――程良く整備された林道を、その一行は歩いていた。
 賑やかに、にぎやかに。

 それはそれは、賑やかなものです。

 先頭を行くのは赤と緑の瞳を持つ女の子。「あっるっこー、あっるっこー♪」

 その右側には、黒い猫の耳と尻尾を持つ女の子。
「わたっしはぁ、げぇんきー♪」

 その左側には、白い猫の耳と尻尾を持つ女の子。
「あっるくのー、だいっすきー♪」

 それはもう元気よく、
「「「どぉんどぉん、ゆーこーおー♪♪♪」」」
 声高らかに、歌います。
 この歌は、先頭を行くヴィヴィオが、ニジュクとサンジュに教えたもの。
 今やすっかり仲良しさんな三人は、遊び疲れも何のその、双子もすっかりお気に入りとなりましたこの歌を、
気持ちよく元気よく、合唱しながら、脇目もふらず行進します。

「ねぇ、ヴィヴィちゃ?」
「なに、ニジュク?」
「このおうた、たのしいね」
「でしょ、楽しいでしょ♪」
「ねぇ、ヴィヴィちゃん?」
「なに、サンジュ?」
「あるくの、たのしいね」
「このお歌歌うと、歩くの楽しくなっちゃうよね」
 ヴィヴィオの言葉に、うんうんと頷く、ニジュクとサンジュです。

「このおうた、なのさんに、おそわたの?」 元気よく腕を振りつつ、ニジュクが尋ねます。
「そだよ、これは、なのはママに教わったの」 やっぱり腕を振りつつ、ヴィヴィオは答えました。
「ほかにも、いろんなおうた、しってるの?」 瞳をキラキラさせて、サンジュが尋ねます。
「うん。あと、フェイトママとか、はやてお姉ちゃんとか、色んな人から教わったよ」
 コロコロと笑いながら、ヴィヴィオは答えました。

「ふぇいと、まま?」
「はやて、おねえちゃ?」
 双子が首をかしげます。
「ヴィヴィオのもう一人のママと、ママ達の友だち。やっぱりとっても優しくて色んな事知ってるの。二人にもあとで会わせたげるね」
「やさしいの? ほんとに?」
「もちろん」
「もっとおうた、おしえてくれる?」
「だぁいじょうぶ♪」
 ヴィヴィオはウインクして答えました。
「たのしみぃ♪」
「たのしみたのしみ♪」
 双子の腕が、よりいっそう元気よく振られます。

「あっるっこー、あっるっこー♪」
「わたっしはぁ、げぇんきー♪」
「あっるくのー、だいっすきー♪」
「「「どぉんどぉん、ゆーこーおー♪♪♪」」」

 三人の子供達の元気な歌声が、公園出口に続く林道に、それは元気よく響き渡ります。
 その子供達の背中を見つめながら、林道を歩く大人二人。その周りを小さな影が飛び回っている。

「やれやれ。でも、本当に、聴いてて元気の湧いてくる歌ですね」
 いかにも重そうな棺桶を、特に苦も無さそうに背負う、黒ずくめの旅人が、
その大きな帽子の鍔をつまみ上げて言った。その表情は、控えめに、苦笑。

「ええ」
 そんな黒い旅人――クロの様子に、本当に何故か可愛いな、と思いつつ、
管理局の白いエース――高町なのはは答えた。その表情は、対照的に、晴れやかな笑顔。
「心が挫けそうな時に歌うと、本当に元気になっちゃうんですよ、あの歌」

「まっ、おかげであの二匹、まぁた無駄に元気になっちまったけどな」
 その二人につかず離れずパタパタと飛び回る、小さな黒い影――コウモリのセンが、半ば呆れたように言った。

「もっとも、疲れてへたり込んでる二匹見るよか、全然良いかもな」
 二人の顔を見つめて、言った。
「何より、見ていると、なぁんかこっちまで無駄に元気になってくる。無駄に気持ち良く、な」
「無駄に無駄に、って言うのは、ちょっと余計じゃないかな、センさん?」
 なのはがセンに、些か眉をつり上げて迫る。
 しかし、すぐに相好を崩し、
「でも、つられちゃいますよね」
 そして、そんななのはの言葉に、
「元気は、無いより、あった方が良い」
 クロはこくりと頷いた。
「そうでなくては、少なくとも私達は旅を続けられませんから。なのはさんや、ヴィヴィオちゃんも、ね」
 そして、なのはに穏やかな笑顔を向ける。
「ええ、みんな、元気でいるのが一番です、にゃはは」
 なのはは、はつらつとした笑顔で答えた。
「はぁ~あ、仲良きことは良きことかな、あっちもこっちも、仲良しこよしでございー、っと」
 そんな二人の様子に、大仰に溜息をついてセンは空中でくるりと一回転をして見せた。
 だが、特に拗ねてる風も無し。
 しいて言えば、……いや、敢えて言うまい。 きっと、セン自身が知られたくはないだろうから。


「――そう、言えば」
 不意に、なのはは何かに思い当たったようだ。
「クロさん達って、そもそもどのくらい旅をしているんですか?」
 傍らのクロに、そう尋ねた。
「……もう、どのくらいになる、かな」
 クロは、自分に言い聞かせるように、言った。
「ねぇ、セン、覚えてる? 私達が故郷を離れて、どのくらいになるのかを」
「さぁてね、もう年月を数えるのも面倒になっちまったしなぁ」
 クロの棺桶で羽を休めつつ、センはあごに手(?)をやって瞑目。
 そして、あごをさすりつつ、
「ただ、お前が十歳に近くなった頃に、旅を始めたってのは覚えてる。よくびーびー泣いてたのもな、へへ」
 片目を開けて、にやりと笑った。
「……それは、忘れてくれる方が良い」
 帽子の鍔で、クロは表情を隠す。
「はぁ~、そんな頃から、旅を」
 きっと自分は今、驚くやら、呆れるやらと言った、複雑な顔をしているだろうなと、なのはは思った。正直、言葉に詰まった。
「そうなると、とても大変だったんじゃないですか? むしろ、それ以前に何でそんな」

