「全員揃ったわね」

 訓練用のトレーニングウェアに着替えたティアナは、他のメンバーと合流し、その顔を一様に見渡した。
 ティアナと組んで前衛を続けてきたスバルは言うまでもなく、まだ経験の浅い子供であるエリオとキャロの統率力も低い。
 必然的にティアナが四人を纏めるリーダーシップを発揮する形になっていた。

「お互いの能力や性格、癖―――連携に影響する重要な要素だけど、まだ私達はそれを十分に理解し合ってない。
 噛み合わないのは当然だと思うわ。最初の共同訓練なんだから、尚更ね。そして、その為の訓練だと思う。
 一応私が全体の指示を引き受けるけど、自己判断に任せる場面も多くなるから、基本的に自分の思うようにやってみて。失敗はチームで補うわ」

 簡潔に方針を話し、ティアナはこれから長い付き合いとなる仲間の顔を一人一人見据えた。
 慣れ親しんだスバルの信頼の視線を受け、緊張の抜けないエリオとキャロに目上ではなく同じ目線で向かい合う。
『仲間と平等に接する』という意図せぬリーダーとしての気概の発揮に、その場の全員が彼女の指揮に無意識の信頼を寄せていた。

「りょーかいっ!」
「はい! 分かりました!」
「よ、よろしくお願いします!」

 快活なスバルとエリオの返事を聞き、若干震えの見えるキャロにティアナは注目した。
 この中でも最も小柄なキャロは、その緊張に強張った表情も相まって酷く頼りなさげに見える。
 何より、<竜召喚師>という希少な能力者はそれゆえに戦術のセオリーに当てはめにくい。経験の浅い新人チームにあって、持て余す存在だった。
 そんな内心の分析を表に出さず、ティアナは視線を向けられて不安げなキャロに近づいた。

「緊張してるみたいね」
「す、すみません……」
『キュル~』

 ますます恐縮するキャロを案じるように、傍らの幼竜が鳴く。

「謝ることなんてないわ。初の訓練で気の抜けた顔してる奴より全然マシ」
「それってわたしのこと?」

 抗議するスバルを軽く無視し、ティアナは優しくキャロに笑いかけた。彼女には珍しい表情だ。
 その小さな両手を自分の手でそっと包み込む。
 装着されたグローブ型デバイス越しに体温が伝わり合った。

「あ……っ」

 キャロが驚きに一瞬震え、思わず手を引きそうになった。それを握って押し留める。
 少女の瞳に浮かんだ何かに怯える色と、小さく震え始めた手を見て取り、ティアナはキャロの顔を覗きこんだ。

「知らない人に手を握られるのは怖い?」
「いえ……そのっ」
「緊張した時は手を温めてもらうと落ち着く、って何かの本で書いてあったんだけどね。ま、赤の他人がやっても意味ないか」
「すみません……」
「いいのよ。馴れ合いはあたしも苦手だわ」

 そう苦笑して、ティアナは手を離す。
 一瞬だけキャロが名残惜しそうな顔をしたのは、都合のいい錯覚だと思うことにした。

「お互いにいろいろ理由があって、ここにいる。それぞれの事情を、これから先打ち明けることがあるかもしれないし、ないかもしれない―――」

 離した手を、代わりに小さな肩へ置き、真剣な表情で顔を付き合わせる。
 自分を子供だと侮らない真摯な視線を受け、いつの間にかキャロは震えも忘れてティアナの眼を見入っていた。

「でも一つ、確かな事がある。
 アナタはここに理由を持って、自分の意思で立っている。ここから伸びているのは進む道だけ、退く道はないわ」

 だから、進むだけだ―――ティアナは言葉に出さずに、そう眼で語った。
 各々が違う理由、事情で、しかしただ一つ『進む為』に此処に集っているのだと。
 ティアナがスバルとエリオに視線を移すのに倣って、キャロも二人を見た。
 これから苦楽を共にする仲間達。二つの視線が自分を見つめ、そして力強く微笑むのを感じる。
 それが、キャロの孤独な心に不思議な安心感を与えた。初めて感じると言っても過言ではない、全く未知の誰かと共有するような感情だった。
 彼女は、まだその感情の名前を知らない。

「月並みな言葉だけどね……一人で進む道じゃない。仲間がいる、それを忘れないで」

 その言葉は、ティアナ自身が得た一つの確信だった。
 目の前の少女と同じくらいの歳で、孤独に打ち立てた誓いを聞いてくれたダンテ―――。
 その誓いを一人で頑なに見上げていた時に出会い、今も尚支えてくれる相棒のスバル―――。
 本人達の前で決して言葉になどしないが、今の自分になれたのは一人の力だけじゃないと思っている。

「……はい!」

 キャロの二度目の返答は、今度こそ迷いの無い力強さを感じるものだった。
 二人の様子を見守っていたスバルとエリオの間にも笑顔が広がる。
 訓練前だが、この瞬間初めて仲間意識というものが芽生えた気がした。

「すごいですね、ランスターさん……」
「当然だよ、なんてったってわたしの相棒だし!」

 ティアナを見る眼に尊敬の色まで混じりだしたエリオに、スバルは『相棒』の部分を強調して答えた。
 何故か胸を張るスバルの頭をティアナが照れ隠しに小突く。

「あたしのことは<ティアナ>でいいわよ。エリオ、キャロも」
「わかりました!」
「ありがとうございます、ティアナさん」

 ティアナは二人の返答に満足げに頷き―――そして、傍らで一変して不満そうに頬を膨らませる相棒を見てため息を吐いた。

「……何? 言いたいことあるなら言いなさいよ」

 ハムスターになったスバルを呆れたように眺め、仕方なしに尋ねる。
 どうせくだらないことだろうと思いながら。

「ズルイ……ティアに一言物もぉーす!」
「は?」
「わたしはティアの名前を呼ぶ許可もらうまで三ヶ月かかったんだよ? なんでそんなにあっさり!
 それに、初対面のキャロになんか甘くない? わたしの時はもっとツンツンしてたのにさっ! いきなりデレですか!?」
「何、その怒り方? あの時とは状況が違うでしょ。これから一緒に死線を潜る仲間になるんだし……」
「ずーるーい! ティア、二人だけ絶対ヒイキしてるっ! わたしにも、もっと暖かい扱いをよーきゅーする!」
「私は誰に対しても平等だっつーの」

 どうでもよさげに答えて、ティアナは迫ってきたスバルの顔面をチョップで迎撃した。
 顔を抑えてのた打ち回りながら「これも愛!?」とワケの分からないことを叫ぶスバルと、過激なやりとりに冷や汗を流すキャロとエリオも無視して時刻を確認する。

「そろそろ集合時間よ。初の訓練で遅刻なんて論外。無駄口はここまでよ」

 真剣なティアナの言葉に、それまで和やかだった三人の表情が引き締まった。
 心地良い馴れ合いの時間は終わったのだ。
 ここからは、戦闘の時間だ。

「何もかも初めて尽くしの訓練……。遠慮なんて必要ないわ、緊張しようが気負ってようが構わない。
 スバル、あんたの大好きな<全力全開>よ。教導官にも仲間にも、自分の力を周りに見せ付けてやるくらいのつもりでやりなさい!」

 その場にいる仲間達と、そして自分自身にも言い聞かせるようなティアナの言葉に三人は頷いた。
 スバルが拳と手のひらを打ち合わせて気合いを入れ、エリオも小さな拳を握り締める。キャロが傍らの小さな友と頷き合った。

「行くわよ」

 緊張と不安と、それ以上の強い気概を心に同居させ、高ぶる四人のルーキーは走り出す。
 それぞれの決意と共に、初めての訓練が待ち受ける先へ。

「―――Let's Rock!」

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStylish
 第七話『Destination』

 

 

 

「―――ヴィータ、ここにいたか」

 海上に設けられた人工の平地に、空間シミュミレーターによって市街戦のステージが投影されていた。
 これから始まる訓練の光景を眺めていたヴィータに見知った顔が歩み寄る。

