海鳴市。いつもは賑やかなそこは今は嘘のように閑散としている。
人っ子一人いない。まさにその表現が適切だろう。
――だがそこだけは違った。
三人の少女と一人の少年、そして一人の男。計五人がそこにはいる。
少女の一人、フェイトが目の前にいる赤服の少女を睨む。
「民間人への魔法攻撃。軽犯罪ではすまない罪だ」
「何だテメー、管理局の魔導師か?」
淡々としたフェイトの言葉にヴィータは苛ついたように返す。
「時空管理局嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ。抵抗しなければ弁護の機会が君にはある。同意するなら武装を解除して――」
「誰がするかよ!」
ヴィータは空へと飛び出す。逃走ではなく、闘争を行うために。
「ユーノ、なのはとそこの人をお願い」
それを追ってフェイトも窓から飛び出し、金色の光を放ちながら飛翔し始める。
赤と金色。二つの光は凄まじいスピードでなのは達から遠ざかっていった。
「フェイトちゃん……」
それを見ながらなのはは心配そうな声を上げる。
「心配しなくても大丈夫だよ。今はフェイトに任せよう」
「ユーノ君……」
そう言うとユーノは魔法を使い、なのはの治療を始める。
緑色の球体から淡い光がなのはに降り注ぐ。
「フェイトの裁判も終わって、みんなでなのはに連絡しようと思ったんだ。そしたら通信が繋がらないし局の方で調べたら広域結界も張られてるし……それで慌てて僕たちが来たんだよ」
「そっか……」
なのはの治癒を行いながら、ここに来るまでのいきさつを説明するユーノ。
「……それでそこの人は?」
一通り説明し終えた後、ユーノが疑問の声を上げる。視線の先には金髪隻腕の男――ヴァッシュの姿。
さっきからヴァッシュは心配そうになのはを見たり、フェイトの飛んでいった方を見たりと落ち着きがない。
どうやらあまりの事態についてこれてないようだ。
「この人は……」
なのはは言いよどむ。
ヴァッシュさんの事を話してもいいのか?
ユーノ君は管理局の一員だ。
もしユーノ君にヴァッシュさんの事を話し、それがリンディさんの耳に届いたらヴァッシュさんは元の世界に帰ることになるかもしれない。
それは絶対にダメだ。
……どうすればいいんだろう。
「なぁ、ちょっといいかい?」
悩むなのはを後目にヴァッシュが唐突に声を上げた。
「……何でしょう?」
ユーノが訝しげに答える。
「空を飛んだり変な光でなのはを治したり……その能力は何なんだい?」
ヴァッシュが口にしたのは至極当然な疑問。
こうも連続で不思議なことばかりが起きたのだ、さすがのヴァッシュでも頭が追い付かない。
「えーと……」
その問いにユーノは答えるべきか悩む。
この世界――第97管理外世界にいるということは魔法についての知識は全く持ってないのだろう。
見たところ魔力を持っている訳でもない普通の人だろうし……。
どうしたものかと、ユーノは数秒迷った後、口を開いた。
「……この力は魔法って言うんです」
魔法の関わる事件にこれだけ巻き込まれてしまったのだ、説明しないのは余りにも可哀想すぎる。
そう思いユーノは魔法の説明をすることに決めた。
「魔法?」
ヴァッシュが困惑の顔で返す。
「そうです、魔法です。この魔法というのは人の体にある魔力を使って様々な事象を引き起こすことが出来ます。さっきあなたが言った空を飛んだり、人を治療したりとかもそうです」
そんなヴァッシュを見ながら、一息に魔法の概要について話す。
ヴァッシュは信じられないという顔をしているが、否定しきれないのか頭を悩ませている。
「……その魔法っていうのは街全体の人を消すことも出来るのかい?」
「できます」
「……マジ?」
「マジです」
ヴァッシュは眉間にシワをよせ、額を軽く叩く。
この少年が嘘をついているようには見えない……。というか実際に魔法が使われた所を見たのだ、信じない訳にはいかない。
だが、やはりそう簡単に信じられるものではない。
いや、そりゃ幻術使ったり、鉄扉を貫く超重火器を易々と振り回す化け物じみた人間には会ったことはある。でも、魔法とは……。
ヴァッシュは頭を抱える。
そんなヴァッシュを見て二人はひそひそと話す。
「いーの?ヴァッシュさんに魔法の事言っちゃって」
「魔法のことだけなら多分……。管理局のことを言わなきゃ大丈夫……だと思う」
ユーノの言葉を聞きなのはは安堵する。
ユーノ君はヴァッシュさんに管理局のことを言うつもりはないみたいだ。
これなら管理局がヴァッシュさんのことを認識することはない。
知るとしても不幸にも事件に巻き込まれた被害者としてだろう。
ヴァッシュさんが異世界の住民だということがバレることはないはずだ。
「……よし!」
その時、ヴァッシュが顔を上げた。
その顔に迷いの二文字は無い。
別にヴァッシュが魔法というものを理解した訳ではない。
だがヴァッシュは魔法をそういう「技」だと考えることにした。
空も飛べ、人も消せ、人を治せる、とても融通のきく強大な技。そういうことに脳内変換した。
ヴァッシュは難しく考えるのを止め、出来るだけ単純に考え、理解したのだ。
それに今必要なのは魔法について考えることではない。この不可思議な状況でどう行動するかだ。
ヴァッシュはそう考え顔を上げた。
そう考えれば後は簡単。
あの赤服の少女は魔法という強大な力を悪用する犯罪者のようなもので、なのはといきなり現れた少年少女はそれを捕まえる保安官のようなもの。
どちらに味方するかは考えなくても分かる。
「よし、お前!」
ヴァッシュがユーノの方を向く。
「な、何でしょう?」
「名前は何て言うんだ?」
「……ユーノ・スクライアですけど」
「OK、ユーノだな。ユーノ、一つ質問だ。消えたみんなはどうすれば現れるんだ?」
「……えーと、結界を破壊するか解除するかすればいいと思いますけど」
ユーノがそう言うとヴァッシュは考え込む。
なのはとユーノはいきなりのヴァッシュの言葉に困惑気味の顔をする。
「ヴァッシュさん、それがどうしたの?」
なのはが首を傾げて問うが、それにヴァッシュは答えることなく考え続ける。
静寂が三人を包む。
「ヴァッシュさ――」
「移動するぞ」
「――へ?」
なのはが再び口を開いたと時、ヴァッシュがいきなり顔を上げた。
その顔は真剣そのものでなのは達は少し気圧される。
ヴァッシュはそんななのは達に近付き、なのはを抱きかかえる。
俗に言うお姫様抱っこという体勢で。
「ふぇえ!?」
「ちょっとヴァッシュさん!」
いきなりのヴァッシュの行動に二人が声を上げる。なのはにしてみたらいきなりのお姫様抱っこだ。驚くなんてレベルじゃない。顔を真っ赤にしている。
「屋上に行くんだ。さっきの子を援護する」
そんな二人にヴァッシュが静かに口を開く。
それを聞き二人もようやく理解する。
(……なら、せめて何か言って欲しかったな……)
なのはは顔を真っ赤にして、心の中でそう呟いた。
■□■□
空中で赤い光と金色の光が飛び回りぶつかり合う。
目で追うことすら難しい程のスピードの中、ヴィータとフェイトは幾重にも渡る攻防を繰り返す。
「グラーフアイゼン!」
『Schwalbefliegen』
ヴィータの叫びと共に四個の鉄球が現れる。
(誘導弾!)