「『そんな小さな頃から旅をしているのか』……そうですよね」
 クロは、なのはに顔を向ける。

「普通、そんな歳で何時終わるとも知れない旅に出る、なんて信じられないですよね」
 呟いて、顔を背けて、鍔でクロは顔を隠す。
 なのはは、何かを言いかけて、しかし、押し黙った。かける言葉が見つからなかった。


「――なんか、むつかしいかお、してるね」
「どうしたのかな、クロちゃんになのさん?」
「ママ、クロさん……」
 後ろの様子に、子供達の顔も些か曇り気味です。
ちょっと先を行き過ぎて二人の声は聞こえませんが、様子がおかしいことくらいは解りますから。


「……仕方ないですよ、旅に出るしかなかったのだから」
 やがて、クロが口を開く。努めて、明るく振る舞う声だった。
「私達が、私達を取り戻すために」
「ああ、そうするしかなかった」
 センが、続く。
「『あいつ』の後を追いかける。そして捕まえる」
 さっきまでとは違う、神妙な面持ちのセン。

「『あいつ』にかけられた魔法を解くには、それが近道だからな」

 なのは、絶句。
 そして、クロにであった時に漏らした言葉を思い出す。

『あなたの体は、もしかして本当は――』
 あなたの本当の体では、ないのではありませんか、と。

(そう、私はクロさんに出会って、不意にそんな気がして、思わず口にしちゃったんだけど……)

 その勘は、正しかったのだ。
 あの時はうやむやにされたが、成る程。
「でも、……だからって、だからって」
 何で、そんなの平気だって顔を、無理矢理作ろうとするの。絶対、辛い旅路だったはずなのに――。
 なのはの足が、止まる。

「……なのはさん?」
 そのことに気付き、クロも足を止め、ふり向いた。
「――センさんの言う『あいつ』って、どういう存在なんですか、クロさん」
 クロに顔を向けず、なのはは尋ねた。
「……申し訳ありません」
「教えて、くれないんですか?」
「……すみません」
「もしかしたら、何か力になってあげられるかも知れないのに?」
「……そこまで、甘えさせてもらうわけには、いきませんよ」
 涼しい表情で、クロはそう言った。
 なのはは、バスケットを持つ手に力がこもっている自分に気付いた。肩も、小刻みにふるえているかも知れない。
「私、クロさんに、とって、一体……」

「――ああ、ところでなのはさん、ヴィヴィオちゃんの言っていた、フェイトさんやはやてさん、て」

 唐突に、クロは話題を変えようとした。
 努めて、明るく振る舞って。
 なのはの中で、何かが弾けた。

「クロさんッ! はぐらかさな――」

 唐突に、クロの指が、激昂寸前のなのはの唇に、柔らかく押し当てられる。
 問答無用で、なのはは沈黙させられた。

「子供達が見ています。あの子達に、いらぬ心配をかけさせられない」
「……」
「申し訳、ありません……。私達を気遣ってくださって、心から気遣ってくださって、……ありがとう、ございます」
「……」
「だから、時が来れば、全てをお話しします。お約束、します」
 クロの顔は、穏やかに笑っていた。
 その口調は、穏やかに、努めて明るく。
 しかし、喋る言葉は、途切れ途切れで。
 そして、大きな丸ぶち眼鏡の奥の瞳は、心持ち潤んでいるように見えた。
「本当に、あなたは優しい人だ……。だから」
 クロは、ゆっくりと指を離した。
「きっと、その約束は果たされるでしょう」
 心の何かを堪えるように、棺桶のバンドを握る手に力がこもっているようだった。
 そんなクロを見て、なのはは何かを言いかけ、――口をつぐんで頭を振った。
 そして、大きく深呼吸。何かを吐き出すように、大きく、息を吐き出した。
「……解りました。でも、約束ですよ?」
 そう言って、ウインクをした。肩の力は、いつの間にか抜けていた。
「はい」
 笑顔で答える、クロ。その笑顔は、今日見たものの中でも、とびきりのものの様に、なのはには思えた。


 そんな時でした。
「ママぁ~、クロさぁ~ん」
 ヴィヴィオの声が近づいてきます。
「クロちゃぁ~ん」
「なのさぁ~ん」
 ニジュクとサンジュも、近づいてきます。
「おーおー、今にもこけそうな勢いだな」
 ニヤニヤと、センが見つめる。
「おいおい」
 クロはセンに呆れて、
「うーん、ホント、心配かけちゃったか」
 なのはは苦笑してぽりぽりと頬を掻いた。
 そして、ぽてぽて駆けてきた子供達は、
「ママぁ、おそぉい」
「クロちゃ、おそぉい」
「クロちゃん、はやくぅ」
 なのはとクロの胸に、それぞれ勢いよく飛び込みました。
「ごめん、ヴィヴィオ。よしよし」
「二人とも、済まない。さあ、急ごう」
 二人は子供達の頭を、やさしく撫でた。
「うん、急ごー♪」
「いそごー♪」
「いそごーいそごー♪」
 子供達は、無邪気にはしゃぎます。

