結局賭けは俺の勝ち。
ゲームはなにからなにまで予想通り。
金が増えたと歓喜に震えるはずなのに、賞金稼ぎの心は震えない。
おまけに最後の最後になのはが見せた振舞いは、
あまりにも慣れ親しんだルールそのままで、気分は絶頂のはずなのに、
苛立ちばかりが増えていく。
そしていつも苛立ちの銃口の先に立つのはティアナ・ランスター。
ティアナ・ランスターを見る度にどうしてこれほど苛立ちを覚えるのか。
未熟?愚か?無能?ひよっこ?侮蔑の言葉を全て並べても当てはまらない。
俺に残った人間らしさだけがその事実を認めたくないと叫んでいる。
だが、遺伝子にまで刻み込まれた戦闘思考を始めとしたモノはそれを肯定している。
ベクトルこそ違えどティアナと俺は・・・・・・。
魔法少女リリカルなのはStrikerS―砂塵の鎖―始めようか。
第9話 言葉の重さと誠実さ
ぼんやりとした視界が目の前に広がる。
視線の先で光っているのはルームライトだと気がついて、
今更だがあたしが横たわっていることに気がついた。
前後の記憶がない。
どうしてあたし・・・ここはどこ?
状況がまったく理解できなかった。
なにをあたしはしていたの?
「あ、ティアナ。起きた?」
「シャマル先生・・・・・・。あの・・・・・・えと・・・・・・。」
「ここは医務室ね。昼間の模擬戦で撃墜されちゃったの覚えてる?」
その言葉にあの光景がフラッシュバックする。
いつもの優しそうななのはさんの姿はそこにはなくて、
モノを見るみたいな目であたしを見つめて躊躇いもせずにクロスファイアシュートを
撃ち込んだなのはさんの姿が・・・・・・。
怯えに震える手を必死に隠そうとしたけど隠し切れているだろうか。
震えるな、あたしの手!!
震える手をシーツを握り締めることで押さえつける。
「なのはちゃんの訓練用魔法弾は優秀だから身体にダメージはないと思うんだけど。」
そう言われて立ち上がろうとしたとき、ふと足元が寂しい感触。
見ればあたしの生足が剥き出しになっている。
シャマル先生が治療のために脱がせたんだろうけど、気恥ずかしさに頬が熱くなる。
同性だし、気にする必要ないんだけど。
眠っている間に脱がされたというのがどうにも・・・・・・そういえばスバルは?
「どこか痛いところある?」
「いえ、大丈夫です・・・・・・。」
優しくかけられるシャマル先生の言葉にそう答えながら、
おぼつかないままに視線を彷徨わせるとアナログな時計が目に入った。
時間は・・・・・・短針が9の位置を指している?
「9時過ぎ!?え!?夜!?」
そう言いながら、窓の外を見直す。
外は本当に暗くて街頭の明かりが明滅して、空に星が浮かんでいる。
間違いや冗談じゃなくて・・・・・・本当に夜なんだ。
それならあたしはいったい・・・・・・。
「すごく熟睡してたわよ。死んでるんじゃないかって思うくらい。
最近ほとんど寝てなかったでしょ。たまってた疲れが纏めて来たのよ。」
シャマル先生の言葉は身体を心配してくれているものだと分かる。
ヴァイス陸曹が身体に気を使えと言ってくれたのに無視し続けた結果だということも。
吐き戻したときから限界を超え始めたと少しだけ自覚はあった。
でもこれぐらいやらないと届かないと思って走り続けた。
けれど、それだけやって手に入れた力なのに、なのはさんには簡単に打ち砕かれた。
あれだけやってまだ力が足りない。
誰も傷つけたくないから強くなりたいだけなのに!!
無理をしないでどうすれば力が手に入るの!?
才能も無くてレアスキル持ちでもない凡人のあたしは!!
神様、兄さんを奪ったあなたはあの狂人には力を与えてあたしからは奪うだけなのですか。
目の端から零れ落ちた水滴がシーツに染みを作った。
時間を少し遡って模擬戦直後。
ティアナが撃墜されてからの話。
「フェイト、頼むからあいつらをシャマルのとこへ連れてってくれ。」
「でも、ヴィータ・・・・・・。」
「頼むから・・・・・・そうしてくれ。エリオとキャロも一緒に行ってくれ。」
怒りに声が震える。
どうしてこんな裏切り方しやがったんだ、ティアナ達のやつは!!
気持ち悪いくらいあいつが予想したとおりの結末。
吹っ切れたみたいだからと油断したあたしが悪いのか。
ティアナという人間を見誤ったなのはが悪いのか。
フェイトに連れられて医務室へ向かうスターズとライトニング。
その中で最後まで睨み付けるようになのはを見て行きやがったスバル。
どうしてなのはの気持ちが分かってやれねぇんだ!!
顔を俯かせたまま戻ってきたなのはに対してあたしはなにも言ってやれねぇ。
「実に分かりやすい素晴らしい模擬戦だったよ。なのは隊長殿。信じると言った相手を
これでもかとばかりに徹底的に蜂の巣にしてくれてまさに『強いから正しい』を
実践してくれるなんて夢にも思わなかった。正直見くびってたよ。
あははと笑って軽く叱って済ませるんじゃないかとばかり思って。
アハハハハハハ・・・・・・。」
そう言いながら無表情に笑うはんた。
皮肉を言っていることは明らかだった。
なのはにはどれだけきつく聞こえてるだろう。
くそっ!!なにも言い返せねぇ。
吹っ切れたみたいなスバルとティアナの様子に騙されたことも、
皮肉交じりにティアナ達が危ういと忠告してくれたのに生かせなかったことも、
生い立ちも合わせて焦りすぎな理由も知っていたのに生かせなかったことも、
全部あたしとなのはの責任だから・・・・・・。
でもなぜだろうか。
はんたは皮肉を言っているはず。
あたし達を思いっきりコケにして嘲笑ってすごく楽しそうなはずの裁断機野郎。
それなのに、酷くその言葉が虚ろに響くのは・・・・・・。
「さて、なのは隊長殿。賭けは俺の勝ちなんだが、追加で賭けをしないか?
終わったことをうじうじ考えたところでどうなるわけでもないのだから。」
「気持ち悪いくらい建設的で吐き気がする言葉だな!!てめぇ!!
これ以上なのはになにを賭けさせようってんだよ!!」
「賭けの内容はティアナ・ランスターが自分の命を軽く扱っている言葉を吐くか否かだ。
そっちの負け分と今月の報酬全部を吐く側に俺は賭ける。そっちを有利にしよう。
期限は今日を含めて2日以内。乗るか?」
「・・・・・・あたしも同じだけ、ティアナが言わないほうに・・・・・・。」
どこか呆然とした様子も伴っていたけどなのはが反応した。
このままじゃ給料なくなっちまうなんてことよりも、
まだティアナのことを信じ続けられるなのはの誠実さ(悪く言えば愚直さ)が羨ましい。
あれだけ酷い裏切りをされて、想いがなにも伝わっていなかったって分かった直後なのに。
それがなのはのいいところかもしれないが限度ってものがあるだろう。
これは少しでも早くティアナのやつにきつい説教してやんねぇとな。
だが、裁断機野郎の答えになのはもあたしも戸惑いを隠せなかった。
「金はいらない。」
「・・・・・・お、おい。それじゃなにをなのはに賭けろって言うんだよ。
身体とか言ったら本気で息の根止めるぞ!!てめぇ!!」
傍目には壮絶な絵面だっただろう。
失意のどん底のエース・オブ・エースと無表情のイカレ裁断機野郎と
1人熱くなっているヴォルケンリッターの鉄槌の騎士が
今にも殺し合いやりそうな雰囲気で顔を突き合わせて会話してるんだから。
はんたの言葉に呆然と顔を上げたなのはに要求が告げられる。
「1度だけ、ティアナと、俺が、模擬戦をする権利。」
誤解の無いように、まるで言い含めるかのように、途切れ途切れの言葉。
それを安いと見るか高いと見るか、あたしには判断付かない。
ただ、要求の意味的にはおかしなものでも無理なものでもない。
それこそなのはの代わりにフェイトやあたしが教導するようなものだ。
階級の権限的にもやってやれないことはない。
なのはがスターズの隊長だからということを除いても、
あたしの感覚からすれば物凄く安い要求に思える。
何度も言葉を繰り返してみるが、曲解できる部分はない。
違和感が拭えないほど、奇妙なまでに安い要求。
育成プラン考えてるなのはが傷つくような内容ってわけでも・・・・・・ないよな?
なのははどんなふうにこの言葉を聞いているのだろう。
寝る間も惜しんで育成プランを考えてたところに横槍入れられたと考えてるのか、
それともあたしみたいに安い要求だと思っているのか。
それでもやっぱり安すぎるよな。
なのはがひよっこどもを大切にしているとはいえ、模擬戦1回は余りにも安すぎる。
だが、はんたが当然のように続けた次の言葉に、
あたしは安いとか高いという思考を全部吹っ飛ばされて構わずぶちきれた。
「ただし、殺傷設定での模擬戦だ。」
「ふざけるんじゃねぇ!!訓練中の事故とか言ってティアナ殺す気かよ!!
