リリカル・グレイヴ外伝 鮮血のバレンタインデイ
ここは地下深くに居を構える研究施設、ジェイル・スカリエッティの根城にして戦闘機人ナンバーズと死人兵士ビヨンド・ザ・グレイヴの住まいでもある。
そして今日は2月14日、乙女が鬼へと変わる日でもあった。
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「これだけっすか……」
ウェンディはそう言いながら机の上に鎮座した赤い包みを見つめる。
そしてウェンディだけでなくこの施設に住まう全てのナンバーズがここに集まり、その赤い包みを見つめていた。
その包みの中にあるのは説明するまでもなくチョコレートである。
「さて……問題はこれを誰が頂くか…」
セインが続けて口を開き、現在争点になっている話題をストレートに切り出す。
そう、この施設には現在チョコと名の付く物は机の上にあるこれ一つきりなのだ。
全員分のチョコレートを通販で買ったのだが発送の段階でトラブルが起こり、買い置きしてあったチョコはこれ一つ、そして施設のナンバーズは11人。
言うまでも無く数が合わない。
行き詰ったナンバーズは問題のチョコ一つを囲んで思い悩むに至っていた。
そして次に口を開いたのはナンバーズ長女ウーノであった。
「そう言えばこれを買ったのは私だったわね」
「なっ! そんな事言ってこの貴重なカカオの至宝を独り占めする気っすか!?」
「そうだよ! それにどうせウーノ姉はドクターにあげるんでしょ!?」
「なっ! べ、別にドクターに上げたって良いじゃない」
「あの変態中年に上げるくらいなら、日ごろお世話になってるグレイヴに上げるべきっすよ!」
チョコの権利を主張するウーノにウェンディとセインが猛反論。
もはやこの論争は開始より数時間を経ているが延々と平行線を辿り、一向に解決の糸口を見出せない。
そこでナンバーズ1番の単細胞ことノーヴェは事態を混沌へと導く爆弾発言を放つ。
「めんどくせえ! こうなったら勝負して決めようぜ!!」
その言葉に一同沈黙、ノーヴェの言葉を取るのならばつまりはナンバーズの姉妹がたった一つのチョコを巡って戦いをするという事である。
だが沈黙は一瞬で破られた。
「がはあっ!」
オットーが断末魔を漏らす、彼女の胸からは赤い刃が突き出していた。
それはディードの放ったツインブレイズの凶刃、あろう事かディードは自分の近くにいたオットーを問答無用で突き刺したのだ(ちなみに非殺傷設定なので死にません、念のため)。
「な…ディード……なんで…」
「ごめんなさいオットー、でも私はグレイヴにチョコを渡したいんです」
ディードの凶刃を合図にナンバーズ同士での血で血を洗う凄惨な戦いが始まった。
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「エリアルキャノン!!」
ウェンディの声と共に彼女の武装ライディングボードから砲撃が放たれる。
ウェンディの眼前に佇んでいたチンクはこの攻撃を最低限の体捌きで回避して距離を測る。
「甘いぞウェンディ!」
そして砲撃の合間を縫って投げられたチンクのダガーナイフが、ウェンディの身体に突き刺さる(もちろん非殺傷だ)のにそれ程時間は掛からなかった。
「うあああっ!!」
ウェンディはその身体に深々とナイフの刃を埋めて倒れ伏す。
この戦いで倒れたナンバーズは彼女でもう3人目、オットーに続けて戦闘能力の無いウーノが倒れたのだ。
戦いは始まってまだ10分も経っていないが、もう既に混沌の域に達していた。
「すまんなウェンディ、姉もこの戦いは引く訳にはいかんのだ……お前の分も想いを込めてグレイヴにチョコを渡す、だから安らかに眠ってくれ」
倒れたウェンディにすまなそうな顔をするチンクだがその時彼女に波打った壁から影が飛び掛る。
「隙あり!!」
それは固有技能ディープダイバーにより機を伺っていたセインである。