「シグナム」
「新人達は早速始めているようだな」
「ああ……」

 妙に気の抜けた返事に、シグナムは僅かに眉を潜ませながら眼下の沿岸で渡されたデバイスのチェックをする新人達を見つめた。

「お前は参加しないのか?」
「たるい」

 歯に衣着せぬ端的な返答を聞いて、シグナムは思わずコケそうになった。

「……お前な、もうちょっと考えて話せ」
「初日の訓練で隊長クラスが相手する意味なんてねえって分かってんだろ? あたしの教導はもうちょっと先だ。……それに、なんかやる気起きねー」
「昨夜任務があったからといって、少々気を抜きすぎだぞ」

 ともすれば欠伸までかましそうな腑抜け具合のヴィータをシグナムが諌める。
 昨夜の出撃で、ヴィータ達がガジェットの他に管理局で噂になっている謎の襲撃事件に遭遇したことは聞いていたが、無傷の三人を見るとそれほどの消耗は感じられなかった。
 事実、ヴィータの疲労の原因は外傷などではなかった。
 ただ精神的なもの。あの夜対峙した異形の存在と異界のように錯覚した空気の中で戦い続けた緊張が、知らず神経を張り詰めさせていたのだ。
 <悪魔>は闇の具現。人を恐怖させる存在―――それに抗うことは並ならぬ心の力を必要とする。
 それに加えて。

「予想外の乱入もあったしな」
「保護した民間の子供か? 居住権のない遊民とはいえ、考慮しなかった陸戦部隊の不手際だ。人道的ではないしな」
「……まーな」

 曖昧な返事を返しながら、もちろんヴィータの脳裏に浮かんだのは赤い人影だった。
 約束通り、ダンテの事は報告していない。
 上司や仲間に黙っている後ろめたさは残るが、ヘタに話しても混乱するだけだろうと思った。こちらも半端な情報しか持ってないのだ。
 謎の襲撃者を<悪魔>と呼び、そいつらを狩る者と称した男―――。
 個人的に、その強さよりも人柄に興味を持った。生真面目な男の多い管理局内において会ったことのないタイプだ。
 小気味のよいテンポで進める会話。妙に心地良い騒がしさを持っている。朝から気が抜けるのも、案外あの喧騒の後だからかもしれない。
 そこまで考えてヴィータは我に返り、そしてシグナムに気付かれないよう苦笑した。
 管理局の魔導師として義務感のようなものを抱くくらい勤めてきたつもりだが、随分と私情が混ざってるな、と自分を可笑しく思う。
 だが、勝手気ままは自分らしい。やはりスーツ姿はあたしには似合わない。

「……ところでシグナム、訓練の様子ってここで見れんのか?」

 そこまで考えて、ヴィータは眺めていた眼下の様子で気になるものを見つけた。

「シャーリーに頼めばモニターを回してくれると思うが……。どうした、気になる新人でもいたか?」
「んー、まあな」

 視線を一人の少女に向けたまま、曖昧に呟く。
 ダンテと共に戦ったのは昨夜の事だ。あの鮮烈なイメージが薄れるような時間ではない。
 だからか。思い描いていたあの男の鮮明な姿と、視線の先でデバイスをチェックする新人の姿が重なって見えた。

「彼女は、確か<ティアナ=ランスター>だったか」

 ヴィータの視線を辿ったシグナムが呟いた。
 ティアナの持つデバイスは珍しい銃型。それも両手持ちの二挺銃(トゥーハンド)―――あの男と同じだ。

「ティアナ、か……」

 二人の人間を繋ぐには、ささやかすぎる共通点だとは思う。
 しかし、ヴィータは自分でも気付かずに彼女と彼女の持つデバイスに意識を集中させていた。
 そして訓練が始まる。

 

 

『よし、と。皆聞こえる?』
「「はい!」」

 訓練用ステージに入った四人が、別の場所で様子を見ている教導官の声に答えた。
 周囲は老朽化した建物に囲まれているが、当然のように人気はない。

『じゃあ、早速ターゲットを出していこうか。まずは軽く8体から―――』

 なのはが指示を出すと同時に、ティアナ達四人の眼前に言葉どおり八つの魔方陣が出現した。

『わたし達の仕事は、捜索指定ロストロギアの保守管理』

 実戦を想定した訓練ゆえに、その魔方陣が意味するものは転送魔法の発動。
 <敵>が出現する前兆だ。

『その目的の為に、わたし達が戦うことになる相手が―――コレ』

 魔方陣から浮き出るように、ティアナ達の目の前にターゲットが全容を現した。
 四肢を持たず、カプセルのような形状をした非人間型の機体。滑らかな装甲の中心にはセンサーだけが眼のように輝いている。

『自立行動型の魔導機械。これは、近づくと攻撃してくるタイプね。攻撃は結構鋭いよ』

 シャリオが補足を加える。
 管理局では、もはやポピュラーな敵となりつつあるそれは<ガジェットドローン>と呼ばれていた。
 ルーキーの訓練相手としては無難なものだろう。だが、もちろんティアナ達にとっては初見の相手。強敵だった。

『では、第一回模擬戦訓練。
 ミッション目的―――逃走するターゲット8体の破壊、または捕獲。十五分以内!』
『それでは』
『ミッション、スタート!』

 合図が下され、それと同時に浮遊しているだけだったガジェットが唐突に動き出した。一斉にその場から散開する。
 訓練開始だ。

「スバル、あんたが一番足が速い。このまま追跡して。まずは単純に追い込む作戦でいく。
 エリオ、あんたはスバルが追い込む先に先回りして挟み討つ。深く考えなくていい、あいつらがこちらの考えを読むほど複雑な機械なら追って作戦を修正するわ」

 ガジェットが行動を開始すると同時に、ティアナの頭脳もまた高速で動き始める。
 あっという間に見えなくなるガジェットの群れを闇雲に追うような真似をせず、落ち着き払った態度でスバル達に次々と指示を飛ばした。

「キャロは私に付いて、援護しやすい場所を確保。以後、あたしからの指示は念話で行うわ。行動開始!」
「「了解!」」

 そして、全員が戸惑うことなく返答を返した。

 


 一方、同じ訓練用スペースの離れた場所で状況を見守るなのはとシャリオ。

「……いいね、初めてにしては行動開始が早いし、戸惑いもない」

 ガジェットの逃走から一拍置いて動き出した新人達の行動を見ながら、なのはがとりあえず満足げな笑みを浮かべた。
 現場では、冷静に物事を処理する事が必要になる。
 慌てて追うような真似をしていたら、それこそ減点だった。

「指示を出しているのは、ティアナ=ランスターのようですね」
「一番落ち着いてる娘だね。何か場数を踏んでるのかも……さて」

 モニターには、逃走する8体のうち2体のガジェットに、今スバルが追いつこうとしていた。

「どう捌く?」

 

 

 追撃するスバルの目の前で、敵は二手に別れていた。それぞれ4体ずつに分散して逃走を続ける。
 その内の片方にスバルは狙いを定めた。もう一方はエリオが先回りして待ち伏せている予定だ。
 リボルバーシュートの射程に捉え、スバルは攻撃を開始した。
 しかし―――。

「何これ、動き速っ!?」
「駄目だ! フワフワと避けられて、当たらない……!」

 一撃の威力を高めて放ったスバルと手数を重視したエリオ、いずれの種類の攻撃もあっさりと回避された。
 技量がガジェットの回避性能に及ばなかった、というのが単純な結論だ。
 建物の屋上から様子を伺っていたティアナは冷静にそう判断した。

『前衛二人、少し分散しすぎよ。フォローできる範囲を確認して』
『あ、はいっ!』
『ゴメン!』

 念話を通した静かな叱責に、二人の慌てた返事が返ってくる。
 しかし、概ねティアナの思考のうちで事態は動いていた。
 眼下の道を再び合流した8体のガジェットが飛んでいく。
 撃ち下ろしの絶好のポジションだった。