それ以前にそんなの模擬戦じゃねぇ!!一方的な虐殺じゃねぇか!!」
不意打ちで掴みかかったが、簡単にあたしが地面に転がされる。
うつぶせに転がったあたしの背中に速やかに容赦なく足が乗せられた。
呼吸が詰まるのと同時に気がつく。
こいつ、本当に殺しになれてる。
もう少し力を入れていればあたしの背骨をふみ折られていただろう。
プログラム体だが、今のボディを最後に朽ちるばかりの人間みたいな身体。
それがたった今、簡単に壊されかけた。
いったいどんなバケモノなんだよ。
この裁断機野郎は・・・・・・。
「ダメだよ・・・・・・。ティアナは・・・・・・。」
「可哀想なティアナちゃんは死んじゃったお兄様のためにそれはそれは必死で努力しているいい子なんですとでもいうのか。なのはがどれだけ大切に扱ってるかも知らないで馬鹿やるあれが。誰も失いたくないから強くなりたいとか夢ばかり見てるあれが。」
「っ・・・・・・。」
「信じたいなら言わないほうに賭けろ。兄のことを大切に思って、本当に夢を叶える気があるのなら、どれだけ屈辱と恥辱と汚辱に塗れても命だけは絶対に捨てない。
絶対に捨てられるはずがないんだからな!!!!!!!!!!!!!!!!」
足蹴にされたあたしの上で強い言葉が響いた。
裁断機野郎がどんな顔をしてるか知らねぇ。
けど、はっきりとその声に混ざったのは苛立ち。
破壊以外のとき、どこか作り物じみた感情しか見せなかった裁断機野郎が
まともに見せた感情らしいもの。
だけど、なにに苛立っているんだ?
ティアナの在り方?存在?思考?それとも別のなにか?
あたしには想像しきれない。
横目に見えるなのはもはっとした様子で息を呑んでいる。
少しずつ震え始めるなのは。
「それでも・・・・・・絶対に・・・・・・殺傷設定・・・・・・だけは・・・・・・ダメ・・・・・・。」
「・・・・・・そもそも・・・・・・そんな賭けに乗らなきゃいいじゃねぇか。なのは。」
途切れ途切れに蒼白な顔でなのはが答える。
尋常じゃないまでに震えながら・・・・・・。
その震えがなにから来るものかあたしは空気が読めていなかった。
裁断機野郎の理解について、なのはのほうができていたのだろう。
それこそ賭けを飲むか、六課が潰れること覚悟で力づくでカタをつけるかの
2択になってしまっていたことに。
足蹴にされたままあたしがそんなことを言った途端、
ならば当然とばかりに躊躇いもせずはんたのやつが口にした言葉にあたしは再び戦慄する。
「それならこれからは普段の訓練で横槍つっこませてもらうとしよう。
面倒が増えると『アルファが』『何度も』説得したからやめていたが、もうどうでもいい。」
つまり、いつでも殺せたってのか。
デバイスに説得されて面倒だからというだけで殺さなかっただけなのか。
あたしたちを・・・・・・それこそ殺したかったのか。
その筆頭に名前が挙がっていたのがティアナだったっていうのかよ。
「それなら2倍でも3倍でも賭けてもいい!!賭けるから!!
だから・・・・・・だからお願いします。もう少しだけティアナのことを待って・・・・・・。」
「・・・・・・。」
なのはが泣いていた。
膝をついて顔を歪めて泣いて頼んでいる。
実戦を繰返してきた管理局のエース・オブ・エースたる高町なのはが・・・・・・。
力に訴えれば私闘を行ったとなって六課の存亡に影響が出る。
それこそ手加減なんてやってられない相手だから始末書なんてレベルで済むはずがない。
後ろ盾があるからと言って、かばうにも限度がある。
良くてなのはとはやての解任、最悪六課の解体だろう。
賭けを呑まなければ訓練中の事故として皆が処理されていく。
ホテルで見たあの砲撃がどこからともなく飛んでくる。
それこそ、最悪のタイミングを狙い済ましたようにそれは撃ち込まれるだろう。
ひよっこどもが無傷で済む可能性は限りなく0に近い。
賭けを呑むしかない状況だと今更気がついたあたしの鈍感ぶりに絶望した。
はやての夢である六課を潰すか、条件を打開するかの2択。
なのはに六課を潰すなんて選べるはずが無い。
足蹴にされたままのあたしはそんななのはを見てもティアナへの怒りしかわかない。
本当に丁寧に教えているなのはをなんで裏切ったとしか。
気のせいか足の裏ごしに裁断機野郎がなのはの言葉に動揺(?)した気がしたけど、
背中に乗った足はそのままでやっぱりいつもの裁断機野郎だ。
くそっ!!本気で動けねぇ。
動いた途端、ぎりぎりの力加減で載せられた足が横から飛んでくるイメージしか沸かない。
次に狙われるのは鳩尾か、肋骨か、それとも首か・・・・・・。
ゴミみたいにあたしを殺した後に裁断機野郎がどうするか。
既に考えはそこへ向いている。
長生きはするものだ。
シグナムやシャマルみたいに冷静に思考しろ。
冷静に考えてみるんだ、あたし。
シグナム達は怒りを噛み締めるだろうが動かないだろう。
なにを引き起こすか分かっているだろうから。
だが、なのはもフェイトもなによりはやてが火種になる行動を取らずにいられるだろうか。
・・・・・・性格的に無理な気がするなんてあたしに思われるんじゃ駄目だろ。
3人とも我慢して我慢して我慢した果てに全部纏めて吐き出すタイプの人間じゃないか。
多少許容量が違うだけで・・・・・・。
とにかく火種だけは作ってはいけない。
嬉々として躊躇うことなく裁断機野郎は六課、いや、はやて達に襲い掛かるだろう。
勘違いじゃなければこいつにとって刈り取る命の価値観は、
はやてのためと動いていたころのあたし達ヴォルケンリッターのそれよりもはるかに軽い。
逆に目的を持った命に重い価値を置いているのか。
それだとティアナのことがかみ合わない。
なんにせよ、少しだけでも思考が分かっているのが救いだ。
殺しさえできればなんでもいいという向こう側の思考を持ったこの裁断機野郎め・・・・・・。
そんな思考のあたしを足蹴にしたまま、『それならば』と告げられた言葉に再び戦慄する。
いったいどれだけ脅かせばいいんだよ!!
「ティアナが命を粗末に扱う言葉を吐かないほうに自分の身体をかけられるのか?
高町なのは。その歳で生娘なんてことはないだろうが、念を押しておく。
一晩付き合えなんて易しい話じゃなく、それこそ死んだほうがましって扱いだ。
逃げ道のない賭けに乗れるのか?賭けられるというのなら模擬戦で
殺傷設定を使わないどころか、ゲーム代として普段から殺そうとする行為全部をやめよう。
なのは隊長殿の身体に見合っただけレートを上乗せさせてもらおうか。」
「・・・・・・っ。」
「即答できない以上、所詮・・・・・・。」
「・・・・・・分かった。賭けるよ。あたしの身体・・・・・・。」
「なのは!!なにを言っているのか分かってんのか?正気か!?壊れたか!?
自暴自棄になってるとかそんなんじゃねぇのかよ!?どうしちまったんだよ。なのは。」
足蹴にされたまま、あたしはわめいた。
ショックのあまり、なのはが壊れちまったんじゃねぇか。
どう考えてもまともじゃねぇ!!
少なくともあたしなら絶対にこんな『負ける』賭けやりたくねぇ!!
