仄暗い玉座の間を薄明かりだけが照らす。
暗闇から七人の男女が姿を現す。
玉座には中華風の衣装で煌びやかに着飾った女性が立つ。威厳の割りに、その顔は若く美しい。
「集まったか、八卦集よ」
彼女の声に玉座の下、左右に控える七人が恭しく傅く。
「ついに我ら鉄甲龍の復活の時が来た。長く国際電脳を隠れ蓑としてきたが、もはやその必要はない!今こそ世界を冥府へと変える時ぞ!」
高らかに叫ぶ声に、全員が深深と頭を下げる。
「だが、その前にやらねばならぬことがある……。わかるな?」
七人の内の一人、仮面の男が一礼し答える。
「はっ。裏切り者『木原マサキ』の抹殺、そして彼奴に奪われし『天のゼオライマー』の奪還にございます」
「左様。だが既に木原マサキは死んだとのこと。なれば残るは、天のゼオライマーの時空管理局からの奪還。誰ぞ我こそはという八卦は居らぬか!?」
七人全員がそれに応えた。彼女はしばし悩んだ後に
「耐爬、風のランスターに命ずる!必ずや天のゼオライマーの奪還、もしくは破壊を遂行せよ!」
両目の下に八卦の証である紋を入れた青年を指した。
「御意っ!必ずや御期待に応えて見せましょうぞ!」
彼は勇ましく答える。それは彼女――幽羅帝への忠誠。だが、それだけではない。
一瞬、彼女が耐爬に送った、切なげな視線に気付く者は何人いただろうか。
また、自らが去った後の、幾人かの耐爬への嘲笑を彼女は気付かなかっただろうか。
後にこの事件は、一般には『鉄甲龍事件』と呼ばれることになる。だが、真実を知る一部の人々はこう呼んだ。『冥王事件』――と。
魔法少女リリカルなのは―MEIOU
第一話「冥王、黄昏に降臨す」
「鉄甲龍……ですか?」
居酒屋風、否、居酒屋のカウンターに男女二人が腰掛けている。
一人は八神はやて。時空管理局 本局古代遺物管理部 機動六課部隊長である。仰々しい肩書きだが、19歳という年齢からはそうとわかるものは少ないだろう。
「ああ、別名ハウドラゴン。現在は動きを見せてないがな。多分水面下で活動してるんだろう」
もう一人はゲンヤ・ナカジマ。陸上警備隊第108部隊の隊長だ。階級ははやてが上ではあるが、それを感じさせない砕けた口調だ。研修中に彼女の面倒を見た関係で、今でも相談に乗ることがある。
「せやけど、次元世界を股にかけて活動するなんてできるんですか?」
「まあ、普通は無理だろうな。だが、奴らはおそらく独自の次元空間航行船、いや要塞を持っている。本局レベルのものをな」
「そんな……」
それほどの組織が何故、今活動していないのか。疑問は尽きない。
「連中のテクノロジーは管理局と同等かそれ以上。位置を悟らせない何らかの仕掛けがあるんだろう。組織も局と違って一枚岩だ」
「何でナカジマ三佐はそんなに詳しいんですか?」
はやての疑問は当然のことだろう。一介の部隊長が知っていることではない。
はやても今まで聞いたことすらなかった。
「昔……ちょっとな」
「はぁ……」
僅かにゲンヤの顔が曇った。が、すぐに笑って誤魔化した。
「ともかくだ、八神。鉄甲龍という名を覚えておけ。だが、できればこのまま忘れることができればいいんだがな……」
「わかりました。ありがとうございました、ナカジマ三佐」
「いや、休みだってのにこっちから呼んで悪かったな」
「いえ、今日は話せてよかったです。失礼します」
鉄甲龍――店を出た後もその言葉が頭から離れなかった。
その日、ティアナ・ランスターとスバル・ナカジマはいつもの休暇を満喫すべく、街に繰り出していた。
ウィンドウショッピングに買い食い等々をたっぷり楽しみ、さあ帰ろうかという頃。既に太陽は落ちかけ、街は朱に染まろうとしている。
二人乗りのバイクを走らせていると、懐かしい姿を見つけた。向こうも驚いてバイクを急停止させる。
「美久!?」
彼女は確かに氷室美久だった。二人の魔法学校の同期生。流れるような美しい栗毛、大きな瞳はまるで卒業当時から変わっていない。顔立ちも髪の長さもそのまま、背だけが少し伸びただろうか。
「スバル……ティアナ?」
彼女もスバル達を見て驚いているようだ。
「うん!久しぶりじゃん!」
スバルはつい懐かしくて手を握る。すると彼女も昔のように微笑み返してくれた。