 でも、
「なのはママ、クロさんとけんか、良くないよ?」
「……ごめんなさい」
 釘を刺すことを忘れない、ヴィヴィオでした。子供だって解りますよね。


 さて、今回の旅話。


 何やら、色々とありそうな予感です――。


「フェイトちゃんとはやてちゃんは、私の同級生で、やっぱり時空管理局の魔導師なんです」
 先程のクロの問いかけに、なのはは答えた。 もちろん、歩きながら。
 幼なじみの、同僚のことを。

「ふむ」
「出会いは突然で、ぶつかり合ったこともあったけど」
 にっこりと笑って、なのはは言った。
「かけがえのない、大切なお友達です」
「そうでしたか……」
 クロは笑顔でそう言った。少し寂しそうで、羨ましそうな笑顔で。

「ついこの間まで、一緒にお仕事してたよね、ママ?」
 なのはママと手を繋いで歩いていたヴィヴィオは、弾むような言葉で言いました。
「いっしょに?」
「おしごと?」
 クロと手を繋いでいたニジュクとサンジュは、首をかしげます。
「ああ、機動六課、とか言いましたっけ?」
 思い出したように、クロは言った。
「ええ。色々大変だったけど、あの二人や、四人の教え子達、その他にも色々な人に支えられて、……楽しかったなぁ」
「へぇー、楽しかったねぇ」
 センは、何か含みのある様子で、ニヤニヤと薄く笑って呟いた。
「ええ、楽しかったですよ?」
 眉を微かにつり上げるなのは。
「うーむ、自信ありげにそう言われると、……解った、俺が悪かった、なのはちゃん」
 セン、両手を挙げる。
「解れば、よろしい」
「ふふ、なのはさんの迫力には、皮肉の一つも言えないかい、セン?」
「俺のコウモリとしての本能が、余計なことをこれ以上言わせようとしないのさ♪」
「何となく、懸命な判断のような気がするよ、私も」
「あー、クロさんまでぇ」
「ふふ、すみません♪」
 クロ、顔を鍔でまた隠す。きっと、いたずら小僧な笑みを浮かべているに違いない。

「ねえねえ、なのさん?」
「ん、どうしたのかな、サンジュちゃん?」
「その、ヴィヴィちゃんのゆう、ふぇいと、まま?や、はやて、おねぇちゃん?には、いつ、あえるのかな?」
 真顔でサンジュが尋ねます。
「うーん、そうだね」
「ママ、はやてお姉ちゃんは、ヴォルケンリッターのみんなと一緒に、今日はお休みだったよね?」
「おやすみ?」
 ニジュクが首をかしげます。
「うん、そうだった。だから、はやてちゃん達だったら、帰ったら紹介できるかもね」
「あえるの?」
「おうた、おしえてもらえる?」
「大丈夫だと思うよ。でも、あっちも久しぶりの休日だし、家族で出かけてるかも」
「なのはさんや、ヴィヴィオちゃんみたいに?」
「ですね。あの二人も、色々忙しくて……」
 少し寂びそうな顔の、なのは。
「本当に、仲がよろしいんですね」
「ええ。だから、クロさん達にも本当に紹介したくて」
 声が、弾む。
「きっと、仲良くなれると思うから」
 クロは、こっくりと頷いて、
「とても、楽しみです」
 しみじみと言って、笑顔を見せた。

 そうこうするうちに、公園出口の駐車場に近づきました。
「あっ、クロちゃ、あそこ」
「どうしたの、ニジュク」
「あそこにひとがいるよ」
「あっ、ほんとだ」
 白い双子が、指を指します。
 その先には、家族と覚しき一団がいました。

「あー、噂をすればで、もしかしてはやてちゃん達だったりして、なんてね」
 なのはは冗談めかした。流石に、そんな偶然はないだろうと思って。

「ママ、あの人達、はやてお姉ちゃん達だけど」

「――へっ?」
 なのはは、軽く混乱している。

 そんななのはを横目にするように、
「おーーーいッ、なのはちゃぁぁぁぁぁんッ♪」
 一団の一人が大声で名前を呼んで、大きく手を振っていた。
 京都風の関西訛りで、なのはを呼んでいた。
 なのはは、それが誰なのか知っている。
 ただ、そんな、まさか、ねぇ……。