だが、なのはは撤回する様子をみせない。
嘘だろ・・・・・・。
絶望のあまり視界が真っ暗に染まるなんて久々だ。
「・・・・・・賭けは成立だな。改めて言葉にしておこうか。
ティアナ・ランスターが今日を含めて2日以内に自分の命を軽く扱う言葉を吐くか否か。ゲーム代として俺は普段からの殺傷行為の禁止を払う。
賭けるのはそっちがティアナと1度だけ非殺傷設定で模擬戦をする権利となのはの身体、
俺が今月の報酬全部とそちらの負け分全額。」
「おい、最後に聞かせろ。どのあたりから命を軽く扱っている言葉なんだ?」
「いろいろあるんじゃないか?俺の貧相な語彙じゃ『死ぬ気』とか『死んでも』とか
『命に代えて』なんてところしか思いつかないが。」
「・・・・・・なんだ、この状況は。ヴィータも足の下でなにしている?」
シグナム。
できればもう少し早く来て欲しかった。
それと・・・・・・空気読めよ、お前・・・・・・。
時空管理局機動六課。
名前の通り、時空管理局という組織に所属する1つの勢力に過ぎない。
あの荒野と同様に、どこの人間も変わらず利権や権限の取り合いをして、
正直者が馬鹿をみる構造は変わらない。綺麗ごとを抜かしても人間は人間。
さて、他のところと決定的に異なる六課の性質。
それはロストロギアが関わってさえいれば出動できるという強み。
ウラワザでいびつに完成させた身内だらけの組織ゆえの結束の固さと戦闘能力の高さ。
使い方次第でどこにでもクチバシを突っ込めるその異常なまでに巨大な権限と、
他の勢力を力づくで潰す分にはお釣りがくるほどの人材の宝庫で火力の集まりは
妬みとやっかみを買うに十分。
詐欺が横行してナイフやライフルどころか戦車を片手に笑って会話する日常も
ろくに過ごしてない未熟なはやてじゃ、利権と権限争いの結果、
ホテルの件はあれで折り合いをつけるしかなかったわけだ。
拘束具だけはつけておいて、失敗しても六課に責任がある。
そんな構造を作らさされたわけだ。
管理局という構造をアルファに調べさせて思い知ったそんな現実。
とりあえず全部消し飛ばそうとアルファ片手に出かけそうだった足が止まったのは
ひとえになのはとの賭けだった。
あの賭けを飲める度胸があるとは思わなかった。賭けの内容自体は問題ではない。
なにをチップにするかだ。
他人のために身体を賭けるなんてそれこそ突き抜けた馬鹿でもやらない。
それこそよほどの大物か、真性の救いようの無い馬鹿のどちらかしか・・・・・・。
だからこそ、断らせて事故で全部処理させるつもりだったのに目論見が外れた。
そもそも、賭けを持ち出しておいてあれだが、
今度の賭けで俺の勝ち目は手段次第で10%を切る。
なのはが相手だから30%にかろうじて届くところだが、周囲がどう動くか分からない。
アルファの見解も同様。
それこそイレギュラー全部がこっちに傾いてようやく五分の賭けになるかという次元。
なにより向こうには必勝法がある。当然、俺もアルファも気がついている。
なんせティアナ・ランスターに『喋らせなければ』勝ちなのだから。
シグナムあたりは『殺す』と『気絶させておく』という選択肢に気がついただろう。
案外フェイトかはやてあたり力づくで妨害しにかかるか。
しかし、どうしてこんな負ける賭けを挑んでしまったのか。
全てはティアナが目触り過ぎるから・・・・・・。
あれだけは俺の手で叩き潰したくて仕方ない。
本当にいいハンターがいない世界だ。
ハンターらしいやつはシグナムくらいか。
なのはとフェイトも悪くは無いが、振れれば倒れそうなほどに感情が不安定すぎる。
判断しにくいところとしてシャマルとはやて。
笑って殺しができそうなあたりシャマルとは気があいそうなんだが。
はやてはどこかジャックさんを髣髴とさせる目をするときがたまにある。
なにか昔に後悔でもあるのか・・・・・・。
将来の可能性としてエリオとキャロ。
素直で伸び白の多い2人がどこまで伸びるか楽しみではあるが、
ぬるま湯のような環境では育つに時間があまりにも足りない。
もしかしたらスバルが伸びるかもしれない。
ティアナのついでに観察していてどこかいびつな感じを受けるのはいったい何故だろう。
ティアナは論外。
どんな思考もティアナに帰結し、苛立ちが向くのもティアナ。
初めて見たときからずっと意識に止まっている。
ティアナ、ティアナ、ティアナ・・・・・・。
殺せと騒ぎ出そうとする遺伝子を沈めるように思考を捨てて夕日を眺める。
あの荒野のほうが若干紅いか。
だけど、水平線と地平線の違いはあってもこの光景は変わらない。
どこまでも視界の果てまでなにもない荒野の果てに揺れて沈んでいく夕日と・・・・・・。
あの荒野は本当に分かりやすかった。
『強いから正しい』の言葉に従って、気に入らなければ消し飛ばせばいい。
たったそれだけで全部が片付く・・・・・・。
静かな海に沈んでいく夕日を眺めながら、脳裏にあの荒野で見た夕日を描き、
そんなことばかり考えて、無言のアルファを片手に時間が過ぎるのを待っていた。
訓練場で端末を操作し続ける。
物凄い賭けをしてしまったとは思っている。
でも、後悔はしていない。
ヴィータちゃんにも手出ししないように言っておいた。
わたしがどこまでティアナ達を信じてあげられるか試されてるんだって・・・・・・。
よく考えたらティアナのことも勝手に賭け金に乗せちゃったよね。
それでも、本当に潰されるよりましだと、わたしの選択が間違ってないって思いたい。
夢が叶えられなくなるよりははるかにましだって・・・・・・。
それに負けるはずがない・・・・・・んだよね?
どうしてはんた君が『言う』ほうに賭けたのか不思議でならない。
言わないことが前提みたいな賭けだと今になって気がついて首をかしげている。
でも、ティアナ・・・・・・。
そんなに悩んでいたならどうして話をしてくれなかったのかな。
理解したつもりになっていただけだったのかな、わたし・・・・・・。
「なのはー。」
「フェイトちゃん。」
作業を切り上げて、迎えに来てくれたフェイトちゃんと本局へ歩みを進める。
「さっきティアナが目を覚ましてね、スバルと一緒にオフィスに謝りにきているよ。」
「そう・・・・・・。」
「なのはは訓練場だから明日朝一で話したらって伝えちゃったんだけど・・・・・・。」
「うん。ありがとう。でも、ごめんね。監督不行き届きで・・・・・・。
フェイトちゃんやライトニングの2人まで巻き込んじゃった。」
「ううん、私はぜんぜん・・・・・・。」
「ティアナとスバル、どんな感じだった?」
「やっぱり・・・・・・まだちょっとご機嫌斜めだったかな。」
気を使ってくれているのが丸分かりだよフェイトちゃん。
実際、ちょっとどころかかなりなんだろう。
努力を踏みにじるみたいに力任せに撃ちのめしちゃったんだから。
「強いから正しい・・・・・・・か。まぁ、明日の朝、ちゃんと話すよ、フォワードのみんなと。
はんた君には悪いけど、本当に無茶だけはして欲しくないから・・・・・・。」
「・・・・・・どうしてはんた君が出てくるの?」
「フェイトちゃんには話しておこうかな。はんた君との賭けその2。」
簡単に説明した。
ティアナが自分の命を軽く見た言葉を言うかどうか賭けをしたって。
そこまではフェイトちゃんもお給料なくなっちゃうよみたいな顔をしていた。
賭けたものにわたしの身体が入っているって言うまで・・・・・・。
「なんて馬鹿なことしてるのよ!!なのは!!」
「落ち着いてよフェイトちゃん。」
「だって、負けたらなのはは・・・・・・。私がやめさせてくる。」
「大丈夫。ティアナを信じているんだから。それに明日の朝フォワードの皆と話すなんて余計な手出ししちゃうんだもん。フェアじゃないよ。それにはんた君、いつもどこか辛そうで苛立ってて、まるで破裂しても・・・・・・ううん、破裂したがっている風船みたいだったから。」
「だからってどうしてなのはが・・・・・・。それならせめて負けないようにしないと。
そうだ!!ティアナをこれから気絶させて車のトランクにでも入れておこうよ。」
「過激だよ。フェイトちゃん。」
あははと笑ってロビーにまでたどり着いた。
いろいろなアイデアを出すフェイトちゃんの顔は最後まで真剣そのものだったけど・・・・・・。
フェイトちゃんはいつも心配性だよね。
友達として嬉しいけど・・・・・・。
でも、信じてあげないと駄目だよ。
そんなことを言おうとした矢先、赤いアラームが鳴り響いた
こんなときの便利屋さんやないか。
新型ガジェットドローンの襲撃。
リミッター解除を軽々しくやるわけにもいかない事情や
戦略的に奥の手を見せないほうがいい以上、かなり制限をつけての出撃となるはずだった。
でも、制限なにそれといわんばかりの存在が六課にいた。
すっかり忘れていたけど、はんた君は陸曹兼空曹。
空戦ができるのだ。
なにより能力は本当に折り紙つき。
はやてちゃんは嬉々としてはんた君を出撃メンバーに加えた。
相手がガジェットドローンだからって、いつもなら火力制限するだろうに、
遠慮なくぶち壊せってはやてちゃんなにか嫌なことでもあったの?
リインやグリフィス君が呆然とするくらいはっちゃけてた。
なにか胸とかバトー博士とか壊れたみたいに呟いていたけど・・・・・・。
「今回は空戦だから出撃はわたしとフェイト隊長とヴィータ副隊長とはんた空曹の4人。」
「みんなはロビーで出動待機ね。」
「そっちの指揮はシグナムだ。留守を頼むぞ。」
「エリオ、コーヒーでも入れておいてくれ。ミルク抜き、角砂糖1袋。」
「「はいっ!!」」
「はい・・・・・・・。」
キュンキュンとローターの音が響く下でわたし達はフォワードの4人にそう告げた。
なにかおかしいのがあったけど、人の嗜好は気にしないでおこう。
それよりもティアナの落ち込み方が酷かった。
スバルも返事をしないことで反抗しているつもりなのか。
うん、疲れているだろうし、出動待機から外れておいてもらおう。
手加減した訓練用の魔力弾とはいっても全くのダメージ0というわけにはいかないから。
その分、わたし達ががんばって、その後でたくさん話し合おう。
「あ、それとティアナ。ティアナは出動待機から外れておこうか。」
本当に心配して、善意から言ったつもりだった。
けれど、周りの受け止め方は違ったみたい。
ティアナを除いたフォワードの3人が驚きの声を上げてティアナを見ている。
「そのほうがいいな。そうしとけ。」
「今夜は体調も魔力もベストじゃないだろうし・・・・・・。」
「言うこと聞かないやつは使えないってことですか。」
「自分で言っててわからない?当たり前のことだよ。」
少しだけ怒れただけど、我慢した。
ティアナは気が立っているだけなんだろう。
普段のティアナなら絶対に言わない言葉だから。
第一、機動六課という組織の中のスターズという部隊なのだ。
隊長の指示に従えないのなら部隊がなりたたなくなる。
「現場での指示や命令は聞いてます。それに訓練や教導だってちゃんとサボらずやってます。
それ以外の場所での努力まで教えられた通りじゃないとだめなんですか。」
「それでジャンクになりかけておねんねしておいてなにを噛み付いてるんだか。」
なにか言いたげなヴィータちゃんを制止した直後、はんた君のそんな言葉が響いた。
わたしの肩越しに物凄い憎しみ塗れの視線ではんた君を睨み付けるティアナ。
「・・・・・・・っ、私はなのはさん達みたいにエリートじゃないし、スバルやエリオみたいな才能も、キャロみたいなレアスキルもない!!