「ほんと、久しぶりね。二人とも元気そう」
「まぁ、元気じゃなきゃ勤まらないしね」
「そうそう。身体が資本だから」
そんな他愛ない会話を交わす。それは15の少女らしい姦しいやり取りだった。
「そういえばさ、美久って確か本局勤務じゃなかったっけ?」
「何かミッドに用でもあるの?」
「あ……うん。そうなんだけどね……」
その話題になると急に歯切れが悪くなってしまった。困った顔で俯いてしまう。
「(ちょっとスバル。あんまり聞かないほうがいいかもしれないわよ。辞めちゃったとかかもしれないし)」
ティアナがスバルに念話を飛ばす。
「(あ、うん。そうだね、ごめん)」
スバルはこういったことに少々疎いので、ティアナのフォローはありがたい。
「いいよ。また今度、都合が合えば同窓会でもしよ?」
スバル達が気を使ったのがわかったのか、美久はほっとした顔で微笑む。
「うん、そうね。ありがとう」
そう言って彼女達は別れる。後はこのまま隊舎に帰り、残り少ない休日を楽しみ、明日に備えて眠る――はずだった。
「ティア!あれっ!」
二人の背後に輝いていたはずの太陽が突如、覆い隠される。
スバルの指の指す先には巨大な翼を開いた白いロボット、50mはあるだろうか。
「なに……あれ?」
バイクを横転しそうな勢いで止めたティアナはそう呟いた。いや、それだけしか話せなかった。
「どこだぁ!!ゼオライマー!!」
ロボットは訳のわからない言葉を叫びながら降下した。
足元の建物を踏み潰しながら、肩からは竜巻を放出しながら物や人を巻き上げていく。
街はあっと言う間に悲鳴に包まれ、人々は逃げ出した――しかし、どこへ逃げればいいのか?それもわからず、ただ、あのロボットから少しでも遠くへ逃げようとしている。
「と、とりあえず報告しよう!」
「そ、そうね!指示を仰がないと!」
その当然の答えにたどり着くのさえ、時間を要した。報告をしようとした時、上から自分達を呼ぶ声に気付く。
「スバル、ティア!」
「なのはさん!」
スバルとティアの上司、高町なのは一等空尉である。彼女は既にデバイスを発動させ、バリアジャケットをその身に纏っていた。
「なのはさん!何なんですか、あれ!」
「落ち着いて、二人とも!」
すっかりパニックになりかけている二人をまず落ち着かせる。
「あのロボット、こっちの呼びかけには全然答えようとはしない。私とフェイトちゃんは戦いに出ようとしたんだけど、上から強力なストップがかかったみたいなの。だから今は避難誘導を急ごう。二人も手伝って!」
「は、はい」
それぞれのデバイスを構え、
「マッハキャリバー!」
「クロスミラージュ!」
「セットアップ!」
『Standby,Ready』
同時に二人はデバイスを起動、バリアジャケットを纏う――瓦礫の撤去や障害物の破壊、攻撃を受けた時のためだ。
「それじゃあ、よろしく!」
なのはは再び飛び去り、スバルとティアナは顔を見合わせ頷くと走り出した。
なのはは避難誘導を急ぐ。
だが、何故上からのストップがかかったのか。それだけは気になって仕方がなかった。
こうしている間にもロボットは建物を吹き飛ばし、踏みにじっているというのに。
だが、その答えはすぐにわかった――
「っ!公園が!?」
近くの公園が割れ、大きなゲートが開く。中からせり上がってきたのは、同じく巨大なロボットだった。
暴れているロボットとデザイン的には近い。各所に突起があり、特に頭部の突起は一際目立つ。
最大の特徴は、両手の甲の丸い球。同じ物が頭部中央にもある。
「またロボット?」
現れたロボットはぎこちない動作で手足を動かした後、背部のバーニアから青い炎を噴出しながら空へと飛び上がる。
「現れたか!ゼオライマー!」
暴れていたロボットは、現れたロボットに反応し、同じく空へと飛び上がる。形状から見て飛行に適しているのだろう。
間接の駆動音を響かせ、翼のロボットが殴りかかる。金属がぶつかり合う轟音は、周囲の悲鳴さえも掻き消す。
殴られたロボットは大きく飛ばされ、車、建物――人を破壊しながら地面を滑っていく。
爆音は更なる悲鳴を呼び、炎は薄暗くなった空を照らす。
倒れたロボットは再度飛び上がるが、風に煽られバランスを崩す。そこに敵の攻撃を受け転倒。