「キャロ、威力強化をお願い」
「は、はい!」
「落ち着いて。半分くらいはアレの防御性能を確認するのが目的だから、撃破しようなんて気負わなくていい」
「分かりました……っ」

 キャロの緊張を緩和しながら、ティアナは両手のアンカーガンに魔力を集中していく。

「ケリュケイオン!」
《Boost Up.Barret Power》

 グローブ型デバイスが増幅魔法を発動し、ティアナの射撃魔法を強化した。
 アンカーガンの銃身に込めた高密度の魔力が膨れ上がるのを感覚で感じ取り、それをティアナは狙い定めた照準の先へと解き放つ。

「Fire!」

 普段より数倍は増した魔力の炸裂音が本物の銃声のように響き渡り、二挺のデバイスがオレンジ色の弾丸を吐き出した。
 8体の標的にそれぞれ二発ずつ、狙い違わず魔力弾が全弾命中する。
 誘導性は付加していない。スバルとエリオが攻撃に失敗した回避性能を考えれば、驚異的な補足率と弾速だ。
 しかし、それすらも撃破には至らなかった。
 全てのガジェットが例外なく、飛来した魔力弾を寸前で対消滅させる。

「魔力が消された!?」

 その光景を見ていたスバルが驚愕の声を上げる。
 一方、狙撃したティアナ本人は平静を保ったまま、予感していた結果を受け入れていた。

「バリア……いや」
「フィールド系ですね。周囲の魔力結合を分解しているみたいです」

 傍らから聞こえた言葉に、ティアナは意外そうな表情を向け、そしてすぐに満足そうに笑った。

「よく見てるじゃない」
「え……っ? あ、いや、恐縮です……」

 我に返り、顔を赤くして俯くキャロの肩に手を置く。訓練中に見せられる精一杯の愛想だった。
 ティアナとキャロの分析を補足するように、なのはの説明が流れる。
 攻撃魔法を無効化するAMF(アンチ・マギリンク・フィールド) ガジェットが標準装備する機能であり、魔導師にとって最も厄介なシステムだ。
 突撃したスバルが範囲を広げたAMFにウィングロードを解除され、ビルに激突する光景を眺めながら、ティアナは内心舌打ちした。
 射撃魔法のみで、物理攻撃方法を持たない自分は接近するだけで不利になる。
 なるほど、確かに厄介な相手だ。
 ―――だが、それだけだ。
 厄介な代物ではあるが、それは『破壊するのに少々工夫が要る』程度のものでしかない。アレはただの的だ。それは脅威ですら在り得ない。
 本当に恐ろしい<敵>とは『倒すか、倒されるか』 自分の身を天秤にかけて戦う相手のことだ。
 そして、ティアナはそれを既に経験していた。

「……キャロ、何か意見はある?」
「え、わたしですか!?」

 唐突に話を振られ、それまでティアナの背後に付き従うだけだったキャロは驚きに体を震わせた。
 すぐさま弱気の虫が湧いて来る。
 しかし、力なく首を振ろうとした仕草は、ティアナの自分を見据える真っ直ぐな視線の前に消えて失せた。

「…………試してみたいことが、幾つかあります!」
「あたしもある。決まりね」

 スバルとエリオに念話を送り、二人は移動を開始した。

 


「……シャーリー、ガジェットの映像拡大してみて」
「え、はい」

 それまで黙ってモニターを眺めていたなのはの指示に、シャリオは戸惑いながらも従った。
 8体のガジェットを映すモニターが映像を拡大する。

「……ああっ!」
「うん、驚いたね。届いてるよ、攻撃」

 なのはの言葉通り、これまで直撃を受けていないはずのガジェットのうち数体の装甲には、ほんの僅かだがヘコみが出来ていた。
 飛行ミスでどこかにぶつけたような傷ではない。原因は一つしかなかった。

「やるね、ティアナ」
「増幅されてたとはいえ、通常の射撃魔法でAMFを抜くなんて……」
「自然体でこれだけの魔力の集束率、なかなか出来ることじゃないよ。報告通り、あの娘は射撃魔法だけならAランクはいくね」

 自分の中の評価を修正しながら、なのはは自然と笑みを浮かべていた。久しく感じなかった興奮を伴って。
 AMFを越えたとはいえ、増幅魔法との併用でこの程度の結果だ。戦況を動かせるような要素ではない。
 ならば、彼女はどうするか?

「ティアナの中でも修正は終わったみたいだよ。そろそろ動く―――さて?」

 


 スバルとエリオが待ち構える地点へ、ガジェットが気付かずに接近する。
 逃走が基本の行動パターンとなっているガジェットの進路を、高所で観測するティアナの報告と合わせて予測するのは難しいものではなかった。
 ガジェットの進む先。道路を横断するように伸びるビルの渡り通路の上に、エリオは待機している。

『AMFが無効化できるのは魔法効果だけよ。<発生した効果>までは無効化できない。分かるわね?』
「はい!」

 事前にティアナから与えられた情報から、エリオは取るべき方法を察していた。
 ガジェットが通路の真下を通過する直前まで気配を殺し、タイミングを計って行動を開始する。

「いくよ、ストラーダ! カートリッジ、ロード!!」
《Speerschneiden》

 スピーアシュナイデン。高威力の直接斬撃が足元の通路を一瞬で幾つにも切り崩した。
 崩落する通路の石片がガジェットの群れに降り注ぐ。
 大味の攻撃ではあったが、その重量と落下範囲の広さによって、二体のガジェットが瓦礫に押し潰されて圧壊した。
 立ち上る粉塵の中から飛び出す二体のガジェット。それを今度はスバルが捉える。

「潰れてろぉーっ!!」

 飛行する一体のガジェットに飛び掛り、魔力を込めたリボルバーナックルを叩き込んだ。
 しかし、当然のように皮一枚でAMFがそれを阻む。
 魔力とフィールドが衝突する反動により、空中で不安定なスバルは弾き飛ばされた。

「……っ、やっぱ魔力が消されちゃうと、イマイチ威力が出ない!」
『フィールド系は攻撃を遮断するタイプの防御じゃないわ。威力が持続すれば突破できる。足場を確保して、負荷を与え続けて!』

 再びティアナの的確な指示が飛ぶ。
 それを受けたスバルはエリオと同じように返事を返そうとして、思い留まった。

「ゴメン、ティア! もうちょっと分かりやすく言って!」

 バカだった。
 ティアナはその場で脱力しそうになるのを踏ん張った。

『……とっ捕まえてぶん殴れ!』
「さすがティア! わっかりやすい!」
『後ろから来てるわよ、このアホの子!』
「ア、アホの子じゃないよぉ~!」

 気の抜けるようなやりとりを交わしながらも、スバルは背後に回り込んだガジェットに一瞬で対応した。
 涙目の台詞とは裏腹の俊敏な動きで逆にガジェットのセンサーの死角へ回り込み、両足で機体を挟み込んで馬乗りになる。

「うりゃああああっ!!」

 地面に固定される形になった標的に、渾身の力を込めた一撃を打ち下ろした。
 再び阻まれる拳。しかし今度は逃げ場などない。地面とリボルバーナックルに挟まれたガジェットは徐々にAMFを侵食され、ついには突破される。
 歯車状のナックルスピナーが回転の唸り声を上げ、銃弾のような螺旋の力を得た拳がガジェットの機体内部に潜り込んだ。
 火花を散らす<傷口>から拳を引き抜き、すぐさまガジェットから離れる。
 遅れて、大破した機体が爆発した。