それを見た瞬間、フェイトはバルディッシュを振りかぶる。
回避や防御ではない攻撃の為に。
「バルディッシュ!」
『Arc Saber』
瞬間、誘導弾と光刃が同時に放たれる。
「障壁!」
『Panzerhindernis』
ヴィータは防ぎ、フェイトは避ける。
回避するフェイトを誘導弾が追いすがるが、それすら当たらない。
互いの戦闘スタイルが如実に出た一瞬の攻防は、両者にダメージを与えることなく終わった。
実力は完全に拮抗。
戦闘スタイルが似通っていることもそうしてか、互いに決定打をいれられない。
「でやぁあーーー!」
その時、ヴィータの真下から雄叫びと共に一人の獣人が飛び出す。
「バリア……ブレイク!」
オレンジの髪をした獣人は、そのままの勢いでヴィータが形成した障壁に拳を叩き込む。
直後、爆発と共に障壁が消え去る。が、肝心の術者、ヴィータ自身には拳は届かない。
「このぉ!」
怒りに身を任せ、爆風によりバランスを崩しているアルフ目掛けヴィータが接近。
グラーフアイゼンを振るう。
寸前で気付いたアルフも障壁を形成し防御するが、力が足りない。
障壁ごとその身を吹き飛ばされる。
チャンスとばかりにヴィータは追撃をかける為、間合いを詰めていく。
が、それは下方から振るわれたバルディッシュにより阻止される。
『Pferde』
反射的にヴィータは高速移動魔法を発動。
足元に現れた魔力で出来た小さな竜巻により、その体を一気に加速させ距離を離す。
フェイトも追いすがるが、高速移動魔法相手では些か分が悪く、距離は離れていった。
「バインド!」
ヴィータが距離を離しきるよりも早く、アルフはバインドにより加速魔法を打ち消す。
ヴィータの動きが止まる。
その隙を見逃すフェイトでもなく、風切り音とともに即座に距離をつめバルディッシュを振るう。
負けじとヴィータもグラーフアイゼンを振りかぶる。
直後、轟音と共に二つのデバイスが重なる。
互いに渾身の力を込め押し合う。
(カートリッジ残り二発……いけっか?)
その体勢のままヴィータは冷静に状況を把握する。
敵は五人、内一人は戦闘不能、もう一人は魔力を持たないただの人間。
戦えそうなのはオレンジ髪の守護獣と金髪の女、あとはマントを羽織った男だけ。
守護獣とマントはデバイスを持っていないとこから見てサポート要員だろう。問題なのは目の前のコイツだ。
コイツは相当強い。
スピードだけを見れば自分を遥かに超えている。まともに戦ったら手こずるかもしれない。
(……でも負ける訳にはいかねー。あたしはベルカの――はやての守護騎士なんだから……)
二人は距離を取り。
ヴィータは敵対心を込めた瞳でフェイトを睨む。
フェイトも臆することなくその目を見据える。
互いの目に宿るは強い意志。
――戦いは始まったばかり。
■□■□
屋上に上がった三人の目に映ったものは、アルフのバインドにより身動きを封じられている襲撃者。そしてそれに近付くフェイトだった。
ユーノとなのはが安堵の溜め息をもらし、それに続きヴァッシュも胸をなで下ろした。
――その時だった。
突然ピンク髪の女と褐色の肌をした男がどこからともなく現れた。
突然の乱入者にフェイトとアルフの二人は反応しきれず吹き飛ばされる。
「フェイトちゃん!」
なのはが悲痛な叫びを上げる。
「まずい……!助けに行かなくちゃ!」
そう言いユーノは魔力を高め、呪文を唱える。
同時になのはの足元に魔法陣が現れ、それを囲うように結界が現れる。
「癒やしと防御の結界だよ。なのはとヴァッシュさんはそこで待ってて」
ユーノはそう言い空へと飛翔する。
「待つんだ!ユーノ!」
――寸前でヴァッシュに呼び止められた。
「何ですか、早く行かなくちゃマズいんですよ!」
焦るユーノにヴァッシュは冷静に口を開く。
「……作戦を考えた」
「?……作戦?」
「そう。あいつらを一網打尽する取って置きの秘策さ」
ヴァッシュはおどけながらそう言い、ユーノとなのはに作戦を話し始めた。
「……ちょっと待って。それじゃあダメだよ。あの子達を抑える人がいないよ」
「そうですよ。僕が戦えない分戦力が減っちゃいます。なのはは戦えないし……」
ヴァッシュが言った作戦には明らかに人が足りない。最低でももう一人は人がいなくては成立しない。
だが、ヴァッシュはさも当然のようにその問題の答えを口にする。
「俺が戦う」
かなりぶっ飛んだ答えを。
「時間がない。今すぐ頼むよユーノ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!ヴァッシュさんが足止めするんですか!?無茶ですよ!」
「ダ、ダメだよ、ヴァッシュさん!危険すぎます!」
そのままフェイト達の元へ行こうとするヴァッシュを、二人は慌てて引き止める。
ヴァッシュの策自体は良案と言っていいかもしれない。
いや、むしろ敵を捕まえるのを目的とするのならこれ以上ない案だ。だけど明らかに無茶な点がある。
それはヴァッシュが足止めをするということだ。二人から見てヴァッシュは魔力も持たない普通の人だ。
そんな人に魔導師と――しかもフェイトとも互角に戦えるような魔導師と戦わせる訳にはいかない。
だが、そんな二人の気持ちは届かず――
「ってことで、任せたぞユーノ!出来るだけ早く頼むよ!」
――ヴァッシュはビルとビルの間を器用に飛び跳ね、去っていってしまった。
「ヴァッシュさん!」
痛みを押してヴァッシュを追いかけようとするなのは。
「なのは、無理しちゃダメだ!」
そんななのはをユーノは結界の中へと必死に押し止める。
(まったく、なんて無茶な人だ……)
ユーノは苦々しい顔をしながらそう思う。
なのはも大分無茶だけど、あの人はそれ以上だ。
「はぁ……」
ユーノは深く溜め息をつき魔力を高めていく。
横ではなのはが心配そうな顔でヴァッシュの去った方を見つめている。
今からでも追ってヴァッシュさんを止めてきた方が良いんだろうか?
