防衛戦の終わり。
つまらない日常への回帰に落胆する。
だが、ほんの少し楽しみなことが起こった。
スバルへのミスショット。
俺からすれば、起こるべくして起こった事故。
優しい優しいなのはは、ほんの少しの小言で済ませる。
あまりにもくだらなくてどうでもいいことに過ぎない小言よりも、
俺の興味はたった1つに向いている。
ティアナ・ランスター。
ひよっこどもの中で一番どうしようもないひよっこ。
粋がった馬鹿の同類かとさえ思い始めた。
視界に映る度、思考に浮かぶ言葉は圧殺、轢殺、殴殺、射殺、爆殺、斬殺、屠殺、嬲殺・・・・・・。
さて、そろそろ貴様のあり方を見極めるとしよう。
魔法少女リリカルなのはStrikerS―砂塵の鎖―始めようか。
第8話 賭け
「えっと・・・・・・報告は以上かな?現場検証は調査班がやってくれるけど、
皆も協力してあげてね。しばらく待機して何も無いようなら撤退だから。」
「「「はい!」」」
なのはさんの言葉にスバル達が返事している。
けれど、そんなことあたしはどうだってよかった。
この後、絶対に・・・・・・。
「・・・・・・で、ティアナ。ちょっとあたしとお散歩しようか。」
「っ・・・・・・はい・・・・・・。」
来た!!
なのはさんから穏やかな口調で誘われる。
あたしはただ返事を返すしかなかった。
緞帳が落ちたような心のまま・・・・・・。
そのまま森をなのはさんと歩いていき、どの程度皆から離れたころだろう。
辺りに誰もいない場所。
木漏れ日以外、本当に何も無い、木々が鬱蒼と茂った静かな場所。
そこでなのはさんが歩みを止めた。
そのまま、あたしのほうに振り向き口を開く。
「失敗しちゃったみたいだね。」
「すいません。1発・・・・・・反れちゃって・・・・・。」
後ろめたさに無意識に視線は下を向いてしまう。
それに・・・・・・なのはさんは全て知っているはず。
隊長なのだから報告を受けていないはずが無い。
その上で質問しているのだろう。
あたしを問い詰めるために・・・・・・。
もしも知らないことがあるとすれば、どうしてあたしがあんなことをやったか。
それだけだろう。
「わたしは現場にいなかったし、ヴィータ副隊長に叱られて、
もうちゃんと反省していると思うから、改めて叱ったりはしないけど・・・・・・。」
なのはさんはそう言う。
優しい口調のままに・・・・・・。
それで優しい口調で油断させた後、次はなにをやるんですか?
頬を叩きますか?
それとも謹慎処分でも通達するんですか?
「ティアナはときどき、少し一生懸命すぎるんだよね。それでちょっと
やんちゃしちゃうんだ。でもね・・・・・・。ティアナは1人で戦っているわけじゃないんだよ。
集団戦でのわたしやティアナのポジションは前後左右全部が味方なんだから。」
肩に手を置きながら告げられたなのはさんのその言葉にはっとする。
あたしのポジションはセンターガード。
敵陣に単身で切り込むフロントアタッカーでも、
前衛や後衛の支援攻撃をするガードウイングでも、
まして完全支援のフルバックでもない。
チームの中央に立って、誰よりも早く中・長距離を制する者がセンターガード。
そしてあのときあたしがやるべきだったことは、敵を全滅させることでも無くて、
ましてあたしが蹴散らすことじゃなくて、防衛線を維持することだった。
それなのにあたしは焦って、全機撃墜しようとして・・・・・・。
「その意味と今回のミスの理由、ちゃんと考えて同じことを2度と繰り返さないって
約束できる?」
「はい・・・・・・。」
「なら、わたしからはそれだけ。約束したからね?」
「はい・・・・・・。」
なのはさんは最後まで優しいままだった。
1度も声を荒げもせず、頬を打つこともせず・・・・・・。
なのはさんに言われたことは全部理屈の上では分かってる。
でも・・・・・・、だけど・・・・・・、あたしは・・・・・・。
AMFに阻まれてなにもできなかったあたしは・・・・・・。
役立たずだ。
「わかりました。あちらに・・・・・・。」
調査班の人から話を聞いていると、ふっとその視線が外れた。
追うようにあたしもそっちを見ると、そこには・・・・・・。
「ティア!!」
「・・・・・・スバル。」
あたしは足早に駆け寄る。
調査班の人の話を放り出して。
管理局員としての自覚があるのかとか主人を見つけた犬みたいと言われるかもしれない。
でもなんだっていい。
ティアはあたしのかけがえの無い親友なんだから。
「いろいろ・・・・・・ごめん。」
いつものティアが嘘のようだ。
まるで火が消えちゃったみたい。
「んーん、全然・・・・・・。その・・・・・・なのはさんに・・・・・・怒られた?」
あー、なんでこんなことを聞いているんだろう。
ティアが傷つくに決まっているのに。
なんであたしはもう少し気の利いた言葉が言えないんだろう。
「少しね。」
「そう・・・・・・。」
落ち込んだままのティアが短く答えて、あたしもただ言葉を返すしかできない。
ほら、会話が途切れてしまった。
ああ、もっとなにか言わないといけない言葉があるのに・・・・・・。
ええと、ええと、そうだ!!
「ティア、向こうで一休みしてていいよ。検証の手伝いはあたしがやるから・・・・・・。」
精一杯明るく気にしていないように振舞えたはず。
でもティアにはバレバレかな。
「凡ミスしておいてサボりまでしたくないわよ。いっしょにやろ?」
「うん!!」
軽く笑ってティアがそう言ったけど、あたしは嬉しかった。
ティアにちょっとだけ元気が戻ったみたいだったから。
「初めまして、ユーノ・スクライア司書長。空曹兼陸曹のはんたと申します。
いつもバトー博士がお世話になっています。」
そう言いながら俺はなのは達のところへ近づいた。
管理局のデータベース無限書庫の司書長、ユーノ・スクライア。
バトー博士から簡単な容姿は聞いている。
トモダチがまた増えたという言葉と共に・・・・・・。
しかし、インジュウなんてアダナ、バトー博士もよく思いつくものだ。
もっとも俺にはどのあたりがインジュウか分からないが・・・・・・。
「い、いえ。こちらこそ。その・・・・・・物凄い呼び方される以外は・・・・・・本当に・・・・・・。
バトー博士にこちらのほうが感謝してますから。既に無限書庫の3割以上に目を通されていますよ。たった1人で何十人分もの司書と同じ仕事量を来る度に手伝ってくれて、
自分の仕事もあるのに・・・・・・。司書長なんて立場にありながらお恥ずかしい限りです。」
「バトー博士があなたとトモダチになったのなら、それは当然のことです。
バトー博士以上に誠実な人間を俺は見たことが無い。」
奇妙な顔をするユーノ・スクライア司書長。
案外知らないのかもしれないな。
ここにいる面子がそろってバトー博士のトモダチになっているなんて。
インジュウ、ゴキブリ、バカチン、ロシュツキョーか。
どれが一番まともな名前か。
さて、そんなことは置いておいて、せっかくフェイトもいることだし尋ねておくとしよう。
「それで、なの・・・・・・なのは隊長とフェイト隊長をお借りしてもよろしいですか?