「えっと、なのはさん。お知り合いですよ、ね?」
 クロが、ぼやっとしているなのはに尋ねた。
「……はい、お知り合いです」
 ぼやっとしつつ、何とか答える。

「今、手を振ってる彼女が、……幼なじみの、八神はやてちゃん、です」

「あー、あの方が」
 クロは、眼鏡をかけ直しつつ、頷いた。
 それにしても、

「あれっ?」

 本日は偶然の出会いの多い、一日である。


「改めて紹介します。こちらは、私の幼なじみで、時空管理局の」
 程なく合流して、なのはがまずクロ達に紹介したのは、
「特別捜査官をしております、八神はやて言います。宜しゅう、お見知りおきを」
 はやてであった。はやては黒い旅人達に対し、ラフに敬礼をして笑顔を見せる。
 クロ達は、取り敢えず軽く会釈した。
「で、その隣の――」
「ああ、なのはちゃん、あとは私が」
 続けて紹介しようとするなのはを制し、はやては、ヴォルケンリッター、――すなわち、「自分の家族のことくらい、自分で紹介せんと、な」
 そう言って、『自分の家族』に振り向く。
「ではまず、私のすぐ隣から、シグナム」
「初めまして、シグナムと言います」
 ピンクのポニーテールをなびかせて、その女性は、一介の剣士のように礼をした。何者をも威圧するかのように、
キリッと引き締まった瞳の奥に、実はそこはかとない優しさがあるように、クロには思えた。
「次が、ヴィータ」
「ヴィータです、よろしく」
 大きなおさげの赤髪の女の子が、素っ気なく軽くお辞儀をした。
 そんな、ちょっとぶっきらぼうに挨拶したヴィータでしたが、ニジュクはそんな彼女に興味を持った様子です。
「それから、シャマル」
「どうぞ、よろ、し、く……」
 ある方向を気にしつつ、金髪の女性が会釈する。顔は、引きつり気味だった。
 シャマルは先程から、自分をネットリジットリと見つめる小さな黒い影が、とても気になって仕方がないようである。
「それで、トリは、リインフォースⅡに、アギト」
 一見すると羽のない妖精のような、薄い青紫の髪の小さな女の子と、コウモリのような羽を持つ、赤い髪を持つやはり小さな女の子が、はやての視線の先で宙に浮いていた。
「初めましてですぅ。私のことは、リインと呼んで下さいね」
「えーと、アギト、です。よろしく……」
 明るく笑顔を振りまいて挨拶したリインと、対照的にもじもじと恥ずかしそうに挨拶したアギトに、サンジュは眼をキラキラ輝かせています。
 そしてはやては、クロ達に、
「これが私の、自慢の家族、です」
 と言った。満面の笑顔だった。

 なのははふと、傍らのクロの顔を見た。クロさん、何とはなしに羨ましそうな顔をしているなと、なのはは思った。

「あと、ザフィーラも紹介したかったんやけど……」
「別のお仕事なの、ザフィーラ」
「ああ。考えようでは、重大な、とも言えるかもな」
 シグナムが、意味ありげな笑みを浮かべ、なのはに答えた。
「えー、ザフィーラの背中、二人に乗ってもらいたかったのにー」
 ヴィヴィオは、とても残念そうです。
「なんで、ヴィヴィちゃ?」
「ザフィーラって、とぉっても大きな犬さんで」
「狼だっていってやんねーと、また怒られるぜ?」
 ヴィータが腕を組み、苦く笑って、呟く。
「ヴィヴィオが『お馬さんして』って言うと、背中に乗せてくれてお馬さんしてくれるんだよぉ」
「おー、おうまさん」
「あたしも、のせてくれるかな?」
「あー、あたしもあたしも」
「優しいモン。大丈夫だよ。ね、はやてお姉ちゃん」
「そやな。あのザフィーラも、ヴィヴィオにはえらく甘いからなー。ヴィヴィオのお願いなら、きっと聞いてくれる思うよ」
「ほんと?」
 サンジュが怪訝そうな顔で尋ねます。

「うん、ほんまや、……ええっと、あんたは」
「サンジュっ!」
「サンジュちゃん、やね」
「で、あっちがニジュク」
「サンジュっ、そゆことは、おねえちゃのあたしが、するのっ!」
 自分のことを、(一応)妹のサンジュに紹介されて、(一応)お姉さんのニジュクはちょっとご立腹です。
「えー、でも」「でも、じゃないの」「だって」「だって、じゃないの」
「えーと、二人とも……」
「はい、二人ともケンカはそこまでねー」
 二人に挟まれおろおろするヴィヴィオに、シャマルがやんわりとフォローを入れる。
「二人がケンカしちゃうと、ヴィヴィオ、困っちゃうから、ね」
 言われて、双子はヴィヴィオを見ました。 確かに、困った顔をしています。
「あっ……」「ヴィヴィちゃ……」
「それに、紹介の順番よりも、紹介すること自体が大事なことで、してもらう方はあまり気にしないものなのよ」
「……」
「だから仲直り、ね」
 双子にシャマルは、微笑みかけます。
「……うん。ごめんね、サンジュ」「……うん、ニジュク」
 お互いの頭をなで回す、ニジュクとサンジュです。そんな双子に、ヴィヴィオもほっとした顔をしました。
「あっ、じゃあ」
「どしたの、ニジュク?」
「まだクロちゃのしょうかい、してないよ」
「おー、そうだね」
 と言うことで。

「こっちの、まっくろくろいひとが」「たびびとのクロちゃんですっ」
 双子はクロの手を引っ張って、声高らかに紹介しました。

「……どうも、ただ今、この二人のご紹介にあずかりました、しがない旅人のクロです」
 いつものように慇懃に頭を下げる。ただし、両腕を引っ張られつつ。
 しかし、いつものこととは言え、幼子の思考や言動、そして行動というのは、どうしてこうも唐突且つ、突拍子もないものなのか……。
「えっと、色々、苦労をされているようで」
「まぁ、慣れてますから」
 少し心配げに声をかけてきたシグナムに、クロは少し苦く笑って答えた。
「なあ、二人とも」
「えっ、なあに、ヴィーちゃ?」
「はッ?」
「ヴィーちゃんはヴィーちゃんじゃないの?」
「……あー、そう言うことか」
 まあ、取り敢えず。

「あたしの呼び方はそれでいーや、お前達の好きなように呼べばいい。それより」
「「なに?」」
「あのコウモリのこと、紹介してくんねーかな? 旅の連れなんだろ、お前らの?」
 腰に手を当て、親指でセンを指さす、ヴィータ。
「おー、そだった」「わすれてた」
「ッて、マジッスかッ!?」
 思わず双子にふり向くコウモリ。
 しかし、それまでシャマルにネットリと視線を送っていたことを、忘れてはならないと思う。色々な意味で。