それを何度か繰り返し、やがて完全にロボットは沈黙した。
「何と呆気ない……これが天の力か……?」
エンジンが止まったのか、両手と頭の球体の光も完全に消えてしまっている。
「なのはちゃん!たった今、上から命令が下された。避難完了まで、できるだけ時間稼いで!」
「了解!」
はやての通信にも疑問が残る――この事態に攻撃にストップをかけておいて、ロボットがやられると今更戦えと言ってくる、上の指揮には明らかに不自然な点があった。
だが、今はそうも言ってられない。すぐにその考えを振り払った。
「時空管理局です!直ちに攻撃を停止し――っ!」
最後まで言い終えないうちに突風が真横を通り抜ける。ロボットは完全になのはに向き直っていた。
「邪魔をするな!管理局の魔導士!」
「そっちがその気なら……!」
なのはもレイジングハートを構える。
あれだけの巨体だ。殴られただけでも完全に防ぎきることはできないだろう。だが、懐に入ることができれば――。
『Accel Shooter』
高速で接近しつつ光弾を発射する。無数の光弾は尾を引きつつ、全てが着弾した。
「駄目っ!威力が低すぎる!」
アクセルシューターではかすり傷程度しか負わせることができない。
なのはの弱みはそれだけではなかった。
自分とロボットの下には未だ多くの市民が残っている。
彼女はロボットを市街地から引き離そうとも試みたが誘いにも乗ろうとはしない。余程もう一体のロボットから離れたくないのか。
それとも市街地の上なら全力の攻撃もできないと考えているのか――。
(距離を取って、全力の砲撃で撃墜できたとしても、あの巨体が落下して爆発すれば被害はかなりのものになる……!)
それがなのはの攻撃を鈍らせている。
「邪魔をするなら、貴様から死んでもらうぞ!デェッド!ロン!フゥーン!」
ロボットの肩から六つの巨大な竜巻が放出され、外から内へ、囲むようになのはを包みこんでいった。
「きゃあああああああ!!」
竜巻の中では上下左右の感覚すら失われる――
フィールドやバリアジャケットが削られていくのを感じる――
(このままじゃ……!)
なのははできる限り最大のバリアを張る。
そのことでダメージは軽減され、竜巻の中で体勢を立て直すこともできた。
レイジングハートを構える。
「ディバイン……」
狙いは一点、竜巻の隙間から見えるロボット、その肩。
魔法陣が杖を囲む――意識を集中させ、掛け声と共に一気に解き放つ。
「バスター!!」
収束された桜色の魔力光はロボットの右肩の、風の噴射口に突き刺さり爆発した。
「ぐぅぅぅぅぅ!!」
突然の反撃に驚いたのか、ロボットは肩を抑えて仰け反る。
弱まった竜巻を突破したなのはは再びロボットと対峙した。双方とも中距離で睨み合う。
一触即発の空気が流れる。下はまだ避難する市民や車の、悲鳴やクラクションでうるさいのに、上空は不思議な程静かだ。
「さっきは随分とやってくれたようだな……」
それを引き裂いた声は――
「小さい……?」
「ゼオライマー!?」
なのはとロボットは同時に驚きの言葉を口にした。
「八卦……『風のランスター』か……」
なのはとロボットの間に浮かんでいるのは確かにさっきやられたはずのロボット――否、ロボットの形をした鎧だ。なのはと大きさはそう変わらない。
若干角が丸みを帯びているが、全体のシルエットは全く変わっていない。違う点といえば、両手の甲の球体が金色に光り、胸部の穴に光が灯っていることくらいか。
「やはりデバイスの形に切り替えたのは正解だったようだ……。ハリボテのゼオライマーとはいえ、十五年間『鉄甲龍』と管理局の馬鹿共を釣る餌くらいにはなってくれたようだな」
鎧の中から聞こえてくるのは若々しい少年の声だ。だが、その響きはとても冷酷なものに思えた。
「貴様がっ!真のゼオライマーだとでも言うのかぁ!!」
激昂したランスターが鎧に対して拳を叩きつけるも、拳は彼には届かなかった。
「バリア!?」
巨大な拳を受け止める程の強力なバリアが展開されている。
「そうだ……これこそが真なる『天のゼオライマー』!!」
冷酷で、それでいて心底楽しそうな声。
(この人……自分の力に酔っている……!)
