(……まさか、ホーム?……いや、そんなことあるわけないか)
男は苦笑しながら自分の考えを否定する。
ホームはロケットを使ってでさえ何年もかかるところにある。
それを一瞬でワープするなんて漫画でもあるまいし。
だが、ここが自分のいた惑星で無いことも確かだ。
ならば、ここはどこだ?
……ダメだ、堂々巡りだ。
ここがどこか、なんて考えても分かるわけがない。
それよりも今は休める場所を探さなくちゃ。
なんとか今は大丈夫なものの、疲労と傷の痛みで体が悲鳴をあげている。
しかも、それに加えて凍えるような寒さが体力を奪い取っていく。
このまま歩き続けるのはマズい…
だが、ここで休んでしまうのもマズい。
一度休んだら立ち上がる気力も湧かないだろう。
そして、こんな所にずっと休んでいたら寒さに体がやられてしまう。
ならば、休める場所が見つかるまで歩き続けるしかない。
(せめて、家のように寒さを和らげる場所があればいいんだけど……)
右に左に周りを見るも、葉が落ちかけた木が見えるのみ。
家のいの字も出てこない。
男はため息を一つつき、痛みをこらえ再度歩き始めた。
■□■□■□■□
……もう何分歩いたんだ?
朦朧とした意識の中、誰に問うでもなく考える。
何時間も歩いたように感じるが、実際のところはどうなのだろう。
延々と続く木々が作り出す洞窟に、男の疲労はピークに達していた。
もはや男の眼は虚ろ。
どこを見て何を考えているかも読み取れない。
それでも歩みを止めないのは男の強固な精神力だからこそ成せることだろう。
だが、そんな男をあざ笑うかのように一陣の風が吹く。
ただ、それだけのことで体がゆれる。
普段の男だったらここまでの消耗はしなかっただろう。
傷だらけの状態で賞金稼ぎ相手に逃げきったこともあるし、熱砂の砂漠を何日もぶっ続けで歩いたこともあった。
なら何故男はここまで消耗しているのか?
答えは簡単だ。
今まで男が経験したことの無い環境―-寒さのせいだ。
今まで男が生きてきた世界は砂漠が延々と広がる灼熱の世界。
だが、今いる世界はそれとは真逆。
今までの世界では考えられない程に寒い。
慣れない寒さは男の体力を何倍、何十倍ものスピードで削っていく。
男も頭の中では寒さの危険に気付いてはいたものの、気付いているだけでは体は対応できない。
――結果、男は消耗仕切ってしまう。
それでもフラフラと歩き続けるが、遂に膝が折れ倒れてしまう。
立ち上がろうと必死に体を動かすが、男の意思に体がついていかない。
男の動きは段々と緩慢になっていき、そして男はついに動かなくなった。
――あぁ体が重い。傷が痛む。寒い。眠い……ダメだ、寝ちゃダメだ。…………
でも体が動かない。………………何とか……しな…くちゃ…………寒い…………レ……………ム………………
□■□■□■
なのはは日課となっている朝の魔法の練習をするために桜台の登山道を歩いていた。
今朝はいつもに比べとても寒い。
ニュースでは今年一番の寒さとまで言っていた。
なのはもいつもより多めに服を着ているが、それでも寒さは遮断しきれない。
首に巻いたマフラーをきつく巻き直し、歩き続ける。
ふと、横を見ると今まさに地平線の向こうから朝日が昇ってきている。
毎朝見ていても飽きることのない綺麗な光景。
そんな光景を眺めながら、歩いているといつもの練習場所についた。
「レイジングハート、周りに人がいないか確認して」
いつものように、エリアサーチを行う。だが、レイジングハートから返ってきた答えはいつもと違った。
『マスター、右方向の森の中に人がいます』
レイジングハートの言葉になのはは首をひねる。
――人?こんな朝早くから?しかもこんな山の中で?
もしかして朝の散歩?いや、それは無いと思う。
わざわざ朝の五時にこんなところで散歩する物好きな人はいないだろうし、いたとしてもこの登山道を歩くはずだ。
森の中を歩くなんてことはしない。
ならば事故?
何らかのケガをしてしまい動けなくなってしまったとか?
『どうしますか、マスター?』
再度レイジングハートが声をかける。
なのはは、レイジングハートの問いに少し考え、答える。
「行ってみよう。もしかしたらケガをしているのかも」
そういい、なのはは森の中へと足を踏み入れた。
□■□■□■
予想以上にうっそうとしている森の中をレイジングハートに言われた通りに進んでいく。
登山道は毎日通るが、この森の中には入ったことはない。
――ちょっと、怖いな……。
魔法少女として沢山のことを経験してきたが、中身はまだ子供。
さすがに朝早くの薄暗い森の中を歩くのは怖い。
震え出しそうになるのを必死に我慢して歩き続ける。
森に入ってから10分ほど経った頃、レイジングハートが声をあげた。
『あそこです、マスター』
――見つけた。
茶色いボロボロの布を体に巻きつけた派手な頭の男の人が地面に突っ伏すように倒れている。
慌てて近づき、体を揺するがまったく反応がない。
とりあえず、男の人を仰向けにして様子を見る。
そこでなのはは息をのむ。
――この人、左腕が無い!