なのはを見ているとそんな気持ちになる。
「……そんな心配することないさ。フェイトもアルフもいるんだ、大丈夫だよ」
気休めだというのは分かっている。
増援が来る前ならまだしも、今は実質3対3だ。
最低でも一人がヴァッシュと戦うことになるだろう。
しかも、相手はなのはをも撃退したり、フェイトやアルフとも互角以上に戦えるレベル。
誰がどうみても危険だ。普通の人に勝てる訳がない。
だがそのことを言っても、ヴァッシュは止まらない。
躊躇いすら見せず飄々と笑い、行ってしまった。
その行動にはとても強い意志を感じる。
なら、今の僕に出来る事は一つだけだ。
ヴァッシュさんの作戦通りに自分の役目を果たすこと。それだけだ。
(やるしかない)
ユーノは目をつぶり、呪文を唱え始めた。
――一つ、二人が知らないことがあった。
いや、なのはは話には聞いたが実際に目の当たりにしたことがない。
二人は知らない。
銃が社会を支配する惑星で銃一つで生き抜いて来た男の実力を。
そう、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの実力を彼女たちは知らない。
■□■□
ユーノ達の所から少し離れたビルの屋上。
ヴァッシュは相棒とも呼べる銃を握りながら、空を眺める。
空では赤、紫、金、橙、銀、五色の光が飛び回っている。
「……恨むぜ神様」
ヴァッシュはその中の一つの光に狙いを定め、一人ごち、深く息を吸う。
今日の午前中までは楽しい時が流れていた。みんなと騒ぎ、笑う毎日。明日が楽しみで仕方がない毎日。
だが、それは無遠慮な襲撃者によって崩れさった。
(いや……まだ崩れてはいない)
そうだ、まだ崩れてはいない。
ヴァッシュは銃を握る。
また明日からあの楽しい日常を送るためヴァッシュは銃を構える。
「本当に気に入ってたんだぜ……今の生活が」
そう呟き、ヴァッシュは引き金を――引いた。
■□■□
(強い……!)
増援の魔導師――シグナムの猛攻を回避しながらフェイトはそう思った。
戦況は明らかにフェイトにとって不利。さっきから攻め込む隙すら掴めていない。
フェイトがここまで追い詰められている原因は三つ。
一つ目は純粋にこの魔導師の腕が良いということ。
二つ目はカートリッジの存在。カートリッジがもたらす爆発的な魔力増加にフェイトがついていけていないということ。
そして三つ目。数の差。今の状況は単純に3対2。本来ならばユーノが加わっているはずの状況だが、まだユーノはヴァッシュと作戦会議をしている。
そんなことを知る由もないフェイトは必死に敵の攻撃をしのぐ。
だが如何せん相手は同等またはフェイト以上の力を持つ魔導師。未だに倒れていないことが奇跡といってもいいだろう。
ユーノへと念話を飛ばすも結界の影響で届かない。
アルフもザフィーラ相手で手一杯。
戦況はフェイトにとって最悪とも言えた。
それでもフェイトは諦めずに空を駆け続ける。
負ける訳にはいかない。みんなのために。
その気持ちがフェイトを支えていた。
「はあぁぁぁ!」
雄叫びと共にシグナムが向かってくる。
疾風の様なスピード。
だが、純粋なスピード勝負だったらフェイトの方が数段上。
フェイトは後ろに下がり距離を離そうとする。
が、その動きは後方から飛来する誘導弾に阻害される。
フェイトは冷静に誘導弾を回避、再びシグナムとの距離を離そうとするも、そこに鉄槌の騎士ヴィータが現れる。
『Dfensor』
辛うじてバルディッシュが障壁を形成する。
が、その障壁は軽々と突破される。
それを何とかバルディッシュで防ぎ、鍔迫り合いの形に移行する。
「ぐっ……!」
「くぅっ……!」
互いに渾身の力を込め押し合う。拮抗。ピクリとも動かない。
だが、ここでも数の差が出た。
横殴りの衝撃と共にフェイトが吹き飛ぶ。
「大丈夫か?ヴィータ」
「当たり前だろ!」
シグナムの飛び蹴り。
しかも名の通り最高速での飛行状態からの蹴り。
これがフェイトへと繰り出された。
「っ……フォトンランサー!」
蹴りを受けた右腕に走る鈍い痛みを押し殺し、フェイトが二人に対しフォトンランサーを放つ。
だが、そんな単純な攻撃が当たるはずもなく易々と回避される。
(なら……!)