ああ、たった1つの疑問にお答え願うだけですからこのままでも構いませんよ。」
「・・・・・・構いませんけど?」
「ええと、なにかな?はんた君。」
「作戦行動についてなにかあったかしら?」
「広域防衛戦が予想されていたのに、砲戦魔導師のなのは隊長と広域攻撃魔法が使える
はやて部隊長がわざわざホテル内の警備についた理由を教えていただきたい。
どちらか片方が外にいれば、かけらほども被害はなかったでしょう。
結果はご存知のように、シグナム副隊長達は動きっぱなしで、
まともな範囲攻撃が使えるのは俺だけで、
召還による奇襲を受けてスバル達が展開したホテル前の防衛線まで敵に詰め寄られ、
どうにか迎撃しきれたものの、召還師には逃げられて、
オークションの品物を盗まれてしまったわけだ。」
「それは・・・・・・。」
フェイトが困惑したように言いあぐねている様子。
同様になのはのほうも・・・・・・。
本当のことを言えばフェイトまで中にいたことがおかしい。
率いるべき隊長なのだから・・・・・・。
一番の疑問は最大火力を誇る隊長3人が揃いも揃って中にいたことだ。
シャマルのクラールヴィントとも、六課の管制のほうとも常時回線を繋げずに!!
今回の戦いを、広域防衛なんてシャマルが言っていたが、
ほとんど1方向から攻めてくれたからどうにかなったようなものだ。
包囲攻撃されるなんて予想さえ立てなかったのか?
終わったことでどうこう言いたくはないが、
あれだけ後手後手に回ってどうにかできたのは運がよかったとしか言いようがない。
まして包囲攻撃だったならホテルも人間も無傷ですまなかった。
だからこそ、聞きたい。
部隊としてどうしようもないのか、それとも別の何かがあったのかを判断するためにも。
言いあぐねている2人にこちらから予想の1つを振ってやる。
「六課のあり方として隊長は力をふるうわけにはいかなかったとでも?」
「君、失礼だろ。なのは達だって・・・・・・。」
「いいよ。ユーノ君。でも・・・・・・耳が痛いな。上からの命令としか答えられないんだ。」
ウエカラノメイレイ?
言葉の意味がわからなかった。
上からの命令・・・・・・。
つまり、はやて達よりも上の立場のどこかの馬鹿が、なにを考えたか知らないが、
効果的な運用も考えないで最大火力を使えなくしたと・・・・・・。
あらゆる言葉が思考を埋め尽くす。
その大半は罵声の類だ。
あまりにも予想を突き抜けた答え。
呆れも失望も突き抜けるほどに・・・・・・。
俺はなにも言わずに去るしかなかった。
「アルファ、結果より逆算、今回の防衛に成功する確率は?」
「60.8%。」
「5度に2度は抜かれたわけだ。遊びで部隊をやっているのか?」
「情報が足りず回答不能です。」
「仮に俺が攻める側だった場合?」
「100%は揺るぎません。今までどおりのルールならなおさらです。」
「Dead No Aliveか。」
口に出すと泣き出したくなるほどに懐かしい言葉。
それに、彼女を殺してから感じ続ける空虚な感覚は加速するばかり。
この世界に飛ばされて、アルファが蘇ったことでほんの僅かばかり満たされた。
けれど、日を追うごとに他のなにかが壊れた蛇口のように溢れ出ていってしまって・・・・・・。
まともじゃなくなりはじめていたのだろう。
壊れかけを騙し騙し動かした果てに、壊れてはいけないメインパーツが悲鳴を上げたのか。
アルファにこんな問いをしていた。
「アルファ、狂うことができたら楽になれるかな?」
「なにも変わらないと思われます。」
「・・・・・・なぜ?」
「狂った人間はなにも感じなくなります。なにも失うことも得ることもありません。
マスターは永遠に数字の0を刻むだけになります。マスターの枷となっている現実も、
殺害せずに済んでいるに過ぎないモノが殺害可能となるだけです。
要素として誤差で済むほど極小のプラスに過ぎません。リターンは限りなく0です。」
「だが、感じなければマイナスもないだろう?機械のように・・・・・・。」
「その問いはYesです。しかし、今現在、膨大な量のマイナスがあるにすぎません。
かつて、なにも保証がないまま、なにかが得られると荒野を駆け抜けたのはマスターです。
そして多くの非論理的思考を機械に過ぎない私に教えたのもマスターです。
そのマスターが私に向けてそのようなことを尋ねるのですか?」
「・・・・・・すまない。どうかしていた。」
「問題ありません。ただ、マスターがどのような決断をしようと私がマスターの傍らに
あり続ける事実に変更はありません。」
「ああ、そうだな。」
「はーい。機動六課の前線メンバーの皆さん。撤収準備が整いました。
集合してくださーい。」
唐突に響くシャーリーの軽い声。
シャーリー・・・・・・シャーリィか・・・・・・。
だめだな。
本当にどうかしている。
彼女のこと以外で立ち止まって振り返ることなんて、
それこそジャックさんに殺されたときぐらいだったのに、
今頃になって共に旅をした仲間のことを思い出すようになるなんて・・・・・・。
綺麗な金髪のソルジャーで胸がすくような振舞いをしていた彼女だったら、
こんな状況を作り出したやつをとりあえず殴り飛ばして蹴り飛ばして、
それから笑い飛ばして酒でも飲んでそれで全部おしまいにするだろう。
酒・・・・・・。
そういえばいつからだろう。
酒の味がわからなくなって、いくら飲んでもまったく酔わなくなったのは・・・・・・。
しかし、本当にどうしたんだろう。
思考がなにかおかしい気がする。
気のせいか?
それに俺が殺してしまった彼女の髪の色である血の赤が恋しくて恋しくて仕方が無い。
ちょうどいい。
傍らを通り過ぎていく白衣を着た生き物を殺・・・・・・。
深呼吸をしながら歩き続ける。
そうだ、バトー博士に頼みを追加しよう。
3連装にすると共に、バリアジャケットに血染めの旗でも加えてくれと・・・・・・。
そういえば緑にこだわる必要もなくなったんだ。
他のカラーリングにしてくれというのもいいかもしれない。
なんせ血塗れになっても目立たないからこその緑だったのだから・・・・・・。
でも彼女は緑のアサルトスーツで全身を覆っていた。
緑は彼女とお揃いの色。
ああ、やっぱり緑のままがいい。
血染めの旗なんていらないな。
なぜ思いついたのだろう?
邪魔な情報だ、消してしまおう。
いつからできるようになったのかさえ忘れてしまった行為。
意図的に記憶を消すというもの・・・・・。
砂の城を踏み潰すように、記憶から本当に色鮮やかで綺麗な血染めの旗を消していく。
ほころびが始まってしまったことにはんたは気がついていない。
自分がなにを消してしまったのか。
あの苛酷な荒野において仲間として共に駆け抜けた金髪のソルジャー『シャーリィ』。
旅の中で彼女が語ってくれたのは、かつて所属していて皆殺しにされた傭兵団のこと。
その名前は血染めの旗(ルージュフラッグ)・・・・・。
「皆おつかれさま。じゃあ、今日の午後の訓練はお休みね。」
「明日に備えてご飯食べてお風呂でも入ってゆっくりしてね。」
「「「「はい!!」」」」
六課に撤収して、なのはさん達にそんな声をかけられた。
あたし達4人は元気よく返事を返す。
だけど、あたしはそんなに悠長なことしていられない・・・・・・。
隊舎への道中、あたしは口を開く。
「スバル、あたしこれからちょっと1人で練習してくるから・・・・・・。」
「自主練?ならあたしも付き合うよ。」
「あ、じゃあ、僕も・・・・・・。」
「私も・・・・・・。」
これはあたしのわがまま。
あたしの無理に付き合わせるわけにはいかない。
あたし達よりも幼いエリオ達ならなおさらに・・・・・・。
「ゆっくりしてねって言われたでしょ。あんた達はゆっくりしてなさい。
それにスバルも、悪いけど1人でやりたいから!!」
「うん・・・・・・。」
そうエリオ達に言ったけど、あたしは笑えていただろうか。
誰かがいたら、きっとあたしは自分で立っていられなくなる。
それではいけないんだ。
証明するためにもあたしは人一倍努力しないといけないんだ。
制圧さえできないセンターガードでいてはいけないんだ。
あたしは誰もこないだろう場所を探すためみんなの前から去った。
どこか悲しげな声のスバルの返事を背中越しに聞きながら・・・・・・。
「あのさ。2人ともちょっといいか?」
「あ・・・・・・うん。」
あたしの言葉になのは達が頷いた。
シャーリーとシグナムのやつはどこか怪訝そうな表情であたしを見ている。
そんなにあたしがなにか言おうとするのが珍しいのか?