少しくらい無茶したって、死ぬ気でやらなきゃ強くなんてなれないじゃないですか!!!!!!!」
「なんのつもりだ。はんた。」
「アハハハハハハハハハハハハハハ・・・・・・。」
気がつけば、ティアナの胸倉を掴んで殴り飛ばそうとしていたシグナムの拳を止めていた。
ついでに狂ったような笑いが止まらない。
エリオがどこか呆然としたみたいにさっきまで俺がいた場所と今の位置を見直してる。
なにを驚く必要がある。この程度できるだろうに。
さて、いつものスタンスなら放置するか、俺がティアナをモルグ送りにしている場面。
馬鹿が夢見て戯言をほざいて殴られるというありふれた光景で話は終わり。
馬鹿が逆恨みするなり喚くなりするだろうが、それで全ては丸く収まる。
そのはずだった。
そこに、ある言葉さえなければ・・・・・・。
たった一言、賭けの対象であり、どうしても俺には聞き逃せない言葉を口にした。
それも本当に軽々と!!あっさりと!!冗談みたいに簡単に!!想像を超えるほどに!!
真性の馬鹿なのか、それとも身の程知らずなのかなんて思考がいつもならばよぎるのに、
今この瞬間だけはコンマ数秒さえよぎらない。
そんな思考自体が存在しえなかった。
本当にたった一言なのに、その一言が、俺を誘うかのように心を荒れ狂わせる。
僅かばかり残った人間らしさを屈服させ、
遺伝子にまで刻み込まれた戦闘思考を全開にさせ、
ハンターとしての習性を荒れ狂わせ、
苛酷な荒野を生き抜いてきた人間としての在り方をズタボロに踏みにじり、
ありとあらゆる物騒で凄惨で残酷で破壊と殺戮用の思考を一斉に同じ方向へ向かせる。
たったの一言がそれを成した。
最後まで抵抗を続けていたはずの人間らしさが絶望も諦念も躊躇もなく屈服した。
最短時間で確実に敵を屠るためにあらゆる状況を打破し最適な武器を選択し
最大級の運用を行って殺戮の最大効率を求める血と殺戮と暴力に飢えた戦闘思考が、
コイツは肉塊に変えるだけでは生温いと叫び声をあげる。
卑怯?残酷?えげつない?なにそれって食べられるの?とばかりに笑い飛ばして
淡々と獲物を狩るハンターという生き物の習性が、この小娘に荒野のルールで
教えてやれと囁きだす。
俺達のルールはこれだろう?とばかりに、かけ離れた場所にあるはずの苛酷な荒野が
その匂いを届けてくれたかのように鼻腔の奥がツンとする。
ありとあらゆる物騒で凄惨で残酷で破壊と殺戮用の思考の群れが、
狂宴の始まりだといつもなら騒ぐはずなのに、漣1つ立てず静粛にしている。
まるで祭りを始める前の準備を粛々とすすめているかのように・・・・・・。
いつもならば1つぐらいは反対する思考が残る。
義理や金や怠惰、アイなんて幻想やろくに残っていない人間らしさを筆頭にして・・・・・・。
しかし、今、俺という存在の全てが同じ思考を提示し、ただの1つも反対しない。
それがシグナムの拳を受け止めた理由・・・・・・。
誰かにこの感情を分かってもらおうなんて思わない。
まして誰かの理解が得られるなんてかけらさえも思っていない。
まさに心が引き千切れた。
ゆえに思考はたったの1つ。
それに向かって身体と精神が突き動かされる。
シグナムの拳を受け止めたままで口が開いた。
「アハハハハハハハ・・・・・・。なに、高町なのは隊長殿と賭けをした矢先だったからつい。
潔癖剣士のシグナム。どうぞ馬鹿に好きなだけ説教してあげてくれ。
そして隊長達も速やかに出撃して虐殺してきましょう。それと、なのは隊長。
戻ったら是非とも速やかにティアナ・ランスターと模擬戦をさせろ。ご安心を。
訓練場使用の書類手続きは全部片付けてある。」
なのはは現実を認めたくないとばかりに蒼白な顔で、
ヴィータはいい殺意を放ちながら怒りの表情で、
フェイトはまさかとばかりに口を押さえて驚愕の表情で、
シグナムはああ!!とばかりにようやく気がついたような顔で、
ひよっこ達はなにが起こったのか理解さえできていなかった。
神なんて信じちゃいないが、これはさすがにできすぎだ。
賭けの当事者が全員揃ったこの場、この瞬間、目の前で大声ではっきりと、
俺の貧弱な語彙の1つをそのまま言ってくれるなんて・・・・・・。
ああ、もうこれは悪魔の仕業と思うとしよう。
赤い悪魔が俺に笑ってくれたのだろう。
「ヴァイス!!出られるな!!」
「はい!!いつでもでられます!!」
俺の叫ぶような言葉に震え上がったような声が返ってきた。
おいおい、なにをそんなに怯えるんだ。
獲物はお前じゃないだろう?
「それじゃ、なのは隊長達、さっさと虐殺にいこうじゃないか。」
壊れてないかと思うくらいに落ち込んだなのはと、
今にも暴れそうなヴィータと、おろおろするばかりのフェイトをヘリのカーゴへ促した。
「目障りだ。いつまでも甘ったれてないでさっさと部屋に戻れ。」
「あのシグナム副隊長。その辺で・・・・・・。」
「スバルさん、とりあえずロビーへ・・・・・・。」
「シグナム副隊長!!」
「なんだ。」
「命令違反は絶対に駄目だし・・・・・・さっきのティアの物言いとかそれを止められなかったあたしは確かに駄目だったと思います。
だけど自分なり強くなろうとするのとかきつい状況でもなんとかしようとがんばるのってそんなにいけないことなんでしょうか?
自分なりの努力とかそういうこともやっちゃいけないんでしょうか。」
なにを泣いて訴える必要がある。
そもそもなにが問題なのか分かってないみたいだな。
「自主練習はいいことだし、強くなろうとする努力もすごくいいことだよ。」
「シャーリーさん・・・・・・。」
「持ち場はどうした。」
「メインオペレーターはリイン曹長がやってくれますから。
ただ、皆不器用で、見てられなくて・・・・・・。皆、ちょっとロビーに集まって。
私が説明するから。なのはさんのこと、なのはさんの教導の意味。」
場所を移してシャーリーとシャマルから語られたのはなのはの経歴。
P.T事件。
闇の書事件。
無理を続けた果てに我慢を続けて壊れたなのは。
飛ぶどころか歩くことさえままならなくなったなのはのリハビリ生活。
呆然としたようなフォワード4人が滑稽すぎる。
私からすればいまさらすぎること。
なぜあんなに丁寧に教えているのか本当にわかっていなかったのだろう。
はんたが言っていた通りに・・・・・・。
「譲れぬ戦いがあることも事実だ。だが、お前がミスショットしたあのとき、
他に選択肢はなかったのか?前線に出ていた私達からはヴィータが全速で戻っていた。
お前達のお守りをするために絶対に射程からお前達を外そうとせず、離れようとしなかったはんたもいた。はんたはそれこそお前達に戦闘させる気さえなかったように徹底的に
殲滅していたことも、あまりの制限事項に荒れに荒れてシャマルがどれだけ罵られて
悔しい思いをしたかさえ知らないだろう。仲間の命のため、どうしてもあの場面は
撃たねばならなかったのか?はんたに手伝ってくれと告げることやなぜか後ろに残した
エリオ達も運用してヴィータが到着するまで足止めするなどいくらでもやりかたはあったはずだ。なぜ、貴様が撃たねばならなかったか答えられるものなら答えろ!!訓練中のあの技はいったい誰の・・・・・・今更どうでもいいことだったな。それより、ティアナ。
覚悟はしておいたほうがいいぞ。」
説教を早々に切り上げてやる。
既に私の興味はいったいどんな趣向ではんたが模擬戦するのかに向いている。
いつものなのはの真似はしないだろう。
ならばヴィータみたいに力押しか。
それもありえない。
まさか私みたいに近づいて斬るなんて真似で終わることはないだろう。
あるいはテスタロッサみたいに近距離と遠距離併用の高速戦闘か。
ありえそうだが、それでは1度きりの模擬戦を生かしきれない。
主はやてのように広域攻撃したらそれこそ模擬戦の意味がない。
なんでもできる(らしい)デバイスを持っているだけに、
検討さえ付かないのが正直なところだった。
「・・・・・・なにをですか?」
「なのは達が帰ってきたらだ。シャマルどころか、なのはやフェイト、
ヴィータや私なんかでさえそれこそ天使にでも見えるようになるだろうよ。」
「シグナム副隊長、それってどういうことですか?」
「口にするのさえ吐き気がする内容だ。ティアナが自分の命を軽く扱っているかどうかでなのはとはんたが賭けをしてなのはが負けた。これ以上私に話をさせるな!!」
「ティアのどこが命を軽く扱ったんですか!!」
「『死ぬ気』なんてあっさり使う大馬鹿のどこが軽く扱ってないんだ!!」
「「「っ・・・・・・」」」
「そ、それは・・・・・・ティアがたまたま・・・・・・口にしちゃった・・・・・・。」
「いずれにせよ覆らん。ここまで馬鹿だったとは私も思わなかったぞ。
ろくに賭け事も知らん私でさえ負けるほうが難しいと思っていたんだからな!!」
「ね、ねぇ、シグナム。いったいなのはちゃん達はなにを賭けたの?」
「自分だ。シャマル!!これ以上答えさせるな!!」
私の答えの意味がまったく分かっていないフォワード4人。
逆に意味が分かってしまったのだろうシャーリーとシャマルは息を飲んだ。
「704現場空域に到着。」
「ライトニング1、スターズ2エンゲージ。」
管制からの連絡が入る。
フェイトちゃん達が相手を足止めしてくれている間に
わたしとはんた君を乗せたヘリは予定のポイントに辿り着いた。
「ほんじゃぁ、なのはさんと凄腕さん、気をつけて。」
「・・・・・・うん。ありがとう。ヴァイス君。」
「ヴァイスこそ落とされるなよ。」
「今は気分を変えて、いくよ!レイジングハート!」
「All right. My master.」
「だからひよっこが真似するからやめろ!!」
飛び降りようとしたわたしの髪が引張られた。
ああ、そうだった。
癖になっているのかもしれない。
意識して止めないと・・・・・・。
「ありがとう。はんた君。レイジングハート、セットアップ。」
「どういたしまして。アルファ、セットアップ。」
一気に加速して支援砲撃のポイントに到着する。
同じくはんた君も到着したみたいで、座標を独自に送ってくる。
本当に高性能なデバイスだ。
忘れかけてたけどずっと抱いていたあの人形なんだよね、アルファって・・・・・・。
「こちらスターズ1、中距離火砲支援いきまーーーーす。」
「こちらハンター1、中距離火砲支援開始。前2人巻き込まれるな。」
「了解。」
「おう。ってはんたは一言多いんだよ!!」
ディバインバスターの予備動作。
魔力を収束させるのに若干の時間が掛かる。
その間に十字砲火になる位置から飛ぶ光弾が4発。
狙いを外した?