だがそれでいい。回避行動を行うことで次のモーションがワンテンポ遅れる。
そして、フェイトにはその一瞬があれば充分。
「ソニックムーブ!」
瞬間、フェイトの姿が消え、ヴィータの目の前に現れる。
「なっ!?」
ヴィータの顔に驚愕が張り付く。ヴィータも高速移動魔法を持ってはいるが、ここまで早くはない。
いや、今まで戦った相手の中にもここまでの相手はいなかっ
た。
「障壁!」
それでも騎士としての本能が反射的に体を動かした。
障壁と光刃がぶつかる。が、不十分な状態からの障壁でフェイトの渾身の一撃を防ぎきれるはずもなく――
「はあぁぁぁーー!」
フェイトの叫びと共に障壁が切り裂かれた。瞬時に切り返しを放つ。
それは一瞬の勝機を見極めたフェイトの一撃。遂にヴィータに届くかと思われた。
「ヴィータ!」
が、それすらも横から割り込んだ烈火の騎士により防がれた。
隠し玉とさえいえる超加速。
ベルカの騎士の将・シグナムをもってしても追い付くことの出来ないスピード。
シグナム自身も間に合わないと思った。
だが、ヴィータの障壁がそれを間に合わせた。
「そんな……!」
渾身の一撃を防がれたフェイトは驚愕に目を見開く。
「レヴァンティン!カートリッジロード!」
『Explosion』
「紫電一閃!」
そんなフェイトを炎の刃が容赦なく襲う。
『Defensor』
再びバルディッシュが障壁を形成するが防ぎきれない。
姿勢制御すら出来ずにフェイトは吹き飛ばされた。
「ラケーテンハンマー!」
そしてそれに迫るは鉄槌の騎士。
カートリッジ一発分の魔力を込めた鉄槌。
それがフェイトへと迫る。
主の危機に気付いたアルフが援護に入ろうとするが、ザフィーラが割って入り近づけない。
もはやフェイトもバルディッシュもアルフもどうすることも出来ない。
フェイトの体にグラーフアイゼンが突き刺さる、誰もが――ビルから見ていたなのはやユーノでさえそう思った。
――瞬間、轟音が鳴り響いた。
■□■□
驚愕。
誰もが驚愕していた。
なのはも、ユーノも、フェイトも、アルフも、シグナムも、ザフィーラも驚愕の表情を張り付かせている。
彼らは自分が見た光景をにわかには信じられなかった。
もはや止める者のいないと思われたグラーフアイゼンがヴィータの手から吹き飛んだ。
ヴィータが手を離した訳ではない。何かに弾かれるようにグラーフアイゼンがヴィータの手から離れたのだ。
ヴィータは愕然としながら自分の手を見る。
握っていたはずのグラーフアイゼンは無人の街へと落ちている。
何が起きた?
管理局の魔導師をぶっ飛ばそうと突っ込んだ。そこまでは分かる。だがあの衝撃は何だったんだ?
魔力も感じなかった、攻撃が飛んでくるとこも見えなかった。
だけど物凄い衝撃がグラーフアイゼンを襲い手を離してしまった。
ヴィータがゆっくりと衝撃が襲った方向に首を向ける。
そして見た。
銀色の銃をこちらに向けているバカみたいに派手な髪を逆立てている隻腕の男の姿を。
(まさか……銃撃!?そんな馬鹿な!)
ヴィータとて守護騎士として様々な世界で何十何百という戦いを経験してきた。
当然、その中には銃機を武器として扱う敵もいた。だからこそ分かる。この男のした事がどれだけ有り得ないことかを。
(あのスピードの中グラーフアイゼンを狙って撃ったっていうのかよ!)
魔導師同士の高速戦の中で、しかもグラーフアイゼンだけを狙った。そんなことをしたのか?
有り得ない。
少なくとも今まで戦った銃使いの中にはいなかった。
ヴィータは呆然とヴァッシュを見つめることしか出来なかった。
ヴィータだけじゃない。誰も動かない。いや、誰も動けない。目の前で起きた有り得ない出来事に身動きするのを忘れていた。
「……もうやめないかい?こんなことしても何の意味にもならないよ」
静まり返る海鳴市にヴァッシュのどこか抜けた声だけが響き渡った。
――こうしてヴァッシュ・ザ・スタンピードは争乱の中へと足を踏み入れた。
数瞬後、本来の姿を取り戻したのかのように戦場が動きだす。
フェイトが立ち上がり、シグナムがそれに対し剣を構える。
アルフとザフィーラも互いに拳をぶつけ合う。
それぞれがそれぞれの戦いを始める。だが、それでも動かない人物が一人いた。
体を震わせる以外ピクリとも動かない。
「ヴィータ!気を抜くな!」
フェイトと斬り合いながら叫ぶシグナムにも反応しない。ただ、その体を震わすのみ。
(『こんなの無意味だ』……だと……何も知らないくせに……はやてがどんなに苦しんでいるのか……知らないくせに。……みんなはやてと平和に暮らしたいだけなのに……)
彼女を縛っているものは怒り。無遠慮なヴァッシュの言葉が抑えきれない怒りを生み出す。
別にヴァッシュは悪意が有ってこの言葉を叫んだ訳ではない。
戦闘が起こる前に止める。戦闘が起きてしまったら全力で止める。誰も殺させない為に。
それが彼――ヴァッシュ・ザ・スタンピードの生き方だ。
それに従ったが故に出たのが先ほどの言葉だ。
だが、今回は裏目に出た。
ヴィータ達、守護騎士も戦いたくて戦っている訳ではない。むしろ戦いたくないという気持ちの方が大きい。
だが、戦わくては彼女達の大切な主が命を失う。だから戦う。それが主が望まないことだと分かっていながら。
彼女達はそのジレンマとも戦いながらここまで来た。
だがらこそ戦闘を止めようとしたヴァッシュの言葉はヴィータを苛つかせた。
「……邪魔すんなよ」
ヴィータがポツリと呟く。それは誰の耳に届くこともなく空中へと溶けていく。
ヴァッシュはそんなヴィータを期待のこもった目で見る。
(動きが止まった……もしかして戦闘をやめてくれるのか?)