場所を移して皆がソファーに腰を下ろす。
「訓練中から時々気になっていたんだよ。ティアナのこと・・・・・・。」
「うん。」
「強くなりたいなんて若い魔導師ならみんなそうだし、
無茶も多少はするもんだけど・・・・・・。時々ちょっと度を越えてる。
あいつ、ここに来る前なんかあったのか?」
「ティアナのお兄さん、ティーダ・ランスター。当時の階級は一等空尉。
所属は首都航空隊。享年21歳。ご両親は既に事故で亡くなっていて、
ティアナはたった1人のお兄さんに育てられたみたい。」
「結構なエリートだな。」
「そう。エリートだったから・・・・・・なんだよね。ティーダ一等空尉は亡くなったときね、
逃走中の違法魔導師に手傷を負わせたんだけど、取り逃がしちゃってて・・・・・・。」
「まぁ、地上の陸士部隊に協力を仰いだおかげで、犯人はその日のうちに
取り押さえられたそうなんだけど。」
「その件についてね、心無い上司がちょっと酷いコメントをして一時期問題になったの。」
「コメントって?なんて?」
「犯人を追い詰めながら取り逃がすなんて、首都航空隊の魔導師としてあるまじき失態である。例え死んでも取り押さえるべきだった・・・・・・とか、任務を失敗するような
役立たず・・・・・・とか。」
「ティアナはそのときまだ10歳。たった1人の肉親を亡くして、しかもその最後の
仕事が、無意味で役に立たなかったって・・・・・・きっと物凄く傷ついて悲しんで・・・・・・。」
「でも無駄死にだろ?」
全員が一斉に扉のほうを向く。
そこにはあいつがいた。
いや、そんなことよりも重要なことがある。
「はんた!!てめぇ、今なに言いやがった!!」
「ノックは忘れなかったと思うんだが・・・・・・。」
「質問に答えやがれ。」
「無駄死にと言ったんだ。獲物を追いかけて取り逃がして勝手にくたばったんだから。」
「はんた君!!なんてことを・・・・・・。」
「テスタロッサ。落ち着け。はんた、いったいなんのつもりでそう言っている?」
「揃いも揃って・・・・・・。思った通りをそのまま口にしているんだよ、シグナム。
むしろどこが怒る部分なのか教えてくれないか?」
「ふざけるんじゃねぇ!!」
「冗談や挑発なんかのつもりはさらさら無い。どこが怒る部分なんだ?」
「本気で言っているんだな?」
「もちろん。育った世界の価値観の違いかと思い始めたところだが。」
「・・・・・・お前の世界ではどうなんだ?」
「世界なんて広い括りは知らないな。だが、俺のいた場所では毎日たくさんの人間が
死ぬんだ。数えたことはないがそれこそ死ぬ原因は様々でダースどころかグロスで
死んでいるだろ。なんせ周りが全部敵の世界だ。特にハンターなんていう自分の命を
賭け金にして殺し合いをやる人種はなおさら死にやすい。」
「そうか・・・・・・。」
「その一番死体になりやすいハンターにはいくつかの原則があるんだ。
その中で一番の基本で絶対の原則を無視してくたばったんだから無駄死にだろ?」
「どんな・・・・・・原則なの?」
なのはのやつ、問いかける声が震えてやがる。
フェイトも同じだ。
シャーリーのやつなんか顔が真っ青になっちまってる。
シグナムのやつだけは冷静みてぇだな。
あたしも反射的に飛びかかっちまいそうだ。
でも、それ以上に、表情ひとつ変えないで話すはんたの話が信じられない。
いったいどんなところなんだよ。
人間が毎日そんな数で死んでいく世界って!!
なんなんだよ、この裁断機野郎がいた世界って!!
「『ヤバくなったら逃げろ』。あまりにも当たり前で簡単なことだろ?」
「なにふざけたこと抜かしてやがるんだ!!んなことしたら任務放棄じゃねぇかよ!!」
「だから無駄死にって言っているんだろ?自分がやられてたった1人の家族が
本当に1人ぼっちになる可能性よりも追いかけるほうを選んでくたばったんだから。
その上で獲物も取り逃がしたんだ。無駄死にだろ?」
「っ・・・・・・。でも・・・・・・。」
「俺の言葉にティアナが怒るならまだ分かる。だが、なんでなのは達が怒っているんだ?」
反論しようとしたなのはが、はんたの言葉に詰まった。
なんて答えりゃいいんだ。
死者を冒涜するな?
任務を遵守した結果?
尊い人命?
ティアナの気持ちも考えろ?
どれもはんたは鼻で笑いとばしちまいそうだ。
なにも言えないでいるあたし達の横でシグナムが口を開いた。
「ティアナのことは置いておこう。はんた、なんのようだ?」
「ああ、そうだ。ろくに使い道も無くて額面もたいしたことない報酬を
増やしたいと思って来たんだった。」
「給料の値上げ交渉か?」
「いや。単純な賭けさ。なのはがティアナに面白いことを言っていたからそれを使わせて
もらおうと思った。『その意味と今回のミスの理由、ちゃんと考えて同じことを2度と
繰り返さないって約束できる?』だったか?」
「盗み聞きしてたの!?」
「レーダーレンジの中で喋っているほうがマヌケなんだ。賭けの内容だ。1ヶ月以内に
なのはとの訓練中スバルとティアナが近接戦闘を仕掛けるほうに今月の報酬全額賭ける。」
「・・・・・・?ティアナのモード2のことを言っているの?」
「育成プランなんてあったのか?なにを目的にしているか分からない訓練ばかり
やらせているから無いものだと思ってた。ついでに言えば今回の事故も
痛い目みせるために意図的に起こるよう仕組んでいたとばかり思ったんだが・・・・・・。」
「そういえばてめぇ、なんか妙なこと言ってたな。起こるべくして起こったとか・・・・・・。」
「え?ヴィータ、それってどういう・・・・・・。」
フェイトがあたしの言葉に驚いている。
なのはもはんたの言葉に呆然としているみたいだ。
シャーリーの問いかけるような視線にシグナムが頷いている。
あの場にシグナムもいたからな。
はんたが口を開く。
「シャーリー。ひよっこどもの初任務の映像は出せるのか?」
「え、ええ。出せるけど。」
「なら出してくれ。人伝に聞いた話で記憶が狂っていなければ、
新人たちがちゃんと動けたようで上出来みたいな内容だったな、隊長達の評価は・・・・・・。」
たしかリインのやつがつけていた日誌がそんな感じだった。
回ってきた報告書も・・・・・・。
あたしはそのときいなかったからなんとも言えねぇんだけどな。
目の前にそのときの映像が表示される。
「わざわざヘリの中でバリアジャケットを展開してから外に出た俺よりも、
なのはが飛び降りながらバリアジャケット展開しているのを真似して、
対空射撃されることさえ考えずに飛び降りたひよっこどもと、
バリアジャケットに感激して敵の真上で立ち止まっているひよっこどものことは、
ここで発狂した笑いをしている俺の立ち回りミスとしよう。」
なのはとフェイトは愕然としたような表情をしていた。
とくになのはは震え始めている。
当然かもしれねぇな。
当たり前のように取った行動をひよっこどもが真似をしていたんだ。
空の迎撃に行くなのはとリニアに取り付くひよっこどもの違いを理解もせずに・・・・・・。
それがどれだけ危ないことかさえひよっこどもは分かっていないだろう。
シャーリーもあっと言わんばかりの顔をしている。
そういえばシャーリーって通信士だったっけな。
それならこの現場をモニター越しとはいえ目の前で見ていたことになる。
映像が流れ、ある場所まで来るとはんたが『止めろ』と言った。
「だが、ティアナのこの行動を当たり前だと見逃して放置していたんだろう?
