そこはとある町のとある家。そしてその家の何やら薄暗い部屋の中央付近で、一人の少女が意気込んでいた。
「もう……、もうこれしかないのよ!!」
失礼。意気込むというより覚悟を決めていた。その少女は、黒いロングの髪をツインテールにしており、上は赤い服。下は黒のミニスカートとニーソックスという出で立ちで、その手にはアニメに出てくるようなファンシーな杖が握られていた。
「止めるんだ、凛! いくら宝石が高いからと言って、そんな物を使っては……」
「うっさいわね、アーチャー! もうこれ以上失敗して宝石を失う訳にはいかないのよ!」
そう言って凛と呼ばれた少女は、アーチャーと呼ばれた赤い外套を着た背の高い白髪の男を、左手から放たれる黒い弾丸をおみまいする。
「し、しかし凛。カレイドステッキを媒体に使うなど、自ら進んで地獄に落ちるような物だぞ!?」
赤い男ことアーチャーは、先程の弾丸のダメージを引きずりながらも、赤い少女こと凛の行動を阻止しようとしている。
「大丈夫よ、多分。だって一応これは大師夫が作った物だし、そこらの宝石よりかは成功確率は高いに決まっているわ、おそらく。それに危なくなったらアーチャーを盾にするし」
そんな少女は外道であった。
「り、凛。それはあんまりだと思うのだが……」
うなだれる赤い男の背中は、どこか哀愁を漂わせていた。
「あはー。さすが凛さんです。その決断力、ルビーちゃん惚れ惚れしちゃいますー」
そして、そんな空気もなんとやらと言った感じで、凛の手のひらの中にある杖が、可愛いらしい声でお気楽に喋っている。
「だまれ、そこの杖。だいたい貴様が余計な事を言うのが原因なんだぞ」
アーチャーはお気楽ステッキを睨みつけるも、ステッキはどこ吹く風という感じで口笛(口?)を吹いている。
「アーチャー、いい加減に諦めなさい。もう後戻りは出来ないのよ」
「いや、出きるだろう! 君が諦めればいい話ではないか!」
「……女にはやらねばならない時がある」
「あはー。諦めの悪い男は嫌われますよー」
凛とカレイドステッキの言葉にアーチャーはがくりと膝をついた。ああ、そこにはアーチャーの味方は誰一人としていなかった。
「……それにだな、凛。元はと言えば君が魔術に失敗するからいけないのだろう? 何故、私まで巻き込まれなければならんのだ」
「ああ、もう! 煩いわね。貴方もエミヤシロウなら大人しく私の奴隷になりなさい」
「待て、凛! 何故エミヤシロウが君の奴隷なのだね!? それにエミヤシロウなら他にもいるだろう!」
アーチャーが勢いよく取り出した凛の学生手帳を開き、一枚の写真を指差した。そこに写っているとある少年が弓を引く場面だった。その少年は赤い短髪で、幼さの残る顔をしておりながらも真剣な顔をしており、凛々しい雰囲気を持っていた。
その写真を見た凛は少し頬を赤らめてうつむき。
「……だって士郎にもしもの事があったら大変じゃない」
と恥ずかしそうに言った。
「納得いかねーー!!」
アーチャーはあまりの扱いの違いに魂の叫びをあげた。英霊の座のエミヤシロウ達も叫び声をあげた気がする。
げに恐ろしきは主人公補正。たとえ同一人物であっても主人公補正には適わない。
「あー、もうあんただまれ」
アーチャーの叫びに鬱陶しさを感じたのか、凛はボディーブローを叩き込むと、アーチャーは「ウボォア」と呻き気絶した。そして、それを盾代わりに目の前に設置し、カレイドステッキを部屋の中央に描かれた魔法陣の上に置いた。
「とっても楽しみですねー」
媒体にされているステッキはと言えば実に楽しそうに、僅かに飛び跳ねている。
「あんたね、あまり動かないでよね。失敗したら大変なんだから」
主に私のサイフが。と言って右手にアーチャーを構え、左手に起動用の宝石を握りしめる。