実際はその真逆のことが起きようとしているのだが、ヴァッシュがそれを知る由もない。
(周りの人達は戦闘を再開している。引く気はないのか……。唯一動かないのはこの女の子だけ……どうする?)
気持ちとしては直ぐにでもフェイトの援護に向かいたかったが、ここでこの子がどう動くか見るのも必要だと考えヴァッシュは必死に押しとどまる。
「頼む!引いてくれ!こんなことして何の得になるんだ!」
そして再度言葉を飛ばす。ヴィータの心に届くと思い、必死に説得する。
――それが火に油を注ぐ行為だとも知らずに。
「うおおぉーーー!」
ヴァッシュの言葉がヴィータの鼓膜を揺らし、脳がその意味を理解した瞬間、ヴィータの頭は怒りで真っ白になった。
落下中のグラーフアイゼンを拾い、一直線にヴァッシュへと接近。
グラーフアイゼンを振り下ろす。
常人だったら反応することすら出来ない渾身の一撃。
だが、それは目標に当たること無く、屋上に小さなクレーターを作るに終わる。
その横ではヴァッシュが冷や汗を流しながら転がっている。
いきなりの激昂に訳が分からず驚愕に目を見開いている。
そんなヴァッシュにヴィータは息付く暇も与えずグラーフアイゼンを振るい、流れるように攻撃を繰り出す。
時には体を捻り、時には跳ね、ヴァッシュはその全てをかわしていく。
が、端から見てもその回避行動には余裕がない。
ヴァッシュは前方に転がり、間合いを離す。
すると、いきなりヴァッシュはヴィータに背を向けた。
その意味不明の行動にヴィータの動きが一瞬止まる。
その隙にヴァッシュが全力で走り出す。
(……は?)
――逃亡。
ヴァッシュは躊躇うことなく尻尾を丸め逃げることを選んだ。
神業ともいえる銃撃をした男のその行動にヴィータはついて行くことが出来なかった。
「て、てめぇ!何逃げてんだよ!」
数瞬後、我に返ったヴィータが叫ぶが、その頃にはヴァッシュは数個先のビルに飛び移っていてもはや米粒大になっていた。
「何なんだよ!あいつは!」
苛ついたようにヴィータはそう叫び、後を追いかけ始めた。
「何てスピードとパワーだよ!こんなの勝負にならないって!」
ビルからビルへと飛び跳ねながらヴァッシュが悲痛の叫びを上げる。
その目には軽く涙が浮かんでいる。
「あれ?前にもこんな事なかったっけ?…………あれだ!あの、街全体が襲ってきた時だ!確かあの時もこんな感じで建物と建物を飛び回って逃げてた気が……ってそんなこと言ってる場合じゃないっつーの!ユーノ!早くしてー!」
泣き言を喚きながら逃げ回る主人公。
……なかなか締まらない主人公である。
(…………ん?)
その時ヴァッシュの耳に風を切り裂くような音が聞こえた。
不思議に思い顔を向けるとそこには二つの鉄球。
しかも、それは流星の如く速度でヴァッシュへと迫ってくる。
「うおぉ!?」
ヴァッシュは反射的に身を屈め回避する。トンガリ頭を掠めたが何とか回避には成功。
ヴァッシュはホッと胸をなでおろす。
――だが、残念なことに守護騎士の攻撃はそんなに甘くない。
鉄球は空中で弧を描くと再びヴァッシュ目掛け飛んできた。
「なっ!?」
ヴァッシュの顔が驚愕に染まる。
――誘導弾。
ヴァッシュは知るはずもないが魔法にはそういう便利な攻撃が存在するのだ。
だが、流石はヴァッシュ。驚きながらも体が反応する。
横っ飛びにそれらを回避。
(誘導性はそこまで高くない……なら……)
ヴァッシュは屋上の出入り口を背にするように立つ。
そして再び身を屈めて回避。
攻撃対象を失った誘導弾が再度ヴァッシュに狙いを定めようとするが、それより先に壁に激突し爆散する。
「よし!」
ヴァッシュが歓声と共に顔を上げた。
――瞬間、グラーフアイゼンでのフルスイングがヴァッシュを直撃した。
ヴァッシュの体が紙切れのように吹き飛ぶ。
そして数回のバウンドの後、フェンスにぶつかりようやく止まる。
ヴァッシュは倒れ伏したままピクリとも動かない。
それをヴィータは冷酷な目で見つめ、グラーフアイゼンを構える。
そして呟く。
「……死んだふりなんて通じねーぞ」
ヴィータの言葉にヴァッシュの体がピクリと反応する。
よくよく見ると、ヴァッシュの体が僅かに冷や汗をかいている。
ヴィータはため息を一つつきグラーフアイゼンを振り下ろす。
「おわ!」
叫びと共にそれを回避したヴァッシュに、ヴィータは苛立ったようにグラーフアイゼンを振り下ろす。
ヴァッシュは器用に寝転がった状態でそれらを回避する。
そして、一瞬の隙をつき間合いを離す。
「いやー良く分かったね」
飄々とした笑みを浮かべながらヴァッシュが立ち上がる。
「あたりめーだ!ベルカの騎士なめんな!てめーが防御したことぐらい分かるっつーの!」
ヴィータが、ヴァッシュの銃を見ながら怒鳴る。
ヴァッシュはグラーフアイゼンが命中する寸前、銃身で攻撃を防いだ。
さらにわざと後ろに吹き飛び、衝撃を散らす。その上衝撃を吸収しやすいフェンスへと突っ込むというオマケ付き。
(何なんだ!こいつ!)
ヴィータは苛立つ。
有り得ない銃撃をお見舞いしたかと思いきや、いきなり逃走を始め、ようやく攻撃が当たったかと思えば、人間離れした体捌きで防ぐ。
訳が分からない。相当な実力を持っている筈なのに何でそれを見せない?