射線上に仲間がいるときにトリガーを引くなんてしないものだ、普通は・・・・・・。
それとも射線上に味方がいてもトリガーは引くのがこっちの世界の常識なのか?
それならひどい誤解をしたと謝るし、今後遠慮なくトリガーを引かせてもらうが。」
目の前の映像にガツンと頭をぶん殴られたみたいだった。
シールドやバリアがあるからなんて言い訳にならねぇ。
このときは、たまたまガジェットドローンが避けなかったから事故にならなかったんだ。
もしも避けていたら、その先にはエリオが・・・・・・。
しかもリニアから落ちれば下は崖。
何度もリプレイで映されるそのティアナの映像にあたしは鳥肌がたった。
たまたま今回の誤射が起こったんじゃない。
起こるだけの原因が放置されていて起こったんだ。
なんで教えてくれなかったなんて責められない。
隊長が気づいてしかるべきことなんだから・・・・・。
「そんなくだらないことは置いておこう。それならさらに賭けを具体的にしよう。
1ヶ月以内になのはとの訓練中、スバルとティアナが命知らずな特攻を仕掛ける。
特攻の内容はスバルがなのはにシールドを展開させて足を固めておいてから
ウイングロードをティアナが駆け上ってなのはの上か下あたりから切りかかるが
せいぜいだろう。それに今月の報酬を全額だ。」
重い雰囲気は笑い飛ばすようなそんなはんた君の言葉で消し飛んだ。
特攻って言ったの?
そんなことするはず絶対ない!!
「はんた。だが、ティアナ達がそんなことをしてもなのはの勝ちは揺るがんぞ?
ティアナ達が危険なだけの無意味な行動だ。」
「なにをいまさら・・・・・・。案外5割6割は勝率があると思ってやるんだろうよ。
なんのための訓練か分からないけど、これだけのことを考える頭があって、
あたしはこんなに力があって、こんなに努力しているんだから
とにかく力だけはあるんだーみたいな考えでやると思ってる。」
「やらないよ!!だって、ティアナはわたしと約束したんだから・・・・・・。」
「だから賭けを持ちかけたんだ。俺はやるほうに今月の報酬全額だ。」
「わたしは・・・・・・ティアナを信じる!!」
だって、ティアナはわたしと約束したんだから。
お兄さんのこともあって一生懸命になりすぎて、焦りばっかりが増えて、
その結果失敗しちゃって、ヴィータちゃんに叱られて、本当に落ち込んでいた。
それに、あたしが言い聞かせたとき、物凄く後悔した顔した。
だから、絶対にティアナはそんな馬鹿な真似しない!!
するはずがない!!
「顔を見る限り、他の面子は賭けに乗りそうに無いな。しかし、ティアナの
モード2がよりによって近接戦闘ね。本当に分からなくなってきたよ。」
「え?」
なにを言われたかわからなかった。
だって、ちゃんと目的があってわたし、訓練させているのに・・・・・・。
どうしてそんなこと・・・・・・。
「いったいなにが目的の訓練なんだ?絶望的なまでに戦闘力の差がある魔導師を
倒すための訓練か?ガジェットドローンを倒すための訓練か?
無抵抗の人間を倒すための訓練か?
遠距離しかやれない人間が接近戦専門の人間を倒すための訓練か?
それとも、高町なのはというエース・オブ・エースを倒すための訓練か?
まさか自分で考えて戦えるようにするための訓練なんて言うなよ。
お仕着せのような訓練内容をさせておいて、どこでなにを考える?
それに1発撃つのにどれだけかかってる・・・・・・って砲戦魔導師に言うのは
愚かだったな。銃口を向けた時点で照準は揃っていてトリガーは引くばかりなのが
当たり前の世界なんだから。」
え?
なにそれ・・・・・・。
訓練内容への指摘よりも別の場所に驚きを隠せない。
狙う動作はどこにあるの?
アクセルシューターやクロスファイアシュートにしたって追尾性能がある。
だから、いかに早く撃つかとか狙うかは考えたことがあった。
でも、わたし、そんな厳密に動作を考えたこと・・・・・・無い。
わたしは砲戦魔導師として完成していると言われる。
けれど、その先がもしかして・・・・・・あるの?
「ついでに言えば、シグナム。素人が一番殺し合いに使いやすい武器はなんだ?」
「鈍器だ。長柄ならヴィータみたいなハンマーもありだ。」
「逆に一番訓練がいるのは?」
「ふむ・・・・・・ナイフか。刃物ならとにかく長柄の武器ほど練度はいらない。
もっとも手元に入られたときの問題や重さの影響もあるだろうが・・・・・・。」
「という近接戦闘に慣れた方の講釈があったが、まさかナイフやダガーや
スティレットなんて言い出さないよな。ティアナのモード2。」
ダガーモード。
それがティアナに準備していたモード2。
どうしてこんなにぴったり言い当てられてしまうのか。
わたしが単純すぎる?
ううん、違う。
はんた君のその思考は、あまりにもシビアであまりにも現実的。
本当に命を奪い合う殺し合いが大前提で全ての会話が始まっているはんた君。
1度はハンデがあったから負けたとはいえ、
もう1度やれば勝てるとわたしは心のどこかで思っていた。
けれど、それは致命的なまでの間違いなのかもしれない。
前にバトー博士に言われた通り・・・・・・。
毎日殺し合いの日々だったはんた君からすれば、砲戦魔導師として完成していて
管理局のエース・オブ・エースなんて呼ばれるわたしさえもひよっこなんだ。
今日のホテル・アグスタでの問い。
ホテル・アグスタ周辺のなにかに抉り取られたような地形。
あれは砲戦魔導師のそれに近かった。
そして今日のメンバーでそれができるのは1人しかいない。
つまり、それから考えられる結論は・・・・・・はんた君の強さはオーバーSに相当?
もしかしたら単独で全部を制圧することさえ簡単だったのかもしれない。
どれだけ彼は歯痒い思いをしてわたし達を見ているのだろう。
そんな思考をしていたわたしにはんた君が言葉を告げる。
「なのはも快く賭けに乗ったから俺は席を外すよ。あと、もう1つだけ言わせて貰おう。
俺の世界には普遍のルールがある。」
「毎日殺しあってる世界で普遍のルール?あんのかよ?そんなもの。」
そんなものがあるのだろうか?