散らばって飛んだ4発に一瞬そんなことを考えたけど違う。
立て続けの爆発の後、ガジェット達がわたしの射線にこれでもかと密集させられていた。
ここまでコントロールできるものなの!?
「ディバイーン・バスター!!!!!!!!」
わたしの砲撃魔法の直撃を受けた新型ガジェットドローンが次々に落ちて行く。
撃ちながら、初めて気がついた。
もしかして私たちの砲撃魔法とはんた君の砲撃魔法、傾向がぜんぜん違う?
「は、はんた君!!なのはちゃんとの賭けって本当!?」
帰ってきたわたし達にかけられたシャーリーさんの第一声がそれだった。
「なにをいまさら。さて、模擬戦の始まりだ。ティアナ・ランスターはどこにいる。」
「え、えーと、その・・・・・・。」
「アルファ、どこにいる。」
「訓練場です。マスター。」
「向こうも待ちきれなかったようだな。」
「あの、その、ちょっと、はんた君。」
「まさかとは思うんすけど、凄腕さんにティアナのやつ喧嘩うったんじゃ・・・・・・。」
「ヴァイス君。六課の皆が事故死するのとどっちがよかったのかな・・・・・・。」
「まさかなのはさんがティアナのやつを!?」
「シグナムさんも吐き気がするって詳しいこと話してくれなかったのよ。
いったいなにがどうなってティアナとはんた君が模擬戦することになったの?」
後ろで何か言っていたが気にしない。
さて、一番プライドをぶち壊して屈辱に塗れる方法はどれがいい?
俺が俺自身に問いかける。
思考と感情と遺伝子が躊躇うことなくたった1つを差し出した。
なるほど、これは悪くないな。
「アルファ、デリンジャー。火力はティアナのシュートバレットのやや下に設定。」
「了解しました。マスター。」
シミュレータで展開された廃墟の立ち並ぶ夜の訓練場。
その中央の交差点に、黄昏ていたティアナを引きずってくると転がして立ち上がらせる。
そして俺とティアナ・ランスターが正対した。
ティアナ・ランスターの手に握られるのはクロスミラージュ。
俺の手に握られるのは変形を終えたアルファが形どったのは思い出深いデリンジャー。
双方の装備が2挺拳銃。
そして火力も向こうが上回るように揃えた。
未だにぼんやりした感じのティアナの傍らにデリンジャーを撃ち込んでやる。
当てるつもりも当たるはずも無い魔力弾が飛び、地面を削る。
右手から2発、左手から2発。
トリガーを引くがカチカチと音を鳴らすばかりで魔力弾は飛ばない。
「リロード!」
俺がそう叫ぶと、感覚的に装弾が終わったことを認識する。
それと同時にもう1つの事実を認識。
装弾数は認識から超えられない。
装弾数は一番使い慣れた数で固定され、リロードの宣言が必要になる。
外見的なものもあるのだろう。
ベルトリンクされたカートリッジでもくっついていれば無意識に装弾数を
無制限と認識ができるのだろうに。
ようやく欠点らしい欠点があったよ、バトー博士。
「ティアナ。俺はデバイスをこの形から変形させず、使う魔法も貴様のいうところの
シュートバレットのみ。今、見たとおり貴様のそれより下の火力だ。
さて、模擬戦を始めようか。」
そう告げたがティアナは動こうともしない。
それこそバリアジャケットの展開はおろかデバイスを手に取ることさえ・・・・・・。
少し煽ってやるとしよう。
「多少不調だからと言って負けるはずがないよな。センターガード様?
それとも無駄死にしたティーダ・ランスターみたいに貴様も負け犬の能無しか。」
クロスミラージュから魔力弾が放たれる。
それなりに抜き打ちは早いな。
もっともその弾はあさっての方向へ飛んでいったが、ティアナの目に力が戻っている。
やはり兄の事が一番精神的に抉れるようだな。
「兄さんを馬鹿にするな!!」
「俺の世界は『強いほうが正しい』が絶対ルール。犯人を追い詰めたのに取り逃がして
くたばった貴様の兄は無駄死にした負け犬で、必死こいて特攻した挙句なのはに
一方的に蜂の巣にされた貴様も負け犬なのさ。
それとも『強いほうが正しい』に従って言葉を訂正させてみるか?」
クロスミラージュからシュートバレットが連射される。
だが、無駄だらけだ。
不規則に動き回りながら回避していく。
ろくに弾幕さえはれず、精密射撃が強みとかいいながら狙うのに時間がかかる。
火力に優れているわけでもない。
そしてなにより動き回ることを真っ先に考えようとしない。
まったく自殺志願者だな。
動かない相手は敵といわずに的というんだよ。
「終了条件は決めるまでもないな。文字通り死にかけるまでやりあおうか。
『死ぬ気』という言葉を二度と吐けないほどに、その意味を徹底的に撃ち込んでやる!!」
魔力弾を避けながら俺はトリガーを引いた。
俺の思考と感情と遺伝子達の総意。
一番プライドをぶち壊して屈辱塗れにする方法。
自分の得意分野で圧倒的有利においてやり、
負けるはずがないと思っているところを徹底的に痛めつける、
完膚無きという言葉通りに!!
え?
眉間に奔った激痛と後ろに倒れこむ感覚。
『リロード』と告げている狂人はんた。
・・・・・・撃たれたの?
いつ!?
倒れこんだまま、思考を続ける。
「これで終わりじゃないんだろ。無駄死にした兄の無念を晴らすんだろ?
誰も失いたくないとか夢見て力を欲しがってるんだろ。
必死に努力したから力はあるんだって言うんだろ。引き出し増やそうとしたんだろ。
全部ぶちまけてみせろよ。負け犬。」
倒れたあたしに嘲笑うかのようなはんたの言葉。
怒りを糧に立ち上がる。
しかし、立ち上がった途端、再び眉間に激痛が奔る。
そして再びあたしの身体が倒れこむ感覚。
なんで?
なにがおこっているの?
理解を超えていた。
「俺が有利なのは経験値のみ、装備も火力も全てがそっちの有利。バリアジャケットさえ展開せず、バリアもシールドもフィールドも使えない俺が圧倒的不利なわけだ。
つまり、貴様がいつもやってる模擬戦に比べればはるかに有利なわけだ。
簡単に言えば負けるはずがない。」
無様に倒れたまま、はんたの嘲笑うような言葉から必死に情報を集め、
混乱する頭を整理する。
相手ははんた。
バリアジャケット無し、飛行無し。
バリア系シールド系フィールド系一切使用不可。
攻撃手段は装弾数4発、シュートバレットのみ使用。
経験値だけがあいつの有利な点。
逆にバリアジャケットを展開していて、多用な魔法が使える私。
シュートバレット、ラピッドファイア、バレットF、クロスファイア、ヴァリアブル、
ファントムブレイズの6種の使用可能。
幻影魔法の使用可能。
魔法による火力もサポートも全て上回っている。
負けるはずが無い!!
バリアジャケットもない相手、1発当てれば終わるんだ。
でもどうして起き上がれないの?