「その証を見せてやろう……!」
ゼオライマーは右手をランスターへと向ける。手の甲の光球が光を増す。
そして光球から、ゼオライマーの何倍もの大きさの光の帯が走った。
「ぐうっ!!」
光はランスターの右腕を付け根まで消滅させる。
「次元連結システムは正常に稼動……。小型化しても威力に大差はなさそうだ」
次元連結システム――なのはには聞き覚えのない言葉だ。
ゼオライマーは左腕の光球をランスターへと向ける。
「次は……これでどうだ?」
光球が一瞬輝くと、ランスターの右足が爆発し、地面に落下する。
またランスターもバランスを崩して落下していく。
「クックック、貴様に同じ台詞を返してやろう。"何と呆気ない"」
そう言って、また彼は笑った。まるで地を這う蟻を見下すように、天から人を見下す神のように――
「では……そろそろ終わりにするか……」
ゼオライマーは両腕を高々と天に掲げた。両手と胸の光は更に輝きを増す。
これ以上は危険だ。
「止めなさい!もう決着はついてます!」
なのははレイジングハートを構えた。
それは直感的な行動に過ぎない。後々罰を受けるかもしれない。
それでも――この光は止めなければならない。
彼はなのはを見ようともせず、
「ふんっ」
軽く鼻を鳴らしただけだった。
「ディバインバスター!!」
彼が鼻を鳴らすと同時に放ったディバインバスター。
彼はランスターの拳をバリアで受け止めていた。そのことを考慮して、制限があるとはいえ、全力全開のディバインバスターを放った。
しかし、ディバインバスターが当たる直前にその姿が一瞬幻影のように掻き消え、再び現れた。
「そんな!?」
「冥王の力の前に――」
両手と胸の光はもはや直視できないほどに輝いている。
「負けられんっ!この戦だけはぁぁぁぁぁ!!」
ランスターはなんとか身を起こし、『天』へと手を伸ばす。
「駄目ぇー!!」
「消え去るがいい!!」
なのはの叫びも空しく、ゼオライマーは両手を胸の前で突き合わせる。輝きが最大に達した時、地上に光が生まれた――
地を覆い尽くす光は、ランスターを中心に家を、街を飲み込んでいく。『天』を見上げる数百の人々と共に――
その光は見る者全てを恐怖させた。それは指令所でモニターを見ていたはやて、少し離れていた場所で部下に指揮を出すフェイトも同様に。
身体が小刻みに震えるのを抑えることができない。厳密には、それは力への恐怖ではなく、多くの罪も無い人々を躊躇いなく消滅させることのできる者への恐怖――。
それはもはや人ではなく、まさしく――『冥王』。
「クックックッ……アーッハッハッハ――!!」
ならば今、なのはの前で笑っているこの男は――。
「そうだっ!ティア!スバル!聞こえる!?応答して!」
念話にも返事は返ってこない。
「まさか……」
眼下に広がる光を見る。広範囲に渡って街を包むそれは、まだ一向に消える様子はない。
この日、時空管理局は大規模な次元震を観測した――
最終更新:2007年08月14日 11:54