優しい世界で皆に囲まれてきたわたしには想像さえできない。
わたしに比べればはるかに辛い思いをしてきたフェイトちゃんやシグナムさんも
首を傾げるばかりで、真っ青な顔をしたシャーリーさんは震えるばかりだ。
ヴィータちゃんも不思議そうに尋ねている。
「『強いから正しい』。言葉通りに俺を打ちのめして『無駄死に』を訂正させるか?」
淡々とそう言い放ったはんた君の姿に初めてあったとき以上の危うさを感じた。
殺気はかけらほどもない。
けれどどこから漂ってくるのだろう。
咽返りそうなほどに濃密に感じられるこの匂いは・・・・・・。
表情はなにも変わらないのに、なにかが殺させろと叫んでいるみたい。
どうしてだろう。
人の形をした別のなにかにはんた君が見えてくる。
そんな雰囲気に飲まれて、わたし達ははんた君を見送るしかできなかった。
証明するんだ。
お兄ちゃんが教えてくれた魔法は役立たずなんかじゃない。
どんな場所でも、どんな任務でもこなせるって・・・・・・。
力さえあればそれが証明できる・・・・・・。
死んじゃったお兄ちゃんの叶えられなかった夢を叶えるんだ。
そんな思いを抱えながら、六課の片隅の林で、あたしの周りを魔力スフィアで囲んだ。
この魔力スフィアはマーカー。
クロスミラージュに制御をまかせてランダムに点灯させていく。
それに向かってあたしはその場から動かずに、照準を合わせる。
ランダムに点灯する魔力スフィアを狙い続ける訓練。
ろくに才能も力も無いあたしに残された最後の武器である精密射撃を
完璧にするために・・・・・・。
そんな思いで歯を食いしばって、同じような動作を延々繰返しつづけて、
どれだけの時間続けただろう。
集中が途切れたせいか、それとも疲れのせいなのか。
ふっと膝から崩れ落ちそうになる。
そこで初めて息をついた。
気がつくと辺りは夕暮れだったはずなのに、
星と月と人工の明かりが灯る夜が広がっている。
肩で息をしながら、深く息を吸って再び訓練を続ける。
あたしは証明するんだから。
こんなところで立ち止まれないんだ!!
必死に照準をあわせているあたしの傍らから、手を打つ音が聞こえた。
「もう4時間も続けているぜ。いい加減倒れるぞ。」
「ヴァイス陸曹。・・・・・・見てたんですか?」
「ヘリの整備中にスコープでちらちらとな。ミスショットが悔しいのはわかるけどよ。
精密射撃なんざ、そうほいほい上手くなるもんじゃねぇし。無理な詰め込みで
へんな癖つけるのも悪いぞ。」
あなたになにがわかる!!
思考はその感情だけで埋め尽くされていたから・・・・・・。
反射的ににらんでいたのかもしれない。
「って、昔なのはさんが言ってんだよ。俺は、なのはさんやシグナム姐さん達とは
割と長い付き合いでな。」
あたしの雰囲気に戸惑ったのか、ヴァイス陸曹が慌てて付け足すようにそう言った。
なのはさん・・・・・・シグナム副隊長・・・・・・。
どっちも才能に恵まれた人間じゃないか!!
オーバーSとAAランクのなんでも持っている魔導師と
凡人で落ちこぼれで何も持っていないどうしようもないあたしを一緒にしないで!!
「それでも、詰め込んで練習しないと上手くなんないんです。凡人なもので・・・・・・。」
感情のままに酷い言葉を叫びそうになった。
でも、心配してくれた相手に当り散らすなんてできない。
ただ、反論するだけにしておいた。
なのはさん達とあたしを同じところにおいて話をするなという含みも込めて・・・・・・。
話は終わりとばかりにあたしは訓練を再開する。
「凡人・・・・・・か?俺からすりゃあ、お前は十分に優秀なんだがな。羨ましいくれぇだ。
ま、邪魔する気は無ぇけどよ、お前らは身体が資本なんだ。体調には気ぃつかえよ。」
「ありがとうございます。大丈夫ですから。」
口先だけのお礼。
心は既に別の方向へ向いている。
全然足りないんだ、証明するための力が・・・・・・。
無理や詰め込みをしないで、どうやって才能の差を埋めるんだ!!
だから、やれる限り無理と詰め込みを続けるんだ。
証明するための力を少しでも手に入れるために!!
「ティア・・・・・・」
「なんだ。まだ起きてたんだ。」
へとへとになるまで訓練をして部屋に戻るとスバルがまだ起きていた。
隊舎に戻ったとき深夜を回っていたことにほんのさっき気がついたのだけど。
会話するのも辛い。
全身に纏わり付く疲労感に身を任せてベッドに潜り込む。
「あのさ・・・・・・あたし、明日朝4時起きだから。目覚まし五月蝿かったらごめんね。」
「いいけど・・・・・・大丈夫?」
「うん・・・・・・。」
心配してくれているスバルの言葉に答えるのさえ億劫だ。
まるで睡魔に誘われるようにあたしの意識は眠りに落ちていった。
「ティア。ティア。起きて、4時だよ。起-きて。」
耳障りな電子音が響いている。
これは目覚ましの音?
スバルに身体を揺さぶられ、ぼんやりした意識がようやく覚醒を始める。
だるい身体を動かして目覚まし時計を止めながら、
ぼやけた視界が時計のアナログな針を映した。
「あー、ごめん。起きた。」
「練習行けそう?」
「行く。」
「そう。じゃ、はい。トレーニング服。」
「ありがとう。」
スバルは本当に優しい。
気がつくと甘えて寄りかかってしまいそうなほどに。
でも甘えちゃ駄目なんだ。
差し出されたトレーニング服を受け取りながら気だるい身体を動かす。
「さて、それじゃあたしも・・・・・・。」
「ええっ!?なんであんたまで・・・・・・。」
さらっと言いながら着替えを始めたスバルにあたしは反射的に尋ねていた。
これはあたしのわがままなのに・・・・・・。
あんたが付き合う必要ないのに・・・・・・。
「1人より2人のほうがいろんな練習できるしね。あたしも付き合う。」
「いいわよ。平気だから。あたしに付き合ってたらまともに休めないわよ。」
「知ってるでしょ。あたし日常行動だけなら4,5日寝ないでも平気だって。」
「日常じゃないでしょ。あんたの訓練は特にきついんだから、ちゃんと寝なさい」
「やーだよ。あたしとティアはコンビなんだから。一緒にがんばるの。」
「か・・・・・・勝手にすれば!!」
あっけらかんと笑顔で言ってきたスバルにあたしはそう返事を返すのが精一杯だった。
・・・・・・スバル、ありがとう。
「で、ティアの考えていることって?」
「短期間でとりあえず現状戦力をアップさせる方法。上手くできればあんたとの
コンビネーションの幅もぐっと広がるし、エリオやキャロのフォローももっとできる。」
「うん。それはわくわくだね。」
「いい?まずはね・・・・・・。」
スバルにあたしの考えを伝える。
早朝の六課の片隅の林の中、あたしとスバル2人だけの訓練が始まった。
「じゃあ、引き続き個人スキルね。基礎の繰返しになるけど、ここはしっかりがんばろう!」
「「「「はい!!」」」」
「ティアナとスバルはなにかご機嫌だけど・・・・・・なにかいいことあった?」
「あ、いえ、えへへへ・・・・・・。」
「なんにも・・・・・・。」
顔に出ていたのだろうか。
自分で考えた方法が証明できる日が待ち遠しい。
スバルとの自主練の結果を見せて、驚かせてあげるんだ。
なのはさんを・・・・・・。
そしてそれが力の証明になるんだ。
いつもやっているなのはさんの朝と夜の訓練をいつもどおり消化していく。
それに加えて毎日、なのはさんの訓練の前後に時間を作ってスバルと自主練をしていく。
エリオとキャロもあたし達がなにかやっているって気がついたみたいで
差し入れを持ってきてくれたりした。
がんばらないと・・・・・・。
あたしがやらないといけないこと。
それはまず、急いで技数を増やさないといけないんだ。
幻術は切り札にならないし、中距離から撃っているだけじゃ
それが通用しなくなったときに必ず行き詰る。
あの狂人の圧倒的な火力と連射性能を誇る砲撃魔法が頭をよぎり、ぎりっと奥歯が鳴った。
頭を振って思考を入れ替える。
あたしのメインはあくまでシャープシュート。
兄さんが教えてくれた精密射撃だけど『それしか』できないから駄目なんだ。
行動の選択肢をもっともっと増やすんだ!!