 そして、双子はコウモリを指さして、
「で、あれがセン」「おわりー」

 紹介終了。「ッて、説明短ッ!」

「……なあ、そんなんで良いのか?」
 呆れ顔で、アギトは双子に尋ねる。ヴィータは何も言わず、苦笑い。
「うん、いいよー」
「良いわけねーだろッ、そこの二匹ッッ!!」 喚くセン。しかし双子、無視。
「センはセンだもん、アギちゃん」
 サンジュは、何気なく言いました。

「アギ、ちゃん」
 しかし、アギト、絶句。

「良いじゃないですかぁ、アギト。可愛いと思うですよぉ」
 そう言うリインの顔は、吹き出しそうになるのを堪える表情、であった。
「うっせぇ、バッテンチビッ!」
「あー、だからその呼び方は禁止ですよぉ、アギト」
「うっせぇ、ばーか。あたしがアギちゃんなら、お前なんか」
「何ですかッ!」
「もー、ケンカは止めてぇっ! ニジュクとサンジュの目の前だよぉッッ!!」
 リインとアギトに割って入ったのは、ヴィヴィオでした。
「シャマル先生が、二人にケンカいけないって言ったばっかりなのに、そんなことしちゃ、ダメーッ!」
 すごい剣幕です。いつものヴィヴィオからすると、想像がつきません。
 そんなヴィヴィオに、
「えっ、あっ、ああ」
「ごっ、ごめんなさいです……」
 二人は押されてしまった。
「そぉだよ、アギちゃん」
「そぉそぉ、リイちゃ」
 ニジュクは、もちろん何気なく言いました。

「リ、リイちゃ、ですか……」
 そんな訳で、今度は、リインが絶句した。

「あっはは、リイちゃんかよ、人のこと笑えねぇなぁ、あーっはっはっ」
 アギトは腹を抱えて、思いきり大笑い。
「もーう、笑うなですぅッ!」
 リイン、両腕を振り上げて抗議。
「うっせぇ、リイちゃん♪ あーっはっはっ」
「だから笑うなですぅッ!」
 リイン、アギトに腕を振り回して突撃。
 アギトは笑いながら、右に左に、ひらひらとリインの攻撃をかわす。
「もーう、避けるなぁ、ですぅッ!」
「うっせぇ、あっかんべー」
「だから二人ともぉ」「けんかしちゃ」「だめなのぉっ!」
 子供達は、そんな二人を大声でたしなめます。
 しかし、アギトは逃げる、リインは追う。
 そんな二人を、子供達は追いかけ。
 何時の間にやら、大人達から離れていきます。

 一連の様子を見ていたクロは、
「そちらも、気苦労が多いみたいですね」
 はやてに呆れ顔で言った。
 はやて、軽く肩をすくめて、
「せやけど、楽しいことも結構ありまして」
 まだ続くケンカを、むしろ微笑ましそうな顔をして見つめつつ、
「むしろ、毎日が楽しゅうて、仕方ないんですわ、ふふ」
「そう、ですか」
 クロ、目を丸くして眼鏡をかけ直す。
「あの、毎日、ですか?」
 たどたどしく、尋ねる。
「はい、毎日です」
 きっぱりと、返答された。
「……」
 何も言わず、また眼鏡をかけ直す。

 この人は、まだ若いのに、器がかなり大きいようだ、――色々な意味で、と思いながら。

「そう言えばさ、はやてちゃん?」
 やはりケンカを眺めつつ、なのはが尋ねた。
「ン? 何やの?」
「はやてちゃん達がここにいるって事は、やっぱり?」
「ヤン提督からの、お願いや」
「ヤンさんから、ですか?」
「そうです、クロさん」
 はやては笑みを絶やさず、しかし、口調を少し改めて、クロに向かって話し始めた。

「あなた方が、別の世界から何らかの原因で、突然、時空転移したことを、ヤン提督より伺いました」
 コホンと、咳を一つ。
「ほんで、しばらくの間、なのはちゃんに身を寄せることも」
 クロは、なのはを見やって、すぐにはやてに視線を戻す。
「せやけど、なのはちゃんは基本的に、そう言った人を保護できるような立場やない。当然、権限はない」
「つまり、いくらヤンさん、……提督の指示で、と言っても、あまり好ましくないことである、と」
「その通り」
 クロの言葉に、はやては頷いた。

「この場合は、やっぱり専門の保護観察官の人なんかに頼むべきやろけど、完全に見も知らん、
へんてこな世界に放り出されて不安が一杯や、ゆうような人に、
今の管理局の人間が十分なケア等が行えるか、そんな不安があることも確かですわ、恥ずかしながら」
「何か半年ぐらい前、えらく大きな事件があったってのは、なのはちゃんから聞いたぜ。それが、そんな考えになっちまう理由の一つかい?」
 センが腕を組みつつ、話に割って入る。

「お前、コウモリのくせに妙に生意気だな」
 ヴィータ、露骨に顔をしかめた。
「やめてヴィータちゃん。センさん、こう見えて私より年上らしいから」
「ふーん。でも、コウモリだぜ、なのは?」
「そこは、クロさんのお連れさんだって言うことを考慮して、て言うか」
「ふーん、……ま、お前がそう言うなら、いいさ」
 ヴィータの沈黙を見計らって、はやてが話を続ける。