「やった!」

 ガッツポーズが決まる。
 スバルの1体撃破により、残り5体。
 ティアナの元を離れ一人、高所から3体を捉えたキャロが攻撃を開始した。

「連続で行きます。フリード、<ブラストフレア>!」
『キュアアッ!!』

 幼さを残す雄叫びが響く。小さな体に、しかし確かな竜の力を備えたフリードリヒは魔力の炎を行使した。
 伝説にも語られる竜の吐息(ドラゴン・ブレス)―――それと比べるにはあまりに弱弱しい火球が形成され、放たれる。
 浮遊するガジェットの真下に炸裂したそれは、見た目に反して広範囲に拡散し、周囲一体を高熱の炎で包み込んだ。
 直接的な攻撃力は低いが、瞬時に熱された空気がAMFを無視してガジェットのセンサーと動作を狂わせる。

「―――我が求めるは、戒める物、捕らえる物」

 その隙に、キャロは詠唱を開始した。

「言の葉に答えよ、鋼鉄の縛鎖」

 眼を閉じて集中する。
 無防備な姿を晒すそれは、実戦ではあまりに危険な行為。だが、キャロには必要だった。
 力を使う時は、いつだって恐怖が付き纏う。
 扱いをしくじれば、自分はもちろん他人も巻き込んで爆発する爆弾のような力。
 ずっと忌避し続けてきたそれを、しかし今は使いこなさなければならない。

「錬鉄召喚!」

 迷いは吹っ切った。怯えは忘れた。
 ここに立つ理由が、わたしにはある―――!

「<アルケミック・チェーン>!」

 召喚魔法が発動した。
 出現した魔方陣から何本もの鎖が伸びて3体のガジェットを一瞬で絡め取る。
 鋼鉄の鎖を召喚し、あらかじめ付与しておいた『無機物自動操作』の魔法によって対象を捕縛。効果としてはバインド系に近い。
 しかし、無機物である故にAMFの影響を受けない利点があった。
 攻撃力のない魔法の為ガジェットを捕獲することしか出来なかったが、それでも目的は達成している。
 これで3体が無力化された。
 ―――しかし。

 

「……なのはさん、これは……」
「うん」

 キャロの生み出した成果を見る二人の表情は、あまり明るいものではなかった。特にシャリオは眉を顰めている。
 ガジェットを捕縛する、キャロが召喚した鎖―――それは、ただの鎖ではなかった。
 何本もの頑丈な針金を束ね、幾つにも枝分かれしたそれの先端は鋭く尖って結果的に茨のような棘を持つ鎖となっている。
 それは有刺鉄線と呼ばれる物だ。
 更にそれが何本と束になって触手のように蠢き、ガジェットの機体を締め付けていた。
 ガリガリと装甲の削れる音が耳障りに響く。
 ガジェットは無機物だからいい。しかし、もしこれが生物を対象に使われたら?

「なんというか、エグイですね……」
「対人戦で有効ではあるけどね。倫理的にどうかな」
「何言ってるんですか、あんなの人間相手に使えないですよ!」

 その光景を想像して、顔を青褪めさせながら抗議するシャリオの言葉は非戦闘員らしい甘い意見だったが、確かになのは自身も不快に感じた。
 あれはもはや捕縛魔法ではない。人を傷つける悪意に満ちた魔法だ。
 そして、それを行使するキャロのひたむきな横顔に、酷く不釣合いな代物だった。

「あの鎖、無意識に召喚した物ですよね?」

 シャリオの問いはどこか縋るような色が混じっていた。
 あの幼い少女が、明確な意思を持ってあの凶悪な鎖を使ったとは思いたくない。
 しかし、なのははそれに答えなかった。

「キャロはいろいろと事情を抱える子だから……。
 それより、残り2体。モニターしてくれる? ティアナの様子も一緒に」

 少々強引に意識を切り替えると、なのはは終わりに近づきつつある訓練の観察に集中した。

 


「スバル! 上から仕留めるから、そのまま追ってて!」
『おう!』

 ティアナの指示に、疑いもなく快活な返答が返ってくる。
 AMFとの相性が悪い射撃魔法しか使えないティアナが攻撃に出るのは得策ではない。他のメンバーに任せた方が確実だ。
 チームとして考えるのならば、これは最良の判断ではなかった。
 その事実を、スバルはやはり分かっていないのか、それとも分かっていて従っているのか。
 どちらともあり得るから困る。
 ティアナはガジェットの動きを追いながら苦笑した。

「でも、どちらにしろ―――この最初の一歩、竦んでたんじゃこれから先、話にならないのよ!」

 覚悟を決め、足を止めてアンカーガンを構える。
 射撃魔法でAMFを突破する方法はあるのだ。
 外殻の膜状バリアでくるんだ多重弾殻射撃。外部の膜状バリアが相手フィールドに反応してフィールド効果を中和、その間に中身をフィールド内に突入させる。
 本来はAAランク魔導師のスキルだが、ティアナはそれを―――もちろん出来ない。100%絶対に。
 魔力弾の攻撃力と射撃自体のスキルを鍛えることに集中しすぎた今のティアナに、複雑な魔法の構築技術は持ち得なかった。
 所詮、自分は凡人だ。何かを選べば、何かを選べなくなる。
 この両手に握る分だけが精一杯。

「だけど……っ!!」

 目標を睨み据えるティアナの瞳に、諦めや自嘲など欠片も存在していなかった。
 二挺のアンカーガンに装填された二発ずつのカートリッジを全てロードし、持ち得る限りの魔力を両腕に集め、集束し、圧縮する。
 慣れ親しんだ動作。それしか出来ないから。そして、それだけを続けてきたのだから。

「私には、私だけの力がある!」

 極限まで集中するティアナの脳裏に、フラッシュバックのように過去の記憶が鮮明に蘇った。

 

 

 ―――兄の死からずっと、力を求め続けてきた。

 魔法を覚え、独力でデバイスの知識も身につけて、マイスターには程遠いがデバイスを自作出来るまでにもなった。
 自分に才能がないことは分かってる。努力しかないことも分かってる。
 だからそれをずっと積み重ねて、それなりに自信も出来て―――そしてあの日、全てが崩れ去った。

 仇を憎む気持ちだけで強引について行ったダンテの<悪魔狩り>で、ティアナは自分の弱さを思い知った。
 初めての実戦で萎縮する体。滲み出る<悪魔>の姿を恐れる心。未熟な肉体に幼い力―――何もかもが足りない。
 作ったばかりのデバイスで何十発もの魔力弾を撃ちまくり、倒せた敵はせいぜい数体。
 込める魔力量も、集束もまだ未熟だった。だが、少なくともその時のティアナの全力だった。
 数発の魔力弾の直撃を受けて、それでも襲い掛かってくる<悪魔>の前でついに力尽きる。
 もうダメか、と思った瞬間に横合いから飛来した魔力弾が一撃でそいつの頭を吹き飛ばした。

「―――なんだ、もうヘバったのか?」

 既に他の敵を全滅させたダンテだった。
 両膝を着くティアナとは対照的に、こちらには疲労の色すら見えない。
 それが二人の差を如実に現していた。

「だから言ったろ? お前にはまだ早いってな」
「……うる、さいっ!」
「焦るなって、人生には余裕が必要だ。教えるのは柄じゃないが、そのうち銃を使うコツくらい教えてやるよ」

 そう言って、陽気に笑いかける彼の態度がこの時ばかりは苛立ちしか感じなかった。

「……あんたに、何が分かるのよっ」

 魔法に関しては自分に利があるはずだった。
 デバイスにも差はない。いや、彼の持つデバイスは自分のアンカーガンのパーツを流用した簡易型だ。むしろダンテの物の方が劣る。
 しかし、それらの要素全てを帳消しにしていた―――持って生まれたモノが。

「所詮あたしは……普通の人間なのよ! 魔力もセンスも大して無い! 無い物は少しずつ積み重ねるしかない!」
「オイ、落ち着けよ……」
「焦るなって何? そりゃ、焦らないわよあんたは! だって、最初から持ってるんだから……!!」