ウェンディを倒した隙を逃さずセインの魔手がチンクへと迫る。
だがチンクはこれでもナンバーズ中でもトーレに次ぐ最高の実戦経験を持つ戦闘機人である、この程度の不意打ちなど意味を成さなかった。
「きゃあ!!」
セインが壁から身を投げ出した瞬間、彼女の背後で小規模の爆発が起こる。
その爆発力に吹き飛ばされたセインにさらにトドメのダガーナイフが踊りかかった。
「甘いなセイン、最初からお前の奇襲を読んでナイフをセットしておいたのだ」
これでチンクの倒したナンバーズは二人、まだ
その他のナンバーズが残っているならば残りは6人。
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チンクがウェンディとセインを撃破していた頃、別の一角では高速で宙を交錯する二つの影があった。
それはナンバーズの中でも飛行戦闘を得意とするトーレとセッテであった。
「ISスローターアームズ!!」
セッテの掛け声と同時に二つのブーメランブレードが高速で軌跡を描きながらトーレに迫る、だがトーレはこれを苦も無く回避してセッテの懐に潜り込んだ。
「遅い!!」
トーレの手に装着されたライドインパルスのエネルギー翼の刃がセッテに迫り、彼女の戦闘能力を殺がんと高速で襲い来る。
セッテも伊達にトーレから訓練を受けている訳でなく、トーレの攻撃をなんとか腕で受けて致命打を逃れた。
「くうっ!!」
なんとかトーレの攻撃を受けきったセッテだが、もはや腕は使い物にならない状態だ。
それでも彼女の瞳には降伏の二文字は無く、闘志に満ちている。
「もう止めろセッテ、これ以上は無駄だ」
「……嫌です」
「どうしてもか?」
「はい……彼にチョコを渡すのを、他の姉妹には譲らない!」
「そうか、ならば全力で応えよう!!」
トーレは全速で一直線に攻撃を仕掛ける、対するセッテは上手く動かぬ腕で持ったブーメランブレードを振りかぶって最後の抵抗を行った。
だがセッテの攻撃は虚しく空を切り、トーレの刃が下腹部に深く突き刺さっていた(非殺傷ですのであしからず)。
「セッテ……安らかに眠れ」
自身の倒した妹に涙ながらに呟くトーレ、だがそんな彼女に無慈悲な狙撃が火を吹き心臓を貫通した(言っとくが非殺傷だよ?)。
「がはあっ! ま、まさか……ディエチか…」
その遥か後方では狙撃砲を構えたディエチとそんな彼女の傍らに佇むクアットロの姿があった。
「ふふふっふのふ~♪ お馬鹿なトーレ姉さま、そんな風に派手に殺りあってたらバレバレですよ~?」
「う~ん……やっぱり漁夫の利なんて気が乗らないよクアットロ」
「あら~、ディエチちゃ~ん、そんな事言ってたらこのバトルロワイアルで勝ち残れないわよ~?(もちろん最後はディエチちゃんにも死んでもらけど)」
「そうかな…(なんか最後に裏切られそうだけど)」
ナンバーズ、残り5人。
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「うおおおおお!!!」
「くううっ!!!」
ノーヴェの放った蹴りをディードがツインブレイズの刃で受け流す。
だがジェットエッジの加速を加えられたノーヴェの蹴りは受け流されてなお重く、ディードの体勢を大きく崩した。
その隙を逃さずノーヴェは連続で回し蹴りを放つ。
「貰ったあああ!!!」
だがノーヴェの攻撃がディードを捉える前に空を切って鋭いナイフの刃が踊り掛かり、爆炎を巻き起こしてノーヴェを吹き飛ばした。
「きゃあああっ!」
「くううっ!!」
その攻撃に転がるノーヴェとディード、そして二人に近づく銀髪隻眼の少女の影。
それは説明するまでもなく、生き残ったナンバーズの一人チンクであった。
「ノーヴェ、ディード、二人とも生き残っていたようだな」
「チ、チンク姉…」
「チンク姉さま…」