「わ、わ、わ!大変だよ、レイジングハート!この人左腕が無い!」
しかも体中傷だらけ。
想像を遥かに越えた事態になのははパニクる。
だが、そんななのはにレイジングハートは冷静な声をかける。
『落ち着いて下さい。左腕には何らかの処置がされています。体中にある傷も軽いものだけです』
「へ?」
……ほ、本当だ。左腕はないけど血は流れてない。しかも、何か機械のような物で切断面が覆われている。
なのははホッと胸をなで下ろす。
『ですが、非常に危険な状態です』
「……え?」
『この男、体温が著しく低下しています。早く暖かい場所へつれていかないと凍死してしまいます』
レイジングハートが淡々と呟く。
なのはは慌てて男の額に触れる。
――冷たい。
それも異常なまでに。
自分の手も外にいたことで冷たくなっているが、この人の体温は比べものにならないくらい冷たくなっている。
。
「ッ……!レイジングハート!」
『All right. Set up』
なのはがレイジングハートを掲げ叫ぶ。
その瞬間、眩い光がなのはを包む。
そして光が消えると、そこにはバリアジャケットを装着し、左腕にはデバイスモードのレイジングハートを持ったなのはが立っていた。
「スターダストフォール!」
なのはがレイジングハートを男に向け呪文を唱える。
すると、男は宙に浮き始める。
それに合わせるように、なのはも空へ舞い上がる。
『Accele fin』
森を抜けるとなのはの足首に小さな桜色の羽が現れる。
「全速力で行くよ!」
そう叫ぶと一気に加速し、自分が出せる最速のスピードで朝焼けの空を駆け出し
た。
そしてそれに並びながら男の体も飛行し始めた。
なのはが考えたことは単純。
――どうすればこの人を助けられるか?
ただこれだけ。
このまま自分が男を背負って山を降りたりしていたら時間が掛かりすぎる。
後、どれだけ男が保つか分からないのにそんなことはしていられない。
……なら、魔法を使うしかない。
最初に使った魔法『スターダストフォール』は本来瓦礫や岩などを魔力により加速させ敵にぶつける攻撃する魔法だが、強引にこの魔法で男を運ぶことにした。
自分が持って空を飛ぶよりはずっと速く移動出来る。
飛び始めて数分もしない内に自分の家が見えてくる。
なのはは家から少し離れたところに降り立ち、バリアジャケットを解除しレイジングハートを元に戻す。
そして男を背中に背負い玄関のドアを開く。
両親が驚いた顔でこっちを見てくる。
それもそうだろう。娘が朝早くからボロボロの男を背負って来たのだから、これで驚くなという方が無理だろう。
なのははそんな二人に叫ぶ。
「お、お父さん!この人を助けて!このままじゃ、この人、死んじゃう!」
□■□■□■
――あれ?俺って森の中で倒れたんじゃなかったっけ?
男は目を覚ますとまず始めにそう思った。
目に映るのは四角い天井。
横を向くと大きな本棚が見えた。
どうやらここは誰かの部屋らしい。
寒さなど微塵も感じないほどに暖かい部屋。
……誰かが拾ってくれたのかな?
傷に包帯が巻かれている。どうやらケガの治療までしてくれたみたいだ。
余程親切な人が拾ってくれたみたいだ。
いやぁ、ラッキーだなぁ。
そんなことを考えながらボーッとしていると、部屋のドアが開いた。
そちらを向くと、小さな女の子が立っていた。
何故か、ピクリとも動かずに驚いた様子で固まっている。
「え~っと、キミが僕を助けてくれたのかい?」
「……は、はい!そ、そうですけど……」
声をかけるとさらに驚かれた。
……何か変だな。
「ありがとう。本当に助かったよ」
男は優しい微笑みを浮かべながら、心の底から礼を言う。
女の子はまだ固まっている
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はヴァッシュ・ザ・スタンピード。よろしく」
「わ、私は高町なのはって言います。よ、よろしくお願いします」
ヴァッシュが右手を差し出すと、女の子――なのはもその手を握る。
――ここに交わることのない筈の二つの線が交わった。
一つは『人間台風』ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
もう一つは『魔法少女』高町なのは。
この出会いが二人に何をもたらすかはまだ誰も知らない。
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最終更新:2008年02月12日 09:14