 才能。素質。天性の力―――ダンテはそれを持っている。
 妬むべき存在が、ティアナにとってあまりに身近に居すぎた。
 そしてそれは、自分への失望と無力感が混ざり合った醜い激情をぶつける先となる。

「あたしはあんたとは違う!」

 そんな卑小な自分が大嫌いで、タガの外れた心は負の感情を彼に向かって吐き出した。

 

「普通の人間と、あんたは違う!!」

 

 ありったけの声で叫んだ言葉は、<悪魔>のいなくなった空間に痛いほど響き渡った。
 沈黙したダンテの顔を見上げられず、俯いたままティアナはその静寂に耐え続ける。
 心の奥に溜まった鬱憤を吐き出した後で彼女が感じたものは爽快感などではなく、凄まじいまでの後悔と自分への嫌悪感だった。
 私は、最低だ……。
 他人を妬む卑小な人間というだけじゃない。
 言ってはいけないことを言ってしまった、屑だ。
 ダンテが自分自身についてどう思っているのか、彼から初めてその出生を聞いた時に分かっていたハズなのに―――。

「……確かに、俺はお前とは違うな」

 長い沈黙の後に聞こえた彼の声は、普段どおりのようで……。
 しかし何処か違和感を感じて顔を上げると、普段の陽気さを装いながらも何処かぎこちなく笑うダンテがいた。
 その顔を見て、自分は彼を傷つけたのだと悟った。
 どんなに表情に出さなくても分かる。
 後にも先にも、ダンテが弱みを見せたのはこの時の一瞬だけだった。

「ご、ごめん……そんな、つもりじゃ……」

 ならば、一体どういうつもりだったというんだ?
 冗談や一時の激情で言っていいことじゃなかった。
 それを言ったんだ。自分は、確かな憎しみを持って彼を傷つけたんだ!

「いいさ、気にしてない。本当の事だしな」
「……ごめん」
「よせよ、深刻になるな。お前の素直じゃない態度は慣れっこだ、そうだろ?」
「ごめんなさい……っ」

 頭の中はグチャグチャだった。全ての負の感情が内側に向けて湧き上がっていた。消えてしまいたい気分だった。
 そうして蹲り、震えるティアナの様子を困ったように見つめ、ダンテは彼女の肩にそっと触れる。
 この小さな肩に、背負うものはあまりに重い。
 だが、それもティアナ自身が選んだ生き方だ。
 ならば自分は、その生き方を嘘にさせない為にティアナを支え、導く―――柄じゃないのは分かってるが、それが死んだティーダへの誓いだった。

「―――ティア、人間は弱いか?」

 唐突に切り出された話に、ティアナは弱弱しく顔を上げることしか出来なかった。

「確かに肉体は弱いかもな」

 困惑した表情のティアナへ、意味深げに笑いかけてダンテは続ける。

「だが、<悪魔>にはない力がある」

 そう言い切るダンテの表情に、嘘や誤魔化しはなかった。ただ確信がある。
 恐怖を抱くほどに圧倒的な<悪魔>の力―――『ダンテの中にも流れる』力。
 あれほどに分かりやすく強大な力とはまた違う力を、人間が持っていると彼は言う。
 ティアナはそれが何なのか知りたくなった。

「人間の、力……?」
「そうだ。そいつは人間なら誰でも持ってる。半端だが俺にも……もちろんティア、お前にも宿ってる力だ」

 言葉でだけなら、それは力のないティアナへの慰めに聞こえる。
 だが『そうではない』とティアナには分かった。自分を真っ直ぐに見据えるダンテの眼が、そう信じさせるのだ。
 知らず、ティアナは自分の小さな手のひらを目の前まで持ち上げた。
 この頼りない手の中に、本当に力など隠されているのだろうか?

「その人間だけが持つ力を」

 ダンテはティアナの取り落としたデバイスを拾い上げ、手に握らせた。

「―――銃(コイツ)に込める」
「力を、込める」
「そうだ。魔法じゃない、意志の問題だ。それが銃弾に生命を宿す」

 ダンテは自分のデバイスを持ち直すと、ティアナに見せ付けるように指先で回転させた。
 銃身が華麗に舞う。
 普段は意味のないパフォーマンスだとバカにするその光景に、ティアナは魅せられた。

「生命を吹き込まれた弾丸は、持ち主に応える」

 回転が止まり、虚空に狙いが定められる。

「後は簡単だ。狙って……撃つ!」

 引き金を空引く音が響き渡り、何も出ない銃口の代わりに『BLAME!』とダンテが口ずさんだ。

「すると『大当たり』! ――――な、簡単だろ?」

 そう言ってニヤリと不敵に笑うダンテの顔を見ているうちに、その話の内容を何もかも信じてしまいそうな気持ちになる。
 我に返った時、心の中に燻っていた黒い感情は綺麗に消えていた。
 代わりに堪えきれない可笑しさが込み上げ、ティアナは泣き出すのと笑い出すのを同時に堪えるような変な表情を浮かべた。

「何よ、それ……。そんなに簡単にいくなら、誰も苦労しないわよ」
「案外上手くいくもんさ。そして、一仕事終えたら相棒に祝福のキスだ。忘れるな? 大切なのは愛さ」

 冗談めかしてそう言いながら自分のデバイスに口付けの真似をするダンテと、それを見て苦笑するティアナの間に、もうわだかまりはなかった。

 この日、それまで積み重ねてきた全ては崩れ去った。
 そして代わりに手にしたものは、これまで信じてきたものとは全く違う価値観と、力だった―――。

 


 あの時に教えられた<力>は、今もこの胸に宿っている。

 


「でやぁああああああっ!!」

 ティアナの両腕に集束される魔力がピークに達し、それは電光と化して荒れ狂った。
 カートリッジと自身の魔力を掛け合わせ、更にそれを限界まで圧縮した反動によって放電現象を起こす程の力を銃身と両腕に纏う。
 魔力を一点に溜める―――魔法の技術としては、ごく単純なもの。唯一つ、それが桁違いのレベルまで極められたものだという事以外は。
 強く固められた雪は氷塊となって高温でも簡単に溶けはしない。
 エネルギー体である魔力を限界まで集束し、物質化せんばかり圧縮した魔力弾がそれだ。
 かつてない現象に、スバル達はもちろん、観察しているなのはとシャリオさえ驚愕に目を見開いていた。

「狙って……!」

 過剰な魔力で震えそうになる銃身を押さえ込み、二つのターゲットに狙いを付ける。
 ガジェットの動きは速い。もうかなり距離は開いた。
 この距離は―――問題ない、必中範囲内だ。

「撃つ! <チャージショット>―――Fire!!」

 ティアナの雄叫びに続いて、銃口が咆哮を上げた。
 押さえ込まれていた魔力はまるで獣のように凶暴性を増し、雷鳴にも似た銃声を轟かせて『連続で』解き放たれる。
 チャージショットは一発の魔力弾に力を集中するのではなく、デバイスそのものに魔力を集束させる事でその威力での連射を可能にしていた。
 放たれた六連射。
 それら全てに恐るべき威力と弾速を秘めた魔力弾は、一瞬にしてガジェットを捉え、AMFごと機体をぶち抜く。
 無効化し切れない程の勢いと圧縮率がAMFを突破した理由だ。単純だからこそ明確で確実な手段だった。
 魔力弾は全弾例外なく2体のガジェットを貫通し、その身に砲弾を受けたような大穴を空けた後、なおも道路を抉って霧散した。

「……やったぁ」

 動く物がなくなり、誰もが息を呑むように静寂が満ちる中、スバルの感嘆の声が漏れた。
 そして、それはすぐに歓声へと変わる。

「ナイス! ナイスだよティア~、やったねっ!!」

 実際の声に加えて念話でも聞こえるスバルのはしゃぎ声が、疲労した体に何故か妙に心地良かった。
 魔力を振り絞り、神経もすり減らした射撃のせいで息は乱れて脱力感も襲っている。