ヴィータのイライラは加速していく。
ヴィータはヴァッシュにグラーフアイゼンを突きつける。
「おめーやる気あんのか?」
静かな怒りを含んだヴィータの呟きは――
「うーん……どうなんだろう」
――やる気のない呟きにて返された。
ヴィータはその言葉に対しグラーフアイゼンで返答しようと構える。が、次に放たれたヴァッシュの言葉により動きが止まる。
「実際の所さ、まだ信じられないんだよね。このこと」
ヴァッシュは苦笑いを浮かべながら呟く。
「は?」
「だってさ、夕ご飯の時まであんなにのんびりとしてたんだよ?それがいきなり人が消えて、なのはが空を飛んで……挙げ句の果てに魔法とか言われたてもさ。こっちとしては夢としか思えないわけなんだよ。だからどーもね……」
「……何が言いてーんだよ」
「でも……もしこれが夢だとしても……君たちがこの平和な日常を壊そうとするのなら……俺は絶対に止めてみせる。命を賭けても」
ヴァッシュはゆっくりと懐から銃を抜く。
「この平和な日々は終わらせない、絶対に!」
ヴァッシュは静かに銃の狙いをつける。
――瞬間、空気が変わった。
さっきまでへらへらしていた男からは考えられないほどの雰囲気。
瞬時に本能が察知した。この男の危険さを。
そして、今までの数百年に及ぶ戦いの記憶が叫んでいた。本気でいけと。
「何なんだよ……お前……!」
知らず知らずの内に口から言葉が出た。
「僕かい?僕はヴァッシュさ。よろしく」
その質問にヴァッシュは先ほどと同じ飄々と笑みを浮かべそう答えた。
ヴィータは空を舞い、グラーフアイゼンを構える。
二人を静寂が包む。
互いに動くことなく、静かに時が流れていく。
ヴィータの頬を一滴の汗が流れる。ヴィータはそれを拭わない。いや、拭えない。
重力に従い汗が流れ落ちる。
そして汗が落下し地面へと触れた瞬間――
「アイゼン!」
ヴィータが動いた。
叫びとともに四発の魔力弾を形成、発射する。
「カートリッジロード!」
『Explosion』
次いで、カートリッジをロード。
膨大な魔力が発生する、その全てをグラーフアイゼンに流し込む。
同時にグラーフアイゼンが形を変えていく。
その姿はなのはを討ち、フェイトのとどめにも使おうとした切り札。
それを切った。
ラケーテンハンマーの推進力を用いてヴァッシュへと加速。
瞬間、魔力弾がヴァッシュの足元で爆発。
爆煙がヴァッシュを包む。
魔力弾はヴァッシュから外れた。いや、違うわざと外した。魔力弾は逃げ場を奪い、更に視界を爆煙によって覆う。
そして逃げ場と視界を奪われたヴァッシュへ本命の一撃を叩き込む!
(勝った!)
ヴィータは勝利を確信する。
防御も意味をなさない。回避場所も奪い、視界も奪った。
そしてヴィータは見た。爆煙に怯むことなく自分に銃を構えるヴァッシュの姿を。
(マズイ!)
一瞬、頭に危険信号が灯る。
だがヴィータは頭からそれをすぐに追い出した。
今は迷ってる暇なんてない。ここまで来たら渾身の力を込め一撃を振るうのみ。
奴が撃つのが早いか、こちらの一撃が届くのが早いか。
勝負だ!
――再び無人の海鳴市に轟音が鳴り響いた。
■□■□
「グッ!」
そして苦悶の叫びとともにヴァッシュが吹き飛ばされた。屋上の出入り口へと激突。激しい音が響く。
ヴィータは荒い息を整えながらヴァッシュの吹き飛んだ方を見る。
「……なんで……」
ヴィータの口からポツリと呟きが漏れる。
「……なんでだよ!」
それは叫びへと変わる。
だが、その問いに答えるものはいない。
「何でだよ……何で……あたしを撃たなかった!?」
銃痕。
ヴィータの持つグラーフアイゼンにそれがあった。
結果だけを言うのならヴァッシュの方が早かった。グラーフアイゼンが届くより一瞬早くに銃弾は発射されていた。
だが、それはヴィータに当たることなくグラーフアイゼンへと命中した。
いや、ヴィータには分かっていた。グラーフアイゼンに当たったんじゃなく、当てたんだということを。そう、自分ではなくグラーフアイゼンを狙ったということを。
あの一瞬、グラーフアイゼンに物凄い衝撃が走った。
後少し力を緩めていたらグラーフアイゼンは弾き飛ばされていただろう。
確かに良い手だった。後少し力を緩めていたらグラーフアイゼンが弾き飛ばされていた。
それでも疑問に思う。
なぜ自分を狙わなかったのかと。
あそこでヴィータを撃っていれば確実に攻撃は止められたはずだ。なのになぜアイゼンを狙ったのか。
「ちくしょう……情けでもかけたつもりかよ!」
ピクリとも動かないヴァッシュへヴィータの怒鳴り声が降りかかる。
「ちくしょう……ちくしょう……!」
悔しい。
ただの人間に手を抜かれるなんて。
しかも手を抜かれてなかったら負けたかもしれないなんて。
何百年と守護騎士として戦ってきたのプライドがコケにされた様な気分だ。
(何をしているヴィータ!)