そんなことを考え続けて、自主練を繰り返していった。
スバルに体捌きを習った。
コンビネーションを考えた。
ウイングロードを使った戦い方も考えた。
疲労の余り、吐き戻したこともある。
でも、結果を出すんだ。
それだけがあたしを突き動かし続ける最後に残ったモノだった。
「それで、はんたはいつもどおりドラム缶押しか。」
「横でドラム缶押しにずっと付き合っておきながらなにをいまさら。
しかし、成長すると人間は自分から泥沼にはまっていくものなのか?
幼いライトニング2人のほうが素直な分、伸びやすいし伸ばしやすい。」
「元々の性格もあるだろう。」
「しかし、ティアナは俺からすればなんで死体になっていないかが不思議だ。
それに目的がなおさら分からなくなったよ。なのはを倒したいのか、
センターガードとして動けるという証明をしたいのか、それとも単に力が欲しくて
これだけの力が手に入ったっていう証明をしたいのか。それとも他のなにかなのか。」
「どういう意味だ?」
「なのはを攻略したいのなら、俺でもシグナムでもヴィータ・・・・・・は
『なにを馬鹿なこと言ってやがる』で終わらせそうだな、他の誰でもいい。
本当に手段を選ばないで力が欲しいのなら戦い上手なやつに尋ねればいい。
アドバイスらしいアドバイスは無かったとしても、『今の』なのはの戦闘スタイルの弱点を
教えてもらうぐらいはできるだろう。元手を使うわけでもないんだから突っぱねられたり、
馬鹿にされても損は無いだろう?それなのに、なのはについて情報を集めた痕跡は0。
それともなのははシールドとアクセルシューターしか使わないと決まっているのか?」
「たしかに一理あるな。ティアナ達にそれを教えてやらないのか?」
「賭けの真っ最中にそんな干渉したらフェアじゃない。」
「賭けっすか?」
ドラム缶押しをする俺とシグナムの横でぼんやり立っていたヘリパイロットがそう言った。
仕事は終わったのだろうか。
ヘリの整備をしていたのはアルファの収集した情報で知っているが・・・・・。
なんにせよ、簡単な説明ぐらいはするとしよう。
「賭けの話を知らないのか?ヘリパイロット。」
「ヘリパイロットって・・・・・・気軽にヴァイスって呼んでくださいよ。」
「それならヴァイス。1ヶ月以内にティアナとスバルがなのはに特攻を仕掛けるか否かで
賭けをやっている。やるほうに俺は今月の給料全額。なのははやらないほうに賭けた。
ちょうど明日が刻限の1ヶ月目だが、今からでも乗るか?」
「遠慮しておくっす。しかし、特攻とは穏やかじゃないっすね。」
「私もそれをはんたに言ったのだが・・・・・・。」
「アルファ、現状で賭けはどっちに傾く?」
「90%でマスターの勝利です。残る10%はいずれもイレギュラーによるものです。」
「はー。恐ろしく賢いデバイスっすね。しかし、9割がやるってのは間違いないのか?」
「現在まで収集したティアナの思考ルーチンおよびスバルの思考ルーチン、
その他戦闘スキルおよび経験とこれまでの日常行動から推測した限り、揺るぎません。」
「もしも、俺がそれをティアナ達に忠告に行ったとしたら?」
「誤差として処理される極小の確立だけ、やらない側に振れます。
しかし、逆にやる側へ著しく振れる可能性のほうが高いためお勧めしません。」
「ティアナの性格か?」
「Yesです。シグナム。忠告されたならば、その忠告を言葉通りに受け取らず、
『考えたことと努力があまりにも浅はかなものであった』と認識するでしょう。」
「ずいぶん人間らしい考えまで分かるんだな。で、確率までだせたりしちまうのかな?」
「今までの行動パターンより推測する限り99%。」
「うはー。そいつはひでぇな。忠告なんか聞きもしないって?」
「ときにヴァイス。ガンナーの経験でもあるのか?」
「え?なんで・・・・・・。」
軽口を叩いていた彼だが、俺の問いかけに酷く動揺したようだった。
なにをそんなに動揺する。
身体に染み付いた習性がそんなに簡単になくなるとでも思っているのか。
「視線が無意識に障害となるものを探している。僅かに右に偏った重心。
あとは、数えるのも忘れたくらいの経験からの判断。」
「はぁー。人伝に聞いたわけじゃないのにそこまで分かるなんて。まじで凄腕なんすね。」
「なんでもいい。遠距離射撃は得意か?」
「以前までは・・・・・・。ミスショットやっちまってからそれっきり・・・・・・。」
「なのはに言ったとき酷く驚いた顔をされたから気になったことがあってな。
遠距離射撃が得意ならそれを是非聞きたいと思ったんだ。」
「なんすか?」
「遠距離射撃でターゲットに向けて銃を撃つ。何アクション必要だ?」
俺の問いかけにヴァイスが真剣な顔をすると動作が丁寧に行われていく。
的を想定しているのだろう。
視線を固定した。
そのまま銃を構えるような動作を取り、スコープを覗くような仕草をしておいて
視線を外しまた覗く。
そして息を吸い込んで止める、トリガーに指が掛かる。
あまりに熟練した動作に拍手でもしたくなった。
本当に遠距離射撃でなおかつ精密射撃をやる方法を熟知している。
あの荒野だったなら弾が受ける影響を考えて風見を探して
気温や湿度なんかも考えるのだが、この世界では関係ない。
だからこそ当たり前のように当たり前がやれるヴァイスに感心する。
「俺なら銃を構えるのに1アクション、狙いをつけるのに1アクション。
呼吸を整えるに1アクション、トリガーを引くのに1アクションの
合計4アクションってところですかね。
ターゲットを見つけていないのなら探すのに1アクション追加で。」
「やはりか。こうなると狙撃のエースに話を聞きたいな。
ミッドのレベルがお粗末なのか、俺のほうが狂っているのか。」
「いったいなんすか?」
「構えた時点で照準は揃っているのにどうして狙いをつける必要がある?」
俺からしてみれば数え切れないほど銃を撃った末にいつの間にかできていたこと。
きっかけはなんだったか。
戦車を生身で叩き壊す手前ぐらいにどうにかしてやり始めたはず・・・・・・。
たしか旅の途中であまりの思いつきの馬鹿さ加減を笑いとばしながら、
それでも『誰か』が真剣に教えてくれていたような気がしたのだけど。
「つまり、もしかすると・・・・・・構えてトリガーを引く2アクションで?」
「必中のそれさえ回避する彼女もいたな・・・・・・。」
「はー。興味ついでに質問いいっすか?ターゲットが10機現れたら何アクションです?」
「3アクションだ。」
「ええと、360度全方位にバラバラにいるんすよ?」
「だから、視界に敵全部を捉えらえられる位置に移動するのに1アクション、
相手を認識した時点で照準は終わっているから、構えてるのに1アクション。
トリガーを引くのに1アクション。もちろん連射はするが・・・・・・。」
「冗談じゃ・・・・・・ないっすよね?」
「もちろん。」
どこかヴァイスの顔が引き攣っているような気がするが気のせいか。
いったいどこがおかしいのかわからない。
たしかに駆け出しのころはモンスターを見つければ照準をつける前に弾をばら撒いていた。
とにかく撃たないとこっちが殺されるのだから。
ハンターの原則『戦いに勝つためにはまず相手より先に攻撃すること』に従って。
でもいつごろからか弾代が酷く嵩んでいることに気がついて、
ばら撒く前にブルズ・アイ(予測射撃)をするようになって・・・・・・。
そうだ。
たしかジャックさんに蜂の巣にされたのがこの頃だった。
それから旅を続けていって、気がつけば相手を認識すれば何機いても問題なくなった。
構えて撃ちさえすれば照準が揃っている。
たとえそれが何機いようとも・・・・・・。
「全ては明日次第か。私としてははんたが負けるほうを願うべきなのだろうな。」
「俺としてはそんな危なっかしいことやってほしくないっすね。」
「俺はそれ以上に、特攻をされたとして、なのはがどうするかが気になるな。」
「どういうことだ?」
「いつもの練習を無視しているが、それでも努力して考えたことに間違いは無いだろう?