「まあ、そのセンさんのご指摘の通りや。確かに、まだ、その事件からのダメージから、管理局は十分に回復できてへん」
 はやての顔に、薄く影がさす。しかし、何とか笑顔を取り繕おうとしているのが、クロには見て取れた。
「正直、私としても、そんな人達に今の管理局が十分なケアをしてあげられるかゆうたら、……難しいって言いたいわ」
「まさか、そこまで、あの人は考えて」
 クロは改めて、心の中でヤンに感謝した。
「で、私らにも白羽の矢を、提督は立てはった、て言うことですわ」
 はにかんで、はやては言葉を続ける。
「えッ、でも、はやて、……ちゃん達って」
「なら、そういうこと出来るのか、って言いたいんだろ、コウモリさんよ?」
「ヴィータちゃん、ちょっと」
「良いんだよ~、僕は別に気にしてないから~、シャマルさぁ~ン♪」
「あっ、そっ、そうです、か……」
 センのラブラブ視線を受け、シャマルはたじろぐ。
「あはは……」
 なのは、苦笑い。
「まあ、センさんの懸念ももっともやけど、うちにはシャマルがおるしな」
「一応、管理局の医務官やってますので、クロさん達のメンタルケアなんかも、それなりにですけどして差し上げられるかと」
 シャマルは物腰柔らかに話した。
「そうなんです、か」
「せやから、ヤン提督が、クロさん達が本当に安心して、管理局に身を預けられる体制が整ったと判断されはるまでは、
なのはちゃんと私達が、クロさん達のお世話をさせていただきますよって」
「本当に、よろしいのですか?」
「何か、こう、……夢みたいな話ってのか」
「セン殿、現実だ」
 シグナムが、涼しくも、優しい眼差しを向けて、頷いた。

「大体、なのはちゃんもクロさんのこと仕事ということ以上に気にかけとるようやし」
「ちょっと、はやてちゃん」
 なのはの顔が、些か紅潮する。
「それに、あのニジュクちゃんやサンジュちゃんのこと、聞いた限りでも、簡単に管理局保護下に置くゆうのも、何か危険な気がする」
 子供達の声のする方を向く。ケンカはまだ続いていた。

「それ以上に、あの二人の猫耳と尻尾、かわいいし。何や、もふもふしたいしなぁ~~♪」
 はやての顔が、だらしなく弛緩した。

「主はやて、そう言った性癖は、もう少し自重なされるのが宜しいかと……」
 シグナムは、げんなりとした顔ではやてを諫める。
嗚呼、こう言ったところがなければ、まこと誇れる主と為られるだろうに……。
 クロも、心持ちその発言を受けて引いていたが、気を取り直して、
「重ね重ね、皆さんには、何と言って感謝を申し上げれば良いのか、と」
 はやて、頭を振る。
「こっちは、やりたくてやらせてもらう、そうゆうとるんですよ? せやから、あまり肩肘張らんと、ね」
「……本当に、ありがとうございます」
 クロは、静かに頭を垂れた。
 それしか、今の彼女には出来なかった。が、それで十分な気も、不思議としていた。
「さて、立ち話も何や、そろそろ移動しよか?」
「うん、そうだね」
 はやての言葉に、なのはが頷いた。
「ちゅうことで、シャマル。申し訳ないんやけど……」
「子供達を呼んできて、ですね。承知しました、はやてちゃん」
 シャマルはにっこりと頷いて、まだケンカの続いている子供達の元へ向かった。


 子供達に向かうシャマルを眺めつつ、
「はぁ~~」
 ヴィータを大きく溜息をついた。
「何だヴィータ、まだあのことを根に持っているのか?」
 シグナムは半ば呆れ顔で言った。
「……だってよ、あたしがちょーどアイスに口を付けようってぇ時に、ヤン提督からのあの電話だぜ? 
せっかく送ってもらった、久々の○ーゲ○・ダッ○のストロベリー・パイント、ゆっくり味わいたかったのに」
「それは、本当にすみません、私達のために」
「あー、別にあんた達の所為じゃないから」
 ヴィータはクロに手を振って見せる。
「仕方ないさ。あの提督のお願いだもんな、貴重な休日潰すことになってもな、……はぁ」
 とは言ってみるものの、至福の時を邪魔された思いは、相当に強そうである。
「おいおい、あのオッさん、もしかして俺達が考えてる以上に、すごい人物なのかよ?」
「あの方に対し、オッさんとは、失礼な物言いだ。――まあ、少なくとも、外見とは裏腹の、一角の人物であるのは間違いないな、セン殿」

「そうだね。しいて言えば、……『英雄』かな?」

「えいゆう、ですか?」
 なのはの言葉に、クロは大きく目を見開いた。

「大げさな物言いやない。あの事件かて、その後の管理世界間の政治情勢なんかも考えれば、
あたしらの思いもよらん方向に下手したら向かうところを、何とか軌道修正して、
取り敢えず現状維持に近い形まで、まあ、結果的にやけど世界秩序を持って行きはった」

「もちろん、あの人だけの力じゃないんだけど、そう言う方向に人の心を持って行ったりとかした功績って、計り知れないと思う」

「ま、そんな人をあたしら機動六課の特別管理官に、かなり強引に納めさせた誰かさんも相当なもんだと、あたしは思うけどなー」

「……その誰かさんて、誰のことやー、ヴィータぁ?」
 ヴィータは何も言わず、「へヘッ」といたずらっぽく笑って鼻を擦った。

「はあ……」
 クロ、開いた口がふさがらない。
「俺達、そんなすげぇ人物と話したのか……」
 センは、ただ呆然としていた。
「センなんか、あの人のこと、押しつぶしてしまったしね」
「……」
 コウモリはその時のことを思い出し、その小さな体を震わせた。