その時、シグナムからの念話が届きヴィータは我に返る。
そうだ、今はプライドなんて関係ない。
どんな卑怯な手で勝ったとしても敵の情けで勝ったとしても、そんなのどうでもいい。
どんな手段を使ってでも闇の書を完成させる。はやての為に、何としても。
ヴィータの目に力が宿る。
「勝ちは……勝ちだ」
最後にそう呟き飛び上がろうとし――
「……まだ……だ」
ヴァッシュが立ち上がった。
その体はボロボロ。頭からは出血、全身は打撲により悲鳴を上げている。
もはや立ち上がることすら奇跡といえる程の状態。
それでもヴァッシュは立ち上がった。
「お、お前……何で立てる……!?」
微かに震えた声でヴィータが問う。
いくら非殺傷設定とはいえラケーテンハンマーの一撃をバリアジャケットもなしにくらったんだ。
立てる訳がない。
「……行かせ……ないよ」
それでもこいつは立っている。
視点も定まらず今にも倒れそうなのに立っている。
「も、もういいだろ!あたしの勝ちだ!そんな体でどうするって言うんだ!?」
「決まってるだろ戦うのさ……」
「ッ!其処まですんなら何であたしを撃たなかったんだよ!そうすりゃお前の勝ちで終わったんだ!何でわざわざグラーフアイゼンを撃ったりした!」
ヴィータが激昂する。
逃げ回り、死んだふりをしたかと思えばこんなボロボロになっても立ち上がる。
そのくせ、敵を倒せる絶好のチャンスにも武器を狙って銃を撃つ。
訳が分からないことばかりだ。
苛つく。
この男の行動全てが気に食わない。
そんなヴィータにヴァッシュは苦笑しながら答える。
「……だってなのはやアリサ達に怒られちゃうだろ……君みたいな可愛い子を撃っちゃったら……」
その言葉にヴィータは何も言えなくなる。
本来だったら馬鹿にされたと思い殴りかかるとこだが、何故か今回は動けない。
そして苦虫を噛み潰したような顔して一言。
「……お前……馬鹿だろ」
決して侮蔑としての意味でなくヴィータは呟いた。
その返答にヴァッシュは苦笑する。
二人の間に何ともいえない奇妙な空気がながれる。
でも互いに引く訳にはいかない。
すぐに顔を引き締めヴィータはグラーフアイゼンを構える。
「悪りーけど寝ててくれ」
ヴィータがそう言ってグラーフアイゼンを振り上げ――次の瞬間、桜色の奔流が天に向かってほとばしった。
それは易々と結界を突き破り空へと延びていく。
手負いの魔導士とデバイスが執念で放ったそれは結界を破壊することに成功した。
ヴァッシュはその光を見て安堵の笑みを浮かべる。
「作戦成功……かな?」
そして糸が切れたかのように倒れた。
(結界が破られた……引くぞ!)
突然の事態に唖然とするヴィータにシグナムからの念話が届く。
それは撤退を告げる言葉。
ヴィータはチラリと倒れたヴァッシュを見た後、空へと舞い上がる。
(ええ……みんな一旦散っていつもの場所――)
不意にシャマルからの念話が途切れた。
(シャマル?どうした?)
ヴィータは転送魔法の使用を中断し呼び掛ける。
だがシャマルからの返信はない。
シャマルに何か合ったのか?
そう思いシグナムとザフィーラにも念話をとばす、がどちらからも返事は返ってこない。
(おい!シグナム、ザフィーラ!)
嫌な予感がする。
まさか……まさか。
「無駄だよ」
必死に念話を飛ばすヴィータに背後からの声がかかる。
ヴィータが驚きながら振り返ると茶色のマントを羽織った少年――ユーノがそこには居た。
「何だと?」
武器を構えユーノを睨む。
「結界を張った。念話は届かないし逃亡も出来ないよ」
「……結界!?」
「そうだよ」
馬鹿な!こんな広域結界をそんな簡単に?
「正直ギリギリだった……。なのはが居なければ結界の破壊は出来なかったし、ヴァッシュさんが居なければ結界を形成する暇もなかった」
その言葉を聞きようやくヴィータはヴァッシュの目的を理解する。
時間を稼ぐ為だ。
結界を破壊し、逆に結界を張り自分たちを一網打尽とする。
それが目的だったんだ。
だからあんな実力を持っているのに逃げ回り、死んだふりをし、ボロボロになっても立ち上がった。
ヴィータは悔しさに顔をしかめ倒れ伏しているヴァッシュを睨む。
「もう諦めるんだ。あと数分もすれば管理局が君達のことを解析し終える」
「……くっ!」
ヴィータは必死に脱出の方法を考える。
だが、一人では無理だ。
カートリッジがあれば話は別だが、残弾はゼロ。一発もない。
ギガントどころかラケーテンすら形成出来ない。
シグナムのファルケンなら壊せるかもしれないけど、ファルケンを撃つには三発のカートリッジが必要。
やたらめったらカートリッジを使うシグナムが三発も残しているとは考え難い。
ヴィータは微かな手詰まり感を感じながら、それでも諦めずに考える。
(こんなとこで捕まってたまっか!ここであたし達が捕まったらはやては……はやてはどうなるんだよ!)
「もう諦めるんだ。悪いようにはしない」
だがいくら考えてもこの状況を打開出来る策が考えつかない。
ヴィータは悔しさに涙を浮かべながらユーノを睨む。
――その時だった。
結界に一本、垂直に線が走った。まるでカッターで紙を切るかのようにすっぱりと。
そして、一瞬後結界が消失する。
(みんな!転送するわ!)
それと同時にシャマルの念話が守護騎士達に届く。
(闇の書を使ったのか……)
そこで、ようやくヴィータはその考えに至った。
自分たちが不甲斐ないばっかりに。
(シャマル、ごめん助かった……)
ヴィータは謝罪の念話を飛ばし、転送された。
ユーノが必死に追いすがろうとするが転送魔法に追い付ける訳もなく、みるみるうちに距離が離れる。
空に四色の光の筋が走る。
バラバラの方向に飛んでいくそれをユーノは茫然と見つめることしか出来なかった。
■□■□
「悪い……シャマル……」
とあるビルの屋上。
そこでヴィータはポツリと謝罪を述べる。
「すまない……あの短時間で逆に結界を張ってくるとは考えていなかった……」
シグナムも苦々しい顔をしながら呟く。
ザフィーラも口には出さないが悔しそうな顔をしている。
そんな三人を見てシャマルは笑いながら口を開く。
「そんな気にしないで三人とも。みんなが無事だっただけでも良かったわ」
「でも、闇の書を使ったんだろ!?あの結界を壊す為に!……せっかくページが増えて来たのに、また……!」
それきり重い沈黙が四人を包んだ。
「……そ、それがねヴィータちゃん――「……何をやってるのかと思えば……そんなことをしてたのか」
本当のことを話そうとしたシャマルの言葉をせき止め男の声が響く。
ザフィーラの声とはまた別の男の声。だけど聞き覚えのある声。
四人は一斉に声が放たれた方へと顔を向ける。同時にヴィータが驚きの声を上げる。
「ナイブズ!?」
そこにいたのは金髪の青年、ナイブズ。
驚く守護騎士を尻目にナイブズは呆れた表情を浮かべヴィータ達へと近付く。
「……何故ここにいる?」
「最近お前らの様子がおかしかったからな。つけさせてもらった。……苦労したんだぞ。服が変わったかと思えばいきなり空を飛び始めて。追う方の身にもなれ」
ナイブズはため息をつく。
「つけてきただと……?」
「そうだ。一部始終見させてもらった。それで一つ質問だ……お前たちはあそこで何をしていた?」
その言葉に四人の動きが止まる。
「訳の分からぬ恰好で空を飛び回り、これまた訳の分からぬ恰好をした奴らと戦闘をし、ザフィーラに至っては人間に変身すらした。何が何だか全く理解出来ないのだが」
「そ……それは」
四人は何も言えない。
まさか同居人につけられていたとは。
マズい、どうする?