「よし、時間も今回はピッタシね! じゃあ、いくわよ……」
この時、凛は一つ失敗をしていた。それはカレイドステッキへの注意の返事を待たなかった事だ。もし、カレイドステッキが返事をするまで念入りに注意を怠らなければこんな事にはならなかったかもしれない。いや、やっぱ駄目かも。
そして、呪文の最中にステッキが跳ねた。
アーチャーが目を覚ますと、そこは見知らぬ森の中だった。決して変身はしていない。
徐々にはっきりしてくる意識に蘇るのは、強烈なボディへの痛み。服を捲ってみると少し痣になっている。
「さて、それでここはどこかね」
そして痣の辺りをさすりながら、自分の背後に倒れている人物へと問いかける。
「……知らないわよ」
後方からは拗ねたような不機嫌な少女の声。
そして少女は飛び起きると、そのままアーチャーの襟をグワシと締め上げる。
「ええ、どうせまた失敗したわよ! でもね!? 今回は私の所為じゃないわ! あのステッキの所為よ!」
そう言って手元のアーチャーの頭を無理やり右に向かせる。
その視線の先にはカレイドステッキがふよふよと飛び回っていた。
「……凛。私は何度も止めた。それを聞かなかったからこうなったのだろう。それが失敗だ」
アーチャーは、はあと疲れたように溜め息をついた。
そんな態度のアーチャーに凛は、うっ、と口ごもり静かに手を離した。
「……ごめんなさい」
「もういい。過ぎてしまった事はどうしようもない。それより此処がどこなのか、本当に分からないのかね?」
「ええ。分からないわ。なにしろ此処は異世界だもの」
その凛の言葉にアーチャーは固まった。そして、カレイドステッキに向けていた視線をギギギと回転させる。
「……凛、冗談がすぎるぞ。カレイドステッキでは精々情報のやり取りまでが限度だ。そんな簡単に異世界へなどと行けるはずがなかろう」
はっはっはと乾いた笑い声をあげるアーチャー。それにつられて凛もあっはっはと笑い声をあげて。
「ごめんなさい!」
土下座をした。これ以上もないくらいに土下座をした。
その凛の態度にアーチャーは笑い声は途絶え、一旦目を瞑り。
「……なんでさ」
こちらも手を地面についてうなだれた。これ以上もないくらいにうなだれた。
端から見ると非常にシュールな光景だった。
そんな二人の回りを、空気を読めない奇天烈ステッキがふよふよーんと回転している。
「あはー。お二人ともどうしたんですかー? もう来ちゃったんですから諦めて、私と一緒に世界征服の計画をたてましょうよー」
「……そうね。これからの事を考えなくちゃね」
凛はそう言って回りを飛んでいるステッキにガンドを撃ち込む。
「まずはこれの封印からだな」
そして、ガンドで飛ばされてきたステッキをアーチャーがキャッチして携帯しておいた宝石箱に詰め込んで厳重に鍵をかけた。
「まずはこれで一安心ね」
「ああ。余計な騒ぎは起こしてもらいたくないからな」
赤い主従の顔には、どこか一仕事やり終えた清々しい表情が浮かんでいた。
「とりあえず、此処が別世界ならまずは此処の私達を見つけるか、もしくは住居確保ね」
「凛、ここの私達が魔術師である可能性が無い場合もある。まずは住居、そして食事が先決だ」
「確かにそうね。とにかく情報とお金よね……」
そんな事を二人が話していると、突如周りの「世界」が歪みはじめる。
「な、何よこれ?」
「結界……の類か? それにしては若干異質な気が……」
立て続けに起こった現象のせいで、動揺を隠せない。その所為で判断が遅れる。
「アーチャー! 結界の展開を阻止しなさい!」
「すまん、凛。間に合わん!」
二人が対処しようとした時には既に結界が周囲を覆っていた。
そして二人の目の前に一人の少女が現れた。
「時空管理局です! ロストロギア不法所持で逮捕します!」
最終更新:2008年02月13日 19:13