訓練方針も明確にしていないなのはなんだからそれを褒めるか怒るかが想像つかない。
俺の世界のルールに基づけば1つしかないが。」
「無茶をすべき場面の区別がついていないと怒ると思うが。」
「なのはさん、リハビリ大変だったみたいっすからね。それと、なんすか?ルールって。」
「『強ければ正しい』だ。俺がなのはだったら蜂の巣にして負け犬とでも言って終わりか。
それ以前に病院か死体置き場にティアナ達が行くことになるか・・・・・・。」
「まじで気が重いっすね。明日がこなけりゃいいのに・・・・・・。」
「悪いわね。クロスミラージュ。あんたのことも結構酷使しちゃって。」
「No Problem.」
「明日の模擬戦が終わったらシャーリーさんに頼んでフルメンテしてもらうから。」
「Thank you.」
布で拭きながらクロスミラージュにそう語りかけていた。
やれるだけのことはやった。
あとは明日、結果を出すばかり。
ドアが開く乾いた音が響く。
「ただいまー。ティア、はい。」
「ありがとう。」
スバルが買ってきてくれたスポーツドリンクの缶を開ける。
冷たい。
けれど、スバルが帰ってくると同時に部屋の雰囲気が重くなった。
スバルの不安のせいか、あたしの不安のせいか。
「明日の模擬戦いけるかな?」
そう切り出したのはスバルのほう。
やはり同じ不安を抱えていた。
「成功率はいいとこ6割ぐらいかな。」
「うん、それだけあればきっと大丈夫。」
誰にもお披露目していない戦い方、新たなフォーメーション、戦略、練習量。
そしてリミッターがつけられたなのはさん。
そこに若干の希望も含めて6割。
それがあたしの予想。
分の悪くない賭けだ。
スバルは根拠も無く大丈夫と言っている。
けれど、あたしには成功率以上に気がかりなことがあった。
「でも・・・・・・あんたは本当にいいの?」
「なにが?」
「あんたの憧れのなのはさんに、ある意味・・・・・・逆らうことになるから。」
そう言いながらも、無意識に込められた力のせいで手元の缶が歪む。
力は証明したい。
でも、スバルがどれだけなのはさんに憧れているのか知っている。
だからこそ、あたしのわがままに付き合わせてしまってもいいのだろうか。
「あたしは怒られるのも叱られるのも馴れているし、それに逆らっているって言っても
強くなるための努力だもん。ちゃんと結果だせばきっと分かってくれるよ。
なのはさん、優しいもん。ふふっ・・・・・・。」
缶を握りつぶしながら力説するスバル。
思い出し笑いまでしているし。
そんなスバルの様子を見ていると悩んでいるあたしが馬鹿みたいだ。
「さぁ、明日の早朝特訓が最後のおさらい。早く寝とこ?」
「うん。」
全ては明日。
結果を出してハッピーエンドで終わらせたい。
力を証明したいからだけじゃない。
あたしに付き合ってくれたスバルのためにも・・・・・・。
「さぁーて、じゃあ、午前中のまとめ。2on1で模擬戦やるよ。
まずはスターズからやろうか。バリアジャケット準備して!!」
「「はい!!」」
なんだかティアナ達はふっきれた感じ。
物凄く気合いも乗っているし、すごくいいかも。
はんた君が賭けを持ちかけたときに告げられた散々な問題も
今では改善しているみたい。
そういえば今日がはんた君が持ちかけた賭けの最終日だ。
ティアナ達を信じたわたしの勝ち。
はんた君のお給料なくなっちゃうけど、自分で言い出したんだもん。
遠慮なく貰ってしまおう。
ちょっと意地悪かな。
「エリオとキャロはあたしと見学だ。」
「「はい!!」」
ヴィータちゃんがエリオ達を連れて離れていく。
そういえば珍しくはんた君が姿を見せている。
いつもは姿も見せずにどこかでドラム缶押ししているのに・・・・・・。
やっぱり気になるのかな。
「あ、もう模擬戦始まっちゃってる?」
「フェイトさん。」
「私も手伝おうと思ってたんだけど・・・・・・。」
「今はスターズの番。」
「本当はスターズの模擬戦も私が引き受けようと思ったんだけどね。」
「ああ。なのはもここんところ訓練密度濃いーからな。少し休ませねぇと。」
そう言って上空を飛んでいるなのはにあたしの視線が向いた。
アクセルシューターを展開しているなのは。
無理していないのだろうか。
本当に大丈夫なのか?
いざとなったらアイゼンでぶっ叩いてでもベッドに送ってやらねぇと・・・・・・。
「なのは、部屋に戻ってからもずっとモニターに向かいっぱなしなんだよ。」
訓練メニュー作ったり、ビデオでみんなの陣形チェックしたり・・・・・・。」
「なのはさん、訓練中もいつも僕達のこと見ててくれるんですよね。」
「本当にずっと・・・・・・。」
「それに気がついていない2人はなにをするかな。」
「はんた君・・・・・・。」
「アルファの分析を信じるのなら俺の勝ちが90%だ。」
「なんの話です?はんたさん。」
「ティアナがなのはと馬鹿をやらないって約束をしたんだが、俺は馬鹿をやるほうに
今月の給料全額かけたのさ。今日が賭けの最終日。」
「てめぇ!!ティアナ達になんか吹き込んだりしてねぇだろうな!!」
「不安ならシグナムに聞け。フェアじゃない賭けをするほど屑でもない。
さて、始まるみたいだな。」
「クロスシフトだな。」
この際、賭けなんかどうだっていい。
なのはの信頼を裏切るような真似だけはしないでくれよ、ティアナ、スバル。
多少の無茶はしてくれたっていい。
ただ、冗談抜きにはんたの予想だけは当たるなよとあたしは思った。
「やるわよ!!スバル!!」
「うん!!」
2人でいい感じに声を掛け合っている。
今まで以上に複雑にウイングロードを展開させたスバル。
そして足元では魔力スフィアを11個形成したティアナ。
クロスシフトか。
ティアナ達が取れる方法とすればクロスファイアシュートでわたしを追い立てて、
それからスバルが接近戦を挑んでくるけどそれはティアナの幻影魔法。
実際は後ろか上から本体のスバルが来る。
そこでシュートバレットの連射かシュートバレットFを併用して
ティアナがスバルを援護というところかな。
ミスショットを思い出して援護できないなんてならないといいんだけど。
足を止められたところにあたるティアナの攻撃って結構響くんだよね。
でも、なんだろう。
はんた君に言われたせいか、胸のどこかがざわざわする。
大丈夫。
ティアナ達は絶対にやらない!!
「クロスファイアシュート!!」
掛け声と共にわたしの足元から飛んでくるティアナのクロスファイアシュート。
けれど、この違和感はなんだろう。
魔力弾の速度もいつもよりもずいぶん遅い。
もちろんコントロールはいいのだけど、これでは迎撃や回避が簡単に行えてしまう。
いったいどういう意図があって・・・・・・。
上昇して逃げる。
それだけでティアナの魔力弾は置いてけぼりだ。
1人時間差攻撃でもやるのかな?