「このくらい……当然よ」

 だが、同時に爽快感もあった。
 信じて貫いた果てに、道が見えたのだ。
 これまで自分の積み重ねてきた経験が生んだ結果だからこそ、余計に誇らしい。

「―――JACK POT(大当たり)」

 自然と浮かんでいた笑みのまま、ティアナは最後を締めるようにそう呟いた。
 それからその続きを思い出して、自分のデバイスを見つめたまましばし躊躇い、やがてほんの少し触れる程度にキスをした。

 

 

「強引に抜きやがったな、あいつ……」

 最後の一撃を見届けたヴィータは、どこか面白そうな表情で呟いた。
 傍らのシグナムも同じ顔をしている。

「愚直なまでの一点突破―――魔導師としては未熟だが、騎士としては見所があるな」
「あーあ、また始まったよ。シグナム好きそうだもんな、ああいうの」
「お前も似たような戦闘スタイルだろうが」

 魔法以外のスキルで戦闘力を高めるタイプのティアナは、古い騎士の彼女達にとって妙な親近感を与えるものだった。
 それに、ティアナ以外の新人メンバーに対しても、予想以上だったというのが二人の見解だ。

「ひよっ子どもには違いねえ。けど……なかなか面白くなりそうじゃねえか」
「同感だ」

 可能性に満ちたルーキー達―――そう評したはやての言葉もあながち嘘ではない。
 この機動六課があの四人によってどう変わってくのか。
 いつの間にか、ヴィータとシグナムの胸のうちにも燻るものがあった。

「はやての言うとおりだ……」

 昔と比べると随分変わった自分達の主。
 その彼女がよく口にするようになった言葉が自然と出てくる。

「刺激があるから人生は楽しい」

 

 

「全員、最初の場所へ集合。10分の小休止の後、訓練を再開するよ」

 初の模擬戦訓練をとりあえずの勝利で終え、気を抜く新人達になのはは指示を出す。
 モニターに映る四人には少し疲労の色が見えるが、それを上回る興奮が足取りを軽くさせていた。
 最初は初のガジェット戦で、半分くらい彼らの敗北を想定していたが、予想を超える結果に満足げに頷く。

「四人とも、思ったよりやりますね。所々驚く場面がありましたよ」
「そうだね。前衛はもちろん、後衛のメンバーの活躍もびっくりしたかな」

 シャリオの言葉になのはは同意した。
 おそらくこの四人の中では最強の単体戦闘能力を持つスバル。
 年齢を考えれば驚異的なセンスとスピードを持つエリオ。
 対AMFにおいて有効な手段を見出したキャロ。
 そして―――。

「やっぱり、同じ射撃系魔導師のなのはさんとしては、一番気になるのはティアナ=ランスターですか?」

 シャリオに意地悪げな笑みで図星を突かれ、なのはは苦笑を浮かべた。
 ティアナの放った最後の射撃―――あれが眼に焼き付いている。

「射撃魔法のスキルレベルでは初歩の技。
 もちろん錬度は半端じゃなかったけど、誘導性を付加できない過剰圧縮の魔力弾は命中率を完全に本人の腕に依存しているからね……魔導師としてはまだまだ未熟かな」

 どちらかと言えば、魔導師というより戦闘者としての能力が高いのだ。
 あれがデバイスでなく本物の銃であっても変わりはしないだろう。

「……でも、あの射撃はすごかった。魔力以外のものが込められてるのを感じたよ」
「魔力以外、ですか?」

 絶えず四人のデータを取り続けていたシャリオが理解出来ない表情で呟く。
 数字やデータでは表示されない何か。
 なのはの心を震わせた強い衝動。

「魂、かな……?」

 冗談めかして答えながら、なのははそれがあながち間違った表現ではないだろうと思っていた。
 かつて自分が幼かった頃は幾つも抱いていて、成長した今はもう思い出す事しかしない、ゆずれない想いや意志。それを感じた。
 大人になり、現実を知って、人の輪の中で生きる為の節度も身に付いてきた。
 がむしゃらに走るだけなんて、もう出来ない。
 ―――でも、少なくともあのティアナにはそんな形振り構わない熱い衝動が宿っている。
 久しく感じたことのなかった高揚がなのはの胸の内から沸々と湧き上がってきていた。
 何度となく行ってきた新人への教導。今回のそれは何処か一味違うような、不安とそれ以上の期待を感じるのだ。

「……次の模擬戦訓練、少し難易度上げてみようか」
「おっ、本領発揮し出しましたね、なのはさんのスパルタ地獄」
「スパルタで結構。訓練で地獄を味わうほど、現場では楽になるからね」

 茶化すつもりだったシャリオは、そう答えて爽やかに笑うなのはの顔が一瞬鬼に見えて、知らず身震いした。
 管理局内において<白い悪魔>と評される理由の一端がここにある。
 それは圧倒的な力を指すものではない。必要な厳しさならば、例え鬼と呼ばれても痛苦を与え続ける教導官として姿勢から来るものだった。

「八神部隊長も言ってたでしょ?
 部隊の誰にでも<不幸>は襲い掛かる。そして、あの子達はその確率が一番高い。
 その時に、何かが足りなかったなんて後悔はさせたくない。
 だから、わたしは育てるよ。例え鬼と思われてもいい、あの子達が自分の道を戦っていけるように……」

 そしてこの四人なら、これまでにない成果を生み出す事が出来る。
 そう確信を持って、なのははモニターに映る若きストライカー達を見つめていた。
 彼らの訓練は、まだ始まったばかり―――。

 

 

 出会いと戦いの夜が明け、仕事の報酬を受け取ったダンテは自分のネグラへと向かっていた。
 管理局の治安から外れた廃棄都市街の一角にダンテの事務所はある。
 少し前まで、そこはスラム同然の都市でもとびきり物騒な、ゴミとゴミ同然の人間が転がる厄介事の溜まり場だった。
 しかし今やこの付近一帯に人気は無く、ただゴミだけが転がっている。
 もちろん全てはダンテがここに居を構えてからだ。
 強盗に押し入った人間が窓から吹き飛び、夜な夜な銃声と不気味な人外の悲鳴が木霊する場所にはさすがの荒くれ者達も近づくのを恐れたのだった。
 悪魔も泣き出す危険地帯―――正しくダンテの店はその名を体言していた。
 この辺りを訪れる者は、追い詰められて後の無い依頼人か奇特な知人、もしくはゴミ収集車くらいのものだった。
 その閑散とした道を、ダンテは呑気に欠伸をしながら歩く。
 ここしばらく<合言葉>の依頼が絶えない。仕事があるのはいい事だが、<悪魔>絡みの事件が増えるのは厄介事の前兆だ。
 この世にいないハズの者が徘徊する事は、悪夢の序章を感じさせる。
 しかし、そんな深刻な予感もとりあえず置いておいて、今はシャワーを浴びて一眠りしたいというのがダンテの本音だった。
 区を跨いで仕事に飛び回るのはとにかく疲れる。勤勉な自分なんてスタイルじゃない。
 人生には刺激と余裕が必要だ。
 それがダンテの信じる世の真理だった。

「それとピザ、それからストロベリーサンデー……」

 そんな風にいろいろと個人的な真理を付け加えながら、ダンテは辿りついた事務所のドアノブに手を掛けた。
 鍵はいつも掛けないが、この事務所に盗みに入るバカはもういない。
 ダンテは何気なくドアを開け、


 内側から巻き起こった凄まじい爆発に吹き飛ばされた。


「うぉおおおおおおっ!!?」

 ドア越しに奇襲された事はあったが、さすがに事務所を爆破されるのは初めてだった。
 完全に不意を突かれた事態に驚く事しか出来ず、ダンテはドアと一緒に為す術も無く宙を飛ぶ。
 爆風と炎に揉まれ、ゴミのコンテナに盛大に突っ込んだ。
 爆発で事務所の窓という窓は割れ、単なる穴になった玄関からは黒煙が立ち昇る。
 その中から、人の形をしていない三つの影が浮かび上がった。
 これが<悪魔>のそれであるなら、ダンテにとって日常茶飯事の流れだった。
 しかし、今回は違った。