「つっても、そんなことを一々根に持つような人じゃねーから、まー、安心しな」

「まあな、普段は昼行灯を決め込んでおられる方だしな、ふふッ」

「休日のほとんどは、無限書庫で各世界の歴史書読みあさってらっしゃるし、ね」

「もう、ホンマ、歴史オタクやもんなぁ」

「はあ……」
 クロは、普段の姿と功績の重さのギャップに、眼を白黒させて、ただ戸惑うばかり。
「成る程、そんな人の頼みなら、無碍には出来ないですね」
 そして、頷く。
「つっても、あれから結構時間経ってるし。きっと今頃、あらかたクロさん関係の仕事片付けて、
地上本部の執務室で紅茶してるんだぜ。――あーッ、もう、あたしのストロベリー・パイント、返せーッ!」
 ヴィータは、ミッドチルダ地上本部のある方角に向けて、力の限り叫んだ。


「はぁ、っくしゅんっ!」
 おさまりの悪い髪の男がクシャミをしたのは、今まさにティーカップを手にしようとする直前。
 ここは、地上本部の一室。
 彼、――ヤン・ウェンリーは戻る車内と戻った本部内で一仕事を終え、ひとまず落ち着いて紅茶を嗜もうとしているところだった。

「おお、危なかった」
 そう言って、執務机の側で、改めてカップを手に取り、口を付けようとして、
「……そうだな」
 やおら机の引き出しを開け、ガラスの小瓶を取り出す。
 そして、机の上にどっかりと胡座をかいて座り、小瓶の液体を少量、カップにたらした。
 紅茶とはまた別の、芳醇な香りが鼻孔をつく。その香りを、しばし楽しむ。

「やはり、ブランデー入りが最高だ」

 そう呟いて、口を付けた。
 琥珀色の液体が、喉を伝い、体と心の渇きを、潤していった。

「……やはり、ユリアンの淹れてくれたのが、一番、かな」
 そんな、叶わぬ贅沢を、寂しく呟いて、もう一口。

 さて、飲み終わったら、もう一仕事だ。


「そんなに待ってたの、はやてちゃん?」
「まあ、一時間近く?」
「っ! ごめんね、お待たせしちゃって」
「本当に、申し訳ありません」
「しゃーないです。たぶんあの子らが云々ってとこやろけど、子供って、みんな大体そんなもんですやん♪」
 はやてはカラカラと笑っていた。

 ところで、ケンカはまだ続いているようだ。
 シャマルが意外と手間取っている。
「仕方ねぇ。あたしも行ってくる」
「あまり、乱暴にはするなよ?」
「解ってらぁ。少なくとも、あたしはあいつらよりは大人だ」
 手をひらひらさせてシグナムにそう言うと、ヴィータはケンカ会場に向かった。

「ところでなのはちゃん」
「何?」
「ジャックさんも来とったの、解った?」
「あっ、やっぱり来てたの?」
「ああ。ここに着いてすぐに、少佐にお会いした」
「提督のこと、連れ出したみたいだね」
「FAF絡みやから、きっと『あれ』のことや、思うねんけど……」
「やっぱり、そうなのかな……」
 はやてとなのはの顔が、微かに曇る。
「……申し訳、ありませんが」
「あのよ、話見えてこねぇんだけど」
 クロとセンは、置いてけぼりをくらった子供のような顔だった。
「ああ、ごめんなさい」

「ジャックさん言う人は、私らの知り合いの」
「管理局の外部協力軍事組織『フェアリィ空軍』のジェイムズ・ブッカー少佐のことだ」

「軍人さん、ですか?」
「はい。まあ、私らも似たようなもん、なんですけど」
「へぇ……。ま、申し訳ないけど、今は自分達のことは横に置いといてくれる?」

「もちろん。で、ジャックって言うのは、ブッカーさんの愛称なの」
「FAFの部隊の一つ、特殊戦という、主に偵察行動を主任務にしている戦闘機部隊を纏めておられる」

「――で、変人ばっかの特殊戦の中で、唯一人の常識人、それなりに話せて、面倒見も良い、ってところかな」

 別の声が、割り込んできた。
「おっ、ヴィータお帰り。シャマルもお疲れさんやな」
「うんっ、ただいま」
「はあ、疲れましたぁ……」
 そこには、まだ余裕のありそうなヴィータと、少々疲れた様子のシャマル、そして、げんなりとして浮遊するリインにアギト、更に、
「ヴィータふくたいちょー、やっぱりすごいね」
「ヴィーちゃ、すごいね」
「ヴィーちゃん、つよいね」
 口々にそう言って、ヴィータにまとわりついたり、服の裾を引っ張ったりする子供達が、いた。
「はうう、はやてちゃぁん……」
「ヴィータの奴に、ゲンコツくらった……」
「当たり前だ、ばーか」
 げんなりと文句を言うリインとアギトに、ヴィータは、
「大体、ガキ共の目の前で、魔法まで使おうとするなっての。つか、そこまで熱くなるか、普通?」
 と、軽く睨みつけて叱った。

「うわ、それはあかんわ」
「氷と炎がぶつかり合ったら……」
「ただの爆発ではすまない、な」
「ごめんなさいです……」
「面目次第もねぇ……」
 リインとアギトは、謝罪の言葉しか口にできなかった。

「あの、そんなに凄いことになんの?」
「センさん、少なくとも、あの子達が軽く吹き飛ばされちゃいます」
 シャマルが、センに凄むように答えた。
「ああ、……さいですか」
 気圧される、セン。
 そんな皆の様子に、クロは、
「それは、本当に、大変なことで……」
 目を見張りつつ、ヴィータに言った。
「まあ、あいつ等のあしらいには慣れてるし。それに」
「それに?」
「今頃、変人共の相手で四苦八苦してるはずのジャックさんの苦労に比べりゃ、大したこた無いって」
 ひらひらと手を振ってみせる、ヴィータ。
「そう、なんですか?」