視界の先に突如展開されるウイングロード。
その上をマッハキャリバーで加速して駆け抜けてくるスバル。
いつでも放てるように迎撃用のアクセルシューターを4基展開する。
けれど、驚かされた。
このスバル、フェイクじゃない。
本物!?
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
放たれたアクセルシューターをバリアで受け止めながら、
雄叫びをあげて突っ込んでくるスバル。
なんでそんな危険なことをしているの!?
バリア越しだって痛みはあるし、バリアを抜かれでもしたら・・・・・・。
考えている暇は無い。
迎撃しないと・・・・・・。
「うりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
私のシールドの上でスバルのリボルバーナックルが激しく火花を散らした。
なんなの?
偶然?
胸のざわざわはどんどん酷くなっていく。
今は集中しよう。
シールド本来の役目は攻撃を受け流すこと。
身体を回転させてあげると、突然抵抗を失ったスバルがウイングロードから
悲鳴を上げてまっさかさまに落ちていく。
いけない。
フローターを使う準備をしないといけないか。
大丈夫みたいだ。
落下地点にウイングロードがある。
「ほらスバル!!だめだよ。そんな危ない軌道。」
後ろからようやく追いついてきたティアナのクロスファイアシュートを
かわしながら注意する。
こんな速度じゃやっぱり簡単に避けられちゃう。
いくら追尾性能があるからとはいえ、さすがにこれは異常だ。
まるで避けてほしいみたい。
「すいません。でも、ちゃんと防ぎますから!!」
ウイングロードに着地できたスバルがわたしにそう叫ぶ。
大丈夫そうだ。
そこで気がつく。
ティアナはどこ?
スバルが幻影魔法じゃなかったこともあって完全に意識を反らしていた。
いた!!
ビルの上で詠唱しているあれは・・・・・・砲撃!?
砲撃魔法はただでさえ身体に大きな負担がかかるのに!!
本当にどうしちゃったの!?
「でぇぇりゃぁぁぁぁ!!!!!!」
リボルバーナックルに魔力カートリッジを装填したスバルが
マッハキャリバーで加速してウイングロードを駆けてくる。
迎撃、アクセルシューター6発。
また、バリアで無理矢理抜いてくるなんてしない・・・・・・よね?
悪い意味で裏切られた。
想像以上だった。
ろくにバリアもシールドもフィールドさえも使わないで、私に殴りかかるスバル。
それがどういうことか分かってるの!?
シールドの上で火花を散らせるスバルのリボルバーナックル。
不意に思い出されるはんた君の予想。
『スバルがなのはにシールドを展開させて足を固めておいてから、ウイングロードを
ティアナが駆け上ってなのはの上か下あたりから切りかかる』ってまさか・・・・・・。
今更に気がついたはんた君の予想の意味。
それは砲撃魔法を使われる以上の危険行為。
なんで・・・・・・?
どうして・・・・・・?
いろんな思いで心がごちゃまぜになる。
砲撃魔法でいいから・・・・・・お願いだから砲撃を使って・・・・・・ティアナ!!
スバルの突進をシールドで防ぎつつ、視線をビルの上のティアナに向けた。
嘘・・・・・・そんな・・・・・・!!幻影!?
わたしの上に走るウイングロードを駆ける足音が響く。
そんな・・・・・・ティアナ・・・・・・約束・・・・・・したのに。
「でぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「レイジングハート、モードリリース。」
「Allright」
なんだろう、この思い・・・・・・。
悲しすぎて、辛すぎて、怒り出したくて、泣き出したくて・・・・・・。
あまりにもそれが大きすぎて、全部を通り越しちゃったみたいな・・・・・・。
ティアナの雄叫びを聞きながら、わたしは静かにレイジングハートに指示をだしていた。
「おかしいな・・・・・・。2人とも・・・・・・どうしちゃったのかな。」
わたしの教え方がなにか悪かった?
なにか言いたいことがあって我慢していた?
わたしの指導なんて受ける気さえなかった?
言いたいことはたくさんあるのに、言葉にならない。
限度を通り越しちゃった感情は風がない湖みたいに静かで・・・・・・。
「がんばってるのは分かるけど、模擬戦は喧嘩じゃないんだよ。練習のときだけ
言うこと聞いてる振りで、本番でこんな危険な無茶するなら練習の意味ないじゃない。
ちゃんとさ。練習どおりやろうよ。」
淡々と言葉を紡ぐ。
ティアナの魔力刃を受け止めている右手から血が流れ出している。
でも、痛いなんて感じない。
限度を通り越しちゃった感情のせいだろうか。
動揺したみたいなティアナの顔や怯えるみたいなスバルの顔も気にできない。
ただ、感じるのは血が流れてるなっていうただそれだけ・・・・・・。
「ねぇ?」
「あ、あの・・・・・・。」
「わたしの言ってること、わたしの訓練、そんなに間違ってる?」
わたしの問いに合わせて、クロスミラージュから伸びていた魔力刃が消える。
ティアナはウイングロードまで飛びのくと、クロスミラージュの銃口を
こちらに向けていた。
「あたしは・・・・・・もう、誰も傷つけたくないから!!無くしたくないから!!
だから・・・・・・強くなりたいんです!!」
泣きながらそう叫ぶティアナ。
砲撃魔法の魔方陣が展開されている。
スバルがこんなに近くにいることさえ気にできないなんて・・・・・・。
いつものわたしだったらスバルを連れて避けるなり、
バリアで防ぐなり、シールドで受け流すなりしたのかもしれない。
けれど、今、わたしの前にいるのは感情のままにわめき散らしているだけの子供。
そう思うことにした。
魔力スフィアを右腕の指先に6個展開する。
「少し・・・・・・頭冷やそうか。」
「ぇぇぇぇぇぇぇぃ!!!!ファントムブレイ・・・・・・。」
「クロスファイヤシュート。」
わたしはもっと撃つのを躊躇すると思ったのに・・・・・・。
やってみればあまりにも魔法の宣言は軽かった。
誘導性能なんかよりも速度を優先した魔力弾。
ティアナが今日使ったものと正反対の性質のクロスファイヤシュート。
ティアナに6発の魔力弾が突き刺さる。
「ティア!!バインド!?」
爆風にティアナが包まれて、叫び声をあげるスバルを動けないようバインドで拘束する。
視界に映るのは、力無く立っているのが精一杯のティアナ。
「じっとしてよく見てなさい。」
「なのはさん!!」
こんなに冷たい声をわたしは出せたんだ。
なにをするか気がついたのだろう。
悲鳴のようなスバルの声が耳に響く。
けれど、躊躇う事無くわたしは2発目のクロスファイアシュートを撃ち込んだ。
「ティアーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
2発目のクロスファイアシュートの直撃を受けたティアナの姿にスバルが絶叫している。
力無く落ちていくティアナをフローターで受け止めて、ウイングロードの上に下ろす。
「ティア・・・・・・。」
「模擬戦はここまで。今日は2人とも撃墜されて終了。」
淡々と告げたわたしの言葉にスバルが目に涙を浮かべて睨み付けてくる。
でも、その目を見てもなにも感じない。
ただ、1つの言葉を思い出していた。
はんた君が告げた残酷で苛酷な世界の普遍のルール。
強いものが正しい。
わたしがやった行動がはんた君の言葉にあまりにもぴったりすぎて・・・・・・。
『信じるなんて言ったのに』とどこかではんた君がそう嘲笑っているかのようで・・・・・。
はんた君が正しいって頭のどこかが認めてしまいそうで・・・・・・。
それがあまりにも悔しくて、辛くて、吐き気さえして・・・・・・。
ただ、わたしは・・・・・・泣き出さないようにするのが精一杯だった。