 黒煙の中から現れたモノは無機質な表皮とセンサーの眼を持つマシーン。
 ガジェットだった。3体のうち2体は、ダンテは知らないがティアナ達も相手をした既存のタイプだ。
 しかし、2体を付き従えるように一歩退いた位置に浮遊する一回り大きな影は少々様子が違う。
 二つのタンクのようなものが増設され、アームケーブルとは別のベルト状の<腕>を持っていた。明らかに通常のガジェットとは違う強化が見て取れる。
 そんな襲撃者達の詳しい情報を、もちろん魔導師ではないダンテは知り得ない。
 コンテナに突っ込んだダンテはドアの破片とゴミに埋まり、淵から突き出た二本の足は力なく垂れ下がっているだけだ。
 常人ならば、爆発に巻き込まれて気絶したか、あるいは死んだと思える。
 一向に動かないダンテの様子を見て、沈黙していたガジェットの1体が素早く動き出した。
 アームケーブルを伸ばしてコンテナに近づき―――次の瞬間、装甲を突き破って背中から肉厚の刀身が顔を出した。

「―――おい、鉄屑。風呂場とベッドは吹き飛ばしてないだろうな?」

 コンテナの中から不機嫌そうな声が響き、そこから伸びたリベリオンに貫かれたガジェットがかろうじて答えるように火花を飛ばした。
 フンッ、という鋭い呼気と共に今度は鋼が宙を舞う。
 突然ロケットのように加速した剣に貫かれたまま、ガジェットの機体は事務所の二階に文字通り釘付けになった。

「見ない顔だな? 最近よく見る辛気臭い奴らとは違うが、無表情な奴は好きじゃない」

 ゴミを払い落としながらダンテが姿を現した。
 残った2体のセンサーを覗き込み、冗談めかして笑うダンテに、しかしもちろん愉快な色など欠片も浮かんでいない。
 機械らしく戦いの雄叫びも上げずに、通常タイプのガジェットが突然攻撃を開始した。
 中央の黄色いパーツから細く集束された熱線を放つ。
 センサーに偽装し、攻撃に予備動作も伴わないその一撃を、ダンテは軽く体を傾けるだけで難なく避けた。

「おいおい、いきなり青色の変なもん撃ってくるな」

 肩を竦めながら無造作に敵に歩いて近づく。
 間断なくガジェットからの射撃は続くが、それらは全て人ごみを避けるような何気ない動作で回避されていた。
 すでに目の前にまで接近したダンテを恐れるように、今度はアームケーブルが伸びる。
 もちろんその細いアームの打撃力は低い。眼を狙って迫る攻撃を、やはりダンテは難なく掴み取った。

「腰を入れろよ、タイソンのパンチの方が十倍速い」

 リベリオンは事務所の二階に突き刺さったままだ。
 ダンテはそれを呼び戻すこともせず、空いた右手を硬く握りこんだ。

「形が似てるからお前はサンドバックに決定だ」

 そして次の瞬間、拳がガジェットの鋼鉄のボディを掬い上げるように打ち抜いた。
 腰の捻りと体重移動を十二分に効かせたプロボクサー顔負けのブローが、センサーの防護ガラスを砕いて機体内部に潜り込む。
 中にある部品らしきものを適当に掴んで抉り出し、続いて体重を乗せた撃ち下ろしの右が炸裂する。
 装甲を陥没させたガジェットは地面にめり込んで完全に沈黙した。

「ハッハァ、硬いサンドバックだったぜ! ……痛ぇ」

 テンション高く両手を広げるポーズを見せつけたダンテだったが、やはり堪えきれずに少し赤く腫れた右手を押さえて蹲った。
 しかし、残った最後の1体はそんな彼の無防備な姿を見ても微動だにしない。
 どうやら奴が敵の真打ちで間違いないらしい。笑みを消し、拳を擦りながらダンテは鋭い視線をそいつに向けた。

『―――素晴らしい。素手でガジェットを破壊するなど、人間離れした力だ』

 唐突に、口も持たないそいつが喋りだした。
 スピーカーを通したような電子音声には確かな感情を含んだ人間味がある。
 ダンテはそれが事務所を爆破した傍迷惑な黒幕の声なのだと察した。
 この機械を通して何処かで見ているのか?

『いや、そもそも君は半分ほど人間ではなかったね。これは失礼した』

 そして続くその言葉に、ダンテの雰囲気は豹変した。
 敵も味方も変わらず相手をからかうような余裕のある態度が消え失せ、黒い瘴気を纏う殺気が噴き出す。

「……どうやら、随分と根暗な野郎みたいだな。コソコソ人の事を嗅ぎ回るんじゃねえよ」

 目に見えるほどの魔力を体から立ち昇らせて、ダンテは明確な敵意を無機質なセンサーに叩き付けた。
 それは例え電波を経由しても消せない、絶対的な死を予感させる言霊だ。
 ほんの僅かだが、スピーカー越しに息を呑む音が聞こえた。

『…………恐ろしいね。今の君は<悪魔>寄りらしい』
「そう思うならとっとと出てきて謝罪しな。事務所の修理費払うなら、許してやってもいいぜ」

 そう言って口の端を吊り上げたダンテの顔は、笑みの形を作りながらも牙を剥く獣のそれだった。
 ガンホルダーからデバイスを抜き、いつ攻撃が始まってもおかしくない緊迫した状況で、二人の会話は続く。

『それはすまなかったね、悪気があったわけじゃないんだ。実は君とは友好的な関係を築きたいと思っている』
「だったら、まず人と話す時には顔くらい見せるようにしろよ。
 ママに言われなかったか? 『顔を向けて話しなさい』『名前を名乗りなさい』『他人の家を爆破しちゃいけません』」

 丁寧な物言いが逆に勘に触る。
 今すぐにも撃ちそうになる苛立ちを抑えるように、ダンテはデバイスを玩んだ。

『これはまた失礼した。ワケあってまだ本名は明かせないが、私のことは<ドクター>と呼んで欲しい。この機械を作った博士だ』
「OK、ドクター。さっさと本題に入ってくれ。この鉄屑を弁償しろってんならお断りだ」

 ダンテは足元に転がったガジェットを踏みつけた。

『それでは本題に入ろう―――<魔剣士の息子>である君の力を貸りたいのだ』

 

 <ドクター>の口にする情報に、もうダンテは驚く素振りを見せなかった。
 何処で手に入れたかは知らないが、コイツは自分を知り尽くしているらしい。動揺して見せるだけ癪だ。
 だが、話の内容は少しだけ意外だった。

「……依頼か?」
『契約だよ。私の目的の為に力を貸して欲しい。もちろん、十二分な報酬は用意するつもりだ。
 金は言い値で払おう。君が失った魔具を含め、戦闘力の面でも君の力を引き出す最高のバックアップを用意している』

 提示される仕事の内容を聞き流しながら、もはやダンテは何も言わず静かにデバイスをガジェットへ向けた。
 コイツは<悪魔>を知っている。
 それでもなお、恐れを見せない人間は二通りだ。悪魔を恐れぬ心の持ち主と―――悪魔の力に魅せられた者。
 しかし、完全な敵対者となったダンテの敵意を意に介さず、ガジェットから聞こえる声は話を続けた。

『―――もちろん、この世界の技術であるデバイスも最高の物を用意しよう。そんな出来の悪い玩具などではなく』

 ダンテの握る簡易デバイスを指して、何処か嘲るように言った。
 その一言で、ダンテの大して迷いもしなかった意思は完全に固まった。

「そいつぁご親切に。―――『NO』だ」

 <ドクター>の誘いを歯牙にも掛けず、引き金を引いた。
 しかし、魔力弾は発射されない。カチッカチッと虚しく引き金を空引く音が響く。
 ダンテのデバイスに備えられたトリガーは機能のない完全な<遊び>だ。銃を使う時の癖と、魔力弾を放つ時のイメージをしやすくする為の物に過ぎない。
 だから引き金を引いてもそれが作用して弾が出ることは無いが、それ以前に魔力が集束出来なかった。