立ち上がる度に額を撃ちぬく激痛。
まさかシュートバレットのみという言葉が嘘?
「ク、クロスミラージュ!!相手の攻撃は?」
「Only a Shoot Ballet.」
動揺した声でクロスミラージュに呼びかけるが、クロスミラージュの返事に愕然とする。
兄さんに教えてもらったあたしのメインであるシュートバレット。
一番慣れ親しんだ魔法なのにそれが・・・・・・見えない?
「本当にシュートバレットなのね?」
「Yes. But his firing speed is very quickly.」
攻撃速度が速い?
早いっていったい何秒よ?
見えないなんてあるはずが・・・・・・。
「なにを驚いているか知らないが、2挺拳銃なんて古風なスタイルをとっているから当然早撃ちの最速は何秒か知っているだろ。1秒よりも早いなんて当たり前すぎる事実。」
『もっとも俺以上に早い人に蜂の巣にされたが』という呟きは聞こえなかったことにした。
あまりにも絶望的な壁を前に戦っているみたい。
立ち上がる、眉間に撃ち込まれる、倒れる。
まるで作業のように繰り返されて、嬲られているみたいだ・・・・・・。
倒れたまま魔力弾を撃とうともしてみたが、クロスミラージュに正確に魔力弾が
撃ち込まれて、手元からクロスミラージュが転がっていく。
だめだ。
勝ち方が思いつかない。
こんな戦い方があったの?
天才でもレアスキル持ちでもない狂人よりも下なのか。
凡人以下なのか、あたしは・・・・・・。
「貴様の足りない頭でも分かるように説明しておこうか。
2挺拳銃は『1人で殲滅戦をやらざるを得ない人間』と『旧式過ぎる銃を使わざるを得ない人間』と
『映画の演出でやっている人間』と『ろくに意味も分からずやる馬鹿』の4種類しかやらないスタイルだ。
デバイスで2挺拳銃をやる利点がどこにある?弾種の撃ちわけができる程度だったらシュートバレットだけで全部撃ちぬいてろ。
おまけに2挺拳銃で精密射撃なんてほざけるのは真性の馬鹿か本当に極めた人間のどちらかだ。」
言われて反論できないあたしがいる。
映画なんかだと格闘技に組み込んで動き回ったり、
かすりさえしない華麗な立ち回りをしながら剣を振り回して悪魔というモンスターを
切りつけて浮かせた後に銃弾を追撃で撃ち込んだりしている。
弾はいつも必中であることは演出。
わかっているけど憧れは捨てられなかった。
兄さんの教えてくれた精密射撃が辿り着く果てがあそこだって・・・・・・。
それに弾種の撃ちわけができるのは大きな利点だって思っていた。
センターガードとしての強みだって。
けれど、淡々と告げられた事実があたしの胸に突き刺さる。
1人で殲滅戦なんてやるはずがない。
殲滅したいなら砲撃魔法や広域魔法を使ったほうがはるかに効率的。
旧式過ぎるデバイスなはずがない。
クロスミラージュは最新型。
そして映画じゃなくてこれは実戦。
それにも関わらず2挺拳銃やろうとしているあたしは・・・・・・馬鹿だ。
泣きそうになりかけながらもどうやって状況を打開するか必死に考える。
でも本当に分からないよ。
痛みと悔しさに涙がこぼれた。
「フェイトがエリオ達に言っていた説明を自分は関係ないみたいに考えていたのか?
まずは動き回って狙わせるな、さっさと起き上がれ。まだまだ『死ぬ気』には程遠いんだ。」
はんたの罵声にはっとして転がりながらクロスミラージュを回収、廃墟の影に隠れる。
どうしてこんなに簡単なことを思いつかなかったんだろう。
たったこれだけで無力化できたのに・・・・・・。
「やればできるじゃないか。さて、次はどうやって攻めるか見せてもらおうか。
もちろん追撃はさせてもらうが。」
遊ばれている。
怒りに思考が染まるよりも先にその事実を明確に認識した。
「逃げろ逃げろ!!蜂の巣にするぞ!!アハハハハハ・・・・・・。」
訓練場からそんな声と共に銃声が鳴り止まない。
なるほど。
こういう趣向か。
だが、ティアナのやつが意図に気がつけるか。
「なのはさん!!やめさせてください!!お願いします!!」
「無理だなスバル。諦めろ。」
「そんな!!シグナム副隊長。」
「なのは、話してやれ。ティアナがなんで模擬戦やることになったか。
私はもう口にする気さえ起こらん。」
隊長として合理的な選択だと私は思う。
主はやてと六課の人間を天秤にかければ躊躇いもせずに私が主はやてを選ぶのと同じだ。
もっとも、賭けの内容には吐き気さえするが。
むしろ巻き込まれたなのはに私はどちらかといえば同情的だ。
さて、そんなことはどうでもいいとして、見事なものだな。
センターガードは動かないものという認識があったが、
動き回れるセンターガードというものもスタイルとしてありえるのだと思い知る。
シュートバレットによる迎撃と遮蔽物を併用してティアナの攻撃を全て防いでいるのか。
逆にティアナのほうが隙間を抜かれて身体を撃たれている。
私ならどう挽回したものか。
「あ、あのシグナム副隊長。」
「なんだ。」
「あれってはんたさんが物凄く手加減している・・・・・・んですよね?」
「ほう。」
テスタロッサが引き取ったエリオだったか。
良い目をしている。
とはいえ、あそこまで露骨にやっているのに気がつかないほうがおかしいか。
「はんたさんならいくらでも簡単に倒せるのに、同じ速さで砲撃魔法だって撃てるのに、
魔力弾をあんなに無駄撃ちするなんてはんたさんらしくないです。」
「他には?」
「え?えっと・・・・・・。」
「ティアナさんに合わせたみたいな戦い方をしています。」
「ルシエも良い目をしているな。だが少し違う。」
「え?」
「合わせたみたいじゃなくて合わせているんだ。あれは。」
「つまり、ええと、ティアナさんの戦闘スタイル?」
「その完成形の1つだな。」
まるで手本があったような完成振り。
ティアナからすれば悪夢みたいな相手だろう。
同じ戦闘スタイルで戦われて劣った火力で一方的にやられるなど・・・・・・。
主力のシュートバレットはシュートバレットで迎撃されている。
実際は火力を下に設定しているせいで軌道を歪める程度だがそれで十分だ。
連射は体裁きと遮蔽物で避ける。
反撃も忘れていない。
あれは予測したところに弾をおいているのか。
熱源追尾のバレットFは遮蔽物に当たるばかり。
入り組んだ場所で追尾系の魔法がろくに機能するはずがないだろうに。
クロスファイアも追いきるまでに遮蔽物にぶつけられる。
当てることに気が寄って、速度をあげることが思いつかんようだな。
なにより脚を止めるから使用後の硬直に身体へ4発もらうことになっている。
ヴァリアブルシュートは継ぎ目の無い4連射で貫通されている。
第一、場面として撃つ必要がないだろう。
そのせいか、1度だけ撃たせた後は予備動作のときに4発撃ち込まれている。
砲撃魔法たるファントムブレイズなど詠唱することさえ許しはしない。
ああ、消耗の激しい砲撃魔法を使わせないことで戦いを引き延ばしているのか。
地形相性まで見事に考えたものだな。
私がティアナなら・・・・・・。
クロスレンジに持ち込んで零距離射撃で撃ち合うと最初に考えるあたり偏ってるな。
あとは、ろくに照準もつけずに片っ端からクロスファイアを撃ち続けるしか思いつかん。
だが、魔力量で負けるな。
ならば、地形を生かすか。
だめだな。
そういった使い方ができる場所を上手く避けている。
模擬戦ではなく実戦だったなら、迷わずに一時撤退するべき場面だな。
さて、残ったティアナの手は幻影魔法か。
「・・・・・・そんな。クロスミラージュ、なにか間違えてない!?」
「No. It’s true. That’s like a monster・・・・・・・.」
あたしの攻撃という攻撃が無効化される。
火力の想定を向こうが騙していると思ったけど、クロスミラージュは真実だと言う。
メインのシュートバレットが通じない。
いくら狙いをつけても簡単に避けられるし、迎撃される。
連射も同じだ。
こっちが2発目を撃つよりも先に反撃の魔力弾が飛んでくる。
動きが読まれていたみたいにピタリと・・・・・・。
バレットFもこんなに簡単に避けられるなんて思いもしなかった。
クロスファイアをいくら追尾させても追いきれない。
それに脚を止めると全身が撃たれた。
砲撃魔法は絶対に撃たせてくれないし、撃ってる暇がない。
ヴァリアブルシュートなど1度は撃たせてくれたのに、2度は撃たせてくれない。
正面から撃ちぬかれた事実にはパニックを起こす以上に恐怖が煽られた。
全身が痛い。
でも脚を止めたら・・・・・・。
今のあたしは脚を止めたら殺されるという恐怖だけで身体を突き動かしている。
目の前のビルの窓に飛び込む。
受身をとって即座に逃げる。
「追って・・・・・・きてる?」
「No.」
クロスミラージュに確認させると、部屋の1つに転がり込んだ。
ようやく息がつける。
全身が痛い。
どうしてこんな目に・・・・・・。
対処方法を考えないと。
ぐちゃぐちゃの思考と泣き出したくなる感情を無理矢理抑えて、
対処法を考える。
まだやっていないのは幻影魔法。
魔力量はかなりぎりぎり。
騙せると信じよう。
廊下を走って逃げていくあたしの幻影を作り出す。
お願いです。
神様、どうか・・・・・・。
あたしの幻影を追うように足音が追いかけていった。
あたしのいる部屋の前で一瞬脚を止めた気がしたのは気のせいだと思いたい。
でも、どうしよう。
残り魔力量もたいして残っていない。
カートリッジはとっくに撃ち止め。
あたしが取れる選択肢は・・・・・・。
最後に残った選択肢が1つしかなくて、その内容に屈辱の余り泣きたくなった。
細心の注意を払って足音を殺してあたしが取った行動。
それは『逃げる』。
「ティア!!」
ああ、スバルの声が聞こえる。
みんなの姿がある。
ああ、これで終わったんだ。
でも、スバル、どうしてそんな顔をしているの?