「あっ、むしろ今は、あの特に変人な親友の側で、ブーメランでも削ってるかも知れねぇな。あの二人、よくつるんでるからな」
 いたずらっぽく笑って、ヴィータは空を見上げた。
 クロには、いまいち理解できなかった。


「ふぁッ、くしょいッ!」
 一瞬、頬に傷のある男の手が止まった。
「豪快なクシャミだな、ジャック。風邪か?」
 細面の男が、自分の下にいるの親友に声をかけた。キーボードを打つ手を、止めずに。
 ここは、クラナガン郊外にある、FAF特殊戦専用の飛行場。否、小規模とは言え、
それなりの設備の整った航空基地、その、地下格納庫である。

 その一角に、本日のフライトを終えた戦術戦闘電子偵察機が一機、その翼を休めていた。
 その、前進翼を持つ黒色の機体の名称は『メイヴ』、パーソナルネーム『雪風』。
 今、そのコクピット内では専任のパイロットである細面の男――深井零が、専用端末でシステムのチェックを行っていた。

「フルオープンの車を乗り回すから、風邪なんかひくんだ。自分の歳も考えたらどうだ」
 手は休めない。下も覗かない。しかし、この男は、意地悪く笑っていることだろうと、
雪風に取り付けられたタラップに腰掛けてブーメランを削っている、頬に傷のある男――ジェイムズ・ブッカーは思った。
「バカ言うな、ジープはああだから良いんだ。それに、今の時期、風邪なんかひくものか」
「フム、じゃあ、何だと言うんだ?」
 からかうような声が、頭上から降りてくる。
「決まってる。誰かがおれの噂をしたのさ。それも、水もしたたるとびきりの美人が、な」
「……あまり、らしくない冗談は、お控えになった方が良いと思いますよ、少佐」
 零の呆れるような声が、今度は降りてきた。
「フムン、肝に銘じておこう」
 苦笑して肩をすくめ、、ブッカーは言った。
「しかし、そんなにおれらしくないか、零?」
「おれだけじゃなく、誰でもそう思うぞ、ジャック」

 そして、「フム」とブッカーはあまり納得のいかない表情で頷いて、二人は黙々とそれぞれの作業に勤しむ。ただ、黙々と。
 二人には、それも日常風景の一コマだった。

「ふーん、ヴィータちゃんもすっかりお姉さんだね、よしよし。……あれ?」
 いつものようにヴィータの頭を撫でて、なのははしかし、違和感を覚えた。
「いたた、……だからやたらと頭を撫で回すの止めろ、なのはッ!」
「ヴィータちゃん、頭、たんこぶ有るの?」
「主に、少佐をからかったことを咎められてな。頭に、一発だ」
「シグナムッ!」
 顔を些か紅潮させて、ヴィータは怒鳴る。
「事実だしな、仕方がない」
 シグナムは涼しい顔だった。
「ジャックさんのこととなると、何かムキになるよね」
「顔あわせるたんびに、まあ、何やちょっかい出さずにおられんようやしなー」
「な、何だよ、はやてまで……」
 ヴィータ、たじたじである。

「もう、そんな話はどうでも良いだろッ! ほら、さっさと帰るぞッッ!!」
 踵を返し、ヴィータはさっさと歩き出した。

「あー、ヴィーちゃん、まってー」
「ヴィーちゃ、みんなまだいるよー」
「ふくたいちょー、どうしたのー」
 子供達はぽてぽてと後をついて行きます。

「えーっと、ヴィータさんの、あの態度、って?」
「まっ、つまりはそう言うことなんだろ? それ以上踏み込もうなんざ、野暮ってもんだ」
「まあ、センさんのゆうとおりや。クロさん、それ以上の詮索、止めといたって」
 クロ、何となく察しがついて、
「解りました。あなたがそう仰るのなら」
 はやてに同意した。まあ、そう言うことなら、センの言うとおり野暮かもしれない。

「それで、はやてちゃん、帰りは?」
「ン? 車なら無いよ? 急いで飛んできたし、私ら」
「じゃあ、一緒に電車だね」
「でんしゃ、って、あの、電車、ですか?」
 クロは、眼鏡をかけ直した。
「? そうですけど?」
 訝しむ、なのは。
「いや、当たり前になのはさん達が口に出されるものですから、ちょっと驚いてしまって」
「へえ~、この世界って、電車当たり前なのかぁ。いや、俺達の世界って、
先日、ようやく一部の大都市で電車が動くぞ、ってな記事が新聞に出るくらいだから」
 しみじみと話す、セン。
「まあ、この世界よりはまだ普及が進んでないんですよ、私達の世界は」
「へえ、そうなんですか」
 クロに相づちを打って、そう言えばと、なのはは気付いた。

 クロや、ニジュク、サンジュの服装は、確かに地球の時代に当てはめれば、
一九世紀後半から二〇世紀初頭辺りによく見られるデザインみたいだ、と。つまり、クロ達の世界の文明や文化のレベルは――

「なのはちゃん、考え事や質問は、歩きながらでもいけるやろ。さ、行こ♪」
 はやてはにっこり笑ってなのはを促すと、前を行くヴィータと子供達の後を追った。
「うん、そうだね。じゃあ、クロさん」
「はい。行きましょうか」
 なのははクロを促し、クロは棺桶を担ぎなおし、二人も歩き始める。
 その後に、ヴィータを除くヴォルケンリッターが続いた。

 

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最終更新:2010年01月10日 02:06