『言い忘れていたが、既にAMFの範囲内だ』

 眉を顰めるダンテを嘲笑するように<ドクター>が告げた。

『君の魔力結合は、この無効化フィールド内では即時分解される。分かりやすく言うと―――無駄だ』
「なるほど、クソッタレな機械だ」

 いつの間にか装置を発動させたガジェットを睨み据え、ダンテは舌打ちする。
 やはりダンテの知らない情報だったが、このガジェットは新型の試作品として造られた物だった。
 AMFの範囲と出力共にこれまでの物を凌駕し、例えダンテのデバイスが高性能であってもこの中で魔法を行使することは酷く難しい。
 そもそも遠隔操作によって全く身の危険のない<ドクター>は余裕を持って会話を続けた。

『ところで、理由を聞かせてもらっていいかな? 何故、私の依頼を断るのか』
「簡単さ、あんたが気に入らない」
『事務所に関しては弁償しよう』
「それにな」

 無力化されたデバイスを目の前に掲げ、ダンテは小さく笑った。
 陥った自らの状況に怒りと苛立ちを感じる中、そのデバイスを一瞥した瞬間だけ瞳から険が薄れる。

「―――こいつは俺のお気に入りでね。それを馬鹿にされて、尻尾は振れないな」

 視線をガジェットに戻した時、ダンテが向けたものはそれまでの黒い感情ではなく、汚れない人間としての怒りだった。
 もはや単なる鈍器と化したデバイスを、再びガジェットに突き付ける。

『……どうやら、脅威となるのは君の<力>だけのようだ。精神はあまりに不完全すぎる』
「それが人間さ。交渉が決裂したところで、こいつを喰らいな」
『だから無駄だと……っ!』

 嘲りは驚愕を以って遮られた。
 突きつけられたデバイスと、それを握るダンテの腕におびただしいまでの魔力が集結しつつある。
 血のように凄惨で、炎のように燃え滾る真紅の魔力。
 極限まで集束されたそれが、AMFの影響下にあってなおプラズマのように荒れ狂ってスパークを繰り返していた。

「玩具かどうか試してみな? 悪魔を葬る銀の弾丸だ、ドクター・フランケンシュタイン」

 ニヤリと笑うダンテの形相は恐ろしい気迫に満ちていた。
 暴走寸前にまで込められた魔力が放たれた際の威力は想像に難くない。
 もはやガジェットは完全に沈黙を貫いている。機械の姿に怯えは見えず、しかしセンサーの奥で潜んで見える恐怖を隠して。
 そして唐突に、ガジェットは逃走に移った。
 弾けるように上空へ飛び上がり、そのまま高速で飛行して、空を飛べないダンテから逃れようとする。
 しかし―――。

 

「―――JACK POT」

 引き金を引く前から必中確定。真紅の魔力弾が、無防備な標的の背を撃ち抜いた。

 

 轟雷のような銃声が響き渡り、次の瞬間銃口の先では大穴を開けられたガジェットが空中分解しながら落下していく。
 先ほど自分が突っ込んだゴミのコンテナへ、盛大な音を立てて墜落した鉄屑を見届けると、ダンテはデバイスをクルリと回してガンホルダーに滑り込ませた。

「な、簡単だろ?」

 誰にとも無く呟いて、ダンテは黒煙を上げる残骸の元へと歩み寄った。
 弱弱しい煙を見る限り、火事の心配はないらしい。ゴミと一緒に綺麗に収まったガジェットの破片を見て、片付けの手間が省けたと満足げに頷く。
 しかし、残骸に混じって見える鈍い輝きに気付いて眉を顰めた。
 大破した機体の中に手を突っ込み、どうやら格納されていたらしいソレを引きずり出す。

「……まいったね、コソ泥の真似までしてたのかよ」

 それは剣だった。
 ダンテが常備するリベリオンとは違う形状の、一回り小さな両刃の剣だ。
 シンプルな装飾と特色のない造形美を持つその剣の名は<フォースエッジ> 事務所に置いてあった物だった。

「コイツが目的だったのか……?」

 どうやらおかしな細工はされていないらしい剣を眺め、訝しげに呟く。
 襲撃者の真の目的がこの剣を手に入れることだったとしても疑問は絶えない。
 名剣であることは確かだが、一見するとこれはただの剣でしかない。『これ一本では』ただの原始的な武器でしかないのだ。
 そんな物を欲しがるなど、骨董品収集が趣味の物好きか、あるいは―――それ以外に剣の用途を見つけた者か。

「……まさかな」

 脳裏に浮かんだ疑念を否定しながらも、ダンテは服の下に隠れた物を押さえた。
 あの<ドクター>の目的がこの剣と、加えてもう一つ、常に持ち歩いているコレを入手することだとしたら―――?
 <この世界>に現れ始めた悪魔を見た時、自分の宿命とは逃れられないと悟った。
 そして今、そのクソッタレな運命の導きとやらが、再び自分の目の前に強大な闇を招こうとしている。

「親の因果が子に付き纏うってか……もうちょっと楽させて欲しいんだけどな」

 自分だけが知る深刻な事態の進行を茶化すようにぼやいて踵を返す。
 とりあえず、今見つめるべきは、待ち受ける過酷な運命とやらでも謎に満ちた強大な敵ってヤツでもない。
 二階に愛剣が突き刺さり、未だに窓から弱弱しく煙を上げる事務所の前に立つ。
 ドアがなくなって随分と出入りのしやすくなった玄関から泣きそうになりながら中を覗き込んで、それから頭を抱えたくなった。
 リフォームを終えた事務所の内部は見るも無残な有り様と化していた。
 革張りのソファーは綿が飛び出し、苦労して手に入れたレア物のジュークボックスは横倒しになっている。床は穴だらけだ。
 天井で弱弱しく回っていたシーリングファンが、ついに力尽きて落下する乾いた音が空しく響いた。
 正直、敵が残したダメージはこちらの方が深刻だった。

「……OK、ドクター。あんたの気持ちはよく分かった」

 再び対峙することがあればもはや無条件に敵となる決意を固め、ダンテは恨みを込めて呟いた。

「次に会ったら修理費を請求させてもらうぜ、利子付きでな」

 

 

 

 to be continued…>

 

 

 

<ダンテの悪魔解説コーナー>

・ファントム(DMC1に登場)

 俺は蜘蛛が嫌いだ。脚が多すぎるからな。
 待ち伏せして、糸でもがく獲物を絡め取る陰湿な性格もいただけない。
 だが、そんなイメージを<幻影>なんて名前と一緒に吹き飛ばすのが、この巨大な蜘蛛の化け物の実態だ。
 マグマの肉体を硬い外骨格で覆い、強力な炎の魔力で周囲を焼き尽くして、馬鹿でかい口で人間なんて丸呑みにしちまう。
 特に長い年月を生きて力を蓄えた奴は魔剣の刃さえ弾き返す。まるっきり重戦車並だ。
 何より恐ろしいのが、実際の蜘蛛の生態と同じでコイツが種族を持つ一匹単体の存在じゃないって点だ。
 何千という子蜘蛛は、もちろん悪魔の弱肉強食の中で淘汰されてほとんど生き残らない。
 しかし、その内の何匹かは見事生き延びて、上位悪魔に君臨する化け物へと成長するわけだ。
 決して多いわけじゃないが、こんな化け物が複数存在するなんて、考えるだけでもゾッとするぜ。
 さすがの俺も、退治には骨が折れるだろうな。

 

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最終更新:2008年02月28日 20:46