まるでお化けでもみたような・・・・・・。
「どこへ行くんだお嬢さん。『死ぬ気』にはぜんぜん足りないよ。」
脚に撃ち込まれたそれがシュートバレットであると、
身体が宙を舞って地面を転がったときに気がついた。
闇に溶け込んでいたところから浮き出てくるように表れた緑の悪魔。
恐怖のあまりに脚は動こうとさえせず、手は震えがとまらない。
魔力ももう残っていないのに・・・・・・。
こわばった声帯は『助けて』と叫ぶことさえできない。
「まさかこの程度で抵抗も逃げるのもおしまいなのか?
どこも壊さないように気をつけて痛めつけたのに。
たかが魔力が残り少ないくらいで諦めるなんて言いださないよな。
『死ぬ気』なんて軽々しく口にしたお嬢さん。」
なにも答えられない。
あるのは絶望だけ・・・・・・。
「アルファに調べ物をさせていたら興味深いエピソードがあってね。」
髪をつかまれ引きずり起こされる。
視線のど真ん中にあるのは銃口・・・・・・え?
「失明しても夢をおいかけられるかな。全員動くな!!」
しつめい?
その言葉が失明という言葉の意味と一致するのに数秒の時間が必要だった。
トリガーに指がかけられる。
もう魔力なんて関係なかった。
がむしゃらという言葉そのままに子供のように暴れるだけ。
失明したら、目が見えなくなったら、強さが、誰も守れなく、嫌、嫌・・・・・・。
全ての思考が消え去って、『嫌だ』というたった1つで埋め尽くされる。
本当に必死にもがいた。
後にも先にもこれ以上ないくらいに必死に・・・・・・。
けれど、鋼のような腕は微動だにせずあたしを決して離さなくて、
銃口はピタリと動かないままで、無慈悲にそのトリガーは引かれた。
「ひっ・・・・・・」
響いたのは金属音。
不発?
助かった?
脚を生暖かい液体が伝っていくのを感じる。
「弾数は4発って言ったのに、数えていないなんて本当に限界だったのか?」
弾切れ?
あはは・・・・・・。
頭を掴んでいる鋼の右腕が冷たい。
ああ、脅しだったんだ。
よかった。
「貴様を掴んでいる右腕は紛れも無く義手だ。未熟だった俺が代価に支払ったもの。
ティアナ・ランスター。貴様はどれだけ代価を支払う?なにになりたい?
どこへ行きたい?貴様の夢『誰も失いたくないから強くなりたい』。大いに結構だ。
だが、強さを手に入れた後に『どうやって』守る?
大切なヤツ以外はくたばれと見捨てるか?
誰も彼も助けたいと手を伸ばして自分が犠牲になるか?
視界の端から順に片っ端から見境無く消し飛ばしていくか?
六課の人間は揃いも揃って同類を揃えたのか揃って『どうやって』が抜ける。
なのはもフェイトもはやてもヴィータもシグナムもシャマルもスバルもエリオもキャロもリインもシャーリーも貴様も揃いも揃って!!力が欲しい?だったらどんな力が欲しいか言っておけ。基礎だから大切?だからなぜ基礎が大切なんだ?どこにどうやって繋がる?
今やっている訓練はなにを見据えたものだ?自分の口ではっきり告げろ!!
全部分かっているものとして中途半端に理解しあってすれ違って仲違いするくらいなら
いっそ馬鹿にしているのかって怒り出すくらい丁寧にやれ!!」
あたしの頭が解放された。
頬に当たる冷たい地面が気持ちいい。
離れていく緑の悪魔・・・・・・。
ああ、助かったんだ。
あたし・・・・・・。
「ああ、忘れてた。」
え?
「『死ぬ気』と今後使いたかったらこの程度食らってからにしろ!!」
止むことのない銃声とマズルフラッシュ。
全身に襲い掛かる衝撃。
身体がバラバラになったみたい。
吸い込まれるようにあたしは意識を失った。
「ダメージらしいダメージは残していない。関節部は狙わなかったし、
顎も狙わなかった。額に数発くれてやった後は頭に撃ち込んでいないし、
脊椎付近も狙わなかったって見れば分かるか。完膚ありすぎだな。
戦車に轢かれるよりはましな痛みで済ませたから、治療と魔力供給してやってくれ。」
すれ違いざまにシャマルに告げる。
なにか騒いでいるが気にしない。
それ以上にうるさいのはオレの中。
ああ、ウルサイ、オレ。
俺の意思が決めたんだ。
抗いきれなかった貴様らは大人しく隷属しろ。
殺せと騒ぐな。
「あんたは・・・・・・あんたは・・・・・・誰か守りたいって思ったことないのかよ!!!!!」
泣き叫ぶようにスバルが言った言葉が突き刺さる。
守りたいなんて思う暇は無かった。
子供を守るためにサイボーグになってまで戦い続けた誰かがいた気がしたけど覚えてない。
守りたいなら先に殺すのが当たり前だったのだから・・・・・・。
あの世界では、自分だけは守れるのが当たり前で、
勝てないと思ったら逃げ出すのが当たり前で、
強者は栄えて弱者は踏みにじられるのが当たり前で、
攻撃させる前に攻撃するのが当たり前だった。
守るっていったいどういう意味の言葉なのだという次元のそれだ。
それを言ってもかけらも理解してはもらえないだろう。
だったらこう答えるのが一番いい。
「・・・・・・だからこんなになったのさ。」
絶句したような一同を背中に隊舎へ脚を向けていた。
ぼんやりとした視界が目の前に広がる。
視線の先で光っているのはルームライトだと気がついて、
今更だがあたしが横たわっていることに気がついた。
前後の記憶が・・・・・・あった。
一瞬だが、全身が幻肢痛に襲われてのたうつ。
徹底的に追い立てられた挙句、これでもかってくらい蜂の巣にされたと身体が覚えている。ここは・・・・・・医務室?
「本当に手加減してくれていたんだ。起きた?ティアナ。」
「・・・・・・なのはさん。」
「2人ともはんた君に怒られちゃったね。」
「・・・・・・はい。」
「はんた君のこと、憎い?恨んでる?」
答えるのに困った。
才能もレアスキルも持たないのに力だけはある狂人だとばかり思っていたのに、
今でもはっきり頭を掴んでいた冷たい鋼の右腕の感触が思い出せる。
天才だと思っていたなのはさんも本当に苦しい思いをしてきたってことも・・・・・・。
吐き戻すなんてレベルじゃないくらい辛い思いを重ねてきたんだって。
「答えにくい?それならはんた君がティアナのこと、ずっと殺したかったって知ってた?」
「えっ!?」
聞き間違いだと思った。
けれど、なのはさんは訂正する様子がない。
殺したい?
比喩表現なんかじゃなくて?
冗談・・・・・・ですよね?
「物凄く不器用だけど羨ましかったりするんだよね。」
「どうして・・・・・・ですか?」
「気に入らなければ無視しちゃえばいいんだよ。
知ってた?愛情の反対語は憎悪じゃなくて無関心なんだよ。
ずっと思い続けるのってとても大変なことなのに、
ティアナはずっとはんた君に殺したいって思われてたんだ。」
それでも殺したいなんて言われて笑っていられない。
でも、ずっと思われていたってことだけは分かった。
「はんた君、賭けには負けるつもりだったんじゃないかって思うんだ。」
「え?」
「ティアナが本当に夢を叶えるつもりだったら、どんなに屈辱を受けても
絶対に命を粗末にはしないって賭けの前に言ってたんだ。おかしいよね。
お兄さんのことも知っててティアナが夢を叶えるつもりだって分かっているのに、
命を粗末にすることを言うほうに賭けてるんだから。まぁ、結果はあれだったけどね。」
そう言われて初めて気がついた。
あたしが無茶をして壊れたら、夢が叶わなくなるんだって・・・・・・。
誰も傷つけたくないための力なのに、皆を危険にさらしていたんだって・・・・・・。
軽々しく『死ぬ気で』なんて思っていたあたしの愚かしさに本当に死にたくなる。
「本当に、わたしも言っておけばよかったよね。無茶すると危ないんだよって。」
「・・・・・・すいませんでした。」
「じゃあ、分かってくれたところでわたしも謝っておこうかな。シグナムさんから聞いた?
はんた君との賭けでティアナとの模擬戦を賭けたって・・・・・・。勝手にティアナをチップにしちゃったんだもん。本当にごめんね。」
「い、いえ・・・・・・。あたしが軽々しく死ぬ気なんて言ったから・・・・・・。」
「それでもチップにしちゃったことは変わらないよ。だから、ごめんなさい。」
「・・・・・・それなら、あたしの今までと御相子で。あたしからもごめんなさい。」
「・・・・・・そう。それじゃ、御相子にしようか。ところで、ティアナは気がついていた?