四人は何とか乗り切ろうと頭を回すが、次にナイブズから放たれた一言によりそんなことは頭から吹き飛んだ。
「しかも捕まりそうになりやがって……俺が助けてなかったらどうするつもりだったんだ?」
「ちょっと待って!あれはあなたがやったの!?」
慌てた様子でシャマルがナイブズに詰め寄り問う。
「そうだ」
しれっと告げるナイブズにシャマルは驚愕する。
「……何のことだ?」
訳が分からない三人は首を捻る。
そんな三人に向き直りシャマルはさっきの出来事を説明する。
「みんな私が闇の書を使ってあの結界を破壊したと思ってるでしょ?」
「シャマルじゃねーのか?……んじゃ、シグナムか?」
シグナムは首を横に振る。
「私では無い……」
「だから、俺が壊したと言ってるだろう」
ナイブズが再度呆れた顔をしながら腕を組む。
「…………は?」
そんな言葉を信じられる訳もなくヴィータは訝しげな目でナイブズを見る。
「何言ってんだよ。普通の人間にそんなこと出来るかって」
「……残念だが俺は普通では無くてな……」
そう言いナイブズが右手を掲げる。
そして次の瞬間、ナイブズの人差し指の形が変わっていく。
その現象に全員が唖然とする。
そして瞬く間にナイブズの人差し指はナイフのような形状になった。
ナイブズは守護騎士から離れると、それを軽く振るう。
するとキン、という軽快な音と共にコンクリートに斬撃の痕が刻まれた。
場が驚愕に包まれる。
「お、お前それ……」
「お前らには隠していたがな……。生まれつきの能力だ。まぁ本気を出せば結界とやらくらいは簡単に破れる」
ナイブズは指を元の形へ戻しシグナムの方へと向く。
「さぁ……俺は秘密を話した。次はお前達の番だ」
愕然とした表情で固まっているシグナムは、その言葉に我に返る。
チラリと他の三人を見ると三人とも複雑な表情をしている。
話すべきかどうか迷っている、そんな表情だ。
それを見てほんの少しの逡巡の後、シグナムは口を開いた。
「お前は信じるか分からないが――」
そしてシグナムは話した。魔法のこと、自分たちは闇の書から生まれた守護騎士だということ、そして闇の書の存在がはやてを蝕んでいること、闇の書を完成させればはやては助かること、そしてそれは犯罪だということ、全てを話した。
「……予想以上だな。そこまで不思議な話だとは思っても見なかった……」
その全てを聞き終えた後ナイブズが静かに呟く。
まだ半信半疑、そんな表情をしている。
「ナイブズ……二つ、頼み事を聞いてくれないか?」
そんなナイブズにシグナムが近づく。
「何をだ?」
「一つはこのことを主はやてに言わないこと」
「あぁ、それくらい分かっている。任せておけ」
笑いながらナイブズは即答する。
その答えに守護騎士の面々はホッと胸を撫で下ろした。
「もう一つの頼みとは何だ?」
少し迷った後、シグナムは口を開く。
「…………闇の書の完成に手を貸してくれないか?」
いきなりのシグナムの言葉にナイブズは驚きの表情を見せる。
が、すぐに真剣な表情になり考え込む。
「……シグナム、それははやてを救う為なんだろう?」
「ああ、そうだ」
その答えを聞きナイブズは笑みを浮かべる。
「……手伝おう。いや、むしろ手伝わせてくれ。はやては俺の命の恩人だ。そのはやてを救うためならこの力、喜んで使おう」
「……済まん」
「そんな顔するな。俺達は家族だろ」
シグナムは深々と頭を下げる。
「それじゃ、はやてちゃんの所に戻りましょうか!大分遅くなっちゃいましたし」
シャマルのその言葉に守護騎士達は屋上の出入り口へと入っていく。
「おい、ナイブズ!行かねーのか?」
「あぁ少し考え事をする。先に戻ってろ」
「?……分かった。飯までには帰ってこいよー」
そう言いヴィータも階段を降りていく。
そして屋上にナイブズ一人が残される。
「……ふ、闇の書か……予想以上の物を掘り当てたな……。それに……」
誰もいなくなった屋上にナイブズの呟きが響く。その顔にあるのは僅かな歓喜。
ナイブズにしては珍しい作り笑いではない心の底からの笑みが顔に浮かぶ。
「ヴァッシュ、やはりお前も来ていたか……」
ナイブズの脳裏にヴィータと戦っていた男の姿が蘇る。
あの髪型、飄々としていた雰囲気、確かにあの男だ。
ナイブズの笑みがさらに深まる。
それは見る者が見ればすぐさま理解する狂気の笑み。
眼下には溢れかえる程の人が道路を存在している。
それをまるで虫を見るかのようなに無感情な眼でナイブズはそれらを見つめ、翻る。
――砂の惑星以上に人間が蠢くこの世界で破滅者は何を考えて、どう行動するのか。
それは誰にも分からない。