「フェイトちゃんって、時々ぼそっと何か呟くよね?」
長年を共にした最も親しい友人の問い掛けに、フェイトは首を傾げることで答えた。
あちらこちらから感じる多くの視線に意識を割いていたせいだろうか。なのはの言葉が何に対して向けられているものか、フェイトには分からなかった。
2人が向かいあって食事をしている場所は本局の食堂。
良くも悪くも名と顔の知れ渡った有名人の登場に、食堂中の人間は本来の目的すら疎かにして2人にちらちらと視線を送っていた。
慣れたものなのか、そんなものは気にしない豪胆な性格なのか。
なのはは何事もないようにゆったりと食事をしながらフェイトに笑いかけていたが、人の視線に敏く、何故自分たちに過剰なほどの視線が集まるのかを理解していないフェイトにはあまり居心地が良いとは言えない環境だった。
それだけが原因とは言えないが、いまいち集中できていなかったせいで、フェイトはなのはの言葉を聞き逃してしまった。
内容を聞き返すのもなんだろうし、かと言って適当に返すわけにもいかない。
僅かな逡巡の後、やっぱり聞きなおそうとフェイトが決心したところでなのはが言葉を繋いだ。
「ほら、さっきの模擬戦の時も。シグナムさんに押されてて、勝負は決まったかなってところで、ぽそって何か言ってたでしょ?」
「ああ。あれのこと?」
聞き逃したわけではなかったことに少しだけ安堵しつつ、フェイトはなのはの聞きたいことを理解した。
自分でも意識しないうちに不意に出てくることもあるため、その場で自分が何をどう言い放ったのか気にしないことも多いが、後々になって恥ずかしくて仕方ない思いに駆られるのは珍しくないことだった。
大抵は独り言のような声量のため、周りには気付かれていないと思っていたのだが――。
(そっかー。時々ぼそっと言っちゃってるの、気付かれてたのかー……)
乾いた笑いしか出てこない。
それもこれも、誇張なしに全部ダンテのせいだった。
(日常的にキザなセリフだったり捻った比喩だったりを言ってばかりだし、そんな会話に私を巻き込むんだから……。うぅ……。気付けばうつってたんだよね。この、ダンテ調、っていうのかな。そんな感じのが)
良くも悪くも、周りへの大きな影響力を持つダンテであるからして、彼と長い付き合いになるフェイトがその影響を受けるのは必然と言えるものかもしれない。
本人に自覚はないが、フェイトには口癖だけに留まらず、行動や思考にも少なからずダンテ調が入ってきている。
その結果、本人の預かり知らぬ所で新たな評価が生まれているのだが、そういったものにはとことん疎いフェイトがそのことに気付くのはまだ当分先の話だった。
「あれはその、自分に言い聞かせてるというか、おまじないというか、なんというか」
「あれって英語だよね?」
「うん。英語だよ」
それが幸いだった。
ミッドに英語を知る者はほとんどいない。地球出身者でも無い限り、意味を知られることはないだろう。
「それで、さっきは何て言ってたの? 見事に逆転勝利! ってなってたけど」
勝利! の部分で拳を高く突き上げるなのはに、フェイトは笑みをこぼした。
「あれは、気楽にいこう、って意味だよ」
「へえー。なんだか英語で言うとかっこいいよね。というか、フェイトちゃんがカッコイイよね」
「うん。私もそう思ってちょっと真似してみたりしてたんだけど……なんだか、知らない間に癖づいちゃって。あはは……」
後半となのはの熱い視線はなかったものとして、フェイトは苦笑した。
事実、根源はダンテである。
ニヒルな笑みと共に決め台詞を言い放つ姿は、舞台でスポットライトを一身に浴びる主役のように心惹くものがある。
それはフェイトも例外でなく、僅かな憧れが発端の行動は、今や止めようにも止められない困った癖となっていた。
「はー……悪漢を前に決め台詞と共に現れる金色の美少女。その名はフェイトちゃん……」
「キザだからやめようとは思うんだけど、ついつい出ちゃうんだよね……」
「うーん、クールでスタイリッシュなフェイトちゃんも捨てがたいけど、やっぱり女の子らしくて可愛いフェイトちゃんも悩殺されるし……ああ、もう、魅力的過ぎるのも罪だよフェイトちゃん。でも好き」
「そのうち大声で言うようになっちゃったらどうしようかな……。からかわれるかも……うぅ」
すれ違って進む道は、中々危うい。主に白い方が。
しかし、至ってマイペースな2人は食い違う会話に気付くことはなかった。
いってしまわれていたなのはが、不意に意識を取り戻す。垣間見た桃源郷に頬を赤くしながら、なのははフェイトに尋ねた。
「それでそれで、フェイトちゃんは英語でなんて言ってるの? 妄想の糧に――じゃなくて、そう、知的好奇心から教えて欲しいの」
「えっとね――
おわり
ダンテさんの「ああ? 英会話? 知るか。YESとNOだけ使えりゃなんとかなるだろ」的な英会話講座
あー、正直くそめんどくせェが、どうせやるなら楽しく行こうぜ。
本当はスラムで流行ってる過激でイカしたヤツでも教えてやりたいんだけどな、そいつはR指定だ。酒の楽しみと女の怖さを知ってからまた来な。どうしても知りたいってヤツは一緒に飲もうぜ。酒の肴に話してやるよ。
でだ、今日お前らに教えてやるのは俺のお気に入りのひとつ、
「Take it easy.」
意味は「くよくよすんなよ」「気楽にいこうぜ?」とかなんとか、まあそんな感じだ。
シケたツラしてるヤツを励ます時に使ったりするのが一般的だろうな。
もっとも、俺はもっぱら自分に向けて使うけどな。
焦ったってなんの得にもなりゃしない。
良い男は余裕を忘れないもんさ。特に、良い女に対してはな。
追い詰められた時こそ笑って言ってやろうぜ。
大きく構えてりゃ意外となんとかなるもんだからな。物事も、女も。
――おっと、後ろで金色が怒鳴ってやがる。こいつはピンチだ。アイツのツケでピザ頼んだのがバレたらしい。
おいおい、たかが3日分だぜ? そうキリキリすんなよ。
なに? そういう問題じゃないって? いいじゃねェか、ほら、前にカフェで奢ってやったろ?
それとこれとは別だって? そりゃ我侭っていうやつ……うおっ!? 待て待て待て! なんだよその雷玉は?
Take it easy.
いてっ! なに? 気楽とかそんなんじゃないって?
OK! わかった! ツケは俺が払う。それでいいんだろ?
……ふぅ。やれやれ、まさかこんな身近に悪魔が居たとはね。流石の俺もびっくりだ。
あー、ほらな? なんとかなったろ? これが良い男の余裕ってヤツさ。
俺みたいにはいかねェだろうが、まあ、機を見て使ってみな。それが良い男への第一歩ってやつだ。
さて、身に覚えはないんだが、なんでかまた金髪悪魔に呼ばれてるんでな。そろそろお別れの時間だ。
ったく、せめて小悪魔くらいならもうちょい可愛げがあるんだが……まあ、気の強い女は嫌いじゃない。
お前らも俺の幸運を祈っててくれ。
んじゃ、またな。
最終更新:2008年03月01日 18:13