ダガーナイフを両手に構えるチンクの瞳はいつもの優しい眼差しではない、それは無慈悲で残酷な戦士の目だった。
相手が可愛い妹であっても今の彼女に手加減する気など毛頭無いのだ。
チンクはナイフの狙いを二人に付けながら横目で周囲を確認すると物陰に向かって叫んだ。
「隠れていないで出てきたらどうだ、クアットロ!!」
その声にチンク達から離れた空間が揺らめき固有技能シルバーカーテンで隠されていたクアットロとディエチの姿が露になる。
「あら~? やっぱりチンクちゃんはできるわね~、なんでばれちゃったのかしら?」
「気配、そしてディエチの砲が持つ熱だな。さあ役者は揃った、最後の戦いを始めようじゃないか」
次の瞬間、目標をクアットロとディエチに変更したディードがツインブレイズを翻して襲い掛かる。
ディエチは即座に応戦しようと砲を構えるがそれは間に合わずディードの振るう赤い凶刃に倒れた。
「クアットロ姉さま、お覚悟!!」
ディードがクアットロに向き直った瞬間、ディードの胸を鋭い爪が貫いた(だから非殺傷だってば)。
それはスカリエッティの使う鉤爪型デバイス、まさか作戦指揮を行うのが基本であるクアットロが近接戦を行うなど考えてもいなかったディードはその凶刃をあっけなく喰らったのだ。
「お馬鹿なディードちゃんねぇ~、最後まで油断しなければ死なずに済んだのに(死んでないけど)」
こうして遂に凄惨な戦いはチンク・ノーヴェ・クアットロを残すのみとなった。
ノーヴェはエアライナーを展開し自分の駆ける道を作る、チンクは手に持ったガーナイフに固有技能ランブルデトネイターを発動し爆発的な破壊力を持たせる、そしてクアットロはシルバーカーテンによって作り出した幻で自身の身体を無数に増やした。
一触即発、少しでも均衡が崩れればそれが命取りになる。3人が3人とも汗を額に浮かべて緊張にツバを飲む。
そんなところに予期せぬ闖入者がやってきた。
「あ~、みんなここにいたのかね。ところでさっき机の上にあったチョコを食べてしまったんだが、あれは誰かのオヤツかい?」
まったくもって緊張感の無いスカリエッティの言葉に3人は盛大にずっこけた。
こうして虚しい姉妹同士の戦いは一人の勝者も産まずに終わりを告げた。
言うまでもないがスカリエッティはナンバーズの皆にフルボッコにされた(ウーノ除く)。
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グレイヴが血液交換から起きてみれば、施設はメチャクチャに壊れ、ナンバーズは皆沈痛な面持ちでうなだれていた。
「…?」
不思議そうな顔をするグレイヴにナンバーズは皆、どこかすまなそうな表情をする。
そして涙ぐんだ声でウェンディが謝りだす。
「すまないっすグレイヴ、あたしらがバカだったす……せっかくのバレンタインなのに上げるものが何も無いなんて…」
ウェンディが泣きそうな顔でグレイヴに謝ってくるが、バレンタインという風習をよく知らないグレイヴは首をかしげる。
ナデナデ、とりあえず泣きそうなウェンディの頭を撫でる、それはもう子犬にでもするように優しく。
「う~、もっとして欲しいっす~」
「ウェンディだけずるい! あたしも~」
「ちょっと待て! そこは勝者(3人いたけど)の姉だろう!!」
「勝ち組で1番の年長者の私ですよね~、グレイヴさん♪」
「お前ら退け! ここはあたしとチンク姉が先だ!!」
「「………(セッテ・オットー・ディエチ・ディードの無口組み既に先に並んでる)」」
「なあ! 先を越された! この私がスローリーだと! ライドインパルスも堕ちたか…」
結局是全員の頭を撫でることになり、今日も騒がしく慌しい日々が過ぎる。
ちなみにこの後、ドゥーエの送ってきたチョコの詰め合わせを巡って第二次バレンタイン戦争が勃発する事になるとは誰も予想できなかった。
終幕。
最終更新:2008年02月14日 20:34