いい勉強になる模擬戦だったって。はんた君、ティアナができることだけしかやらなかったんだよ。わたしもシグナムさんに言われて初めて気がついたんだけどね。
センターガードは動かないものなんて頭から決め付けちゃって、わたしもだめだよね。」
「えっ!?」
「射撃形の真髄とセンターガードの役割は?」
「あらゆる相手に正確な弾丸をセレクトして命中させる判断速度と命中精度、
チームの中央に立って、誰よりも早く中・長距離を制する・・・・・・あっ!?」
「『動かないで』とは一言も言ってないんだ。動くと後が続かなくなるのはそういう訓練をしていないからなんだってこと。反動が大きかったり、集中が必要な魔法は別かもしれないけど、脚を止めずにシュートバレットだけであれだけのことされたから分かったよね。」
「はい・・・・・・。」
「本当にティアナとたくさん話をすればよかったよね。どうやって戦いたいとか、どんな強さが欲しいとかぜんぜんわかってなかった。無茶をすると危ないってことに
気を取られて、それがどうやって役に立つか1度も言わなかったもんね。
基礎だからなんて言葉で終わりにしちゃってさ。」
「いえ、わたしが相談しなかったのが悪いんです。」
「さっきから謝ってばかりだね。わたし達。」
そう言って笑ってくれるなのはさんの心遣いが痛かった。
どうしてあたしを見捨てないで付いていてくれるのですかと大声で叫びたいほどに。
「それじゃ少し叱っておこうかな。射撃と幻術しかできない凡人ってティアナは
言ったけどそれって間違ってるからね。わたしやはんた君の魔法で分かったと思うけど、
ちゃんと使えばティアナの魔法物凄く避けづらくて痛いんだよ。」
「はい。」
1日に2度も気絶させられておいて、いいえなんて答えられない。
鮮明に思い出せるほど、本当に痛かった。
避けにくいということも・・・・・・。
「フォワードのみんなはまだ原石の状態だから、でこぼこだらけで価値もまだわからないかもしれないけど、磨いていくうちにどんどん輝く部分が見えてくる。
エリオはスピード、キャロは優しい支援魔法、スバルはクロスレンジの爆発力、3人を指揮するティアナは射撃と幻術で仲間を守って、知恵と勇気でどんな状況でも切り抜ける。
そんなチームが理想形でゆっくりだけどその形に近づいていってる。一番魅力的な部分をないがしろにして慌てて他のことをやろうとするから危なっかしくなっちゃうんだよって教えたかったんだけど、そういう目的で訓練させていたって言えばよかったよね。本当に・・・・・・。」
なんのための訓練なのか、漠然としか理解していなかったあたし。
なのはさんが本当に考えてくれていたんだって今更気がつく。
引き出しを増やすことばかり気にしていた。
未熟な技を未熟なままでおくことを気にもしなかった。
だけど、本当にやるべきだったのは、自主練習をするのならば、
なのはさんの訓練をさらに反復させることだったんだって。
「それに、ティアナの考えていたことも間違いじゃないんだよね。
システムリミッター、テストモードリリース。」
「Yes.」
「命令してみて。モードⅡって。」
「モードⅡ。」
「Set up. Dagger Mode.」
クロスミラージュが変形していく。
あたしが作った魔力刃よりもはるかに優れたそれが展開されていく。
「これは・・・・・・。」
「ティアナは執務官志望だもんね。ここをでて執務官を目指すようになったら、
どうしても個人戦が多くなるし、将来を考えて用意はしてたんだ。
はんた君とシグナムさんにはぼろぼろに言われちゃったモードなんだけどね。
ろくに訓練もしないで使えるのは鈍器で、ナイフとかダガーなんて
訓練がいるものにしてないよなーって。」
どれだけ周りがあたしを思ってくれていたのか気がつかされた。
なのはさんはあたしの将来、夢を実現することまで考えてくれていた。
狂人だと思っていたはんたでさえ、未熟なあたしが生き残れるように振舞って、
実戦で生き抜けるようにいろいろ話しもしてくれていたんだって・・・・・・。
涙が零れ落ちる。
嗚咽がとまらない。
もう、こらえることなんてできなかった。
「クロスもロングももう少ししたら教えようと思ってた。でも、出動が今すぐにもあるかもしれないでしょ。だから、もう使いこなせている武器をもっともっと確実なものにしてあげたかった。
でも、あたしの教導地味だから、あんまり成果がでていないように感じて、苦しかったんだよね。ごめんね。」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・・・・。」
医務室のベッドの上で、子供みたいになのはさんにすがり付いて泣きじゃくり続けた。
どれだけ馬鹿をやったのか思い知って・・・・・・。
どれだけみんなの信頼を踏みにじったのか思い知って・・・・・・。
どれだけ夢を追いかけているつもりで捨てようとしていたのか思い知って・・・・・・。
でも、なのはさんがどれだけのものを賭けたのか最後の最後まで気がつけなかった。
覚悟を決めて、わたしははんた君の部屋を訪れている。
正直怖い。
こんな形になるなんて夢にも思っていなかったから。
皆が止めた。
レイジングハートさえ愚かしい、馬鹿げてると言った。
お父さんやお母さんにこの話を知られたら今まで経験がないくらいに怒られるだろう。
むしろ知り合い全員が青筋立てて怒り出すだろう。
だからみんなの前では『行かない』と言っておいた。
けれど、それではあまりにも不誠実すぎるから。
だからわたしはここに来た。
正直逃げ出したい。
脚は震えっぱなしだ。
なにをされるのか分からない未知への恐怖もある。
人を信じることをやめてしまいそうなほど心に皹が入ってる。
けれど、逃げたら高町なのはが高町なのはじゃなくなっちゃうから。
わたしの身体なんかでティアナ達が自分の道を歩けるようになるなら、それで構わない。
授業料として払おう。
目を硬く閉じて、目の前のドアをノックする。
返事がない。
もう1度叩く。
返事がない。
あれ?・・・・・・留守?
あれだけ戦い続けたのに、こんな時間にいったいどこへ・・・・・・。
たしかに隊舎へ戻ったのを皆で見送ったのに・・・・・・。
肩透かしを受けたように、いろんな感情が一斉に抜けて、わたしは廊下に座り込んでいた。
「マスター。バイタルに若干の異常があります。それに賭・・・・・・。」
「アルファ、ジャック・ザ・デリンジャー1000体。エンドレス。装備、デリンジャーのみ。
イレギュラーあり。シミュレート開始。」
「・・・・・・了解しました。マスター。2時間で停止・・・・・・。」
「日の出までだ!!」
「了解しました。マスター・・・・・・。」
ティアナ・ランスター。
かつての身の程知らずの自分をみているようで苛立ちが収まらなかった相手。
俺が蜂の巣にされたのと同じように、蜂の巣にしてやった。
同様に俺が慈悲をかけられ屈辱と悔恨で発狂しそうな目にあったように、
ティアナにも同じ慈悲をかけてやった。
これで変わらければどうしようもない身の程知らずの馬鹿で、俺の勘違いだったのだろう。
結局俺が得たものも、失ったものも、なにもない。
だが、俺が気づかなかっただけで失ったものはあった。
機械ならば日常用をレース用に、あるいは軍事用を日常用に改造できただろう。
しかし、はんたはどれだけバケモノじみていても1人の人間にすぎない。
思考と感情と遺伝子全てが殺せと叫びをあげるのに、
意思だけで反射行動さえも押さえつけてまで行った振舞いは当然どこかに歪みを起こした。
悲鳴を上げて壊れ始めていたメインシャフトの致命的な歪み。
目の前にずらりと並んだのは賞金首ジャック・ザ・デリンジャー。
西部最強の賞金首。
俺を蜂の巣にした、『ただそれだけ』の相手。
幼馴染の父親と賞金首の区別ができなくなってしまった事実にはんたは気がつけない。
愚直なまでの誠実さと不器用な在り方をそのままに、身体だけがぼろぼろ壊れていく。
そのまま朝まで狂ったように踊り続けたはんたの崩壊はその加速を増すばかり。
なのはのことなど『当然』忘却の彼方だった。
マスターが壊れ始めている。
人間という個体として以上に、その在り方が・・・・・・。
この世界にきてから崩壊の速度は増すばかり。
なにがどう壊れたか、私にはフィジカルな部分しか理解できない。
けれど、メンタルな部分が悲鳴をあげているのだと、
マスターに教えられたアナログで非効率な論理が導き出している。
もしかしたら、賭けのことなど忘却してしまうほどに壊れてしまったのかもしれない。
それならば、私が代わりに記録しておこう。
高町なのはを単なる性欲処理の道具やうさ晴らしの道具とする以上に、
有効な使い道がいつか必ず来てしまうだろうから・・・・・・。
永遠にその日が来ないことを、狂ったようにシミュレータを続けるマスターの腕の中、
膨大な情報を演算して送り続けつつ魔力弾を撃ち放ちながら、
0と1の思考しか存在しない私が非論理的だと知りつつ初めて祈った。
どうかこの願いが人間の神か、赤い悪魔か、機械仕掛けの神に届いてくれますように・・・・・・。